Game of Vampire   作:のみみず@白月

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水面に映る逆さ城

 

 

「これが僕たちが調べたデータの全てだ。先週要約して伝えてはあるが、一応君に渡しておく。現地で何かに迷ったら参考にしてくれ。」

 

ドラコに分厚い羊皮紙の束を渡しているレイブンクローの七年生を横目にしつつ、霧雨魔理沙はグリフィンドールの学友たちから受け取ったお菓子をトランクに詰めていた。随分沢山貰っちゃったな。グリフィンドール生らしい『激励の品』だが、向こうでは食べる暇がないと思うぞ。

 

五月十六日の午前九時。いよいよマホウトコロへと移動する私たちのことを、大広間に集まった全校生徒が見送ってくれているのだ。七人の代表選手へと思い思いに声をかけたり、あるいはゾンコか双子の店で買ったのであろう派手な花火を打ち上げたり。普段なら校則違反で教師がすっ飛んでくる暴挙だが、教員テーブルの教師たちは堂々と黙認している。今日だけは盛大な見送りが必要だと考えたらしい。

 

「感謝する、リッジウェイ。必ず活かす。君たちの努力は無駄にしないと約束しよう。」

 

「代表選手たちが全力で戦えるならそれで充分だ。……泥臭く頑張る君というのは意外だったが、社交界で偉ぶっていた時よりもずっと男前だったぞ。勝って気取った笑みを見せてみろ、マルフォイ。君らしい余裕のある笑みをな。」

 

「……そうだな。昔の僕は家格を笠に着る愚かな子供だったが、今回ばかりはあの頃のような笑みを浮かべるのも一興かもしれない。期待しておいてくれ。マホウトコロを下した後、小憎たらしい笑みで君たちの歓声に応じてやろう。」

 

「ああ、実に楽しみだ。期待させてもらうよ。」

 

……何か、芝居じみたやり取りだな。リーゼがいつも浮かべている気取った態度と似たものを感じるぞ。どうやらあのレイブンクロー生も『社交界』の一員らしい。がっしりと握手し合うドラコたちのことを苦笑いで眺めている私に、代表選手陣を囲む人垣を抜けてきた咲夜が話しかけてきた。

 

「魔理沙、私はリーゼお嬢様と一緒に行くからマホウトコロで会えるかも。何か足りない物があったら今日中に知らせて頂戴。その時渡せるわ。連絡を取れる方法が存在すればの話だけど。」

 

「へ? ……どういうことだよ? リーゼは校舎に招かれてるってことか? というか、いつそれを聞いたんだ?」

 

中庭で謎めいた問答をして以来、私はリーゼをホグワーツで見かけていない。ハーマイオニーは何回か寮の部屋に帰ってきたと言っていたし、ハリーやロンも普通に授業で会ったらしいが、何故か私とはすれ違い続けているのだ。

 

そのことを怪訝に思いつつ聞いてみると、咲夜はちょびっとだけ腑に落ちないような顔付きで返事を寄越してくる。

 

「今さっき会ったのよ。向こうの校長先生からの招待を受けたから、明日の朝にマホウトコロに移動するんですって。……ホグワーツ生は試合直前に行ってすぐ帰ってくるだけだし、試合後のパーティーにも出られないでしょ? だから私も一緒にどうかって誘ってくれたの。お嬢様のお付きとして随行すれば参加できるらしいから。」

 

後半を小声に変えた咲夜に、リーゼの姿を探しながら相槌を打つ。今さっき会ったということは、まだその辺に居るはず……居た。ハーマイオニーやロンと一緒にハリーを激励しているようだ。

 

「それは分かったが、リーゼが居るなら私も話したいことが──」

 

そこまで口にしたところで、マクゴナガルの大声が大広間に響く。出発の時間になってしまったらしい。つくづくタイミングが悪いな。

 

「皆さん、そろそろポートキーの時間ですよ! ……昨夜の壮行会で皆さんの気持ちは充分に伝わっていることでしょう。ならば今日の私たちがすべきことはただ一つ。マホウトコロを打ち倒しに行く代表選手たちを、ポートキーに乗り遅れないように送り出すだけです。」

