Game of Vampire 作:のみみず@白月
「えっとね、それはこっちの……ほら、これよ。この旅行記に書いてあるわ。『北アメリカでは杖を使った魔法に対する監視がヨーロッパよりも厳重なので、申請を通していない杖で魔法を使うとすぐさまマクーザの保安官が飛んでくるだろう』ですって。姿あらわしはやめておいた方が良さそうね。」
窮屈そうな国だな。隣のテーブルでリーゼにアドバイスしているハーマイオニーをちらりと見てから、霧雨魔理沙は手元のフォーメーション表に視線を戻していた。どうやら黒髪の吸血鬼どのは魔女の手掛かりを探しに北アメリカに行くようで、『不正規ルート』を使って入国する彼女の手助けをするため、ハーマイオニーとジニーと咲夜が手分けして図書館で北アメリカ魔法界のことを調べまくったらしい。
ハーマイオニーとジニーには魔女のことを教えていないようだが、それでもタイミング的にアリスを助けるためだということを察したのだろう。結果として二人は自発的に北アメリカでの『注意事項』を調べて、それをリーゼに教え込んでいるわけだ。……不法入国幇助か。規律に厳しいハーマイオニーのもう一つの側面だな。こと友人のためなら一切の躊躇なく法を無視するあたり、彼女がグリフィンドール生であることを実感するぞ。
まあ、私としては好ましいと思える点だ。ハーマイオニーにとっては規律よりも優先すべきものがあるということなのだろう。栗毛の先輩の『いいところ』を再確認しながら真紅のソファに沈み込んだところで、向かいのソファに座っているハリーが話しかけてくる。夕食後の談話室でリーゼたちが不法入国の談合を開いているように、私、ハリー、アレシア、ロンは対ダームストラングの話し合いを行なっているのだ。
「要するに序盤はマルフォイ……じゃなくて、ドラコが攻めの動きをするってことでいいんだよね? マリサが繋ぎ役で、シーザーが守りってことでしょ?」
「ん、最序盤だけはそうなるな。そんでもってビーター陣はギデオンが守りでアレシアが攻めだ。とにかく序盤は攻守のどっちにも傾けられるように動いて、相手の出方を確認してから攻めに寄せるか守りに寄せるかを決めるんだとさ。」
先日の練習中、スーザンの提案でチーム内では名前で呼び合おうと決めたのだ。『その方が仲が深まるから』とかいう良い感じの理由ではなく、『ファーストネームの方が短いヤツが多いから』という身も蓋もない理由で。試合中に咄嗟に呼びかける際の時間を短縮しようという狙いらしい。
私は別に抵抗がなかったわけだが、ハリー、ドラコ、アレシア、ギデオンあたりはどうも慣れ切っていないようだ。ぷるぷるちゃんもまたちょびっとだけやり難そうに言葉を発した。
「だから、ポッター先輩……ハリーを守るビーターはギデオンになります。私はフリーで攻め続けていいそうです。」
「僕は妥当だと思う。アレシアの持ち味は攻めだし、練習を見た限りじゃシーボーグは守りに向いてるからな。……一応断っておくと、性格じゃなくてプレースタイルの話だぞ?」
「そこは分かってるぜ。二人とも性格と正反対のスタイルだしな。これだからクィディッチってのは奥が深いんだよ。」
苦笑しながら補足してきたロンに相槌を打ってから、私にしては珍しくメモを取ったスケジュールの話を切り出す。
「一回戦の試合は全部日曜日なんだよな? 今月の十六日にワガドゥ対ボーバトンがあって、二十三日にカステロブルーシュ対イルヴァーモーニー、そんでもって三十日にホグワーツ対ダームストラングだろ? ……結局他校の試合は観戦に行くのか?」
