Game of Vampire   作:のみみず@白月

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幸運の条件

 

 

「ダームストラングね。……まあ、ホームの試合になって良かったんじゃない? ダームストラングの方が会場になっちゃうと、応援に行けるかすら怪しいわけでしょ?」

 

杖を振って足すくいの呪いをかけつつ、サクヤ・ヴェイユはマットに倒れ込む魔理沙へと話しかけていた。今日の課題は簡単そうだな。苦戦している生徒も少ないし、もしかしたら授業後半は次の内容に進むかもしれないぞ。

 

午前最初の防衛術の授業中、昨日のパーティーに出席した魔理沙からトーナメントの組み合わせについてを聞いていたのだ。突貫旅行に疲れ果てて授業開始ギリギリまで寝ていた彼女曰く、初戦はホグワーツの競技場でダームストラング代表と戦うことになったらしい。

 

となると、ダームストラング生たちはまたあの船に乗ってホグワーツを訪れるのだろうか? それとも普通にポートキー? 懐かしい対抗試合の記憶を思い返している私に、マットから立ち上がった魔理沙が眠そうな顔で返事を返してくる。慣れないパーティーで疲弊しているようだ。談話室で見送った時はちょっと羨ましかったけど、この姿を前にすると行かなくて良かったと思えてきちゃうな。

 

「マクゴナガルとしては迷惑そうだったけどな。ダームストラングからの客はともかく、ホグワーツが会場ならイギリスの魔法使いは山ほど来るだろ。そうなると今の観客席だけじゃ足りないってわけさ。増設するらしいぜ。」

 

「具体的な試合の日は?」

 

「第三試合は十一月最後の日曜日だってよ。要するに十一月の終わり、三十日だ。」

 

「分かり易くていいわね。だいたい一ヶ月後ってわけ。」

 

一ヶ月か。『すぐ』とは言えないが、絶対に『まだまだ』ではない期間だな。短い期間で準備しなければいけないマクゴナガル先生に同情していると、やおら近付いてきたラメット先生が声をかけてきた。向こうのレイブンクロー生への指導は一段落したようだ。

 

「あら、クィディッチトーナメントのお話ですか?」

 

「えっと、すみません。練習に集中しますね。」

 

「いえいえ、そういうつもりで話しかけたわけではありませんよ。貴女たちは進みが早いですし、少しくらいのお喋りなら問題ないでしょう。……教員室で初戦の相手はダームストラングだと耳に挟みました。勝てそうですか?」

 

おっとりした笑顔で語りかけたラメット先生に対して、我が親友のチェイサー代表は曖昧な返答を口にする。……ちなみに私たちはもうこの先生のことをそれほど警戒していない。リーゼお嬢様も『ホグワーツに赴任してきたのは偶然である』という判断を下したようだし、とりあえずは普通に一教師として応対しているのが現状だ。

 

「もちろん勝つつもりだし、そのための努力はするが……ダームストラングチームの情報が全然なくてな。練習の取っ掛かりを探してるところさ。」

 

「取っ掛かりですか。……ダームストラングのクィディッチは高低差を活かすのが伝統ですよ。あとはビーターが攻撃的なところも特徴ですね。守りではなく、攻めのポジションとして活用しているんです。」

 

やけに詳しいアドバイスをし始めたラメット先生だが……そっか、この人はダームストラングの出身だったっけ。魔理沙もそのことに思い至ったようで、肩を竦めて苦笑しながら先生に応じた。

 

「……いいのか? ホグワーツにアドバイスしちゃって。」

 

「出身はダームストラングですけど、今はホグワーツの教師ですからね。ダームストラング、ボーバトン、ホグワーツ。どこも頑張って欲しいというのが本音ですが、やっぱり教え子に勝ってもらうのが一番ですよ。」

 

「なら、ありがたく受け取っておくぜ。」

 

「ただまあ、半世紀も前の情報ですし、そこまで当てにはしないでくださいね。ホグワーツが変わっているように、きっとダームストラングも変わっているでしょう。私が在学していた頃よりは多少『マシ』になっているはずです。」

 

懐かしむような表情でそう言ったラメット先生は、別の生徒の指導のために遠ざかっていく。改めて考えると複雑な経歴を持っている人だな。ダームストラングで学び、フランスで生き、ホグワーツで教えている魔法使いか。

 

レイブンクローのミルウッドの指導を始めたラメット先生を横目に思考していると、魔理沙が頭を掻きながら声を寄越してきた。

 

「高低差ね。……昼の練習でマルフォイに伝えとくか。」

 

「そういえば、マルフォイ先輩とはどうなの? 上手くやれてる?」

 

