Game of Vampire   作:のみみず@白月

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豹と隼

 

 

「おはよう、マリサ。よく眠れたか?」

 

……そうか、ここはワガドゥか。身を起こしたベッドの上で寝惚けている頭を本格的に起動させつつ、霧雨魔理沙は既に起きていたらしいゾーイに頷きを返していた。カートゥーン調のイラストがプリントされた薄めのTシャツに、マグルの有名スポーツブランドのロゴが入ったハーフ丈のパンツ。改めて見ても魔法界っぽくない部屋着だな。月の山特有の『洞穴』みたいな部屋の雰囲気と致命的に合っていないぞ。彼女曰く、半年に一度ほどのペースで大量の古着の『配給』があり、ファッションに拘らない者は無料で手に入るその中から選んで使っているらしい。

 

二月最後の日曜日。ワガドゥでの試合を目前に控えたホグワーツの代表選手たちは、月の山で一夜を過ごしたのだ。私以外の選手たちはワガドゥ側が用意してくれた個室に泊まったようなのだが、私だけは昨日半日で仲良くなった歓迎役のゾーイの部屋に泊めてもらったのである。

 

ゾーイからワガドゥでの暮らし振りを教えてもらう代わりに、私がホグワーツでの生活についてを話す。そんな感じでお互いの知識を交換し続けた結果、いっそ部屋に泊まって夜も話さないかとゾーイが誘ってくれたわけだ。だから彼女の部屋でベッドを借りてお喋りしていたのだが……むう、気付かないうちに寝ちゃってたらしいな。

 

「ん、ぐっすり寝られたぜ。悪かったな、ベッドを占領しちゃって。」

 

「マリサにとっては大事な日だ。おまけに客人だしな。だったらマリサがベッドを使うのは当然のことだろう? 心配しなくても変身すればどこでも寝られるさ。」

 

「アニメーガスってのは便利だな。」

 

黒豹の姿になって寝たということか。感心しながらかなり低めの独特なベッドから這い出た私に、ゴリゴリと音を立てて何かをしているゾーイが返事を寄越してきた。他と同じく岩を削って作ったらしい四畳ほどの狭い部屋には窓がなく、物もあまり置かれていない。ベッドと、小さな本棚と、細い姿見と、背が低いタンス兼机、それに小物やらポスターやらが少しだけ飾ってあるくらいだ。下級生は大きな部屋での集団生活だが、最上級生だけはこの広さの個室で生活しているらしい。

 

「マリサも変身を覚えるべきだぞ。獣の姿になると気持ち良く走れるからな。」

 

「昨日も言ったが、私たち『杖持ち』にとっては難しいんだ。そう簡単に使える魔法じゃないんだよ。イギリスだと動物もどきは数えるほどだしな。」

 

「変な話だ。パパ・オモンディは杖を通せば複雑で洗練された魔法が使えると言っていた。それなのに変身だけが難しくなるのは納得できない。どういうことなんだ?」

 

「そこは変身術の学者の領分だぜ。私には分からん。……窓がないと時間がさっぱりだな。今何時だ?」

 

コーヒーミルで豆を挽いていたのか。使い込まれているのが一目瞭然のミルから挽き終わった粉を出したゾーイは、ベッドに腰掛けている私の質問に肩を竦めて回答してくる。昨夜も淹れてくれたし、彼女はコーヒーが好きなようだ。

 

「まだ七時を少し過ぎたくらいだ。……窓は私も欲しかった。でも、窓がある部屋はオルオチに取られてしまったからな。」

 

「窓付きの部屋もあるのか。」

 

「少ないが、あるぞ。私は星を見るのが好きだから希望したんだ。大部屋に居た頃はいつも星を数えながら寝ていたしな。だから部屋を賭けて、去年の五月に決闘したんだが……惜しいところで負けてしまった。あの時の悔しさは忘れられない。」

 

うーむ、そういう因縁もあったのか。どうやらゾーイとオルオチ……開催パーティーの時に私のことを助けてくれたワガドゥ代表のキャプテンは同級生らしく、昨日の会話でもよく名前が出てきたのだ。二人とも孤児で、ワガドゥに入学したばかりの頃は仲良くしていたらしい。

 

それなのに成長するに従って、オルオチが自分のことをバカにするようになったというのがゾーイの言い分なわけだが……どうなんだろう? 昨日の話を聞いた限りではそうとも言い切れないように思えるけどな。

 

「決闘も強いのか? オルオチって。」

 

「強いぞ。今のワガドゥの生徒で私に勝てるのはオルオチだけだろう。……聞いてくれ、マリサ。あいつは勝った後、私に部屋を譲ると言い出したんだ。『星を見るのが好きなことは知っているから』と言ってな。わざわざ勝ち取ったものを敗者に与えるとは、バカにしているに違いない。私を見下しているんだ。絶対に許せん。」

 

「……単にプレゼントしたかっただけなんじゃないのか?」

 

