Game of Vampire   作:のみみず@白月

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お悩み相談

 

 

「あんた、また来たの? もう少し前に来れば桜が見られたのに。タイミングの悪いヤツね。」

 

五月初旬の博麗神社。緑色の葉を茂らせる桜並木の下で掃き掃除をしている巫女に、アンネリーゼ・バートリは苦笑しながら返事を放っていた。そうか、紫も桜が自慢だって言ってたっけ。確かにタイミングは悪かったな。

 

「別にいいよ。私から見ればなんとも不気味な木だしね。『人工の植物』ってイメージだ。」

 

「何よそれ、捻くれた見方ね。綺麗なら何でもいいじゃないの。」

 

「私は生まれながらの皮肉屋なのさ。だから美点よりも欠点が先に目についちゃうんだ。」

 

「損なヤツ。……お土産は?」

 

巫女がジト目になりながら飛ばしてきた質問に対して、空っぽの両手を広げて応答する。見れば分かるだろうに。

 

「今回は無いよ。残念だったね。」

 

「ならとっとと帰りなさい。あるいは賽銭箱にお金を入れなさい。じゃないと強制的に追い出すわよ。」

 

「ここは公共施設じゃないのかい?」

 

「神の敷地よ。そしてその代弁者は私。つまり私が法なの。」

 

神権国家の独裁者みたいな台詞だな。ふんすと胸を張って主張してきた巫女へと、はいはいと頷きながら返答を送った。

 

「なら、賽銭を入れるから考え事をするための場所を貸してくれ。」

 

「素直でよろしい。賽銭箱はあそこよ。」

 

巫女が指し示した隙間だらけの蓋が付いた箱に近付いて、ポケットに入っていたシックル銀貨を数枚投げ込むと……それをジッと監視していた強欲巫女が文句をつけてくる。

 

「何それ。どこの通貨?」

 

「イギリス魔法界の通貨だよ。シックル銀貨だ。……この土地の通貨が何だかは知らんが、紫に頼んで両替してもらいたまえ。私はこれ以外持っていないんだ。」

 

「……まあいいわ、金は金よ。お茶を出してあげる。安いやつをね。」

 

「キミは本当に現金なヤツだな。いつから神道は資本主義に染まったんだ?」

 

異国の宗教の堕落を嘆きながら縁側に移動する私に、巫女は何を今更という表情で口を開く。ここの神は何をしているんだよ。ちゃんと天罰を下せよな。

 

「大昔からでしょ。神道はまだマシよ。他の宗教なんて軒並み拝金主義なんだから、むしろ染まりきってないことを褒めて欲しいわね。」

 

「……思ったよりも情勢に詳しそうじゃないか。この土地には他にも宗教があるのかい?」

 

「忌々しいことに、外来人が余計な情報を伝えていくのよ。人里には仏教もあれば、基督教なんてのも存在してるわ。おまけにその辺をウロついて信仰を得ようとしてる他の神も居るから、独占商売には程遠い状況ね。」

 

「神が直接信者を獲得しているわけか。愉快な土地だね。……私の知識によれば、神道は許容の宗教だったはずだが。」

 

パチュリーはそう言っていたぞ。基本的にはアニミズム的な多神教で、他宗教の神の存在もある程度は容認していると。幻想郷のそれはまた違うのかと疑問に思い始めた私に、紅白巫女はあっけらかんと巫女の風上にも置けないような台詞をのたまってきた。

 

「私の神社が一番偉いのよ。だから私の稼ぎを邪魔する宗教はみんな邪教。邪魔しないなら許容してやってもいいけどね。」

 

「キミみたいなヤツが宗教戦争を起こしたんだろうね。……神ではなく自分の名を語っているあたりは多少マシだが。」

 

「利己主義こそが世界の理よ。紫もそう言ってたわ。あの嘘吐きにしては唯一まともな台詞だったかもね。」

 

「それはそれは、金言だね。」

 

世界の理を語った巫女が奥に引っ込んでいくのを見送ってから、そういえば今日は黒猫が居ないなと縁側に座って訝しんでいると……なるほど、『ボス』が来ているから必要ないわけか。私の隣にスキマが開く。

 

「やっほー、リーゼちゃん。元気にしてた?」

 

「たった今元気じゃなくなったよ。つまり、キミを見た瞬間からね。」

 

「あら、それは大変。膝枕していい子いい子してあげましょうか? 元気が出ると思うわよ?」

 

登場するや否や余計なことを言ってくる紫に、うんざりした気分で返事を口にした。僅かな会話だけでこっちを疲れさせるのはもはや才能だな。

 

「帰ってくれないか? そしたら私は元気になるから。」

 

「やーん、つれないこと言わないでよ。……れいむー、お茶二つ追加ね! お煎餅も!」

 

「二つ?」

 

奥の方に大声で指示を出した紫は、私の問いを受けてこっくり頷いてくる。まだ客が増えるということか?