「ああ、チームそのものは思ってた以上に纏まってるぜ。寮のいがみ合いなんて気にしてる余裕はないからな。シーボーグのお陰でアレシアも随分と慣れてきたし、その辺の事情は一切問題なさそうだ。」

 

「私から見ればちょっとした問題が発生してるけどね。……タッカーがやきもちを焼いてたわよ。練習に夢中な貴女たちは気付いていないでしょうけど、リヴィングストンがシーボーグに『懐いちゃってる』のが不満みたい。」

 

ジニーからハーマイオニー先輩へ、ハーマイオニー先輩から私へ、そして私から魔理沙へと渡った報告を受けて、金髪の友人は頭を抱えてため息を吐く。

 

「あー、そうか。ニールがか。……私が見たところ、去年の段階では別段アレシアに惹かれてる様子はなかったんだけどな。そりゃあ同じポジションの上級生なんだから世話は焼いてたけどよ、それ以上の何かは感じなかったぜ?」

 

「私はタッカーのことをあまり知らないから何とも言えないけど、代表選手になって遠ざかっちゃったから心境に変化があったんじゃない? 来年の学内リーグに影響するかもね。」

 

「……シーボーグは間違いなく『後輩の面倒を見ている』って感覚だろうし、アレシアの方も恋愛云々の感情はないと思うぞ。まあ、ニールに対しても別にないだろうが。」

 

そこは同意できる部分だな。よく練習を見に行っている私からすれば、シーボーグ先輩とリヴィングストンの関係は『面倒見が良い兄と引っ込みがちな妹』に近いものだ。それが恋愛に繋がるかどうかはいまいち分からないものの、少なくとも現状ではそういう関係になる雰囲気など感じられない。

 

まあうん、なるようにしかならないんじゃないか? 他人の恋愛事情にあんまり興味を持てない私へと、私と同程度の『恋愛スキル』しかない魔理沙は諦めの結論を述べてきた。私たち二人にとっては専門外の内容だし、これといった意見が出ないのは仕方がないことだろう。

 

「今はまあ、考えたところでどうにもならんぜ。変に意識させるとトーナメントに影響が出かねないしな。ニールには悪いが、先送りにさせてもらおう。」

 

「ちなみにジニーによると、二年生の中には他にもリヴィングストンのことを好きな子が居るらしいわよ。しかも一人じゃなくて複数人。……庇護欲がそそられるのかしら?」

 

「かもしれんな。同性だって『助けてあげなきゃ』ってなるくらいだし、異性なら尚更のことなんだろ。……アレシアのやつ、案外罪な女に成長するのかもしれないぞ。本人にその気が一切ないあたりが恐ろしいぜ。」

 

うーむ、そうならないとは言い切れないな。まだ十二歳だから幼さが先行しているが、リヴィングストンは中々美形に成長するであろう顔の作りをしているのだ。そこにあのリーゼお嬢様すらをも譲歩させた『甘えスキル』が合わされば……うん、確かに恐ろしい結果になるかもしれない。

 

まあ、私としてはどうでも良いさ。一年生の初期の頃のようにリーゼお嬢様にべったりなままだったらともかくとして、今のリヴィングストンは『警戒』に値するような存在ではない。内心で問題を自己完結させたところで、いつの間にか黒板の前に移動していたラメット先生が生徒全員に指示を放った。

 

「皆さん、注目。足すくいの呪いは問題なく使用できているようなので、次の内容に移りたいと思います。本格的な理論の説明や練習は次回の授業で行いますから、今日は軽く慣れる程度に使ってみてください。」

 

そのままラメット先生が杖を振ると、黒板に『沈下呪文』という文字が浮かび上がる。アリスが地味に使い所が多いと言っていた呪文だし、これは真面目に取り組んだ方が良さそうだ。

 

そのアリスは今頃どうしているんだろうかと考えつつ、サクヤ・ヴェイユはラメット先生の話に耳を傾けるのだった。

 

 

─────

 

 

「……リーゼ様? 起きてますか?」

 

素足を滑らかなシーツが擦る気持ちの良い感覚と、じんわりとした温かさに包まれたベッドの中。カーテンの隙間から差し込む陽光を横目に、アリス・マーガトロイドは幸せな気分ですぐ隣のリーゼ様に囁きかけていた。

 

クィディッチトーナメントの開催記念パーティーが終わった後、私たち『会談参加組』は連盟が用意したファドゥーツ領内のホテルに一泊したのだ。そこでリーゼ様が久々に一緒に寝ようかと誘ってくれたので、一も二もなく飛びついたわけだが……寝顔。目の前にはリーゼ様の貴重な寝顔がある。警戒心が強いから私以外では恐らくエマさんしか知らないであろう、彼女らしからぬ無防備な寝顔が。

