Game of Vampire   作:のみみず@白月

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理性の裏側

 

 

「どうも、学生諸君。私がイギリス魔法省所属、魔法法執行部部長のルーファス・スクリムジョールだ。諸君らが今日の経験を進路の決定に役立て、将来をより豊かに出来るように私も努力したいと思っている。質問があれば遠慮なく問いかけていただきたい。」

 

イギリス魔法省のアトリウムに設置されている『和の泉』の前で、無表情かつ平坦な口調でホグワーツの七年生たちに語りかけるスクリムジョールを見つつ、アンネリーゼ・バートリは小さく鼻を鳴らしていた。話の中身はともかくとして、もっと優しげな顔をしたらどうなんだ。恐らく学生たちは『厳しそう』という感想を抱いたはずだぞ。今ので志願者が一人減ったのは間違いないな。

 

一月の前半が終わろうとしている今日、ハーマイオニーが待ちに待っていた魔法省での職場見学が始まったのである。無論私はイギリス魔法省なんぞに就職する気はないし、魔法省の方だって複雑すぎる立場の私の就職など望んでいないだろうが……まあ、身分上ホグワーツの七年生であることは確かなのだ。だったら参加する権利はあるだろう。

 

つまり、端的に言えば冷やかしに来たわけだ。職場見学の期間は七年生の授業が中止されているのでホグワーツに居ても暇だし、談話室でぼんやりしているくらいならスクリムジョールを困らせた方が楽しいはず。

 

そんなわけでハリー、ロン、ハーマイオニーが三人とも参加する初日の執行部の見学には、私も一緒に参加しているわけだが……スクリムジョールのやつ、頑なに私の方を見ようとしないな。私の存在に言及したところで進行の障害にしかならないと判断したらしい。賢明じゃないか。

 

「では、早速地下二階に移動しよう。エレベーターを待機させているので、三組に分かれて乗るように。」

 

既存の職員よりも将来の職員が優先ってわけだ。哀れな一般職員たちが生徒たちの移動のために待機させられているのを横目に、スクリムジョールが乗ったエレベーターを選んでするりと乗り込む。ハリーたちも同じエレベーターを選択したのを確認しながら、執行部部長どのの真ん前に立ってジッと冷血男の顔を見上げた。

 

「……何か?」

 

「いやなに、反応が一切無いから私の顔を忘れちゃったのかと不安になってね。」

 

「これは将来の入省者に対する説明会です。申し訳ありませんが、今回ばかりはバートリ女史よりも生徒たちの方を優先させていただきたい。」

 

「私も生徒だよ。執行部に入ろうと考えているんだ。夏になったら部長の椅子を譲ってくれ。」

 

小声で言い訳してくるスクリムジョールに大真面目な顔で主張してみれば、彼は物凄く嫌そうな表情で魔法大臣室がある地下一階のボタンを指し示す。ちなみに乗り合わせた他の生徒たちは気まずそうな顔付きだ。このエレベーターを選択したのが運の尽きだぞ。

 

「……バートリ女史には執行部よりも大臣室が向いているかと。スカーレット女史と同じく、顔が広いようですので。」

 

「椅子を譲るのが嫌なのかい? 私が部長になったら改革を断行できるぞ。先ずはふくろうの使用を魔法法で禁じて、代わりにコウモリの使用を義務付けようじゃないか。ついでに身長が六フィート以上のやつはアズカバンに収監しよう。『バートリ閣下見下ろし罪』でね。別に死刑でも構わないが。」

 

「アズカバンもお勧めですな。皮肉の応酬が出来る相手が居ればオグデンさんも喜ぶでしょう。」

 

「キミ、私が執行部に入るのがそんなに嫌なのか? それならはっきり言いたまえよ。ほら、どうしたんだい? 吸血鬼は意地悪だから入れたくないと正直に言いたまえ。」

 

生意気なヤツめ。目を逸らすスクリムジョールを半眼でジーッと見ながら催促していると、ポーンという音と共に魔法で録音された地下二階の紹介音声がエレベーター内に響き渡った。すると冷血男はキビキビとした動作でエレベーターを出てしまう。逃げたな?

