Game of Vampire   作:のみみず@白月

429 / 566
狂言回し

 

 

「善き魔法の在る処へようこそ、バートリ女史。マホウトコロは貴女の再訪を歓迎いたします。」

 

魔法処。達筆な筆文字でそう書かれた看板がかかっている門の前でお辞儀してくるシラキ校長に対して、サクヤ・ヴェイユは主人の背後で静かに一礼していた。マホウトコロの領地の不思議さはもちろん気になるし、あれこれ見てみたいのは山々だが、今日の私はリーゼお嬢様お付きのメイド。つまり私の不手際はお嬢様の恥だ。迂闊なことをするわけにはいかないぞ。

 

五月十七日の午前八時。四時間後にクィディッチトーナメントの決勝戦を控えているマホウトコロ呪術学院に、リーゼお嬢様と私は到着したところなのだ。確かホグワーツ生たちが到着するのは試合の一時間前だったはず。外にある競技場に直行なのでこの逆さまの領地内には入れないようだし、そこはちょっとだけ得した気分だな。

 

そんな感情は一切顔に出さずに立っている私を尻目に、リーゼお嬢様はシラキ校長へと返答を投げかける。……今日のお嬢様は何だか普段より大人びている気がするぞ。落ち着いているというか、静かというか。出発したのはホグワーツからだったのだが、道中最低限の会話しかなかったな。いつもは沢山話しかけてくれるのに。

 

「久し振りだね、シラキ。今回もここで来客に挨拶をしているのかい?」

 

「ええ、この地の責任者としてお客様方に顔を見せておく必要がありますから。……朝食はお済みですか?」

 

「まだだよ。マホウトコロの歓迎を期待しているわけだが、どうかな?」

 

「勿論用意してございます。……細川先生、バートリ女史の案内をお願いできますか?」

 

後ろで待機していた男性に呼びかけたシラキ校長に応じて、マホウトコロの教師であるらしいその人はリーゼお嬢様に歩み寄って自己紹介を送った。若干癖はあるものの、そこそこ上手な『イギリス英語』でだ。

 

「お初にお目にかかります、バートリ女史。キョウスケ・ホソカワです。校内の案内をさせていただきます。」

 

「はいはい、バートリだ。よろしく頼むよ。」

 

ホソカワと名乗った薄紫を基調とする『着物ローブ』姿の教師は三十代に少し届かない程度の年齢で、黒い短髪の下の整った顔には礼儀正しそうな笑みが浮かんでいるが……どうにも胡散臭い笑みに思えてしまうのは何故なんだろう? 穿ち過ぎなのかな?

 

「では、こちらへどうぞ。」

 

その場に残るらしいシラキ校長に目礼してから歩き始めたホソカワ先生の案内に従って、私もすれ違う際に軽く頭を下げつつ頑丈そうな木製の大きな門を潜ってみれば……順路を示しているのであろう形が不揃いな飛び石と、左右に広がる見事な日本庭園が目に入ってきた。大きな松があったり、咲きかけの紫陽花があったり、五月だというのに満開の桜があったり。季節感がややおかしいものの、イギリス人の私から見ても綺麗と思える庭だな。奥にある真っ赤な花を咲かせている木は何て名前なんだろうか?

 

紅魔館の庭とは全然違うなと興味深い思いで庭園を眺めている私をちらりと見て、先導するホソカワ先生がリーゼお嬢様に声をかける。

 

「可愛らしいお嬢さんをお連れのようですね。紹介していただけませんか?」

 

「ヤだよ。キミからは女衒の臭いがするからね。それと会話は日本語で結構だ。下手くそな英語は聞くに堪えんぞ。」

 

「……うーん、手厳しい方ですね。イギリスの方から習った発音なんですが。」

 

「手厳しいのは当たり前だろう? 私はこれでも日本魔法界のことをいくらか勉強していてね。細川のやり口は知っているのさ。吸血鬼としてはあまり好きになれないやり口を。……ヒト以外の生き物が嫌いなようじゃないか。」

 

日本語に切り替えて鼻を鳴らしたお嬢様へと、ホソカワ先生は困ったような表情で肩を竦めた。人間至上主義者なのか?

