Game of Vampire   作:のみみず@白月

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無駄話

 

 

「……まさかキミ、ここで年を越したのか? 寂しい爺さんだね。」

 

1998年に入ってから四日が経過した一月五日の昼。咲夜と魔理沙を駅まで送った後でモスクワに移動したアンネリーゼ・バートリは、ロシア魔法議会の議長室で呆れたように問いかけていた。エントランスホールには新年を祝うツリーが飾られていたし、双頭の鷲の像もカラフルな三角帽子を被っていたぞ。それなのにこの部屋は陰気なまま。少しくらい明るく飾ったらどうなんだ。

 

応接用ソファに座ってしもべ妖精が紅茶を淹れるのを横目にする私に、執務机のゲラートは平時と変わらないローテンションで返してくる。こいつに比べれば、その辺の悪魔崇拝者とかの方が『ハッピー・イースター』だの『メリー・クリスマス』だのに縁がありそうだな。

 

「仕事は山のようにあるからな。それに俺はもう百回以上も年を越した。大した感慨が浮かばないのは当然のことだろう?」

 

「そのうち半分は監獄の中でだけどね。クリスマスはどうしたんだい? その日も仕事か?」

 

「ロシアのクリスマスはまだ先だ。そして俺はクリスマスを祝うような性格ではない。その日も仕事をしているだろう。……逆に聞くが、お前は祝ったのか? 吸血鬼のはずだぞ。」

 

「キミと違って友人が多い私はパーティーを楽しんだよ。……何か文句があるのかい?」

 

手元の書類から目を離して怪訝そうな表情になったゲラートを睨め付けてやると、彼は理解できないという声色で質問を投げてきた。

 

「俺の知識が間違っていなければ、クリスマスとは神の子の降誕祭だったはずだ。お前たちにとっては『敵』ではないのか? まさか天使と仲良く賛美歌を歌うような種族ではあるまい。」

 

「キミね、何世紀前の話をしているんだい? 神の子だろうが神だろうが、自分が生まれる前に死んだヤツのことなんぞ知ったこっちゃないよ。私からすれば単なる『バカ騒ぎ』の日さ。掲げる名目が何だろうと、酒の味は変わらないだろう?」

 

「……その考え方だけは見習うべきかもしれんな。お前にとっては『父祖の恨み』など取るに足らんような些事でしかないわけか。」

 

「父祖の恨み? ……あー、なるほどね。確かに私から見れば人間の滑稽な部分さ。よくもまあ何世代も前の出来事であそこまで怒れるもんだよ。」

 

やれ元々はうちの領土だっただの、やれ何百年か前に殺した殺されただの、吸血鬼としては理解に苦しむ部分だな。それで何回殺し合うつもりなんだよ。学習能力がなさすぎるぞ。紅茶を口に含んでやれやれと首を振る私に、ゲラートは曖昧な説明を寄越してくる。薄切りのレモンが良い具合に味を調えている、何ともロシアらしい紅茶だ。薄すぎるのはちょっと減点だが。

 

「感謝は容易く忘れられるが、恨みというのは中々棄て去れないものだ。祖父の恨みが父へ、父の恨みが自分へ、自分の恨みが子供へ。伝えるうちに膨れ上がり、それはやがて行動へと繋がる。そこだけは魔法族も非魔法族も変わらんな。」

 

「そしてまた戦争ってわけだ。魔法界は一つ終わったばかりだからともかくとして、非魔法界はどうなんだい? 局地戦ばかりで五十年前みたいな大戦争は起きそうにないじゃないか。」

 

「非魔法族の戦争を望んでいるのか? お前は。」

 

「おいおい、望んでいるのはキミだろう? 戦えば消耗し、消耗すれば隙が生まれる。魔法族にとって有利に働く隙がね。キミからすれば万々歳って展開なわけだ。」

 

クスクス微笑みながら指摘してやれば、ゲラートは一つ鼻を鳴らして返事を口にした。忌々しそうな顔付きでだ。公の場では見せないような表情だな。

 

「俺が何を望んでいるかは別として、暫くの間大きな戦争は起こらないはずだ。現在の世界では一つの政治形態が『大流行』しているからな。疫病のように感染する、愚かな民主主義が。……政治形態の違いによる摩擦が発生しないのは大きい。主権者が民衆であれば引き金も重くなるだろう。」

 

「おおっと、議長閣下はみんなで仲良く考えるのがお嫌いらしいね。」

 

