Game of Vampire   作:のみみず

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魔女たちの足跡

 

 

「それじゃあ、両足を同時に上げてみて。……んー、やっぱり少しだけズレちゃうわね。もう一回外させて頂戴。調整してみるから。」

 

術式の変換による遅延が生じているわけか。合わせるために普通に動く右足の動作を遅らせてしまっては本末転倒だし、ここはどうにかして遅延を解消する必要があるな。こくりと頷きながら左足を委ねてくるアビゲイルを前に、アリス・マーガトロイドは内心でため息を吐いていた。難しいぞ、これは。

 

一月も半分を過ぎた今日、北アメリカでベアトリスに拒絶されて以来元気がなかったアビゲイルが、唐突に足を直して欲しいとお願いしてきたのだ。ここ数日ずっと寡黙だった彼女にどんな心境の変化があったのかは不明なものの、前から気になっていた左足を直すのに否などないということで、店舗スペースの奥にある作業部屋でこうして修理に挑んでいるわけだが……やはり術式の差異は如何ともし難いな。

 

当然のことながら、アビゲイルはベアトリスが構築した魔法で動いている。故に左足だけを私の術式にしてしまうと齟齬が生じて動いてくれないのだ。だから私の術式をベアトリスの術式との互換性がある形に調整する必要が出てくるのだが、そこの作業がどうしても上手くいってくれない。一度自分の使い慣れた術式を忘れて考え方を変えなければ無理そうだな。魔術式の構成についてをパチュリーからもっと詳しく習っておけばよかったぞ。

 

……しかしまあ、解読すればするほどにベアトリスの術式は複雑で独特だ。私から見れば非効率的に思える部分も多々あるが、同時に舌を巻くほど見事に作用し合った多重術式も各所に組み込まれている。私には図書館の魔女という師が居るものの、そのパチュリーは誰にも師事していなかったはず。その点においてベアトリスとパチュリーは同じ条件なのに、ここまで魔術式が異なっているのにはもはや感嘆すら覚えるな。

 

恐らくベアトリスはパチュリーのように本から魔法を学んだのではなく、ある種の本能で基礎となる魔法を構築していったのだろう。そして魔女として熟成した後のパチュリーがオリジナルの術式に手を出し始めたように、その時点でベアトリスも書物を通して先人に学び始めたわけか。

 

うーむ、そう考えるとある程度納得できてしまうぞ。まるで正反対だな。パチュリーは人間からスタートして、ベアトリスは魔女として生まれたという点が影響しているのだろうか? ……何れにせよ、魔女の術式というのは辿ってきた道筋を示す情報にもなるらしい。常に手の内を秘すべき魔女の端くれとしては、もう少し自分の術式にも気を使った方が良さそうだ。

 

嘗てお爺ちゃんが使っていた人形作り用のテーブルの上で、膝の球体関節の部分から取り外した左足を分解して術式を弄っている私に、隣の木の丸椅子に座っているアビゲイルがポツリと問いを寄越してきた。ちなみにティムも一緒だ。先程までは作業部屋の探検をしていたのだが、今はアビゲイルの膝の上で大人しく座っている。

 

「ねえ、アリスは……アリスはどうしてビービーが私を捨てたか分かる? ビービーは命令に従わない人形は要らないって言ってたわよね? アリスもそう思う?」

 

「思わないわ。私は必ずしも命令に従わない人形こそを理想の人形としているの。……あんなことを言われた今でも、アビゲイルはベアトリスのことが好き?」

 

「好きよ。嫌いになんてなれるはずないわ。ビービーは私の初めてのお友達で、優しいお姉さんで、大好きなお母さんだもの。」

 

「そうね、そういう感情こそを私は美しいものだと捉えているのよ。アビゲイルはベアトリスが危ない時、ジッとしていろって命令されても動いちゃうでしょう? ベアトリスを助けるためなら、貴女は命令を無視してでも行動しようとするはず。違う?」

 

そうあれと定められたルールを破ってでも自分の判断を貫く。それが自律しているということなのだから。脚部の骨格に刻まれた独特な文字を解読しながら聞いてみると、アビゲイルは首肯してから返答を口にした。……私が知っているどの文字の形状とも大きく異なっているし、もしかしたらベアトリスが創作した独自の魔術記号なのかもしれない。またしても『オリジナル要素』か。これを読み解くのは骨が折れるぞ。

 

「うん、動いちゃうと思う。……ビービーはそれが嫌だったの?」

 

