Game of Vampire   作:のみみず@白月

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オスティナート

 

 

「これはこれは、実に陰気な場所じゃないか。改装前のウィゼンガモットを思い出すね。」

 

連盟本部の地下にある薄暗い議場。滑らかな石が全てを構成しているその空間を見渡しつつ、アンネリーゼ・バートリは隣のアリスに話しかけていた。向かい合った二つの発言台が置いてある楕円形の空間を、十段ほどの石段が取り囲んでいる。あそこに『観客』たちが座るわけか。古式ゆかしい元老院を思わせるような雰囲気だな。

 

昨日ミラノで羽を伸ばした私たちは、ゲラートとホームズの対決を見物するためにこの場所にやってきたのだ。既に石段の半分以上は各国からの参加者……七、八十人くらいか? で埋まっているし、そろそろ始まると見て問題ないだろう。

 

一際目立つボーバトンの校長と、その近くに座って書類を捲っているデュヴァル。中央右手の席で会話しているマホウトコロとワガドゥの校長や、発言台に挟まれた位置の最前列に居る連盟の議長。時代遅れの松明に照らされた既知の顔触れを確認する私に、アリスが小声で語りかけてきた。

 

「スクリムジョールたちはあそこですね。中央中段です。合流しますか?」

 

「いや、私たちは最前列に陣取ろうじゃないか。どうせなら近くで見たいしね。」

 

そう言って階段を下りて、連盟議長とは反対側の中央最前列に移動すると……何だよ、爺さん。近くに居た濃い紫のローブの老人が私を見てポツリと呟く。

 

「……ふん、吸血鬼か。」

 

「何だい? 人間。文句でもあるのか? ここは指定席ってわけじゃないんだろう?」

 

「この場所には上級大魔法使いが座るのが伝統じゃ。」

 

「ふぅん? つまりここはこの議場における『上座』なわけだ。だったら私が座るのが正解だろうが。吸血鬼が嫌いならそっちが退きたまえよ。」

 

上級大魔法使いだか何だか知らんが、百年そこらしか生きていない小僧が文句を言うなよな。顔を引きつらせて私を止めようとするアリスを尻目に言い放つと、紫ローブのジジイは仏頂面で吐き捨てるように『お小言』を投げてきた。

 

「そら、これだ。吸血鬼というのは相も変わらず傲慢な連中じゃな。スカーレットの小娘といい、おぬしといい、伝統を軽んじること甚だしい。こんな連中が持ち上げられるなど世も末じゃ。」

 

「時代についてこられないなら早く墓に入りたまえ。何なら私が引導を渡してあげようか? 文句だけ言う老人なんてのは害でしかないのさ。山に捨てられたくないなら変化に対応するんだね。」

 

「わしは上級大魔法使いじゃぞ!」

 

「そして私は永きを生きる偉大な吸血鬼だ。目上に対する態度を学びたまえよ、偏屈ジジイ。」

 

あんまり生意気だとグーが出るぞ。吸血鬼のグーが。真っ白な眉毛が伸び放題になっているジジイと睨み合ったところで、その隣に居た黒ローブの婆さんが間に入ってくる。こいつも確か上級大魔法使いだったはずだ。具体的に上級大魔法使いとやらが何なのかはよく知らんが。

 

「まあまあ、お二人とも。仲良く座ればいいじゃありませんか。席は沢山あるんですから。」

 

「こんな無礼な小娘が隣に居るのなど我慢ならん! ようやくスカーレットが居なくなったかと思えば次はこれか。おぬしらはわしの寿命をどれだけ削れば気が済むんじゃ?」

 

「さぁね。死ぬまで削れば気が済むかもしれないし、一度死んでみたらどうだい?」

 

「……聞いたか? 今の台詞を聞いたじゃろう? これほど凶悪な種族が何故魔法界にのさばっているんじゃ? 我慢ならん、我慢ならんぞ!」

 

指を差すなよ、へし折っちゃうぞ。顔を真っ赤にして駄々をこねるジジイを冷めた目で見ていると、婆さんがニコニコ微笑みながら強引に言い争いを終わらせた。

 

「ほら、始まるようですよ。静かにしないといけませんね。」

 

その視線を辿ってみれば……おや、ゲラートのご登場か。議場の入り口から階段を下りてくる白い老人は、当然のように発言台の一つに陣取った。そして奥側の発言台の近くに座っていたホームズもそれに合わせて立ち上がる。会談の名を借りた『裁判』がいよいよ始まるわけだ。

 