「民主主義は『遅い』。国家を改善するのも改悪するのも牛の歩みだ。総体として動く以上、右に動くか左に動くかを決めることすらままならないだろう。実際に動くことなど夢のまた夢だな。」

 

「しかしだね、独裁者君。最近タイムスリップしてきたキミは知らないかもしれないが、残念なことに民衆は昔よりも賢くなっちゃってるぞ。嘗ては手に入らなかった様々な情報を手にしてしまった今、彼らは自分たちが『運営』に関われないことをもはや許容できないだろうさ。私としては仕方がない変化だと思うけどね。民主主義の流行は文明化の一側面だよ。」

 

面白そうな議論だし、乗ってやるか。レミリアやパチュリーが幻想郷に行ってしまった所為で、こういう話をする相手が居なくなってしまったのだ。アリスやハーマイオニー相手に過激な『吸血鬼的政治論』をぶつけるのは気が引けるし、エマは聞き役に徹するだけで主張してこない。その他だと魔理沙あたりが割と議論好きなタイプなのだが……まあ、あいつはこういう話題に疎いからな。これからの成長に期待しておこう。

 

反面このジジイ相手なら遠慮の必要は無いなと内心で思っている私に、ゲラートもまた遠慮なく己の考えを述べてくる。

 

「やむを得ない変化だという点には同意するが、俺としては好ましい発展の仕方ではないな。……責任は分散すれば軽くなるぞ。俺には民衆がそれを正しく理解しているようには思えん。」

 

「重いから正しく行使できるとは限らないだろう? 千八百年前に偉大なるヘリオガバルスが何をしたかを思い出してごらんよ。頭がバカだと傷を負うのは手足さ。それを問題視するからこその民主主義や自由主義なんじゃないかな。傷を負うならせめて自分たちの判断でってわけだ。」

 

「義務と権利だ、吸血鬼。権利には常に義務が付き纏う。俺が言いたいのは、そのことを理解している人間がどれだけ居るのかということだ。……十人に一人が主権に対する義務を放棄すれば右足が動かなくなり、三人が放棄すれば歩けなくなる。五人が放棄すれば半身不随だ。そんな状態の国家を健全とは言えん。それなら独裁者が全てを動かした方がまだまともだと言えるだろう。」

 

「キミは民衆が易々と義務を放棄すると考えているのかい? 革命家や政治家たちが苦労して手に入れた主権なんだぞ。文字通り多くの血を流して得た権利だろう?」

 

議論を進めるために心にもない主張をしてみれば、ゲラートはバカバカしいと言わんばかりの顔で抗弁してきた。

 

「お前だって分かっているはずだ。血を流したのが自分たちではないのであれば、民衆は躊躇わず放棄するさ。全員とは言わんが、一部は間違いなく放棄する。そこだけは断言してもいい。……別に俺も独裁体制を許容しろとまでは言わん。芸術家が絵を描き、大工が家を建てて、農家が麦を育て、政治家が政治をする。そうすべきだとは思わないか?」

 

「思うが、芸術家も大工も農家ももう納得しないさ。実際に政治をするかしないかじゃないんだ。出来るようになっちゃったのが重要なんだよ。だからまあ、今更取り上げるのは無理だろうね。たとえ対価となる義務を果たしていなくとも、実際に行使していなくとも、それでも権利を剥奪しようとすれば抵抗してくるぞ。今の世界で最も大きな力を持っている、本質的な意味では無知蒙昧なままの民衆たちが。」

 

「だろうな。……やはり俺は民主主義を好きにはなれん。現存する政治形態の中で最も『無難』であることは認めてもいいが、『最善』であるとは思えない。そんなことを言ったところで無意味なことは分かっているがな。」

 

「ふぅん? ちなみにキミのイチオシの政治形態は何なんだい? 古き良き絶対君主制とか? それとも大穴の全体主義かな?」

 

手のひらを差し伸べて答えをどうぞと促してやると、ゲラートは至極退屈そうに回答を飛ばしてくる。

 

「俺が本当に望む政治形態はもはや実現できまい。現在の状況を踏まえて現実的に言うなら……そう、立憲君主制だな。無論、イギリスのような名目だけの君主制は賛成しかねる。世襲制も好かん。憲法によって君主権力に制限をかけた上で、民衆も納得するであろう選挙君主制にするのが最も『マシ』な政治形態だ。」

 

