Game of Vampire   作:のみみず@白月

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竜頭蛇尾

 

 

「凄い怪我だわ。怖いスポーツなのね、クィ……クィディッチ? って。」

 

まあ、間違ってはいないな。リビングのテーブルで朝刊を読んでいるアビゲイルを横目に、アリス・マーガトロイドはパンケーキを食べながら苦笑していた。今日の予言者新聞の一面を飾っているのは、鼻血を出しながら握り締めた拳を振り上げているハリーの写真だ。見出しには『ホグワーツ、初戦突破!』という文字が躍っている。

 

どうやら昨日の試合はホグワーツがダームストラングを下したようで、十二月最初の予言者新聞はその記事で一ページを丸々使っているのだ。極限まで要約すると序盤でリードし、中盤で追いつかれ、後半にスニッチを捕ったらしい。普段はそれほどクィディッチに興味がないものの……うん、私も母校の勝利は誇らしいぞ。こうなると次の対戦相手が気になるところだな。

 

記事の中にあった魔理沙やハリーの活躍を嬉しく思っていると、朝刊を置いたアビゲイルが自分のパンケーキを切り分けながら話しかけてきた。お腹のタンクの修理がこの前完了したので、現在の彼女は物を食べられるようになっている。味もきちんと認識できるらしい。

 

「難しい言葉があるから全部は分からなかったけど、アンネリーゼの通ってる学校が勝ったのよね?」

 

「ええ、そうよ。私も卒業生として鼻が高いわ。代表選手たちが頑張ってくれたみたいね。」

 

「アリスが嬉しいなら私も嬉しいわ。……血はちょっと怖いけどね。ちゃんと治るのかしら? この男の人。」

 

「ホグワーツには優秀な校医が居るからもう治ってるわよ。今頃は朝食時の大広間で時の人になってるんじゃないかしら?」

 

うーん、ハリーならそういう展開にも慣れていそうだな。大広間の状況を想像しながら言った私に、メープルシロップの小瓶を手に取ったアビゲイルが話を続けてくる。ちなみに私はクランベリーソースを選択した。他にもいくつかのベリーが使われている、エマさんの特製ソースだ。文句なしに美味しいぞ。

 

「ねえ、ビービーも好きだと思う?」

 

「ん? クィディッチのこと?」

 

「うん、そう。ビービーが好きなら私も詳しくなった方が良いんじゃないかと思ったの。どうかしら?」

 

「私には何とも言えないけど、魔法界で人気のスポーツではあるわね。好きかどうかはさて置き、知ってはいると思うわよ。」

 

純粋で、健気。それが半月ほどアビゲイルと生活して感じた印象だ。彼女の判断の根底にはいつも例の魔女の……ベアトリスの存在が関わっている。主人というよりも、友人のことを案じているような態度。それを躊躇なく表に出せるのは、作り手のことをとても大切に想っているからなのだろう。

 

作った人形にここまで想ってもらえるのは羨ましいと思う反面、今の境遇が可哀想にもなるな。ベアトリスはどうしてこの子を置いてヨーロッパに旅立ってしまったのだろうか? 私なら絶対に置いていったりしないのに。

 

ベアトリスに対して人形作りとしての憤りを感じていると、キッチンで作業をしていたエマさんが食卓に戻ってきた。曰く、『吸血鬼用』のソースを作っていたらしいが……真っ赤だな。彼女が手に持った皿の上のパンケーキには、私がかけたソースよりも黒が強い赤色のソースがかかっている。原材料は聞かない方が良さそうだ。

 

「おー、魔理沙ちゃんたちは勝ったんですか。クリスマスに戻ってきたらお祝いしてあげないといけませんね。大きなケーキを作りましょう。」

 

「ケーキ? エマはケーキまで作れるの? 凄いわ!」

 

「えへへ、すっごいのを作れますよ? アビーちゃんも一緒にチャレンジしてみますか? 練習がてら午後に二人で作ってみましょう。」

 

「本当? やりたいわ! ケーキを作れるなんてお姫様みたいよ!」

 