さすがの偏屈ジジイも口を噤む中、私たちとは反対側に座っていた連盟の議長が腰を上げて何かを言おうとするが……おおっと、残念。その前にゲラートが話し始めたのを受けて、哀れな議長閣下はスッと座り直してしまう。あれはかなり恥ずかしいぞ。

 

「今日は集まっていただき感謝する。これが非公式な集まりである以上、形式張った長い挨拶は不要なはずだ。早速始めさせてもらおう。……先ずはイギリスの魔法使いであるアリス・マーガトロイドに対して、マクーザの国際保安局がかけている疑い。これを一つ目の議論の内容としたい。反対する者は居るか?」

 

さっくさくだな。ありきたりな自己紹介も無しか。こういう場では有り得ないほどの端的さで進行するゲラートが投げかけた問いに、議場の全員が沈黙を以って答える。一拍置いてそれを確認したロシアの議長は、仮面の笑みを被っているホームズに対して最初の口撃を放った。

 

「ロシア中央魔法議会が独自に調査した限りでは、国際保安局の捜査は骨子となる論拠が薄く、アリス・マーガトロイドを犯人だと断定できる証拠が揃っていないと言わざるを得ない。その状況でいたずらに国際間の連携を乱し、強引な捜査を断行した挙句、非を認めずに未だ諦め悪く食い下がっている理由を貴官に聞きたい。」

 

「質問に答える前に私からもお聞きしたいのですが、仮にアリス・マーガトロイドがレミリア・スカーレット氏の関係者ではなかったらヨーロッパの皆さんはここまで必死に庇っていましたか? ……答えは否なはずです。その場合、フランスもイギリスも我々の捜査に協力してくれていたでしょう? 今回の一件は権威が犯罪を揉み消す典型的な悪例なのですよ。皆さんにはどうか公正な立場から物事を判断していただきたい。」

 

「ふん、青臭い小僧めが。それは子供の理屈じゃ。政治家の言葉ではない。」

 

つまらなさそうな表情で呟いた偏屈ジジイに同意するように、冷たい顔付きのゲラートがホームズの発言を切り捨てる。全くだな。今更仮定の話をしたところで意味などないだろうに。

 

「論点をすり替えるのはやめてもらおうか。事実としてマーガトロイドはスカーレットの関係者であり、俺が聞きたいのは杜撰な捜査結果を論拠に国際関係を乱している理由だ。公正な立場から見ようが貴官らの捜査が穴だらけなことは変わらん。」

 

「現在公にしている報告だけではそう見えてしまうかもしれませんが、我々はきちんとした根拠に基づいて捜査を行っています。」

 

「では聞くが、何故『きちんとした根拠』を頑なに公開しないんだ? 当初根拠としていた事件の目撃者は存在せず、形勢が悪くなるや否や半世紀前の未解決事件を持ち出して話を濁し、これだけの状況になってなお貴官はその場凌ぎの言い訳しか口にしていない。……ここまで来ると、本当に根拠が存在しているのかを疑ってしまうわけだが。」

 

「存在していますよ。それに、五十年前の事件に関してもマーガトロイドの犯行であることは明らかです。それについての報告は公開しているはずですが?」

 

また論点をずらしたな。ジジイと揃って鼻を鳴らしていると、議場に聞き覚えのある声が上がった。デュヴァルの声だ。

 

「フランス魔法省治安保持局麾下闇祓い隊隊長のルネ・デュヴァルです。発言してもよろしいでしょうか? ……五十年前の未解決事件については、フランス魔法省からの反証があります。当時の捜査に深く関わった元闇祓いのヴィドック氏が証言してくださいました。彼によればミス・マーガトロイドの行動からは犯人である様子など微塵も窺えず、紛れもない被害者の一人であったとのことです。」

 

「何の意味もない主観的な証言に過ぎませんね。犯人ではなさそうに見えたから犯人ではないと? そんなものは証拠になりませんよ。」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししましょう。国際保安局の調査報告は『ミス・マーガトロイドが犯人であったら』という先入観に基づいたものに過ぎません。特にこの部分など笑えてきますね。『アリス・マーガトロイドは人形を使用する魔法使いであり、故に半世紀前の事件の犯人とは共通点が多い』ですか。杖を使った犯行では私が犯人にされかねませんな。私は杖を使って戦いますから。」

 

「屁理屈はやめていただきたい。人形を使って戦う魔法使いが他に居ますか? 使い手が多い杖ならば注目に値しないかもしれませんが、人形となれば話は別です。私からすれば充分に論拠となる理由に思えますが。」

