Game of Vampire   作:のみみず@白月

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不死鳥の騎士団

 

 

「テッサ? その怪我はどうしたの?」

 

ロンドンの一角にある古アパートの一室で、アリス・マーガトロイドは親友の元へと駆け寄っていた。

 

部屋の中には本を読んでいるパチュリーと、帽子のことを熱心に話しているディーダラス・ディグル、それを苦笑いで聞いているフランク・ロングボトムがいる。

 

今日は『不死鳥の騎士団』の第一回目の集会だ。ダンブルドア先生がリドルに対抗するために結成した組織である。メンバーの顔見せも兼ねているこの場にテッサが来ることは知っていたが……右手に包帯を巻いているのなら話は別だ。

 

血相を変えて近づく私に、テッサは苦笑しながら言葉を放つ。

 

「いやぁ、ちょっとした事故でね。まあ、大したことじゃないよ。」

 

「いいから見せてみなさい。」

 

懐からパチュリーに持たされている薬を取り出しつつ、包帯を解いて右手を見ると……酷い。鋭い刃物で切られたような傷だ。未だ治っていないところを見るに、魔法でもどうにもならなかったらしい。

 

凍りつく心を必死に励まして、パチュリーの薬を一滴垂らすと……よかった。みるみるうちに傷が治っていく。

 

「おお、凄いね……。さすがはアリスだよ。ポピーの薬でもダメだったのに。」

 

「そんな呑気なことを言ってる場合じゃないでしょう? どうしたのよ、どうしてこんな……。」

 

「あー、ちょっと死喰い人どもとやり合ってね。厄介な呪文を喰らっちゃったんだ。」

 

死喰い人。リドルの信奉者で、純血主義を掲げる集団だ。趣味の悪い仮面と黒いローブを身につけた犯罪者ども。つまり、この騎士団が戦うことになる相手である。

 

「もう戦うようなことになってるの? それならどうして私を呼んでくれなかったのよ。」

 

「本当に偶然だったんだよ。偶々マグルを襲っているところに出くわしちゃってさ。夫と二人で追い払ってやったんだけど……油断したかな? 一撃貰っちゃったんだ。」

 

私がその忌々しい連中のことを考えていると、テッサと一緒に入室してきたらしいハグリッドが口を開く。テッサに夢中で気付かなかった。

 

「きっとリドル先輩……ヴォルデモートの呪いのせいです。あいつのせいで、防衛術の教師には不幸が訪れちまう。マーガトロイド先輩からも言ってやってください。ヴェイユ先輩はあの職に就いてちゃならねえんだ。」

 

「あのねぇ、ルビウス。偶然に決まってるでしょう? そんなバカバカしい呪いなんて存在しないのよ。」

 

「でも、でも現に次々に辞めていってるじゃないですか。もしもヴェイユ先輩に何かあったらと思うと……俺は……。」

 

ハグリッドはそのコガネムシのような瞳を潤ませて必死に頼んでいる。しかし……呪い? テッサにアイコンタクトで説明を求めると、彼女は苦笑しながら口を開いた。

 

「ほら、私たちが最後にリドルに会った日があるじゃない? あの時、リドルは防衛術の教師になりたくて来てたんだってさ。それで……まあ、ダンブルドア先生は当然断ったんだけど、それに腹を立てて『職』そのものに呪いをかけたらしいんだよね。」

 

なんだそりゃ。ふざけた話だ。ただの八つ当たりではないか。

 

「ほんっとうにロクなことをしないわね! やっぱりあの時、痛い目に遭わせてやればよかったわ。」

 

私が怒っているのを見て、テッサは苦笑を強めながら話を続ける。

 

「まあ、それで大抵の教師は一年持たないで辞めていくんだけど……さすがにこのままじゃいけないでしょ? 私が前例を作ってやろうと思ってさ。」

 

「でも、大丈夫なの? その怪我だって……。」

 

「なぁに、全然平気だよ。リドルの呪いなんかに私が負けるはずないでしょ? そのことを証明してやるんだ。他の誰でもない、私の役目なんだよ。だからダンブルドア先生にもお願いしたの。」

 

鼻を鳴らしながら言うテッサだが……心配だ。縋るような思いでパチュリーのほうを振り返ると……彼女はため息を吐きながら読んでいた本を閉じて、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

 

「はいはい、私がどうにかすればいいんでしょう? まったく、リーゼといい、アリスといい、私のことを便利な女扱いしないで欲しいわね。」

 

何だかんだとボヤきながらも、パチュリーはテッサのことを調べていく。やっぱり頼りになるではないか。身内の頼み事に弱いのだ、パチュリーは。

 

しばらくテッサを観察していたパチュリーだったが、やがて面倒くさそうな顔になると、ぺちんとテッサの背中を叩いて席に戻っていく。えぇ……今ので終わり?