 

どうしよう、どうしよう。返事がないってことは、まだ寝ているということだ。だったら邪魔しないように寝かせておくべきだという善良な私が居る反面、今しか出来ない何かがあるんじゃないかと唆してくる私も居る。自分の中の訳の分からない感情を自覚しつつ、とりあえず顔を少しだけ近付けてみると──

 

「……ぅ。」

 

起きない。まだ起きないぞ。ほんの数センチだけの間隔を挟んだ先にあるリーゼ様の唇が動いて、微かな寝息のようなものを漏らした。ここまで無防備なリーゼ様というのは滅多に……具体的に言えば、半世紀に一度くらいしか拝めないはずだ。

 

だからこれは、またとないチャンスなんじゃないか? それはダメだと止めてくる良心と、心の中に巣食う邪悪な欲望が戦うが……勝負ありだな。ものの一瞬で無残に敗北した良心を横にポイして、数センチの隙間を埋めるべく更に顔を動か──

 

「……んぐっ。」

 

「ん? ……おや、アリス? 起きてたのか。どうしたんだい?」

 

そうとした瞬間、寝返りを打ったリーゼ様の肘が私の顎に激突した。その衝撃で起きてしまったらしいリーゼ様が眠そうな顔で聞いてくるのに、顎を押さえつつ返答を放つ。心の中の良心がそれ見たことかと呆れているのを無視しながらだ。お前だって最後は応援に回ってたじゃないか。

 

「いえ、何でもありません。……何でもないんです。」

 

迷わず実行すべきだった。そうしていたらリーゼ様が寝返りを打つ前に事は済んでいたはずだ。私には今後数十年は思い返して幸せになれるであろう思い出が残り、リーゼ様はもうちょっとの間気持ち良く眠れていただろう。パチュリーも決断力を欠くと良い結果は得られないと言っていたのに。

 

そうじゃないだろと文句を言ってくる良心を心の奥底に押し込んでいると、すっかり起床モードで身を起こしてしまったリーゼ様が相槌を寄越してくる。寝起きリーゼ様か。これもまた貴重だな。会談を開いてくれたことに感謝するぞ、グリンデルバルド。お陰で貴重な姿を続々目撃できているのだから。

 

「そうかい? ……んぅ、今何時だ?」

 

組んだ手を上に伸ばして身体を反らせながら問いかけてきたリーゼ様に、部屋の時計を横目に答えを送った。あくまで横目だ。今の私が視線を注ぐべきは、伸びをしている所為でネグリジェ越しに身体のラインを透けさせているリーゼ様の方なはず。

 

「十時ちょっと前ですね。結構寝ちゃってたみたいです。」

 

「ま、問題ないさ。会談は明日だからね。今日は一日オフだよ。」

 

「そういえば、どうして今日じゃないんですか?」

 

「スケジュールの調整をしてたらそうなったらしいよ。パーティーに不参加だけど会談には出るって連中も多いらしいからね。一番適した日が二十八日だったんだそうだ。」

 

くぁと欠伸をしながら説明してきたリーゼ様は、未だ瞼が開き切っていない顔で私を見てくるが……堪らんな、これは。生活感があるあたりが凄く良い。子供の姿になって良かったと今心から思えたぞ。だからこそリーゼ様は一緒に寝ようと誘ってくれたんだろうし。

 

この姿を毎日のように見られるのであれば、私もエマさんのようなメイドを目指すべきかもしれないと真剣に熟考し始めたところで、もそもそとベッドを出たリーゼ様が備え付けの冷蔵庫を開けながら話を続けてきた。実は連盟の敷地にある宿泊施設に泊まるという選択肢もあったのだが、私たちは経験則でマグルのホテルを選んだのだ。大抵の場合、魔法界のホテルよりもマグルのホテルの方が居心地が良いのだから。

 

「だからまあ、今日は適当に観光でもして時間を潰そう。連盟の砦から煙突飛行でミラノに行けるらしいし、そこで咲夜の誕生日プレゼントを……アリス、これは何だと思う?」

 

「オレンジジュースじゃないでしょうか? 炭酸の。」

 

「シュワシュワか。いいね。」

 

むう、リーゼ様は炭酸飲料が好きなのか。私はちょっと苦手なんだけどな。冷蔵庫から取り出した缶ジュースの封を開けたリーゼ様が、寝起きなのに平然と炭酸飲料を飲む光景を眺めつつ口を開く。腰までくらいのショート丈の黒いネグリジェに、これまた黒いタオル地のショートパンツ。隙間からおへそがちらりと見えちゃってるぞ。

 

「なら、朝ご飯……というかお昼ご飯はミラノで食べる感じですか?」

 

