Game of Vampire   作:のみみず@白月

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月の山

 

 

「まだ入れちゃダメだからね。アイロンがけしてからよ。」

 

世話が焼けるな、まったく。シワだらけのシャツをトランクに入れようとする魔理沙を止めつつ、サクヤ・ヴェイユは必要な物のチェックを進めていた。着替えと、一応予備の制服、それにユニフォームと歯磨きセットと……箒は? 一番大事な箒はどこに行ったんだ?

 

二月三週目の金曜日である二十日。午後最後の授業が空きコマだった私たちは、寮の自室に戻って魔理沙の旅支度を行っているのだ。試合自体は日曜日だが、代表選手たちは会場校からの歓迎を受けるために明日の昼にワガドゥに到着することになっている。

 

そうなると当然ワガドゥの校舎で一泊する必要があるので、ズボラな友人に代わって『お泊り』のための荷物を整えているのだが……ああもう、何で今日まで何一つ準備しておかなかったんだ? 普通こういうのって三日前くらいから準備しておかないと不安になるだろうに。

 

私が三コマ目が終わった段階で『準備はどうなの?』と聞かなければ、恐らく明日の出発ギリギリまでやらなかったんだろうなとため息を吐きつつ、下着を滅茶苦茶に畳んでいる魔理沙へと質問を送った。あれは後で畳み直しだな。

 

「箒は? 試合のための一番大事な道具はどこにあるのよ。もう練習は無いんでしょう? だったら箒置き場から取ってきて頂戴。」

 

「おっと、忘れてた。箒はこれだ。昼休みの最終調整が終わった後にそのまま持ってきたんだよ。」

 

そう言って私に見せてきたのは……ああ、専用の持ち運びケースか。肩に掛けるためのストラップが付いた、長さ六十センチほどの円筒形の細長い革のケースだ。縮小呪文だか拡大呪文だかがかかっているらしく、魔法界では箒を持ち運ぶ時によく使われる一品なのだが、夏休み明けに持っていた物と違う品だぞ。また新しいケースを買ったのか?

 

「ちょっと、また買ったの? 前のケースだって良い物だったじゃない。」

 

「違う違う、クリスマスプレゼントで双子から貰ったんだよ。一回戦突破のお祝いも兼ねてな。内部のクッションが魔法で自動的に箒にフィットする上、外側は頑丈なドラゴン革なんだぜ?」

 

「……貴女って、色々な人から色々な物をプレゼントされてるわよね。グローブはブラックさんから、ケースは双子先輩から、シューズは箒屋の店主さんからで、新型の足置きも誰かから贈られたんでしょう?」

 

「足置きはハリーとアレシアも同じのを貰ったぞ。旧グリフィンドールチームの連中がプレゼントしてくれたんだ。準決勝も頑張れってな。」

 

うーん、ほんの少しだけ負けた気分だ。私も誕生日やクリスマスには多くの人からプレゼントを貰っているが、その半分以上は両親や祖父母の関係者からであって、私個人を見てのプレゼントは数えるほど。対する魔理沙は一年生の時の真っさらな状態から人間関係を構築したのにも拘らず、今や私と変わらない量のプレゼントを受け取っている。

 

むう、人付き合いの上手さの差を見せつけられているみたいだ。別に妬んでいるわけでも、友人へのプレゼントが多いことが嫌なわけでもないのだが……素直に『良かったね』とも思えないな。こんな私はちょっと性格が悪いのかもしれない。

 

自分のダメさ加減に情けなくなっていると、ケースから箒を取り出した魔理沙が箒磨きクリームの蓋を開け始めた。また磨くのか。すり減っちゃうぞ。

 

「荷物の整理はどうなったのよ。」

 

「ケースを見てたら気になってな。少しだけ磨かせてくれ。」

 

「はいはい、お好きにどうぞ。インセンディオ(燃えよ)。」

 

どこまでも箒バカな親友に言い放ってから、鉄製のアイロンの中に魔法で火を入れる。制服のジャケットと、スカートと、シャツと、ユニフォームもやらないとだな。シワシワの服だとバカにされちゃうだろうし。

 

アイロンが熱を帯びるのを待つ間に、アイロン台を用意してカバーをかけていると……専用の布にクリームをつけて箒を磨いている魔理沙が話しかけてきた。ちょびっとだけ呆れたような顔付きでだ。