「ドラコは観戦すべきだと思ってるみたい。それと、カステロブルーシュの方はビデオカメラで撮れるかもってハーマイオニーがアドバイスしてくれたんだ。ホグワーツと違って、敷地内で普通に電化製品が使えるみたいなんだよ。ワガドゥはダメらしいけどね。」
びでおかめら? クエスチョンマークを浮かべる私とロンに対して、マグル生まれのアレシアが説明を引き継いだ。マグル学で聞いた覚えのある名前だな。
「あの、ビデオカメラは魔法界の写真の『凄く長い版』です。数時間の映像を記録しておけるカメラですね。」
「あー、てれびじょんの番組を撮ってるやつってことか?」
「そうです、そうです。」
なんとか理解した私と違って、ロンは未だに首を傾げているが……まあうん、使える物は使った方がいいだろう。ハリーに賛成の返事を飛ばす。
「いいじゃんか。高い物じゃないなら金を出し合って買おうぜ。『記録』ってことは、何度も見返せるんだろ?」
「ハーマイオニーのお父さんが持ってるらしいから、もし必要なら貸してくれるんだって。……問題は誰が撮るかとどこで見るかなわけだけど。」
「ああ、そっか。ホグワーツでは見られないのか。……まあいいさ、どっか別の場所で確認すればいいだろ。観戦には全員で行くのか? 少なくともハリーかアレシアは行ってくれないと誰もびでおかめらを操作できないぞ。」
「マクゴナガル先生が必要なら移動手段は手配してくれるらしいし、フーチ先生が引率は任せなさいって言ってくれたから、多分全員で行くことになるんじゃないかな。シリウスも個人的に観戦に行くってさ。偵察は任せろって手紙をくれたんだ。」
さすがは『名付け親バカ』だけあって行動力が凄いな。他国だろうがお構いなしか。リーゼの言い草にも一理あるなと内心で思っていると、ロンがちょっと羨ましそうな顔で口を開いた。
「ワガドゥとカステロブルーシュか。僕も見てみたいよ。どんな校舎なんだろ?」
「ワガドゥはもの凄く大きな岩をくり抜いて、それを大昔から校舎にしているらしいです。カステロブルーシュは金の大屋根が特徴的だってグレンジャー先輩が教えてくれました。」
「まあ、校舎の中に入れるかは微妙だな。試合は競技場でやるわけだしさ。代表選手として行ったならともかくとして、観客として行くなら外から見るのが精々だろ。」
アレシアに続いて肩を竦めながらも、心の中には抑え切れないワクワクがあるのを自覚する。そりゃあ見てみたいさ。リーゼから聞いたマホウトコロの校舎は、私の好奇心を擽るには充分すぎるほどの『不思議っぷり』だった。ならば他の魔法学校も同じなはずだ。
二回戦は是非とも他校が会場になって、校舎に代表選手として招かれたい。そのためにも初戦で敗退するわけにはいかんぞと気持ちを新たにしていると、同じようなことを考えていたらしいハリーが声を上げる。
「先ずはダームストラングに勝たないとね。」
「だな、そのためには練習あるのみだ。最近はどの授業の教師も気を使ってくれてるし、生徒も競技場の整備とかをやってくれてる。ここまでされて初戦敗退ってのは情けなさすぎるぜ。」
重いプレッシャーを感じるが、同時に期待されているという喜びもあるのだ。アリスには悪いけど、今だけはこっちに集中させてもらうぞ。終わった後で後悔するのだけは避けないとな。
フォーメーションの議論に話を戻しつつ、霧雨魔理沙はまだ見ぬ他国の魔法学校に思いを馳せるのだった。
