Game of Vampire 作:のみみず@白月
「……それは? その荷物。その荷物は何なの?」
うーむ、目敏いな。どうして分かったんだ? 手に持っていた竹箒を放り投げてこちらに駆け寄ってくる紅白巫女を見て、アンネリーゼ・バートリはちょびっとだけ感心していた。境内の落ち葉掃除は中断するつもりらしい。
「肉だよ。この前キミが愚痴ってたから、手土産にと適当に買って──」
「こっちよ! 上がって頂戴! すぐお茶を出すから!」
「……この前とはえらく反応が違うじゃないか。」
「当然でしょ。この前は勝手に神社を待ち合わせ場所にした迷惑な妖怪だったけど、お土産があるなら立派な客よ。それが肉なら上客ね。」
紙袋を抱えた私の手をぐいぐい引く巫女は、縁側に到着すると荷物を奪い取って勝手に封を開け始める。凄まじい食い付きっぷりだな。どんだけ肉を食べてないんだよ。
ヌルメンガードの戦いからちょうど一年となる十月三十日の午前中、紫から渡された呪符を使って博麗神社を訪問しているのだ。アリスは一人の時間が欲しいだろうし、ホグワーツはダンブルドアやスネイプの追悼で重苦しい雰囲気だということで、考え事をする場所を借りるために適当な土産を持って来てみたわけだが……ここまで喜ばれるとはな。
この前来た時の緑一色とは違い、赤や黄色で彩られた幻想郷の景色。縁側に座りながらまあまあだなとその景色を眺めていると、巫女が満足そうな顔付きで土産の『評価』を下してきた。
「あんた、やるじゃないの。これだけあれば暫くは食べ放題ね。肉色の日々だわ。」
「そっちの袋は生だから今日か明日中に食べたまえ。こっちのは燻製にしてあるからそこそこ持つはずだ。」
「燻製? 燻製肉まであるの? ……今お茶を淹れるわ。お茶だけは紫がバカみたいに届けてくれるから、いいやつが大量に残ってるのよ。お湯を沸かすから待ってて頂戴。」
「はいはい、楽しみに待っておくよ。……で、キミは何なんだ? 紫の使いか? 見張り役ってことかい?」
素早い動きで奥へと引っ込んでいった巫女の背を見送ってから、落ち葉だらけの庭に佇む黒猫に対して質問を飛ばす。この土地に入った時からジッと私のことを観察している、先端部だけが白い二又の尻尾を持った黒猫だ。微々たる妖力を感じるし、まさかただの猫ではないだろう。
そんな種族不明の黒猫妖怪は、急に話しかけられてビクッとした後……何だそれは。単なる猫のフリをしているつもりか? ごろりと寝転がって媚びるようににゃあと鳴いてくる。
「……ふぅん? ただの猫だったのかな? 気のせいか。」
妖力を全然隠せていないぞ。応じるようにもう一度にゃあと鳴いてくる猫にとぼけながら近付いて、『射程圏内』に入った直後に勢いよく接近してがばりと抱き上げた。バカめ、吸血鬼は素早い生き物なのだ。思い知ったか。
「おおっと、暴れるなよ。勢い余って縊り殺しちゃうぞ。」
ふぎゃふぎゃ鳴きながら私の拘束を抜け出そうとする黒猫に囁いてやれば、小物妖怪は途端にピタリと大人しくなって『嘘でしょ?』の顔でこちらを見上げ出す。猫の顔でも感情ってのは伝わるものなのかと感心しつつ、縁側に腰を下ろして高い高いするように持ち上げた猫へと問いを投げかけた。
「それで、キミは紫の使いなのかい? 見張られるのは構わんが、こそこそされるのは気に食わないね。はっきりしたまえよ。」
逡巡するように硬直した後で、ふるふると首を横に振る黒猫だが……なんとまあ、嘘が下手なヤツだな。紫や藍の部下にしてはやけに素直なことを訝しんでいると、猫は身を捩って私の手の中から抜け出してしまう。
まあ、放っておいても問題ないか。恐らく私が神社の敷地から出ないようにと見張っているのだろうが、別に現状では出るつもりなどないのだから。そのまま脱兎の如く廊下を駆けていく黒猫の視界を、気まぐれに光を操って真っ暗にしてやれば……おー、痛そうだ。曲がり角の柱に激突した猫は、いきなりの暗闇に大混乱している様子で壁にぶつかりまくりながら奥へと姿を消してしまった。