 

「お前さ、いい嫁さんになりそうだよな。」

 

「何それ。それを言うならいいメイドでしょ。」

 

「まあ、お前の場合はそうなるか。エマも上手いのか? 家事と言うか、何と言うか……こういうことって。」

 

「とんでもなく上手いわ。エマさんの場合は職人よ。家事職人。スピードも、仕上がりも、細やかな気配りも。誰がどうしたって非の打ち所がないくらいなんだから。」

 

エマさんの技術は別格なのだ。私が一やる間に十を終わらせて、おまけに仕上がりの美しさも十倍。アイロンがけも掃除も洗濯も、料理も片付けも着替えの手伝いも、エマさんこそ時間を止めているんじゃないかってくらいにパーフェクトなのである。

 

だから魔理沙が魅魔さんを師と仰いでいるように、私にとっての師匠はエマさんだ。……問題はまあ、追いつけるビジョンが全く浮かんでこないところだが。片手でこう、ちょちょいと摘んで一瞬でシャツを畳むあの技術。私からすればあれこそ魔法だぞ。

 

ふと手近な魔理沙のシャツで試してみた結果、ぐっちゃぐちゃになってしまったことに唸っていると、シャツの持ち主が今度は箒の尾の毛先を整えながら返事を寄越してきた。昨日も一昨日もやってたじゃないか。今更何が気になるんだ。

 

「どんな分野にも達人はいるってことか。」

 

「そういうことね。エマさんはメイド道の達人なの。」

 

アイロンの熱気を確かめつつ軽く応じて、最初に私のシワ伸ばしの餌食になるシャツを台に載せたところで、部屋のドアがノックされると共に呼びかけが耳に届く。

 

「咲夜、魔理沙、居るかい?」

 

「リーゼお嬢様?」

 

どんな状況でも聞き間違えない自信がある声を受けて、慌てて立ち上がってドアを開けると、丸いお菓子の缶を片手にしているリーゼお嬢様の姿が見えてきた。大きめの缶だ。クッキーかな?

 

「やあ、咲夜。談話室でジニーからこっちに居ると聞いてね。……なるほど、魔女っ子の旅支度の途中か。」

 

「はい、アイロンがけをするところでした。」

 

「おっ、何だそれ? チョコかクッキーってとこか? 私にもくれよ。」

 

「クッキーだよ。さっきまで魔法省に行っててね。用事を済ませるついでに国際協力部のオフィスから失敬してきたんだ。渡すのを渋ってたし、多分良いやつなんじゃないかな。」

 

確かに良いやつだな。綺麗な模様が入った缶そのものが既に高級そうだし、中身も一つ一つ包まれている。味はチョコとピスタチオとプレーンがあるらしい。『徴発』された国際協力部はさぞ嘆いていることだろう。

 

リーゼお嬢様が開けた缶から魔理沙がチョコの袋を素早く取るのを横目に、アイロンがけに戻りつつ疑問を投げた。非常に美味しそうだが、がっつく姿をお嬢様に見せるのは恥ずかしい。アイロンがけが終わってからいただこう。

 

「どんな用事だったんですか?」

 

「日本への入国を申請したのさ。ベアトリスがそこに居るみたいでね。明日行って殺してくるよ。」

 

「殺してくるって……ええ? 見つかったんですか? ベアトリス。」

 

サラッと物騒な発言が飛び出してきたな。動きを止めて尋ねた私と同じく、魔理沙もクッキーを齧る体勢のままで目をパチクリさせている。そんな私たちの反応を愉快そうに眺めながら、リーゼお嬢様はあっさりとした口調で説明してきた。

 

「アピスが見つけたのさ。だから一応キミたちにも伝えておこうと思ってね。」

 

「でもよ、日本? 何で日本なんだよ。全然関係ないじゃんか。」

 

「全然関係ないからこそ隠れ場所に選んだんじゃないか? ……まあ、その辺の詳細は知らないし、知る必要もないさ。殺せば全部解決するんだから。」

 

「いやいや、でも……アビゲイルは? あいつはどうすんだ?」

 

