Game of Vampire   作:のみみず@白月

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良いキャベツ、悪いキャベツ

 

 

「ねえ、この植物は何のために存在しているの?」

 

保護手袋を嵌めた自分の手に噛み付いているキャベツを睨みつつ、サクヤ・ヴェイユはうんざりした気分で愚痴を漏らしていた。『噛み付きキャベツ』という魔法植物らしいが、噛み付いてこないお利口なキャベツを知っている身からすれば迷惑この上ないぞ。何故こんな鬱陶しい植物の栽培を手伝う必要があるんだ? 絶滅させちゃえばいいのに。

 

楽しかったイースター休暇が終わり、また授業の日々が戻ってきたホグワーツ。いよいよフクロウ試験を意識せざるを得なくなってきた私たちグリフィンドールとハッフルパフの五年生は、敷地内の温室で午前最後の薬草学の授業を受けているわけだが……ええい、忌々しい限りだな。この百害あって一利ないようなキャベツどもは、受粉の手伝いをしている善良な私たちの手に狂ったように噛み付いてくるのだ。しかも力尽くで引き剥がそうとすると葉が破れてダメになってしまう始末。面倒くさすぎるぞ。

 

とはいえ、薬草学の評価が気になる私としてはイライラに身を任せてキャベツをダメにするわけにはいかない。だから自制して下手に出て、このバカキャベツをどうにか無事な姿で受粉用の鉢に植え替える必要があるわけだ。

 

分厚い葉の表面についている鋭い歯が並んだ植物らしからぬ口で、ギリギリと私の手袋を噛み締めてくるキャベツを死んだ目で見つめていると、隣で作業している魔理沙が相槌を寄越してくる。彼女も非常にイラついている顔付きだ。

 

「知るかよ、そんなこと。私は普通のキャベツが大好きになったぜ。少なくともあいつらは噛み付いてこないし、甲高い声でギャンギャン鳴かないし、唾を吐きかけてもこないからな。……本当に何のために育ててるんだ? こいつら。人間に対しては害しかなくないか?」

 

「普通のキャベツが存在している以上、人間目線だと駆除すべき対象に思えるわね。ナイフを使いたいわ。この邪魔くさい口に突っ込んでやって、私に噛み付いたことを後悔させてやりたい。」

 

「五年生の時のリーゼはやったらしいぞ。キレてぶん殴った後に葉を一枚一枚剥いでいったんだとさ。そのキャベツの悲鳴を聞いた他のキャベツの抵抗が弱まったから、作業がやり易くなったってロンが言ってたぜ。」

 

「……この前の根生姜の授業で失敗してなかったらやってたかもね。だけど今の私は失敗するわけにはいかないのよ。」

 

貯金がないのだ、薬草学は。そのことを残念に思いながらキャベツの抵抗が弱まるのをひたすら待っている私に、背後から誰かが声をかけてきた。見習い中のロングボトム先輩だ。空きコマの時はスプラウト先生の補佐をしているらしい。

 

「サクヤ、下の方をそっと撫でてあげるといいよ。そうすると落ち着くのが早くなると思う。基本的にゆっくり動くのがコツなんだ。噛み付きキャベツには速く動くものにはとりあえず噛み付くって習性があるから。」

 

「分かりました、撫でてみます。」

 

右手に噛み付かれたままで、アドバイスに従って野蛮な魔法植物を左手で撫でてやろうとすると……こいつ、本当に忌々しいな。別の葉についている口が左手にも噛み付いてくる。あまり調子に乗っていると後悔することになるぞ。

 

自制心をフル稼働させて怒りを抑えている私を他所に、噛み付いてくるのを見事な反射神経で避け続けている魔理沙がロングボトム先輩に質問を放った。根本的な質問をだ。

 

「よう、ネビル。私たちは何のためにこいつらが増えるのを手助けしてるんだ? 授業目的がよく分からんぜ。減らす手伝いをするってんなら納得だけどな。」

 

