Game of Vampire   作:のみみず@白月

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初歩的な推理

 

 

「じゃあ、キミも観戦に行くのか。会場で会えるかもしれないね。」

 

人形店の店舗スペースで丸椅子に座って話しかけてくるリーゼ様へと、アリス・マーガトロイドはカウンターの下を整理しながら頷いていた。ホグワーツでの一回戦は指名手配騒動で観られなかったし、ワガドゥでの準決勝戦はベアトリスとの決着と重なってしまったから、五月の決勝戦でようやく応援に行けるわけだ。この機を逃すわけにはいかないだろう。

 

四月も下旬に差し掛かった今日、人形店に戻ってきているリーゼ様とクィディッチトーナメントの決勝戦についてを話しているのだ。ちなみに本日はエマさんのお菓子を置いている日なのだが、正午を前にして既に売り切れかけている。日に日に売れ行きが良くなっている気がするぞ。

 

隙間が多くなったガラスケースに入っているケーキ類を見た後、棚にぎっしり詰まっている人形たちを確認して微妙な気持ちになっている私に、リーゼ様がマホウトコロで行われる決勝戦の話を続けてきた。ぼんやりと宙空を見つめながらだ。

 

「アビゲイルも連れて行くのかい?」

 

「ええ、連れて行きます。観てみたいって言ってましたし、気分転換にもなるでしょうから。ティムはあまり興味がないみたいなので、二人で行くことになりそうですね。」

 

「そうか。……ちなみに聞くが、私たちが幻想郷に行く時はどうするつもりなんだい? やっぱり連れて行くのか?」

 

リーゼ様から放たれた問いを受けて、少しだけ緊張しながら首肯を返す。ダメとは言わないはずだ。多分。

 

「もちろんアビゲイルたちの希望を優先しますけど、私としては連れて行きたいと思ってます。」

 

「……ま、いいけどね。人形二体程度なら増えたところで問題ないだろうさ。」

 

「えっと、何か気掛かりなことがあるんですか?」

 

何というか、果断なリーゼ様にしては歯切れの悪い態度を怪訝に思って聞いてみると……彼女は自信なさげに肩を竦めながら曖昧な返答を寄越してきた。これもまた彼女らしからぬ反応だな。

 

「いやなに、ちょっとした懸念があってね。色々と考えているところなんだよ。」

 

「ベアトリスのことがまだ引っかかっているんですか?」

 

「まあ、そういうことだね。……アビゲイルの様子はどうなんだい? 未だに落ち込んでいるのか?」

 

「最近は時々明るさを見せてくれるようになりました。気にしてはいるんでしょうけど、少しずつ現状に慣れてきてるみたいです。」

 

嬉しい気分を声色に表しながら報告してみれば、リーゼ様は釈然としないような顔でアビゲイルに関する質問を重ねてくる。良い傾向だと思うんだけどな。

 

「ふぅん? 慣れてきているのか。……結局のところ、アビゲイルはキミの定義における自律人形なのかい? つまり、人間を素材にしていない『完全な人形』かつ自律しているのか?」

 

「人間を素材にしていないことはほぼ間違いないと思います。それに、自律もしていると私は感じました。だから……そうですね、私が主題にしている自律人形であると判断していいんじゃないでしょうか。」

 

「ベアトリスは自律人形を完成させていたわけだ。……そこも引っかかるんだけどね。あのパチェでさえ『実現は困難である』と言っていた自律人形を、魔女になって間も無い当時のベアトリスが作り上げたことになるんだぞ。有り得るかい?」

 

「有り得ないことはない……と思います。要するに発想の問題なんですよ。私やパチュリーが気付いていない『何か』に、当時のベアトリスは気付いていた。そういうことなんじゃないでしょうか? 先を越されて悔しくはありますけどね。」

 

こればかりは知識や経験の問題ではないのだ。リンゴが落下したことを疑問に思うかどうか、雪の結晶が一つ一つ異なる形であることを発見できるかどうか。恐らくはそういった『気付き』の問題なのだから。

