Game of Vampire   作:のみみず@白月

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牙城と斜塔

 

 

「イギリスの女性というのはもっとお堅いものだと思い込んでいたよ。だが君は……そう、まるで夏の太陽のような女性だ。自然の覇者、眩い情熱、僕らを照らす女神。その光を僕だけに向けてくれるなら、僕はきっと何だって捧げてしまうだろうね。」

 

ああ、誰か助けてくれ。くっさい台詞を放ってくるカステロブルーシュのキーパーを前に、霧雨魔理沙は困り果てた気分で視線を彷徨わせていた。私が自意識過剰じゃないのだとすれば、どうもこいつは私のことを口説こうとしているらしい。アホみたいな詩的な文句でだ。

 

七本の杖が挿し込まれた優勝カップによって一回戦の組み合わせが決まり、いよいよ本格的な歓談の時間に突入したパーティー会場。先程まで会場を埋め尽くしていた丸テーブルたちは『自分の脚で』壁際まで移動し、今は立食会の様相を呈している。そんな中、中央の大きなテーブルから食べ物を取っていたらこの男に話しかけられてしまったのだ。

 

真っ黒な長いドレッドヘアを左右に垂らし、金のネックレスを着けているカステロブルーシュの代表選手。声をかけられたのに邪険にするのも悪いということで、さっきまでは普通に当たり障りのないクィディッチの話をしていたのだが……どの時点で私に興味を持ったのかは不明なものの、いつの間にかこんな感じになってしまった。

 

見た感じ私よりちょっと年上であろう彼は、反応に困っている私を見て訳の分からん口説き文句を続けてくる。勘弁してくれ、こういうのは慣れてないんだ。

 

「僕の母がよく言うんだ。本当に美しい女性というのは、笑顔が素敵なものなんだって。退屈な女性は退屈な笑みを、嘘に慣れた女性は嘘臭い笑みを、皮肉屋な女性は皮肉げな笑みを浮かべるものらしいよ。……その点君の笑みは百点満点さ。快活で、こちらを楽しくさせてくれる笑み。僕は君の笑顔にやられてしまったんだ。」

 

「あー……っとだな、ありがとよ。褒めてくれるのはまあ、嬉しいぜ。」

 

「運命だとは思わないか? 互いに代表選手に選ばれて、こうやって知り合ったことを。この沢山の人が居る会場で、二人っきりで話していることを。……僕は思うね。これはきっと僕と君との運命なんだ。どうかな? 二人で抜け出してみないかい? 退屈はさせないと約束するよ。」

 

私にとっての『運命』ってのは、ハリーとヴォルデモートや咲夜が抱えているそれのことだ。だからまあ、比べてしまうとこんなもんは単なる偶然にすらならんだろう。そう思って断ろうとすると、キザ男君は私の手を取って引っ張り始めた。おいおい、強引なヤツだな。

 

「ちょっと待った、私は──」

 

「照れなくていいよ、僕の太陽さん。そういうところも可愛らしいけどね。」

 

『僕の太陽さん』だと? ぶん殴りたくなる発言だな。会場の外に連れ出そうとする男に対して、もう強めに拒絶の返答を叩き付けてやろうと口を開きかけたところで……横から介入してきた誰かが、私の手を取っていたキザ男の腕を強めに掴む。先程カップに杖を挿していたワガドゥのキャプテンだ。

 

「私が見たところ、彼女は嫌がっているようですよ。レディを強引に引っ張るのは如何なものかと。」

 

助けに入ってくれたってことか? 穏やかだが有無を言わせないような口調で注意を投げかけたワガドゥのキャプテンに、堪らず私の手を放したキザ男が文句を飛ばす。私に向けていたものとは大違いの冷ややかな笑みでだ。

 

「確か、ワガドゥのキャプテンさんでしたか? 人の恋路を邪魔するのは無粋ですよ。」

 

「『恋路』と言えるようなものではないと判断しましたので。レディは優しく扱うものです。ワガドゥではそう教えられています。」

 

「カステロブルーシュでは『押してダメならもっと押せ』と学ぶんですよ。……本音では嫌じゃなかったんだろう? 僕の太陽。このお邪魔虫に言ってやってくれないか?」

 

「嫌だったし、助かったし、言うとすれば感謝の一言だぜ。ありがとよ、ワガドゥの。」

 

