Game of Vampire   作:のみみず@白月

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違和感

 

 

「……しけた顔ね。『厄介な魔女』を倒したんでしょ? ならもっと喜びなさいよ。」

 

古ぼけた鉄のシャベルで縁側付近の雪を除けている紅白巫女からの突っ込みに、アンネリーゼ・バートリは熟考しながら肩を竦めていた。腑に落ちんな。まるでピリオドの欠けた文章を読んでいる気分だ。中途半端に終わったという気持ちの悪さだけが残っているぞ。

 

日本の首都で灰色の魔女との決着を付けた翌日、落ち着いて状況を整理するために博麗神社を訪れているのだ。なにせ今の人形店はのんびり考え事が出来るような雰囲気ではない。アビゲイルは熊の人形と共にずっとベアトリスの死を嘆いているし、アリスは二体に付きっ切りで夜通し慰めており、それに引き摺られているエマも元気がないのだから。

 

だから居辛さを感じて幻想郷に来て、二月下旬なのに大量に積もっている雪をせっせと除け続けている巫女へと事のあらましを語っていたわけだが……んー、もやもやするな。思わず翼を畳みつつ、移動のための道だけを確保している巫女に返事を返す。美鈴より雑な除雪をするヤツなんて初めて見たぞ。もっと丁寧にやったらどうなんだ。

 

「どうしても納得できないんだよ。魔女の……ベアトリスの死に方がね。」

 

「自殺なんでしょ? あっさり自殺する人外なんて珍しくもないと思うけど。何度か妖怪退治をした経験から言わせてもらえば、追い詰めた後で『お前に殺されるくらいなら』とかって自殺する妖怪は沢山居たわよ。」

 

「そうじゃないんだ。確かにそういう手合いは珍しくもないが……ベアトリスの死に方はこう、中途半端だったんだよ。中途半端なのにも拘らず、それを諦めて許容していた感じだね。というか、半端に終わることこそが自分の結末だと認めていたと言うべきかな。意味が分かるかい?」

 

「抽象的すぎてさっぱり分かんない。相談したいんならもっと分かり易く説明して頂戴。」

 

別に相談しに来たわけじゃないぞ。静かに考えていたらそっちが勝手に話しかけてきたんじゃないか。文句を飛ばしてくる巫女に鼻を鳴らした後、拭えない違和感をどうにか言葉に変換する。

 

「要するにだね、私に追い詰められたって様子じゃなかったんだよ。そう、そういうことなんだ。確かに追い詰められて諦めてはいたし、だからこそ自分の頭を撃ち抜いたんだろうが、私に向ける態度があまりにも柔らかすぎたのさ。」

 

「諦観の穏やかさじゃないの?」

 

「そういう雰囲気じゃなくて……あー、面倒だな。自分でも纏まってないから言葉に出来ん。ちょっと待っててくれ、整理するから。」

 

「はいはい、お好きにどうぞ。今年は雪の妖怪だか冬の神だかが張り切っちゃった所為で、暇潰しには困らないからね。除けても除けても尽きないわ。忌々しい限りよ。」

 

ベアトリスは間違いなく私に何かを伝えようとしていた。だからこそ私は形のはっきりしない疑念を抱き、おまけに彼女は自死する直前にそれを晴らすようにと頼んできたわけだが……くそ、分からんぞ。『名探偵』がお望みならもう少し分かり易いヒントを寄越せよな。

 

あの時の会話から察するに、ベアトリス本人としては私やアリスに何かを伝えたかったものの、それが明確になってしまうと『劇』が台無しになるから伝えなかったということなのだろう。劇に従事する役者としては明かせないが、彼女個人としては白日の下に晒したい。そんなところか。会話の各所でそういった感情を示唆してきたし、その点においてはこの認識で合っているはず。

 

しかし、ベアトリスは劇を構成している張本人であるはずだ。昨日はあの灰髪の女性もまた人形なのではないかと疑ったが、少なくともベアトリスの死体は完全な生身だったし、何よりそういう騙し方は彼女の流儀に合わない気がする。事実を捻じ曲げはすれど、完全な嘘は吐かない。ベアトリスの誓約は嘘ではないように思えるぞ。

 

……とはいえ、その可能性自体は捨てきれないな。自分そっくりの人形を作り、諦めて死を受け容れたフリをしてこちらを油断させたとか? 可能不可能で言えば可能だろうが、その場合わざわざベアトリスは私に疑いを持たせるような発言などしないはずだ。むう、やっぱりこの答えはしっくりこないぞ。

