Game of Vampire   作:のみみず@白月

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セミファイナル

 

 

「いいえ、絶対におかしいわ。これは魔法植物よ。バオバブじゃない。」

 

ロン先輩へと反論を飛ばすハーマイオニー先輩を横目にしつつ、サクヤ・ヴェイユは手に持った木の蓋付きタンブラーをジッと見つめていた。中に入っているのは何なんだろう? 一口飲んでみた限りではジュースのようだが、何の果物を使っているかが分からないどころか、そもそも果物のジュースであるという確信すら持てないぞ。不思議だ。不思議ジュースだな。

 

見事に二が並んだ日曜日の正午。私を含めた多数のホグワーツ生たちは、ポートキーでやってきたアフリカの地にあるバオバブの木を……ハーマイオニー先輩の推理通りならバオバブではないのかもしれないが、とにかく巨大な木をくり抜いて造ったらしい観客席で準決勝戦の開始を待っているのだ。応援に行くことを希望する生徒が多かった所為もあり、競技場までの移動による混乱で既に疲れ果てているものの、私たち応援団の本番はこれから。ワガドゥの関係者から配付されたこの謎ジュースで喉を潤して応援せねばなるまい。

 

「バオバブだってば。ちょっと大きいだけのバオバブなんだよ。ディーンがさっきワガドゥの生徒からそう教わってたんだから間違いないだろ。」

 

「有り得ないわ、ロン。『ちょっと大きい』どころじゃないもの。いくら魔法界だってバオバブはバオバブなりの大きさをしているはずよ。だからこの木は暴れ柳みたいな魔法界にしかない木に違いないわ。」

 

「……もうそれでいいよ。それでいいから僕を解放してくれ。観客席の中から観戦に来てるプロを探さないといけないんだから。絶対にサインを貰って帰るぞ。」

 

前の席のロン先輩とハーマイオニー先輩が繰り広げていた謎の『バオバブ論争』が一段落したところで、私の右隣に座っているジニーが話しかけてきた。ちなみに左にはルーナが、そして少し離れた最前列にはいつの間にか生徒たちに交じっていたブラックさんが座って……座っていないな。もう立ってるぞ。まだ試合開始前なのにも拘らず、『ホグワーツに優勝杯を! ワガドゥなんてやっつけろ、ハリー!』という文字が金銀糸で刺繍された自前の旗を振っている。

 

「ダームストラング戦の時より明らかに観客数が多いわよね? 準決勝だから?」

 

「多分そうでしょ。さすがにワールドカップの時ほどじゃないけど、下で立ち見してる人たちも含めれば凄い数になりそうね。」

 

バオバブの内部にある観客席はとっくの昔に満員になってしまったため、入りきらなかった観客たちは木と木の間に渡された吊り橋の上だったり、あるいは木の根元で観戦する羽目になっているようだ。……根元は角度がありすぎて観辛いだろうけど、あの原始的な構造の吊り橋で観戦するのは単純に怖そうだな。ワガドゥがホグワーツのためにと席を確保しておいてくれて本当に助かったぞ。何の変哲もないロープを渡して、そこに申し訳程度の板をくっ付けてるだけじゃないか。

 

風に揺れる吊り橋から身を乗り出している魔法使いたちの度胸に感心していると、独特な形の単眼鏡のチェックをしていたルーナがポツリと呟いた。やや残念そうな顔付きでだ。

 

「試合が終わったらすぐに帰らなくちゃいけないのは残念だよ。どうせアフリカに来たなら、魔法生物の保護地区にも行ってみたかったな。」

 

「この近くにあるの?」

 

「うん、すぐ近く。みんなワガドゥは変身術が凄いんだって言うけど、本当に凄いのは飼育学なんだよ? すっごく広い土地を保護区として使ってて、そこには他の国じゃ見られない魔法生物が沢山居るんだって。」

 

「へえ、面白そうね。」

 

ハグリッド先生が喜びそうな場所だな。……引率役の一人として同行していたし、もしかしたら試合が終わった後で行くつもりなのかもしれないぞ。明日は普通に授業日だが、あの先生ならやりかねない気がする。

 

ワガドゥの校長先生と一緒に観戦しているマクゴナガル先生に代わって、副校長として全体を統率しているフリットウィック先生。そのフリットウィック先生の更に代役としてレイブンクローの生徒たちを引率しているはずのハグリッド先生の姿を探していると……おっと、試合が始まるのか? 七色の派手な頭の人が箒に乗ってフィールドに出てきた。審判役なのだろうか?