数分もすれば視界は復活するはずだし、これであの木っ端妖怪も吸血鬼を見張るのがどんなに困難なのかを学習できただろう。自分の対処に満足したところで、懐から書類を取り出してチェックを始める。今朝アピスから届いた報告書。要するに、待ち望んでいた北アメリカの調査結果だ。
明日は十六歳になる咲夜と一日一緒にいなければならないし、十一月三日にフリーマンをアリスと引き合わせる予定だから、新大陸に直接赴けるのはその後だな。脳内の予定を軽くおさらいしつつ、書類の文章を読み進めていくと……ふむ、魔女が嘗て本拠地にしていたボストン郊外の建物は現存しているらしい。ゼムクリップで挟まれているマグル側の写真を見る限りでは廃墟のような外観だが、アピスの所見によればそれなりの魔力が漂っていたそうだ。それはつまり、工房として今なお利用されている可能性があるという意味に他ならない。
そして、アピスが調べ上げたのはなにも建物の場所だけではないようだ。『スカウラーとの関わり』という見出しがついている項には、例の魔女がいかに大量のスカウラーを始末していたのかが明確に纏め上げられている。……ホームズがスカウラーと関係のある議員を糾弾していたというのも、強ちポーズだけの行動ではなかったらしい。
アピスの報告が正しいのであれば、魔女は新大陸に住んでいた頃からスカウラーの末裔を『狩り出す』ことを日課にしていたようで、トータルで見ればかなりの執念深さで多くの人間を殺害していることになりそうだ。殺人、失踪、事故。報告書に添付されてある大昔の新聞記事の切り抜きは、私からすれば注目に値しないありきたりな事件ばかりなわけだが……被害者は全員スカウラーに関係がある人物ってことか。あの妖怪、何をどうやってここまで調べたんだよ。
情報屋を名乗るにしては随分と長くかかっているなと思っていたが、ここまで掘り下げていたのであれば納得の期間だな。料金以上の働きはしてくれたみたいじゃないか。何枚もある報告書を捲りつつ、内心で妖怪もどきへの評価をちょっとだけ上げる。また何かあったら利用してやるとしよう。いっそ新大陸の案内も依頼しようか?
兎にも角にも、これで例の魔女が『魔女狩り』の原因であるスカウラーどもを怨んでいるのははっきりしたな。アリスとスカウラーは何の関係もないわけだし、こっちは私たちの問題とは別の動きなんだろうが、戦う上で相手の思想を知るのは重要なことだ。
今までおぼろげにしか見えていなかった魔女の姿が、徐々に形を持ってきたことに薄い笑みを浮かべていると──
「はい、お茶。よく分かんないけど、多分これが一番いいやつよ。……何で笑ってるの? 不気味なんだけど。」
「妖怪なんだから不気味なのは当たり前だろう? ……私が抱えている問題に進展があったんだよ。こっちがほんの少しだけ有利になるような進展がね。」
「問題?」
「今の私はどこぞの魔女と一戦交えてる最中でね。かなり厄介な相手なんだが、ようやくその尻尾を掴めそうなのさ。」
差し出された湯呑みを受け取りながら話してやると、巫女は自分の分の緑茶を啜ってからあまり興味なさそうに応じてきた。音を立てるとはマナーがなってないぞ。
「へー、魔女ね。……どんなヤツ?」
「人形を操る魔女だよ。自分は姿を見せず、人間そっくりの人形を使ってこっちを惑わせてくるんだ。人間か人形かの判別が難しいから、どれが敵でどれが無関係な人間なのかが分からないってわけさ。」
「ふーん。……ちょっと待ってなさい、肉の代わりに良い物をあげるわ。それでチャラね。貸し借り無しよ。」
忙しないヤツだな。がたりと立ち上がって再び襖の向こうへと消えていった巫女を横目に、報告書の残りへと向き直る。フリーマンはまだ迷っていたようだが、迷っているということ自体がこちらに転びかけていることを意味しているはずだ。仮にあの男が協力的になれば、ホームズの動きは大幅に制限できるだろう。
だったら私は北アメリカの調査に集中しようじゃないか。魔法界の問題は魔法使いたちに任せて、人外は人外に対処する。尤もな選択だと一人で頷いたところで、片手に何かを持った巫女が戻ってきた。
「はいこれ、私が作った神札よ。肉のお礼にあげるわ。」
「……そんな危険なものを何故私に渡そうとするんだい?」