もはや食べかけのクッキーなど目に入らない様子で問いかけた魔理沙へと、リーゼお嬢様は肩を竦めながら端的に返す。どことなく不機嫌そうな雰囲気でだ。

 

「どうするとは? どうもしないよ。キミも私があの人形を気遣うと思っているのかい?」

 

「いや、気遣えよ。可哀想だろ。あんなに会いたがってたのに殺しちゃうのか?」

 

「キミね、ベアトリスが何人殺したと思ってるんだ。大人どころか子供だって何十人と殺しているヤツなんだぞ。まさかアビゲイルと仲直りさせて見逃せとでも?」

 

「そりゃあ、そうは言わないが……いや待て、お前ってそんなに正義感があるヤツだったか? かく言うお前も清廉潔白ってわけじゃないだろ。」

 

途中で疑わしげな目付きになった魔理沙に対して、リーゼお嬢様はニヤリと笑って口を開いた。

 

「正義感? まさか。ガキだろうが大人だろうが、私の知らない人間が何人死のうと知ったこっちゃないね。そこは正直どうでも良いかな。……私にとって重要なのはアリスに手を出したって点さ。だから殺すんだ。簡単な話だろう?」

 

「……アビゲイルも連れて行くのか?」

 

「ふん、どいつもこいつもあの人形のことをやたらと気にするじゃないか。アリスが連れて行くと言うなら連れて行くよ。それで何がどうなるわけでもないと思うけどね。……咲夜、火事になるぞ。」

 

「へ? ……わっ。」

 

リーゼお嬢様の指摘を受けてアイロンに目を落としてみれば、ずっと同じ場所に置いていた所為で薄い煙を上げているのが視界に映る。大慌てでアイロンを退かしてみると……あー、やっちゃったな。アイロンの形にくっきり焦げ目がついているシャツがそこにあった。話に夢中で動かすのを忘れていたぞ。

 

「ごめん、魔理沙。」

 

「ん? ああ、シャツなんか別にいいぜ。それよりベアトリスのことだろ。……アリスは納得してるのか? その、殺すことに。」

 

「軽く報告した直後に魔法省に出向いたからね。詳しい話をするのはこの後だ。」

 

「だったらちゃんと話せよな。ベアトリスを許しちゃいけないってのは理解できるが、私にはただ殺すのが正しい結末だとも思えんぞ。」

 

きっぱりとリーゼお嬢様に意見できる魔理沙を少しだけ眩しい思いで見ている私を他所に、お嬢様もまたはっきりとした返事を口にした。

 

「人を殺した妖怪を退治する。それはキミの故郷でも普通に行われていたことだろう? 何をそんなに気にしているんだい?」

 

「お前だって妖怪だろうが。ベアトリスの境遇に何か思うところはないのかよ。」

 

「ベアトリスも私も己の望みを貫こうとしているだけさ。その過程で相反すれば当然争うし、争いに負けた者に待っているのは死だ。ベアトリスを哀れむとすれば、私の身内に手を出したって部分だけだね。その時点で彼女は死ぬ運命だったんだよ。」

 

「……私はそこまで割り切れん。それが人間ってもんなんだよ。」

 

理性ではなく、感情で反対している魔理沙。その姿を見て僅かに興味深そうな顔付きになったリーゼお嬢様は、缶の中のクッキーをひと掴みしてから身を翻す。

 

「ま、キミは試合に集中したまえよ。ここから先は大人の仕事だ。私とアリスで片付けるさ。」

 

「そんなこと言われて集中できるわけないだろうが。」

 

「出来なくてもするんだ。キミが何を考えたところで結末に影響することはないからね。……それじゃ、失礼するよ。クッキーの残りはキミたちにプレゼントしよう。味わって食べたまえ。」

 

底を見せない怪しげな笑みでそう言うと、リーゼお嬢様はそのまま部屋を出て行ってしまう。それを見送った後、私もクッキーを一つ取りながらポツリと呟いた。

 

「子供のままだったみたいね、私たち。」

 

「だな、何も出来んぜ。一緒について行くことも、何か別の結末を示すことも出来ないんだから、私たちに何か言う権利なんてないんだろうさ。リーゼは少なくとも決断して実行しようとしてる。うじうじ文句を言うしかない私よりもよっぽど大人ってこった。」

 

「……準備を続けましょうか。」

 