 

私と同時にハーマイオニー先輩もそのことに気付いたようで、座ったまま背伸びをしてフィールドを観察し始める。七色頭さんはかなりの低空飛行をしているし、何か荷物を持っているようだ。ボールケースかな?

 

「そろそろ始まりそうね。あの人は確か国際魔法使い連盟の職員よ。新聞で読んだ限りではイベントの総責任者だったはずなんだけど……まさか、手ずから審判をするつもりなのかしら? あのローブって審判用のローブよね?」

 

「サミレフ・ソウのことでしょ? 元モウトホーラ・マカウズのキャプテンだし、審判くらいは余裕で出来ると思うわよ。現役時代は結構有名な選手だったんだけどね。事故で大怪我したから引退しちゃったの。」

 

「ニュージーランドのチームよね? ポジションはどこだったの?」

 

「チェイサーよ。ロングシュートの精度が凄かったんだから。……ボールケースを持ってるってことは、今日の試合では副審をやるっぽいわね。」

 

引退した後もこうやってクィディッチに関わり続けているわけか。よっぽど好きなんだな。ハーマイオニー先輩とジニーの会話を耳にしていると、ロン先輩が慌てた様子で立ち上がって断りを場に投げた。

 

「もう審判が出てきたのか。席を確保しといてくれ。僕は応援旗を振る手伝いをしてくるから。」

 

「ずっと振ってるの?」

 

「いや、手で振るのはとりあえず選手入場の時だけだ。ダイアゴン横丁の出資で作った旗なんだけど、大き過ぎてずっとは振れないんだよ。点を取った時とかは魔法で振ることになりそうかな。」

 

イギリス魔法界らしいというかなんというか、本末転倒な話だな。ハーマイオニー先輩に答えたロン先輩が合流した上級生男子の集団が、必死の形相で巨大な応援旗を観客席から出して支え始めたのを他所に、フィールドの中央に着陸したソウさんが大声を張り上げる。拡声魔法を使ったらしい。

 

『紳士淑女の皆様、間も無くワガドゥとホグワーツの選手たちが入場してきます! どうか盛大な拍手でお迎えください!』

 

それを聞いた半数くらいの観客たちがフライング気味に拍手する中、フィールドを囲むように楕円形に立ち並んでいるバオバブの中の二本……多分あれが選手用の控え室とかがある木なのだろう。向かい合う位置にある低めの二本のバオバブに空いた穴から、ほぼ同時に箒に乗った二つの集団が飛び出してきた。黒いユニフォームのホグワーツ代表チームと、茶色いユニフォームのワガドゥ代表チームだ。

 

耳をつんざくような大歓声を浴びながらフォーメーションを組んだ選手たちが競技場を一周する間に、実況の声が選手たちの紹介をし始める。実況席がどこなのかはいまいち分からないが、聞こえやすいハキハキとした男性の声だ。今回もプロがやっているらしい。

 

『さあ、一回戦を勝ち抜いた二チームのメンバーを紹介していきましょう。ホグワーツ代表チームはキーパーにボーンズ、ビーターにシーボーグとリヴィングストン、チェイサーにロイドとキリサメ、加えてキャプテンのマルフォイ。そしてシーカーは……ハリー・ポッター!』

 

「そうだ、ハリーだ! 今日スニッチを捕るシーカーの名前だ!」

 

いきなり全力での応援だな。喉が心配になるほどの大声で叫びつつ、ブラックさんが狂喜しながら手に持った旗を振りまくっているのを見ていると、今度はワガドゥ側の選手紹介が耳に届く。

 

『対するワガドゥ代表チームはキーパーにキャプテンのオルオチ、ビーターにワシントンとオチエン、チェイサーにボト、ドゥンビア、ハント。そして……シーカーはアマリ・ワガドゥ!』

 

うーむ、半数くらいは名前なのか姓なのかがさっぱり分からないぞ。奇妙なところで文化の違いというものを実感したところで、フィールドを一周し終えた選手たちがそれぞれのポジションに移動した。それと並行して地上に居るソウさんとは別の審判二人も配置に向かう。審判が合計三人も居るのか。豪華だな。

 

「んー、良くないわね。ワガドゥの初期ポジションが予想と違うわ。」

 

「どう違うの?」

 

