Game of Vampire 作:のみみず@白月
「こんなことは有り得ないだろう? 何かが起こっていることは間違いないんだ。」
紅魔館のリビングに響くリーゼの苛立った声を聞きながら、レミリア・スカーレットは静かに瞑目していた。
リドルが一向に捕まらないことに辟易していたリーゼだったが、アリスが怪我をしたことで我慢の限界を迎えたらしい。ソファに座るその姿は、私でも滅多に見たことのないレベルで苛立っているのが分かる。
しかし、アリスの怪我でこれほどまでに感情を動かすとは……リーゼも随分と変わったもんだ。以前なら人間など家畜以下にしか思ってなかっただろうに、今では同格として認めている節すらある。
ちなみに怪我自体は大したことはない。軽く腕の骨を折った程度なのだから、パチュリーの薬があれば一瞬で治るだろう。
片目だけを開いて黒髪の従姉妹を見つめていると、彼女はこちらを睨みながら声をかけてきた。
「情報が間違っているんじゃないだろうな? レミリア。」
おっと、愛称じゃなくてレミリア呼びか。私の想像以上に苛立っていたらしい。普段なら滅多に見れない姿だ。もう少し見ていたい気もするが……まあ、そろそろ限界か。
リーゼの瞳を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと口を開く。説明は難しそうだが、長い付き合いのリーゼなら理解できるはずだ。
「恐らくだけど、そういう運命なのよ。リドルを打ち倒すのは私たちではないということね。そしてそれはきっと、凄まじく強固な運命なの。……私でも覆せないほどの、ね。」
「……今回ばかりは信じられんな。そんなことが有り得ると本気で信じているのか? 私たち吸血鬼が人間一人を殺せないと? 冗談じゃないぞ、レミリア。」
「冗談を言っているつもりはないわ。現に貴女と美鈴の襲撃は尽く失敗し、向こうの襲撃はパチェや私がいない場所にばかり訪れる。苦労して見つけ出した敵の拠点には、木っ端死喰い人しかいない始末よ。……どう? 偶然だと思う?」
私が冷静な声で語りかけると、リーゼは一度息を吸って、頭を押さえながら大きくため息を吐いた。思う所はあったのだろう。襲撃の回数は既に二桁に突入しているのだ。それなのにリドルはおろか、幹部クラスの死喰い人でさえ仕留められていない。
実際のところ異常すぎる。最初はともかくとして、最近では私もリーゼも手加減をしていない。リドルがどんなに優秀だったとしても、逃げ切れるはずなどないのだ。
冷静さを取り戻したリーゼが、自分の考えを整理するように私に話しかけてくる。
「……私たちが大きく介入出来ないことが、仮に運命で決まっていたとしよう。だとすれば誰ならリドルを殺せるんだ? ダンブルドアか? ヴェイユか? それとも……アリスか?」
「それが分からないのよ、リーゼ。この運命はあまりにも……そう、複雑すぎるの。無数の糸が絡み合い、それを解きほぐして一本一本丁寧に確かめていく。今私はそんな作業をしているところよ。」
私の能力をして、この運命を操るのは容易ではない。まるでこれは……そう、私たちの物語ではないと言わんばかりの抵抗を見せてくるのだ。
「お手上げだと、そう言いたいのか? レミィ。」
「いいえ、時間が欲しいのよ。レミリア・スカーレットの名に懸けて、この運命を読み解いてみせるわ。ただ、それにはもう少し時間が必要なの。」
リーゼを真っ直ぐに見つめて言い放つ。どんなに強固な運命だったとしても、私に解けないはずはない。私はレミリア・スカーレットだぞ? 意地でも読み解いてみせる。