 

校長閣下の声に従って、生徒たちが慌てて代表選手たちを激励の拘束から解放した。確かにポートキーに乗り遅れるのは洒落にならんな。リーゼのことは気になるが、私もトランクを持って移動の準備をしておいた方が良さそうだ。

 

遠巻きに見守ってくる生徒たちの声援を耳にしつつ、トランク片手に大広間の中央にある古ぼけたクアッフルへと手を触れる。イギリス魔法省が用意したロシアへのポートキーだ。そこからマホウトコロ側が用意したポートキーで日本に飛ぶらしい。

 

私、ハリー、ドラコ、スーザン、シーザー、ギデオン、アレシア、そして引率役のフーチ。八人がしっかりとポートキーに触っていることを確認したマクゴナガルが、キリッとした笑顔で教員テーブルの中央から声をかけてきた。

 

「私たちも明日応援に行きますからね。決勝戦まで進んだこと自体が誇るべき偉業ですが、あなたたちの頑張りを考えれば優勝したところでおかしくはないはずです。……マホウトコロの代表に目に物見せてやりなさい。クィディッチの強豪国だか何だか知りませんが、私から見ればあなたたちが劣っているとは到底思えません。ホグワーツこそが最強の学校だと世界に知らしめる良い機会です。これまで積み上げてきた努力はあなたたちを裏切りませんよ。そのことを胸に刻んで、マホウトコロの代表をこてんぱんにしてやりなさい。勝つのはあなたたちです!」

 

これはまた、マクゴナガルも密かに熱くなっていたらしいな。ガツンと教員テーブルをぶっ叩きながら放たれた鼓舞を受けて、私たち代表選手陣が揃って大きく頷いた瞬間、下腹部が引っ張られるようなお馴染みの感覚と共に視界が歪んでいき──

 

「っと。」

 

気付いた時には肌寒い草原に立っていた。つまり、ここはロシアなわけか。意外な形で訪れちゃったな。遠くに見える針葉樹の森や、上の方が白くなっている山々。周辺の景色からするに、ロシアの中でも北の方に移動した……のか? 詳しくない所為でよく分からんぞ。

 

役目を終えたクアッフルから手を離して大自然って感じの景色を見渡していると、少し離れた場所に立っている男性が私たちに呼びかけてくる。老年のアジア系の顔立ちで、茶色い『着物ローブ』姿だ。マホウトコロの関係者ってことか。

 

「お初にお目にかかります、ホグワーツの皆様。私はマホウトコロ呪術学院で教頭職を務めております、デンスケ・タチバナです。ここからは私が皆様の案内をさせていただくことになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。」

 

タチバナね。漢字だと立花か橘ってとこかな? 久々の日本っぽい名前に何となく感動している私を他所に、フーチが歩み寄って握手を交わす。見た感じ七十代くらいか。禿頭の下の厳格そうな彫りの深い顔が性格を物語っているな。絶対に厳しいタイプの教師だぞ。

 

「引率役のロランダ・フーチです。よろしくお願いいたします。」

 

「どうも、マダム・フーチ。お会いできて光栄です。……ポートキーの時刻まではあと五分ほどございますので、少々この場で待機していただくことになります。こちらが私共が用意したポートキーです。」

 

言いながらタチバナが見せてきたのは、翅を畳んだ状態の金色に輝くスニッチ……の置物だ。サイズが明らかに競技用よりも大きいし、ポートキーとして利用し易いように作られた美術品なのだろう。ちょっと欲しいな。

 

かなりリアルに作られているそれを私たちが感心して覗き込んでいると、タチバナが追加の説明を場に投げる。ちなみに彼の英語は及第点といったところだ。聞き取るのに不便はないものの、独特な癖が強い感じ。『日本訛りの英語』ってとこか。

 

「それと、あちらにいらっしゃるのはロシア中央魔法議会の方々です。一応の警備を引き受けてくださいました。」

 

タチバナの視線を追ってみれば、やや遠めの位置でジッとこちらを見つめている銀朱のローブを着た魔法使いたちの姿が目に入ってきた。その数六人。警備というか、監視に近い雰囲気だぞ。

