Game of Vampire   作:のみみず@白月

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当たり年

 

 

「とにかく、監督生権限で寮点の減点をしたいのであれば理由を報告すること。実際に正当な理由があったにせよ、それをきちんと報告しなければ不当な減点ということになってしまうの。全員そのルールを頭に入れておいて頂戴。」

 

厳しいな。権利とそれに伴う義務の話をするハーマイオニー先輩を見ながら、サクヤ・ヴェイユは手元のメモ帳に羽ペンを走らせていた。間接的に注意されているハッフルパフの五年生二人がしょんぼりしちゃってるぞ。

 

十二月も序盤が終わりそうな今日、私たち監督生は月に一度の定期集会を開いているのだ。いつも集会に使っている空き教室の中には各寮から集まった十三人の監督生が……ホグワーツにおける監督生は絶対に各寮男女一人というわけではなく、一つの寮につき最大男女二人ずつの四人までとなっている。新五年生に監督生候補が居る場合、試験で忙しくなる新七年生は監督生を辞退するか指導役として残るかを選択可能らしい。要するにハーマイオニー先輩は指導役として自主的に残ったクチで、ロン先輩は新六年生にも新五年生にも男子監督生の候補が居なかった所為で残らざるを得なかったというわけだ。

 

ちなみに今年はちょうど『世代交代』の年だったらしく、ハッフルパフは二人が、グリフィンドールとレイブンクローとスリザリンは一人が五年生という内訳になってしまった。おまけに七年生は全員が指導役として残ることを選択したようで、ハッフルパフが二人、その他の三寮が一人ずつ追加されている形だ。

 

そんな理由もあって教室内には例年と比較すると少し多い十三人の監督生の姿があり、スプラウト先生とフリットウィック先生が議論の様子を観察している。毎回一人か二人の寮監が監督役として参加するのだが、これまで議論に介入したことは一度も無いし……あくまで生徒の自主性を尊重するということなのだろうか?

 

教室の隅で苦笑しながらハーマイオニー先輩の『お説教』を聞いている二人の先生を横目にしつつ、メモ帳に寮点を加減する際の注意事項を書き連ねていると、話を続けようとするハーマイオニー先輩に参加者の一人が待ったをかけた。『弁舌強者』の彼女に待ったをかけられるのは全監督生の中でただ一人、スリザリンのマルフォイ先輩だけだ。

 

「グレンジャー、その辺にしておけ。話の内容が『監督生としての義務』から『リーダーのあり方』に飛躍しているぞ。加減点についての注意事項はしっかりと伝わっているようだから、議題を次に進めるべきだ。」

 

「これは重要な部分よ、マルフォイ。私たちは先生方と同じく寮の点数を加減できる。だけどそれは軽々に行っていいことではないでしょう? ともすれば先生方より加減点に対して慎重になる必要があるのよ。ここをなあなあにすると監督生という構造自体が腐っていくわ。」

 

「加減点についてが重要なことには同意するが、既に理解している下級生たちに何度も何度も繰り返す意味は無いだろう? ……より分かり易く要約すると、僕は『話が長い』と言っているんだ。最上級生として範を示すのは結構だが、考えを押し付けるだけでは下は育たん。思考の材料はもう提示した。ならば後は個々人で考えるべき問題だと思うぞ。」

 

「私はただ、歴代の監督生たちが受け継いできた考え方を伝えているだけよ。それをどう解釈するかは貴方の言う通り個々人の自由だけど、中途半端な伝え方で終わらせてしまうのは最上級生としての義務の放棄だわ。……意味のない話を長々としていたならともかくとして、必要な話をしていて『話が長い』と言われるのは心外ね。ここは省略していい部分じゃないの。」

 

ほら、始まったぞ。またこの二人の論争のスタートだ。最初は私もハラハラして見ていたものだが、月に一度のペースで行われれば慣れてしまう。五年生の私ですらそうなんだから、六年生や七年生の様子なんて言わずもがな。ロン先輩なんかはうんざり顔を隠そうともせずに、『長くなるぞ』のジェスチャーを周囲に示している。

 

どうかお昼ご飯に間に合う程度で終わってくれと願っていると、隣の席のベーコンがこっそり話しかけてきた。基本的には寮ごとに分かれて座っているのだが、レイブンクローの新監督生である彼女は何故か毎回私の隣に座ってくるのだ。

 

「これでも大分マシになったらしいわよ、グレンジャー先輩の『問題提起』。卒業した先輩から聞いたんだけど、二年前は物凄い激論を交わしてたんですって。」

 

「二年前? ……あー、防衛術クラブの頃ね。」

 

「そう、その所為。……でも、ちょっとだけ羨ましいわ。先輩は監督生集会が一番盛り上がった時期だって誇らしそうに言ってたの。臨時の集会を何度も開いて、全監督生が全力で話し合いに臨んでたって。最終的には全寮と学校を動かしてクラブを実現させたわけだしね。」