 

自分が気付けなかった『何か』が実際に何であるのか。これからはそこを研究していかなければならないなと思考する私に、リーゼ様は納得できていない時の表情で食い下がってきた。

 

「作り手に忠実である人形を望んだベアトリスが、作り手に逆らうことの出来る自律人形を作り上げたというのが……ふん、やはり腑に落ちんね。全てがおかしいぞ。チグハグだ。」

 

「そこは納得してもいい部分じゃないですか? ホームズの行動なんかには私も気になる点がいくつかありますけど、そもそもベアトリスは一貫した行動を取るタイプじゃなかったですし、真面目に考えても仕方がないんだと思います。……五十年前もそうでした。ベアトリスが奇妙なルールに従って最善手を除外するのは今に始まったことじゃありません。」

 

何たって、最終的な目的すらはっきりしなかったほどなのだ。私と『遊びたかった』という理由だって到底納得できるものじゃないぞ。何もかもがあやふやなベアトリスの行動を思って反論してみると、リーゼ様はピンと人差し指を立てて自説を提示してくる。

 

「明確な目的があったとしたら? 五十年前の事件ではなく、今回の事件の話だ。私たちからは無駄で意味不明に見えた行動の数々が、実は何らかの目的を達成するための手段だったとしたらどうだい? ……ベアトリスの台詞が喉元に引っかかるんだよ。『必要のない行動はしなかった』という台詞がね。彼女の行動が無駄ではなかったのだとすれば、この状況は『脚本通り』の展開であるはずだ。では、この脚本における結末は? ……役者としてのベアトリスが望み、個としてのベアトリスが望まなかった結末。彼女の死によって導かれる終幕。それがどうにもはっきりしなくてね。」

 

「ベアトリスの謎めいた言葉を追い始めたら永久に解決しませんよ。彼女の主観から見て無駄がなかっただけの可能性もありますし、私たちにとっては何の意味もない台詞であると判断するのが普通です。」

 

「だが、私はもう決めてしまったんだよ。あの日のベアトリスの発言をある意味で信用するとね。……ああくそ、もやもやするな。どうやら私も『気付き』が必要らしい。発想を転換するための気付きが。」

 

「……私は考えすぎだと思いますけど。」

 

首を傾げながら口にしたところで、ベルの音と共にお客さんが入店してきた。またお菓子目当てのご近所さんかなとそちらに目を向けてみれば……ムーディ? 驚いたな。店に入ってきたのは引退した元闇祓い局長どのだ。

 

「邪魔するぞ、マーガトロイド。」

 

「これはまた、驚いたわね。元気にしてた?」

 

「まだ死に損なっておるわ。」

 

無愛想に応じながらコツコツと義足を鳴らしてカウンターに近付くムーディへと、リーゼ様もまた意外そうな顔付きで声をかける。

 

「お人形とお菓子、どっちを買いに来たんだい? どっちにしても似合わなさすぎるぞ。」

 

「減らず口が健在なようでなによりだ、バートリ。……今代のオリバンダーが近く引退すると耳にしてな。その前に杖のメンテナンスを頼もうと思ってダイアゴン横丁に来ただけだ。そのついでに寄ったに過ぎん。」

 

「だとすればやはり驚きだね。用事のついでに知り合いの店に顔を出すという常識的な社交性を、イギリス魔法界でも屈指の変人であるキミが有していたとは思わなかったよ。ゴルフ友達でも出来て学んだのか?」

 

「わしがマグルの球打ち遊びなどをするはずがなかろう? ……警備用の人形は置いていないのか? 最近は自宅の防犯が心配でな。」

 

なるほど、それが目的か。やっとムーディらしい発言が出てきたな。そのことにちょっとだけ安心しつつ、首を横に振って応答を放つ。

 

「無いわ。依頼があれば作るけど。」

 

「では、頼んでおこう。わしの杖捌きが鈍る前に防犯を強化しておく必要がある。衰えてからでは遅いからな。油断大敵!」

 

