Game of Vampire   作:のみみず@白月

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お医者さんごっこ

 

 

「もう出てきていいわよ、アビゲイル。到着したわ。」

 

急遽拡大魔法をかけたトランクの中に呼びかけながら、アリス・マーガトロイドは元に戻った自分の身体を確認していた。多少の違和感はあるが、この程度なら大丈夫そうだな。……僅か一日でこれか。一年近くもムーディに化けていたクラウチ・ジュニアは、案外凄い精神力を持っていたのかもしれない。

 

北アメリカからダイアゴン横丁の人形店に戻った私は、ポリジュース薬での変身を解いてエマさんにアビゲイルのことを説明した後、こうして彼女をトランクから出すべく呼びかけているのだ。アビゲイルは見事な作りの人形だが、球体関節ではさすがに目立ってしまう。だから道中はトランクの中に隠れてもらったのである。

 

ちなみにイギリスに着いた時点でリーゼ様はホグワーツへと戻ってしまったし、アピスさんはスイスの自宅に帰ってしまった。リーゼ様からは魔女のことをそれとなく聞き出せとの指令を、アピスさんからは自律する人形の調査報告が欲しいとの依頼を受けている。対価としてアピスさんは魔女の調査を継続してくれるそうだ。

 

まあ、別に文句はない。個人的にもアビゲイルが本当に『ゼロからの人工物』なのか、そして『心』があるのかは気になっている部分だし、どうせ調べてみるつもりではあったのだから。私の主題を誰かが達成しているかもしれないというモヤモヤ感。内心に漂うそれを自覚する私に、トランクからひょこりと出てきたアビゲイルが声をかけてきた。

 

「あれ? ……貴女、アリスなのよね? それが本当のお顔なの?」

 

「ええ、そうよ。どうかしら?」

 

「んー、私はそっちの方が好きよ。前のお顔はカッコいい感じで、今のお顔は可愛い感じ。私、可愛い方が好きだもの。髪と目の色もお揃いだしね。」

 

「ありがとう、嬉しいわ。……それと、こっちはエマさん。家の管理をしてくれているメイドさんなの。」

 

微細な好悪の判断。これは私でも再現可能な範囲だな。条件付けを細かくすれば不可能ではないはずだ。一々反応を分析してしまう自分に呆れながら、私たちのやり取りを隣で見守っていた熟練メイドさんのことを紹介してみると、ちょっと気後れするアビゲイルにエマさんが優しく微笑みかける。

 

「こんにちは、アビゲイルちゃん。エマです。よろしくお願いしますね。」

 

「よろしくお願いするわ。……アリスのメイドさんなの? ビービーにも『大人人形』のメイドさんが居たし、魔女はみんなメイドさんを雇っているのかしら?」

 

「私のというか、リーゼ様に仕えているメイドさんね。私もある意味では仕えているようなものだから、同僚って関係に近いわ。」

 

「そうなの? ……そのアンネリーゼはどこ? アピスも居ないわ。」

 

キョロキョロとリビングルームを見回すアビゲイルに、苦笑しながら返事を返す。好奇心が隠し切れていないな。外に出たことがないと言っていたし、平々凡々とした私の家ですら興味津々なのだろう。

 

「アピスさんは別の場所に住んでいるのよ。リーゼ様はまあ、学校に行ってるの。全寮制の魔法学校にね。」

 

「魔法学校? 何だかとってもワクワクする響きね。……もしかして、ビービーはその学校に居たりしない? 家を出る時に魔法の勉強をしに行くって言ってたの。」

 

「残念だけど、その学校に居ないことは確認済みよ。」

 

「……そっか、残念だわ。」

 

花が萎れるようにしょぼんとしてしまったアビゲイルへと、エマさんが軽く手を叩いて話しかける。悲しみ。ここも表面上の再現は可能な部分だ。……表面上だけなら、だが。

 

「まあ、とにかく座ってください。そのクマさんはお友達ですか?」

 

「ティムよ。今は喋れないし動けないんだけど、アリスが直してくれるの。エマにも羽があるのね。アンネリーゼと同じ吸血鬼ってこと?」

 

「ハーフですけどね。人間と吸血鬼の真ん中くらいの存在ってことです。」

 

「そうだったの。……凄いわ、窓から人が見える。あれって人形じゃないのよね? つまり、普通の人たちなんでしょ?」

 

テーブルに移動する途中で通りに面する窓を覗いたアビゲイルは、そこから見える夕暮れ時のダイアゴン横丁の景色にほうと息を吐く。そういえば魔女の工房は高い塀に囲まれていたな。こういった人通りを目にするのも初めてなんだろうか?