マルフォイは他国の人間に気を使えと言っていたが、これはさすがに許容範囲外だ。カステロブルーシュのバカに言い放った後、ワガドゥのキャプテンに感謝を述べてみると、キザ男は鼻を鳴らしながらやれやれと首を振ってきた。

 

「……あーあ、ダメか。慣れてなさそうだから簡単に『お持ち帰り』できると思ったんだけどな。賭けに負けちゃったよ。」

 

「……まさかお前、私を口説けるかを賭けてたのか?」

 

「そういうことだよ、イギリスのお嬢さん。うちのビーターが無理だって言うから、口説き落とせたら秘蔵の惚れ薬をくれよって吹っかけてみたんだ。……なあ、口裏を合わせてくれないか? 礼はするから。」

 

なるほど、なるほど。このクソ野郎は女の敵なわけだな。『賭けの対象』にされた怒りを拳に込めて、それを憎たらしい顔面にぶち込もうとしたところで、ワガドゥのキャプテンが左手に持っていたワインを……おお、やるな。カステロブルーシュのバカ男にぶっかけた。

 

「おや、失礼。手が滑りました。」

 

「……へぇ? じゃあ、こっちも手が滑るかもしれない、な!」

 

引きつった笑顔でいきなり殴りかかったバカ男の拳を、ワガドゥのキャプテンは予期していたかのような動作でするりと避ける。そのまま見事な体捌きでバカ男の股下に右足を滑り込ませたかと思えば、それを引っ掛けて女の敵を転ばせた。あまりにも滑らかな動作だし、何か武術をやっているのかもしれないな。

 

「……くっそ、お前!」

 

「この辺にしておいた方が良いと思いますが。これ以上はカステロブルーシュの名を貶めますよ。」

 

「関係ないね、そんなこと。売られた喧嘩は買うのがカステロブルーシュの流儀なんだよ。コケにされて引き下がった方がよっぽど恥だ。」

 

立ち上がってワガドゥのキャプテンの胸ぐらを掴みながら宣言したバカ男は、握った拳を大きく振り上げ──

 

「何をしている、カジョ! 貴様、俺の顔に泥を塗る気か? 騒ぎは絶対に起こすなと言ったはずだぞ!」

 

今度はカステロブルーシュのキャプテンのご登場か。剃り込みが入った短髪の大柄な男がその手を後ろからがっしりと掴んだ。周囲をよく見てみれば、どうもこの場のやり取りは注目を集めていたらしい。騒ぎに気付いて駆け付けたってとこかな?

 

遠くからうちのキャプテンどのも早足で歩いて来るのを確認していると、腕を掴まれたままのバカ男がカステロブルーシュのキャプテンに抗議を放った。

 

「こいつが僕にワインをかけてきたんですよ、キャプテン。喧嘩を売られたんです。邪魔しないでください。」

 

「『喧嘩を売られたんです』だと? ガキみたいな台詞を吐くのはよせ。ここは国際的なパーティーの会場なんだぞ。……どういうことかな? ワガドゥのキャプテン。うちのチームメイトは確かにワインを頭から被っているようだが。」

 

「それに足る理由があったからそうしたまでです。」

 

あー、どんどん話が大きくなってるな。睨み合う二人のキャプテンの間に入って、私が経緯を説明する。

 

「そのバカが私を強引に連れ出そうとして、ワガドゥのキャプテンはそれを助けてくれたんだよ。ワインをぶっかけなきゃ私が先に殴ってたぜ。」

 

要約して語った私の説明を聞くと、カステロブルーシュのキャプテンは呆れ果てたようなため息を吐いた後、カジョと呼ばれていたバカ男を睨み付けながら口を開いた。

 

「……なるほど、実に納得がいく説明だ。謝罪する、ワガドゥのキャプテン。うちのバカが迷惑をかけたようだな。それと君にも謝っておこう、ホグワーツの選手。申し訳なかった。この愚か者にはもう君に近付かないようにときつく言い含めておく。」

 

「いやまあ、私はいいけどよ。」

 

「こちらも気にしていません。」

 

うーむ、キャプテンはまともらしいな。私たちに軽く頭を下げてからバカ男を連行していくカステロブルーシュのキャプテンを見送った後で、入れ替わるように歩み寄ってきたマルフォイが説明しろという目を向けてくる。苦笑しながら同じような説明をしてやれば、マルフォイもまたワガドゥのキャプテンに謝罪を送った。

 

「巻き込んでしまって申し訳なかった、ワガドゥのキャプテン。それと、うちのチームメイトを助けていただき感謝する。」

 