お姫様はケーキを食べる側じゃないのかな? 多分絵本か何かから得たのであろう奇妙な知識に微笑みつつ、パンケーキの最後の一切れを口に入れて思考を回す。アビゲイルからの『聞き取り』はさり気なく行なっているが、現状では使えそうな情報は手に入っていない。どうもベアトリスはこの子たちに『仕事』の話をしていなかったようで、アビゲイルが語るベアトリスは魔女ではなく『優しいお姉さん』なのだ。

 

料理があまり得意ではなく、物知りで、お洒落に関心があり、手先が器用。そういった人物像が浮かび上がってくるだけで、魔女としてのベアトリスについては全くと言っていいほどに判明しなかった。唯一分かったのは、アビゲイルが言う『大人人形』に仕事の手伝いをさせていたということだけだ。話さず、指示に忠実で、自我を持っていない人形たち。やはりそれが戦闘用の人形だったのだろう。

 

まあうん、徐々にその姿には近付いている。思想も、名前も、生い立ちも。半年前には一切分からなかった部分が、今やどんどん明らかになっているのだ。進歩はしているぞと自分を励ましながら、人形に淹れさせたコーヒーに口を付けたところで、エマさんとケーキの話をしていたアビゲイルがこちらに話題を振ってきた。

 

「そういえばアリス、ティムはどう? もう少しで直るのよね?」

 

「あー……そうね、動けるようには出来そうよ。ただ、お話できるようにするのはちょっと難しいかも。発声のための術式が重要な部分と重なっちゃってるから、下手に弄ると危なそうなの。」

 

「そうなの? ……でも、動くだけでも嬉しいわ。また一緒に遊べるならそれで充分よ。」

 

「今日か明日にはまた動けるようになるから、楽しみにしておいて頂戴。」

 

お喋りも出来るようにしてあげたいのは山々だが、兎にも角にも術式が独特すぎるのだ。おまけに物凄い量の術が幾重にも重なり合っているから手に負えない。ベアトリスの組み方が特別煩雑なのか、あるいは師であるパチュリーの組み方が簡潔すぎたのか。両方かもしれないなと苦笑する私に、アビゲイルは嬉しそうな笑みでこっくり頷いてきた。

 

「ええ、楽しみにしておくわ! 今日の私はエマのお掃除を手伝って、ケーキ作りを教えてもらって、それからそれから……何をすればいいかしら?」

 

「うーん、そうですねぇ……また文字のお勉強をしましょうか。私が見てあげますから。」

 

「いいの?」

 

「もちろん構いませんよ。」

 

パンケーキを食べながら首肯したエマさんは、すっかり『お姉さん』としてのカンを取り戻しているようだ。……いざベアトリスが見つかった時、私は一体どうしたいんだろうか? アビゲイルのことを知ってしまった今、もはや簡単に殺すという選択は選び辛い。かといって全てを許して仲直りなんて選択肢が存在しないことも理解している。

 

この子を主人に会わせてあげたい。今の私にある明確な望みはそれだけだ。クロードさんやバルト隊長、そして多くの子供たち。ベアトリスはその他にも数多の人間を殺してきたことを忘れるなと戒める自分が居る反面、作り手を殺してしまうことでアビゲイルを悲しませたくないという自分も居るし、ベアトリスの境遇に同情する思いも……ああもう、ダメだな。こういう思考を辿ったってロクな結果には行き着かないものだ。一度頭をリセットしよう。

 

「ご馳走様でした、エマさん。ティムの修理に戻りますね。」

 

「はーい、了解です。頑張ってくださいねー。」

 

「ティムをお願いね、アリス。」

 

楽しそうに会話する二人に微笑みかけてから、席を立って自室へと廊下を進む。……私がどんな選択をしたにせよ、リーゼ様は許す気なんてないだろうな。間違いなく殺すつもりだろうし、見つけたら躊躇なく実行するはずだ。魔女の境遇がどうあれ、アビゲイルの悲しみがどうあれ、彼女にはそれを踏み潰してでも自己の判断を押し通せる強さがあるのだから。

 

ああ、ダンブルドア先生に会いたい。あの人ならきっと別の道を見つけ出せるはずだ。私のようにただ甘いだけではなく、厳しさも兼ね備えた優しい道を。……だけど、もう頼りになる先生は居ない。だから私は自分で決めなければならないのだ。ベアトリスに対して、どんな選択をするのかを。

 

