Game of Vampire   作:のみみず@白月

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冬の夜

 

 

「だからよ、準決勝に進むのはワガドゥ、イルヴァーモーニー、マホウトコロ、ホグワーツの四校ってこった。」

 

まだホグワーツは決まっていないぞ。ソファに全身を預けながら言ってくる魔理沙に首肯しつつ、サクヤ・ヴェイユは妨害魔法を妨害する魔法がかけられているビデオカメラの映像をチェックしていた。マクゴナガル先生とフリットウィック先生とバーベッジ先生が協力して、ホグワーツ内でも動かせるようにと魔法をかけてくれたらしい。……ちなみに私が気になっているのはイルヴァーモーニー対カステロブルーシュの試合内容ではなく、チラチラと映り込む競技場周辺の景色である。南米の魔法使いたちはこういうところで学んでいるのか。

 

十一月も下旬に差し掛かった寒い日の夜、魔理沙たち代表チームが一回戦第二試合の偵察から帰ってきたのだ。イルヴァーモーニー対カステロブルーシュは180対130でイルヴァーモーニーの勝利。先に行われた第一試合はワガドゥの勝ちだったので、あとは一週間後に行われるホグワーツ対ダームストラングの第三試合を残すのみ。いよいよホグワーツも来客に備えて忙しくなってきそうだな。

 

どんどん神経質になるフィルチさんの所為でロン先輩がうんざりしていたことを思い出す私に、旅の疲れからか眠そうになっている魔理沙が話を続けてきた。片道の移動にポートキーを三回も使ったそうだ。南米の遠さを改めて実感する逸話だぞ。

 

「正直言ってカステロブルーシュの方がチェイサー陣は強かったが、イルヴァーモーニーはシーカーの腕がずば抜けてたな。あいつのフェイントが無けりゃスニッチを捕っても負けてたぜ。」

 

「ポッター先輩よりも上手いの?」

 

「どうかな。フェイントだけで言えばイルヴァーモーニーのシーカーが上かもしれんが、ハリーは基本的な箒の扱いが上手いから……まあ、キャッチ勝負になれば勝てるだろ。むしろ気を付けるべきは私たちチェイサーだ。一々フェイントに反応してたら勝負にならんぜ。」

 

「ふーん。」

 

私の『よく分からない』という感情を汲み取ったのだろう。苦笑いを浮かべた魔理沙は、億劫そうに身を起こして話題を変えてくる。少し離れたテーブルに居るロン先輩とハーマイオニー先輩、そしてリーゼお嬢様の方を見ながらだ。ポッター先輩は疲れからか既に男子寮へと姿を消してしまった。

 

「よっと。……それで、ハーマイオニーとロンは何をしてるんだ?」

 

「勉強よ。ハーマイオニー先輩はイモリ対策で、ロン先輩は闇祓いの試験対策。リーゼお嬢様は二人の手伝いね。」

 

「どこもかしこも大忙しだな。……そういえば、例のお札はどうなったんだ? リーゼがどっかから入手してきたやつ。ラメットたちに貼り付けてみたんだろ?」

 

「全員『シロ』よ。一応チェストボーン先生にも貼り付けてみたけど、一切反応しなかったわ。新任教師の中に人形は居ないってことね。」

 

魔理沙が言っているのは、リーゼお嬢様がこの前何処かから仕入れてきた『退魔のお札』のことだ。お嬢様ですら触れないほどの強力な品らしいが、純然たる人間には何の害も無いということで、私が時間を止めて怪しい人に貼り付けてみることになったのである。

 

服の上からでも問題ないそうなので、背中に貼り付けた後に一瞬だけ時間を動かして確認するという作業を新任の三人にやってみたわけだが、全員が全員何の反応も示さなかった。安心したような拍子抜けしたような気分で答えた私に、魔理沙もまた微妙な顔付きで応じてくる。

 

「ま、ホグワーツが安全なようでなによりだ。となると残る手掛かりは人形店に居る人形だけか。」

 

「私は心配よ。敵が作った人形を家に入れちゃって大丈夫なのかしら?」

 

「直接見てないから断言できんが、リーゼの話を聞く限りでは大丈夫そうに思えたぞ。」

 

「リーゼお嬢様の判断を疑うわけじゃないけど、『可哀想な人形』のフリをしてるって可能性もあるわけでしょ? ……人形店にはエマさんが居るから、そう簡単に妙なことは出来ないでしょうけどね。」

 

