Game of Vampire   作:のみみず@白月

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愛故に

 

 

「んー、よく分からんな。『人間の魔女』か。お前はどう思うんだよ。」

 

クリスマスプレゼントとしてシリウスから買ってもらったグローブを専用の液体に浸しつつ、霧雨魔理沙はテーブルで宿題を進めている咲夜に問い返していた。新品のグローブは硬いので、こうやって軟化液で好みの柔らかさに調節する必要があるのだ。

 

1997年の終わりが目前に迫った十二月三十一日の昼過ぎ。私たちは暖かい人形店のリビングで話をしながら、思い思いの作業を進めているわけだが……アビゲイルとティムは部屋に籠りっぱなしだな。北アメリカでベアトリスの操る人形に言われたことが余程にショックだったらしい。

 

まあ、話を聞いた限りでは無理もないだろう。私に置き換えれば魅魔様に『出来損ない』と罵られた挙句、『廃棄処分』されそうになったわけなのだから。心中を察してため息を吐く私へと、咲夜は変身術の教科書を横目にペンを滑らせながら返事を寄越してくる。ちなみに今の話題はベアトリスの主題についてだ。リーゼの推理によれば、例の魔女の主題は『人間』であるらしい。

 

「……私は分からなくもないわ。拘っているからこそ我慢できない。その気持ちはちょっとだけ理解できるもの。」

 

「そこはまあ、私も理解できないってほどじゃないけどよ。結局のところさ、ベアトリスは人間が嫌いなのか? 好きなのか? そこが分からんぜ。」

 

「ある意味ではどっちでもあるんでしょ。大嫌いだけど『もしかしたら』と思ってるし、期待してるけど『どうせダメだ』とも考えてる。そういうことなんじゃない? 殺してやりたいほど憎い相手を愛するようなものよ。」

 

「……やっぱ分からんな。私にとっては縁遠い価値観だぜ。」

 

憎しみと愛なんてのは正反対の感情じゃないのか? 薄緑色の液体から出したグローブの柔らかさをチェックしながら呟いた私に、咲夜は物憂げな表情でポツリと応じてきた。

 

「そりゃあ、貴女は分からないでしょう。眩しいほどに真っ直ぐだもの。……でも、私は何となく分かるわ。捻くれ者だからなのかしらね。届かないなら壊しちゃえって感情が理解できるのよ。」

 

「いやいや、壊したら後悔するだろ。愛してるんだから。」

 

「好きで好きで堪らない相手が、自分を一切見ようとせずに他のヤツを見つめているようなものよ。普通なら我慢できないでしょうし、いっそのこと全部叩き壊してやりたくなるの。その状況で自分を押し殺して相手の幸せを祝福できる人間なんてそう居ないわ。……私はたった一人だけそれをやり切った人を知ってるけどね。妹様が話してくれたから。」

 

「……私も知ってるぜ。アリスとハリーから聞いたからな。」

 

セブルス・スネイプ。感傷的な顔付きの咲夜は、リリー・ポッターへの無償の愛を貫き通した彼のことを言っているのだろう。……なるほど、ほんの少しだけ理解できたぞ。スネイプが愛故に尽くしたように、ベアトリスは望むが故に我慢できないわけだ。歪んだ独占欲のようなものか。リーゼが『ガキ』と評価していたのも分かる気がするな。

 

スネイプが備えていたほどの強さをベアトリスが持っていなかったのか、そもそもスネイプが特別すぎたのか、あるいはスネイプのリリー・ポッターへの感情とはまた違うものなのか。その辺は私には判断しかねるものの、二人の始まりが似通っていて、たどり着いた結論が正反対のものだったってことは分かったぞ。

 

愛ね。巷に溢れる言葉の一つだが、言うは易く行うは難しってやつだな。ハリーや咲夜の両親も、ダンブルドアも、スネイプも。私如きの想像なんかじゃ追いつけないほどの感情と覚悟を抱いていたんだろう。だからこそ彼らは行動できたのだ。それが出来ないのはある意味当然のことであって、成し得た彼らこそが『異常』だったのかもしれない。

 

私なら出来るんだろうか? いざその瞬間がこの身に訪れた時、彼らのように断固として行動することが出来るのか? 少なくとも自信を持って頷けるほど軽いものじゃないなと黙考する私に、咲夜もまた悩んでいるような顔で話を締めてくる。

 

「ベアトリスは我慢できなかったんじゃない? 自分がどうしても欲しかったものが、自分にだけは与えられなかったことに。だから捻くれて、塞ぎ込んで、曲がっちゃったのよ。巻き込まれた私たちからすれば迷惑この上ないけど、その点にだけは同情するわ。」

 

「何て言うかさ、人間的だよな。妖怪っぽくも魔女っぽくもない思考の巡り方だぜ。リーゼやレミリアだったらそうはならんだろうし、ノーレッジも同じだ。妖怪で、魔女なのに、どうしようもなく人間。そういうことなのかもな。」

 