「ホグワーツはマリサが前でロイドが後ろでしょ? そしてワガドゥは二人とも前。想定では二人とも後ろのはずだったのよ。序盤はディフェンスを重視するだろうって思ってたの。……やっぱりワガドゥもインタビュー記事を見て作戦を変えてきたのかしら。」

 

つまり予想とは正反対の初期ポジションになっているわけか。ジニーの解説に私が頷いた瞬間、ホイッスルが高らかに鳴り響くと共に四つのボールが解き放たれる。試合開始だ。

 

『試合開始です! 最初にクアッフルを手にしたのは……ハント選手だ! ワガドゥが最序盤の主導権を握りました。既に飛び出していたドゥンビア選手へとパスを回して──』

 

「ヤバいな、対策されてるぞ。」

 

ロン先輩が席に戻ってくるや否や険しい顔でぼそりと漏らしたのに、ハーマイオニー先輩が問いを返した。私も意味が掴めないな。何に対しての発言なんだろうか?

 

「何の話? マルフォイが競り負けたこと?」

 

「そうじゃなくて、アレシアだよ。敵のビーターがぴったり張り付いてるだろ? 普通ビーターは敵にブラッジャーを打ち込み易い位置か、あるいは味方を守り易い位置に陣取るんだけど……あれは完全にアレシアを妨害しにきてるな。」

 

「……本当ね、ブラッジャーを追おうともしてないわ。」

 

「厄介なプレーさ。あれをやられるとお互いにビーターを一人欠くことになるからな。相手の方が上手いから正攻法で勝負しないって言ってるようなもんだし、プライドを捨ててでもアレシアを封じるつもりなんだよ。あのビーターは個人のプレーよりもチームの勝利を優先したってことだ。」

 

リヴィングストンは上手いビーターらしいが、体格で勝る相手にあれだけ徹底マークされては動きようがないだろう。ジニーもそれを見て唸る中、ロイド先輩のタックルを避けたワガドゥのチェイサーがゴールに迫る。

 

『ハント選手、これも避けた! こうなると一対一です! ハント選手の力強いシュートを……防ぎました! ボーンズ選手、見事に指先で弾きます!』

 

「いいぞ、ボーンズ! 今のは上手かった!」

 

ロン先輩が嬉しそうに叫んでいるが……まあうん、素人目にも凄いブロックだったな。箒から殆ど落ちかけていたぞ。執念のプレーでシュートを防いだボーンズ先輩に呼応するように、今度はホグワーツが攻めに転じるようだ。マルフォイ先輩から魔理沙にクアッフルが渡ると、彼女はそれを単独で相手ゴールまで運んでいく。

 

『キリサメ選手、まるでやり返すかのような俊敏な動きでゴールに迫ります! ブラッジャーは間に合わないか! これはまたしても一対一になりそうです!』

 

「ワガドゥのチェイサー、戻ってないね。」

 

「そうね。どうしてなの?」

 

ルーナの言う通り、ワガドゥのチェイサーは一人がゴールを狙う魔理沙を追っているが、残りの二人は中央付近に留まっている。クィディッチに詳しくない私たちの疑問を受けて、イライラしている表情のジニーが答えを教えてくれた。

 

「ナメられてるのよ。キーパーが防ぐって確信があるから、カウンターの準備をしてるわけ。」

 

『巧みなフェイントを交えながらのシュートを……おおっと、防いだ! ワガドゥのキャプテン、オルオチ選手がキリサメ選手のシュートをがっちりキャッチします! やはりこのキーパーを抜くのは難しいか!』

 

「偶然だ! 偶然!」

 

ブラックさんが実況に文句を叫ぶのを尻目に、今度はワガドゥがカウンターを仕掛ける。……行ったり来たりだな。『キーパー戦』というのはこういう意味だったのか。もっとこう、のろのろと試合が動くってイメージだったぞ。

 

ひたすら繰り返されるカウンターの応酬と、ビーターをマークするビーター。それらを無視して悠然と上空を旋回する二人のシーカー。中々特殊な形の試合になりそうだなと素人ながらに思いつつ、手元の謎ジュースに口を付けるのだった。

 

───

 

そして試合開始から一時間半ほどが経過した現在、目まぐるしく攻守が入れ替わり続けるのにも拘らず、両チーム共にスコアだけが伸び悩む展開が続いていた。一応50-70でワガドゥが若干リードしているわけだが……おお、またボーンズ先輩がシュートを防いだぞ。今回もスコアに変動なしだな。