 

「到着したようですな。急ぎましょう。」

 

「おい、待ちたまえよ。嫌なんだろう? 私が入省したら厄介だと感じているんだろう? レミィの方がまだ話が通じたとかって生意気なことを考えているんだろう?」

 

「別のエレベーターに乗った者も揃っているかな? 結構。それでは細かい部署の説明を始めさせていただく。先ずは魔法不適正使用取締局だ。」

 

おのれ、無視しおってからに。分かるんだからな。私は善意には疎いが、悪意には敏感なんだ。お前の考えなんてお見通しなんだぞ。使用に制限がかかっている魔法や未成年の魔法使用などを取り締まる部署の説明をしているスクリムジョールを、渾身のジト目で延々睨み続けていると……隣に立ったハリーが苦笑しながら話しかけてきた。

 

「リーゼ、悪戯はその辺にしておきなよ。スクリムジョール部長も困ってるみたいだしさ。」

 

「困ればいいのさ。誰のお陰で今の地位に居るのかを思い出してもらわないとね。」

 

「えーっと、スカーレットさんのお陰でしょ?」

 

「レミィの功績は私のものさ。私の功績は私だけのものだがね。」

 

この世で自分にのみ許された暴論を口にしてやれば、珍しく真面目にメモを取っているロンがぼそりと突っ込んでくる。

 

「滅茶苦茶だな。」

 

「おおっと、ロニー坊やは文句があるのかい?」

 

新たなチャレンジャーの登場だ。暇潰しの矛先をロンに変えて肘で突きまくっている私に、今度はハーマイオニーが声をかけてきた。……むう、真面目モードの顔じゃないか。

 

「リーゼ、みんなの邪魔をしちゃダメよ。将来に繋がる大事な職場見学なんだから、静かにしてないと迷惑でしょう?」

 

「……分かったよ。」

 

うーん、ぐうの音も出ない正論で普通に注意されてしまったな。周囲の生徒たちも皆大真面目にスクリムジョールの話を聞いているし、吸血鬼流のジョークでは誰一人として笑ってくれなさそうだ。こうなれば新たなオモチャを見つける必要があるだろう。でなければ何のためにここに来たのか分からんぞ。

 

翼をヘタらせながらスクリムジョールと生徒たちを尻目に廊下を進んで、何か面白い物はないかと左右のドアのプレートを確認していると……おお、ここはアーサーが居る部署じゃないか? 『マグル製品不正使用取締局』と書かれたプレートが目に入ってくる。

 

「失礼するよ。」

 

どんな部署なのかとノック無しで踏み込んでやれば、四つのデスクが向かい合うように設置されている手狭な室内の光景が見えてきた。私の記憶によれば待遇が改善されたとか何だとか言ってたはずだが、とても立派なオフィスだとは思えないぞ。数年前はこれより酷かったってことか?

 

右側の棚には書類が隙間なく詰め込まれており、左側の棚には雑多なマグル製品が並んでいる。そして天井からは照明の光を妨害するほどの大量の飛行機の模型が吊るされているわけだが……うーむ、さすがに趣味の色が強すぎないか? アーサーがオフィスを私物化していることを確信する私に、ただ一人在室していた顔見知りの局員が問いを寄越してきた。パーシーだ。

 

「アンネリーゼ? どうしてここに?」

 

「暇潰しさ。ホグワーツの生徒が見学に来ることは知っているだろう? それについて来たんだよ。」

 

「見学……そうか、七年生の職場見学か。参ったな、今日だってことをすっかり忘れてたよ。全然準備をしてないぞ。」

 

「エレベーターに近い部署から順番に説明してるみたいだから、そう遠くないうちにここにも来ると思うよ。アーサーは?」

 

あの未完成の模型が置いてあるデスクがアーサーのデスクなのだろう。それを指差して尋ねてみると、パーシーは眼鏡を外して眉間を揉みながら口を開く。よく見ればデスクの上の作りかけの物しかり、天井から吊るされている物しかり、飛行機の模型は揃って主翼が反転した状態になっている。少なくともアーサーは飛行機が揚力で飛ぶとは考えていないようだ。あるいは説明書をちゃんと読まずに作っただけかもしれんが。

 

「取り締まりのために外出してるんだ。ノクターン横丁でマグルの紙幣の偽造が行われていることを魔法警察が突き止めてね。彼らだけだと偽造なのか本物なのかの判断が付かないから、判別できる父さんが同行しているんだよ。……僕としては父さんがマグルの紙幣を判別できるとは自信を持って言えないけどね。」

 

「ふぅん? 他の局員も行っちゃったのかい? デスクは四台あるようだが。」

 

「ああいや、それは使ってないデスクなんだ。人手が欲しいってスクリムジョール部長に掛け合ったら、とりあえずデスクだけ用意してくれたんだよ。今年入省する職員から確保するつもりだったんだけど……。」

