Game of Vampire   作:のみみず@白月

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停滞、後に進展

 

 

「いやぁ、見事にテーブルをひっくり返されましたね。こういうことを出来るのが失うものの無い人間の強みなわけですか。勉強になりました。」

 

大臣室のソファで予言者新聞を読んでいるオグデンの言葉に、アリス・マーガトロイドは苦い表情を浮かべていた。気に食わないが、こいつの表現は的を射ているな。頭を使ってチェスで戦っていたら、いきなりテーブルをひっくり返されて勝敗を有耶無耶にされた気分だぞ。

 

連盟での騒動から一夜が明けた今日、イギリスに帰国した私たちは大臣室で話し合いを行っているのだ。内容はもちろん昨日連盟本部の議場で起こったテロについてである。別に政治的な背景があるわけではないが、少なくともイギリス国内では予言者新聞が見出しに使った『テロ』という呼び方が浸透しているらしい。連続誘拐殺人犯からテロリストか。大出世だな。

 

「笑い事ではありませんよ、オグデンさん。お陰で状況が滅茶苦茶です。……死者が出なかったのは不幸中の幸いでしたね。」

 

執務机に肘を突いて疲れたように額を押さえるアメリアへと、スクリムジョールとリーゼ様がそれぞれ反応を投げた。ちなみにフォーリーはリヒテンシュタインに居残っているそうだ。今は現地で動くことが必要だと考えたらしい。

 

「ですが、軽傷者は出ました。議場の上階で起きた爆発に警備員の一人が巻き込まれたようですね。……現時点では爆発の原因は不明で、議場を襲撃した人形の侵入経路も不明。当然犯人も不明です。」

 

「忌々しいね。これで更に騒ぎが大きくなるぞ。連盟だって本拠地であんなことをされたら面目丸潰れだ。さすがに本気で動き始めるだろうさ。」

 

昨日からずっとイライラしている様子のリーゼ様の懸念に、一人だけ楽しそうな笑みのオグデンが返事を放つ。……まあ、別に本心から状況を楽しんでいるわけではないだろうが。

 

「しかしですね、これで色々と分かってきたじゃありませんか。どう考えてもこの動きは劣勢だったホームズへの矛先を逸らすためのものでしょう? つまりテロの犯人とホームズには繋がりがあり、尚且つテロの犯人は人形を武器にしている。故に五十年前の事件の犯人とホームズは繋がっているというわけですね。……通ってます? 筋。」

 

「私たちからすれば納得がいく推理ですが、国際保安局は間違いなくマーガトロイドさんが起こしたテロだと主張してきますよ。……いよいよ水掛け論になってきそうですね。どちらも明確な証拠を示せない以上、ずるずると問題が続いていくのは目に見えています。」

 

「ま、状況が再び停滞するのは確かでしょうね。僕が思うに、このユーモアに富んだ記事を書いている記者に『もう一人の人形を武器とする魔法使い』の存在を広めてもらうべきなのでは? 分かり易い『真犯人』が居た方が大衆は安心するでしょうし。」

 

テロに関するスキーターの記事を指しながら献策するオグデンを見て、アメリアは口を真一文字に結んで数秒悩んだ後、リーゼ様に向かって曖昧な言葉を飛ばした。

 

「……私は魔法大臣として報道に口を出すわけにはいきません。促すことも、止めることもしないという意味です。」

 

「はいはい、分かってるよ。私は魔法大臣でもなければ政治家でもないからね。事情を知る一般市民としてスキーターとお話ししてくるさ。……それより、イギリス内での『国際ぽんこつ局』の捜査はどうなるんだい?」

 

「現時点では何とも言えません。連盟が昨日のテロをどう判断するかによりますね。……仮にマーガトロイドさんを犯人だとするのであれば、今回連盟の議場を襲撃するのは何のメリットもない無意味な行為ですし、まともな人間が普通に考えればホームズの側に利する行いだということが分かるはずですが。」

 

「なあなあの現状維持にならないことを祈っておくよ。判断の先送りは連盟のお家芸だからね。」

 

うーん、参ったな。投げやりな声色で発されたリーゼ様の呟きを最後に、大臣室の中に短い沈黙が舞い降りる。大きく進展も後退もさせなかったが、停滞を招くという一点においては効果的な一手だったということか。

 

とにかく、連盟が方向を示さないとこちらも動きようがないぞ。イギリス国内での捜査権はどうなるのか、テロの犯人や目的をどう見るのか、昨日論じられたホームズの捜査の粗についてはどう捉えるのか。そこをはっきりしてもらわないと、イギリスの立ち位置も定まらないのだ。

 

だからフォーリーはリヒテンシュタインに残ったのかと今更ながらに納得したところで、部屋のドアがノックされると共に報告が響く。秘書官の声だ。

 