 

「どっちのキーパーも凄まじいわね。合計で何回防いでるの?」

 

「もう数えてないけど、二十回は絶対に超えてるはずよ。……大丈夫かしら? ボーンズ。キーパーとしては有り得ないほど派手に動いてるし、さすがにスタミナが切れてくる頃だと思うんだけど。」

 

私の呟きに応じたジニーの言う通り、今やボーンズ先輩はキーパーとは思えないほどにボロボロの状態だ。タックルで防げば当然身体を痛めるし、顔にボールが当たったことだって一度や二度ではない。

 

それでも凛とした顔付きでシュートを防ぎ続けるボーンズ先輩を尊敬していると、魔理沙が何十回目かの攻勢に打って出るのが目に入ってくる。こっちもこっちで意地の張り合いだな。

 

「厳しいな。マルフォイとロイドが完全にディフェンスに回って下がってるから、マリサは一人で攻めるしかないんだよ。オフェンス-ディフェンスが2-1のワガドゥに対して、ホグワーツはこの三十分間ずっと1-2だ。タイムアウトはとっくに使っちゃってるし、少しずつ不利になってきてるぞ。」

 

「スコアはまだ互角よ。ハリーがスニッチを捕ればいいだけの話だわ。」

 

「だけど、ハリーはまだ一回も見つけてない。多分日差しが強すぎるんだよ。これなら雨の方がマシだったかもしれないな。」

 

うーん、シーカーは試合開始から殆ど動いていないな。ワガドゥのシーカーもポッター先輩も、フェイントすらせずにひたすらスニッチを探しているようだ。ロン先輩とハーマイオニー先輩の会話を耳にしながら早く見つけろと鼻を鳴らしたところで、魔理沙がゴール前で物凄いプレーを繰り出した。

 

『再びキリサメ選手がゴールに迫ります! オルオチ選手、素早い直線的な動きでコースを塞ぎ……ええ? これはまた、危険なプレーが出ました! ホグワーツのゴール! これで十点差です!』

 

「あのバカ、死ぬ気なの?」

 

「落ちたら審判がクッション魔法を使うから死にはしないでしょうけど……まあ、あれは確かに危ないプレーね。相手のキーパーもびっくりしたと思うわよ。」

 

「……マリサ、落ちてないよね? 怖くて目を閉じちゃった。」

 

私とジニーのやり取りを聞いたルーナの問いに頷いてから、まだドキドキしている胸をそっと押さえる。何せあのバカは一度箒の上に立って高いシュートを放つと見せかけて、直後に落下して片手で箒を掴みながら相手キーパーの下を潜り抜けるようにボールを投げたのだ。足を踏み外して落ちたかと思ったじゃないか。

 

観客たちが感心というよりもむしろ呆れている中、魔理沙は得意げな顔で相手キーパーに何かを言い放つ。それを受けたキーパーが苦笑しながら首肯したのを見て、金髪の悪戯娘は満足したように自陣の方へと移動していった。魔理沙は勝ち誇って挑発するタイプじゃないし、キーパーの方もどこか柔らかい表情だったな。どんな会話を交わしたんだろうか?

 

何にせよこれでたったの十点差。スコア的にはほぼ振り出しに戻ったわけだが……疲弊しているボーンズ先輩に対して相手キーパーからはまだ余裕を感じるし、このまま進むと差が大きくなっていきそうだな。そんな心配をしていると、実況の声が事態が進展したことを伝えてくる。フィールドの反対側で動きがあったようだ。

 

『キリサメ選手のトリッキーなプレーの後、カウンターのためにボト選手がクアッフルを運んで……あーっと、シーカーが動いています! 遂にスニッチを発見したようです!』

 

慌ててホグワーツ側のフィールドに目を向けてみれば、ポッター先輩とワガドゥのシーカーが全く同じ方向目掛けて突進しているのが視界に映る。これはフェイントじゃなさそうだな。

 

佳境を迎えた勝負に観客たちが盛り上がる中、両チームの選手たちもシーカーを援護しようと動き出すが……おー、複雑なプレーが起こったな。二人のシーカーが試合を決める前に、四人のビーターたちの勝負が決したようだ。

 

『さあ、両シーカーがじりじりとスニッチに迫り……おっと、ここでビーターたちに面白い動きがありました! 連鎖的なプレーの末、一人無事に抜け出したリヴィングストン選手がワガドゥのシーカー、アマリ選手を狙います!』

