Game of Vampire   作:のみみず@白月

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対面

 

 

「おっと、外は思っていたよりも寒いね。……じゃあ、行こうか。」

 

うーむ、空気が重いな。何かを考え込んでいる様子のアリスと、緊張しているような表情でその手をしっかりと握っているアビゲイル。背に続く二人に呼びかけながら、アンネリーゼ・バートリはアジア系の顔がすれ違う階段を上っていた。よく分からんから道案内してくれと言える雰囲気じゃないし、どうにか自力で地図を解読する他なさそうだ。

 

アピスの調査報告に従って日本を訪れている私たちは、現在この国の皇帝……天皇? 大王? 複雑すぎていまいち理解できんが、とにかく帝国だった頃の支配者が住んでいるという宮殿からすぐ近くのメトロ駅を出て、ベアトリスの現在の工房を目指して徒歩移動を始めたところだ。アピスから渡された住所によれば、工房はこの駅から少し歩いたところにあるはず。

 

ここからだと西に宮殿、東にクソ複雑な忌々しい駅があるから、向かう先は北。つまりあっちだ。イギリス魔法省からポートキーでロシアの東部へ、ロシア東部から更にポートキーで日本の魔法省へ、日本の魔法省から職員に姿あらわしで案内してもらって訳の分からん迷宮のような駅へ、そして駅から苦労して地下鉄に乗ってここまでたどり着いたわけだが……うん、パチュリーの転移魔法は便利だったんだな。正規の方法で来ようとすると複雑すぎて話にならんぞ。

 

意地を張らずにアピスに案内を頼めば良かったと後悔する私に、横に並んだアリスが異国の通りを眺めながら声をかけてくる。どっちを見てもビルだらけだ。もしかしたらオフィス街とかなのかもしれない。

 

「こんな近代的な場所に工房があるんですか?」

 

「アピスの調査が正しければね。……まあ、隠れるには絶好の場所じゃないかな。人外からはかなり遠い場所だと思うよ、ここは。」

 

一見して分かるほどに人間の街だな。それなのに歩いていてこれといった感慨が出てこないあたり、私の妖怪としての本能が薄れたのを実感するぞ。昼と夕の中間くらいの微妙な時間帯の街中を、没個性的なスーツ姿のビジネスマンたちが早足で行き交うのを横目にしていると、アビゲイルが私に対しておずおずと問いかけてきた。ちなみにクマ人形は同行していない。アビゲイルが出発する際に一緒に行かないかと誘っていたようだが、彼は人形店に残ることを選択したのだ。

 

「ねえ、アンネリーゼ。ビービーと会ったらどうするの?」

 

おや、ようやくその質問が出てきたか。アリスからベアトリスに会いに行くと聞いて同行を申し出た後、ここまでの道中はやけに大人しかったわけだが……ふむ、どう答えよう? 包み隠さず殺すつもりだと教えるべきか?

 

アリスが固唾を呑んで見守る中、足を進めながら小さな人形に向かって口を開く。知らずに終わるよりは、知って終わった方がいいだろう。それが私に出来るせめてもの情けだ。

 

「全てを話そうじゃないか、アビゲイル。……ベアトリスはアリスの身柄を狙っているんだよ。だから私はアリスを守るために、ベアトリスのことを探していたんだ。北アメリカでキミと出会ったのはその過程で起きた出来事ってわけさ。」

 

「……アリスを取り合って喧嘩してるの?」

 

「少し違うね。そもアリスは私のもので、ベアトリスはそれを横取りしようとしてるんだよ。だったら私が怒るのは当然のことだろう? 私は大事なアリスを渡したくないし、守るためにはベアトリスを排除しなければならない。噛み砕けばそういうことだね。」

 

「なら、私が説得するわ! ビービーにダメだよって言う! それで許してくれないかしら?」

 

恐らくぼんやりとは事態に気付いていたのだろう。さほど抵抗なく現状を受け入れたアビゲイルは、アリスの手を離して私の手を握りながら訴えてきた。その手を握られるままで握り返さずに、哀れな人形へと平坦な口調で否定の返事を放つ。『ダメだよって言う』か。それで済むならこっちも楽だったんだがな。