エマさんは常々自分が戦闘に向いていないと主張しているが、美鈴さん曰く『いざとなればそこそこ出来る』メイド長だ。こと荒事に関しては美鈴さんの審美眼は紅魔館一だし、仮に人形が暴れ出しても大丈夫なはず。アリスだって普通に強いわけなんだから、人形だらけの『自分の工房』の中ならそこまで危険はないだろう。

 

ぼんやり考えながらいつの間にかついていた制服のシワを伸ばしていると、パチパチと音を鳴らす暖炉を見つめている魔理沙がポツリと呟く。本格的に眠くなってきたらしいな。目がとろんとしているぞ。

 

「ホームズの方はどうなってんだろうな?」

 

「よく分からないわ。イギリスでの捜査は実質停止状態になってるけど、予言者新聞には目立った記事がないし……ああもう、ベッドに行きなさいよ。寝ちゃいそうじゃない。明日も朝練はあるんでしょう?」

 

「あー……そうすっか。」

 

相変わらず眠いと口数が減るな。のそりと立ち上がって素直に女子寮への階段を上っていく魔理沙を見送ってから、リーゼお嬢様たちが居る方へと移動する。少なくとも今週いっぱいはクィディッチに集中させてあげよう。試合当日までは忙しくなるだろうし。

 

宿題を写させてあげるために早めに仕上げておこうと決意した私に、リーゼお嬢様が隣のスペースをぽんぽんと叩きながら声をかけてきた。

 

「魔理沙は寝たのかい?」

 

「疲れてるみたいでしたから、もう休ませました。羊皮紙とペンを貸してもらえませんか? 変身術のレポートを早めにやっておこうかと思いまして。」

 

「んふふ、魔理沙のためか。優しい子だね。」

 

お見通しだな。照れ臭い気分でリーゼお嬢様に曖昧に頷くと、向かいのソファに座っているロン先輩がビデオカメラを指差して声を放つ。

 

「僕にも見せてくれ、試合。練習試合の時にイルヴァーモーニーのキーパー役は僕がやることになってるんだ。動きをなぞれるようになっておかないと。」

 

「ダメよ、ロン。魔法法の勉強をあと四ページはやるって約束したでしょう? 『ご褒美』はそれが終わってからよ。」

 

「……うんざりだよ。法律の勉強までしないといけないとは思わなかったぞ。こんなの学生がやる内容じゃないだろ?」

 

「言っておきますけど、試験を通ったら闇祓いの訓練課程でもっと本格的なのをやるんですからね。魔法法を守らせるための組織なんだから、魔法法について詳しくないといけないのは当然でしょう?」

 

うーむ、法律か。イメージだけでも難しそうな内容だな。ロン先輩が見ている参考書をちらりと覗き込んでみれば……これはまた、ちんぷんかんぷんだぞ。『ヒトたるものの基本的な権利と、魔法法による特例』というページを勉強しているらしい。

 

頭が良さそうなことを勉強しているなと、頭が悪い感想を抱いている私に、ハーマイオニー先輩が苦笑しながら説明をしてくれた。

 

「タイトルは大仰だけど、そんなに難しい内容じゃないわよ。イギリス魔法界で生活していれば何となく知ってるような項目ばかりだわ。」

 

「そうなんですか。……ハーマイオニー先輩も法律を勉強してるんですか?」

 

「一応ね。魔法法執行部も希望進路の一つだから、最低限の範囲は理解しておく必要があるのよ。規制管理部と国際協力部の方は入省してからで問題ないみたいだけど。」

 

「国際協力部は何となく分かりますけど、規制管理部は意外ですね。」

 

その三つが進路の候補なのか。魔法生物にはそんなに関心がないと思ってたんだけどな。かっくり首を傾げる私へと、ハーマイオニー先輩は肩を竦めながら理由を教えてくれる。

 

「『ヒトたるもの』以外の権利についての問題提起をしたいのよ。まだまだぼんやりとしたイメージしかないんだけどね。……だけど、悩ましいわ。国際情勢にも興味があるし、古い魔法法の改正だってしてみたいから、どこを目指すかを未だに決めかねてるの。」

 

「私は執行部か協力部を推すけどね。執行部は誰もが認める出世コースだし、協力部はこれからどんどん重要になっていくだろうさ。先ずどちらかで地位を手に入れて、それからやりたいことに取り組めばいいじゃないか。」

 

「そうなんだけど……うん、何にせよ時間はかかるでしょうね。気の遠くなる話だわ。」

 

「それが人生さ、ハーマイオニー。私の伝手を使えば『近道』だって不可能じゃないが、それは嫌なんだろう?」

 

