Game of Vampire 作:のみみず@白月
自然の教え
「……凄えな。あれがワガドゥか。」
岩だ。神話にでも出てきそうなレベルの巨大な岩。平坦な荒野にドンと聳え立つその岩を眺めつつ、霧雨魔理沙は感嘆の吐息を漏らしていた。あの中に生活スペースがあるってことか。それなら確かに『城』と言えるだろう。文字通り自然の城塞ってわけだな。
十一月十六日の昼過ぎ。私たち代表チームはフーチの引率の下、ワガドゥ対ボーバトンの試合を観るためにアフリカを訪れている。マクゴナガルが手配してくれたポートキーを使ってスペインのどこかの山奥へ、そしてそこからもう一度ポートキーでこの場所に出たわけだが……いやはや、大したもんだな。上手く感想が出てこないぞ、こんなもん。
何せ岩というか山だとすら主張できそうなその『校舎』は、ホグワーツ城を遥かに凌ぐ大きさなのだ。下の方に入り口らしき巨大な門が取り付けられていて、岩肌にはぽつぽつと小さな穴が空いている。窓ってことか? あるいは箒で出入りするための場所なのかもしれんな。
デカすぎて遠近感が狂いそうなその岩を見つめる私たちに、フーチが微笑みながら説明を寄越してきた。
「あれがワガドゥの生徒たちが学ぶ校舎であり、彼らの家でもある『月の山』です。ワガドゥの初代校長は、夢の導きに従ってこの巨大な岩を発見したと伝えられています。そこから長い年月をかけて徐々に中をくり抜いていき、現在も尚その作業は続いているんだとか。」
「要するに、千年近くかけてもまだ『未完成』だということですか?」
「あの大きさを見れば納得でしょう? 不思議なことに、初代校長が発見するまでは誰もこの岩のことを知らなかったそうです。ホグワーツは四人の創始者の手によって誕生しましたが、ワガドゥは自然の導きによって生まれたというわけですね。……さあ、移動しますよ。ここはポートキーの到着地点ですから、長居するのは危険です。」
シーザーに答えたフーチの指示に従って、七人ともが月の山に目を向けたままで移動する。あれだけどデカい上に荒野にぽつんと聳えている大岩を、初代校長とやらが見つけるまで誰も知らなかったなんて有り得るか? ホグワーツよりも更に不思議な『誕生秘話』だな。
そして肝心の試合が行われる競技場はといえば……うーむ、こっちも独特だな。月の山からは一キロほど離れた位置にある、巨大な木に囲まれたスペースで試合を行うようだ。観客は既にそれなりに到着しているようで、ここからでも天辺付近の洞の中に人が居るのが見えている。あの木そのものが観客席ってことか。
信じられないほどに太い幹と、一番上に傘のように広がっている枝葉。随分と変な形の木だなと思う私に、隣を歩いているハリーが話しかけてきた。
「あれって、バオバブ……だよね? テレビで見た時はあんなに大きくなかったけど。百メートル以上はありそうだよ。」
「そもそもバオバブを知らん私には何とも言えんが、魔法界のバオバブってことなんじゃないか? ワガドゥが選んだ杖の素材だよな?」
「うん、そうだったはずだよ。あれも中をくり抜いてるみたいだね。」
「アフリカの魔法使いは何かをくり抜くのが好きみたいだな。……そういえば、びでおかめらはやっぱり使えなさそうか?」
ハリーが持っている機械を指差して問いかけてやると、軽くボタンを弄ったハリーが肩を竦めて頷いてくる。ダメだったか。一応持ってきたわけだが、無駄になっちゃったな。
「動かないみたいだね。ビデオカメラはカステロブルーシュの時に期待して、今回は自分たちの目で確認しようか。」
「だな。……しかし、月の山にも入ってみたかったぜ。中はどうなってんだろ?」
「ハーマイオニーによれば、入り口を抜けると大きな玄関ホールに出るんだって。光る水晶が天井に沢山あって、地面は滑らかに磨かれてるらしいよ。誰かの旅行記を読んだって言ってた。」