「はいはい、油断大敵。死喰い人が壊滅した今、貴方を襲おうとする愚か者なんてイギリスに存在しないと思うけどね。」

 

「ふん、数ヶ月前に濡れ衣を着せられた者の発言とは思えんな。敵は常に存在している。用心を怠れば待っているのは死だ。そのことを決して忘れるな。」

 

まあうん、一理はあるかな。過ぎたるは何とやらという諺の意味を考えるに、あくまで一理だが。注文書を戸棚から出しながら変わらない古馴染みにため息を吐いた後、それを差し出して説明を送った。

 

「詳細な注文をここに書いて郵送して頂戴。何のために、何が出来る、どんな場所で動かす、どんな大きさの人形が必要なのかをね。それに合わせて作るから。……言っておくけど、殺傷能力がある人形は作らないわよ。あくまで警備用だからね。」

 

「それで構わん。必要ならわしが止めを刺せばいいだけだ。」

 

物騒な台詞と共に注文書を受け取ったムーディは、そのまま店を出て行こうとするが……その背にリーゼ様が問いかけを投げる。

 

「ついでに一つ知恵を貸してくれ、ムーディ。事件が起きたとして、その犯人の目的がどうしても判明しなかった時、キミはどうやって推理していた?」

 

「事前に目的を判明させる必要があるか? 証拠を基に犯人を追い詰め、捕縛してから吐かせればいいだけの話だ。」

 

「犯人不明の事件なんだよ。おまけにロクな証拠もない。目的から推理するしかないんだ。」

 

「ならば行動から割り出せ。展開を整理すれば難しいことではなかろう?」

 

ドアの前で振り返って言い放ったムーディへと、リーゼ様は苦笑しながらお手上げのポーズを示す。

 

「ところがだ、犯人のやったことがチグハグで意味不明なのさ。意味がないように見える行動が多すぎて、どうしても目的にたどり着けないんだよ。」

 

「……その事件とやらは終了しているのか? それとも現在進行しているのか? それを教えろ、バートリ。」

 

「一応終わってはいるが、結末に納得がいかない。犯人とされていた人物が自殺したものの、私はそいつが『主犯』であるとは到底思えないんだ。利用されただけ……というか、『利用されてやった』だけな気がしてならないのさ。」

 

そんなリーゼ様の疑問を受けたムーディは、ずっとグルグル回っていた左目を一瞬だけピタリと停止させたかと思えば……熟練の闇祓いらしい回答を口にした。

 

「事件に関わった人物の中で、最終的に一番得をしたのは誰だ? そこから考えればいい。事件を起こす者が抱えているのは往々にして過ぎたる欲求だ。金が欲しい、物が欲しい、力が欲しい。そういった『願望』を達成するためにやっているのだから、主犯とやらが他に居るのであれば結果的に得をした人物に他ならん。」

 

「……なるほどね、『得をした人物』か。参考になったよ。」

 

「こんなものは捜査の初歩だ。……油断大敵! 常に疑え! 全てを疑う者こそが唯一答えにたどり着けるものだ。先入観など何の役にも立たん。あるのは事実だけだぞ、バートリ。」

 

一喝してから今度こそ店を出て行ったムーディを見送った後、リーゼ様が腕を組みながら言葉を漏らす。何かに気付いたような鋭い表情だな。私には全然分からないが、リーゼ様は『気付き』を得ることが出来たらしい。

 

「損得か。言われてみれば初歩的なことだね。……ムーディはイカれているが、無能からは程遠い闇祓いだ。だったら参考にすべきなんだろうさ。ベアトリスが死んだ結果、得をしたのは誰だ?」

 

「居ないと思いますけど、そんな人。強いて言えば私たちじゃないでしょうか?」

 

「だが、私やキミは犯人じゃない。それは私が主観的に知っている厳然たる事実だ。」

 

「だからつまり、『主犯』なんて居ないってことなんですよ。」

 