「選挙? キミにしてはつまらない選択じゃないか。共和制に限りなく近い君主制ってわけだ。愚民どもの要求に妥協するだなんてらしくないぞ。現行の国家で言えば、あー……パッと思い浮かぶ国がないな。形だけの立憲君主制なら山ほどあるんだが、キミは君主に実行力のあるケースを言っているんだろう? 集権させたいんだったらいっそ憲法を抜きにすればいいだろうに。」

 

「それでは誰も納得しない。そのことは先程話したはずだぞ。……まあ、ここで論じていても意味のない議題だ。実現できなければどんな理想も空想に過ぎん。俺にもお前にも実行する気が無いのであれば、こんなものは単なる無駄話だな。」

 

「そりゃそうだ。政治形態の好みなんて食べ物の好き嫌いと一緒だからね。ニンジンが嫌いとか、ハンバーグが好きとか、そういうのと大差ないのさ。ニンジン畑を荒らし回ったり、ハンバーグを出してるレストランに火をつけたりするヤツなればこそ意味が出る議論なわけだ。」

 

然もありなんと話を纏めた私に対して、ゲラートは微妙な表情で別の話題を切り出してきた。何だその顔は。実に分かり易い比喩だっただろうが。

 

「『実行者』についての比喩には頷きかねるが、それは置いておこう。……それで、何の用だ。」

 

「聞くのが遅いぞ。ホームズの件だよ。もう私にとっての価値は無くなっちゃったわけだが、委員会の方がちょびっとだけ気になってね。どうなるんだい?」

 

「どうなるもこうなるもない。議長も委員も解任する。今現在の魔法界で最も無責任な男に委員会を任せるわけがないだろう? 一月の半ばに形式上の解任決議は行うが、誰も反対などしないはずだ。」

 

「……で、次の議長は?」

 

何となく答えが分かっている質問を送ってみると、ゲラートは即答で返してくる。もう我慢できなくなったわけか。

 

「俺だ。既に裏から手は回している。半数以上の賛成は確保できるだろう。……認めよう、失敗だった。最初から他人などに委ねるべきではなかったんだ。アルバスもスカーレットも居ない以上、俺がやる。誰にも邪魔はさせん。」

 

「一応聞くが、若い世代に問題を担わせるってのはどうなったんだい?」

 

「その結果がこれだ。早くも委員たちは目先のことしか考えられない間抜けに利用されかけ、委員会は正式名称すら決まらないうちに泥を塗られる始末。……もはや一刻の猶予も許されん。俺が生きている間に若い連中に問題を『分からせ』てやろう。目を背けようとするなら強引にでも顔を向けさせてやる。泣き叫ぼうが、嫌がろうが知ったことではない。アルバスも、そしてスカーレットですらもが甘すぎたんだ。この期に及んで容赦するつもりなどないぞ。」

 

「おー、怖いね。怒れるジジイのお出ましだ。」

 

意味こそ違えど、ワガドゥの校長の言った通りになったな。ゲラートを止められる者が居なくなったのではなく、止めようとする者が居なくなったわけだ。後に残ったのは革命家と、ステージに向かって無責任に囃し立てる私だけ。そりゃあこうなるだろうさ。

 

とはいえ、方向としては今まで通りだな。ほんの少しスパルタになったってだけだ。一向に走り出そうとしない若い連中を、近所の怖い爺さんが『鬼教官』として怒鳴りつけるってとこか。間違いなく委員会の動きは加速することになるだろう。

 

ゲラートが楽しそうで何よりとしもべ妖精が持ってきたケーキを食べている私に、まだまだ死にそうにない爺さんが再び話のレールを切り替えてきた。

 

「そういえば、ホグワーツはワガドゥと当たるんだったな。」

 

「やめてくれよ、キミまでクィディッチの話か? さすがに食傷気味だぞ。」

 

「クィディッチそのものには興味ないが、試合が行われる会場にその土地の有力者が集まるのは好都合だ。……アフリカか。重要な土地だな。観戦に行くかもしれん。」

 

「観戦じゃなくて、一種のロビー活動に行くんだろうが。……イルヴァーモーニーはいいのかい? そっちも会場になるって聞いてるぞ。」

 

魔理沙の言によれば、マホウトコロ対イルヴァーモーニーは北アメリカが会場のはず。適当な相槌を打った私へと、ゲラートは淡々と返事を投げてくる。

 

「今のマクーザは落ち目だ。その上議会内の混乱でパワーバランスが崩れている。働きかけるのであれば騒動が落ち着いた後にすべきだろう。」

 