「そうしておこうじゃないか。今日の私はミネストローネの気分だしね。ちなみに東ならミュンヘン、西ならジュネーヴ、南東ならヴェネツィアあたりまで行けるそうだ。案外便利な土地みたいだぞ。」

 

そう言って飲みかけのジュースを机に置いた可愛いおへそ……じゃなくてリーゼ様は、次にリモートコントローラーを手に取ってテレビジョンを起動させた。本人に自覚があるかは不明だが、彼女も徐々にマグルの技術に慣れてきているようだ。もはやホテルにある類の電化製品の操作はお手の物らしい。

 

「ふぅん? やっぱりテレビの番組はドイツ語なのか。ほぼドイツだね、この国は。」

 

「でも、マグルの大戦では中立を維持したんですよね。通貨もスイス・フランですし。」

 

「つくづく上手く立ち回ってる国ってわけだ。ローマ帝国の後ろ盾を得て成立し、それが無くなったら『残骸』のドイツに近付いて、ドイツ連邦が解体されたらスイスに倣って永世中立に鞍替えか。賢い生き延び方だね。」

 

まあうん、途中ゴタゴタは多々あったにせよ、結果的には公国存亡の『落とし穴』を見事に避けているな。国際魔法使い連盟の生き延び方にも繋がるものがあるし、もしかしたらこの土地を基盤とする連盟が裏から手を貸していたのかもしれない。

 

ベッドを出ながらリヒテンシュタイン公国の生存術に感心していると、リーゼ様が荷物の中から電動歯ブラシを取り出して歯磨きの準備を始める。毎年のようにハーマイオニーからプレゼントされているようで、彼女が使っているのは常に最新式の一品だ。

 

「この国にも人外は居るんでしょうか?」

 

私も身支度をしようとヘアブラシを手に取りながら質問してみれば、リーゼ様は振動する歯ブラシを咥えたままでこっくり頷いてきた。

 

「居るよ。少なくとも吸血鬼が一体。」

 

「へ? この前エマさんに生き残りの吸血鬼の話を聞いた時は、リヒテンシュタインの名前は出てきませんでしたけど……。」

 

「エマはあいつのことを知らないか、もしくは『生き残っている』とは判断しなかったんじゃないかな。特殊な事情があるからね。」

 

適当な感じに口を電動歯ブラシで震わせながら言ってきたリーゼ様に、怪訝な思いで問いを返す。特殊な事情?

 

「挨拶とかはしなくていいんですか? 狭い国ですし、この近くに住んでるってことですよね?」

 

「挨拶なんてしなくていいよ、面倒くさい。大体、あいつは封印されてるはずだからね。石櫃の中でぐっすり眠ってるだろうさ。運が良ければ干乾びて死んでくれてるかもしれないぞ。」

 

石櫃? ……どういう状況なんだ? それは。クエスチョンマークを浮かべながら長い髪を梳いていると、リーゼ様はバスルームに移動して口を濯いだ後に詳細を語ってくる。

 

「リヒテンシュタインの吸血鬼は相当なアホでね、数世紀前に自分で自分を封印したのさ。どこぞの人間の宗教に感化された結果、罪深い自分が許せなくなったらしいよ。」

 

「……それはまた、変な吸血鬼みたいですね。」

 

「私やレミィよりも少し年上なんだが、かなりの変わり者だったよ。『善良な吸血鬼』を目指してる癖にやってることは邪悪そのものなんだ。目覚めさせたところで絶対に世の為にはならんから、放っておくのが正解なのさ。人間を殺した数なら私たちの世代の中でぶっちぎりだろうね。」

 

うーむ、話を聞いてもよく分からないな。善良な吸血鬼を目指した結果、人間を殺しまくったってことか? しかもその後自分で自分を封印したと。意味不明な経歴を語り終えたリーゼ様は、徐に服を……寝巻きを脱ぎつつ話を締めてきた。

 

「まあ、あのバカが目覚める頃には私たちは幻想郷さ。である以上、キミが関わることはないと思うよ。……私のシャツはどこだ? このトランクに仕舞ったはずなんだが。」

 

もうリヒテンシュタインの吸血鬼のことなんてどうでも良い。今重要なのは半裸のリーゼ様だ。……今ようやく自分が旅行好きであるという確信を持てたぞ。この前の日本旅行然り、今回の小旅行然り。こういう幸運が訪れるのは大抵旅行をしている時なのだから。

 

トランクを漁るリーゼ様の後ろ姿をジッと見つめつつ、アリス・マーガトロイドはシャツがもう少しの間だけ見つからないことを願うのだった。頑張って隠れてくれ。あとでアイロンをかけてあげるから。

 


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