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「気に食わないね、この場所の全てが気に食わん。本当にイライラしてくるよ。」
うーむ、デジャヴを感じる発言だな。ニューヨークのタイムズスクエアを歩きながら文句を連発するリーゼ様を見つつ、アリス・マーガトロイドはショッキングピンクの髪の下に苦笑を浮かべていた。やっぱりこうなったか。
十一月も残り半分になった今日、私とリーゼ様、そして北アメリカの案内役としてリーゼ様が無理やり連れ出したアピスさんは真昼のニューヨークを訪れているのだ。香港自治区のサルヴァトーレ・マッツィーニが北アメリカ行きの『裏ポートキー』を手配してくれたのだが、ピンポイントでボストン行きのものはさすがに準備できず、とりあえずニューヨークからはマグルの乗り物で移動することになったのである。
そして何故私が堂々と同行できているかといえば、魔法界に伝わる『伝統的』な変装方法……ポリジュース薬を使ってトンクスの姿に化けているからだ。トンクスは私と同じく背が低くて痩せ型なので動きに違和感が出ないし、私がこっちで動いている間は一応外出しないでもらう約束も取り付けられた。私としては不便をかけて申し訳ない限りなのだが、伝言しに行ったリーゼ様によれば子育てに集中できると喜んでいたんだとか。
しかし、この方法は本当に古くから使われているな。それなのに未だ有効なあたり、この薬が如何に完成されたものなのかを表していそうだ。タンブラーの中のポリジュース薬を一口飲みつつ、どうせなら味も完成させてくれれば良かったのにと苦すぎる液体に顔を顰めていると、リーゼ様とは正反対の表情をしているアピスさんが口を開いた。スイスで連れ出された時も香港自治区に移動した時もうんざりしていたのに、今の彼女はひどくご機嫌な顔付きになっている。
「私は好きですよ、この街。特にこの通りは素晴らしいですね。少し前までは治安が悪かったそうですけど、ようやく観光地としての体裁が整ってきたみたいです。」
「……アピスさんは神秘の薄さが気にならないんですか?」
「気になりません。魔女さんだってそうでしょう? 魔女の根幹が自分の中にあるように、私の根幹も私の中にありますから。外側の神秘に大きく影響されたりはしないんですよ。」
むう、興味深い話だな。存在の基盤が自己の内にあるか外にあるかということか。リーゼ様たち吸血鬼は人間の恐怖を土台にしているが、私やパチュリーのような魔女は自分が定めた主題を存在の拠り所にしている。その違いのことを言っているのかな?
だけど、アピスさんは妖怪じゃないのか? 妖怪というのは基本的に人間の恐怖から生まれる存在のはず。なのに内側に根幹があるのは何故なんだろう? 生じた疑問を口に出そうとしたところで、リーゼ様が代弁するようにアピスさんへと問いを放った。
「ふぅん? キミは『成った』タイプの妖怪なのか? 意外だね。大妖怪クラスになると殆どが『発生した』妖怪なはずだが。」
「私は努力でここまで上がってきたんです。だから生まれながらに強力な所為で、進歩を忘れた吸血鬼みたいな時代遅れ妖怪とは……魔女さん、野蛮な吸血鬼に注意してやってください。睨まないって約束したのに。」
会話の途中で私の背に隠れた……まあ、背が高いので全然隠れられていないが。とにかく隠れようとしたアピスさんは、じろりと睨み付けるリーゼ様を指差しながら私に頼んでくる。やっぱり付いてきて良かったぞ。二人で来てたらどうなっていたんだろうか?