 

「一応言い訳しておきますと、私は京の偏屈爺どもとは違います。古い主義に固執して五三鬼桐を廃れさせた愚かな老人たちとは。……吸血鬼は魔法界で力を示した。ならば貴女がたを下に見るのは愚かな行いですよ。」

 

「ふぅん? 少しは道理を弁えているらしいね。ヒト以外を『駆除』しまくった退魔の家系とは思えない発言じゃないか。」

 

「傍流なんですよ、私は。本家の三男坊の妾の子です。京の主流派から見れば塵芥のような存在でしょうね。だから細川家に相応しくない思想を抱えているというわけですよ。」

 

「それでも細川の姓を名乗り、健気に五三鬼桐を背負っているのは何故なんだい? 家の主義に反対なら所属を変えてしまえばいいだろうに。」

 

庭を通過してこれまた大きな玄関に入ったリーゼお嬢様の指摘を聞いて、ホソカワ先生は苦笑いで返事を返す。言いながらお嬢様が指差したホソカワ先生の服の胸元に刺繍されている紋章……ギザギザの葉の上に、小さな花が沢山ついている紋章だ。どうやらそれが『五三鬼桐』と呼ばれる紋章らしい。どんどん深い話になっていくな。私はもう全然理解できないぞ。

 

「そうもいかないのがこの国の魔法界なんですよ。生まれ持った家系を棄てるのは至難の業なんです。……驚きですね、他国の方とここまで込み入った話が出来るとは思いませんでした。」

 

「見物する分には面白いからね、キミたちの国の魔法界は。藤原、細川、松平、そして白木。小さな国土でよくもまあ派手に踊れるもんだよ。」

 

「小さな国土だからこそ、ですよ。……靴のまま上がる際はそこを踏んでいただけますか? 清めの魔法がかかっていますから。」

 

自分は履物を脱ぎながら口にしたホソカワ先生の注意を受けて、黒石で構成されている玄関の中で一箇所だけ白い石の部分を踏んでから先へと進む。あそこに置いてある木の仕切りみたいな物は何なんだろう? あの大きさでは仕切りとしては役に立たなさそうだし、単なる飾りなのかな? 異国の置物って感じだ。

 

「とはいえ、今は落ち着いているんだろう? ここ百年ほどは目立った諍いが無いみたいじゃないか。」

 

「表面上は白木校長のお陰で穏やかですね。ですが内側はそうとも言えません。次代の魔法使いたちの奪い合いですよ。五三鬼桐が伝統派を、下がり藤が集権派を、立葵が保守派を背負って大わらわです。……外から見るなら滑稽で笑えますが、内側の人間としては笑えませんね。」

 

「んふふ、愉快なもんだね。バランサーたる白木が死んだらどうなることやら。」

 

「また混沌に逆戻りでしょう。……我々は互いの尻尾に噛み付いた状態で、同じ場所をぐるぐる回っているんですよ。それを止めようと新しい場所を目指す者も居ますが、結局は螺旋に飲み込まれるだけです。つくづく救いようがありません。」

 

板張りの広い廊下を歩きながら吐き捨てるホソカワ先生は、もはや先程のような胡散臭い笑みなど浮かべていない。本音で語っているということなのかもしれないな。そんな彼にリーゼお嬢様がくつくつと笑いつつ応答した。実に楽しそうな顔付きでだ。

 

「白木はやったじゃないか。螺旋をぶった斬ったぞ。そんな彼女の姿を知っているのに、構造の所為にして嘆くのは弱者のやることだね。」

 

「改革の後に待っているのは停滞ですよ。それは歴史が証明しています。白木校長の後に誰かが続くのはずっと先になるでしょう。」

 

「だからといって座して愚痴っているようじゃあそれこそ救えないさ。自分が改革者たり得ないと思うのであれば、せめて土壌を作るためにその身を捧げたまえよ。それすら出来ないなら黙って見ているべきだね。」

 

「……聞かせてやりたいですよ、『停滞好き』の京の老人どもに。スカーレット女史といい、貴女といい、吸血鬼という生き物は人間よりも遥かに賢い存在のようだ。生まれながらの苛烈な変革者というわけですか。」

 

降参するように両手を上げながら呟いたホソカワ先生に、お嬢様は口の端を歪めて返答を飛ばす。

 

「生まれながらではないさ。嘗ての私たちは愚かな『停滞好き』だったが、人間から変化を学んで賢くなったんだ。である以上、キミたちに出来ない道理はないと思うけどね。」

 