 

「藍も来るのかい? あいつは巫女と顔を合わせるのを避けていたようだが。」

 

「違う違う、もっと厄介で油断ならないヤツが来るのよ。多分ね。」

 

「多分?」

 

「だって、リーゼちゃんは『答え合わせ』をしに来たんでしょう? あるいは背を押して欲しいのか、それとも止めて欲しいのか。そこまでは私にも分からないけど……何にせよ、根本の原因であるあいつは同席すべきだわ。」

 

……何もかもお見通しというわけか。そのことに深々とため息を吐いたところで、『根本の原因』がひょっこり庭に現れた。濃い青のローブとワンピースの中間くらいの服を着ている、緑色の長髪の大魔女がだ。

 

「よう、お二人さん。お姉さんも一緒に座っていいかい?」

 

「『お姉さん』? とうとう頭がおかしくなったの? やだわぁ。知り合いがボケたのを見ると悲しくなるわね。」

 

「はん、銀髪のお嬢ちゃんがそう呼んでくれたのさ。『お姉さん』ってね。あんたは呼ばれたことあるかい? 無いだろう? ババアの僻みは見苦しいねぇ。」

 

「早く減らず口を閉じて座りなさいよ、年齢詐称魔女。いたいけな人間の子供を騙くらかして何を誇っているのかしら。そっちの方が百倍見苦しいわよ。」

 

目の前で皮肉の応酬を始めた大妖怪たちを眺めつつ、歳を取ってもこうはなりたくないなと反面教師にしていると、紅白巫女がお茶を持って戻ってくる。至極迷惑そうな顔付きでだ。どいつもこいつも文句ばっかりだな。ゆとりが足りていないぞ、この土地は。

 

「はぁ? 妖怪だらけじゃないの。ここは神社なんだけど?」

 

「いいからいいから、ここに置いておいて頂戴。」

 

「……っていうか、そこの緑髪は誰? さっきから私に小汚い妖力を飛ばしてきてるんだけど。やろうってんならやるわよ?」

 

自分が座っている縁側をぽんぽん叩いて促した紫を無視して、湯呑みが載った盆を持ったままで魅魔を睨み付ける巫女に、庭に立つ悪霊魔女はへらへらと笑いながら挑発を返した。その顔に浮かんでいるのは敵意を含んだ小馬鹿にするような笑みだ。両者共に初対面の相手に対する態度じゃないぞ。野蛮な連中だな。理性ある文明的な都会派吸血鬼としては、蛮族どもの争いに巻き込まれないように避難しておくべきだろう。

 

「実力の差くらいは認識できるようになるべきだよ、チビ巫女。嘆かわしいねぇ、今代の博麗の巫女は頼りなくていけない。こんなんで大丈夫なのかい? 紫。大事な時期なんだろう? もっと見所がありそうな子を私が選んでやろうか?」

 

「ちょっと性悪、余計なことは言わないように。……霊夢、貴女はあっちに行ってなさい。このバカに構ったところで得なんてないわよ。境内の掃除は終わったの?」

 

「私の神社の敷地内に訳の分からない無礼な妖怪が居るのに、暢気に掃除なんてやってられないわよ。表に出なさい、緑髪。ふざけた台詞を後悔させてあげるから。」

 

「あーもう、ダメだってば! ……はい、霊夢は掃除に戻らないとお米の補給を打ち切るわ。そしてあんたは挑発するのをやめなさい。いい歳して何やってんのよ。」

 

符を片手に神力を漂わせる巫女と、濃い魔力で身体を覆いながら挑発的に笑う魅魔。その間に入った紫の言葉を聞いた二人は、大きく鼻を鳴らしてから同時に視線を逸らす。何だ、つまらん。やらないのか。

 

「何かを壊したり、あるいは余計なものを残していったりしたら承知しないからね。」

 

「分かってるわ、私が見張っておくから大丈夫よ。……あんたね、何が気に食わないの? 霊夢は優秀な子よ? 可愛いし。」

 

キツめの口調で注意してから奥に消えていった巫女を見送った後、紫が呆れた表情で飛ばした質問に……魅魔は肩を竦めながらどうでも良さそうに回答した。

 