「かもしれないわ。でも、そうじゃないかもしれない。私たちは変な生き物なのよ。本心からの言葉じゃないことを話す時もあるし、自分の考えていることを誤解しちゃう時もあるの。……私にはベアトリスの発言が理解できないけど、貴女のような人形に想われて嬉しくないはずなんてないわ。ベアトリスが本当に人形作りであるならば、あの言葉が本心からのものだとはとても思えないわね。」

 

「じゃあ、ビービーはまた私のことを好きになってくれる? アリスはそう思う?」

 

「そう信じたいわ。」

 

保証はないし、正直に言えば自信もない。だけど、信じるのにその二つは必要ないことを私はダンブルドア先生から学んでいるのだ。少なくともアビゲイルを構成している複雑で手の込んだ術式が、一朝一夕で刻めるような簡単なものではないということは断言できる。アビゲイルは確かにベアトリスの努力の結晶であるはず。ならば同じ人形作りとして期待だけはしてみよう。綺麗に整理された理屈に従うことをパチュリーが教えてくれたように、曖昧で不条理な心に従うことをダンブルドア先生は教えてくれたのだから。

 

リーゼ様から思慕と喜びを学び、テッサから友情と悲しみを学び、パチュリーから知性と尊敬を学び、コゼットから慈愛と成長を学び、リドルから別離と後悔を学び、ダンブルドア先生からは赦しと愛を学ぶ。思えば私は恵まれた環境で育ったものだな。……ベアトリスはきっと『ズルい』と言うのだろう。何故私だけ、と。

 

それに対する言い訳を私は持ち合わせていない。レミリアさんなら定められた運命だと語り、パチュリーなら環境と選択の結果だと、そしてリーゼ様なら単なる偶然だと言うのだろうが……ダメだ、また『もしも』の思考に引き摺られているな。リドルにもしもが無かったように、ベアトリスにもそれは無いのに。私に変えられる部分があるとすれば、それは原因ではなく結果の方であるはずだ。

 

リドルはきっと、愛を理解していた。それでも認めたくないから、向き合いたくないから見えないフリをしていただけだ。もしベアトリスもそうなのであれば、今度こそ私に何か出来ることがあるんじゃないだろうか?

 

そう思ってしまうのは甘さなのか、それとも正しさなのか。高嶺の理想を追い求める私を心の中のリーゼ様が叱る反面、ダンブルドア先生がそれでいいのだと頷いてくる。昔のようにどっち付かずで彷徨う自分の心に苛々していると、アビゲイルが恐る恐るという感じで質問を放ってきた。むう、思考が顔に出ていたのかもしれない。気を付けなければ。

 

「アリスはビービーが嫌い? 喧嘩してるの?」

 

「……分からないわ。多分、ベアトリスの方もそうなんじゃないかしら。好きとも嫌いとも言えないの。とても複雑な感情なのよ。」

 

「私、ビービーとアリスが喧嘩するのは嫌だわ。凄く嫌。それが私の所為ならもっと嫌よ。」

 

「貴女の所為じゃないわ。もちろんティムの所為でもないわよ。これは私とベアトリスの問題なの。」

 

アビゲイルとティムは言うなれば被害者だ。それだけは断言できるぞ。話の途中で自分を指したティムの頭を撫でてやりながら、安心してもらえるように穏やかな声色で語りかけていると、階段に続くドアの方からエマさんがひょっこり顔を出す。

 

「皆さん、休憩にしませんか? お菓子を作りましたから。」

 

「そうですね、そうします。ちょっと停滞気味ですし、リフレッシュが必要みたいです。」

 

「じゃあ、アビーちゃんとティム君は私が運びましょう。……はい、抱っこです。ついでにギューっとしちゃいます。」

 

「あぅ……擽ったいわ、エマ。お茶目さんね。」

 

ニコニコ顔でひょいとティムごとアビゲイルを抱き上げたエマさんの背に続いて、私も階段を上って二階のリビングに移動する。エマさんなりに気を使っているのだろう。吸血鬼としてはハーフだが、優しさは二倍以上だな。

 

専用のルーペを使った細かい作業をしていた所為で疲れた目を揉み解しつつ、既に紅茶の用意がしてあるダイニングテーブルに着くと、用意されている『今日のお菓子』が何なのかが見えてきた。カヌレ、かな? 上の窪みにクリームやら果物やらが載っているのはエマさん流のアレンジなのだろう。

 

「カヌレですか。パチュリーが幻想郷で羨んでるかもしれませんね。」

 