差し出された長方形の和紙の束から身を引きつつ、ジト目で巫女に質問を送る。……これはまた、予想以上の代物だな。ここからでも嫌な感じがひしひしと伝わってくるぞ。間違いなく退魔の符で、そして確実にその辺で売られている紛い物じゃない。『本物』の神力が篭った強力な符だ。
妖怪にとって毒とも言える正の神力を放つ代物を突き出している巫女は、得意げな表情でこれが『お礼』になる理由を語り始めた。
「あんたは人形か人間かの判別が難しくて困ってるって言ってたじゃない。だったらこれを怪しいヤツに貼り付けてやればいいのよ。この符は人間には一切害がないけど、魔女とやらが動かしてる人形だったら話は別でしょ?」
「それは……なるほどね、その通りだ。魔力で動いている存在にも効果があるのかい?」
「妖怪以外に試したことはないけど、これは破魔の符よ。だったら『魔』法にだって効果はあるでしょ。」
「ふむ、試してみようか。」
私は杖魔法しか使えないが、根底にある力そのものは魔女の魔法と似通っているはず。そう思って杖を抜いて湯呑みにタップダンスを踊らせてみると、巫女は目をパチクリさせながら疑問を寄越してくる。
「……これ、何の魔法?」
「物にタップダンスを踊らせる魔法だよ。私は触れないから、その札を湯呑みに貼り付けてくれたまえ。効果があるなら動きが止まるはずだ。」
「別にいいけど、魔法ってこういうことなの? 火を出したりとか、雨を降らせたりとか、そういうのを想像してたんだけど。」
「それも出来るが、タップダンスも出来るのさ。雨を降らせることが出来るのに、湯呑みにタップダンスを踊らせることが出来ないわけがないだろう?」
私の理屈に納得がいかないような顔付きになった巫女は、それでも素直に退魔の符を一枚湯呑みに貼り付ける。すると途端にステップを止めた湯呑みを見て、鼻を鳴らしながら胸を張って宣言してきた。湯呑みにかかっていた魔力が霧散したようだ。
「ほら、やっぱり効果があるわ。さすがは私が作った神札ね。この程度の魔力なんてゴミみたいなもんよ。」
「一言余計だが、そのようだね。……問題は私がそれを扱えるかどうかなわけだが。」
湯呑みに貼られた符に手を伸ばしてみると、指先との間隔が数センチになると同時に激しい痛みが襲い始める。それを我慢して中指の先でちょんと触れてやれば……あー、ダメだ。強すぎるぞ、この符は。中指の第二関節くらいまでが灰になってぼろりと崩れてしまった。
「ちょっと、変なものを床に落とさないでよ。畳は掃除が大変なんだからね。」
「……キミ、心配の言葉とかはないのかい?」
「あんたはその程度でどうにかなる妖怪じゃないでしょ。」
「まあ、そうなんだけどね。」
ぐちゅぐちゅと再生した指を確認して、ため息を吐いてからどうしようかと腕を組む。この分だと布一枚隔てた程度ではどうにもならんし、手袋なんかをしたところで触れないだろう。適当にやっているように見えて、この巫女は中々真摯に修行をしているらしいな。でなければここまでの符は作れまい。
私なら……んー、同時に二十枚貼られればちょっとヤバいくらいかな? そのあたりの聖人が聖別した聖水並みの危険性を持つ符を前に、どうしたもんかと悩んでいると、紅白巫女が呆れたように助言を投げてきた。
「人間にやらせればいいでしょ。あんたは人間に近いんだから、頼めばやってくれるんじゃない?」
「人間か、人間ね。……ま、そうするしかないかな。適当な布に包んで紙袋に入れてくれるかい? 私には運ぶのもキツそうだしね。」
肉を入れてきた袋を指して頼んでみれば、巫女ははいはいと頷きながら戸棚を漁って布を取り出す。……しかし、調停者を名乗るには充分すぎるほどの力だな。力を移した符でこれということは、直接的にはもっと強力な手段を所持しているのだろう。
紫はこの力で妖怪どもを押さえ付けて、スペルカードルールを強制するつもりなのか? ……何にせよ、なるべく敵対したくない相手ではあるな。打算も込みで仲良くしておいた方が良さそうだ。
布で符の束を包む『妖怪の天敵』を眺めつつ、アンネリーゼ・バートリはつくづく底が知れない土地だと額を押さえるのだった。