「いいや、絶対にバカにしている。いつもそうだ。あいつが上から目線で何かを譲ってきたのは今に始まったことじゃないからな。昔は対等な存在として競い合って、結果として勝ち取ったものを譲るなんてことはなかった。それなのにいつからか私が勝てなくなったから、あいつはそれを憐れんで譲るようになったんだ。……実力不足で負けるのは仕方ないが、情けをかけられるのは気に食わん。それを甘んじて受け取ってしまえば、私はまるで食い残しを与えられる弱者じゃないか。私は誇り高き黒豹だ。与えられた肉など食わない。」

 

独特な表現でぷんすか怒っているゾーイに、伸びをしながら苦笑で応じた。複雑な関係だな。幼馴染で、ライバルってことか。ゾーイはオルオチと対等でありたいのだろう。

 

「ま、少し分かるぜ。私にも負けたくない相手ってのが居るからな。昔は一人だったが、今は二人になっちまった。」

 

「では勝て、マリサ。二人ともにだ。私も卒業する前にオルオチに必ず勝つ。今期の最優秀生徒はこのゾーイだ。今日の試合でもあいつをこてんぱんにしてやってくれ。」

 

「おいおい、そんなこと言っていいのかよ。ホグワーツの選手だぞ、私は。」

 

「だが、同時に私が持て成した客人でもある。ホグワーツを応援するつもりはないが、マリサのことは応援しているぞ。」

 

整った女性的な顔に男らしい魅力的な笑みを浮かべているゾーイへと、苦笑を強めながら返答を送る。つくづくカッコいい女だな。

 

「そういうことなら、応援はありがたく受け取っておくぜ。」

 

「ああ、受け取っておけ。このコーヒーもな。飲んで目を覚ましたら朝食に行こう。恐らく他の客人たちも起きたら大広間に来るはずだ。」

 

「あんがとよ。……授業は休みなんだよな?」

 

渡された温かいマグカップを手に取って問いかけてみれば、ゾーイは残念そうな顔付きで首肯してきた。

 

「今日は休みだ。……昔は休みが嬉しかったが、最近はあまり嬉しくない。のんびりしているよりも授業の方が楽しいからな。」

 

「何となく分かるぜ。卒業したらどうするんだ? 他の国と関わるような仕事をしたいんだよな?」

 

「目標はそうだが、卒業したら先ず旅をしたい。仕事をする前にアフリカ以外の土地を見ておきたいんだ。ヨーロッパや、アジアや、アメリカや、オセアニアをな。夢に導かれてワガドゥに入学して以来、ずっとここで暮らしてきた。そろそろ世界を広げてもいいはずだろう?」

 

うーん、やっぱりゾーイは私と相性が良いな。性格だけではなく、望んでいるものが似通っているのだ。私と同じように旅をしたがっている彼女へと、コーヒーを飲みながら提案を飛ばす。

 

「イギリスにも来いよ。今度は私が『歓迎役』をするからさ。」

 

「本当か? それは楽しみだな。凄く楽しみだ。絶対に行くから待っていてくれ。」

 

「おうともよ。」

 

ふむ、異国の友人ってのも悪くないかもな。ホグワーツに帰ったら咲夜に自慢してやろう。……もちろん勝利報告も兼ねてだ。体調は悪くないし、充分に眠れた。これなら今日の試合に不足はあるまい。

 

───

 

そしてコーヒーを飲み終えた後、ゾーイと共に再び訪れたワガドゥの大広間……昨日私たちがポートキーで到着した広間だ。には大量の朝食が準備されていた。当然ながらそれを食べる生徒の数も多いため、岩肌に囲まれた大広間はあちこちから響いてくる話し声で賑わっている。こういうところはホグワーツもワガドゥも変わらないな。

 

「マリサ、こっちだ。妹たちが準備をしてくれている。それとも他の客人たちと食べるか?」

 

「いや、飯はゾーイたちと食うぜ。食い終わったら作戦会議をしないとだけどな。」

 

「そうか、なら来い! アク、セリーナ、盛り付けてくれ。マリサはこっちで食べるそうだ。」

 

『妹たち』の中でも年長らしき二人に呼びかけたゾーイの方へと、遠い席で食事をしているマルフォイに手を上げて挨拶しながら移動している途中で……おお、オルオチじゃんか。歩み寄ってきたワガドゥのキャプテンどのが話しかけてきた。ゾーイは部屋着のままなわけだが、彼はきちんと制服を着ているな。他の生徒たちを見ると全体的に部屋着っぽい服装が多いので、ゾーイがズボラと言うよりもオルオチが特別真面目なようだ。

 

「おはようございます、ミス・キリサメ。お久し振りです。よく眠れましたか?」

 

「久し振りだな、オルオチ。ゾーイのお陰でぐっすりだったぜ。」

 

「安心しました。ゾーイは少々……かなり騒がしい女性ですから、貴女の饗応役になったと聞いて少し不安だったのです。」

 

「まあうん、私も大人しいってタイプではないからな。むしろ相性が良いくらいだ。……お前の話も色々としてくれたぜ。ライバルなんだって?」

 