「日本は?」

 

「どうせマホウトコロが勝つ。ならば次はマホウトコロ対ホグワーツかワガドゥだ。極東はその時に回せばいい。」

 

「大した自信じゃないか。マホウトコロはそんなに強いのかい?」

 

私が持っている情報としては、あくまで『あれだけクィディッチに力を入れていれば強いだろう』といった程度だ。確信を持ってマホウトコロが勝つと断言できるほどではない。気になって問いかけてみれば、ロシアの議長どのはさしたる感慨もなさそうな顔で首肯してきた。

 

「強い。詳しく知りたいなら試合を観戦しに行ってみろ。……だからといって褒める気にはならんがな。あの学校の連中は頭がおかしい。何故あれだけクィディッチに熱中できるのかが俺には理解できん。」

 

「これはまた、驚きだね。まさかマホウトコロの連中も、ゲラート・グリンデルバルドに頭がおかしいと言われるとは思ってなかっただろうさ。心外だって怒られちゃうぞ。」

 

「俺はホグワーツに行かなくて良かったと思っているが、同じ感想をマホウトコロにも抱いているぞ。ダームストラングには分別が無かったが、常識はあったからな。」

 

「いやぁ、こうなったらホグワーツには是が非でも勝ち上がってもらわないとね。ここらで世界で最も非常識な学校を決めようじゃないか。ワガドゥには荷が重そうだ。」

 

チョコレートのケーキを片付けながら愉快な気分になっている私へと、元大犯罪者が真人間のような真っ当な突っ込みを入れてくる。

 

「競う内容はクィディッチだ。非常識さではない。」

 

「クィディッチは非常識な競技なんだから、それで一番になった学校が最も非常識なんだ。筋は通っているだろう?」

 

「通っていない。」

 

ええい、ノリの悪い爺さんだな。戯けて頷くくらいのことは出来んのか。そんなんだから部屋も陰気なんだぞ。双子の店で売れ残ったクリスマスの飾りを買い占めて、この部屋を飾ってやろうかな。そうすればかなりユーモアのある議長室になるはずだ。

 

天才的な閃きをした自分を自分で褒めながら、アンネリーゼ・バートリは『ハジける蝋燭セット』が売れ残っていることを祈るのだった。

 

 

─────

 

 

「もうダメだ、指先の感覚が無くてボールを掴めん。今日はさむ、寒すぎるぞ。」

 

言葉の途中で吹いた突風に身を縮こまらせながら、霧雨魔理沙はグローブを外して手を息で温めていた。一年の中で一番寒い時期の早朝かつ、吹き飛ばされそうになるほどの強風が吹き荒れていて、更に細かい雪がわんさか降っている始末だ。文句の付けようがないワーストコンディションだな。このままだと誰かが凍死するぞ。

 

イギリスに来てから五回目の年越しを終え、真紅の列車に乗って日常に帰還した私たちは、翌日の早朝からせっせとクィディッチの練習に励んでいるのである。……この地獄のような環境の中でだ。

 

キャッチし損ねたクアッフルを雪でべちゃべちゃになっている地面から救出している私に、あまりの強風で髪がぼさぼさになっているドラコが返事を返してきた。自慢の整髪料もこの状況には勝てなかったらしい。

 

「継続は力なりだ、マリサ。それに年明けの初練習を中止というのは縁起が悪すぎる。」

 

「そういう意味不明な精神論は嫌いなんだろ? 今日はもうやめようぜ。ワガドゥはあったかいし、その次の試合時期にはホグワーツもマホウトコロもイルヴァーモーニーも春だ。寒さに耐えた経験は何の役にも立たないぞ。」

 

「憎しみは人を強くするはずだ。これだけの『苦行』に耐えたのに負けるわけにはいかない。僕はそういった結論に至れる経験も必要だと考えている。」

 

「お前まさか、グリフィンドールチームの呪いを受けたのか? 目を覚ませ、ドラコ。このコンディションでの練習を望むのは単なる被虐症だぞ。それもとびっきりタチが悪いやつだ。」

 

灰色の瞳に静かな狂気を宿しているドラコを救い出そうと訴えかけてみるが、彼は断固とした口調で練習の継続を宣言してくる。ハリーに受け継がれていないと思ったら、こいつに取り憑いていたわけか。

 

