Game of Vampire   作:のみみず@白月

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名による絆

 

 

「これはまた、大したもんじゃないか。お祭り騒ぎだね。」

 

並ぶ出店、派手な装飾の数々、そして彼方此方で弾ける花火。『お祭り会場』へと様変わりしているホグワーツの校庭を歩きながら、アンネリーゼ・バートリは苦笑いを浮かべていた。マクゴナガルめ、思っていたよりもユーモアを感じる状態に仕上げてきたじゃないか。ちょっと感心したぞ。湖のほとりで眠っているダンブルドアもこれなら満足だろうさ。

 

今日は十一月の最後の日。要するに、ホグワーツ対ダームストラングの試合が行われる当日である。昨夜開かれたダームストラング代表陣の歓迎会は大人しめの内容だったが、試合当日は遠慮なく騒ぎまくることにしたらしい。ホグワーツ生たちも出店を巡って財布の中身を空にしているようだ。

 

『食べられる闇の印』を頬張っているハッフルパフの下級生たちを見て、双子も出店を出していることを確信する私へと、隣を進むハーマイオニーが相槌を打ってきた。若干呆れたような半笑いでだ。

 

「無許可の出店じゃないことを願うばかりだわ。間違いなく百以上はあるわね。」

 

「まあ、警備もそこそこ気合が入ってるようだし、心配するほどじゃないだろうさ。やっぱりイギリス人が多いね。」

 

「そりゃあ母校代表の試合が母校で行われるんですもの。イギリス魔法界の誰もが観に来るはずよ。……何か買っていく?」

 

「折角だし、見て回ろうか。」

 

ハーマイオニーに頷いてから、カラフルなテントの出店を回っていく。ちなみに咲夜はジニーやルーナと一緒に行動していて、ハリーと魔理沙は選手控え室で試合に向けての最終確認をしており、ロンはその手伝いをしているらしい。細々とした雑用なんかを買って出たようだ。

 

正午の試合開始までは約二時間あるが、この分だと席を取れるかが怪しいし、適当な出店で昼食を買って早めに競技場に向かうべきかな。一応生徒は平時通りに大広間でも食べられるわけだが、のんびり食べていたら地上で立ち見になりかねないだろう。

 

そんなことを考えながらハーマイオニーと出店を覗いていると、背中に聞き覚えのある声が投げかけられた。

 

「ありゃ、バートリさん。久し振り!」

 

「おや、ニンファドーラとルーピンじゃないか。キミたちも観戦に来たのかい?」

 

「リーマスは休みだし、私はまだ育児休暇中だからね。他の闇祓いは警備してるからちょっと申し訳ないけど、楽しませてもらおうと思ってさ。」

 

息子を抱いた『本物の』ニンファドーラの隣で、ルーピンもぺこりと目礼してくる。やはり本物は違うな。アリスバージョンと違ってしっくりくるぞ。見ず知らずの人間であればともかくとして、知っている人間に化けるのは中々難しいことのようだ。

 

「シリウスも来ていますよ。ホグワーツに到着するや否や、最前列を確保しに競技場に行ってしまいましたが。」

 

「想像に易い行動だね。……やあ、おチビ。キミまで応援カラーの服か。」

 

「とっても可愛いわ。よく似合ってるわよ、テディ。」

 

本人はムスッとした顔だし、気に入っているわけではないようだな。どこで買ったのやら、カラフルな四色のホグワーツカラーの服を着ているおチビにハーマイオニーと二人で声をかけた後、ニンファドーラにこの前の『入れ替わり』の礼を送った。

 

「この前は助かったよ、ニンファドーラ。不便をかけて悪かったね。」

 

「ううん、全然平気。テディったら早くもハイハイを覚えちゃって、手間が二倍かかるようになったの。どっちにしろ目が離せないから、家に居るのは苦じゃないよ。何でもかんでも口に入れちゃうんだもん。……昨日なんて、私がちょっと目を離した隙にフルーパウダーを食べちゃうところだったんだから。アリスさんの人形が止めてくれなかったら危なかったよ。」

 

「『子育てちゃん』が役に立っているようで何よりだよ。……人間の赤ん坊ってのはみんなそうなのかい?」

 