呆れたように問いかけるリーゼお嬢様に対して、ハーマイオニー先輩は断固とした口調できっぱり回答した。

 

「コネは不要よ。自分の力でやりたいの。」

 

「私は賛成しかねるけどね。目的のためなら手段を選ばない。それが一流の実行者ってもんだよ。レミィもゲラートも必要なら近道をすることを躊躇わなかったぞ。重要なのは目的を達成することであって、過程で胸を張るのは二の次なわけだ。」

 

「その考え方は理解できるわ。正々堂々頑張ったところで、成就しなかったら無駄になるってこともね。それでも『バカ正直』にやってみたいの。……世間知らずな子供の思考だと思う?」

 

「思うが、同時にキミらしいとも思うよ。……何にせよ、私の意見よりもキミの決断を優先したまえ。友人として精一杯の助言はさせてもらうが、結果を背負うのは他ならぬキミ自身なんだから。」

 

大人びた笑みでアドバイスするリーゼお嬢様に、ロン先輩が感心したような顔で口を開く。

 

「リーゼってさ、アドバイスはしても押し付けないよな。ママなんてああしろこうしろって断言するのに、リーゼは最終的には相手に決定権を委ねるだろ? そういうところは大人に見えるよ。」

 

「父上の教えさ。自分を理解できるのはこの世で自分だけなんだから、決断だけは自分でしろと教えられたんだ。どんな優秀な医者も患者の痛みを確認できないし、自身を愛する伴侶でさえも喜びの大きさは明確に共有できない。そう言ってたよ。」

 

「随分と現実的な言葉ね。理知的な方だったの?」

 

興味を惹かれたらしいハーマイオニー先輩の質問に、リーゼお嬢様は何かを思い出すように遠くを見つめながら首肯した。大旦那様か。どんな方だったんだろう?

 

「ジョークこそ下手だったが、私が知る中で最も賢い吸血鬼だったよ。物事には常に原因と過程があり、結果だけを見て判断するのは愚かなことだと常々言っていたんだ。この世には結果だけを語る愚者が多すぎるから、賢く生きたいなら常に原因を探れとね。」

 

「尤もな名言ね。私も同意見だわ。」

 

「あとは……そうだな、家を存続させるコツも教えてくれたよ。『卑怯たれ、狡猾たれ、臆病たれ』ってね。それが上に立つ者としての気質なんだそうだ。得てして生き残るのは自信に満ちた者ではなく、慎重に調べながら進む臆病者だと。」

 

「何となくレミリアお嬢様を連想させる言葉ですね。」

 

言いそうだし、似合う気がするぞ。レミリアお嬢様はああ見えて準備を怠らないタイプなのだ。私が思わず上げた声を受けて、リーゼお嬢様はくつくつと笑いながら頷いてくる。

 

「父上はそもスカーレット家の吸血鬼だからね。レミィと似ているのは当然のことさ。……そんな慎重な父上と、果断な母上との間に生まれたのが私ってわけだ。」

 

「凄く納得できる結果ね。……若干お母様の方に似た感じはあるけど。」

 

「家の中では母上の方が『強者』だったわけだし、宜なるかなってところだよ。父上の筋道立った理性は、母上の怒涛のような感情に勝てなかったわけさ。」

 

「そこは吸血鬼の家も人間の家も同じだな。うちのパパとママもそうだしさ。」

 

ハーマイオニー先輩とロン先輩が苦笑いで応じたところで、リーゼお嬢様はパンと手を叩いて空気を入れ替えた。『卑怯たれ、狡猾たれ、臆病たれ』か。覚えておこう。主人を守るメイドとしても必要な信念であるように思えるし。

 

「さて、休憩の雑談はこの辺にしておこう。時間は有限だぞ、三人とも。イモリもフクロウも闇祓い試験も延期されたりはしないはずだ。タイムリミットは残り半年とちょっと。それを忘れないようにしないとね。」

 

「……もう二ヶ月以上も使ってるんだもんな。逆転時計が欲しいよ。今回は心からそう思う。」

 

「みんなそう思ってるわよ。」

 

疲れたように呟いてから机に向き直った先輩二人を見て、私も気合を入れ直して羊皮紙へとペンを走らせる。私は魔理沙と違ってイモリも受ける気なんだから、フクロウで躓くわけにはいかないぞ。しっかり勉強しておかないと。

 

五年生はやけに時間の進みが早いなとため息を吐きつつ、サクヤ・ヴェイユは停止魔法の効果についてを書き連ねるのだった。

 


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