「私は才能豊かな連中ってのが嫌いなだけさ。先代の巫女は努力してたから気に入ってたが、あの小娘は気に食わんね。……力ってのは苦労して手に入れてこそ上手く扱えるもんなんだ。棚から落ちてきた力なんぞに何の意味があるんだい? 持て余して余計なことをするだけだね。今に何か仕出かすよ、あの小娘は。」

 

「老人らしい偏屈な文句をどうも。だけど心配は無用よ。あの子はきっと上手くやるわ。」

 

「どうだかね。……まあ、今日はそんな話をしに来たわけじゃない。コウモリ娘の『お悩み相談』に来てやったんだ。ほれ、言ってみなよ。お姉さんが聞いてやるから。」

 

不機嫌そうな顔で紫のフォローを切り捨ててから、くるりと表情を変えてニヤニヤ笑いで話題を振ってきた性悪悪霊へと、非常に面倒な気分で返答を放つ。お悩み相談なんて頼んでないぞ。お前らが勝手に押しかけてきたんだろうが。

 

「キミたちに相談すべきことなんて何もないよ。何をするのかはもう決めているんだ。……ただ、動機だけがはっきりしなくてね。『いつ、どこで、誰が、何を、どのように』に関してはある程度の予想が付いているが、『なぜ』の部分だけがどうしても分からないのさ。」

 

「おやまあ、一個だけ『W』が不足しちまってるわけかい。そいつはいただけないね。一番重要な部分じゃないか。」

 

「……キミたちは知っているのかい? 『なぜ』の内容を。」

 

「知っているわけじゃないが、予想は出来るさ。……時にコウモリ娘、私たち魔女ってのは並み居る人外たちの中でも飛び抜けて分かり易い生き物でね。どこまでも自分の『望み』に忠実なんだ。分かるかい? 私たちの『なぜ』は常に主題に関わっているんだよ。」

 

何とも嘘くさい笑みで言ってきた魅魔へと、足を組み直しつつ返事を送る。主題こそが動機か。言われてみれば尤もな話だな。

 

「つまり、ベアトリスの……『ベアトリスたち』の主題こそが答えだと言いたいのか?」

 

「そうそう、そういうこった。お前さんは何だと推理しているんだい? 魔女ベアトリスの主題を。」

 

「『人間』だ。今でもその推理は変わっていない。」

 

確信に近い答えを提示してみれば……おい、何だよその顔は。魅魔は『あちゃー』という顔付きに、そして紫は苦笑いになってしまった。違うということか?

 

「惜しいねぇ、とんでもなく惜しい。ほぼ正解なんだが、微細な違いがあるんだよ。あの魔女の望みは人間そのものじゃないんだ。連中が持つ性質の一つなのさ。」

 

「今のリーゼちゃんは『それ』を知っているはずよ。ベアトリス本人に対しても口にしてたじゃないの。」

 

「……まさか、『愛』だとでも言うつもりか?」

 

おいおい、またその言葉か。どこまでも私に関わってくるそれを思って苦い顔になっていると、魅魔がケラケラと笑いながら首肯してくる。何が面白いんだよ、悪霊め。

 

「どう呼ぶかはそれぞれだが、お前さんがそれを『愛』と呼ぶならそうなんだろうさ。ベアトリスが本当に欲していたものはそれなんだと思うよ。……どうだい? 納得できないか?」

 

「……出来なくはないが、それは魔女としての主題たり得るのか?」

 

「私の流儀に沿うものじゃないが、何も認められないってほどじゃないよ。ベアトリスにとって生を懸けて追い求めるに足るものなのであれば、余人が文句をつけるのは筋違いってもんさ。……まあ、『人間の魔女』ってのは言い得て妙かもね。図書館の魔女が求めているのは図書館そのものではなく、そこにある無数の本に宿る『知識』だろう? そして人形の魔女が求めているのは人形そのものではなく、人形という媒体を通した『寄り添ってくれる存在』だ。だったら人間の魔女が求めているのも人間そのものじゃないのさ。人間という存在が内包する『愛』を追い続けているんだよ。」

 

「だとすれば……なるほどね、『なぜ』の部分も大体把握できそうだ。正直納得は出来ないが。」

 

私からすれば、『そんなことのために?』という感想が出てきてしまうぞ。全く理解できないというほどではないが、わざわざこんな大掛かりで面倒なシナリオを用意した上に、重すぎる『対価』を支払ってでも得たいものだとは思えない。もっと簡単に手に入りそうなものなのに。

 

……いや、そうじゃないな。ベアトリスにとってはそうではなかったということか。普通なら労せずして手に入るようなものでも、彼女からすればここまでしなければ手が届かなかったものなのだろう。ベアトリスが辿った思考の変遷を思って小さく息を吐く私に、紫が庭の木に止まった小鳥を見ながら話しかけてくる。