魔理沙の言う通りだな。私たちには何も言えない。言う権利がない。手伝えていた気になっていただけの子供なのだから。それでいいのかというモヤモヤを抱えて、リーゼお嬢様を見送ることしか出来ないのだ。

 

クリスマス休暇で人形店に帰った時に出会った、あの天真爛漫とした人形の少女。……もう少し優しくしてあげればよかったな。もしベアトリスが見つかった時、アビゲイルがどうなるのかなんて考えもしなかった。今更こんな風に後悔するだなんて情けなさすぎるぞ。

 

私たちがケーキを美味しいと言った時に浮かべたあの笑顔は、果たして今度会った時にまた見ることが出来るのだろうか? それ以前にまた会えるのかすら定かではないのに。

 

自分の大人気ない態度を恥ずかしく思いつつ、サクヤ・ヴェイユはのろのろとアイロンを動かすのだった。

 

 

─────

 

 

「ちょっと待ってくれ、今マフラーを外すから。これを着けて登場ってのはカッコ悪いだろ?」

 

マフラー自体は気に入っているが、向こうは夏なんだから着けたままでは季節感がおかしくなってしまうだろう。アリスが編んでくれた白黒のマフラーを大急ぎで外しつつ、霧雨魔理沙は杖を一振りして持ってきたトランクを開けていた。

 

二月二十一日のお昼過ぎ。フーチ率いる私たち代表選手団は、現在スペインのどこかの山奥でポートキーの『乗り継ぎ』を行なっている最中だ。ポートキーにも国際間の複雑なルールやら距離の制限やらがあるらしく、アフリカまでは直通で行けなかったのである。この前試合を観戦しに行った時もそうだったし、遠く離れた土地であることを実感させられるな。

 

つまりはまあ、試合前日にワガドゥに『前乗り』しようとしているわけだ。私を除く他の六人……というか、フーチを含めた七人は『そんなのいいから試合に集中させてくれよ』という気分らしいが、ワガドゥが歓迎してくれるならそれを受けるのも代表選手としての大事な役目ということで、私たちは向こうの校舎に一泊することになってしまった。

 

まあうん、私としては否などない。『月の山』にはこの前見た時から入ってみたかったし、こんな機会でもなければそれは叶わないだろう。だから月の山で一泊することに対しての不満は一切ないのだが……むう、ベアトリスのことは気になるな。リーゼたちは今頃日本に到着しているのだろうか?

 

咲夜は警戒して距離を置いていたが、私はクリスマス休暇の時にアビゲイルとよくお喋りしていたし、だからこそ彼女がベアトリスのことを大切に想っていることが理解できている。会話の端々でベアトリスのことを愛称で呼ぶアビゲイルは、本当に優しげな表情を浮かべていたのだ。

 

拒絶され、挙句仲直り出来ないままでベアトリスが死んだらアビゲイルはどうなってしまうんだろうか? マフラーを仕舞ったトランクの蓋をパチリと閉じて、大きくため息を吐きながら小さな人形のことを案じていると──

 

「マリサ、急げ。ポートキーは待ってくれないぞ。」

 

「分かってるって。あと十六秒あるだろ? ギリギリで準備するのは得意なんだよ。」

 

「それは自慢げに語るような特技ではないな。あと十秒だ。」

 

「今行くっつの。」

 

まったく、考えている暇もないな。そこそこ焦っている様子のドラコに応じてから、他の全員が指を添えている滑らかな石のキューブに人差し指を置く。……うん、考えるのは後にしよう。既に賽は投げられたのだ。アフリカで試合を行う私に、日本で振られる賽の目を変えることは出来ない。ならば私が介入できる方の目を変えることに集中しなくては。

 

明日の試合に勝つ。それだけを心に定めた私がポートキーに触れているのを確認して、フーチが代表選手全員に注意を放った。

 

「他校の生徒たちの前で無様を晒さないように、着地には気を付け──」

 

「っと。」

 

うーん、間に合わなかったな。フーチが言い切る間も無く始まったほんの一瞬の移動の後、よろけたアレシアを咄嗟に支えながら到着した場所は……円形の大きな広間だ。四方と上下が艶のある黒い岩肌に囲まれた、薄暗い広間のど真ん中。そこに置いてある優に千人は座れそうなどデカいドーナツ型のテーブルの、中心にある穴の中に到着したらしい。