さすがに疑いすぎだと思うぞ。私の結論を聞いて大きく息を吐いたリーゼ様は、一言だけポツリと呟いて丸椅子から立ち上がった。ひどく億劫そうな顔付きでだ。

 

「……参ったね、他の観客から恨まれるかもってのはそういう意味か。」

 

「へ? 何の話ですか?」

 

「気にしないでくれ、ベアトリスへのちょっとした恨み言だよ。……私は上の物置であの七枚の絵を見てくるから、キミは店番を頑張りたまえ。それじゃあね。」

 

ベアトリスの絵を? 今更だな。言うとスタスタと二階に行ってしまったリーゼ様の背を見つつ、ようやく人形が売れそうなことにホッと息を吐く。……私が店主になってから、初めてこの店で人形を買ってくれる客はムーディということになりそうだ。嬉しくはあるが、同時に微妙な気分にもなるぞ。

 

何となく喜びきれないことを自覚しつつ、アリス・マーガトロイドは売り上げは売り上げだと自分を励ますのだった。警備用か。そこもちょっと微妙だな。

 

 

─────

 

 

「最終的なフォーメーションはこれで行こうと思う。下手な策を打ったところで逆効果だろうし、小細工なしの力比べだ。細かい問題点があれば当日のタイムアウト時に詰めていく。……どうだ? 反対意見があるなら遠慮せずに言ってくれ。」

 

空き教室の黒板にびっしりと書き込まれているフォーメーション案。それを手の甲で叩きながら問いかけてきたドラコへと、霧雨魔理沙は肩を竦めて応じていた。単純明快で大いに結構。私は気に入ったぞ。

 

「お前が決めたんなら従うぜ。私は文句なしだ。」

 

「そうだね、僕も反対すべき点は特に見当たらないかな。先ずはそのフォーメーションで様子を見て、マホウトコロチームの隙を探り出そう。」

 

「分かり易くて素晴らしいわ。鍔迫り合いに持ち込めれば負ける気はしないしね。全力で押し続けるだけよ。」

 

私、ハリー、スーザンが賛成するのに続いて、ギデオン、シーザー、アレシアもそれぞれに言葉を放つ。

 

「俺は今まで守りに徹してましたからね。だったら決勝戦もそうしますよ。そのための練習は積んできたつもりです。」

 

「ここまで勝ち上がれたのはドラコのお陰ですし、今更文句なんてありませんよ。そうせよと言うならそうするだけです。指揮官は貴方なんですから。」

 

「あの……つまり、私は攻め続けていいってことですよね? なら何も問題ありません。人にブラッジャーを打ち込むのは私の唯一の特技ですから。」

 

この期に及んで反対意見なんて出るはずないだろうが。ドラコが睡眠時間を削って必死に考えたフォーメーションだということを、一番近くで見てきた私たちはよく知っているのだから。私たち六人の意見を聞くと、キャプテンどのは苦笑しながら大きく頷いてきた。

 

「そうか、ならばこれで行こう。意外性のない使い古されたフォーメーションだが、それ故に付け入る隙も少なくなる。恐らく総合力に自信を持っているマホウトコロも同じような陣形で応えてくるはずだ。」

 

つまるところ、私たち代表選手陣は決勝戦のフォーメーションについての最後の話し合いを行なっているわけだ。レイブンクローを中心とした有志の調査を加味して、ドラコが最終的に選んだフォーメーションはバランス型のそれとなったらしい。

 

ビーター陣はこれまでと変わらず攻守を分担し、チェイサー陣が2-1と1-2を使い分けるこのフォーメーションは……うーむ、正に小細工なしだな。地力がはっきり表れるフォーメーションだと言えるだろう。私としては『正々堂々』って感じで好ましいぞ。

 

ドラコが指し示した黒板に張り出されているマホウトコロのフォーメーション予想……レイブンクローの生徒たちが魔法ゲーム・スポーツ部と協力してまで手に入れてくれた、彼らの努力の結晶である貴重な情報だ。と比較しながら黙考していると、スーザンが持ち込んだバタービールを一口飲んでから声を上げる。