 

「ちょっと、考えてるだけなら手伝ってよ。雪掻きしながらでも考え事はでき……やるじゃない。放っておいてもやってくれるの? だったらお茶を淹れてくるわ。」

 

巫女の要求にシャベルを自動で動かすための無言呪文で応じた後、真っ白な幻想郷の景色を眺めつつ思考を進めた。……よし、今回は自分のカンを信じよう。昨日会ったベアトリスは全ての真実を語ってはいないが、同時に嘘を吐いてもいないというカンを。だったらまだ隠された何かがあるはずだ。ベアトリスが明らかにすることを望み、そして望まなかった何かが。

 

盤上の動きそのものではなく主観を信じることに決めた私へと、やおら背後の茶の間に出現した妖怪が声をかけてくる。九つの尻尾が揺れる気配と共にだ。

 

「……悩んでいるようだな。」

 

「やあ、藍。ぐーすか寝ている主人の代わりにご登場か。今はキミがこの土地の責任者なのかい?」

 

「その通りだ。そして私は眠りにつく前の紫様からお前に関する指示を受け取っている。協力を求めるなら与えろという指示をな。……求めるか?」

 

「求めるかだって? 冗談じゃないよ。あの覗き魔には引っ込んでいろと伝えておいてくれたまえ。私は与えられただけの勝利に喜べるほど愚かじゃないんでね。」

 

振り向かないままで肩越しに突っ撥ねてやれば、隙間妖怪の従者たる九尾狐は満足したような声色で応答してきた。ベアトリスが私に『挑戦』を叩きつけてきた以上、これは私の舞台で私のゲームだ。観客なんぞに邪魔はさせん。私が見事に謎を解くのを黙って見ているがいいさ。

 

「そうだな、誇りを忘れた妖怪は弱い。紫様はお前に頼ってもらいたいと思っているはずだが、私としてはこの程度の問題なら自分で解決して欲しいところだ。」

 

「キミが紫と別の意見を言うとはね。意外だよ。」

 

「お前は言わば『同僚』だからな。多忙な紫様のお手を煩わせるのは見ていて我慢ならん。きっちり自分でケリを付けろ。」

 

「同僚だと? 私は紫の従者になったつもりも部下になったつもりもないぞ。あくまで対等な取引相手だ。」

 

心外だと声に表しながら言い放ってやると、藍は懐かしむような口調で返答を口にする。

 

「私も同じような台詞を大昔に紫様に言った覚えがあるぞ。気付いた時にはこんな関係になっていたがな。……『先輩』として生意気な後輩に一つ助言をしてやろう。それならお前も受け取れるはずだ。」

 

「キミがどうだったのかは知らんが、私はあんな胡散臭い妖怪と必要以上に連むつもりはないよ。……それでもいいなら言うだけ言ってみたまえ。」

 

「簡単な話だ。舞台を見ろ、バートリ。劇がまだ終わっていないのであれば、『役者』が舞台に残っているはずだろう? 空っぽのステージに拍手を送るヤツなど居ないさ。もし幕が下りていないなら、そこには誰かが残っているはずだ。」

 

役者? ぼんやりしたヒントを渡してきた藍は、近付いてくる人の気配に耳をぴくぴく震わせながら会話を締める。巫女が茶を淹れ終わったらしい。

 

「アルバート・ホームズが退場し、魔女ベアトリスも自らの手で舞台を降りた今、ステージに残っている役者は誰だ? ……さて、私はこの辺で失礼させてもらおう。博麗の巫女とはまだ直接会うわけにはいかないからな。それと、お前を監視している黒猫のことは決して虐めないように。絶対にだ。」

 

最後の注意だけをやたらと真剣に語ってきた藍が姿を消すのと同時に、襖が開いてトレーを持った巫女が部屋に入ってきた。その上には湯呑みが二つ載っている。

 

「……あんた、変な妖術を使っちゃいないでしょうね? なんか濃いわよ、この部屋の妖気。」

 

「使ってないよ。妙な疑いをかけないでくれたまえ。」

 

鋭いヤツだな。藍は限界まで妖力を抑えていたし、私から見ればそれらしい痕跡など一切ないわけだが、この巫女は『残り香』に気付いたらしい。不機嫌そうな表情でふんふんと鼻を鳴らしながら部屋を見回った後、湯呑みの一つを私に手渡してきた。縄張りを荒らされた猫みたいだぞ。

 

「ならいいんだけど。……で、『考えの整理』は出来たの?」

 