ニヤリと笑って話題を振ってみれば、オルオチは困ったような笑みで応じてくる。

 

「ライバル、ですか。……光栄ではありますが、私の望む関係とは違いますね。」

 

「……ひょっとしてよ、お前はゾーイのことが好きなのか?」

 

薄々感じていた予想を投げてみると、オルオチは照れるように俯きながら小さく頷いてきた。やっぱりか。鈍い私でも気付けるくらいだったぞ。

 

「まあ、そうですね。好いています。」

 

「ゾーイの方は全然気付いてなかったけどな。何も嫌ってるわけじゃないが、『勝ちたい相手』って側面が大きいみたいだ。」

 

「どうしても上手くいかないのです。何かをプレゼントすると『施しは受けない』と突っ返されてしまいますし、授業や決闘で私が勝つ度に睨まれてしまいます。とはいえ手加減するのは……。」

 

「あー、そうだな。手加減はやめといた方がいいだろうな。それで勝ってもゾーイは嬉しくないだろうし、一番嫌われる行為だと思うぞ。」

 

頭をぽりぽりと掻きながら同意した私に、オルオチも困り顔で首肯してくる。開催パーティーの時は大人っぽいヤツだと思ったが、今は学生相応の雰囲気になっているな。

 

「でしょう? だからどうにもならないのです。私自身も恋愛が上手い方ではありませんから、ずっと進展せずに平行線で……もう最終学年になってしまいました。我ながら情けない話ですね。」

 

「んー、難しいな。残念ながら私もお前と一緒で恋愛は上手くないからよ、これといったアドバイスが出来ないんだ。クィディッチだったら幾らでもアドバイスできるんだが。」

 

「『恋を成就させるのは、月の山の頂に登るよりも難しい』。ワガドゥに伝わる諺です。年少の頃は恋に敗れた兄たちの嘆きを笑って聞いていられましたが、今はもう笑えません。確かにこれは月の山を登り切るよりも難しいですから。」

 

月の山は詰まる所どデカい『岩』だ。傾斜もあるし、高さもある。だから頂上まで登るのは恐ろしく難しいんだろうが……それより恋愛の方が難しいってか。ワガドゥの先人たちは上手いこと言ったもんだぜ。

 

オルオチと二人で恋愛の難しさに唸っていると、駆け寄ってきたゾーイが私と彼の間に割り込んだ。これがオルオチと喋っている私を警戒しての行動なら救いようがあったんだけどな。明らかに彼女はオルオチの方を警戒しているぞ。

 

「何をしている、オルオチ。マリサは私の客だ。妙なことをしたらタダじゃおかないぞ。」

 

「私は対戦相手として体調は万全かと話しかけていただけです。貴女の方こそお客様に無理に食べさせてはいけませんよ? 試合は昼からになります。幸いにも雨は降りそうにありませんが、今日は気温がそこそこ高いですし、食べ過ぎるとプレーに影響が──」

 

「そんなことは言われなくても分かっている! ……いつものように余裕ぶっていると痛い目に遭うぞ。マリサは私と同じ豹だ。素早く駆け、しなやかに襲う。お前など一溜まりもない。」

 

「では、私は遥かな高みからその姿を見下ろしましょう。地上の生き物では私に追いつけませんよ。」

 

よく分からん台詞だが、挑発してるってのは伝わってくるぞ。売り言葉に買い言葉でそういうことを言うからダメなんだろうに。余裕のある笑みで言い放ちながら遠ざかっていくオルオチを見送った後、ゾーイはダシダシと足を踏み鳴らしてから私の手を引いてきた。イライラしているな。こんな感じのやり取りを延々繰り返しているわけか。そりゃあ上手くは行かんだろう。

 

「どこまでも生意気なヤツだ! 叩きのめしてやってくれ、マリサ!」

 

「もちろん勝つつもりではあるけどよ、『遥かな高み』ってのはどういう意味なんだ?」

 

「オルオチはハヤブサの魂を持っているんだ。だから毎回『最速』の魂だと自慢してくる。本当に嫌なヤツだ!」

 

「ハヤブサか。……なるほどな、そいつは手強そうだ。」

 

最速の猛禽か。自慢するだけのことはありそうだな。……いいさ、速いだけではクィディッチは勝てない。豹のようなしなやかさもまた大きな武器になるのだ。ゾーイに代わって私がそれを証明してやるとしよう。

 

「おしおし、気合が出てきたぜ。我ながら良いテンションだ。面白い試合になりそうだな。」

 

「……良い顔だ、マリサ。今のお前は戦士の顔をしている。マリサが男なら惚れていたぞ。」

 

「そりゃまた、光栄なこった。」

 

クスクス微笑みながら褒めてくるゾーイに肩を竦めた後、彼女の妹たちが用意してくれた席に座って食事を始める。気持ちの切り替えは出来たし、あとは必要な分だけ飯を食ってウォーミングアップを済ませるだけだ。

 

来たる試合に向けて闘争心を高めつつ、霧雨魔理沙はパチンと両手で頬を叩くのだった。

 


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