「くっそ、ますます見たくなったぞ。今度その本を借りてみるか。せめて挿絵は見ておかないとな。」
疼く好奇心に身悶えする私に、話を聞いていたらしいスーザンが苦笑しながら声をかけてきた。
「ワガドゥが今日勝って、次かその次でホグワーツと当たればチャンスがあるかもね。その場合、ボーバトンの方は見られなくなるわけだけど。」
「ボーバトンはどんな校舎なんだ?」
「荘厳な館みたいな城らしいわね。見事な並木の迷路に囲まれているんですって。叔母さまは行ったことがあるらしくて、昔話して聞かせてくれたの。とても美しい城だったって言ってたわ。」
「そっちも捨てがたいぜ。……総当たりなら良かったのにな。」
フーチの背に続いてバオバブの根元に近付きながらボヤいてみれば、ギデオンが呆れたような表情でやれやれと首を振ってくる。近くで見るとアホほどデカいな。幹の大半は階段になっているのか? 上の方だけを観戦用のスペースとして使っているらしい。
「それだと時間が足りないだろうが。七校のリーグ戦となれば十試合そこらじゃ済まないんだぞ。」
「でもよ、勿体無いぜ。せめて一回戦の会場がホグワーツじゃなけりゃな。」
「俺としてはホームでやれるのは嬉しいけどな。ホグワーツでやって、ホグワーツが勝つ。きっと盛り上がるはずだ。」
「ま、こっちの応援が多くなりそうなのは頼もしいけどよ。」
言いながら幹の内部に入ると……おー、面白いな。螺旋状にずっと上まで階段が続いているぞ。所々に吊り下げられている光る石を物珍しく思う私に、ドラコが注意を投げかけてきた。
「珍しい景色に見惚れるのは結構だが、偵察に来たことを忘れるなよ。ワガドゥかボーバトン。今日勝った方が三分の一の確率で次の相手になるんだからな。」
「僕たちも勝てば、の話ですけどね。」
「我々は何としてでも勝つ。だからその心配は不要だ、シーザー。」
「……ですね、余計なことを言いました。しっかり観て、後の試合に活かしましょう。そのためにもなるべく接戦になって欲しいところです。」
まあうん、そうだな。大差になれば先を見越して手の内を隠そうとするはずだ。少なくとも私ならそうする。その余裕が生まれないほどの僅差になってもらいたいもんだが……っと、危ない。考えている途中で足を踏み外したアレシアを支えてやると、彼女は真っ青な顔でお礼を寄越してきた。
「ひぅっ……ありがとうございます、マリサ先輩。」
「ほら、また余計な言葉が引っ付いてるぞ。チーム内では呼び捨てだろ?」
「あの……はい、マリサ。」
うーん、アレシアがモテる理由も分かる気がするな。私にはそっちの趣味など一切ないが、上目遣いで頬を染めて名前を呼んでくる彼女は確かに可愛らしく見えてしまう。どちらかと言えば妹的な存在に対する『可愛さ』だが。
さすがにチーム内の面々には歳が離れ過ぎていて通用しないだろうなと思う反面、同世代の男子が悩まされる原因を実感していると、先頭を進んでいたフーチが愚痴を呟いた。
「……恐ろしく長い階段ですね。こういう時こそ箒を使うべきでしょうに。」
「まあ、面倒くさいのには同意します。一度上るだけなら良い経験で済みますけど、試合の度にとなると嫌になってきそうな高さですね。」
「私はもう嫌になっていますけどね。……ようやく終点が見えてきました。ホグワーツならもっと楽な移動手段を用意──」
苦笑いで応じたシーザーにフーチが同意したところで、下の方からガタガタという音が近付いてくる。何事かと全員で立ち止まって下を覗き込んでみれば……なるほどな、ワガドゥの連中もバカではなかったというわけだ。
螺旋階段の中心の空洞を、ゆったりとしたスピードで昇ってくる昇降機。簡素な木の板を四隅に取り付けられたロープで引っ張っているだけらしいが、階段を上るよりも遥かに楽なのは間違いなさそうだ。何のロープかと思ったらこのためだったのかよ。
「……あったようですね、『もっと楽な移動手段』が。下をきちんと調べるべきでした。」