 

暗くてよく分からんが、ホグワーツで言う大広間のような場所なんだろうか? 有り得ないほどの大きさの一枚岩で作られているドーナツテーブル越しに、数百人のワガドゥの生徒たちが私たちのことを囲んでいる。静まり返ってジッとこちらを見つめる生徒たちに若干怯んでいると、壁にかかったワガドゥの校旗を背に座っている誰かが大声を張り上げた。

 

「それ、客人じゃ! 歓迎せよ!」

 

途端、私たちを囲む生徒たちが歓声を上げながら石テーブルをめったやたらに叩きまくり、彼らの背後の壁際に轟々と真っ赤な炎が燃え上がる。テーブルの上の燭台にも一斉に火が灯る中、原始の明かりに照らされた広間に再び声が響いた。さっきは暗くて判別できなかったが、明るくなった今なら分かるぞ。校旗の前で朗々と話しているのはワガドゥの校長だ。

 

「月の山を統べるオモンディの名において宣言する! 今現れた八名は他国からの客人であり、わしらには彼らを持て成す義務があると! 食べ尽くせぬほどの肉を焼き、倉庫に眠っている酒樽を叩き割れ! 水のように流麗な音楽を奏で、全てを包む炎のように激しく舞え! 客人だ! 客人だぞ!」

 

「客人だ!」

 

「そう、客人だ! 我が子らよ、何をボサッとしておるか! 席に案内せよ! 注げ、盛れ、持て成せ! 息つく暇も与えるな! ワガドゥの歓迎の仕方を見せてやれ!」

 

「客人だ! 客人だ!」

 

なんだこの空気は。校長の台詞に『客人だ!』と満面の笑みで拍子を打つ生徒たちは、石テーブルを次々と乗り越えて競うように私たちの方へと駆け寄ってくると、こちらの手を引いて案内し始める。どうやら校旗がかかっている席の反対側に私たちの席があるらしいが……おいおい、案内役とは別の生徒たちが大皿に盛られた料理を運んできているぞ。絶対に食べ切れないであろう量をだ。

 

「こっちだ、客人。こっちの席だ。……みんな、豹のようにしなやかに飛ぶチェイサーを取ったぞ! この美しいお嬢さんは私の客だ! 私が誉れある歓迎役だ! この客人は黒豹の魂を持つゾーイが持て成す!」

 

物凄いスピードでテーブルを乗り越えて、真っ先に私の手を取った黒い長髪の女の子が高らかに宣言するのに、出遅れた周囲の女生徒たちが残念そうに渋々頷く。ひょっとして、本当に競争していたのか? どうも一番最初に手を取ったヤツが『歓迎役』になれるということらしい。

 

「あんたが私の……えっと、歓迎役? になるってことなのか?」

 

「そうだ、客人。客人を歓迎できるのはワガドゥの生徒にとって名誉なことなんだ。この前来たフランスからの客人は好みじゃなかったが、美しい飛び方をするあんたは私の好みだからな。来たら絶対に手を取ってやろうと決めてたんだよ。」

 

背は私より少し高いくらいの細く引き締まった身体と、健康的な印象を受ける褐色の肌。上には他の生徒とお揃いの黄色いTシャツのような服を着ており、下は短い飾りの毛皮が付いた独特なハーフパンツ姿だ。多分これがワガドゥにおける夏用の制服なんだろうが、生徒ごとに若干の個性があるな。ホグワーツと同じくその辺は緩いらしい。

 

「あーっと、それはどうも。よろしく頼むぜ。」

 

黒曜石のような綺麗な髪の下に笑みを浮かべて説明してきた女の子に応答してから、他のチームメイトはどうなっているのかと見回してみれば……全員私と同じような状況っぽいな。競争を勝ち抜いた一人の生徒がそれぞれに歓迎役として付いているようだ。男子には男子が、女子には女子がって感じなのかな? ちなみにフーチにもワガドゥの教員らしき大人の女性が付いている。

 

しかし、凄い騒ぎだな。誰もが楽しそうな顔で私たちに注目していて、楽器を用意したり謎の大掛かりな器具を組み立てたりと大忙しだ。何か歓迎のための催しをしてくれるのだろう。既に私たちの席の近くでは打楽器が鳴り響いているし。