今もプラスチックのおもちゃのような物を齧っているおチビを横目に聞いてみると、ルーピンが苦笑しながら曖昧に首肯してきた。フルーパウダーを食おうとするのはかなりアホだな。記憶は全くないが、生後半年の私はもっと賢かったはずだぞ。多分。

 

「この子はやや好奇心が旺盛な性格みたいですけど、口に何かを入れようとするのは珍しくないそうです。……ハーマイオニー、気を付けてくれ。指も齧ろうとするから。加減してくれないから結構痛いぞ。」

 

「もう乳歯が生えてきてるんですね。ハイハイも早い方なんじゃないですか?」

 

「みたいだね。嬉しいような、困るような、複雑な気分だよ。」

 

「リーマスが全然叱ろうとしないから噛み癖がついちゃってるみたい。困ったもんだよ、本当に。」

 

夫をじろりと睨め付けながらボヤいたニンファドーラは、手馴れた動作でおチビのヨダレを拭いてから別れを告げてくる。すっかり母親だな。

 

「んじゃ、私たちは校舎の方に行ってくるね。リーマスと一緒に先生たちに挨拶してこないと。」

 

「じゃあね、テディ。また会いましょ。」

 

「さらばだ、エドワード閣下。フルーパウダーは食べないように。」

 

ハーマイオニーと私の挨拶を理解しているのかいないのか、応じるように手をにぎにぎしたおチビを抱いたルーピン夫妻が遠ざかっていくのを見送って、二人で出店巡りを再開した。

 

「可愛かったわね、テディ。」

 

「まあ、前に見た時よりも人間っぽくはなってたね。進化してたって感じだ。」

 

「独特な感想すぎるわよ、それ。……赤ちゃんは可愛いと思うけど、自分が母親になってる姿は想像できないわ。スーツを着て働いてる姿なら簡単なのに。」

 

「んふふ、なるようにしかならないさ。ニンファドーラだってまさか母親になるとは予想していなかっただろうし、きっとそういうものなんじゃないかな。」

 

おっと、美味そうなサンドイッチの出店があるぞ。そちらに視線を奪われながら言った私へと、ハーマイオニーがしみじみとした声色で提案を寄越してくる。

 

「ねえ、リーゼ。もしもよ? もしも私が誰かと結婚して、そして子供を産んで、その子が女の子だったら……名付け親になってくれない?」

 

「……私がかい? 吸血鬼だぞ、私は。」

 

「そんなの関係ないでしょ。……私、昔は名付け親って仕組みが嫌いだったの。子にとって重要なはずの名前の決定権を他人に委ねるだなんて、親としての義務の放棄みたいで気に入らなかったのよ。だけど、ハリーやサクヤを見て考えが変わったわ。ハリーはブラックさんが、サクヤのお母様はマーガトロイド先生が名付けたわけでしょう? ……自分の子供を守るために、信頼している人との血縁以外の繋がりを持たせる。それは結構頼りになるものなんだって思い直したわけよ。」

 

名による絆か。確かにそれは私たちにとって身近なものだ。ブラックなんかは言わずもがなだし、アリスは名付け子の娘である咲夜を非常に可愛がっており、永く生きた妖怪である美鈴ですら自分が名付けたということで咲夜を特別視している節があった。

 

『実例』の数々を思って同意の頷きを返した私に、ハーマイオニーはちょびっとだけ恥ずかしそうな笑みで話を纏めてくる。

 

「ということで、私はリーゼに頼みたいの。貴女が名付け親になってくれるなら安心よ。私と違って何があっても死にそうにないしね。子供のことを任せられるわ。」

 

「……縁起でもないことを言わないでくれたまえ。」

 

「一応よ、一応。備えあれば憂いなし、でしょ? ……まあ、まだ結婚すら想像できないし、ずっと先の話でしょうけどね。ゆっくり考えておいて頂戴。」

 

思い出すのはアリスがヴェイユから名付けを頼まれた時のことだ。あの時アリスが図書館の本を読みまくって名前を考えているのを見て、私はどうしてそこまで必死になるのかが理解できなかったが……なるほどな、ようやく分かったぞ。そりゃあ必死にもなるだろうさ。

 

血ではなく、名で繋がった娘。もう一人の母親か。名付けによって背負うということなのだろう。名付け親を任された信頼の重さと、子の守護者としての大きな責任を。

 

今では随分と重く感じるそれのことを考える私に、ハーマイオニーはサンドイッチの出店を指差しながら促してきた。

 