「耳に痛い言葉ですよ。……結局、踏ん切りが付かないだけなのかもしれませんね。踏み出した場所が虚ろな穴であることが怖いんです。だから私たち若い世代は先に進めず、まごついている間に老人たちの呪縛に絡め取られるわけですよ。この国では未来よりも歴史がものを言いますから。」

 

「ま、私としてはどうでも良いんだけどね。やるなら急げとだけは言っておこうか。変革の波に乗り遅れると損だぞ。レミィが残した波は、まだまだ利用できる大きさのはずだ。真っ黒な船が来てからやるんじゃ手遅れなんだよ。」

 

私にとっては謎めいた台詞だったが、ホソカワ先生は真意を理解したようだ。彼は痛む頭を押さえるようにこめかみに手をやると、大きなため息を吐いてから口を開く。

 

「……他国は待ってくれないわけですか。」

 

「他国というか、世界が待ってくれないのさ。魔法界は変わるぞ。そして白木はそれを理解した上で大きく関わろうとしていない。……単に諦めているのか、はたまたキミたちのような『革命家予備軍』に期待しているのか。そこまでは分からんがね。」

 

「参りました。タイムリミットまであるということですね。ツケが一気に回ってきた気分になりますよ。」

 

「同情はするよ。キミたちの世代のツケというよりは、もっと上の世代のツケだろうしね。とはいえ死に行く老人からは負債を取り立てられない以上、次代を背負うキミたちが払うしかないんだ。恨むなら何も変えられなかった上の世代を恨みたまえ。」

 

皮肉げな微笑で同情したリーゼお嬢様に、ホソカワ先生は廊下の先にあった襖を開いて首肯した。苦い苦い笑みを顔に浮かべながらだ。

 

「日本にも貴女のような行動力のある長命種が居れば良かったんですけどね。人間が持つ時間は少なすぎます。最近はそれを痛感していますよ。」

 

「それはキミの年齢で口にするような台詞じゃないし、日本にだって長命種は山ほど居るさ。キミの祖先が表舞台から追っ払っただけだろう? ……加えて言えば、私はレミィと違って何かを変えられるような吸血鬼じゃないよ。狂言回しなのさ。私はただ、力ある者を無責任に唆して場面を進めるだけだ。」

 

「狂言回しですか。……悪くありませんね。私は自分が改革者たり得るとは思っていませんし、相応しい人間を探して唆すのも一興かもしれません。」

 

「気を付けたまえよ? 何かを操って事を成すのは、実際にそれを自分の手でやるよりも遥かに難しいぞ。私はそれで一度痛い目を見ているんだ。……おやまあ、賑わってるね。ここで食べるのかい?」

 

襖の先にあったのは、畳敷きのかなり広い部屋だ。独特な形の小さな台……えっと、膳だったかな? が座布団と対になって無数に並んでおり、そこに載っている品数が多い料理を生徒たちが食べているらしい。

 

つまり、ホグワーツで言う朝食時の大広間か。異国の学校の食事風景を眺めていると、ホソカワ先生は隅の方にあるテーブル席に向かいながら説明してくる。あそこだけ畳の上に絨毯が敷かれているな。

 

「イギリスの方に座布団は使い難いでしょうから、こちらにテーブル席を用意しました。……騒がしいのがお嫌いであれば個室もありますが、どうしますか?」

 

「ここでいいよ、面白いしね。全校生徒がこの広間で食事をするのかい?」

 

「平時はそうですが、今居るのは一部の生徒だけですね。授業がある平日は生徒も教師も七時にここで食事を始めます。反面、今日のような休日は六時から九時までの間なら自由に食事を取れるんです。」

 

「ふぅん? ホグワーツよりも厳しいね。」

 

ホグワーツでは平日も食事の時間は明確に決まっていない。授業に間に合いさえすればオーケーという感じだ。規則正しい生活を送っていることに感心している私へと、リーゼお嬢様が椅子に腰を下ろしながら話しかけてきた。生徒たちが居る位置からは少し離れた窓際だし、他国からの来客のために急遽用意してくれた席なのだろう。

 

「キミも座りたまえ、咲夜。今は随行のメイドじゃなくて、私と同じ客人として食事していいよ。」

 

「いえ、私は後ろに立って──」

 

「おや? 私の命令が聞けないと?」

 