 

「ロシア議会の闇祓いだな。こんな僻地の監視に六人も割けるとは、さすがに層が厚いと見える。」

 

「やっぱ監視なのか?」

 

「単なる警備に闇祓い六人は多すぎる。見張られていると見て間違いないだろう。……イギリスに対する監視なのか、日本に対する監視なのかは分からないが。」

 

「両方に対してなのかもな。」

 

囁きかけてきたドラコに応じてから、物珍しい気分で銀朱ローブたちを観察する。そういえば開催パーティーの時にもグリンデルバルドが連れていたっけ。ただし、あの時と違ってこいつらはローブとお揃いの色の布で口元を隠しているな。身元を辿られないようにしているのか?

 

物騒というか、実用的というか、何にせよイギリスの闇祓いよりも威圧感があるぞ。私が知る限りでは闇祓いに『制服』を着用させているのはロシアだけだ。捜査機関というよりも、『軍隊』って印象を受けるな。

 

日本の闇祓いはどうなんだろうと疑問が頭をよぎったところで、フーチと話していたタチバナが声を上げた。そろそろ二度目の移動の時間らしい。

 

「あと一分です。準備をお願いいたします。」

 

指示に従って私たちがスニッチに手を触れるのを、身動ぎもせずに監視してくるロシア闇祓いたちへと気まぐれに手を振ってみれば……おお、振り返してくれたぞ。銀朱ローブたちは普通に手を振って送り出してくれる。何だよ、案外気の良いヤツらじゃんか。

 

まあ、そりゃそうか。あいつらだって普通に人間なんだもんな。子供が手を振れば振り返すだろうよ。見た目で判断してはいけないと学んだところで、タチバナが腕時計を見ながらカウントダウンを始めた。

 

「あと二十秒です。……五、四、三、二、一、移動します。」

 

神経質そうな声と同時に再び下腹部が引っ張られ、刹那の後に目の前に広がっていたのは……これはこれは、ゾクゾクしてくるな。ホグワーツ、ワガドゥ、カステロブルーシュ。これまで見てきた各国の魔法学校はどれも見事と評すべき見た目だったが、最も私の琴線に触れるのはマホウトコロだったらしい。結局私の本質は日本人のままだということか。

 

波一つない鏡のような水面に囲まれた薄暗い空間の中、長い長い平坦な瓦屋根付きの木の橋を左右に並ぶ木燈籠が怪しく照らしており、その終点には荘厳な楼閣が聳え立っている。華やかな美ではなく、静謐の美だ。『趣がある』というのはこういう時に使うべき表現だったわけか。

 

現世から切り離された幽界のような雰囲気に感嘆の吐息を漏らしていると、隣に居たギデオンがポツリと感想を呟いた。

 

「……暗いな。それに静かだ。何というか、寂しい雰囲気だぞ。」

 

「お前な、それが良いんだろうが。日本における美しさってのは、薔薇の庭園じゃなくて枯山水の庭なんだよ。動的な派手さじゃなくて静的な落ち着きなんだ。」

 

「急に熱くなるなよ、マリサ。……『カレサンスイ』って何だ?」

 

「要するに、風情だよ。私がイギリスで欠乏症に陥ってたものだ。ようやく補充できて大満足だぜ。」

 

これこそ美なのだ。押し付けるような煌びやかな美は食傷気味だぜ。きょとんとするギデオンに物の道理を語りながら、久方振りの『感じ取る美』を堪能していると、タチバナが僅かに顔を綻ばせて話しかけてくる。

 

「嬉しいですね。この景色の価値を理解していただけるとは思いませんでした。他国からいらっしゃった方々は、大抵の場合『退屈である』と判断なさるようですから。」

 

「まあ、私は日本で生まれたからな。こっちの価値観が合うんだろうさ。」

 

「日本で? ……確か、貴女はチェイサーのマリサ・キリサメさんでしたね? キリサメ、『霧雨』? 珍しい苗字をお持ちのようだ。私はこちらの魔法界における苗字の大半を把握しているつもりですが、初めて耳にするお名前です。」

 

