Game of Vampire 作:のみみず@白月
「張り切ってるわね、聖歌隊。他校の歓迎で歌うのかしら?」
校舎二階のベランダから湖のほとりで練習している聖歌隊のことを眺めつつ、サクヤ・ヴェイユはパンプキンパイを片手に呟いていた。うーむ、美味しいな。エマさんからの誕生日プレゼントと一緒に入っていた物なのだが、ホグワーツのしもべ妖精が作るパイに引けを取らない味だぞ。
今日は十月三十一日、つまりは私の十六歳の誕生日である。例年通り朝起きた段階で魔理沙やルームメイトたちからのお祝いを受け、例年通り談話室でリーゼお嬢様やグリフィンドールの学友たちからのお祝いを受け、これまた例年通り朝食時の大広間で他寮の友人たちからのお祝いを受けた後、ベランダでのんびり魔理沙と話しているわけだ。つくづく一年分のお祝いが凝縮している日だな。
今年十六歳ということは、来年はもう十七歳。要するに成人だ。『大人』か。ついこの前上級生になったばかりなのに、たった一年後には大人になっているというのは……何かこう、ズルくないか? こういう時は遅生まれのデメリットを感じてしまうな。
木箱の上に立つフリットウィック先生の指揮の下、寒くなってきた中練習に励んでいる聖歌隊をぼんやり見ながら考えていると、クィディッチの戦術本を読んでいる魔理沙が相槌を打ってきた。
「試合の前日に一応歓迎会的なものは開くらしいからな。それにまあ、今夜のハロウィンパーティーでも歌うらしいぜ。」
「……私もクラブとかに入れば良かったのかも。ああやって頑張ってる姿を見てるとちょっと焦るわね。」
「なんだそりゃ。大体、お前には『真面目ちゃん活動』があるだろ。」
「そうだけど、そういうことじゃないのよ。」
熱中できるクィディッチがある魔理沙には理解し難いのかもしれないな。……うーん、十六歳か。私は『今年で十六歳です』と胸を張って主張できるほどに成長できているのだろうか? 去年の誕生日は大人に近付けたことを素直に喜べたけど、今年は焦りの割合が大きくなっちゃってるぞ。
同じ十六歳の時、ポッター先輩なんかはヴォルデモートと真正面から向き合っていたのに、私はこうしてベランダで自信を持てずにうじうじしている。あの人は普通じゃない運命を抱えているからと言い訳するのは簡単だが、リーゼお嬢様が評価しているポッター先輩にだけはどうしても負けたくないのだ。
仮に問いかけてみれば、リーゼお嬢様はきっと私が成長していることを受け合ってくれるだろう。だけど、私が望むのは育ての親としての評価じゃなく、一人の人間として評価してもらうことだ。ある種の尊敬であり、容認。少し驚いた顔で、感心したように『やるじゃないか』と言って欲しい。それがこんなに難しいことだとは思わなかったぞ。
被保護者としての立場を抜け切れていないからダメなのかな。私と同じような立場のアリスは、私とはまた別の感情……親愛とか、そういうのをリーゼお嬢様に望んでいるようだが、私が欲しいのは使用人に対する信頼だ。こちらに気を使わず、何かあった時に背中を預けてくれるような信頼。エマさんに向けているような無防備な信頼を私にも向けて欲しい。それを望むにはまだまだ実力不足なのだろうか?