 

「ちょっと、パチュリー? もういいの?」

 

「多分大丈夫でしょ。実際のところ、大した呪いじゃないわよ。強引に私の魔力で上書きしてやっただけ。」

 

「そんな力技でいいの?」

 

「アリス、貴女はそろそろ気付いてもいい頃よ。魔法ってのは案外適当なものなの。……どう? 思い当たる節は腐るほどあるでしょう?」

 

確かにある。ホグワーツで誰もが学ぶ真理の一つだろう。席に着いたパチュリーは、本を開きながらポツリと呟いた。

 

「真面目に考えるとバカを見るわよ。リドルだって大真面目に呪いをかけたわけじゃないでしょう。色々な偶然が重なって、思い込みの力でそれが強くなっていただけよ。」

 

それを聞いていたテッサが、おずおずとパチュリーに話しかけた。

 

「それじゃあ……その、もう防衛術の教師は安全なんですか?」

 

「どうかしらね? 貴女が五体満足で十年も勤めれば噂も立ち消えるでしょうし、その前に何かあればまた復活するかもね。そういう呪いなのよ、これは。」

 

「あー……なるほど?」

 

テッサの気の抜けた返事がよく分かる。理解できるような、よく分からんような、微妙な話だ。そもそもダンブルドア先生がリドルの呪いを放っておくはずがない。パチュリーの言うように、もっとこう……抽象的な呪いなのかもしれない。

 

とにかく、テッサに何かあるだなんて有り得ないのだ。この件はこれで解決だろう。テッサとハグリッドと共にテーブルに着いて、他の面子が到着するまでお喋りを始める。

 

「まあ、とにかく解決よ。……頼むから無茶はやめてよね、テッサ。」

 

「あはは、ごめんごめん。それより、他に誰が来るのかな? ホグワーツからは私とルビウス、ダンブルドア先生だけだよ? ミネルバも参加するんだけど、ホグワーツの守りに残ってるんだ。」

 

「俺は闇祓いのブリックスが参加するって聞いちょります。それにボーンズ家のエドガーも。二人とも頼りになる魔法使いです。」

 

聞いていると、思ったよりも人数は多そうだ。ダンブルドア先生の人脈を思えば当然かもしれない。

 

「私、パチュリー、レミリアさんも参加するわよ。」

 

私がそう言うと、テッサとハグリッドの顔が驚愕に染まった。

 

「うっそ? レミリア・スカーレット? ひゃー、大物が出てきたねぇ。ノーレッジさんも凄いし、百人力だよ。」

 

「そいつは頼もしいこった。それに……聞けばジェイミー・ネルソンも勧誘中だそうで。グリフィンドールの卒業生で、高名な魔法戦士です。」

 

話している間にも、ドアが開いて誰かが入ってきた。鋭い目つきのその男はぐるりと部屋の人間を見回した後、鼻を鳴らしてから部屋の隅に立つ。誰だろう? 見たことのない顔だ。

 

私がその男を観察していると、テッサが呆れたように声を放った。

 

「アラスター、こんにちはくらい言えないの?」

 

「ふん、ここには友人ごっこをしに来たわけじゃないんでな。」

 

「まったく、相変わらずの無愛想っぷりね。」

 

テッサの呆れた声に、ハグリッドも苦笑している。どうやら二人は知っているようだ。

 

「誰なの?」

 

私に短い疑問に、テッサがやれやれと首を振りながら答えてくれた。

 

「アラスター・ムーディ。闇祓いだよ。信じられないくらい優秀な教え子なんだけど……天は二物を与えずってやつだね。愛嬌と礼儀が欠落しちゃってるの。」

 

「信用できるの? まあ、ダンブルドア先生の人選なら間違いないでしょうけど……。」

 

「性格はあんな感じだけど、信用はできると思うよ。少なくとも闇の魔術を毛嫌いしてるしね。何というか……闇祓いになるべくして生まれた、って感じのヤツだもん。」

 

なんとも奇妙な人物像だが、問題はないらしい。その後も話をしている間に、次々と人が入ってくる。

 

ダンブルドア先生の親友であるエルファイアス・ドージさん、プルウェット家のギデオンとフェービアン兄弟、キリッとした格好のエメリーン・バンス。

 

見知った顔には挨拶を放ち、知らない顔とは自己紹介していると、再びドアが開いて……おっと、主役のご登場だ。ダンブルドア先生とレミリアさんが入ってきた。

 

ダンブルドア先生は部屋の面子を見渡すと、にこやかな顔で口を開いた。

 

「うむ、結構。今日集まれる者はこれで全員のはずじゃ。」

 

ゆったりと頷いてそう言うと、皆をテーブルに着くように促してから自分も椅子へと座る。

 

全員が座ったのを確認してから、ダンブルドア先生は来れなかったメンバーのことを説明してくれた。

 