おおっと、マズいな。もっと考えて喋るべきだった。私が痛いところを突かれて焦っている間に、ハリーが余計な情報を追加してしまう。

 

「マリサは魔法族の生まれだったはずですよ。魔法を使う家業を継ぐ予定みたいですから。ホグワーツには十一歳の頃から留学に来てるんです。だよね?」

 

「あーっと、それはだな……。」

 

「ほう、魔法族の。ご両親はマホウトコロの卒業生ですか? 私は五十年前からここに勤めておりますので、そうであれば名前を忘れるはずなどないのですが……ふむ、苗字が変わったとか?」

 

「そういうわけじゃないんだが、マホウトコロとは関わりが薄いんだ。私の故郷は別の……そう、別の魔法体系を受け継いでるからさ。」

 

頭をフル回転させて言い訳を絞り出している私へと、タチバナは尚も質問を放ってくる。別に何かを疑っているわけではなく、単純に興味があるという様子だ。

 

「興味深いですね。御三家の傘の下にない魔法家というわけですか。まだそんな家が残っていたとは思いませんでした。どの辺りのご出身ですか?」

 

「いや、あー……悪いが言えない。理由は分かるだろ?」

 

知らんけど、分かってくれ。それっぽい感じにぼやかしてやれば、タチバナは……よしよし、セーフ。勝手に納得してくれたようで、話を切り上げてから先導し始めた。危なかったな。

 

「これは失礼を。無理に詮索すべきではありませんでしたね。享保の制約に同意しなかった魔法家の存在を、今の『松平派』は許容しています。過去の愚行を許せとは口が裂けても言えませんが、嘗てのような迫害は有り得ないということだけは分かっていただきたい。……それでは行きましょうか。」

 

うーむ、日本の魔法界も色々あったらしいな。『松平派』と『過去の愚行』か。私には事情がさっぱり分からんが、タチバナの神妙な表情からするに愉快な歴史ではないのだろう。制約とやらに同意しなかった魔法族の家系に、何らかの迫害をしたってことかな?

 

日本の魔法史も少しは勉強してみるかと魔法史嫌いの私らしからぬ決意をしたところで、真っ赤な欄干の近くを歩きながら水面を眺めていたアレシアが声を上げた。

 

「わっ。……鳥?」

 

何事かと目を向けてみれば、離れた位置の水面から次々と黒い鳥たちが飛び出してくるのが視界に映る。デカいな。人間数名くらいなら余裕で乗せられそうな大きさだ。白いライン状の模様がそれぞれ違っているのが面白いぞ。

 

「我が校で飼育しているウミツバメたちです。外での運動を終えて鳥舎に戻るところですね。」

 

「『外』?」

 

「マホウトコロの領地は太平洋にある孤島の『湖の下』にあるのです。湖を境に天地が反転していますから、『湖の上』にと表現すべきなのかもしれませんが。」

 

「えっと、湖面を境に世界が逆さまになっていて、その湖面の上に……下に? 私たちは立っているってことですか?」

 

スーザンが小首を傾げながら送った問いかけに、タチバナは首肯して口を開く。リーゼやアリスから聞いた通りだな。

 

「その通りです。仮に橋から飛び降りて潜っていけば、境界を抜けて『表の世界』に出ることになるでしょう。」

 

「本で読んで知ってはいましたが、直に見ると面白いですね。この橋やあの城はどうやって支えているんですか? 沈んでいかないということはつまり、土台があるわけでしょう?」

 

シーザーが楼閣へと飛んでいくウミツバメたちを眺めながら飛ばした疑問に対して、タチバナはハキハキとした口調で回答した。

 

「境界部分に対となる重石を置いているのです。表とこちらでは重力が反転していますから、ちょうど橋や城を支えている柱の位置に反対側から重石を沈めれば、互いの重さで押し合って均衡が保てるわけですね。人や物の移動による細かい荷重の変化に対応するための魔法もかかっていますので、我々がこうして橋の上を歩いたところで均衡が崩れることはありません。生徒たちが一斉に居なくなる長期休暇の時などは手作業で調整する必要がありますが。……更に、城自体にも大掛かりな仕掛けが備わっています。そこは実際に城に入った後で説明しましょう。『体験』した方が早いでしょうから。」