 

「残った半月できちんと仕上げましょ。練習量で負けるわけにはいかないわ。」

 

「ああ、残る期間はあと僅かだ。使える限りの時間を練習に注ぎ込む必要があるだろう。……マホウトコロ代表は強豪と呼ぶに相応しいチームだが、我々が明確に優っている点もいくつか存在している。その一つがシーカーの質だ。」

 

ドラコの台詞を受けて驚いたような表情になったハリーに対して、我らがキャプテンどのはその理由を語り始めた。

 

「マホウトコロのシーカーはまだ十四歳だ。それなのに代表に選ばれるだけの才能があることは認めるし、他の学校の代表シーカーと比較しても遜色のない実力を持ってはいるが……それでも手元の情報を見る限りではハリーに及んでいない。お前は十一歳の頃からシーカーをやってきた。どちらも等しく才能があるのであれば、築いた経験で優るお前に軍配が上がるだろう。」

 

「……何度も戦ってきた君からそう言われるのは嬉しいよ。」

 

「言っておくが、つまらない世辞ではないぞ。僕は客観的な評価をしているつもりだ。我々は全校最優のシーカーを保有している。これは厳然たる事実であり、そして勝つための最も重要なピースになるだろう。」

 

言いながらフォーメーション表のシーカーの部分をコツコツと叩いたドラコは、戦術における身も蓋もない結論を場に投げてくる。

 

「結局のところ、我々がやるべきことは二つだけだ。ひたすら点差を抑えて、ハリーがスニッチを見つけた時に全力で援護する。それだけやれば勝てるだろう。」

 

「クィディッチの基礎中の基礎だな。それをやるのがどんなに難しいかを私たちは嫌ってほどに知ってるわけだが。」

 

戯けるように口を挟んだ私の発言に、部屋に居る全員がお揃いの苦笑いで首肯した。素人目に見ればただそれだけのスポーツなわけだが、そこにクィディッチにおける複雑さの全てが詰め込まれているのだ。

 

「何れにせよ、決勝戦までにすべきことをするだけだな。連携を深め、個々人の技術を磨き、フォーメーションへの理解を深める。今まで積み重ねてきたことを続けていこう。努力は決して裏切らないはずだ。」

 

うむ、その通りだ。ドラコの尤もな纏めに頷いてから、壁の時計を顎で指して口を開く。そろそろ昼休みは終わりだな。

 

「切り良く時間だぜ。午後は二コマとも授業があるから、私が合流できるのは夕食後だな。」

 

「あの、私も午後は授業です。だけど、シニストラ先生が夜の天体スケッチを特別に免除してくれました。……いいんでしょうか?」

 

「良くはないけど、いいのよ。今だけは甘えておきましょう。貴女とマリサはただでさえ授業が多くて時間が取れないんだから、オッケーが出たなら深く考えずに従っちゃいなさい。」

 

スーザンの助言を聞いたアレシアは曖昧に首肯しているが……まあ、マクゴナガルも目を瞑ってくれるだろう。教師たちも最近は『見て見ぬ振りをする』ことに慣れているようだし、もう協力する姿勢を隠す気などないらしい。

 

占い学のトレローニーなんてこの前いきなり競技場に現れたかと思えば、決勝戦の日がいかにホグワーツ代表にとって吉日であり、マホウトコロ代表にとって運勢が悪い日なのかを長々と講釈していったほどだ。彼女曰く、ホグワーツの勝利は既に決定している運命なんだとか。

 

まあうん、悪い気はしないな。トレローニーの予言を信じるかどうかはさて置いて、応援しているという気持ちは伝わってきたぜ。あの時のトレローニーの必死な態度を思い出して苦笑していると、ハリー、スーザン、ギデオン、シーザーも各々の予定を報告してきた。

 

「僕は午後が丸ごと空いてるから今から競技場に行くよ。ロンがフェイントの練習に付き合ってくれるらしいんだ。」

 