 

「そのアピールをするための見学会の日を忘れていたと。」

 

アーサーもパーシーも根は真面目なのに変なところで抜けてるな。根が不真面目なのに堅実な動きをする双子とは正反対だ。苦笑いを浮かべながらウィーズリー家の不思議についてを考えている私を他所に、メガネの三男どのは弱り切った顔付きで書類棚を漁り始めた。

 

「そういうことだね。……父さんはまだまだ帰ってこないだろうから、こうなったら僕が説明するしかないかな。」

 

「まあ、頑張りたまえ。今年の七年生はキミのことを知ってるわけだし、真面目には聞いてくれるんじゃないかな。」

 

「首席がこの部署に居ることに驚かれるかもしれないね。名実ともに執行部に移ったとはいえ、まだまだ出世街道からは外れた部署だから。」

 

「不満かい?」

 

説明用の書類を探しながら言ったパーシーに問い返してみると、彼は首を横に振って即答してくる。

 

「いいや、満足しているよ。父親と同じ仕事だからってだけじゃなくて、この部署はこれからどんどん重要度を増していくだろうからね。マグルの世界との関わりを深めるなら、彼らの道具を知る必要があるはずだ。その時先頭に立つのはきっとこの部署さ。」

 

「生徒たちにもそんな感じで伝えればいいんじゃないか? 今の魔法界を俯瞰できる賢い生徒なら尤もな発言だと気付けるだろうさ。先見性があるヤツがこの部署を希望するかもしれないぞ。」

 

「それは……そうだね、その通りだ。助かったよ、アンネリーゼ。そういうテーマなら何とか上手く話せるかもしれない。」

 

「役に立てたようで何よりだ。……それじゃ、失礼しようかな。私は別の部署を冷やかしに行ってくるよ。」

 

問題はそこまで見据えられるような賢い生徒がハーマイオニー以外に居るかだな。そこまでは口にせずに廊下に出た後、再び奥へ奥へと進んでいくと……闇祓い局か。ここも覗いてみよう。

 

紅茶くらいは出してくれるだろうと歴史を感じるドアを抜けてみれば、かなり素っ頓狂な光景が目に入ってきた。六人の闇祓いが三対三に分かれて決闘をしているらしい。なーにをしてるんだよ、こいつらは。

 

エクスペリアームス(武器よ去れ)! やあ、ホグワーツの生徒のみんな! 闇祓いはこうした杖による戦いを日夜繰り広げ……バートリ女史? 何をしているんですか?」

 

「こっちの台詞だよ、局長君。職場でバカ騒ぎしてるとスクリムジョールに怒られるぞ。」

 

満面の笑みの棒読みで語りかけてきたガウェイン・ロバーズに指摘してやると、彼は武装解除で吹き飛ばした部下の一人に手を差し伸べながら今の『奇行』についてを説明してくる。

 

「職場見学に来る生徒たちに向けてのデモンストレーションですよ。多少派手な方が面白いかと思いまして。……大丈夫か? プラウドフット。」

 

「頭をデスクにぶつけました。練習の時も聞きましたけど、ここまで強い呪文を放つ必要があるんですか?」

 

「リアリティが大事だろ? ……まあ、デスクは退かしておこう。当り所が悪くて気絶でもしたら生徒たちが引くだろうしな。中止だ、中止! まだ生徒たちは来てなかった!」

 

オフィスの奥の方で『闇祓い局にようこそ!』というプラカードを掲げている局員に作戦の中止を伝えた指揮官どのは、困ったような半笑いで私に歩み寄って疑問を投げかけてきた。悲しいことに、ムーディやスクリムジョールの圧政から解放された闇祓い局はアホの集団になってしまったようだ。前任が厳しすぎた反動なのか?

 

「それで、バートリ女史は何故ここに?」

 

「私も職場見学について来たんだよ。一応ホグワーツ生だからね。ちなみに他の生徒たちはスクリムジョールの長ったらしい説明を受けてるからまだまだ来ないぞ。」

 

「そうですか、まだかかりそうですか。……皆、一旦配置から離れていいぞ! まだ来ないそうだ!」

 

アホ局長の指示を受けて、部屋の各所からくす玉を持っていたり仮装したりしているアホ局員たちが出てくるが……賢い私でも意図が把握できんな。こいつらは自分の職務を何だと思っているんだよ。

 

「くす玉もプラカードも横断幕もギリギリ理解できるが、あの仮装は何なんだい? 毛むくじゃらの化け物と闇祓いの仕事が繋がるとは思えんがね。」

 