 

「体験、ですか。楽しみにしておきます。」

 

「加えて湖の水の重さも調整のための魔法に利用しておりますので、一部を除いて水の層はそれなりの厚さになっています。ウミツバメたちは勢いよく湖面に飛び込むことでそれを越えているわけですね。箒でも越えられますよ。慣れないうちは天地の反転に戸惑うでしょうが。」

 

「あら、それは面白そうですね。是非やってみたいです。」

 

私もやってみたいぞ。フーチが感心したように応じたのに、タチバナは歩を進めつつ返事を返す。湖にちらほらと浮いている蓮の葉を横目にしながらだ。

 

「でしたら、後で飛行のための時間を設けましょうか。生徒たちは日常的にやっていることですし、何より皆様も試合前にマホウトコロの空気を感じておきたいでしょう。生徒たち曰く、この辺りの空気は他より『重い』ので、箒で飛ぶと微細な違いがあるそうですから。……箒が得意ではない私にはよく分からない差ですが、専門家である皆様は気になるかもしれません。」

 

「やはり海が近いことが関係しているのでしょうか?」

 

「かもしれませんね。何にせよ、試合前に確認しておきたいのであれば飛行許可は出せますよ。マホウトコロとしましては、皆様が不便なく試合を迎えられることを心から望んでおります。何か要望があれば遠慮なくおっしゃっていただきたい。可能な限り対応させていただきますので。」

 

ふむ、気遣ってはくれるわけか。ドラコの質問に応答した後、マホウトコロの姿勢を伝えてきたタチバナの言葉を脳内で咀嚼していると、城の門の前に数名の人影が立っているのが目に入ってきた。全員『着物ローブ』姿で、十人以上は居るな。

 

木製の大きな門は城門というよりも、寺とか神社の門っぽい雰囲気だ。そして近くで見るマホウトコロの校舎は何とも不思議な構造をしている。木製の渡り廊下がこう、迷路みたいに複雑に交差しているらしい。提灯や燈籠が瓦屋根の各所にある飾りを控え目に照らし、障子窓だったり網目状の木組みの壁板が不規則に配置されているこの感じは……『和風の迷宮』って印象も受けるな。いやまあ、教育施設には相応しくないイメージかもしれないが。

 

言うなれば、『秩序ある混沌』だ。矛盾している言葉かもしれんが、ぴったりな評価である気がするぞ。荘厳な秩序ある楼閣を基礎として、そこから増築を繰り返して無理やり部屋や通路を付け足しまくったって感じ。秩序と混沌。そんな相反する二つの要素を見事に内包しているな。

 

ホグワーツ城も近い雰囲気ではあるが、あれはイギリス的な秩序と混沌であって、マホウトコロのそれはまた違うように思える。規則正しく整った物を無規則に配置しているような……何て言えばいいんだろうか、こういうのって。今まで触れたことのない建築様式だな。

 

とにかく、私は気に入った。それだけ分かっていればいいかと勝手に結論付けたところで、タチバナが門の下に立っている連中の説明を寄越してくる。

 

「我が校の代表選手たちと、皆様の世話役となる生徒たちです。世話役には英語が堪能な者を選びましたので、何かご不明な点があれば何なりと尋ねてください。」

 

ワガドゥがそうしたのと同じく、マホウトコロも案内役を付けてくれるってことか。人数を見るに一人につき一人付いてくれるっぽいな。私の『担当』はどの生徒だ?