「ほら、あの店が気になってたんでしょう? 見てみましょうよ。種類が沢山あるみたいよ?」

 

「……ん、そうだね。」

 

重いが、同時に嬉しくもある。アリスやブラックなんかもこんな気持ちになったんだろうなと苦笑しつつ、出店の方へと歩を進めた。まあうん、ハーマイオニーの言う通り、彼女の子供なんてまだまだ先の話だろう。考える時間はいくらでもあるさ。

 

いつかその日が来ることを想像しながら、アンネリーゼ・バートリは名付けのセンスを磨いておこうと決意するのだった。

 

 

─────

 

 

「……ルーナ、それは外しておいた方が良いと思うわ。本当の意味を理解してる人は少ないでしょうから。」

 

嘗て無いほどに混み合っているクィディッチ競技場の観客席で、友人が首から下げているペンダントを指差しながら、サクヤ・ヴェイユは忠言を放っていた。どうやら死の秘宝のマークを模したペンダントらしいが、多くの魔法使いにとっては『ゲラート・グリンデルバルドの紋章』であるはずだ。他国の魔法使いが多い中ではあまりお勧め出来ないぞ。

 

ジニーとルーナと三人で校庭の出店を巡った後、競技場の席をなんとか確保したわけだが……幾ら何でも混みすぎだな。最前列なんかはとっくに埋まっていたため、そこそこ後ろの方の席になってしまった。おまけにリーゼお嬢様たちのことも見つけられなさそうだとため息を吐く私に、ルーナがきょとんとした顔で返事を寄越してくる。

 

「ダメかな? これ。」

 

「だって、ゲラート・グリンデルバルドを連想しちゃうでしょう? 私は死の秘宝のことを知ってるから分かるけど、普通の魔法使いはそうじゃないはずよ。グリンデルバルドを嫌ってる人間はまだまだ多いわ。」

 

「サクヤがそう言うならそうなのかも。パパが最近死の秘宝に夢中だから、私も着けてみただけなんだ。外しておくよ。私は別に好きってほどじゃないしね。」

 

……私がそのうちの一つを所有していると言ったらどんな顔をするんだろうか? 今や単なる『星見台への合鍵』になっている蘇りの石。レミリアお嬢様が詳細を話してくれたそれのことを思い出していると、ポップコーンを食べているジニーが感心したように話しかけてきた。

 

「それ、童話に出てくる死の秘宝のマークなの? サクヤはよく知ってたわね。私もグリンデルバルドの紋章だとばっかり思ってたわ。」

 

「パチュリー様が詳しかったのよ。ニワトコの杖と、透明マントと、蘇りの石。枠になってる三角がマント、縦の線が杖、丸が石を表しているんですって。」

 

「うん、そうだよ。パパは実在してるって言ってた。私はあんまり興味がないけど、面白い伝説だとは思うな。だって、どれを欲しがるかでその人の望みが分かりそうだもん。」

 

「あら、それは確かに面白そうね。せーので一番欲しい秘宝を言ってみましょうよ。」

 

なんだそりゃ。まあ、別にいいけど。ルーナに応じたジニーの言葉を受けて、彼女の合図と共に一斉に口を開く。

 

「杖かしら。」

 

「私はマント。」

 

「蘇りの石。」

 

ふむ、綺麗に分かれたな。私が杖で、ジニーがマントで、ルーナが石だ。全員で顔を見合わせてから、それぞれの理由を口にした。

 

「やっぱり杖よ。最強の杖。お嬢様方の役に立つには、それが一番有用そうだわ。」

 

「私はマントが一番だと思うけどなぁ。だってほら、ハリーが持ってるやつって便利そうでしょ? 大事な人を守るためならそっちの方が使えそうじゃない?」

 

「私は石が一番だと思う。ママともう一度話せたら楽しそうだもん。パパもそう思って死の秘宝に興味を持ったんじゃないかな。」

 

ジニーはポッター先輩が持っているマントこそが死の秘宝の一つだとは思っていないのだろう。そりゃあ普通はそう思うか。透明マントという物自体はそこまで珍しい魔道具ではないのだから。魔法界ではデミガイズの毛を素材にした、『使用期限付き』の物が流通しているのだ。

 