「今日来れなかったのは、そこにいるフランクの妻であるアリス・ロングボトム、そしてジェイソン・ブリックス、二人とも闇祓いじゃな。そして……ミネルバ・マクゴナガル、ドーカス・メドウズ、エドガー・ボーンズも既に騎士団の一員じゃ。」

 

ダンブルドア先生はそこで一度言葉を切って、集まった皆を見渡した。

 

「未だ決して多いとは言えん人数じゃが、なんとも頼もしい仲間たちじゃ。まずは集まってくれたことに感謝をしよう。ありがとう、皆。」

 

全員が口々に返事を返すが、パチュリーは黙って本を読んでいるし、ムーディはムスッっとしているだけだ。どうやらムーディのコミュニケーション能力は、パチュリーのそれと同レベルらしい。

 

ダンブルドア先生は大きく頷いた後に、隣に座っているレミリアさんのことを紹介する。

 

「そして……この方が有名なレミリア・スカーレット女史じゃ。何を成した方かは説明する必要がないじゃろう。」

 

ダンブルドア先生の紹介を受けて、レミリアさんは座ったままで悠然と自己紹介の言葉を放った。

 

「ごきげんよう、みなさん。私がレミリア・スカーレットよ。……ちなみに、この翼は自前なの。なんたって吸血鬼だもの。」

 

ニヤリと笑ってピコピコ翼を動かすレミリアさんに、皆の反応は……まあ、驚いている。無理もないだろう。『ヨーロッパの英雄』が十歳にしか見えない少女で、おまけに吸血鬼なのだ。

 

さほど驚いていないのは私から色々と聞いているテッサと、未だ表情を変えないムーディだけだ。もちろん私とパチュリーは除外してある。

 

驚愕のせいで起こった沈黙を破ったのは、意外にもこれまで黙っていたムーディだった。

 

「ふん、吸血鬼だろうが何だろうが構うまい? こいつはグリンデルバルドに対抗できた女だろうが? ぇえ? だったらヴォルデモートとやらにも一泡吹かせてくれるだろうさ。」

 

つまらなさそうに言い放ったムーディに、全員がおずおずと頷く。実績は充分すぎるほどにあるのだ。ムーディの声に苦笑しながらも、レミリアさんが口を開いた。

 

「まあ、厳密に言えばあなたたちが知っている『吸血鬼』とは別の生き物よ。ちなみにもう少しで五百になるわ。子供扱いしたら後悔することになるわよ。」

 

微笑と共に放たれた冷たい威圧に全員の顔が引きつる。一瞬の圧力だったが、これで間違いなく逆らう者はいなくなっただろう。

 

「アリス、ノーレッジさん、スカーレットさん。どうやら騎士団内では、見た目で判断しないほうが良さそうだね。」

 

テッサが引きつった笑みでまとめると、苦笑しながら頷いたダンブルドア先生が話を続ける。

 

「なかなか愉快な仲間たちになりそうじゃな。……とにかく、騎士団のメンバーは信用できるとわしが断言しよう。お互いの背中を守り合いながら、ヴォルデモートに対抗するのじゃ。」

 

「魔法省とは連携を取るのですか?」

 

フランク・ロングボトムの質問には、隣に座るレミリアさんが答えた。

 

「どうかしらね? グリンデルバルドの時の対応を見るに、頼れる存在ではなさそうよ? ……まあ、私とダンブルドアで働きかけてはみるわ。」

 

レミリアさんの返事に頷いたロングボトムに代わり、今度はディーダラス・ディグルが口を開く。

 

「実際の活動はどんなものになるのですかな?」

 

「恐らくマグルの保護や、死喰い人を捕らえる活動が主になるはずじゃ。無論、安全には最大限の配慮をすることを約束しよう。」

 

今度はダンブルドア先生が答えて、ディグルは納得した様子で頷いた。どうもダンブルドア先生とレミリアさんが中心となりそうだ。

 

その後もいくつかの細かい質問を捌ききった後、ダンブルドア先生がゆっくりと全員を見渡しながら口を開く。

 

「厳しい戦いになるかもしれん。避難することを望むのであれば、わしはそれに応じるつもりじゃ。よいか? 決して無理はしないように。危なくなったら他の団員に助けを求めるのじゃ。全てが終わった後、再び全員で集まって祝うと約束しておくれ。」

 

ダンブルドア先生の言葉に、全員が杖を掲げて諾の声を上げる。怯えている者は一人もいない。……まあ、パチュリーは本を読んだまま片手間に掲げているし、レミリアさんは腕を組んでうんうん頷いているだけだが。

 

その光景を満足そうに眺めたダンブルドア先生は、大きく頷いてから言葉を放った。

 

「うむ、うむ。それではここを仮本部として……不死鳥の騎士団、これにて結成じゃ。」

 

古アパートに響くダンブルドア先生の言葉を聞きながら、アリス・マーガトロイドはこの場の全員が生き残れることをそっと祈るのだった。

 


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