「救われない話よね。アリスは自分のことを『狭間の存在』って言ってたけど、ベアトリスにこそその言葉が相応しい気がするわ。どこにも掴まれず、誰も掴んでくれなかったから隙間に落ちちゃったのよ。自分がそうなったらと思うとゾッとするわね。」

 

私は魅魔様に、ノーレッジやアリスはリーゼに、咲夜は紅魔館の面々に掴んでもらえた。だけど、ベアトリスにはそういう相手が居なかったわけか。生まれた時に周囲に居た人間たちも、助けを求めた魅魔様もその手を掴んでくれなかった結果、こんな状態にたどり着いてしまったと。確かに救われない話だな。

 

ようやくグローブが希望に近い柔らかさになったのを受けて、軟化液を拭き取りながら陰鬱な気分で首を振っていると……やっと起きたのか。リーゼがリビングに入ってきた。その背後にはエマの姿もある。

 

「おはよう、諸君。今年最後の一日を有意義に過ごせているかい?」

 

「真昼間まで寝てたお前よりはな。挨拶ついでにこいつを消してくれよ。普通に流しちゃダメらしいからさ。」

 

「仰せのままに、クィディッチ狂さん。エバネスコ(消えよ)。……グローブを洗ってたのか? 年の瀬にやることじゃないだろうに。」

 

「柔らかくしてたんだよ。硬いままだとボールを掴み難いからな。……アビゲイルとティムは部屋から出てないぜ。今はアリスが話をしに行ってる。」

 

慌てて立ち上がってリーゼの座ろうとした椅子を引く咲夜と、キッチンに移動して朝ご飯……というか昼ご飯を作る準備を始めたエマ。そんな二人に世話を焼かれまくりのバートリ家のお嬢様に報告してやれば、彼女は小さく鼻を鳴らしながら口を開く。

 

「ふん、あんな主人は見限ればいいのさ。労に報いるのは上に立つ者の義務だ。相手がしもべ妖精だろうが、妖精メイドだろうが、人間だろうが、人形だろうが。忠義への対価を支払わないヤツになんか仕える必要はないんだよ。」

 

「……お前は払ってるのか? 対価。」

 

「さて、それは私が答えるべき質問じゃないね。どうだい? エマ、咲夜。満足しているかい?」

 

キッチンのエマと隣の咲夜に問いかけたリーゼへと、ベテランメイドと見習いメイドは間髪を容れずに返答を口にした。どちらも笑顔でだ。

 

「それはもう、充分に。」

 

「私は不満ゼロです!」

 

「ほら、見たまえ。これが出来る主人というものさ。あのガキは問う必要のない忠実な人形を望むのかもしれないが、私は問われたところで問題ないからね。忠誠は作るのではなく、育てるものなんだよ。支配者としての格が違うのさ、格が。」

 

頗るご機嫌な様子でえっへんと凹凸のない胸を張るリーゼに、はいはいと手を振りながら軟化液を入れていたボウルや下に敷いていた新聞紙なんかを片付ける。私から見りゃレミリアと一緒で我儘お嬢様なんだけどな。もしかしたらそのくらいの方が仕え甲斐があるのかもしれない。

 

我儘なほど可愛いってわけか。こういうのも支配者の資質かと苦笑しながらキッチンに移動して、ボウルを流し台に置いてからエマへと声をかけた。

 

「何か手伝うか? 暇だぜ。」

 

「じゃあ、ベーコンを焼いてくれますか? 焦げる直前くらいのカリカリに。」

 

「はいよ、任せとけ。」

 

うーむ、エマは本当に気を使うのが上手いな。最近分かってきたのだが、ここで『大丈夫ですよ』と断るのはどうやら二流の気の使い方らしい。手伝いたいなという相手の感情を汲んで、ほどほどな作業を手伝ってもらう。そういうのが一流なようだ。

 

これも咲夜の言う『メイド道』の技術の一つかと感心しつつ、油を引いていないフライパンにベーコンをいくつか載せる。私はベーコンの焼き方には一家言あるのだ。水で浸したりオーブンを使うのは邪道。カリカリにしたいなら頻繁にひっくり返しながら中火でじっくりってのが一番だぞ。

 

香ばしい匂いを受けて自分の分も焼こうと何枚か追加したところで、近寄ってきた咲夜が更なる量を投入した。こいつも食う気か。

 

「私のもお願いね。……エマさん、卵を手伝います。」

 

「あら、二人ともお昼ご飯が足りませんでしたか?」

 

「そういうわけでもないんですけど、折角ですから。」

 

「……太るぞ。」

 

エマと会話中の咲夜に警告してみると、彼女はムスッとした顔で言い返してくる。友の忠言は素直に聞くべきだぞ。

 

「そっちだって食べる気なんでしょ? 自分はどうなのよ。」

 

「私は日々クィディッチでカロリーを消費しているが、お前はしていない。だから太るぞ。」

 

「……太らないわよ。事実として今現在太ってないじゃない。痩せてるくらいだわ。」

 

「変わらないものなんて無いんだよ、咲夜。グローブが柔らかくなるように、ベーコンがカリカリになるように、お前の体型も変わっていくのさ。お前、この休暇中にどれだけエマのお菓子を食べた?」