 

「へ? 何があったの? ビーターは見てなかったわ。」

 

「シーボーグ先輩が体を張ってリヴィングストンを『救出』したのよ。」

 

ビーターたちのプレーに感心して息を吐きつつ、きょとんとするジニーに極限まで要約した説明を送った。シーボーグ先輩とリヴィングストンは離れていたのにぴったりのタイミングだったし、さっきのタイムアウトの時にこれをやるって決めてたのかな? 二つの場所で起きたプレーが上手く噛み合った感じだったぞ。

 

これまでお互いのチームのチェイサーたちを援護し続けていたシーボーグ先輩と相手のビーター……ワシントンさんだっけ? が両者共にブラッジャーを手元に留めており、それを同時に打ち込んだのだ。ワシントンさんはシーボーグ先輩に、そしてシーボーグ先輩はもう一人の相手ビーターに。

 

そのプレーが起きた一瞬の後、急ターンしたリヴィングストンを追おうとしていたもう一人の敵ビーターの背中にシーボーグ先輩の打った球が激突し、リヴィングストンはその反動でこぼれたブラッジャーを再び急ターンして至近距離からもう一度哀れな敵ビーターにぶち込み、更にそれが跳ね返ってくるや否やワガドゥのシーカーへと思いっきり打ち放ったわけだ。全部合わせても五秒ない濃いプレーだったぞ。

 

つまりワシントンさんは遠くのポッター先輩を狙うよりも近くのシーボーグ先輩がブラッジャーを打つことを妨害する方を選び、シーボーグ先輩も相手シーカーを狙うのではなくリヴィングストンへのアシストを選んだということらしい。

 

ワシントンさんは妨害が僅かに間に合わなかったことに悔しそうな表情を浮かべているし、シーボーグ先輩は棍棒を振り切った直後で体勢を崩していたためモロにブラッジャーを食らっており、もう一人のワガドゥのビーターは……リヴィングストンのやつ、張り付かれて自由に動けなかったことが地味にストレスだったようだな。背後からブラッジャーを受けた直後にそれまでの鬱憤を晴らすかのようなリヴィングストンの『追い打ち』を真っ正面から打ち込まれたため、もはや前後不覚の状態だ。そりゃそうか。リヴィングストンは五メートルも離れていないくらいの位置から全力で打っていたわけだし。

 

そしてビーターが全員絡んだ複雑なプレーを一人生き残ったリヴィングストンが、棍棒を箒の柄に固定するような独特なフォームで打ったブラッジャーは……お見事。脇目も振らずにスニッチに突き進んでいた相手シーカーの横っ面に突き刺さった。シーボーグ先輩の自己犠牲は報われたらしい。

 

『リヴィングストン選手の打ったブラッジャーが、物凄いスピードでフィールドを横切り……当たりました! これは痛い。アマリ選手の顔に激突します!』

 

「行け、ハリー!」

 

ロン先輩が叫び、ハーマイオニー先輩が祈るように手を組み、ジニーが思わず立ち上がって、ルーナが身を乗り出す中、一人だけ盛り上がり切れていない私の視線の先のホグワーツ代表シーカーが……捕ったみたいだな。手を伸ばして何かを掴むような動作をした後、握った右拳を勢いよく振り上げる。私だってホグワーツの勝利は心底望んでいるし、シーカーが他の選手だったら全力で応援できたんだけどな。ポッター先輩が持て囃されるのはほんのちょびっとだけ気に食わないのだ。何よりリーゼお嬢様も褒めるだろうし。

 

『捕りました! ポッター選手がスニッチを握り締めています! 210対70でホグワーツの勝利! 決勝戦に進むのはホグワーツ代表チームです! 互いに一歩も譲らず粘り続けた試合を制したのはホグワーツでした!』

 

まあ、今日のMVPは間違いなくボーンズ先輩だろう。彼女の意地のディフェンスがなければ、スニッチを捕ったところで追いつけない点差になっていたはずだ。次点でリヴィングストン……というか、自分を犠牲にしてでもリヴィングストンを自由にするという決断をしたシーボーグ先輩かな。

 

満面の笑みで握り拳を上げながらフィールドを一周するポッター先輩に小さく鼻を鳴らした後、サクヤ・ヴェイユはそれ以外の選手たちに向けて全力の拍手を送るのだった。……まあうん、ポッター先輩にもちょっとだけ送ってあげよう。ちょっとだけだ。

 


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