……まあ、実力は足りていないな。ついでに言えば精神的な部分もだ。さすがにそれくらいの自覚はあるさ。甘いパンプキンパイを頬張りながらそのことにため息を吐いていると、魔理沙がメモ帳に何かを書き込んでから話題を変えてきた。また有用なフォーメーションを見つけたらしい。
「そういえば、聞いたか? ネビルのやつがホグワーツの教師を目指してるって話。卒業したら見習いとしてここで働くつもりらしいぜ。」
「そうなの? ロングボトム先輩ってことは、目指してるのは薬草学の教師よね?」
「そうそう、スプラウトも乗り気みたいでな。何年か助手って形で色々と教えた後、正式に後継にするつもりなんだとさ。学外から探す手間が省けたって喜んでたらしいぞ。」
「……しっかりした将来設計ね。」
ロングボトム先輩が教師か。穏やかな性格だし、ハーマイオニー先輩によれば実は結構根気強い面もあるらしい。下級生の面倒を丁寧に見る姿からするに、良い教師になるのは間違いないだろう。
……うぅ、ますます不安になってきたな。先輩たちはそれぞれの将来を目指していて、ジニーやルーナも目標を決め、魔理沙なんかは一年生の頃から目的に向かって努力を重ねているというのに、私だけその場で足踏みをしている気分だ。
このままではダメだが、かといって具体的に何をどうすればいいのかが分からない。えも言われぬ不安が胸中に渦巻くのを感じていると、いきなりベランダに人影が入ってくる。同級生のロミルダ・ベインだ。
「ここに居たのね、ヴェイユ。」
「……何か用なの? ベイン。今はアンニュイな気分だから構ってる余裕がないんだけど。」
「ふん、大した用じゃないわよ。……はいこれ。少しは身嗜みに気を使いなさいよね。この私みたいに。」
そう言って私に小さな箱を押し付けたかと思えば、ベインは踵を返して校舎の中に戻って行ってしまった。きょとんとしながら渡された物に視線を落としてみると、ラッピングされた木箱のような物体が目に入ってくる。
「……どういうこと? 身嗜み?」
「誕生日プレゼントなんだろうさ。開けてみろよ。」
……ああ、そういうことか。苦笑しながらの魔理沙の促しに従って、ラッピングを解いて木箱を開けてみると──
「香水、よね? 多分。」
「っぽいな。私は馴染みがないからいまいち分からんが、瓶の綺麗さからするに安物ってわけではないんだろうよ。どんな香りなんだ?」
確かにそれなりの値段がしそうな見た目だな。黄色い液体が入った小瓶には細工が施されていて、ラベルには私でも見たことがある有名ブランドのロゴが描かれている。そっと蓋を開けて手でパタパタしてみると、控え目な女性らしい良い香りが鼻を擽ってきた。
「……生意気にもまあまあ良いセンスじゃないの。キツくないわ。」
「素直に褒めろよな、まったく。」
呆れたように言ってくる魔理沙にジト目を送った後、ベインの誕生日には何か贈ってやらねばと心の予定表に記載しておく。礼儀どうこうではなく、貰いっぱなしは負けた気がするからだ。
……まあうん、少しは私も進歩していることが分かったな。誕生日に女性らしい香水を贈られるというのがその証拠なのだろう。ベインの言う通り、今後は身嗜みにも注意してみるか。
私が十六歳になったことを一番実感させたプレゼントを前に、サクヤ・ヴェイユは照れ臭い気分で小さく鼻を鳴らすのだった。
─────
「そもそも、目撃者とやらが私の誘拐を目撃したのは具体的に何月何日なの? もしかしたらアリバイを提示できるかもしれないけど。」
おっと、今は元の長さに戻ってたんだっけ。数日前まで長かった髪を無意識に触ろうとして失敗しつつ、アリス・マーガトロイドは目の前に座るフリーマンへと問いを放っていた。今更こんな確認をしているのが現状の歪さを物語っているな。
十一月に入って数日が経過した今日、元の姿に戻った私は国際保安局の次局長であるジャック・フリーマンとの話し合いを行なっているのだ。アメリアが用意してくれた省内の小部屋の中には、向かい合ってソファに座る私とフリーマン、そして窓際に立つリーゼ様と一応監視役として同席しているロバーズの姿がある。
先程まで行なっていた『質疑応答』で、フリーマンは五十年前の事件に関しては一定の納得を得られたらしく、今は根本の原因である去年の春の誘拐殺人の話に移っているのだが……改めて考えると奇妙な状況だな。強弁すればこれも一種の取り調べか。どっちがどっちを調べているかは微妙なところだが。
まあ、フリーマンの杖はロバーズが取り上げたみたいだし、まさかの事態は起こらないだろう。ヒマそうなリーゼ様にちょっかいをかけられて困り顔になっている闇祓い局長を横目にしていると、フリーマンが手元の書類を捲りながら答えてきた。
「記録が曖昧なんです。私はイギリスに派遣される前、ホームズ局長から四月十一日の午後四時だと聞かされていました。そのことをマドリーン・アンバーと名乗る目撃者が近隣の魔法保安官に証言したのが十三日の午後三時半だと。……十三日の朝刊を見て近所の八歳の少女が行方不明になっていることを知り、金髪の若い女性と一緒に居たところを見たのを思い出して報告に赴いたそうです。証言にあった犯人の身体的な特徴はミス・マーガトロイドと一致しています。」