疲れ果てた声色でフーチが反省するのを他所に、昇降機に乗っているワガドゥの生徒らしき四人の男女は『何をしているんだ、こいつらは』という目付きで上る必要のない階段を上る私たちを見た後、幹の上部へと消えていった。なんだか知らんが負けた気分になるな。『エレベーターはこちらです』って目立つ色の看板でも立てとけよ。
「……行きましょう。ここまで上ったらもう後戻りは出来ません。」
どっと疲れが押し寄せてきた面々を、引率役どのが弱々しい声で導き始める。それに無言で従ってぐるぐると螺旋階段を上り、やがてたどり着いた階段の終わりには……こういう感じなのか。この木から直接削り出したらしい木製のベンチが並ぶ観戦スペースが広がっていた。一席一席が独立しているタイプではなく、横に長い椅子が階段状に並んでいる感じだ。
競技場側には大きな穴が空いており、不便なくフィールド全体を見渡せるだけの視界を確保できている。独特な木の香りが鼻を擽るその空間の中で、フーチが最前列の席へと進んでいった。
「悪くありませんね。この木はちょうど競技場の中央に位置しているようです。」
「あっちに階段があるし、もっと上の席もあるみたいだぞ。」
「私の経験上、この高さで観るのが一番のはずです。チェイサーが争うのはここからだと少し下くらいですし、無理をして上に行く必要はないでしょう。」
そういうもんか。穴の縁に手を乗せて下を覗くフーチに倣って、私も同じように見下ろしてみれば……高いな、これは。予想以上に遠い地面が目に入ってくる。ホグワーツの競技場でプレーするときよりもずっと高いぞ。
私の隣で同じ動作をしているドラコもそう感じたようで、難しい顔で懸念を述べてきた。
「……ここまで高いと戦術に差が出てきそうだな。ワガドゥが勝った場合、その点についても考える必要がありそうだ。」
「暗黙の了解で高度はある程度一定になってるはずなんだけど、ここはギリギリまで高くしているみたいね。」
「まあ、許容範囲じゃないかな。フィールドの大きさはきちんとしてるみたいだし、大きな高低差を利用するのはシーカーくらいでしょ? 僕としては上下のフェイントが得意だからむしろ助かるよ。」
初見の競技場を見渡しつつ議論する七年生三人を尻目に、ベンチに座って持参した『万眼鏡』のチェックを始める。前回のワールドカップの時に買ったやつだ。……来年にはもう次のワールドカップか。さすがにその次のが開かれる頃には幻想郷だろうし、是非とも観戦に行きたいところだな。
来年の一大イベントへと思考を飛ばしていると、何かを発見したような表情のギデオンが声をかけてきた。アレシアは椅子の硬さに顔を顰めており、シーザーは昇降機を調べに行ったらしい。
「マリサ、こっちの通貨を持ってないか? 上で何か売ってるみたいだぞ。」
「当然持ってないぜ。何かって何だよ。」
「知らんが、飲み物らしい。あっちを見てみろ。上に行ったヤツが何か持って戻ってきてるんだよ。」
ギデオンが指差す方向へと視線を送ってみれば……ふむ、確かに何か買ってるみたいだな。数名の観客たちが木のタンブラーのような容器を持って上階から下りてきている。気になるぞ。
「……イギリスの通貨じゃダメだよな、やっぱり。」
「ダメだろうな。諦めるか。」
「いっそダメ元で試してみようぜ。英語は通じるんだろ? 交渉すれば何とかなるかもしれないじゃんか。」
女は度胸だ。言い放ってから席を立って、付いてきたギデオンと共に短い階段を上ってみると、観戦スペースの隅に予想通り何かを売っているらしいカウンターがあるのが見えてきた。備え付けって感じではないし、他国からの客を持て成すための出店的なものなのかもしれない。だったらチャンスはあるはずだ。
「あーっと、ちょっといいか? イギリスから観戦に来てるんだが、こっちの通貨を持ってないんだ。どうにかならんかな?」