ぬああ、それを言われるとどうにもならないぞ。涼やかな笑みで小首を傾げてくるリーゼお嬢様に、とんでもないと首を振ってから隣に座る。普段お嬢様はあまり『命令』って感じに指示してこないから、たまにこういう言い方をされるとドキドキするな。悪いドキドキではなく、良いドキドキだ。私は強く命令されるのが好きなのかもしれない。何かこう、『支配されている感』があって。

 

「おっと、サクヤさんとおっしゃるんですね。美しいお名前です。日本語では新月の夜という意味になりますから。」

 

「字は違うが、その意味も含まれているよ。夜を生きる吸血鬼にとって新月の夜は歓迎すべきものだからね。……この子はスカーレットとバートリの身内だ。妙なことをしたら承知しないぞ。」

 

「バートリ女史、私は一応教職ですよ。年端も行かない女性に『妙なこと』をするわけがないでしょう?」

 

「ふん、どうだか。あっちの年端も行かぬ女生徒たちがキミの方に熱い視線を向けているぞ。……他の客はまだ来ていないのかい? まさか招待したのが私だけってわけではないんだろう?」

 

うーん、ホソカワ先生は人気があるらしいな。私よりも少し年下程度のマホウトコロの女子生徒たちが、ヒソヒソ話をしながらこちらを見ているのを確認して、ホソカワ先生はバツが悪そうな顔でリーゼお嬢様に応じた。あの子たちの表情からして陰口を言っているわけではなく、『キャーキャー』しているのだろう。黒じゃなくて黄色い噂話だ。ピンク色と言うべきなのかもしれないが。

 

「あの年頃の女生徒たちはああいうものなんです。分かるでしょう? マホウトコロは閉鎖された環境ですから、『憧れの先生役』が必要なんですよ。……既に到着していらっしゃる方々は皆個室での食事を選びました。大半は未到着ですが。」

 

「美形故の苦悩ってわけだ。安心したまえ、私は全然好みじゃないから。」

 

「それはまた、ありがたいと言うべきなんでしょうか? ……教頭先生から睨まれる身としては、別の方にポジションを譲りたいですよ。本気で告白してくる女生徒も居ますしね。気苦労が絶えません。」

 

中々苦労しているらしいな。今のホグワーツには若い先生というのが居ないから、そういう話は聞いたことがないが……ひょっとして、新任の頃のお婆ちゃんなんかは男子生徒から告白されたりしたんだろうか? 昔の写真を見た限りでは美形と言っても問題ない見た目だったぞ。

 

ううむ、されてたら何か嫌だなぁ。私が大昔のことを想像して微妙な気分になったところで、和風のエプロンのような服を着ている中年の女性が静々と近付いてくる。料理を運んできてくれたらしい。職員の人なのかな?

 

「どうも、竹中さん。料理の説明は私がやりますから大丈夫ですよ。」

 

ホソカワ先生に頷きながら手早く私とリーゼお嬢様の前に料理を並べていく女性を見て、その淀みない手つきにメイド見習いとして唸っていると……あれ? 魔理沙? 遠くの席に生徒たちと交じって金髪の親友が居るのが目に入ってきた。

 

「あの、リーゼお嬢様。魔理沙が居ます。」

 

「ん? ……あの魔女っ子、試合が控えているというのに余裕があるじゃないか。図太さもあそこまでいけば美点かもね。大方好奇心に身を任せてここで食事することを選んだんだろうさ。」

 

「他の代表選手は居ないみたいですし、そうかもしれませんね。」

 

あのおバカ、周囲のマホウトコロの生徒たちが気にならないのか? 対戦校で堂々としすぎだぞ。笑顔で生魚の切り身を食べている魔理沙に呆れ果てている私に、リーゼお嬢様が何かに気付いたような顔付きで指示を寄越してくる。

 

「ふぅん? ……咲夜、魔理沙を呼んできてくれたまえ。隣の長髪の女の子もだ。」

 

「隣の? マホウトコロの生徒さんですよね?」

 

「向こうが覚えているかは分からんが、あの子は顔見知りなのさ。これも何かの縁……レミィ風に言えば運命なのかもね。」

 

顔見知り? 雑誌の写真で見たマホウトコロの代表選手にはあんな子は居なかったはずだし、どこで知り合ったんだろうか? 疑問に思いつつも席を立って魔理沙の方に近寄ると、私を発見したらしい彼女が先んじて声を投げてきた。能天気な笑顔でだ。