「私はこの後にマグル学が入ってるわ。それが終わってから合流ね。」

 

「俺は午後最初が空きコマで、その次に薬学が入ってます。レイブンクローとの合同授業だし、シーザーもそうだよな?」

 

「残念ながら、僕は午後最初にも授業があるんだ。マリサやアレシアと同じで夕食後に合流かな。」

 

この辺の噛み合わなさはまあ、学生故に仕方がないってところかな。各人の予定を把握したドラコが、資料を片付けながら総括を述べる。

 

「今日はハッフルパフとスリザリンの手すきの生徒が練習に付き合ってくれるらしいから、いつ競技場に来ても練習相手には困らないはずだ。僕も午後最後は授業があるからそれぞれに練習をしておいてくれ。……では、解散。チーム全体での練習は夕食後とする。」

 

その指示に各々で応答した後、空き教室を出て薬学の教室に向かう。教科書とかは咲夜が持ってきてくれるって言ってたし、身一つで行けば問題ないはずだ。

 

そんなわけで手ぶらで一階の廊下を進み、地下通路に繋がる階段を下りようとしたところで……おっと、リーゼだ。中庭でベンチに座っているリーゼがぼんやり晴天を見上げているのが目に入ってきた。

 

「よう、何してんだ?」

 

進路を階段から中庭に変えて声をかけてみれば、リーゼは気怠げに振り返って返事を寄越してくる。

 

「何もしてないよ。強いて言えば太陽を見ていたんだ。」

 

「なんだそりゃ。」

 

「私には能力があるからこうやって太陽を眺めることが出来るが、レミィやフランのような普通の吸血鬼にはそれが出来ないだろう? そんな下らないことを考えていたんだよ。」

 

「……どういう意味だ? よく分からんぜ。」

 

別に能力を自慢したいってわけではなさそうだな。何処となくアンニュイな雰囲気のリーゼに近付くと、彼女は憂鬱そうな表情で話を続けてきた。掴み所のない話をだ。

 

「いいのさ、よく分からなくても。私だってよく分かっていないんだから。……無駄話ついでに一つ聞かせてくれたまえ。キミは自分の幸せのために自分を犠牲に出来るかい?」

 

「あー……そりゃあお前、出来るだろ。自分が幸せになるために頑張るのは当然のことじゃんか。」

 

「そうじゃなくて、文字通り『犠牲』になれるかって意味だよ。自分が死ぬことで自分が幸せになれるとしたら、キミは死を受け容れられるか?」

 

「何だよ、哲学的な話か? ……質問の意図が掴めないからはっきりとは答えられんが、死んだら意味ないだろ。死んだ後に幸せになるってのがまず意味不明だし、そもそも死ぬんだったら幸せじゃないと思うんだが。」

 

ちんぷんかんぷんだな。こういう問答はリーゼらしくないなと疑問を感じ始めたところで、黒髪の吸血鬼はくつくつと笑いながら頷いてくる。

 

「そうだね、意味不明だ。私にもさっぱり分からん。……単純に価値観が違いすぎるのかもね。」

 

「ひょっとして、ベアトリスに関する話か? まだ悩んでたのかよ、お前。」

 

「いいや、疑問はほぼ解消できたよ。ベアトリスが大量のヒントを残してくれたからね。エリック・プショー、マドリーン・アンバー、そしてベアトリス本人。一人が操った三者の会話や態度を鑑みれば嫌でも答えにたどり着くさ。」

 

「『一人が操った三者』? ……まさか、お前が日本で会ったベアトリスも人形だったってことか?」

 

プショーとアンバーは人形だが、ベアトリスは操り手であって操られる側ではないはずだ。だとすればまだ全ては終わっていないぞと緊張する私に、リーゼは……違うのか? 苦笑しながら首を横に振ってきた。

 