 

「とてもじゃないが、キミの説得でベアトリスが考えを翻すとは思えないね。……いいかい? アビゲイル。ベアトリスはアリスを狙う道すがらに何人もの人間を殺しているんだ。多くの人や人外に迷惑をかけたし、私との約束も一度破った。もう簡単に許せるような段階じゃないのさ。」

 

「でも、でも……ビービーは良い子よ! 優しくて、私が寂しい時は一緒に居てくれて、いつも仲良く遊んでたの。そんなことしないわ。するはずない。」

 

「したのさ。キミの友達を焼いたように幼い子供を含めた多くの人間の命を奪い、人形に作り変えることで尊厳を貶め、魔法界に大きな混乱を及ぼし、あまつさえこの私に迷惑をかけたんだ。前三つは許してやってもいいが、最後の一つだけは天地がひっくり返ろうとも許せないね。」

 

「……どうするの? 会ってどうする気なの? ビービーは牢屋に閉じ込められちゃうの?」

 

不安げな面持ちで尋ねてきたアビゲイルへと、アリスが堪らず止めようとするのを無視して真実を語る。私が見たところこの人形は無知だが、愚かではない。ここまで話してしまった以上、『結末』も偽らず伝えるべきだろう。

 

「殺すよ。」

 

「……ダメ! 絶対ダメ! そんなのおかしいわ!」

 

握った私の手を進行方向とは反対に引っ張ってくるアビゲイルを、ずりずりと引き摺りながら話を続けた。

 

「ならどうしろと言うんだい? アリスが狙われ続けるのを甘んじて承認しろと? 冗談じゃないよ。こっちはガキの我儘に付き合い続けるほど大人じゃないんだ。言っても分からないなら殴るだけさ。それでもダメなら殺すしかないね。」

 

「ダメだってば、アンネリーゼ! 私が説得するわ! 絶対、絶対に説得してみせる! だからお願い、ビービーを殺さないで! お願いだから!」

 

「もう遅いんだよ、アビゲイル。あの魔女がアリスに手を出してきたのは二度目なんだ。そして私は二度も許すほど優しくはないのさ。アリスの安全とベアトリスの命を天秤にかけて、重きに傾く方を選んだだけだよ。この期に及んで考えを変えるつもりはないね。」

 

「ビービーが死ぬなんてダメ! ……アリス、アンネリーゼを止めて。お願いよ。話し合いで解決しましょ? お願い。」

 

泣きそうな顔で懇願するアビゲイルを見て、アリスは懊悩している表情でポツリと呟く。

 

「私には分からないの。どの道を選べば最良の結果が得られるのかが。まだ答えが出ないのよ。」

 

「誰にとっても最良の結果なんて存在しないさ。あるのは個々の利益と、個々の選択だけだよ。私は数ある選択肢の中からベアトリスの死を選んだ。身勝手な人外らしく、己の利益だけに準じてね。……選べないなら選ばなくていいよ、アリス。今回は代わりに私が選ぶから。結果が気に入らなければ私の所為にすればいいさ。」

 

「……リドルの時もリーゼ様はそう言いました。」

 

「何故なのかを教えてあげよう。それが親の役目だからだ。キミは優しいが、私はそうじゃない。抱え切れない荷物や選択し切れない問題は私に任せたまえ。それを背負えないほど私は弱くないからね。」

 

やはり一人で来るべきだったのかもしれないな。今更ながらに後悔しつつ、あえて突き放すような言い方でアリスに応じていると、アビゲイルがとうとう私の前に回って進路を塞ぎ始めた。

 

「止まって、アンネリーゼ。話を聞いて頂戴。」

 

「嫌だね。悪いがキミにも、そしてアリスにも選択権は与えられていないんだ。恨むなら私を恨みたまえ。私はもう決めたのさ。無力なキミには覆せないよ。」

 

決死の顔付きで立ち塞がった小さな人形を、適当にあしらってからひょいと小脇に抱えてやれば、アビゲイルはバタバタと暴れまくりながら抵抗してくるが……ま、これでいい。アリスと険悪になっちゃうと後々困るだろうし、『親の仇』は私の役目だ。恨まれるのは慣れてるさ。