「アフリカでは強風が吹くかもしれない。夏でも雪が降る可能性だってゼロではないだろう。ならば特殊な環境下での練習は役に立つはずだ。続けるぞ。」

 

「断言してもいいが、雪は降らないぞ。アフリカは不思議の国じゃないんだ。そんなファンタジーがあってたまるかよ。」

 

使命感に満ちた顔付きで飛び立った狂人に文句を投げかけてから、グローブを嵌め直してボールを脇に挟んだ状態で空へと……あああ、寒い! 箒に跨ってクソ寒い空へと飛び上がった。この寒さと風で箒が傷んだらどうしてくれるんだよ。私の場合は凍傷になってもポンフリーが治せるが、スターダストは直せないんだからな。

 

「シーザー、行くぞ!」

 

愛箒をひと撫でして労わりながら上空で待機していたシーザーにパスを出すと、かなりぎこちない動作でキャッチした彼はスーザンが守っているゴールへと……雪で何も見えないがゴールがあるはずの方向へと飛んで行き、ゴールポストがあるはずの場所へとそれを投げる。アフリカはともかくとして、この場所はファンタジーだな。視界が悪すぎる所為で何もかもが不確かだぞ。

 

入ったのか入っていないのかはさっぱり分からんが、とにかくこぼれ球が出た時のためにゴールに近付いてみれば、きょとんとした表情のスーザンとばったり鉢合わせてしまう。

 

「……マリサ? 何してるの?」

 

「それはこっちの台詞だぞ。シーザーがシュートしたろ? どうなったんだ?」

 

「シュート? いつしたのよ。入ったってこと?」

 

「キーパーのお前に分からんようなことを私が知ってるわけないだろ。……フーチはどこだ? 審判に聞かないとダメだな。」

 

私の顔を狙ってるんじゃないかと思うくらいに当たってくる雪に苛々しつつ、プレーを監督する立場である審判を探して視線を彷徨わせていると、茶色いコートを着た人影が私たちに箒を寄せてきた。

 

「何をしているんですか、二人とも。クアッフルはどうなりました?」

 

コートの首元のファーを雪まみれにしているフーチの問いに、スーザンと二人で返答を返す。何なんだよこの状況は。コントの練習をしてるんじゃないんだぞ。

 

「分かりません、行方不明です。マリサによればシーザーがシュートしたらしいんですが。」

 

「審判も見てないんならお手上げだ。この雪だし、遭難して死んでるかもしれんな。クアッフルの葬式をやるために校舎に戻ろうぜ。こんなもん練習にならんだろ。」

 

「生きている可能性があるなら捜索すべきです。……ミスター・ロイド! 来てください! クアッフルをどこに投げましたか?」

 

うんざりしている私に毅然と応じたフーチは、笛を吹いて唯一の目撃者であるシーザーを呼ぼうとするが……来ないな。きっと風が煩すぎて聞こえないんだろう。というか、シーザーも遭難してるんじゃないか?

 

バタバタとユニフォームが風に煽られる音が虚しく響く中、やおら雪のカーテンの向こうに見えてきた小さな影が私たちの方へと近寄ってきた。シーザーではなく、アレシアだ。寒さで真っ白な顔になっている彼女は私たちのすぐ側まで箒を寄せると、至極微妙な表情で新たな遭難者の情報を寄越してくる。

 

「あの……えっと、誰かが競技場の外に飛んで行っちゃいました。多分ハリーだと思います。観客席に気付かずに通り過ぎちゃったんじゃないでしょうか? 止めようとはしたんですけど、声が届かなかったみたいで。」

 

「……中止だ、中止! こんなもん中止! ドラコに言ってこようぜ。軍事訓練でもここまでじゃないはずだぞ。」

 

「そのためには先ずドラコを探さないといけないけどね。ペリキュラム(救出せよ)!」

 

冷静に突っ込みながら杖を抜いて緊急用の赤い煙を打ち上げたスーザンは、強風でそれが霧散していくのを見て額を押さえた。ドラコの言っていた意味がはっきりと理解できたな。憎しみだ。私たちがこんなに苦労しているのにベッドですやすや眠っている生徒たちや、暖かい土地で練習しているであろうワガドゥの代表選手たち。全てが恨めしくなってきたぞ。

 

親の仇かってくらいに顔面を責め立ててくる雪を憎々しく思いつつ、霧雨魔理沙は憎しみの力を勝利への渇望に変換するのだった。まあ、今現在のところはドラコへの怒りが上回っているが。

 


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