「いや、あれは『ベアトリス』だよ。全ての筋書きを構築したオリジナルのベアトリスさ。私の推理が正しければ、もはや灰色の魔女はこの世に居ない。その点に関しては些か以上の自信があるかな。……彼女は操り手であり、脚本家であり、そして同時に糸が付いた役者でもあった。そういうことなんだと思うよ。」

 

「ちょっと待て、こんがらがってきたぞ。……ベアトリスがベアトリスを操ってたって言いたいのか?」

 

「いいね、魔理沙。その表現は悪くないぞ。その通りだよ。ベアトリスは自分自身を操っていたのさ。戯曲を執筆し、そのための構成物として自分すらも利用したわけだ。彼女が辿った道筋は他ならぬ彼女のお陰で判明したし、ムーディのお陰で誰が犯人なのかにも確信が持てた。それらの解答を通して現状を俯瞰した結果、ベアトリスが目指したフィナーレの形もぼんやりと理解できたわけだが……参ったね、肝心の動機がこれっぽっちも分からんよ。そこだけが全くと言っていいほどに掴めないんだ。」

 

ムーディのお陰? 急に脈絡のない名前が出てきたな。……あーもう、モヤモヤするぞ。どうやらリーゼは私に説明してくれているわけではなく、自分の考えを整理しているだけらしい。だったら勝手に追いついてやるよと必死に思考を回す私を他所に、熟考する吸血鬼は肩を竦めて話を締めてしまう。

 

「ま、いいさ。私は私が何をするのかをもう決定した。ベアトリスの願い通りにステージに上がって、詐欺師のペテンを暴くとしよう。……最大の問題は、それをするとアリスが悲しむって点だがね。」

 

「アリスが? ……何を『決定』したんだよ。」

 

「観客たちが望んでいるハッピーエンドをぶっ壊す決断をだよ。……ああ、実に憂鬱だ。私の推理が外れていることを祈っておいてくれたまえ、魔女っ子。」

 

「待て待て、先ずお前の推理とやらを聞かせてくれ。私には全然分からんが、アリスが悲しむかもしれないってんなら放っておけないぜ。」

 

何だか雲行きが怪しくなってきた会話に、授業開始の時間が迫っていることなど忘れて聞いてみると、リーゼは再び太陽を見上げながらポツリと返してきた。どこか皮肉げで、そしてどこか挑戦的な笑みでだ。

 

「なぁに、そのうち分かるさ。ベアトリスは私と末期のゲームをした時、パーフェクトで勝ってみせたんだ。だったら次は私がパーフェクトで勝利しないとね。……私はやられっぱなしで終わるような女じゃないんだよ。動機も必ず暴いてみせるさ。余すことなく推理して、完璧な正解を叩きつけてみせよう。それがベアトリスに対する私なりの礼儀だ。……何にせよ、キミや咲夜は気にしなくていいよ。今はただ試験やクィディッチに励みたまえ。これは私とベアトリスのゲームなんだから。」

 

「おいおい、そんなこと言われたら気になるだろうが。どういうことなんだよ。」

 

「いいんだよ、汚れ仕事は私の役目さ。……そういえば、近く博麗神社に行く予定なんだ。巫女に何か伝言はあるかい?」

 

「霊夢に? ……伝言は特に無いけど、今の話と関係することなのか?」

 

ああもう、訳が分からん。『汚れ仕事』ってのはどういう意味だよ。ちょびっとだけ不安な気分で問いかけた私に、リーゼはベンチから立ち上がって伸びをしながら応じてくる。

 

「関係はないよ。ただ、あの神社で考え事をするのが癖になってるのさ。何となく落ち着くんだ、あそこの縁側は。……それじゃ、失礼。クィディッチを頑張りたまえ。」

 

そう言った途端、黒髪の吸血鬼は午後の陽光に滲むようにその姿を消してしまう。……むう、わざわざ能力を使うことはないじゃんか。謎めいた言葉だけ残して消えるなよな。

 

どうにも引っかかってしまうモヤモヤを抱えつつ、霧雨魔理沙は一つ息を吐いてから地下通路に続く階段へと向かうのだった。

 


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