 

未だ薄ら笑いを保ったままのホームズの反論に、デュヴァルもまた落ち着いた様子で抗弁を送る。

 

「更に、フランス魔法省が導き出した犯人像ともミス・マーガトロイドは一致しておりません。二度に渡るイギリス魔法戦争で活躍した今現在のミス・マーガトロイドであれば、事件の犯人だと疑うのもおかしくはないのかもしれませんが……当時の彼女はまだ二十歳を過ぎたばかりだったのですよ? 魔法学校を卒業して間も無い彼女が数十体もの魔法使いを殺し得る人形を操り、大戦で腕を磨いた闇祓い隊の隊員を七名同時に相手取った上に、そのうちの二人を殺害することが可能だと本気でお思いですか?」

 

「可能不可能で言えば可能でしょうね。才能がある魔法使いではあったのでしょう?」

 

「限度があります。ミス・マーガトロイドが優秀な魔女であることは共に戦ったことがある立場として否定しませんが、幾ら何でも当時の彼女にあの犯行が可能だとは思えません。五十年前の事件の犯人はまず間違いなく『熟練の魔法使い』です。ホグワーツ魔法魔術学校から取り寄せた彼女の成績を見ても、優秀なれどあれだけのことが出来るほどには逸脱していないと言わざるを得ませんね。」

 

学生の頃の成績まで確認したのか。隣に座っているアリスが若干恥ずかしそうな不満顔を見せるのを他所に、ホームズはやや苦めの言い訳を口にした。少しずつ天秤が傾いてきたな。

 

「実力を隠していたのでは? あれほどの犯罪を犯すような人間ならば有り得ない話でもないはずです。」

 

「言わせていただきますが、有り得ない話です。ホグワーツは十一歳から入学するシステムになっています。ミス・マーガトロイドの成績の変化には一貫性がありますし、ホームズ局長の推理通りだとするなら入学当時から『牙を隠して』いたことになりますね。……十一歳の少女が将来人を殺すために実力を隠しますか? ホームズ局長は被害妄想の傾向がお有りのようだ。精神科への受診を勧めておきましょう。」

 

「極論にも程がありますね。そこまでのことは言っていません。私が言いたいのは、魔法を学んでいるどこかの段階で悪しき思想に目覚め、将来を見据えて実力を抑える程度のことはやったかもしれないということです。マーガトロイドの成績に一貫性があるのは、そうなるように計算したからかもしれませんよ?」

 

「『かもしれない』が多くなってきましたな。この議場が貴方の妄想を真剣に論じ合う場ではないことはともかくとして、最後にもう一つだけ情報を提示しておきましょう。今から読み上げるのは当時ホグワーツで変身術を教えていた、元上級大魔法使いでもあるアルバス・ダンブルドア氏のミス・マーガトロイドに対する評価です。彼女が五年生を終える頃のものとなります。」

 

よくもまあそんなもんを掘り出してきたな。ダンブルドアの名前を出すのが有効だと考えたのか? 何故か国際的な会談の場で自分の『通知表』を公開されようとしているアリスが頭を抱えて足をバタバタさせる中、デュヴァルは真面目くさった表情で手元の書類を読み上げ始める。やめてやれよ、可哀想に。

 

「『才はあれど、特筆すべきはむしろ努力の方である。人一倍の努力を惜しまず、己を律することこの上なし。根底にある性質が善良であり、また善行が何故善行たり得るのかを熟慮する慎重さも兼ね備えているため、魔法法に関わる執行部や闇祓いなどの職種に向いていると思われる。』との評価を、ダンブルドア氏はミス・マーガトロイドが所属していた寮の当時の責任者であるメリィソート氏に送付しております。私としては根拠が薄い不躾な予想よりも、名教師と謳われたダンブルドア氏の人物評価を重視したいところですな。」

 

「魔法界に貢献した故人の名誉を汚すようなことは言いたくありませんが、ダンブルドア氏の人物評価が適切なものであるとは思えませんね。死喰い人なる犯罪者集団には多数の教え子が在籍していましたし、若かりし頃はグリンデルバルド議長に同調していたと聞いています。……この場で議長の行いを責めるつもりはありませんよ? ですが、昔の貴方が『危険思想』を持っていたのは厳然たる事実であるはずです。」

 

うーん、変な方向に話が転がっていくな。ダンブルドアとゲラートをある意味で貶したことに議場が騒つくが、当人たるゲラートが粛々と進行することでそれが収まっていく。ホームズの話題逸らしに乗ってやるつもりはないようだ。