「大臣、またフリーマン氏が面会を希望してきています。追い返しましょうか?」

 

二言目に『追い返しましょうか?』が出てくるあたりに日頃の対応を感じさせるな。その問いにアメリアが答えを送る前に、リーゼ様が勝手に返答を投げかけた。

 

「入れていいよ。どうせ行き詰まってるんだし、いっそのことフリーマン君の意見も聞いてみようじゃないか。」

 

「……本気ですか?」

 

「このタイミングで何を話しに来たのかは知らんが、聞くだけだったら問題ないだろう? 訳の分からんことを言ってきたら追い出せばいいだけさ。」

 

「まあ、バートリ女史がそうおっしゃるなら。……入れて構いませんよ。案内してください。」

 

きちんとした魔法大臣の指示を受け直して、秘書官が了解の返事を口にした二十秒ほど後、部屋のドアが開いて縁なしメガネの男が入室してくる。毎度お馴染みの緑ジャケット姿のフリーマンは、部屋の面々を確認すると隠し切れない『うんざり感』を醸し出しながら口を開いた。リーゼ様、オグデン、スクリムジョール。何故かソファに座っている『謎の子供』を抜きにしても、曲者揃いであることが気に入らなかったらしい。

 

「どうも、皆さん。まさか通していただけるとは思っていませんでしたので、いつものスーツで来てしまいました。」

 

「相変わらず似合っているよ、フリーマン君。その派手なスーツを着ていれば、ダイアゴン横丁の連中も警戒すべき相手を一目で発見できるだろうさ。」

 

「ええ、染めていただいて感謝していますよ。これを着ているとイギリスの魔法使いに近付けた気分になれます。この国では常識的な普通のスーツなんて退屈すぎるみたいですから。」

 

「おや、言うようになったじゃないか。」

 

リーゼ様のジョークに皮肉げに応じたフリーマンは、小さく鼻を鳴らしてから話を続ける。

 

「もう丁寧な態度を取り繕うのはやめました。イギリス魔法界のことはこの二ヶ月半の体験を通してよく理解できましたから。頭がおかしい国でまともに過ごしていたらストレスで死にますよ。部下が円形脱毛症になっているのを見てようやく気付けたんです。バカ正直に応対するのではなく、適当に受け流すべきだと。」

 

「おおっと、聞いたかい? よくぞ真理に到達したね、フリーマン君。この国ではまともな人間は生きられないのさ。キミが答えにたどり着けて嬉しいよ。」

 

「いやぁ、僕も嬉しいです。これで一人前のイギリス男になれましたね。この『頭がおかしい国』はジョークと紅茶で出来ているってことをやっと理解してくれましたか。今の貴方にはそのスーツがよくお似合いですよ。」

 

そういうところだと思うぞ。リーゼ様とオグデンがぺちぺち拍手するのを受けて、フリーマンは一つため息を吐いてから呆れ果てているアメリアに本題を切り出した。

 

「ボーンズ大臣、単刀直入にお聞きします。アリス・マーガトロイドが北アメリカの児童誘拐殺人事件の犯人ではないということを、イギリスという国家に誓って断言できますか?」

 

「出来ますとも。悩む必要もありませんね。……私の言葉が貴方にとっての保証になるとは思えませんが?」

 

今更どうしたんだ? 即答したアメリアを見たフリーマンは、何かを諦めたような苦い笑みを浮かべながらポツリポツリと語り出す。なんだか哀愁が漂っているぞ。

 

「私はこの数日間、北アメリカに戻って独自に事件を洗い直していました。ホームズ局長がリヒテンシュタインに出張している隙を狙って一から調べてみたんです。……結果はまあ、先程の問いでお分かりでしょう? 私にはマーガトロイドが犯人であると結論付けられませんでした。怪しいかと聞かれれば怪しいと答えられますが、ここまで強引な捜査をするほどの根拠は見つかりませんでしたよ。」

 

「ふぅん? ……ちなみに聞くが、キミはどうして今の今まで疑問を持たなかったんだい? ホームズに次ぐ立場なのであれば、それなりの情報は確認できたはずだろう?」

 

「次局長など名ばかりの存在ですよ、ミス・バートリ。国際保安局を設立したのも、それを動かしているのもホームズ局長です。……闇祓いの適性試験を通れず、保安局の事務職として腐っていた私をホームズ局長は引き上げてくれました。最初は指示に従うだけでいい、職務に慣れるまで細かい部分はこちらでやるからと。そう言われて今まで愚直に従ってきたに過ぎません。」

 

「なんとまあ、愚かなもんだね。ホームズの『ワンマン捜査』に疑いを持たず、確かな根拠を知らないままでアリスを追っていたわけか。」

 