私の言葉にしばらく考えこんでいたリーゼだったが、やがて疲れたように今後の方針を語り出した。
「実にクソッたれな話だな……分かった、方向を変えよう。私と美鈴は木っ端を殺しまくって足止めをする。アリスとパチェは騎士団に常駐させよう。少しでも被害を……ああ、ダメか。仮本部は吹っ飛んだんだったな。」
「アリスが吹っ飛ばしたんでしょ。あの子も見た目によらず、派手なことするわよねぇ。」
「ふん、襲ってきたバカどものせいだろう? 何人か逃げたらしいが、そいつは私が必ず殺す。」
「はいはい、お好きなように。しかし……本部については考える必要があるわね。ダンブルドアも悩んでるみたいよ?」
忠誠の術だって万能ではないのだ。堅固な場所……ふむ。思い付いた場所をリーゼに言おうとすると、彼女も同時に口を開いた。
「ムーンホールドはどうかしら?」
「紅魔館はどうだい?」
空気が凍る。紅魔館を使わせるなんて絶対嫌だ。館が人間臭くなったらどうするんだ! 絶対に阻止すべく先んじて口を開く。
「ここには妖精メイドがいるのよ? 騎士団の本部にあんなおバカどもがいるなんて、格好がつかないじゃないの。」
「いい弾除けになるじゃないか。言っておくがムーンホールドを使わせるつもりはないぞ。あそこは誇り高きバートリの本家なんだ。人間を入れるなんて、先祖に申し訳が立たないだろう?」
「あのね、そもそもバートリはスカーレットの分家でしょう? 大体、パチェやアリスは入れているじゃないの。」
「父上が婿養子だってだけで、歴史自体はバートリのほうが長いだろうに。それに、パチェもアリスも魔女だ。人間じゃない。」
睨み合うが、リーゼは一歩も引く気はないようだ。私だってここを使わせる気はない。しかし、始めた以上はゲームに負けるのは御免だ。騎士団はただでさえ人数が少ないのだから、大事な駒は保護する必要がある。
ふむ、そうだ。ポーカーフェイスを決めながら、脳内ではじき出した解決策をリーゼに伝えるために口を開く。
「そうね、それならジャンケンで決めましょうか。」
「ふざけるなよ、レミィ。キミが能力を使ってインチキするのは知ってるんだぞ。」
っち。さすがに付き合いが長いだけある。一瞬でバレてしまったようだ。
他に方法がないかと考えていると、リーゼが何かを思い付いたらしく、ニヤリと笑って口を開いた。
「それなら……ほら、八雲の言っていた決闘方法はどうだい? あの『弾幕ごっこ』とかってやつ。あれで白黒つけようじゃないか。」
なるほど、弾幕ごっこか。フランの境界を弄る際に、八雲紫が説明していった決闘方法。まだ未完成らしいが、あれなら対等に闘えるだろう。少なくとも普通に殴り合うよりかは被害が出ないはずだ。
「いいでしょう。ルールはきちんと覚えてる? 物理的に避けられない弾幕はなしで、芸術性を持った弾幕にすること。それと……何だったかしら?」
「弾幕に名前と意味を持たせて、宣言とともにそれを放つこと、後は……スペルカードとやらは未完成らしいし、私たちでやるなら殺傷能力も気にする必要はないだろう。ってことは……ふむ、結構ルールが曖昧だな。」
「まあ、交互に撃ち合って先に当たったほうが負け、ってことでいいんじゃない? お試しでやるなら充分でしょ。」
別に八雲紫の正式なルールに従うことはないだろう。そっちは幻想郷とやらに行くことになったら考えればいいのだ。
「ま、そうだね。それじゃあ……早速やってみようじゃないか。」
不敵な笑みを浮かべたリーゼが、窓から夜空へと飛んでいく。私もそれに続いて夜空へと浮かび上がり、十分に距離を置いてリーゼと正対した。