 

「整理しよう。つまり、貴官らは人形という珍しい武器を使うからマーガトロイドが五十年前の事件の犯人だと予想しており、去年北アメリカで起きた事件も同じ誘拐殺人だからマーガトロイドこそが犯人だと結論付けたわけだ。……後半の繋がりは強引なように思えるが?」

 

「逆ですよ。北アメリカで起きた誘拐殺人の犯人がマーガトロイドだということを明らかにし、彼女を調べる過程で五十年前の事件を発見したのです。共通点があるなら繋げて考えるのは当然でしょう?」

 

「ならば話を最初に戻そう。北アメリカの事件の犯人をマーガトロイドだとする根拠を示せ、アルバート・ホームズ。それを提示しない限り話が前に進まん。」

 

「目撃者が居ます。マーガトロイドが子供を連れ去るところを目撃した人物が。」

 

そーら、堂々巡りだぞ。一周回って目撃者の件に話が戻ったところで、今度は議場の入り口側から声が放たれた。見ない顔だな。茶色いスーツ姿の中年男性だ。

 

「よろしいかな? ……誘拐の目撃者に関しては、我々マクーザ闇祓いから国際保安局にお聞きしたいことがある。我々がイギリスやフランスと協力して調べた結果、目撃証言をしたとされる人物は北アメリカに存在せず、国際保安局が架空の証言を捏造している可能性が浮かび上がってきた。……これが事実ならば由々しき事態だ。ホームズ局長には納得のいく説明をしていただきたい。」

 

なるほど、あの男はマクーザの闇祓いか。議場の全員がマクーザも一枚岩ではないということを認識すると同時に、ホームズは両手を広げながら小さく肩を竦める。

 

「『存在していない』とまで言われるのは心外ですね。書類に多少の不備があっただけでしょう? 目撃者はきちんと存在していますよ。」

 

「多少の不備? 不備か。……確かに目撃者が証言の際に記入した住所は、社会保険番号に紐付けられている在住魔法使いリストの情報と一致した。『マドリーン・アンバー』という魔法使いの情報とな。だが実際に住所を訪ねてみれば住んでいたのはマグルの老夫婦で、出身校であるはずのイルヴァーモーニーには記録が残っておらず、闇祓いの総力を挙げてもマドリーン・アンバーの影すら見つけられず仕舞いだ。架空の存在であることを疑うのは筋が通っているように思えるが?」

 

「……偶然が重なって起きた事故ですよ。現在保安局がアンバー氏を捜索しています。近いうちに見つかるかと。」

 

「何を根拠に見つかると言っているのかは知らないが、現状最大の論拠が『存在していない』のは確かなはずだ。ならば同じマクーザの魔法使いとして他国での強引な捜査を看過するわけにはいかん。イギリスから手を引け、ホームズ。こうなった以上、最低でも一度マクーザで調べ直すのが筋というものだろう。」

 

うーむ、どんどん変な状況になってくるな。ロシアの議長がアメリカの捜査官を糾弾し、フランスが援護し、今は新大陸の捜査官同士で言い争いをしているわけか。……まあ、今回の会談の目的はこういう議論を他国の目に晒すことにある。目の前でこのやり取りを見れば、ホームズの捜査が如何に適当なのかが嫌でも理解できるだろう。

 

サンドバッグ状態になっているホームズを見ていい気味だと満足していると、今度はスクリムジョールが議場に声を響かせた。次から次へだな。

 

「よろしいでしょうか? イギリス魔法省魔法法執行部部長、ルーファス・スクリムジョールからもホームズ局長に重ねてお聞きしたい。百歩譲って目撃者の件を置いておくにしても、そもミス・マーガトロイドを犯人だとする根拠が薄すぎるように思えます。にも拘らずこのような強引な捜査をしている以上、他にも何かしらの根拠があるはずです。それが何なのかを教えていただきたいのですが。」

 

「殺人事件が発生し、それに関する目撃証言があれば、被疑者を拘束して取り調べを行おうとするのはイギリスの魔法使いから見ても自然な行いのはずです。それを頑なに妨害しようとする方がむしろ不自然ですよ。」

 

「質問の答えになっていませんな。……では、代わりに連盟の議長閣下にお聞きしたい。国際魔法使い連盟は目撃証言があったというただ一点のみの根拠を受けて、軽々にイギリスの主権を侵害するような捜査権を国際保安局に与えたのですか? 加盟国としては捜査権を与えるに足る根拠を提示されたのだと信じたいところですが……お答えください、議長。一体どんな根拠を提示された結果、我が国を荒らす権利を他国に与えるという結論に行き着いたのでしょうか?」