 

アリスは是とも否とも口にしていない。それなのに私が強引に殺したところを見せつけておけば、この人形の憎しみの大半は私に向くだろう。どうにかして拘束を抜け出そうとするアビゲイルを吸血鬼の膂力で封じつつ、短い橋の先にあった十字路を曲がって目的の建物を探す。もう片方の手に持った地図を確認しながらだ。

 

「んー、ここがこの交差点だから……あの建物だね。普通のビルじゃないか。」

 

周囲と比べるとやや低めの、四階建てくらいの小さなオフィスビル。そこまで古ぼけてもいないし、魔女の工房っぽさはゼロだな。怪訝に思いながらも苦手な結界を建物に張って、逃げられないように封じ込める。こういう妖力を使った小技は得意ではないが、力任せに張ったから小手先の魔法じゃそうそう抜け出せないはず。あとは中に居ることを祈るだけだ。

 

「ビービー、逃げて!」

 

「無駄だよ、結界を張ったから。……アリス、マグル避けを頼むよ。『魔女としてのやり方』でね。杖魔法の使用許可はイギリス魔法省経由で申請してあるが、騒動になる可能性があるのに魔法反応を残すのは宜しくない。念には念を入れておこう。」

 

「既に中に人間が居たらどうするんですか?」

 

「適当に気絶させて魔法で記憶を消せばいいさ。魔女の工房の中に普通の人間が居るとは思えんがね。」

 

すっかり悪役だな。私のことをぽかぽか殴りながら喚き散らすアビゲイルを抱えたままで、一つ鼻を鳴らしてビルの中へと入ってみれば……まあ、そりゃあ気付くか。入り口のすぐ先にあった二基のエレベーターの片方から、ちょうど一人の男性が出てくるところだった。古臭いスーツ姿の若いフランス人っぽい顔立ち。場にそぐわないことこの上ないし、間違いなく人形だろう。

 

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」

 

マグル避けの魔法を使い終えて人形を展開したアリスと、アビゲイルを持った状態の私に一礼しつつ流暢な英語でそう話しかけてきた人間そっくりの人形は、次にエレベーターのドアを右手で押さえながら左手で中を示した。『本体』が上で待っているということか?

 

「素直じゃないか。リザインのつもりかい?」

 

「我が主人は皆様との対話を望んでいます。どうぞエレベーターの中へ。」

 

「……まあいいさ、案内してくれたまえ。」

 

『お待ちしておりました』ね。構わんさ、誘いに乗ってやろうじゃないか。アリスに目線で離れるなと伝えながらエレベーターに乗り込むと、それを確認した人形は中に入って三階のボタンを押す。緩やかな上昇の感覚の後、電子音と共にドアが開いた先には……これはこれは、ようやく会えたな。灰色の魔女がそこに立っていた。

 

「やあ、ベアトリス。」

 

白が強い灰色の腰上まである長い髪と、黒が強い灰色の瞳。白いセーターと薄いグレーのロングスカートを着ているその女は、そこそこのボリュームがある胸に手を当てて軽くお辞儀しながら挨拶してくる。見た目の年齢は十八、九歳ってとこかな。ほんの僅かな子供っぽさを残しつつも、大人に一歩踏み込んだくらいの年齢だ。まあ、実年齢は三百なわけだが。

 

「初めまして、ミス・バートリ。それにアリスさん。……今すぐ殺しますか? それとも会話のチャンスをいただけるんでしょうか?」

 

想像していたよりも少し低い滑らかな声と、理知的な学者のような雰囲気。柔らかく苦笑しながら聞いてきたベアトリスに、周囲をちらりと見回してから返答を送った。左は窓がある行き止まりで、右には通路か。典型的なオフィスビルの狭いエレベーターホールだな。

 

「私は今すぐ殺すので一向に構わないんだが、抵抗する気はないのかい?」

 

「もう諦めました。あの情報屋から逃げ続けるのはこの惑星に居る限り不可能でしょうし、攻めに転じて貴女を殺すのも至難の業です。詰んでいると理解した上で悪足掻きをするのは無様でしょう? ……それに、私も一応人外の端くれですから。己の死に対してそこまで拘ったりはしませんよ。私が拘るのは『在り方』だけです。それが関わってくるのであれば、無様な悪足掻きをしたかもしれませんね。」