「あれはサスカッチですよ。ああいった他種族に対する取り締まりも職務に含まれることを伝えるための仮装です。イギリスだと小鬼の取り締まりが一番多いんですが、小鬼の仮装ってのは……まあその、種族批判と受け取られかねませんから。」

 

「闇祓いの職務内容が正しく伝わるかは疑問だが、楽しい職場だってことは伝わりそうだね。……紅茶を淹れてくれたまえ、サスカッチ君。そこの真っ赤なローブのキミは茶菓子を用意するんだ。」

 

種族問題を気遣うくらいならこんなことをやるなよな。適当に言い放ってから手近なソファにどさりと腰掛けてやると、ロバーズは愛想笑いで首をかっくり傾げてきた。おっさんがその動作をしても可愛くないぞ。

 

「えーとですね、ここは一応部外者立ち入り禁止の部屋なんですが。」

 

「そりゃあそうだ。闇祓い局はイギリス魔法界にとって重要な部署なんだから、部外者なんて絶対に立ち入らせるべきじゃないね。私も部外者立ち入り禁止には賛成だよ。……紅茶はまだかい?」

 

「……今すぐ準備させます。」

 

最初から素直にそうしておけ。私は泣く子も黙るアンネリーゼ・バートリ様なんだぞ。どっかり腰掛けたソファの上で威張っている私に、向かいに座ったロバーズが困り果てた表情で話題を振ってくる。実に迷惑そうだな。とはいえ、迷惑そうにしていると居座りたくなるのが吸血鬼なのだ。こいつはレミリアからそのことを学び損ねたらしい。

 

「そういえば、例の連続誘拐殺人事件の捜査は停滞しているみたいですね。北アメリカの闇祓いたちは手掛かりを得るのに手間取っているようです。事件そのものの厄介さに加えて、ホームズがどこまで『捻じ曲げた』のかが明確にならないようでして。」

 

「ホームズ当人を指名手配したらいいじゃないか。冤罪でアリスを指名手配した結果、自分が指名手配される。自業自得を表現する逸話として有名になるぞ。……もっと良い茶菓子はないのかい?」

 

「オグデンさんも同じことを言ってましたよ。同じようにいきなり現れて、同じように紅茶を要求して、同じように茶菓子に文句をつけていました。」

 

「高貴な私が高価な茶菓子を要求するのは当然のことだろうが。あの迷惑なへらへら男には白パンでもくれてやりたまえよ。きっと喜ぶぞ。」

 

余計なことを言ったロバーズに吐き捨ててやると、彼は怪訝そうな顔で返事を寄越してきた。ホームズはもう『廃棄』されてしまったのかもしれんな。私からすればまだまだ使い道はありそうに思えるが……まあ、所詮ガキの人形遊びだ。状況を立て直すのが面倒になってぶん投げたのかもしれない。

 

「オグデンさんがパン嫌いなことをよく知ってますね。どこで聞いたんですか?」

 

「覚えてないし、オグデンのことなんかどうでも良いよ。それよりホームズを支援していたバカどもはどうなったんだい? つまり、『ホームズ派』だった北アメリカの議員たちは。」

 

「早めに手を引いて逃げ切った者と、撤退のタイミングを見誤って窮地に陥った者に分かれていますね。加えてマクーザの闇祓いたちがホームズのオフィスや自宅を捜索してみたところ、何人かの議員の……あー、『汚点』の証拠が発見されたようでして。」

 

「汚点の証拠? ホームズがそれを使って議員を脅してたってことかい?」

 

ありふれた話じゃないか。呆れた気分で問いかける私へと、ロバーズは少し嫌そうな表情で詳細を語ってくる。

 

「ええ、そうみたいです。違法な薬物の取引の記録とか、国際法で禁じられている魔法生物の密輸の証拠、挙げ句の果てには議員の数名が未成年の少女と『そういうこと』をしている写真なんかが大量に出てきたそうですね。」

 

「ホームズの騒動を切っ掛けに、マクーザの奥深くにあった混沌の蓋が開けられたわけだ。北アメリカ魔法界は大混乱だろうね。」

 

「ホームズに協力していた議員だけではなく、闇祓い局側に立っていた議員の不祥事の証拠も見つかったそうですから、マクーザ内部は荒れに荒れているようですよ。露見を恐れて闇祓いに証拠を握り潰せと迫る議員が居たり、あるいはホームズ側の議員が矛先逸らしのためにスキャンダルを煽ったりでもう滅茶苦茶です。……スクリムジョールは『ホームズ事件』として北アメリカ魔法史に残る騒動になるだろうと言っていました。ホームズが残した火薬庫に、闇祓いが火をつけてしまったのだと。」