 

スクリムジョールが怒ってますよという感情を声色に表現しながら放った質問に、連盟の議長は……おや? 落ち着いた様子でその場に立って答えを返す。いきなり振られて焦ると思ったんだけどな。そこまで無能ではなかったか。

 

「その件に関しましては現在責任者からの聞き取りや、内部調査機関による調査を行っております。調査が済み次第早急に報告をさせていただきますので、それまでもう暫くお待ちください。」

 

……そうでもないかもしれんな。いっそ清々しいほどに何の中身もない返答をかました議長へと、スクリムジョールが冷たい声で言い募る。

 

「議長ご自身は把握していない、ということでしょうか? まさかとは思いますが、国際魔法使い連盟という機関は責任者たる議長の許可も無しに他国への主権侵害を断行できる組織なのですか?」

 

「調査中なので今はお答えできませんが、イギリスの主権を軽んじているという認識は一切ございません。厳正な話し合いを必要十分なだけ何度も重ねた結果、断腸の思いでイギリス国内での捜査を許可するという結論を出したと記憶しております。」

 

「……話になりませんな。この場の議題からは逸脱するのでこれ以上の追及はやめておきますが、捜査権に関しましては次の連盟首脳会談で議題にさせていただきます。イギリスがこの件を都合良く忘却しないということだけはしっかりと覚えておいていただきたい。連盟と違って、イギリス魔法省には記録を残すという文化が根付いておりますので。あやふやな記憶ではなく、確実な記録を。」

 

「連盟議長として加盟国に不安を持たせたという事実を真摯に受け止め、首脳会談でイギリスの皆様の疑念を晴らすことが出来るように誠心誠意努力させていただきます。」

 

うーん、面の皮の厚さだけは評価できそうだな。限界まで薄めてかさ増ししたような言い訳をスラスラと語る連盟議長が座ったところで、再び話の主導権がゲラートの手に回ったようだ。この会談の主催者であるロシアの議長は、よく知る者でしか気付けない程度の呆れを含ませた声色で話を元に戻した。何回やる気なんだよ、このやり取り。

 

「一向に話が進まないので口を挟ませてもらうが、貴官はいつになったら目撃者と五十年前の事件以外の根拠を提示するつもりなんだ?」

 

「捜査の機密を守るため、公の場では話せない情報も多々存在しています。……目撃証言では足りないということですか? 通常の捜査では充分な証拠になり得るはずですが。」

 

「先程からずっとそう言っているわけだが、貴官は一体何を聞いていたんだ? 足りるわけがないだろう? 現実問題として、もはやこの一件は『普通の犯罪捜査』の範疇には収まらん。イギリスという国家への主権侵害と、マクーザから連盟に対しての過度な政治干渉。そういった国際規模の諸問題を誘発させた以上、一般的な犯罪捜査のルールを持ち出されたところで誰も納得すまい。まだ下らん時間稼ぎをしようというのであれば、ここからの議論は証拠が希薄な状態で捜査に踏み切ったという判断を基に行わせてもらうぞ。」

 

おいおい、本当にもうカードを残していないのか? 私も予想外だったし、隣のアリスやジジイも意外そうな顔をしている。目撃証言だけでここまで押しまくったのかよ。無茶苦茶じゃないか。

 

阿呆もここに極まれりだな。ホームズではなく、連盟の協力者たちがだ。恐らくホームズが連盟へのパイプを活用して捜査権を強引にもぎ取ったのだろう。よく捜査内容を確認しないでこれ幸いと政治工作をした反スカーレット派の連中もアホだし、それに流されて捜査権を承認した議長もぽんこつ過ぎるぞ。

 

要するに、色々と下準備が整う前に問題を大きくしすぎたわけか。反スカーレット派としても予想していなかっただろうな。ホームズがもっと多くの論拠を握っていると判断していたからこそ、ここまで強気に物事を進められていたはずだ。

 

まあ、さすがに趨勢は決しただろう。この馬鹿騒ぎもいよいよ終わりだ。火種自体がどんなに小さくても、無責任に燃料を注ぎまくれば大火になる。そのことを学んだ私や議場の魔法使いたちが呆れ果てる中、ホームズが諦め悪く反論を繰り出そうとしたところで──

 

「おっと?」

 