 

むう、言われてみれば確かに凄いな。今の私と同じ学年なのに、上級生相手に一歩も引かずにクラブの成立を認めさせたわけか。普通に発言することすら気後れする私じゃ絶対に出来ないことだぞ。

 

ベーコンも同じようなことを考えているようで、マルフォイ先輩に反論を放っているハーマイオニー先輩を眺めながら続きを語る。

 

「私もグレンジャー先輩みたいなことをやってみたいわ。単なる義務として監督生をやるんじゃなくて、もっと能動的に取り組んでみたいの。」

 

「……難しいと思うわよ。私が四年間接した限りでは、ハーマイオニー先輩はかなり特別な人だわ。ポッター先輩が近くに居るから目立たないけど、彼女も結構凄い人なの。」

 

「つくづくグリフィンドールの七年生は『当たり年』よね。学生生活をこれ以上ないってくらいに謳歌してる感じ。そりゃあ良い思い出ばかりじゃないんでしょうけど、でも絶対に記憶に残る学生生活ではあったはずよ。何十年経っても忘れないような七年間。……羨ましいわ、本当に。」

 

ほうと息を吐くベーコンに、私もしみじみとした思いで同意の頷きを送った。現在進行形でクィディッチトーナメントも進んでいるわけだし、激動と表現するに足る七年間だろう。羨ましいと言うのも少し分かる気がするぞ。

 

反面、私に残っているのはあとたった二年半だけ。そりゃあ思い出だって沢山あるし、事件にだって巻き込まれてきたが……うーん、あの四人ほど充実しているとは言えなさそうだな。悪名高きグリフィンドールのカルテットほどには。

 

活き活きとマルフォイ先輩との議論を続けるハーマイオニー先輩の姿を見つめながら、ベーコンと二人で大きくため息を吐くのだった。比較対象が悪いってことは分かっているが、近くに居るからこそ眩しく思えてしまうのだ。先輩が偉大すぎると後輩は苦労するものらしい。

 

───

 

そして集会が昼食に間に合うギリギリの時間に終わり、急いでご飯を食べようと監督生全員で休日の大広間に到着してみると……おー、今年はもうクリスマスの飾り付けが始まっているのか。モミの木を設置しているハグリッド先生の姿が目に入ってきた。

 

「モミの木を見ると嬉しくなるな。クリスマス休暇が近付いてきたって実感が湧くよ。」

 

笑顔で私と同じ方向を見ているロン先輩に、ハーマイオニー先輩が席に着きながら微妙な表情で応じる。……あの飾りは何をモチーフにした物なのだろうか? 足が二十本以上ある生き物なんて限定的なはずだが、見たことも聞いたことも無い形をしているぞ。

 

「私には試験までのカウントダウンに見えるわ。もうクリスマスだなんて信じられない気分よ。早すぎない?」

 

「……やめてくれ、ハーマイオニー。僕もそう見えてきちゃったじゃないか。」

 

「あの、先輩たちは家に帰るんですよね? どっちの便を使うんですか?」

 

鬱々とした空気を感じ取って慌てて話題を変えた私に、二人がそれぞれの返事を返してきた。今年はホグワーツ特急で帰るチャンスが二回あるのだ。例年通りの日と、二十四日の二回。理由は単純で、代表チームがクリスマス直前まで練習したいと申請したからである。ホグワーツの勝利のためなら、ホグワーツ特急のダイヤを変えることすら些事らしい。

 

「僕は練習に付き合うから、二十四日の午後に帰るつもりだ。パパとママも快諾してくれたよ。ジニーもそうするみたいだしな。」

 

「私は二十日に帰るわ。サクヤはどうするの?」

 

「私は二十四日の予定です。それまで魔理沙が残りますし、別々に帰っても仕方がないかなと思いまして。」

 

「クリスマスにはみんなでうちに来いよ。マーガトロイド先生ももう外出できるんだろ? ママがパーティーを開くつもりみたいだからさ。ビルとチャーリーも戻ってくるぜ。」

 

魔法で温かいままのコーンスープをカップに取ったロン先輩へと、私もスープに手を伸ばしつつ返答を飛ばす。パーティーか。楽しそうだな。

 

「んー、リーゼお嬢様次第ですね。多分オッケーしてくれると思いますけど。」

 

「ハーマイオニーはどうだ? もし良ければ両親も一緒にさ。」

 

「相談してみるわ。今年はお婆ちゃんの家に行かないみたいだから、予定的には大丈夫だと思う。昼間よね?」

 

「ああ、もちろん昼だ。クリスマスの夜は家族の時間だからな。ちなみにハリーは大丈夫だってさ。シリウスの家に帰るつもりらしいんだけど、そのシリウスが乗り気だから。」

 