「四月十一日ね。……思い出してみるわ。」
「しかし、先日北アメリカに戻って書類を徹底的に確認してみたところ、初期の保安官事務所の調書には十二日の午前八時に誘拐を目撃したと書かれていました。どうもそれをどこかの段階で十一日に修正したようなんです。」
「ふぅん? 面白いじゃないか。突けば突くほど綻びが出てくるね。実際に誘拐があったのはどっちの日なんだい? つまり、被害者の子供が自宅に帰って来なかった日は。」
去年の四月となると……ふむ、リドルとの戦いに備えてイギリス魔法省が準備を進めていた時期だな。その頃はかなり頻繁に魔法省に出入りしていたはずだから、十一日も誰かと会っていたかもしれないぞ。記憶を掘り起こしている私を他所に、フリーマンがリーゼ様に返答を送る。
「十一日ですね。その日の夕食時になっても少女が帰らず、それを不安に思った両親が近所を独力で捜索した後、午後十時頃に管轄の保安官事務所に捜索を依頼してきています。そこは北アメリカに戻った際に直接ご両親から聞き取りましたから、まず間違いないはずです。」
「だが、最初に目撃者が『犯行時間』として証言したのは誘拐が行われた後である十二日の朝だったわけだ。滅茶苦茶じゃないか。逆転時計でも使ったのかい? そいつは。」
「だからこそ私はミス・マーガトロイドとの話し合いを望んだんですよ。……ここからは私の推測になりますが、本当に誘拐が起こったのは十二日の朝なのではないでしょうか? ご両親の証言によれば、誘拐された少女には『家出癖』があったらしいんです。保安官事務所には過去にも何度か捜索を行なっている記録が残っていました。両親との言い争いの後に家を飛び出して、『秘密基地』にしている近所の廃墟で一夜を明かしたこともあったのだとか。その時も結構な騒ぎになったようですね。」
「なんとまあ、恐れを知らない小娘だね。イギリスならグリフィンドール寮に一直線だよ。」
呆れたような苦笑いを浮かべるリーゼ様へと、フリーマンは軽く首肯してから推理の続きを語った。
「十一日の昼にも食事のマナーを巡って言い争いをしたそうでして、ご両親がすぐに通報せずに独力での捜索を試みたのは、また不貞腐れて家出したのだと思ったからなんだそうです。……ご両親はそのことをひどく後悔していました。喧嘩したままで永遠に会えなくなるとは、なんとも遣る瀬無い話ですよ。」
「つまりフリーマン次局長は、少女は実際に家出をしていたのではないかと疑っているわけですね? そして何処かで夜を明かして、十二日の朝に家に帰ろうとしたところを誘拐されたのではないかと。」
闇祓いの顔付きで話に入ってきたロバーズの発言に、フリーマンは大きく頷いて口を開く。『修正』される前の初期の目撃証言こそが真実ではないかと疑っているわけか。
「その通りです、ロバーズ局長。私は十二日の午前八時こそが本当の犯行時刻なのではないかと考えています。」
「待て待て、ごちゃついてきたぞ。目撃者は『架空の存在』だったはずだ。そいつが真実を述べていたのであれば、わざわざホームズがそれを修正する必要があるのかい?」
リーゼ様が私の隣に腰を下ろして悩みながら放った疑問に、フリーマンではなくロバーズが応じた。厳しい表情でだ。
「あります。……四月十二日は魔法省で自爆テロが起こった日ですから。ルシウス・マルフォイ氏が死亡したあの日です。時間もほぼ同時刻ですし、初期の目撃証言ですとマーガトロイドさんには確たるアリバイが存在しています。」
そうか、あの日か。ルシウス・マルフォイが死に、当時ウィゼンガモットの副議長だったシャフィクが拘束されたあの日。厳密に言えばあの自爆テロが起きたのは午前十時頃だったが、記憶が確かなら私は朝から魔法省に居たはずだ。八時に北アメリカで少女を誘拐して、十時にイギリスで自爆テロの捜査に参加というのは……まあうん、客観的に見てもちょっと無理があるスケジュールだろう。
あの日一緒に行動していたロバーズもそう思っているようで、私のアリバイについてを詳しく主張し始めた。
「あの日は……そう、確か九時を少し回った頃にマーガトロイドさんが闇祓い局に顔を出してくれました。負傷して入院していた私の復帰祝いにとお菓子を持ってきてくれたので、部下たちと一緒に話しながら摘んでいたところ、事件の報告が飛び込んできたので二人で地下十階に移動したんです。」
「それ以前にも一応魔法省には居たわ。早朝にレミリアさんと一緒に魔法省に移動して、食堂で朝食を済ませた後に国際協力部に書類を届けてから、そのまま闇祓い局に向かったはずよ。あとはロバーズの言葉通りね。」
「ええ、私もイギリス魔法省で起こったテロについては確認済みです。そして恐らくホームズ局長も確認したのでしょう。その時間のミス・マーガトロイドには確かな根拠を持ったアリバイがあるということを。」