「先攻は?」
「キミに譲ってあげよう。最近鈍っているだろう? ありがたく受け取っておくといい。」
「後悔するわよ、リーゼ。」
余裕たっぷりのリーゼに、こちらも笑みを浮かべて言葉を返す。彼女とこういうことをするのは久々だ。心が沸き立つのを自覚しつつ、実は八雲紫に話を聞いていた時から考えていた弾幕の名を、夜空に向かって高らかに宣言した。
「スカーレットマイスタ!」
言葉と同時に放った紅色の弾幕をリーゼが避けていくのを見ながら、レミリア・スカーレットは久方ぶりの闘志に身を委ねるのだった。
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「あのね、ジェームズ。それ、すっごいキモいよ。」
三年生の春を迎えたフランドール・スカーレットは、目の前の鹿人間に呆れたように語りかけていた。
パチュリーからアニメーガスについての本を送ってもらうまでは順調だった。しかし、現実は本の通りには進まないらしい。それを表すかのように、現在のジェームズの様子は酷い有様になっている。
頭部と左手は鹿なのだが、残りの部分は人間のままだ。控えめに言ってもめちゃくちゃキモい。フランの言葉に、鹿の頭部が哀れな鳴き声を上げた。実に悲しそうな鳴き声だ。
「ジェームズ、そっちは……ダメそうだな。」
言いながら近付いてきたシリウスも酷い有様だ。両腕が犬みたいになってるし、口元が変な形に伸びている。狼人間のほうがまだ愛嬌があるかもしれない。
ちなみにピーターは、まだネズミのようなヒゲと尻尾を生やすところまでしかいっていない。大型の動物に適性がなかったらしい彼が、皮肉にも一番まともな見た目をしている。
悲しそうな鳴き声を上げるジェームズに、パチュリーが本と一緒に送ってくれた薬を飲ませてやる。すると徐々に人間らしさを取り戻した彼は、困ったように礼を言ってきた。
「ああ、ありがとう、フランドール。しかし……この薬があって本当に良かったよ。鹿の化け物としての生涯なんて御免だしね。」
「フランドール、俺にも飲ませてくれないか? 我が可愛らしい肉球は、どうも物を掴むには向いていないらしいんだ。」
ジェームズに続いて情けなく頼んでくるシリウスにも薬を飲ませてやる。しかし、フランは挑戦しなくて本当によかった。変身術が得意な二人でさえこうなのだ、フランがやったら未知のバケモノになることは間違いないだろう。
人としての腕を取り戻したシリウスが、それに頬擦りしながら口を開いた。
「ああ、人間の腕ってのはいいもんだな。こうなるとありがたさが分かるよ。」
「全くだ。蹄じゃなんにも出来やしない。指ってのがどんなに偉大かが理解できたよ。」
アホなことを言っているジェームズとシリウスに、現実を思い出させてやることにする。
「もう、バカなこと言ってる場合じゃないでしょ! 全然変身できないじゃん! リーマスもなんとか言ってやりなよ!」
「いやぁ、僕は……頑張ってくれるだけでありがたいかな。」
「ふん、そんなこと言ってると、次の満月にはヨーシャしないからね。またキャンキャン言わせてやるんだから!」
「勘弁してくれよ、フランドール。」
冷や汗を流し始めたリーマスを無視して、次は苦笑いで見ていたピーターに向かって言い放つ。
「オマエもだよ、ピーター! 次にヒゲと尻尾以外の変化がなけりゃ、そのヒゲ引っこ抜いてやるから!」
「や、やめてくれよ、フランドール。あれ、すっごい痛いんだよ。」
ぷんすか怒るフランに危機を感じたのか、ピーターがリーマスの陰に隠れる。まったく、全然進歩がないんだから!