 

「人間ですよ。というか、魔法使いですね。ここは魔法族の商店街ですから。」

 

「魔法使い? あれが全部魔法使いなの? ……ヘンな感じだわ。みんなビービーやアリスと同じってこと?」

 

「んーっと、魔女とは少し違いますね。私が吸血鬼と人間の中間にある存在なように、彼らは魔女と人間の中間に位置する人たちって感じです。……この説明で分かりますか?」

 

「魔女の方が魔法使いより凄いってことね? でもでも、魔法を使えるだけで私から見れば凄い人たちだわ。それがあんなに沢山居るだなんて。」

 

エマさんの噛み砕いた説明を受けてぽかんと口を開けたアビゲイルは、窓越しに通行人たちへと手を振り始めた。それにエマさんと二人で苦笑した後、テーブルに着いて追加の解説を放つ。

 

「今は魔法で家を見えなくしてあるから、向こうからはこっちが認識できないわよ。」

 

「あら、残念だわ。ビービーが読んでくれた本にこういうシーンがあったの。窓から手を振る女の子に、新聞配達の男の子が毎日手を振り返してくれるのよ? そうすると女の子は嬉しくなるんですって。それを試してみたかったんだけど、見えないなら無理そうね。」

 

「新大陸でもロマンスの形は変わらないんですねぇ。……お茶を淹れましょう。アビゲイルちゃんは何がいいですか? ジュースもありますよ?」

 

「ごめんなさい、私は飲めないの。お腹の中が壊れちゃってるから。」

 

おっと、そういえば向こうの家でもそんなことを言っていたな。エマさんに応じたアビゲイルに、彼女のお腹を指差して問いを送る。上手く動かないらしい左足も気になるし、一つ一つ対処していこう。

 

「それも直せるかもしれないわ。どんな風に壊れちゃったの?」

 

「本当? えっとね、えっと……見せた方が早いわ。ちょっと待っててね。」

 

言うとアビゲイルは抱えていたティムをテーブルの上に座らせて、席を立ってエプロンドレスを豪快に脱ぐと、真っ白なお腹を……開くのか、そこ。短めのドロワーズの上の下腹部を開いて私に見せてきた。極限まで目立たないようにはなっているものの、服で隠れていた胴体部にはいくつか継ぎ目らしきものがあるな。ぱっと見は少女の裸身そのものだが。

 

「このタンクが割れちゃってるのよ。何かを食べると、ここに落ちてくるようになってるの。」

 

「見せて頂戴。……銅かしら? だけど、それにしては随分と軽そうね。錫? 何にせよ金属ではあるみたいだけど。」

 

「私には分からないわ。直せそう?」

 

「直すというか、全く同じ規格の物を作り直した方が良いのかも。それでもいい?」

 

下腹部の中に嵌っていた容器。壺のような形のそれをチェックしながら聞いてみると、アビゲイルはこっくり頷いて了承してくる。ちなみに球体関節になっているのは肘、手首、膝、そしてソックスで隠れている足首の四箇所だけらしい。その四箇所と同様に広い可動域を確保しなければならない首や肩、それに股関節が球体関節じゃないのは何故なんだ? 内部に関節用のスペースを確保できるか否かということなんだろうか? 指や腰なんかも人間そのものだし、どこかチグハグだな。

 

「構わないわ。……あの、アリス? どうしてお尻を触るの? しかも、そんなに熱心に。」

 

「股関節の作りをチェックしているのよ。他意は無いわ。それと、ちょっとだけ内部を確認させてもらってもいいかしら? 接合部がどうなってるのかを知っておかないとね。合わなかったら大変だもの。」

 

「いいけど……この格好は恥ずかしいから、ササっとお願いね。」

 

椅子に座り直して許可してくれたアビゲイルに近付いて、小さなお腹の中を調べてみれば……うーん、そこまで複雑な作りではないな。口からこのタンクまでは直通らしい。声帯の代わりっぽい部品もここから覗いた限りでは見当たらないし、発声には予想通り魔術的な仕組みを使っているようだ。

 

ついでに胸の内部も覗き込んでみると、むしろ腕部の動作を補助するためにスペースを使っていることが確認できた。タンクがあった場所の少し下……人間で言う骨盤の部分には脚部用の同じ物があるし、可動人形としてはある程度常識的な胴体の構造をしているな。やはり肩や股関節はスペースを確保できるから関節を内蔵型にしており、肘や手首なんかはそれが無理だったから球体関節にしているのか。

 

今のところ人間を素材にしている様子はゼロだが、魔術的な補佐を受けている面が大きいことは理解できたぞ。身体が普通の人形であればあるほど、ここまでリアルな動作をするためには複雑な術式が必要なはず。内部には木製の部品が多いし、それが劣化していないのも魔法のお陰だろう。タンクだけが壊れてしまったのは外部から物質を取り入れる部分だったからかな? 魔法による保護が腐食に追い付かなかったとか? その線で考えると、左足の故障は外的な原因があるということになりそうだ。