「噛み付きキャベツは特定の魔法生物のエサになるんだよ。僕は飼育学に詳しくないからはっきりとは言えないけど、普通のキャベツだとダメなんだって。持っている栄養の種類が違うんじゃないかな。このキャベツは光合成の他に小動物も食べるから。」

 

「つくづく愉快なキャベツだな。愛くるしい小鳥なんかを食っちまうわけか。ますます気に入ったぜ。」

 

投げやりな態度で皮肉を言う魔理沙へと、ロングボトム先輩は彼らしい生真面目な返答を返す。ちなみに私の両手は噛まれたままだ。一切抵抗していないのに、さっきよりも噛む力が強くなっている気がするぞ。邪悪なキャベツめ。無抵抗な相手がお好きなわけか。

 

「鳥はあまり食べないかな。主にネズミとか、モグラなんかを食べるんだよ。害獣駆除用に植えてる人も居るんだって。」

 

私なら植えないぞ、こんなもん。申し訳程度の『一利』を示したロングボトム先輩が別の生徒の指導に向かうのを見送ったところで、温室の反対側から悲鳴が聞こえてくる。キャベツではなく、人間の悲鳴だ。それに続いてスプラウト先生の怒りの声が温室に響いた。

 

「保護手袋は決して外さないようにと注意したでしょうが、ベイン! 今すぐ医務室に行きなさい。毒がありますからね。」

 

「毒? 私、死ぬんですか?」

 

「貴女が作業開始前の説明を聞いていなかったことはよく分かりました。死ぬには遠く及ばない弱毒ですが、迅速に処置しなければ痒みと痺れが一週間ほど残りますよ。それが嫌なら急ぎなさい。」

 

ベインが噛まれたのか。薄っすらと血が滲んでいる右手を押さえているベインは、友人に付き添われながら大急ぎで温室を出ていくが……何だって手袋を外したんだ? 私は外す気分にはなれないけどな。

 

まだまだ私の両手を解放する気がないらしいキャベツを無感動に観察しつつ、この植物を根絶やしにするための基金があれば募金しようと決意したところで、先んじて植え替えをやり遂げた魔理沙が満面の笑みで自慢してきた。

 

「おっしゃ、終わりだ。葉の欠けはゼロ。これにて私の苦難は終了だぜ。」

 

「……終わったなら手伝ってよ。友達でしょ?」

 

「私は友人の貴重な経験を邪魔したくないんだよ。キャベツから両手を噛まれるだなんて体験は今後二度と出来ないぞ。楽しめよ、咲夜。見守っててやるから。」

 

「いじわる。」

 

ジト目で文句を呟いてから、ドラゴン革の手袋をガジガジと味わっているキャベツに憎悪の思念を送っていると、近付いてきたスプラウト先生が魔理沙に話しかける。

 

「あら、キリサメはもう終わりましたか。見せてください。……問題ないようですね。次は昼休みですし、早めに競技場に行っても構いませんよ。」

 

「いいのか?」

 

「練習の時間が増えて困ることはないでしょう。許可します。器具の片付けは私がやっておきますから、このままで結構ですよ。」

 

「あんがとよ、それなら行ってくるぜ。」

 

また『クィディッチ特例』が発動したな。元気よく駆けて行った魔理沙の背を眺めつつ、これで何度目だろうかと苦笑を浮かべた。マホウトコロとの決勝戦が迫ってきた今、教師たちは代表選手陣への特別扱いを躊躇わないことに決めたようだ。

 

練習がある昼休み前や夕食前は早めの退室を許可したり、宿題を出す際にレポートが短くても構いませんよとこっそり囁いたり、あるいは厨房のしもべ妖精たちに競技場への『ケータリング』を命じたり。用務員のフィルチさんも廊下を走る代表選手を注意しなくなったし、その飼い猫のミセス・ノリスですらもが泥だらけのユニフォーム姿の選手たちを追い回さなくなったほどだ。

 

普通なら他の生徒から文句が出そうな優遇っぷりだが、自校の優勝を目前にしたホグワーツ生たちはそれらを『当然のことである』と判断しているようで、文句どころか自発的に更なる協力をしているらしい。