やれやれと首を振りながら言うリーゼ様に、フリーマンは情けなさそうな顔でこくりと頷いた。……それを聞くと、今までよりもずっと若く見えてしまうな。元事務職ということは捜査をした経験すらなかったのだろう。

 

「この期に及んで言い訳はしません。自分でも愚かだったと思っています。私は……私たちはホームズ局長のことを信じていたんです。あの人が自信を持ってマーガトロイドが犯人だと断定していたから、恩人である局長の顔を潰すまいと必死になっていたんですよ。」

 

「それで、貴方は私たちに何を望んでいるのですか? まさか懺悔しに来たわけではないのでしょう?」

 

真剣な表情で問いかけるアメリアへと、フリーマンは手を握り締めながら口を開く。

 

「私はマクーザの捜査官です。名ばかりの役職だろうが、経験が足りていない愚か者だろうが、この職に就く際に杖を掲げて正義を貫くと宣誓しました。その誓いだけは破るわけにはいきません。……マーガトロイドに会わせていただけませんか? 私はまだ決めかねています。姿のない目撃者、五十年前の事件、イギリスのマーガトロイドに対する信頼、昨日のテロ、ホームズ局長の判断。マーガトロイドを犯人とすることへの疑いは強まっていますが、同時に犯人ではないと断言できるほどの材料も持っていないんです。だから直接会って話させていただきたい。」

 

「話せば判断できると?」

 

「分かりません。……それでも私は国際保安官として事件を投げ出すわけにはいかないんです。もし真犯人が別に存在するのだとしたら、いたずらに状況をかき乱して犯人に利する行いをした責任を取らなくてはなりません。たとえそれがホームズ局長の意思に反する行動だとしても、私は次局長としてそうしなければならないと判断しました。」

 

スクリムジョールの質問に厳しい顔で応答したフリーマンは、アメリアに向き直って言葉を繋げた。

 

「私はレミリア・スカーレット氏のことを信じてはいませんが、イギリス魔法界の住人たちがマーガトロイド個人を信頼していることはこの身を以て理解しました。誰もが彼女は犯人ではないと確信しているようですから。……どうか直接話させてください。無論私一人だけで出向きますし、必要でしたら杖もお預けします。監視役が付いても構いません。」

 

「困りましたね。……どうですか? バートリ女史。」

 

まあその、もうこの場に居ますとは言えないだろうな。私を横目で見ながらのアメリアに話を振られると、リーゼ様は暫くの間興味深そうにフリーマンのことを見つめていたが……やがて小さく息を吐いた後、答えを待つ彼に疑問を送る。

 

「アリスと話した結果、キミの心がホームズとは違う方向に傾いたとしたら……キミは具体的にどうするつもりなんだい?」

 

「ホームズ局長を説得して、真犯人を追います。」

 

「ホームズがそれを是としなかったら?」

 

「……是が非でも説得しますよ。私は政治に詳しいわけではありませんが、これ以上進めば取り返しがつかないことだけは理解しています。結果として国際保安局が解体されることになろうとも、せめて自分たちの尻拭いくらいはしなければ。それがきっとホームズ局長のためにもなるはずです。」

 

真っ直ぐな態度で語るフリーマンに、リーゼ様は苦笑しながら首肯を返した。根負けしましたという表情だ。

 

「分かったよ、アリスと会わせてあげよう。キミがイギリスで被った苦労のことを考えれば、それくらいは譲歩すべきだろうさ。キミは目的地をきちんと確かめない愚か者だったが、同時に私に一歩譲らせるほどの努力もしたわけだ。……マクーザの闇祓い適性試験とやらは正確じゃないらしいね。」

 

「そのようですな。」

 

遠回しな褒め言葉にスクリムジョールが頷いたところで、リーゼ様が私の耳元でこっそり囁いてくる。

 

「どうやら、元の姿に戻ってもらう必要がありそうだ。そのための魔法薬はあるかい?」

 

「事前に作って保管してあります。……やっぱりこの姿じゃダメですよね。」

 

「まあ、これ以上の余計な混乱を避けるためにも、『大人アリス』の状態で会った方がいいだろうね。……一応聞くが、小さくなる魔法薬はもう無いのかい?」

 

「えっと、ありませんけど……どうしてですか?」

 

首を傾げて囁き返してみれば、リーゼ様は至極残念そうな顔付きで悲しそうに応じてきた。

 

「いやなに、その姿がもう見納めだと思うと残念なだけだよ。……本当に残念だね。」

 

憂鬱そうな顔で項垂れるリーゼ様を前に、アリス・マーガトロイドはそんなにかとちょっと呆れた気分になるのだった。

 


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