それを見て苦笑したジェームズが、取り成すように話題を変えてきた。
「まあ、この術は本当に難しいんだよ。……それよりさ、昨日いい事を思いついたんだ。僕らの呼び名を決めないか? 仲間内だけで通じる暗号みたいに。どうだ? カッコいいと思わないか?」
ジェームズの言葉に四人が考え込む。暗号か。確かにちょっとカッコいいかもしれない。シリウスも同感だったらしく、笑顔で賛成の言葉を口にした。
「いいな、それ! そうだな……変身後の姿を捩るのはどうだ?」
「まあ、別に構わないけどね。狼人間だってバレないようなのにしないとな。」
リーマスは消極的な同意、ピーターは……困ったように頷いている。まあ、ネズミじゃあカッコいい名前にはならなさそうだ。
みんなで名前を考えていると、真っ先に思いついたらしいシリウスが口を開く。
「俺は『パッドフット』にしよう。我が愛くるしい肉球を表してるのさ。」
それを聞いたジェームズが、ニヤリと笑って応える。
「いいな。僕はそうだな……『プロングス』だ。鹿といえばやっぱり角だろう?」
続いてリーマスも自虐的な表情で話し出す。
「僕はそうだな、『ムーニー』にしよう。満月でおかしくなる僕にはピッタリだ。」
最後にピーターがオドオド笑いながら口を開いた。
「ぼ、僕は『ワームテール』にするよ。ミミズみたいな尻尾だからね。」
決め終わった四人がフランの方を見てくるが……フランは変身なんてしないぞ。困った顔で四人を見ると、ジェームズが笑いながら話しかけてくる。
「まあ、秘密って感じではなくなるけど……フランドールは元から吸血鬼だろう? その特徴を捩ればいいのさ。」
「むぅ……んー、良さそうなのが思いつかないなぁ。それに私、コゼットにもネーミングセンスがないって言われるんだ。みんなで考えてくれない?」
彼女の猫に名前を付けようとした時は、ハッフルパフのみんなから猛反対を受けたのだ。実におかしな話である。……毛玉ちゃん。いい名前だと思ったのに。
フランの言葉を受けて、四人がウンウン唸りながら考え始めた。しばらく沈黙していたが、やがてリーマスが口を開いた。
「そうだな……その翼か、赤い瞳、キバとかを捩るのがいいかもね。」
それにピーターが自分の考えを述べる。
「瞳は名前と被っちゃうよ。『スカーレット』なんだから。」
するとシリウスが選択肢を絞りこんだ。
「翼もダメだ。綺麗な翼だが、些か特徴的すぎるだろ? 何て言うか……もっと捻るべきだ。」
それを聞いたジェームズが、我妙案を思いついたりと言わんばかりに笑顔で言い放つ。
「それなら、『ピックトゥース』はどうだ? コミカルでいいじゃないか。」
むう、歯間ブラシみたいな名前だ。しかし……まあ、悪くはない。怖さもあんまりないし、ちょっとかわいいくらいだ。折角考えてくれたんだからそれでいこう。
「うん、じゃあ……それにするよ! ありがとね、みんな!」
フランが笑顔でそう言うと、みんなも笑顔になってくれた。仲間だけの名前か。なんだか嬉しい気持ちになる。
するとジェームズが急に立ち上がって杖を目の高さに掲げた。何をするのかと見ていると、彼は笑顔を浮かべながら口を開く。
「我プロングスは誓う。我ら五人、決してお互いを裏切らない!」
おお、杖の誓いだ! 本で読んだことがある。昔の偉い魔法使いたちが友情を確かめるためにやった儀式。フランもちょっと憧れてたやつだ。
それを見たシリウスも、ジェームズのやろうとしていることに気付いたのか、ニヤリと笑って彼の杖と自分の杖を合わせた。
「我パッドフットも誓う。我ら五人、決して『良い子』にはならぬ!」
苦笑しながらリーマスも立ち上がって杖を合わせた。
「我ムーニーも誓おう。我ら五人、苦難には全員で立ち向かうと。」
ピーターが慌てて杖を取り出して、それを三人と合わせて口を開く。
「我ワームテールも誓う。我ら五人、死してもお互いを守り抜く!」
フランも頑張って腕を伸ばして杖を合わせる。
「我ピックトゥースも誓う。我ら五人……えっと、ずっと友達だよ!」
重なり合った五本の杖を見上げながら、フランドール・スカーレットは満面の笑みを浮かべるのだった。