軽い振動と共に、頭上から低い音が響いてきた。爆発音か? 議場の全員がパラパラと埃が落ちてくる天井に視線を送った瞬間、先程のものよりも大きな爆発音が続いたかと思えば、滑らかな石の天井にピシピシと亀裂が入り始める。

 

何だか知らんが崩れるな、これは。冷静に判断した直後にアリスを抱き寄せて妖力の結界を張ろうとするが、それと同時に数名の魔法使いが天井に杖を向けた。ゲラートと、マホウトコロとワガドゥの校長、そして偏屈ジジイと婆さんだ。魔法で支えようというつもりらしい。

 

「……やけにタイミングが良いじゃないか。この話し合いを有耶無耶にしようって魂胆か?」

 

「かもしれませんね。上で何があったんでしょうか?」

 

「分からんが、双子の店の癇癪玉程度の爆発音ではなかったね。つまり大爆発ってことだ。」

 

さも動揺しているかのような表情のホームズを横目にしつつ、胸の中のアリスと小声で囁き合ったところで、三度爆発音が響くと同時にゲラートが議場の全員に指示を飛ばす。今や完全に崩れてしまった天井を冷静に観察しながらだ。老人たちの魔法がなければ生き埋めだな。

 

「……どうやら、ここから出た方が良さそうだ。俺が残って天井を支えよう。順次外に──」

 

その台詞が終わる間も無く、議場の入り口から……そら、お出ましだ。懐かしき木製のデッサン人形がわらわらと飛び込んできた。手に手に斧を持ったそいつらは、一切の躊躇なく会談の参加者たちを襲い始める。

 

「アリス、キミは手を出すなよ。まだ状況が読めないし、魔女の目的がいまいち分からん。取り敢えずは私の側で大人しくしておきたまえ。」

 

「でも、あの人形は魔法に耐性が──」

 

自分の人形を展開させようとしたアリスを止めたところで、最初に議場に飛び込んできたデッサン人形が粉々に砕かれた。それを指差して肩を竦めた後、私の出番も無さそうだなと鼻を鳴らす。グラン・ギニョール劇場の時と違って、この場に居るのは『凡人レベル』の魔法使いではないのだ。

 

「ふん、わしらが支えてやる。貴様は働け、グリンデルバルド!」

 

単純な衝撃呪文も突き詰めれば立派な攻撃手段か。上級大魔法使いの称号ってのも案外伊達じゃないらしいな。人形たちの出端を挫いた偏屈ジジイの呼びかけに、ゲラートが天井からデッサン人形たちに杖を向け直しながら短く応じた。

 

「では、そうさせてもらおう。……プロテゴ・ディアボリカ(悪魔の護りを)。」

 

珍しく一節一節に力を込めて呪文を呟いたゲラートの杖先から、真っ黒な炎が勢いよく噴き出す。それは楕円形の議場を囲む黒い炎の壁となり、それに触れたデッサン人形は……凄いな。一瞬にして細かな灰になってしまった。

 

呪文の性質の為せる業なのか、それとも単にゲラートの魔法力が大きいからなのか。この杖魔法を知らない私からは何とも言えないものの、とにかくデッサン人形の抵抗力はあの黒い炎の前では無力らしい。たった一つの呪文で議場の安全を確保したゲラートは、次々と炎に飛び込む人形たちを尻目に私に視線を送ってきた。『説明しろ』の目付きだ。

 

むう、そんな目をされても答えられんぞ。私にだって意味不明な状況なのだから。魔女が起こした騒動であることは当然として、何を目的にしているんだ? ……まさか本気でこの議場の全員を殺そうとしたわけじゃないよな? 殺す理由もよく分からんし、天井を崩して木っ端人形を突入させただけで殺せる連中じゃないことはバカでも分かるはず。

 

ってことはやっぱりホームズに対する援護か? にしたって問題の先延ばしにしかならないし、ただそれだけのために連盟の本部を爆破するのはやり過ぎだろうが。

 

ああくそ、本当に面倒なヤツだ。考えてたら段々イライラしてきたぞ。やり方は杜撰な癖に騒動はどんどん大きくなるし、どうせここでの騒ぎもアリスの存在に繋げるつもりなんだろうさ。事態を面倒くさくする才能だけはリドルより上かもしれんな。

 

何れにせよ、吸血鬼は細かい恨みも決して忘れんぞ。この騒動に関してもきっちり清算してもらうからな。ゲラートに仏頂面で分かりませんのポーズをしつつ、アンネリーゼ・バートリは杖を片手に突っ立っているホームズをギロリと睨み付けるのだった。

 

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