 

アジア的な顔触れを順繰りに確認しながら考えていると、歩み寄ってきた一人の女子生徒が真っ直ぐドラコに視線を向けて声をかけた。マホウトコロのキャプテンでありエースチェイサーの、カスミ・ナカジョウだ。

 

「ようこそ、ミスター・マルフォイ。歓迎するわ。」

 

「開催パーティー振りだな、ナカジョウ。明日の試合では全力でプレーさせてもらうから、そちらも全力で当たってきてくれ。」

 

『……えと、何て言ったの? 通訳してくださいよ、教頭先生。さっぱり分かんないです。』

 

締まらんな。最初の拙い英語は事前に覚えておいただけだったらしい。情けない半笑いで聞いたナカジョウに、タチバナが額を押さえながら小声の日本語で応じる。

 

『中城君、今の英語は聞き取れて然るべきレベルの内容だったと思うがね。君はもう三期生だ。後輩に恥ずかしい姿を見せないように、もう少し外国語の勉強を頑張りたまえ。』

 

『分かってますって。恥ずかしいからお説教は後にしてください。今はお客さんたちの前ですよ?』

 

『……では、後で英語の吉村先生に伝えておくことにしよう。特別扱いも程々にするようにとね。』

 

『三期生』? どういう意味なんだろうか? ナカジョウはインタビュー記事によれば十八歳だったはずだぞ。私がマホウトコロのシステムに対する疑問を抱いているのを他所に、タチバナはこちらに向き直って英語で話しかけてきた。

 

「中城は正々堂々とした悔いのない試合を望んでいるそうです。そのためにもマホウトコロを我が家と思って試合前まで寛いでもらいたいと言っています。……それでは、中に入る前に案内役の生徒に自己紹介をさせておきましょう。」

 

全然そんなこと言ってなかったぞ。しれっと大嘘を吐いたタチバナが目線で指示を飛ばすのに従って、七人の世話役たちがそれぞれの『担当』に近付いて自己紹介を始める。私の前に小走りで近寄ってきたのは……同世代くらいの女の子だ。光の当たり方によってはやや緑色が入っているようにも見える、黒髪のロングヘアの女生徒。美人さんだな。

 

「ど、どうも! 今回世話役を務めさせていただきます──」

 

『日本語でいいぞ。見た目はちょっと外国人っぽいけど、私はこっちの出身だからな。』

 

『へ? ……そうだったんですか。良かったぁ。英語は発音とかが不安だったんです。』

 

心底安心した様子でへにゃりと笑った女生徒は、手を揃えて綺麗にお辞儀しながら自己紹介をやり直してきた。大和撫子って感じだな。私とは縁遠い言葉だ。

 

『じゃあその、改めまして……キリサメさんの世話役を務めさせていただく、東風谷早苗です。よろしくお願いしますね。』

 

『こちや? 珍しい苗字だな。どんな字を書くんだ?』

 

『あー、よく言われます。東の風の谷って書いて東風谷です。早苗は普通に早いに木の苗の苗ですね。』

 

『なるほどな。……霧雨魔理沙だ。霧のような雨の霧雨に、魔法の魔と理由の理、さんずいに少ないで沙。よろしくな。』

 

手を差し出してこっちも漢字を説明してやると、東風谷は一瞬だけきょとんとした後、何かに気付いたように慌てて手を握ってくる。

 

『あっ、はい。よろしくお願いします。……誰かと握手したのなんて久し振りです。イギリスでは普通なんですか?』

 

『あーそっか、日本じゃあんまりしないか。イギリスだと日常的にやるぜ。……ちなみに歳は?』

 

『十五歳です。』

 

『ってことは……んー、一個下の世代かな?』

 

自分の誕生日を知らんから何とも言えないが、私を暫定的に十六歳だとすればそうなるはずだ。いや待て、日本だと四月が学期の境になるんだっけ。そうなると……ああもう、分からんな。一個下ってことでいいや。

 

面倒な思考を投げ捨てたところで、各々の『自己紹介合戦』を見守っていたタチバナが私たちを促してきた。

 

「自己紹介も済んだようですし、そろそろ行きましょう。先ずはお部屋にご案内いたします。」

 

『一人一部屋ですよ。結構良い部屋だから期待しておいてください。』

 

『へぇ、楽しみにしておくぜ。』

 

部屋も楽しみだが、『迷宮』の中に入れるのが先ず嬉しいな。内部はどんな構造になっているのだろうか? ……世話役もまあ良いヤツっぽいし、色々と聞いてみることにしよう。好奇心が疼くぜ。

 

東の果てにある魔法学校の門を潜り抜けながら、霧雨魔理沙は期待に胸を躍らせるのだった。

 


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