 

「私はゾーイだ。黒豹の魂を持っている。そしてあれが私の妹たちだ。……さあ、座ってくれ。」

 

「マリサ・キリサメだ。マリサでいい。……『黒豹の魂』ってのはどういう意味なんだ?」

 

「こういう意味さ。」

 

気になることが盛り沢山だし、一つ一つ解決していこうとテーブルを外側に乗り越えた後で問いかけてみると、ゾーイは……うお、アニメーガスなのか。一瞬にしてしなやかな体躯の黒豹へとその姿を変えた。グリーンの瞳が壁際の炎を反射してギラギラと獰猛に輝いている。

 

「凄えな。アニメーガスなのか。……『妹たち』ってのは?」

 

我先にと私の前の皿に肉やら何やらを盛り付けていく女の子たちを指して聞いてみれば、ゾーイは人間の姿に戻って返答を寄越してきた。

 

「ワガドゥに入ってきた頃から私が世話をしている子たちのことだ。姉は皆卒業してしまったからな。今では私が最年長になってしまった。」

 

「あー、なるほど。先輩後輩ってことか。」

 

「噛み砕けばそうだが、ワガドゥの中ではもっと深い意味を持っている。一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に学ぶんだ。家族だよ。ワガドゥ全体も一つの家族だけど、この子たちはその中でも格別に可愛い。卒業してもずっと妹だ。」

 

「へぇ、いいじゃんか。」

 

一番小さい女の子……ホグワーツの一年生よりも幼い子の頭を撫でながら言ったゾーイに、心からの笑顔で返事を送る。寮の代わりにそういうシステムがあるってことか。悪くないと思うぞ。

 

「あんがとよ。……ん、美味しいぜ。」

 

何て料理なんだろうか? その女の子がモジモジと差し出してきたチップスのような何かを食べている私へと、ゾーイは隣に座って話しかけてきた。

 

「私はホグワーツとダームストラングの試合を観ることが出来た数少ない生徒の一人だ。代表選手以外では成績が良い者しか行くことを許されなかったからな。あの城の中はどうなっているんだ? ホグワーツはいつもあんなに賑やかなのか?」

 

「出店が出たのはあの時だけだぜ。いつもはまあ、もう少し静かな場所だな。そんでもって城の中は……んー、城だよ。西洋の城そのものって雰囲気だ。多少魔法界っぽい賑やかさはあるが。」

 

「城か。私にとっての城は月の山だ。だからホグワーツはとても整って見えた。……もっと教えてくれ、マリサ。私は他の国に興味があるんだ。卒業したら外国に関わる仕事に就きたいとも思っている。私の英語は聞き取り難くないか?」

 

「充分すぎるほどに聞き取り易いぜ。……ならよ、交代交代で質問していかないか? 私もこの国とか、月の山とかに興味があってな。色々と教えて欲しいんだよ。」

 

何と言えばいいか、活き活きしているな。好奇心を隠すことなく笑顔に表して、グイグイとこちらに迫ってくるゾーイは……動的な魅力があるぞ。顔も整っているし、さぞモテるんだろうなと感心しながら提案した私に、ゾーイは嬉しそうに身体を震わせて首肯を返す。

 

「ああ、そうしよう! 最初はマリサから質問してくれ。私は聞きたいことが多すぎて纏められない。この宴はどうせ夜まで続くから、時間は山ほどあるぞ。」

 

「んじゃあ……そうだな、先ずこの城の大まかな構造を教えてくれ。外から見ると山みたいな大岩だったが、中はどうなってるんだ?」

 

「中はだな、いくつかの層に分かれているんだ。その層を掘った代の校長の名前がそのまま階層の名前になっていて、玄関がある一番下が初代校長の──」

 

ゾーイの『妹たち』が用意してくれる食べ物や飲み物を貰いつつ、長姉たる彼女の話に耳を傾ける。ゾーイが歓迎役になってくれて良かったな。私とはかなり相性が良い気がするぞ。

 

身振り手振りを交えて説明してくれるゾーイに微笑みつつ、霧雨魔理沙は新たに得た知識を蓄えていくのだった。

 


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