「まあまあ、リーゼ様。アピスさんは悪気があってこう言ってるわけじゃないんですから。」
「……キミ、ニンファドーラの姿だと全然可愛げがないな。そこも気に食わんぞ。」
「そんなことを言われましても。」
うーん、辛辣。この土地との相性の悪さも相俟って、今日のリーゼ様は私に対してなんだか冷たいぞ。というかまあ、こっちのリーゼ様が冷たいというよりも、いつも私に向けていた顔が特別優しかったと言うべきなのかな? これが通常モードということなのだろう。
リーゼ様に邪険にされるのは普通に悲しい反面、普段の私に対しての態度は特別だったんだなと実感して嬉しくもあるし、同時に『冷たいリーゼ様』というのが新鮮でちょびっとだけ得をしているような感覚もある。胸の内の矛盾する気持ちに困惑しつつ、街灯を意味もなく蹴っ飛ばして鬱憤を晴らすリーゼ様のことを横目にしていると、アピスさんが手元の紙を見ながら案内してきた。
「そっちじゃないですよ、野蛮コウモリさん。空港行きのバスはこっちです。子供じゃないんだから適当に歩かないでください。」
「よーしよし、いい度胸だ。その目障りなボサボサ髪を掴んで引き摺り回してあげるよ。ニューヨークの人間どもに面白いショーを見せてあげようじゃないか。」
「ほら、魔女さん。あんなことを言ってますよ。注意しないと。……や、やめてください! 髪を掴まないでください! 誰か! 凶悪な吸血鬼に襲われてます! 特殊部隊を呼んでください!」
「ちょちょちょ、二人とも何をやってるんですか!」
私が巨大な映画のポスターに気を取られている隙に騒ぎ始めた二人のことを、大慌てで駆け寄って引き離す。無茶苦茶なことをする二人だな。リーゼ様は環境の所為で沸点が限りなく低くなっているようだし、アピスさんはそんな彼女のことを無自覚に煽りまくるわけか。
元気いっぱいの子供を制御するのだってここまで難しくはないぞとため息を吐いてから、苦労して引き離した二人に本気の声色で注意を飛ばした。頼むからもうちょっと大人しくしてくれ。
「離れて歩きましょうね、二人とも。この際お互いを無視すればいいじゃないですか。」
「私は悪くないぞ。現代かぶれの妖怪もどきが喧嘩を売ってくるのが悪いんだろうが。キミはどっちの味方なんだい? アリス。その姿になってからやけに冷たいじゃないか。」
「魔女は常に理性の味方です。つまり、私の味方だということになりますね。……あ、またです。また野蛮コウモリが髪を掴もうとしてます。放っておいていいんですか? 魔女さん。」
「いいから二人とも離れてください! ……これ以上騒ぐと怒りますよ。本気で怒りますからね。」
『問題児』たちを交互に睨め付けながら宣言してやれば、二人は渋々という表情で引き下がってくれる。……ああ、これは辛い。早くボストンに行って用を済ませないと私の胃が持たないぞ。
「……こんな厳しいアリスはアリスじゃないよ。可愛かった私のアリスは何処へ行ってしまったんだい? ピンク色の変な髪の七変化じゃないアリスは。」
「空港への移動はバスじゃなくてタクシーにしましょうか。その方が早いですし、他の人に迷惑がかかりませんから。」
「どうして迷惑がかかる前提なんですか? 私は現代のルールをしっかりと把握していますし、バスにだって普通に乗れますよ? ……野蛮な吸血鬼がどうだかは知りませんけど。」
「そして、空港に着いたらボストン行きの飛行機の離れた席を確保します。私が手続きをしますから、二人は大人しく待っていてください。空港では絶対に騒いじゃダメですからね。ただでさえ警備が厳しい場所なんですから。」
「子供の姿のアリスは可愛かったよ。写真を撮っておけばよかったかな。……今度咲夜にも同じ薬を飲ませるってのはどうだい? 一日だけでいいんだ。二人が子供の姿で甘えてきてくれれば、私はあと五百年は頑張れるんだが。」
「当然、飛行機の中でも静かにしておいてもらいますからね。たった一、二時間静かにするのは難しいことじゃないでしょう? 子供にだって出来ます。だったら数百年生きている吸血鬼にも、数千年生きている妖怪にもそれは出来るはずです。」
「魔女さん、飛行機がどうして飛ぶのかを知っていますか? 私は知ってますよ。チャットルームでドイツの科学者に教えてもらったんです。現代を生きるにはこういう知識を手に入れるのが肝要なんですよね。」
淡々と注意事項を伝える私、とうとう現実逃避をし始めたリーゼ様、聞いてもいない現代知識を語るアピスさん。全く噛み合っていない会話であることを無視しつつ、手を上げて目に付いた黄色い車体のタクシーを拾う。こうなったら強引に進めてしまおう。いちいち構っていたらニューヨークから出るのに何時間かかるか分からないぞ。
今回の騒動における一番の山場を迎えたことを確信しながら、アリス・マーガトロイドはそれを乗り越えるために気合を入れ直すのだった。