アビゲイルに会うまでは早く見つけて問題を解決したいと思っていたのに、今の私はベアトリスが見つからないことすら祈っている。そのことを自覚しつつも、アリス・マーガトロイドは重い歩みで自室のドアを抜けるのだった。

 

 

─────

 

 

「ふぅん? マクーザは遂に手を引くわけだ。ホームズの野望もここまでだね。」

 

これはさすがに投了だろう。報告してきたフリーマンに相槌を打ちつつ、アンネリーゼ・バートリは大きく鼻を鳴らしていた。案外持ったが、順当な結果ではあるな。結局あいつは国際社会を引っ掻き回しただけで、誰にも益を齎さなかったというわけだ。バカバカしい話じゃないか。

 

十二月一日の午後、ボーンズからの呼び出しを受けた私は魔法大臣室で昼食のステーキを食べつつ報告を聞いているのだ。報告しているのは北アメリカから戻ってきたばかりのフリーマンで、聞いているのはボーンズと私、そして呼んでもいないオグデンである。毎回毎回、こいつはどこから話を聞き付けてくるんだろうか?

 

図々しくも私と同じテーブルでしもべ妖精が用意したパエリアを食べている『煽り屋』のことを怪訝に思っていると、やや憔悴した雰囲気のフリーマンが苦い表情で首肯してきた。マクーザで受けた闇祓いの取り調べは中々にキツかったらしい。

 

「私の『裏切り』の所為で、マクーザ議会は完全に闇祓い側に傾きました。連盟も遠くないうちに纏まるでしょう。当然ながら国際保安局の捜査も公式に打ち切られますし、ミス・マーガトロイドへの容疑も近日中に解かれる予定です。」

 

「真犯人はどうなるのですか? それと、国際保安局の今後は?」

 

「事件については闇祓い局が捜査を引き継ぐことになりました。国際保安局は後片付けをして北アメリカに戻った後……まあ、解体されるかもしれませんね。元々ホームズ局長が一人で成立させたようなものですから、その局長が失脚したとなれば存続は難しいでしょう。」

 

「……ひどい幕引きですね。マーガトロイドさんも、マクーザも、イギリスも、連盟も、そして貴方がたも。苦労を背負っただけで何も得られなかったわけですか。」

 

全くだぞ。ボーンズが額を押さえながらため息を吐くのに、フリーマンは疲れたような苦笑で力無く応じる。

 

「その通りです、申し訳ございませんでした。」

 

「貴方が謝ることではありません。……ホームズはどうなるのですか? 北アメリカで会ったのでしょう?」

 

「……期待外れだったと言われてしまいました。私を次局長にしたのは間違いだったと。これ以上は泥沼だと必死に説得したのですが、未だにミス・マーガトロイドこそが犯人だと疑っていないようでして。もはや国際保安局は使い物にならないので、一人で動くと言われて物別れです。議会の召喚も無視しているようですね。」

 

「呆れて言葉も出ませんね。進退を案じてくれている部下に対して、この上そんな台詞を吐くとは……上に立つべき人間ではありません。議会の召喚を無視するというのも信じ難い行いです。」

 

これ以上ないってほどに呆れ果てているボーンズの発言に、パエリアのムール貝を除けているオグデンが同意を放つ。こいつ、嫌いな物が多すぎないか? 具の半分以上を残しているぞ。

 

「ここまで来ると笑えませんね。僕ですら笑えないってんだから救いようがありませんよ。全ての責任を放棄して悪足掻きですか。もし僕の上司だったらと思うとゾッとします。……ちなみに貴方はどうなるんですか?」

 

「分かりません。何とか部下たちの受け入れ先は探したいと思うのですが、次局長の私は……辞職を迫られるかもしれませんね。私の首だけで済むようにしたいところです。」

 

「もちろん役職を持った人間ではありますが、しかしある意味では功労者でもあるわけでしょう? 貴方はイギリスと北アメリカの和解の道を示したんですから、単に辞職というのはどうにも救いがなさすぎる気がしますね。」

 

「心配してくださるのですか? オグデン監獄長。初めてお会いした時とは正反対の態度ですね。」

 

戯けるように返事を口にしたフリーマンは、バツが悪そうな顔になったオグデンへと言葉を繋げる。弱々しい笑みを浮かべながらだ。

 