そして、ルーナの言葉も少し考えさせられるものだな。パチュリー様は興味本位で使うべきではないと言っていたし、だから私も蘇りの石を本来の用途で使ったことは一度もない。そういえば魔理沙も『やめておいた方がいい』と主張してたっけ。

 

曰く、蘇りの石が見せてくれるのはあくまで死者の影に過ぎないらしい。懐かしむだけでは前に進めない。嘗て妹様と見た『みぞの鏡』が望みで人を誘惑するように、蘇りの石は過去で人を縛るのだとパチュリー様は言っていたのだ。

 

両親と話してみたい気持ちは勿論あるが、幸いなことに私はアリスや妹様を通じて充分二人のことを知れている。だから我慢できているんだろうなと一人で納得していると、ジニーが難しい顔で話を続けてきた。

 

「望みっていうか、考え方の違いなのかもね。何にせよちょっと面白い『性格診断』ではあったわ。」

 

「ん、そのくらいに留めておいた方がいいのかも。三兄弟はみんな不幸になっちゃったし、きっと手にしないのが一番なんだよ。」

 

「あれ? マントを手にした人は死から逃げおおせたんじゃなかった? 小さい頃に読んだだけだから、内容はうろ覚えだけど。」

 

「そうだけど、兄が二人死んじゃったら悲しいと思うよ。マントで一人だけ生き残っても辛いだけじゃないかな。物語だと三男は長生きした後、マントを脱いで死を友として迎え入れたって結末だけど……それってつまり、それまでずっと死から隠れてたってことでしょ? あんまり楽しそうな人生じゃないよね。余計なことをしないで、在るが儘に生きた方がいいのかも。」

 

うーん、相変わらず独特な観念だな。ルーナの発言についてをジニーと二人で黙考していると、私たちの近くに誰かが座ってくる。リーゼお嬢様とハーマイオニー先輩だ。

 

「悪いが、詰めてくれるかい? ……探したよ、三人とも。こんなに後ろに居るとは思わなかったぞ。」

 

「ありがとうございます。……でも結構観やすい位置じゃない? 最前列なんて端から無理でしょうし、悪くない場所だと思うわ。」

 

隣の男女に詰めてもらったお礼を言うハーマイオニー先輩に、ジニーが肩を竦めながら軽く応答した。悪いことをしちゃったな。わざわざ探してくれたのか。

 

「でしょ? ……二人は兄貴たちに会った? 校庭に店を出してたんだけど。」

 

「そっちとは会えなかったけど、ルーピン先生とニンファドーラさんには会ったわ。もちろんテディともね。」

 

「うっそ、来てたんだ。いいなぁ、私も見たかったよ。大きくなってた?」

 

「なってたし、歯もちょこちょこ生えてたわ。アーサーさんとモリーさんは見つからなかったの?」

 

むう、赤ちゃんは私も見たかったな。ルーナと一緒に残念がる私を他所に、ジニーはやれやれと首を振りながら答えを放つ。

 

「ダメだったわ。手紙に観に来るって書いてあったから、来てるのは確実なんだけど……まあ、この人混みだしね。ハーマイオニーの両親は来てないの?」

 

「来てないわ。もし勝ち上がったら考えるって言ってたけど。」

 

「じゃあ、考えることになりそうね。少なくとも今日は絶対に勝つわけだし。」

 

強気な笑みを浮かべたジニーが宣言したところで、いつもより立派なローブを着ているフーチ先生が誰かを先導しながらフィールドに出てくる。動き易そうな服装からして、隣に居る二人の見知らぬ魔法使いが今日の審判役なのだろう。競技場の案内をしているようだ。

 

「おや、フーチだね。ボールケースを持ってるし、時間的にもそろそろ始まるんじゃないかな。」

 

「あれって多分、公式な審判員よ。つまり、国際クィディッチ協会の。ボールケースも学内リーグで使うやつより立派だし、なんだか緊張してくるわね。」

 

「控え室の代表たちは緊張どころじゃないだろうさ。……ま、今日ばかりは私も素直に応援するよ。」

 

ジニーの解説を聞いたリーゼお嬢様は、紙で包まれたサンドイッチを頬張りながら微笑んでいるが……むむう、私もちょっとだけ緊張してきたな。魔理沙は大丈夫なんだろうか?

 

大勢の観客たちの興奮が高まっているのを感じつつ、サクヤ・ヴェイユは心の中で親友にエールを送るのだった。

 


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