ひょいと大皿から取ったハッシュドポテトを食べながら報告してきたロン先輩に、ハーマイオニー先輩は少しだけ心配そうな顔付きで口を開く。

 

「ダーズリーさんたちはどう思っているのかしら? あっちの家には夏休みも全然帰ってなかったわよね?」

 

「どうとも思ってないだろ。あれだけハリーに冷たくしてたんだから、清々したとは思ってるかもしれないけどな。」

 

「……本当にそう思う? そりゃあハリーへの対応は許せないけど、曲がりなりにも赤ちゃんの頃から育ててきたのよ? このままなし崩し的に別れるっていうのはちょっと寂しすぎるんじゃない?」

 

「僕は口を出さないさ。ハリーの気持ちを尊重するよ。」

 

目を逸らすように人が疎らな大広間を見回しながら不機嫌そうに言ったロン先輩へと、ハーマイオニー先輩が尚も食い下がった。二人ともポッター先輩のことをきちんと考えているみたいだ。ロン先輩はだからこそ怒っていて、ハーマイオニー先輩はだからこそ心配しているのだろう。

 

「部外者の立場から軽々しく許せとは言えないけど、いざ会いたくなった時に会えなくなってたらと思うと心配なのよ。病気とか、そういうのでね。」

 

「言いたいことは分かるけど、やっぱり結局はハリーの問題だよ。……ハリーには変な後押しをするなよ? きっと時間が必要なんだ。ハリーが気持ちに決着を付けたら自分で動くさ。僕たちはそれを見守るべきだろ?」

 

「……まあ、そうね。貴方の言う通りだわ。余計なお節介はやめておきましょう。」

 

疲れたように呟いたハーマイオニー先輩は、気を取り直すように別の話題を場に投げる。私の事情も中々に複雑だけど、ポッター先輩のそれも実にこんがらがっているな。本人はどう考えているんだろうか?

 

「そういえば、年明けの職場見学はどうするの? 私はもちろん行くけど。一日目を魔法法執行部、二日目を国際魔法協力部、三日目を魔法生物規制管理部って内訳で申請したわ。」

 

「僕は一日目に執行部だけだ。ハリーもな。今更別の部署に浮気するつもりはないさ。闇祓い一択だよ。」

 

職場見学か。一月の中頃に魔法省やグリンゴッツ、その他にも予言者新聞社などが仕事内容の紹介をするために七年生を受け入れてくれるらしい。三日間をフルに使う人は珍しいだろうなと苦笑しつつ、先輩たちに質問を送った。

 

「闇祓い局と執行部って同じ扱いなんですか? 傘下にある組織だってことは知ってますけど。」

 

「基本的には大きな括りでしか紹介してくれないみたい。そこはちょっと不満な部分だけど、やってくれるだけマシだわ。」

 

「噂によると、執行部の見学はスクリムジョール部長が直々に案内してくれるらしいぜ。緊張するよな。」

 

スクリムジョール部長が? 学生の案内をするような雰囲気には見えなかったんだけどな。それだけ新入職員が大切だってことなのかもしれない。魔法省の姿勢に感心している私に対して、ハーマイオニー先輩の考えは違っているようだ。サラダを食べながらロン先輩に注意をし始める。

 

「そんな悠長なことを言ってる場合じゃないわ、ロン。『一次面接』のつもりで行くべきね。お忙しいはずの部長が直々に出てくるってことは、きっと職場見学の時点で優秀な生徒に目星を付ける腹積もりなのよ。」

 

「……無いだろ、さすがに。」

 

「いいえ、あるわ。少なくとも私ならそれとなく観察しておくもの。どれだけ真剣に説明を聞いているかとか、一度で理解しているかとかをね。服装も重要でしょうし、制服にはアイロンをかけておいた方が無難よ。」

 

「どんどん嫌になってきたよ。君と話してると世界の全てが試験に繋がってくる気分になるぞ。もうこの話はやめよう。」

 

巨大なため息と共にかぼちゃジュースをコップに注いだロン先輩を見て、同情の半笑いを浮かべながらスープに浸したパンを一口食べた。七年生は大変だな。リーゼお嬢様が心配する気持ちが少し分かったぞ。

 

……うーん、またこの感覚か。周囲が忙しなく動いているのに、自分だけが停滞しているかのような『置いてけぼり感』。フクロウ試験の対策に取り組んでみても、クィディッチの手伝いをしてみても拭えない嫌な感覚。これは何をすれば解消できるのだろうか?

 

クリスマスに人形店に戻ったらアリスに相談してみようかなと考えながら、サクヤ・ヴェイユは自分の中のふわふわした不安を仕舞い込むのだった。

 


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