 

毎日のように活動している『お掃除ボランティア部隊』のお陰で競技場の用具はいつもピカピカだし、レイブンクロー生を中心とした『調査班』は魔法省のゲーム・スポーツ部に資料請求をしてまでマホウトコロの戦術を調べ、裁縫が得意な者たちは新たな巨大応援旗作りに余念がない。ホグワーツが攻められた時以上の団結っぷりに思えるぞ。

 

ダンブルドア先生にも見せたかった光景だなと少ししんみりしたところで、ようやくキャベツが私の両手を解放してくれた。やっと作業を進められそうだな。

 

「……あっ。」

 

しかし運命とは時として非情なものらしく、ハエが留まるような動きで植え替えを進めようとした私の両手に、再びバカキャベツが勢いよく噛み付いてくる。ロングボトム先輩の嘘つき。ゆっくりやってもダメじゃないか。

 

……我慢だ、私。成績のために我慢するんだ。薬草学で良い成績を取った私を、リーゼお嬢様が褒めてくれる場面を想像しろ。それを現実のものにするために今はひたすら我慢するんだ。

 

私が研ぎに研いだナイフを携帯していることを知らない愚かなキャベツを、あらん限りの力で無茶苦茶に切り裂きたくなる衝動を必死に堪えつつ、ただジッと解放の瞬間を待つのだった。

 

───

 

そして今学期一番イライラした薬草学を終え、結局時間内に植え替えられなかった無念をやけ食いで晴らそうと大広間に入ってみると……リーゼお嬢様だ。長机の真ん中くらいの席でハーマイオニー先輩と食事をしているお嬢様の姿が視界に映る。

 

主人を見つけた以上、メイドとしては側に向かわなければ。『癒し』に引き寄せられている私の姿に気付いて、リーゼお嬢様はいつもの笑顔で声をかけてきた。うーん、やっぱりこの笑みだな。少しだけ目を細めて、口の端を吊り上げるような涼やかな笑み。ささくれ立っていた心が落ち着いてくるぞ。

 

「おや、咲夜。ここに座りたまえ。何の授業だったんだい?」

 

「薬草学です。噛み付きキャベツの植え替えでした。」

 

「ああ、あの忌々しい能無しキャベツか。私が神だったら真っ先にこの世界から消してるよ。」

 

「さすがお嬢様です。」

 

その通り、そうすべきなのだ。深々と頷きながら着席した私に、ハーマイオニー先輩が苦笑いで相槌を打つ。

 

「まあ、確かに面倒な魔法植物ではあるわね。フクロウ試験の時は苦労したわ。私たちの年は、害虫避けの薬を塗るっていうのが実技の内容だったの。」

 

「……噛み付きキャベツにですか?」

 

「噛み付きキャベツによ。」

 

マズいぞ、同じ内容になったら上手くできる自信がない。海老のサンドイッチに手を伸ばした状態で静止する私へと、ハーマイオニー先輩はフクロウ試験の話を続けてきた。

 

「落とし穴なのよね、薬草学とか天文学あたりは。そこまで勉強しなくてもまあまあの点数が取れちゃう教科だから、試験の対策を後回しにしがちなのよ。そして気付いた時には後の祭りってわけ。」

 

うーむ、なんだか想像できちゃう展開だな。手に取ったサンドイッチを見つめながら不安になっていると、教員テーブルの方に派手なローブの人影が着席したのが横目に入ってくる。今日は一段と冒険してきたな。不安が吹き飛んじゃったぞ。

 

「ブッチャー先生、どこであのローブを買ったんでしょうか?」

 

「ん? ……おやまあ、今日のは凄いね。『ロックンロール』って書いてあるぞ。プリントされてある顔写真は誰なんだ?」

 

「一昔前に流行ったマグルの有名なミュージシャンよ。音楽に疎い私でも知ってるくらいのね。……本当にどこで買ったのかしら? あんなローブ、ダイアゴン横丁には売ってないと思うけど。」