「いえ、私の感情的な行動の所為で騒ぎを大きくしてしまいました。こちらもそれを謝罪しておきます。」

 

「いやいや、助かったぜ。……マリサ・キリサメだ。」

 

「オルオチです。生まれ持った姓はありませんので、公的な名前はオルオチ・ワガドゥということになります。ワガドゥの生徒は校名を姓として名乗ることを許されていますから。」

 

へぇ、不思議なシステムだな。私が握手を交わしながら新しく得た知識を頭に刻んでいるのを他所に、マルフォイも手を差し出して自己紹介を口にする。

 

「ドラコ・マルフォイだ。……昼食会の時は居なかったようだが、何か事情があったのか?」

 

「生まれつき身体が弱いので、体調不良で欠席させていただきました。マルフォイ家の噂は聞いております。お会いできて光栄です。」

 

細身だがしっかりした体格だし、身体が弱いってのは意外だな。深い声で柔らかく話すオルオチへと、マルフォイは気遣うような声色で相槌を打つ。内心どう思っているにせよ、本心から気遣っているように感じられる口調だ。こういうのも一つの技術か。

 

「そうだったのか。お大事にと言っておこう。」

 

「専用の薬があるので大きな問題ではありませんよ。……では、私はこれで。ホグワーツと戦えることを祈っておきます。」

 

「ああ、こちらもワガドゥと当たれることを祈っておく。」

 

次の試合まで脱落するなってことか。初戦の勝利を祈る言葉を遠回しに伝え合った後、マルフォイに続いてホグワーツが『陣地』にしている会場隅のテーブルに戻るが……その途中でキャプテンどのが私に苦言を投げてきた。今回ばかりは私は悪くないぞ。

 

「キリサメ、頼むから騒ぎを起こさないでくれ。会場中が注目していたぞ。」

 

「あのな、私は『僕の太陽さん』とかって言い寄られて困ってたか弱い女子生徒だぞ。紛れもない被害者だろうが。」

 

「リヴィングストンが同じ状況になったら通用する台詞だが、お前の場合は自分で対処できたはずだ。そこまで『か弱く』はないだろう?」

 

「拳で対処する直前に助けが入ったんだよ。それが無かったらお望み通りか弱くない姿を見せられてたぜ。」

 

大きく鼻を鳴らしながら主張してやると、マルフォイは額を押さえて注意を返してくる。

 

「生憎だが、僕は拳での対処とやらは望んでいない。もちろん杖での対処もな。」

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ。」

 

「そもそもああいう状況に持っていかせないのが一流の……驚いたな。」

 

話を中断して思わずといった様子で呟いたマルフォイは、ホグワーツのテーブルを見ながらピタリと立ち止まってしまった。何に『驚いた』のかと私も視線を向けてみると──

 

「うお、グリンデルバルドだ。」

 

ハリーとグリンデルバルドが立ったままで何かを話している。その近くの椅子にはリーゼが座っており、他のチームメイトたちは会話の邪魔をすまいと少し離れているようだ。まあうん、ロシアの議長どのの邪魔をするのは怖いもんな。至極当然の反応だろう。

 

「……バートリはグリンデルバルド議長と関係があるのか? 先程もロシアのテーブルに居たようだが。」

 

「あるみたいだが、詳しくはリーゼ本人から聞いてくれ。私には言っていい情報とダメな情報の区別がつかないんだ。……何を話してるんだろうな?」

 

「ダンブルドア前校長のことじゃないか? あるいはヌルメンガードの戦いのことかもしれないな。三人とも参加していたはずだ。」

 

やたら迫力があるロシアの議長、愉快そうな笑みを浮かべている性悪吸血鬼、そしてさすがに緊張している顔付きのハリー。それを横目にマルフォイと話し合いながらチームメイトたちが居る方へと近付くと、スーザンが心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「大丈夫だった? マリサ。他校の生徒に絡まれたの?」

 

「カステロブルーシュに絡まれて、ワガドゥに助けられたって感じだ。まあ、ある意味では『国際的な交流』が出来たぜ。」

 

肩を竦めて報告したところで、視界の隅にアレシアが……おー、お姉さんしてるな。『小さなアリスちゃん』の世話を焼いている光景が映り込む。リーゼと一緒に行動していたら、アレシアに捕まっちゃったってとこか。

 