 

「ふぅん? ……想像と違う反応だね。」

 

「私と貴女は初対面ですよ、ミス・バートリ。想像と違うのは当たり前のことです。……もしかして、この『私』も人形なのではないかと疑っていますか?」

 

人形越しの会話はノーカウントってわけか。ある種の開き直りに呆れつつ、急に大人しくなったアビゲイルを地面に下ろして答えを返す。そりゃあ疑うだろ。

 

「無論、疑っているよ。これまでのキミの所業を考えれば自然なことだろう? 自分が人形じゃないと証明できるかい?」

 

「残念ながら、出来ませんね。殺した後で私の頭を割ってもらえれば脳が入っていると思いますが、それが『ベアトリスの脳』であることを証明するのは不可能ですから。私がエリック・プショーだった時もそんな話をしませんでしたか? 私自身、私が本当に人形ではないという確信を持っていないんですよ。ひょっとすると……そう、オリジナルの記憶を移したスペアかもしれません。」

 

「スペアね。可能不可能で言えば可能なのか? 別の脳に記憶を移すというのは。」

 

「所詮脳なんて記録媒体に過ぎませんからね。人形に搭載されている脳の記憶を改竄することだって出来るでしょうし、あるいは魔術的な処理でコピーした記憶を『上書き』すればいいだけです。……仮に後者の方法を選ぶのであれば、人間の脳ほど複雑な記録媒体を使わなくとも実現可能ですよ? 魔術式を刻んだ記録媒体を搭載すればそれこそアリスさんが作るような『人形』にも施せる処置ですし、不可能と言えるほど難しい作業ではありません。記憶と記録というのは私の専門分野なんです。人形を人形たらしめるためには知っておくべき分野ですから。要するに、私が人形である可能性は大いにあると言えるでしょう。とはいえ私自身の認識としては、あくまで私こそが『オリジナル』ですがね。……立ち話もなんですし、座りませんか? 向こうの部屋にソファがありますよ?」

 

さすがは魔女だけあって、長々と語ってくるじゃないか。細い指をおとがいに当てて思考しながら誘ってきたベアトリスへと、私が応答を口にする前に……黙って聞いていたアリスが返事を飛ばした。そしてアビゲイルは未だ不安げな表情でジッとベアトリスのことを見つめている。やけに静かだな。逃げろと騒ぎ立てると思っていたんだが。

 

「ええ、話したいわ。貴女には聞きたいことが沢山あるの。……いいですよね? リーゼ様。」

 

「私も貴女たちと話したいことが沢山あります。実は今日という日を楽しみにしていたんです。……よろしいですか? ミス・バートリ。」

 

むう、どうしよう。余計な話を吹き込まれるリスクと、今すぐここで殺すデメリット、事が済んだ後のアリスの心情やアビゲイルの態度、目の前のベアトリスもまた人形であることへの疑い。色々なものを天秤に載せてやると……ええい、分からん。判断が難しすぎるぞ、こんなもん。

 

「いくら話そうとキミの死は覆らないぞ。」

 

「構いませんよ。私は……『魔女ベアトリス』は今日、ここで死ぬ。それについては呑みましょう。でも、どうせ死ぬなら久々に誰かと話してから死にたいんです。何れにせよ私は逃げられません。それでは保証になりませんか?」

 

「……いいだろう、案内したまえ。」

 

「では、こちらへ。」

 

微笑を浮かべながらベアトリスが廊下の奥へと歩き出すと、ずっとエレベーターのドアを押さえていたスーツ姿の人形が音を立てて崩れ落ちる。操るのをやめたということか。なまじリアルなだけに脱力すると不気味だな。いきなりすとんと死んでしまった人間みたいだ。

 

押さえを失ったエレベーターのドアが自動で閉まろうとして、倒れている人形にぶつかってまた開く。延々と繰り返されるその異質な光景を横目にしつつ、アンネリーゼ・バートリは警戒を緩めないままで廊下の先へと一歩を踏み出すのだった。

 

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