「ですが、責任を取るべき立場の人間が責任を取らなければ組織は正しく機能しません。辞職を迫られたら甘んじて受けようと思っています。……正直言って、悪くない気分なんですよ。次局長としてようやく役に立てるわけですからね。それが辞職だというのは情けない話ですが。」

 

「僕に言わせてもらえば、責任を取るべきなのはホームズだと思いますけどね。」

 

「ホームズ局長は恐らく国際保安局局長の任を解かれた後、合衆国議員を……そうですね、罷免されるかもしれません。今回の件で局長の後ろ盾になった議員も軒並み影響力を落としていますし、マクーザ議会は大きく動くでしょう。私程度に理解できる政治的な動きはそのくらいです。」

 

罷免か。滅多にないことだが、状況的に有り得なくはないだろう。マクーザとしてもイギリスに『落とし前』を示すいい機会になるはずだ。ステーキに付いてきたブロッコリーをオグデンの皿に放り投げつつ、今度は私からフリーマンに質問を飛ばす。

 

「委員会の方はどうなるんだい? 機能停止状態なわけだが。」

 

「さすがにホームズ局長が議長のままというのは無理があるでしょうし、再選されるのではないでしょうか? そこは私には分かりません。」

 

「……どうも腑に落ちないね。ホームズは委員会の議長になることで何をしようとしていたんだ? 単純に影響力を高めようとしたにしては微妙な動きじゃないか?」

 

中途半端に終わってしまったからこそ、そこが判明しないままだったな。……ま、いいか。落ちぶれた後で本人に訊きに行くとしよう。ホームズが死んだところで、アリスにもゲラートにも私にも迷惑がかからなくなった頃に。この分ならそう遠い話ではないだろうさ。

 

勝手に自己完結した後で、ボーンズへと今後の展開についての話を振る。

 

「まあいいか。……で、次はどうなるんだい? アリスの問題はほぼ解決して、委員会についてはロシアの議長閣下がどうにかするだろうから、あとは連盟内部の火消しかな?」

 

「フォーリー評議長がこれを機に反スカーレット派を叩くつもりのようですね。私としてもちょうど良い機会だと思っていますし、今なら明確に『敵』を判別できます。当分はそちらに集中することになるでしょう。」

 

「結果的に色分け出来たってのはホームズが残した唯一の功績かもね。……レミィと違って政争には興味ないし、その辺は勝手にやってくれたまえ。これは私もお役御免かな。」

 

うーん、もう表向きの動きに関わる意味はなさそうだな。となると、あとは魔女を見つけて殺すだけか。問題が『一本化』できてすっきりしている私に、オグデンがブロッコリーを投げ返しながら声をかけてきた。生意気だぞ、変人。

 

「随分と引き際が潔いですね。違和感があります。バートリ女史らしくないのでは?」

 

「キミとは数えるほどしか会ってないだろうが。私はさっぱりしている良い女なのさ。」

 

「そうでしょうか? 僕はスカーレット女史と一緒で、執念深い感じだと思っていました。人物鑑定には自信があるんですが……まあいいでしょう。僕も権力闘争には興味ないですし、この辺で業務に集中しておきますか。」

 

そもそも関係なかったんだから、最初からアズカバンに集中しろよな。いけしゃあしゃあと言うオグデンにジト目を送った後、魔女の方へと思考を移す。アリスによれば人形店に居る人形は大した情報を持っていなかったようだし、ここはホームズの方に期待したいところだが……あいつも恐らく人形だもんな。望み薄か。

 

というか、そもそも魔女が『遠隔操作』しているのなら話を聞くどころではないだろう。ホームズの方は試さないよりはマシ程度に思っておいて、アピスの調査に期待すべきなのかもしれない。何故あの変わり者が人形に興味を持ったのかは不明だが、とにかくアビゲイルを人形店で預かる代わりに独自に調査するとアリスと約束していたのだ。腕は確かなようだし、何か掴んでくれることを祈っておくか。

 

散々騒ぎまくった癖に呆気なく終わりを迎えたホームズ。そこにほんの少しの違和感を覚えつつ、アンネリーゼ・バートリは再びブロッコリーをぶん投げるのだった。

 


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