「これ、美味しいよ? 食べる? 待っててね、小さく切ってあげるから。」

 

「えっと、大丈夫……です。お腹は空いていないので。」

 

年上相手だと引っ込みがちなアレシアだが、どうも年下の面倒を見る能力は高いようで、昼食会の時もアリスに引っ付いて色々と気を使っていたのだ。そういえば昔妹が居ると言っていたし、年少の子には慣れているのかもしれないな。

 

ステーキを食べ易いように小さく切って『あーん』してあげているアレシアと、半年前まで教えていた六十歳近く年下の元生徒に世話を焼かれて困っているアリス。事情を知っているとかなり面白い光景を眺める私に、シーボーグがカステロブルーシュ代表たちの方を睨み付けながら話しかけてきた。身内の恨みは自分の恨みってわけか。蛇寮の本領発揮だが、まさかグリフィンドールの私が『身内』扱いされる日が来るとは思わなかったな。

 

「ちょっかいをかけてきたのはどいつだ? キリサメ。試合でブラッジャーをお見舞いしてやるよ。」

 

「ポジションはキーパーらしいから機会は無いだろうし、そもそもカステロブルーシュと当たることになるかすら分からんからな。気持ちだけで充分だぜ。」

 

「そうだね、僕たちが睨むべきはあっちのテーブルだ。」

 

苦笑しながらのロイドが顎で指したのは、向こうにあるダームストラングのテーブルだ。……うーん、学校の気質が出るな。立食パーティーだというのに何処からか持ってきた椅子に座って黙々と食事をしているぞ。少なくともダームストラングは交流なんぞに興味がないらしい。

 

対抗試合の時はビクトール・クラムたちをちょっと無愛想だと感じたものだが、こうして比較してみるとダームストラングの中ではまだ愛想が良い方だったのかもしれないな。鬱々とした雰囲気が漂うテーブルを見ながら考えていると、ずっとハリーとグリンデルバルドの方に注目していたマルフォイが鋭い声を上げる。

 

「ホームズだ。」

 

何? 言葉に促されて私もそちらに顔を向けてみれば、三人の方に歩み寄るホームズの姿が目に入ってきた。いい度胸してるじゃんか。明後日に開かれるとかいう会談の『前哨戦』ってわけか?

 

マルフォイと共にさり気なく会話が聞こえる位置まで移動すると、アリスも神妙な表情で……アレシアに甲斐甲斐しく口元を拭かれているので台無しだが。とにかく表情だけは真面目なアリスも付いてくる。もう抵抗するのは諦めたらしい。

 

それでいいのかと呆れている私を他所に、ホームズとグリンデルバルドの前哨戦の火蓋は切られたようだ。先ずはホームズが無難な挨拶を場に投げるのが聞こえてきた。

 

「お初にお目にかかります、グリンデルバルド議長。私はアルバート・ホームズ。マクーザ国際保安局の局長で、同時に合衆国魔法議会の議員でもある者です。委員会の議長に任じられた魔法使いとして、発起人であるグリンデルバルド議長には一度ご挨拶をしておかねばと思っていたのですが……いや、遅くなって申し訳ございません。」

 

「ロシア中央魔法議会議長、ゲラート・グリンデルバルドだ。……国際保安局の局長にして、マクーザの議員にして、委員会の議長『候補』か。随分と忙しくしているようだな。」

 

「いえ、そんな。まだまだ若輩者ですから、苦労するのはむしろ──」

 

「それで、貴官の目的は?」

 

わざとらしい愛想笑いで放たれた台詞を遮ったグリンデルバルドに、ホームズは首を傾げながら問いを返す。リーゼは今のところ介入する気がないようで、ニヤニヤ顔で見守っているだけだ。……とはいえ、いつの間にかホームズとアリスを遮断する位置に移動しているのは見事だな。動作が自然すぎて気付けなかったぞ。

 

「目的、ですか? すみません、質問の意味がよく分からないのですが……。」

 

「目的、目標、目指しているもの。貴官が政治家として、局長として、委員長として成し遂げようとしていることだ。それは何かと聞いている。」

 

「それは……そうですね、より良い魔法界を作りたいと思っております。そのために微力を尽くす所存です。」

 

「空虚な返答だな。」

 

容赦ないな。ばっさり一言で切り捨てたグリンデルバルドは、貼り付けたような笑みを保つホームズへと話を続ける。聞く者を強引に押さえ付けるような力ある声でだ。

 