カウンターの奥に座っている三十代ほどの男性に聞いてみると、彼は眠そうな顔で肩を竦めて返答を口にする。ちょっと癖はあるものの、割と聞き取り易い英語でだ。
「代金はこっちの魔法使いさんから貰ってるから、必要な分だけ持っていってくれ。飲み物が無いと困るだろ? どうもあんたたちみたいな外国人を歓迎するために手配したらしいぞ。」
「それは助かるが……ひょっとして、あんたは魔法使いじゃないのか?」
「おいおい、俺にはそんな大層な力は無いよ。ワガドゥは良い取引先だが、ここの出身ってわけじゃない。俺は近くの村から飲み物を運んできて、そして売ってるだけさ。」
「そりゃまた、奇妙な話だな。連れの分も貰ってくぞ。」
タダだと言うのであれば貰っておこう。木のタンブラーを人数分取ってギデオンと手分けして持った私に、マグルだかスクイブだかの男性はのんびりした感じに微笑みつつ返事を返してきた。
「何が奇妙なもんか。俺の爺さんも、父ちゃんもここに飲み物を卸してたんだ。だから俺も卸すのさ。きっと俺の息子も、そのまた息子もな。」
「いやまあ、それに関しては文句なんてないわけだが……気にならないのか? 魔法。今から箒で空を飛ぶスポーツをやるんだぜ?」
「俺だってクィディッチくらいは知ってるよ。今日ワガドゥの代表がフランスの代表と戦うことも、スニッチを捕ったら百五十点ってことも、ビックバウンド・フェイントが成功率の低い大技だってこともな。」
機密保持法はどこに行ったんだよ。かなりマニアックなシーカーのフェイントのことを例に出した男性は、タンブラーをカウンターに補充しながら続きを語る。下手するとクィディッチに興味のない魔法使いより詳しそうだな。
「とはいえ、ペラペラと他所の連中に喋るつもりはないさ。その辺が心配なんだろ? ……ワガドゥとは大昔から持ちつ持たれつでやってるんだ。ここの生徒が動物に変身するって喧伝したところで、俺に何の利益がある? お得意先を失って困るだけだろうな。俺は飲み物を売って、魔法使いさんたちはそれを買う。ただそれだけの話さ。難しいことじゃない。」
「あー……まあ、何となくは分かったぜ。飲み物ありがとうな。」
そういう話でもないと思うんだが、兎にも角にもそれで上手く行っているらしいし、別に私が口を出すようなことでもないだろう。タンブラーを抱えた状態で階段に戻ると、ギデオンがそこを下りながら呆れたような声を投げてきた。
「よく分からなかったな。悪い関係じゃないことは一応理解できたが、あれは連盟的にはアウトなんじゃないか?」
「価値観がイギリスともリヒテンシュタインとも違うってことだろ。……どっかから秘密が漏れることを心配しちまうのは、私の心が汚いからなのかね。」
「当然の心配だと思うがな。俺だってそう感じたさ。……まあ、ワガドゥにはワガドゥの考え方があるわけだ。それだけはしっかり読み取れたぞ。」
「つくづくデカい土地だぜ。岩も、木も、度量もな。それが褒めるべき部分なのかは判断が付かんが。」
私たちから見れば危ういが、ある意味では真っ当でもある。そんな感じの関係だったな。そういえば歓迎会の時に帽子が歌ってたっけ。『自然の教えを施さん』って。確かに自然だ。手を加えていないからこその正しさと、だからこその不完全さを垣間見れた気分だぞ。
「ほらよ、飲み物を貰ってきたぜ。ワガドゥからの差し入れだ。」
チームメイトやフーチにギデオンと手分けしてタンブラーを配った後、席に座って口を付けてみると……おおう、独特。決して不味くはないが、美味いとも言い切れないような味が口の中に広がった。柑橘系プラス甘みってとこか? ベースになっている果物が何なのかもさっぱり分からんし、実に判断に困る味だ。
判断しかねる非魔法界との関係と、判断しかねるジュースの味。ここが遠く離れた『別の土地』であることを改めて実感しつつ、霧雨魔理沙は試合の開始を待つのだった。