 

ふむ、交換した後で元のタンクも一応調べておくか。肌の素材も気になるし、内部が終わったら外部も確認しないと。人形作りとしての好奇心に身を任せて内部をチェックしていると、アビゲイルが私の肩を押しながら注意を投げかけてくる。

 

「ア、アリス、恥ずかしいってば。どうしてそんなにジロジロ見るの?」

 

「へ? ……ああ、ごめんなさいね。私もほら、人形作りだから。どうしても気になっちゃうのよ。」

 

「でも、もうダメ。女の子のお腹の中をジッと見るのはマナー違反だわ。自分じゃあまり掃除できないから見られたくないのよ。」

 

見学は終了とばかりにお腹を閉じてしまうアビゲイルのことを、至極残念な気持ちで見守っていると……いつの間にか戻ってきていたエマさんが、ティーポット片手に少し呆れたような顔で声を上げた。

 

「アリスちゃん、それはさすがにダメですよ。小さな女の子の下腹部を強引に見るだなんて、結構ギリギリの行為です。」

 

「いやいや、それは語弊がありますって。修理のためですよ。人間で言う医療行為じゃないですか。」

 

「要するに、お医者さんごっこですか。……これはお嬢様に報告する必要がありますね。」

 

「エマさん? 冗談ですよね?」

 

人形作りが人形をチェックしているだけじゃないか。頰に手を当てて憂いを帯びた表情になっているエマさんに、慌てて言い訳を放ってみれば、彼女は曖昧に首肯してから無言で紅茶をカップに注ぎ始める。どういう意味の首肯なんだ? 全然分からないぞ。

 

そんな私たちのやり取りをきょとんとした顔で見つめていたアビゲイルは、再びエプロンドレスを身に纏ってから質問を口にした。エマさんが紅茶と一緒に持ってきたお茶菓子のクッキーに目を奪われながらだ。

 

「あのね、アリス。ビービーにはいつ頃会えそう? 探してるのよね? ……久々に誰かと話してたら、なんだかいつもより会いたくなってきちゃったの。」

 

「いつになるかはちょっと約束できないわ。夏頃から探しているんだけど、中々手掛かりが掴めないのよ。」

 

「そもそも、アリスたちはどうしてビービーを探してるの? 同じ魔女だから? ……ビービーも魔女を探してた時があったわ。物凄く長生きの魔女さんを。やっと見つけて会いに行った時は嬉しそうだったのに、帰って来たらしょんぼりしてたの。訳は話してくれなかったけど。」

 

魅魔さんのことか。怪訝そうに首を傾げるアビゲイルへと、ぼんやりとした返答を返す。私のことを狙っているから、その対処のために探しているとは言わない方がいいだろう。

 

「えっとね、私は……そう、ベアトリスから『招待状』を受け取ったのよ。だから探しているの。」

 

「招待状?」

 

「というか、挑戦状って言うべきかしら? 探してみろっていう挑戦状。ゲームみたいなものね。」

 

「つまり、アリスはビービーと遊んでるのね? ……羨ましいわ。私もビービーと遊びたい。一人遊びはもうやり尽くしたもの。」

 

家で一人で遊んでいた時のことを思い出しているのだろう。落ち込んだ顔付きになってしまったアビゲイルを見て、その隣に座ったエマさんがピンと立てた人差し指を近付ける。

 

「じゃあ、私と遊びましょうよ。ベアトリスさん? の代わりにはなれませんけど、ボードゲームはそこそこ得意なんです。」

 

「……いいの?」

 

「勿論ですとも。チェスは知ってますか? ゴブストーンとか、オセロとか、トランプもありますよ。」

 

「トランプは知ってるわ。でも、チェスは難しくてよく分からないの。オセロとゴブストーンは聞くのも初めてよ。」

 

嬉しそうに身を乗り出すアビゲイルに、エマさんがゴブストーンゲームの説明をし始めた。楽しそうに話す二人を横目にしつつ、紅茶を飲んで一息つく。身体は完全に人形だが、会話した印象は人間のそれだな。

 

私の人形も感情表現の面で近いことは出来るが、会話させるのはまた別の話だ。……あー、難しいぞ。こうなってくると頭部を詳しく調べてみたいが、強引にそれをするのは気が咎める。先ずはメンテナンスを任せてくれるくらいの信頼を得ることを目標にするか。

 

信頼。果たして私は作った人形にその感情を持たせることが出来るのだろうかと自問しつつ、アリス・マーガトロイドはちょびっとだけアンニュイな気分でティムの鼻をちょんと突くのだった。

 


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