 

偉大な師匠の言葉を引用して諭してやれば、咲夜はぎくりとしながらシャツをたくし上げて自分のお腹をチェックした後……そそくさとバスルームの方へと歩いて行った。ハリーが嘗て闇の帝王と対峙したように、彼女にも体重計と向き合う時が訪れたということだ。

 

不利を悟っている顔付きの咲夜を見送りながらベーコンをひっくり返していると、クスクス微笑んでいるエマが話しかけてくる。

 

「意地悪ですねぇ、魔理沙ちゃん。」

 

「私は友人想いなのさ。エマだってぷよぷよの咲夜は嫌だろ?」

 

「私は可愛いと思いますよ。ちょっとくらいぷよぷよの方が安心しますしね。なんかこう、病気とかに強そうじゃないですか。」

 

「そうか? ……うーん、どうなんだろ。」

 

太ってた方が危ない気がするけどな。とはいえ痩せててもまあ、不安っちゃ不安だし……分からん。兎にも角にも私は平気だろう。最近薄っすらと腹筋がついてきたのはやや不安だが。個人的にはカッコいいと思う反面、女らしくないというか何と言うか、そういう面の恐怖はちょびっとだけあるぞ。

 

調理しながら自分のお腹についてを葛藤していると、とんでもなく微妙な表情の咲夜がリビングに戻ってきた。明確な敗北ではなかったが、形勢悪しといったところか? 無言でフライパンの上のベーコンをジッと見つめる『ぷよぷよ予備軍』に、ダイニングテーブルで新聞を読んでいるリーゼが呼びかける。

 

「おいで、咲夜。」

 

「へ? はい。」

 

とてとてと近付く咲夜に向き直ったリーゼは、徐に彼女のシャツを捲ってお腹を観察すると……肩を竦めながらおへその辺りをちょんちょんと突く。突かれる度に咲夜がぴくぴく動いているぞ。

 

「キミね、こんなもん気にするような状態じゃないぞ。私としてはもっと太って欲しいくらいだよ。気にせず沢山食べたまえ。」

 

「でも……あの、増えてました。ちょっとだけですけどね。ほんのちょびっと。」

 

「見たところ背も伸びてるぞ。その分を勘定に入れたまえよ。……というかだ、どこまで伸びるつもりなんだい? キミは。そろそろ打ち止めになってくれ。」

 

「えーっと、すみません。もう伸びないように努力します。」

 

何だそりゃ。……でもまあ、打ち止めになって欲しいのは私も同じだな。三年生の終わり頃はほぼ同じ身長だったのに、今や私よりも咲夜の方が明確に背が高い。同年代の女子と比較すればむしろ私の背が飛び抜けて低く、咲夜も平均より若干下ってレベルなわけだが、それでも差がつきすぎるのは何か嫌だぞ。アリスのことももう抜いてるじゃないか。

 

リーゼと一緒に打ち止めを願いつつ、完成したベーコンを皿に盛ったところで、疲れたような顔のアリスが部屋に入ってきた。ベーコンを食べる気分じゃないのは明白だな。

 

「……起きてたんですね。おはようございます、リーゼ様。」

 

「おはよう、アリス。人形たちの様子は?」

 

「変わりません。アビゲイルは落ち込んでいて、ティムはずっと座り込んだままです。今は私の人形に見張らせてます。……つまりその、もしもの行動に備えて。」

 

「もしも? ……おいおい、まさか自死するかもってことかい? 人形が?」

 

疑わしそうなリーゼの質問に、アリスは向かいの席に腰を下ろしながら首肯を返す。人形の自殺か。それをテーマに論文一本書けそうだな。

 

「もう私にも予想が付かないんです。お手上げですよ。……主人が壊れることを望んでいるのであれば、壊れようとするのが人形ですから。だけどアビゲイルもティムも主人の命令に反することが出来るわけですし、一概にそうなるとも言えません。つくづくパチュリーと話したいですね。一人で考えるのは難しい題目です。」

 

「紫の計画とは直接関わらないはずの内容だし、手紙を届けられないか今度聞いてみるよ。冬眠中だから望み薄かもしれないけどね。……今後はどうする? 『捨て人形』をうちで育てたいのかい?」

 

「ダメでしょうか?」

 

「きちんと世話をするのであれば、別にダメとは言わないさ。……ま、そこは後々でいいか。先ずはキミが満足するまで関わってみたまえ。私は滞在を許可するよ。あの人形たちのためではなく、キミの主題のためにね。」

 

言うと新聞を読むのに戻ってしまったリーゼへと、アリスがこっくり頷きを送る。私はまあ、好奇心抜きでも何か出来ることがあるならしてやりたいな。関わったのは数日だけだが、アビゲイルが悪い子ではないことは分かるさ。また笑顔を見せて欲しいもんだ。

 

エマと一緒にダイニングテーブルへと皿を運びながら、霧雨魔理沙は苦い思いで小さく息を吐くのだった。

 


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