「残念ながら、出来ていないよ。むしろこんがらがってきたね。」

 

藍がヒントを寄越してきたこと自体が一つのヒントになっているな。解決している問題にヒントなど不要だ。である以上、あの九尾狐から……延いては隙間妖怪から見た状況はまだ終わっていないということになる。私の予想通りベアトリスの死が最後のページではないということか。そういえばベアトリス自身も自分の死を『過程』と表現していたっけ。

 

だが、この期に及んでステージに残っている者など居るか? 五十年前の『第一部』から数えればともかくとして、今回はそもそも舞台に上がっていた人数自体が少ないはずだぞ。……ええい、分からん。設問自体が曖昧なことにイライラしてくるな。

 

「あっそう。私は別にどうでも良いんだけど、雪掻きの分くらいは一緒に考えてあげても……ねえ? あのシャベル、地面を掘ってない? 掘ってるわよね? おいこら、聞いてる?」

 

まあ、ゆっくりでいいか。危急の問題はもはや無い……はずだ。全体的な状況を整理しつつ、落ち着いた頃に改めて考えればまた違った──

 

「おいってば、考えてないで早く止めなさいよ! さっき使ってた白い棒はどこ? 庭が穴だらけになっちゃうじゃないの!」

 

「ああもう、何なんだキミは。考え事をしてると言っているだろうが。自分で止めたまえよ。自慢の退魔術はどうしたんだい?」

 

「シャベルはあれ一丁しかないんだから、変に止めて壊れでもしたら大損害なのよ。いいから止めろっての! 私は穴だらけの庭を横切るのも、手で雪掻きをするのも嫌だからね!」

 

シャベルも足りていないのか。紫は何だってこの巫女に必要な物資を補給してやらないんだ? それもまた修行の一環なのかと怪訝に思いつつ、杖を振って終わらせ呪文を飛ばす。

 

フィニート(終われ)。……ほら、止まったぞ。いい教訓になっただろう? 安易な道を選ばず、自分でコツコツやるのが一番ってわけさ。」

 

「何をそれっぽく纏めてるのよ。穴はあんたが塞ぎなさいよね。」

 

どうやらこの土地も考え事には向いていないらしいな。巫女は煩いし、狐はちょっかいをかけてくるし、猫は怯えつつも遠巻きに監視してくるし、隙間妖怪は暢気に眠りながらそれを覗いてくるわけだ。

 

喧しく主張してくる紅白巫女へとおざなりに応対しつつ、アンネリーゼ・バートリは小さくため息を吐くのだった。

 

 

─────

 

 

「……でもよ、考えすぎなんじゃないか? 大抵の場合、こういう事件は綺麗にすっぱり終わるようなもんじゃないだろ。ベアトリスが死んで、アリスは自由になった。それでいいじゃんか。」

 

最良の結末だとは到底思えないが、ロクに協力できなかった私に文句をつける権利などないだろう。何とも言えない気分でリーゼに発言を送りつつ、霧雨魔理沙は頭上の星々を眺めていた。拳銃自殺か。どこまでも魔女らしからぬ最期だな。

 

アフリカの地でワガドゥ代表に辛くも勝利した翌日、現在の私と咲夜はホグワーツの星見台でリーゼからの報告を受けている。彼女はアリスとアビゲイルを連れて日本に行き、そしてベアトリスの自殺を見届けたらしい。つまるところ、夏に始まった一連の事件がようやく終結したわけだ。

 

とはいえ、リーゼはベアトリスの態度から何かしらの違和感を読み取ったようで、こうして経緯を私たちに語っている間も腑に落ちないような顔をしているのだが……んー、分からんな。推理小説じゃあるまいし、人外同士の戦いの終わりなんてこんなもんじゃないか?

 

天井に映し出されている北アメリカの星空。それをぼんやり見上げながら問いかけた私に、ソファに座っているリーゼは不貞腐れたような顔付きで応答してきた。

 

「昨日博麗神社で整理したんだがね、私はどうやらいくつかの疑問を抱えているらしいんだ。一つは今語って聞かせたベアトリスの最期について。……リザインしたのは間違いないとして、彼女は『誰』にそれをしたんだと思う?」

 

「そりゃ、お前だろ。しつこい吸血鬼相手じゃいつまでも逃げ切れないと踏んだから、潔く自らの手でケリを付けたってわけだ。本人もそう言ってたみたいだし、状況もそれで説明がつくじゃんか。……それより博麗神社ってのはどういうことだよ。そんな簡単に行き来できるのか?」