我が師匠はマカロンほどではないにせよ、カヌレも結構好きだったのだ。大切な本に触る手を万が一にも汚さないように、わざわざ魔法で浮かせたフォークでカヌレを食べつつ、お気に入りの揺り椅子の上で読書をしていたパチュリー。紅魔館の図書館で何度も見た姿を思い出しながら呟いてみると、エマさんはクスクス微笑んで話に乗っかってくる。

 

「カヌレは小悪魔さんも作れたはずですよ。三回に一回は型に蜜蝋を塗るのを忘れちゃってましたけどね。だからまあ、幻想郷でも食べられるんじゃないでしょうか?」

 

「材料がありますかね?」

 

「備蓄分がありますから、向こうでも作れないことはないと思いますけど……現地の材料でとなると厳しいかもしれませんね。何を作るにも使うことになる卵とバターと砂糖と小麦粉。家畜から自給できるバターと卵以外は入手が難しそうです。小麦の栽培が成功していることを祈ります。」

 

「うーん、どうですかね。イギリスよりも気温差が大きい土地みたいですし、美鈴さんは苦労しているかもしれませんよ。」

 

美鈴さんのガーデニングスキルはかなりのものだが、『農業』の範疇にある小麦の育成となると未知数だな。しかも日本の気候は小麦に向かないはず。冬は寒いし、収穫の時期は雨が多い。苦戦している可能性は大いにあるだろう。

 

私としても小麦が無い生活というのは中々辛そうだし、是非とも栽培に成功していて欲しいなと思っていると、私の向かいに座っているアビゲイルが問いを送ってきた。私たちの会話に興味を惹かれたようだ。

 

「『めいりんさん』って? アリスとエマのお友達?」

 

「友達というか、同僚というか、えーっと……一番近いのは家族かしらね? 半年前まで一緒に住んでいたのよ。」

 

「でも、居ないわ。……出て行っちゃったの?」

 

「ああいや、そうじゃないの。家ごと遠い土地に引っ越したのよ。私たちは咲夜と魔理沙が学校に通わないといけないから、こっちに残っているわけね。二人がホグワーツを卒業したら合流するわ。」

 

紅茶を一口飲みながら説明してやれば、アビゲイルはふんふん頷いて質問を重ねてくる。少しだけ元気が出てきたらしい。好奇心は時に薬にもなるわけか。

 

「たまに出てくる『ぱちゅりー』とか、『れみりあさん』とかもそうなの? 人間? 吸血鬼? それともビービーやアリスと同じ魔女?」

 

「パチュリーは私の師匠の魔女よ。レミリアさんはリーゼ様と同じ吸血鬼で、美鈴さんは妖怪ね。……具体的に何の妖怪なのかは頑なに教えてくれないけど。」

 

「沢山種類があってとっても面白そうね。他には居ないの? 『こあくまさん』は?」

 

「その名の通り、悪魔よ。パチュリーが大昔に召喚したんですって。あとはレミリアさんの妹の吸血鬼が居るわ。フランドールって名前なの。……ついでに言えば妖精もわんさか居るしね。」

 

まあうん、言われてみれば雑多な構成だな。吸血鬼と魔女と妖怪と人間と悪魔と妖精か。一つ屋根の下で暮らすにはごちゃごちゃしている方だろう。……そこまで混沌としている館なのであれば、人形が追加されても大丈夫なはず。

 

リーゼ様にもエマさんにもまだ相談していないが、私はアビゲイルとティムを引き取ることを考えている。ベアトリスが拒絶した以上、この子たちには行き場が無い。まさか全てが済んだ後で追い出すわけにもいかないし、人形作りとしても個人としてもそんな選択は有り得ないのだ。

 

アビゲイルへのやや甘めの態度を見るに、リーゼ様は許可してくれる……はず。そうすればレミリアさんもオーケーを出してくれるだろう。だから問題はアビゲイルやティム自身の気持ちだ。私たちと一緒に幻想郷に行くということは、ベアトリスと別れることを意味しているのだから。その選択をしてくれるかだけは自信がないな。

 

でも、まだ二年半。私たちがイギリスを離れるまではまだ二年半も残っているのだ。仲を深めて説得するには充分な時間だし、そもそもリーゼ様がベアトリスを……何と言うか、『どうにかしてしまう』可能性だって全然あるはず。今はアビゲイルもティムもショックが抜け切っていないだろうから、ゆっくり慎重に進めていこう。

 

「家ごと引っ越したのよね? どんなお家だったの? 他には誰か居た?」

 

好奇心に彩られた顔で不思議な館についての疑問を連発してくるアビゲイルへと、アリス・マーガトロイドは微笑みながら答えを口にするのだった。

 


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