 

つまり、ブッチャー先生が『イメージチェンジ』を試みているのだ。今年に入ってからというもの、前までの重苦しい黒ローブとは似ても似つかない奇抜なローブを着るようになっているわけだが……まあうん、半分成功ではあるな。少なくとも生徒たちは怖がらなくなったし。

 

スパンコールがふんだんに使用された煌びやかなローブだったり、あるいは大量の青い紐が首元から垂れ下がっている前衛的なローブだったりと、選択そのものは大いに間違っているものの……黒ローブの時の威圧感は完全に掻き消えているぞ。今ではトレローニー先生と同じジャンルの扱いになっている。身も蓋もない言い方をすれば、『変人』というジャンルに入れられたわけだ。

 

三人でロックすぎるローブの感想を呟いたところで、奇行の『原因』たるリーゼお嬢様が適当すぎる結論を口にした。クリスマス休暇の際のホグワーツ特急での会話が切っ掛けなのは間違いないだろう。

 

「ま、悪くない変化だね。質問されることが増えて本人は喜んでいるようだし、闇の魔法使いとも言えなくなったじゃないか。死喰い人があんなローブを着るはずがないだろう? ロックンロールとは程遠い集団なんだから。……具体的にロックンロールが何であるのかまではいまいち分からんが。」

 

「そうね、『闇の魔法使い感』はゼロね。……そういえば、マホウトコロ行きの計画がほぼ纏まったわよ。監督生集会でマクゴナガル先生が話してくださったの。」

 

「議論が紛糾していた自由行動はどうなったんだい?」

 

「残念ながら無しよ。ワガドゥの時と一緒で代表選手たちは前日にマホウトコロに移動した後、向こうの校舎で一泊してから試合に臨むことになるらしいわね。ワガドゥの時と違って試合後にもう一泊するみたいだけど。そして一般の生徒は応援に行って、その日に戻ってくるだけになったわ。」

 

先日の監督生集会で私も耳にした説明をハーマイオニー先輩から受けて、リーゼお嬢様はそこまで興味がない様子でこっくり首肯する。

 

「妥当なところじゃないかな。どうせ日本魔法省が『常識がないホグワーツ生たち』を野に放つのを渋ったんだろうさ。あそこは杓子定規な国だからね。」

 

「そうなの? 私としては、電化製品を作ってる国って印象ね。あとは自動車かしら。」

 

「大体そんな感じだよ。……ちなみにどうして代表陣は二泊するんだい?」

 

「正午に試合があって、その後に表彰式と閉会パーティーでしょ? 試合が数時間程度じゃ終わらない可能性もあるから、マホウトコロとしては余裕を持って最初から二泊の計画にしたかったんですって。十八日をいざという時の『予備日』にするってことね。それをホグワーツ側が了承した感じよ。」

 

基本的には一、二時間。長くても四時間程度で終わることが殆どだが、クィディッチは『シーカーがスニッチを捕るまでは終わらない』という性質上、時に試合時間が常軌を逸するほどの長さになってしまうのだ。

 

私が魔理沙から聞いた『歴史に残るロングゲーム』の話を思い返しているのを尻目に、リーゼお嬢様は納得したような声色で会話を続けた。

 

「クィディッチ文化に強いマホウトコロらしい配慮だね。……あと一ヶ月か。イモリは受けないし、その決勝戦が私の学生時代最後のイベントになりそうかな。」

 

「楽しみね。観戦する時だけは試験のことをすっぱり忘れることにするわ。」

 

……そっか、卒業しちゃうんだ、二人とも。急に現実的になったその事実を寂しく思いつつ、野菜が沢山入っているスープを一口飲む。『最後のイベント』か。出来ることなら卒業していく七年生たちのためにも、勝利で飾ってもらいたいな。

 

今頃必死に練習しているのであろう代表選手たちに心の中でエールを送りつつ、サクヤ・ヴェイユは先輩たちの居ない学生生活を思い浮かべて少しアンニュイな気分になるのだった。

 


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