 

「最初は一人のフランス元闇祓い隊隊長の死から始まり、それが国際間を揺るがす冤罪事件に発展した後、最終的にはマクーザの土台をぶっ壊しかねない大スキャンダルを誘発させたわけだ。……これ以上ないってくらいに皮肉な話じゃないか。ホームズは自分の意図したことは何も達成できなかったが、意図せずして北アメリカの代表機関であるマクーザを崩壊させたと。」

 

証拠を処分せずにそのままにしておいたということは、あるいはこれもあのガキの『復讐』の一環なのかもしれんな。どうしてスカウラーを駆除した機関であるマクーザに矛先が向けられたのかは不明だが、どうせお得意の逆恨みから生じた行動なんだろうさ。……ふむ? ひょっとして魔法界そのものを引っ掻き回したのもその所為か?

 

魔女狩りを引き起こしたスカウラーが生まれた根本の原因は、当初治安維持機関として連中を送り出した旧大陸の魔法界だ。もしかするとホームズに権力を握らせたり、非魔法界対策への影響力を持たせようとしたのは旧大陸に対する……延いては魔法界全体への復讐を考えていたからなのかもしれない。

 

だとすれば、私が思っていた以上に危ないところだったな。委員会の議長の座を上手く使えばマグルとの関係を悪化させることも不可能ではないだろう。魔法界の露見、非魔法族との軋轢、そして戦争ってとこか? ゲラートが予期し、防ごうとしている魔法界の崩壊。それをベアトリスは逆に引き起こそうとしていた可能性があるぞ。

 

まあ、単なる予想だ。私の視点から推理した根拠の薄い予想に過ぎんが……うーん、そんな気がしてきたな。アリスの冤罪には関係のなかった動きも、そう考えれば必要なピースになってくる。委員会の議長への就任、レミィの影響力を崩そうとしたこと、国際魔法使い連盟への働きかけ、イギリスと北アメリカの不和。アリスを追い詰めるためだけにしてはやり過ぎだった行動に、ある程度の筋を通すことは出来そうじゃないか。それでも僅かな違和感は残るが。

 

「更に言えば連盟内部の上層部数名にも関わりがあるみたいですし、イギリスにも飛び火があるかもしれません。大きな爆弾が破裂してしまったものですよ。」

 

思考の海に沈んでいた意識を、ロバーズの疲れたような声が引き上げた。理由は幼稚だし、行動も稚拙だし、やっていること自体はガキの逆恨みでしかないが……こと抱える憎しみの深さだけは認めてやってもよさそうだな。ベアトリスは自分が始まった瞬間から一歩も前に進めていないのだろう。その時抱えた憎しみに、数百年経った今も囚われ続けているわけだ。

 

「ま、精々頑張りたまえよ。私は私の身内に火の粉がかからない限りはどうでも良いさ。応援くらいはしてあげるから、イギリス魔法省も消火活動に励みたまえ。」

 

ただまあ、そんなことは知ったことではない。鈴の魔女は憐れみからの赦しを、魅魔は無関心からの拒絶を選んだようだが、私は見つけ出して殺すだけだ。私にとって重要なのはアリスに手を出したというその一点だけ。どんな理由があろうと、どんな悲しみを背負っていようと、私は私の大切なものに傷を付けようとした存在を赦すつもりなどない。どこまで逃げようが追いかけて殺してやるよ。

 

私がバートリだからだとか、身内を重んじる吸血鬼だからだとか、そうするのが正しいからとか、相手の行動が間違っているからとかではないのだ。したいからする。それだけのことに過ぎん。

 

いやはや、私にも妖怪らしい部分がきちんと残っているじゃないか。理性の裏側にある部分が。中途半端に生まれたベアトリスにはそれが無いからこそ、ああやってどこにも行けずに苦しんでいるのだろう。欲望に従い切れない妖怪は不幸だな。

 

「あの、バートリ女史? 何を笑っているんですか? 少し……その、怖いんですけど。」

 

「んふふ、何でもないよ。思い出しただけさ。自分が何なのかをね。」

 

若干引いている感じのロバーズに適当な言い訳を返しつつ、アンネリーゼ・バートリは妖怪の笑みでくつくつと笑うのだった。

 


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