「故に都合が良い十一日に証言の内容を改竄したってことか。……ふん、詰めが甘いヤツだね。これがどういう意味なのかを分かっているのかい? フリーマン君。架空の目撃者に実際の犯行時刻を証言させることが出来たということは、ホームズは実際の犯行時刻を知っていたということになるんだぞ。犯人しか知り得ないはずの情報をだ。」
そうなるな。十一日に少女が帰って来なかったのであれば、十一日に誘拐されたのだと考えるのが自然なはずだ。リーゼ様の鋭い指摘に対して、フリーマンは苦い表情で曖昧な肯定を返す。
「前提として、目撃者がホームズ局長の指示で証言したと考えればそうなるでしょうね。ですが、実際の犯行時刻が十二日の朝だというのは私の推測に過ぎません。単純に初期の調書の記載ミスで十一日を十二日としてしまった可能性もあります。」
「『午前八時』の部分はどうなるんだい? 目撃者が十一日の午前八時に誘拐を目撃していたのであれば、その数時間後に家でマナーを注意された少女はゴーストだったとでも? ……諦めて認めたまえよ、フリーマン君。百歩譲って目撃者がホームズと繋がっていないにしても、アリスを犯人に仕立て上げるために証言内容を『誰か』が改竄したのは事実じゃないか。キミはそれをホームズだと疑っているからこそ、こうして私たちと話しているわけだろう?」
「ミス・マーガトロイドが真犯人である可能性が薄くなったのは認めます。五十年前の事件についても、先程話していただいた内容には筋が通っていました。仮に目撃者が『誰か』に証言を依頼された人物だったとして、その証言自体が実際の犯行時刻を語っていたのだとしたら……そうですね、その『誰か』と真犯人に繋がりがあるということにも同意しましょう。」
「その『誰か』がホームズであることは認めたくないかい?」
リーゼ様が肘掛に寄りかかりながら飛ばした質問を受けて、フリーマンは苦しむように額を押さえて言葉を漏らした。
「ホームズ局長は尊敬できる方です。今までずっとそう思っていました。……何故なんですか? ミス・マーガトロイド。何故ホームズ局長は貴女のことを執拗に犯人にしたがるのですか? 私が調べた限りでは、貴女とホームズ局長に関わりなどないはずです。そこだけがどうしても納得できません。」
「それは……ごめんなさい、私にも分からないわ。」
言ってあげるべきなのだろうか? ホームズは私と敵対する魔女が作った人形であり、人間のフリをして今までずっと貴方を騙していたのだと。貴方が熱意を持って勤めている国際保安局も、今回の国際間の騒動も、全ては魔女の計画の一つに過ぎないのだと。
だけど、それを説明するには前提となる情報が多すぎる。そしてそれは人外の社会にも繋がってしまうものだ。結局残酷な真相を伝えられずに言葉を濁した私へと、フリーマンは無念そうな顔で小さく声を返した。
「……何れにせよ、私は連盟に報告を送ろうと思っています。ホームズ局長を通さない、私独自の調査報告を。恐らくそれでミス・マーガトロイドを取り巻く状況は改善するでしょう。」
「キミはどうなるんだい?」
「分かりません。ホームズ局長についても同じです。在住魔法使いリストの原本に加えて証言内容まで改竄されているとなれば、闇祓い局が議会のお墨付きを得て本格的な内部調査に乗り出すでしょうし、その取り調べを受けるためにマクーザに戻ることにはなると思いますが……もはや私程度では予想も付かない状況ですからね。波に乗っていた反スカーレット派の議員の中には、もう引くに引けなくなった人物もいるでしょう。である以上、マクーザ内部や連盟での議論はまだ続くのではないでしょうか?」
「全くもって厄介な状況だよ。種火を消しても燃え広がったものは消えないわけか。……まあいいさ、燃料なしでいつまでも燃え続けることは出来ないはずだ。」
フリーマンとロバーズは別のものをイメージしているようだが、リーゼ様が言っている『燃料』というのは魔女のことだろう。北アメリカでの調査。彼女はそこで何かを掴めると考えているらしい。全ての根本である魔女に繋がる何かを。
……私が一緒に出向くのはさすがにマズいかな? 公的に指名手配が解かれるのは何時になるか分からないし、幾ら何でも北アメリカにこの姿で入ったら問題が起きるだろう。だけど、そもそもは私の問題なんだからリーゼ様に任せっきりにするのは気が咎めるぞ。
それに、レミリアさんがニューヨークで見せたあの態度。神秘が薄い場所というのは吸血鬼を必要以上に『イラつかせる』ようだから、宥める人間が必要になるのは間違いないはずだ。リーゼ様はアピスさんを案内役として同行させるつもりらしいし、そうなると高確率で険悪なムードになるだろう。
でもでも、子供の姿になるための魔法薬はもう使い切ってしまった。新たに調合するのは時間がかかってしまうし、材料だって足りない物があるから……うーん、どうしよう。悩ましいな。
新たに浮上してきた問題を解消すべく、アリス・マーガトロイドは腕を組んで思考を回すのだった。