 

「『なぜ』の部分はともかくとして、『誰が』はもう分かっていたのに何もしなかったのね。……アリスちゃんのことが心配? それともあの子に同情しているの?」

 

「……同情はしていないさ。パーフェクトで終わらせたかったし、理由も知らずに決着を付けるのは哀れだと思っただけだよ。」

 

「んー、それって同情してるってことなんじゃない?」

 

ええい、うるさいぞ。困ったように指摘してきた紫にジト目を向けていると、今度は魅魔が湯呑みに口を付けてから声を寄越してきた。

 

「まあ、悪かったよ。正直言って『私の所為じゃなくないか?』って思ってるけど、それでも発端を作ったのは私だったみたいだし……何ならこっちでサクッと片付けてやろうか? 別に心は痛まないしね。私に言わせりゃ有り触れた自業自得さ。」

 

「それじゃあアリスが納得しないだろうが。私がやるよ。……キミたちがこういう風に話してくるってことは、『なぜ』以外の私の推理は間違っていないわけだね?」

 

「そういうこったね。私たちみたいに負債を強引に踏み倒せなけりゃ、借金取りに捕まってお終いなのさ。詰めが甘かったんだよ。変に追加を望んじまったから、そこでヘマして逃げ切れなくなったわけだ。バカなヤツだねぇ。」

 

「……罪人は更生できないと思うかい?」

 

庭をひらひらと飛ぶ白い蝶が、先程の小鳥に捕食される光景を目にしながら呟いてみれば……魅魔は心底楽しそうな笑みで頷いてくる。底意地の悪い悪霊の笑みだ。

 

「過去からは決して逃げ切れないのさ。必死に走って走って走り続けて、ようやく引き離したと思っていても……振り向けばすぐ後ろでこっちを見下ろしてるんだ。自分が目を逸らした負債のことをボソボソ呟きながら、逃がさないぞと笑ってくるわけだね。だから生ってのは面白いんじゃないか。遥か昔に起こした何気ない出来事が、こうして今の事件に繋がっている。……本当に愉快だよ。これだからやめられないんだ。」

 

「こっちとしてはいい迷惑だがね。……思うに、私が目を瞑りさえすればハッピーエンドになるんじゃないか?」

 

「なるかもね。そうしたい?」

 

煎餅を噛み砕きながら聞いてきた紫に、額を押さえて否定を返す。無理だな。信用できん。私はアリスの側に危険因子を置いておくことなど許容できないのだ。

 

「ま、無理かな。どうしたって視界にチラつくだろうし、その度に懸念を抱くことになる。だったらすっぱり処理しちゃった方がマシだ。」

 

「でしょうね、アリスちゃんの立場に霊夢が居たら私もそうするわ。……それが魔理沙ちゃんだったら貴女もそうするでしょ?」

 

「当たり前のことを聞くなよ、紫。……あの小娘は失敗したのさ。それが全てだ。それ以上の何かが必要かい?」

 

「いや、必要ない。謎を解いてしまった以上、私はすべきことをするよ。」

 

魅魔に応答してから、ため息を吐いて眉間を揉む。今回ばかりはアリスに恨まれちゃうかもな。他のことはどうでも良いが、そこだけが実に憂鬱だ。私が行動を躊躇っている理由の九割はそこにあるわけだし。

 

そうだな……よし、クィディッチトーナメントの決勝戦の時にこっちの問題にも決着を付けよう。期限を定めなければずるずると延びていくだけだ。『宿題』の期限は一週間後の決勝戦。そう決めたぞ。

 

「……少なくとも答え合わせにはなったよ。正解したところで良い気分にはなれなかったけどね。」

 

決意を固めながら愚痴を漏らしてみれば、大妖怪二人は揃って同情の苦笑を浮かべてきた。

 

「まあそうね、あまり楽しい事件じゃなかったわね。見ていた私としてもそう思うわ。」

 

「たまにはこういうこともあるもんさ。山あり谷ありってね。頑張りな、コウモリ娘。苦い実を食うのも時には必要なんだ。」

 

先達の妖怪たちの慰めを受けて、緑茶を口に含んでから顔を顰める。苦いな。巫女め、宣言通りに安物を用意したらしい。今の私は尚のこと苦く感じるぞ。

 

昔なら躊躇わずにやれたのに、今はどうにも逡巡してしまう。それは成長したからなのか、それとも柵が増えたからなのか。そのことを思い悩みつつ、アンネリーゼ・バートリは煎餅に手を伸ばすのだった。

 


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