 

「そこは後で話すよ。……あれが私に対してのリザイン? 到底納得できないね。むしろベアトリスは私を手助けしようとしていたんだ。後ろで観戦している私へと、ルールで許される範囲で相手の弱点を伝えてきたのさ。彼女の後にプレーするのが私だと知っていたから、せめて私に勝ってもらおうと足掻いたんだよ。」

 

比喩的すぎるぞ。意味不明なことを呟きながら立ち上がって、松明が並ぶ星見台の壁沿いをぐるぐる歩き始めたリーゼへと、今度は持ち込んだ紅茶を淹れている咲夜が質問を放つ。私としては博麗神社の一件の方が気になるんだがな。

 

「えっと、どういう意味なんでしょうか?」

 

「つまりだね、咲夜。それが二つ目の疑問なんだよ。……結局のところ、ベアトリスは何がしたかったんだ? 彼女がずっと盤を挟んで向き合っていた相手は私だったのか?」

 

「二つ目の疑問はベアトリスの目的ってことですか?」

 

「そうだよ。分かり難いかい? ……例えばヨーロッパ大戦の時、私とレミィはヨーロッパ魔法界という盤を挟んで向かい合っていたわけだ。そして勝ったのはレミィだった。あの時はまあ、最後に黒のキングを取られたからリザインも何もないわけだが、とにかくお互いの顔ははっきりと見えていたのさ。レミィはダンブルドアという駒を使ってゲラートを打ち倒すことを目的としていて、私はゲラートという駒を魔法界の支配者にすることを目的にしていたわけだね。相反するからこそ勝負が成立し、ルールがあればこそゲームになり、勝利条件があるからこそ勝敗が決するんだよ。」

 

改めて壮大な『ゲーム』だな。納得の頷きを飛ばした私たちに、リーゼは歩を進めながら続きを語る。頭の中で考えを整理しているらしい。そういう時に歩きたくなるのはちょっと分かるぞ。

 

「では、ベアトリスの目的……つまり彼女の『勝利条件』は?」

 

「アリスだろ?」

 

「本当に?」

 

私の短い返答を聞いて、ぴたりと立ち止まったリーゼもまた短く問い返してくるが……アリスだよな? それしかないだろ。

 

「今更そこを気にするのか?」

 

「ああ、するとも。今の私は盤を挟んだ相手の顔がベアトリスには見えていないんだから。かといって誰に見えているわけでもないけどね。影で見えないから、そこにライトを当ててやろうとしているわけさ。……キミたちだったらどうだ? もし本当にアリスの身柄を欲しているのであれば、わざわざ『国際指名手配』なんて迂遠な手を選択するかい? もっと確実で簡単な手段が山ほどあるはずだ。『アルバート・ホームズ』という人間をバックボーンから組み上げて、国際保安局なんてものを成立させた上に委員会という余計な部分にまで手を出して、挙句少しコケただけで迷わず計画を放棄? 改めて考えると幾ら何でも意味不明だぞ。」

 

「だからよ、やりたいことが沢山あったってことだろ? スカウラーのこととか、魔法界に対する憎しみとか、アリスの件と合わせてそういうのを一度に全部解決しようとしたら……まあうん、結局全部失敗しちゃったってことなんじゃないのか? お前だってそう推理してたじゃんか。」

 

「しかしだね、魔理沙。実際に会って話してみたところ、ベアトリスはそんなバカなことをやるヤツには見えなかったんだよ。彼女は『結局無駄な行動はしなかった』と言っていた。自分は良い労働者だったと。全ての行動に意味があったのであれば、アリスが本当の目的だとは思えないね。過程として必要な要素だったにせよ、最終的な目的ではないはずだ。……そう、過程。過程だったんだよ。ベアトリス自身も、彼女の目的に見えていたものも過程だったわけだね。面白い推理だと思わないか?」

 

いやいや、面白くはないだろ。言っていることも全然理解できんぞ。悩む私を他所に翼を揺らしながら歩くのを再開したリーゼへと、額に皺を寄せている咲夜が自分なりの纏めを口にした。

 

「要するにベアトリスはアリスを目的にしていないから、彼女にとってリーゼお嬢様は敵ってわけじゃなくて、だから投了した相手もお嬢様ではないってことですか? そしてその相手と今まさにお嬢様が戦ってて、ベアトリスはお嬢様の勝利を望んでいるってことですよね? ……んん? 何か変な感じになっちゃいました。」

 