「目的なき人間というのは得てして脆いものだ。手早く大きなものを作り上げるのはそう難しいことではないだろう。中身に拘らず、ただ手当たり次第に積み上げればそれで済むのだから。……だが、そんなものには何の価値もない。貴官はレミリア・スカーレットのことをどう評価する?」

 

「……勿論、偉大な政治家だったと思っております。ヨーロッパを中心に大きな影響力を持っていた方だと。」

 

「『だった』でも『持っていた』でもない。あの女は今なお政治家で、今なお強大な影響力を保持している。……貴官は『中身』の重要性を理解していなかったようだな。故に軽々にヨーロッパに手を出して、崩し切れずに後悔しているわけだ。」

 

「どういう意味でしょうか?」

 

徐々に笑みが薄らいできたホームズへと、グリンデルバルドは底冷えするような無表情で口を開く。冷たく、強靭。そんな雰囲気だな。

 

「あの忌々しい女は中身の重要性を理解し、土台作りを決して怠らなかった。長い時間をかけて執念深く、効率的に、計算高く。自分の『城』を守るために兵士を集め、巧妙な罠を仕掛け、深い堀を造り、土地そのものをも弄ってきたわけだ。……だからこそあの女の城は主人が居なくなっても朽ちることはない。住人たちはしぶとくそこに住み着き、兵士たちは城自体に誇りを抱き、頑強な城壁は外敵の侵入を防ぎ続けるだろう。」

 

「詩的な表現ですね。……つまり、私の『城』は違うと?」

 

「城ですらあるまい? 貴官はただ使い易い手近な木材を拾い集めて、急拵えの張りぼての塔を建てただけだ。いざ嵐がやって来た時、貴官が使った木材たちは塔を支えようとその身を犠牲に出来るか? 塔の中の住人たちは見限らずその場に留まるか? 兵士たちは嵐を退けようと立ち向かうか? ……それが理解できていないから貴官は負けたのだ。スカーレットも、俺も揺るがぬものを持っている。『目的』のために執念深く築き上げたものをな。貴官にそれが無い以上、スカーレットの城は崩せんよ。あの女の城は間に合わせの軍隊で落とせる程度の城ではない。」

 

……目的か。私の目指すものにも繋がる話だな。主題が魔女を前に進ませるように、目的が政治家を強くするということなのだろう。魅魔様が主題を持たなかった魔女を否定したのと同じく、グリンデルバルドは目的を持たないホームズのことを否定したわけだ。

 

そしてリーゼもそのことを思い出したようで、ホームズに対して嘲るように声をかけた。

 

「んふふ、中身が空っぽなところは持ち主に似たね。考えが甘いんだよ、キミは。どれだけ凝った仮面を被ろうと、結局のところ演じるのは中身の方なのさ。だからキミの芝居は三文芝居のままなんだ。ガワだけ取り繕っても『本物』には届かないよ。」

 

「……比喩表現が多すぎて何のことを言っているのか理解し切れませんでしたが、とにかく歓迎されていないことは伝わりました。私はこの辺で失礼しておきましょう。」

 

「明後日にまた話そうじゃないか、ホームズ君。今度はゆっくりと、徹底的にね。」

 

「楽しみにしておきますよ、バートリ女史、グリンデルバルド議長。では、失礼します。」

 

リーゼとグリンデルバルドに軽く頭を下げたホームズは、一瞬だけちらりと私たちの方を見てから去って行く。『ミニアリス』にはノーコメントか。別段気にしている様子はなかったし、まさか気付かなかったってことはないと思うが……ここで言及しても無意味だと考えたのかな?

 

まあ、妥当な選択ではあるだろう。魔法界的にはここまで完璧な『若返り』は珍しいわけなんだから、いきなり小さな女の子を殺人犯だと糾弾したところで奇異に思われるだけだ。しかもパーティーの会場だもんな。

 

しかし、興味深いやり取りだったぞ。元犯罪者っていうからてっきり独善的な人間なんだとイメージしていたが、グリンデルバルドは中々どうして面白い話をする人物のようだ。こうなると明後日の会談とやらが俄然気になってくるものの、単なる一生徒である私はパーティーが終わったらホグワーツに帰らなければならない。ちょっと残念だな。

 

後でアリスやリーゼから話を聞こうと心に決めつつ、霧雨魔理沙はアレシアに野菜も食べましょうねとあーんされているアリスを微妙な気分で見守るのだった。

 


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