「まあ、物凄く噛み砕けばそういうことかな。非常に気に食わんが、ベアトリスを詰ませたのは私ではないという気がしてならないのさ。……あるいは、あの魔女は二つのチェスを同時に進めていたのかもね。もう片方の盤面が詰んじゃったから、私と打っていた方もなし崩し的に終わらせたわけだ。軽んじられているようでムカつく話だよ。」

 

「えーっとですね……すみません、よく分かりません。話の趣旨は何とか理解できましたけど、リーゼお嬢様が強く疑う理由がいまいち分からないです。さっき魔理沙が言ってたみたいに、普通にベアトリスが諦めて自殺したって線は有り得ないんでしょうか?」

 

主人の懊悩をどうにか理解しようと必死になっている咲夜に、リーゼは軽く肩を竦めて応じる。『さぁね』のポーズだ。

 

「有り得るんじゃないかな。ベアトリスの目的はアリスで、ホームズが起こした騒動はその余波に過ぎず、全てを失敗した彼女はもうダメだと駒を倒して自殺した。それだけの話だって可能性も確かにあるだろうさ。」

 

「でも、リーゼお嬢様はそうだと思っていないんですよね?」

 

「その通りだ。私は自分のカンを信じることに決めたんだよ。少なくとも一昨日の会話において、ベアトリスは嘘を吐いていないというカンを。彼女は言いたいことを言ったり、言うべきことを言わなかったり、あるいは沈黙や曖昧さを以って答えを濁すことはしたかもしれないが……それでも完全な嘘は言葉にしていないというカンをね。」

 

カン、ね。そこだけはやけに自信がある様子で語ってきたリーゼは、顎に手を当てながら話を続けた。魅魔様風に言うなら、言葉を無駄遣いしなかったってとこかな。

 

「彼女は末期の台詞として私に『疑念を晴らせ』と言ってきた。それはつまり、自分がリザインした相手を代わりに打ち倒せという意味に他ならないだろう? ベアトリスの無念なんぞどうでも良いが、私以外に私の知らない勝者が存在するのはイラつくからね。勝つのは私一人でいいんだ。誰が何の目的で始めた劇だろうと、『探偵役』としてステージに上がるのであればスポットライトを浴びるのはこの私さ。他に主役が居るならぶん殴ってでも場所を空けさせてやるよ。」

 

「……ダメだ、直接ベアトリスとの会話を聞いてない私じゃ追いつけないぜ。お前がまだ『終わってない』って思ってることは分かったが、具体的に私たちは何をすればいいんだ?」

 

「何かは出来るかもしれないが、とりあえずは何もしなくていいよ。私だって何をすべきなのかまではしっかり分かっていないんだからね。……だからつまり、これまで通りさ。キミはクィディッチに、咲夜はフクロウ試験に集中したまえ。」

 

「ようやく分かり易くなったな。」

 

浅く息を吐きながら首肯してやると、リーゼは未だ思案している顔付きで小さく鼻を鳴らす。

 

「兎にも角にも状況は落ち着いたんだ。その上で残った謎に手を付けるのは私の勝手な我儘であって、アリスやキミたちに負担をかけるつもりはないよ。私は一人で『なぞなぞ』をやってるから、キミたちもキミたちの問題を解決したまえ。」

 

「ま、そうさせてもらうぜ。次はいよいよ決勝だからな。……勝ち上がってきたのはやっぱりマホウトコロだとさ。」

 

「決勝戦はいつになるんだい? 私もさすがに観に行くよ。」

 

「まだ未定だが、フーチは五月のどっかになるんじゃないかって言ってたな。日時と会場は来週末に決まる予定だ。」

 

立つ場所を変えて天井の星空を日本のものに変えながら回答してやれば、リーゼはニヤリと笑って返事を返してきた。意地の悪い、からかうような笑みだ。

 

「必死に練習しておきたまえ、魔理沙。初戦で負けるよりも、準決勝で負けるよりも、決勝で負けた方がよっぽど悔しいぞ。」

 

「分かってるよ、そんなこと。……まあ見とけ、絶対勝つから。」

 

リーゼの抱えている懸念が気にならないと言えば嘘になるが、今の私にはクィディッチ以外の物事に構っている余裕がない。……勝つさ。必ず勝ってみせる。優勝に見合うだけの努力は重ねてきたし、これから先もそれを続けていくつもりなのだから。

 

明確な目標へと一直線に目を向けつつも、霧雨魔理沙は日本の星空をジッと見つめるのだった。

 


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