 

「おお? 咲夜? 何してんだ?」

 

「出発前に伝えたでしょう? リーゼお嬢様のお付きで来たのよ。……お嬢様が呼んでるから、そっちの子と一緒に来て頂戴。」

 

側まで寄って小声で言ってやれば、魔理沙はきょとんとした顔で曖昧に首肯してきた。ちなみに彼女は何故か見慣れない和風の服を着ている。マホウトコロ側が用意してくれた服なのかな? 何というか、生徒たちが着ている着物ローブよりもずっと頼りない感じだ。下手に動くと太ももの辺りまで見えちゃいそうだし、胸元もゆるゆるだぞ。……まさか下着の上から直接着ているわけじゃないよな?

 

「東風谷も? 別にいいけどよ。……東風谷、ちょっといいか? 私の知り合いが来てるんだけど、お前のことを呼んでるらしいんだ。一緒に来てくれ。」

 

「へ? 私をですか?」

 

魔理沙に促されて座布団から立ち上がった女の子は、私の先導でテーブル席に向かっている途中で……こっちもリーゼお嬢様のことを覚えていたらしいな。ハッとしてから慌ててお嬢様の近くに駆け寄って行く。

 

「あっ、お久し振りです。」

 

「やあ、『蛇舌の君』。私のことを覚えていたようだね。」

 

「勿論です、バートリさん。……決勝戦の観戦ですか?」

 

「そういうことだよ。……キミの方も元気そうだね、魔女っ子。体調は万全かい?」

 

女の子に応対してから魔理沙にも声をかけたリーゼお嬢様に、我が校のチェイサー代表どのは肩を竦めて返事を返す。

 

「パーフェクトだぜ。……それよりリーゼ、お前に聞きたいことがあるんだが──」

 

「それは後だ。私はホグワーツに勝って欲しいからね。キミは余計なことを聞かずに、大事な試合に集中したまえよ。」

 

「……何だよ、余計気になるぞ。」

 

「今のキミが聞くべきことじゃないのさ。私の判断を信じたまえ。……そんなことより、何故この子と一緒に食事をしていたんだ? 随分と仲が良さそうに話していたじゃないか。ワガドゥの黒豹娘とやらだけじゃ飽き足らず、また旅先で女をひっかけたのか?」

 

そういえば魔理沙はワガドゥでも女の子と仲良くなったらしいな。ペンフレンドになったとかって話していたっけ。リーゼお嬢様がニヤニヤしながら放った問いを受けて、魔理沙はかなり嫌そうな表情で返答を口にした。

 

「お前な、人聞きの悪い表現をするなよな。東風谷は私の世話役をしてくれてるんだよ。というかそもそも、友達を増やすのは別に悪いことじゃないだろうが。」

 

「なぁに、私は咲夜が可哀想になったのさ。気の多い友人を持つと苦労しそうだからね。」

 

「『女ったらし』はお前の領分だろ?」

 

「私はひっかけたら皆幸せにするからいいんだよ。……『こちや』? キミは珍しい名前を持っているらしいね。」

 

私から見ればどっちもどっちだぞ。魔理沙に嘯いてから女の子に質問したリーゼお嬢様へと、黒髪の女の子は応答を飛ばす。

 

「東風谷早苗です。東の風の谷って書いて『こちや』って読みます。」

 

「東風谷、ね。……前に会った時よりも髪が黒に近付いているようじゃないか。」

 

「髪? ……えーっと、そうですか? 自分じゃちょっと分からないです。」

 

「なるほど、なるほど。……いやぁ、レミィの『運命論』もそうバカに出来ないのかもね。キミ、よくよく観察すれば『良くないもの』に憑かれているようじゃないか。結局のところ、私たちのような存在は惹かれ合うわけだ。この前は気付けなかったよ。」

 

椅子から腰を上げて歩み寄って、すんすんと女の子……東風谷さんの髪を嗅ぐような仕草をしたお嬢様に、彼女はよく分からないという顔付きで首を傾げる。

 

「えと、どういう意味でしょうか?」

 

「廃れた神かい? それとも神に近付こうとして失敗した妖か? どちらにせよまともな存在じゃないね。吸血鬼たる私から見れば、だが。」

 

「……分かるんですか?」

 

疑念から驚愕へ、そして驚愕から期待へと表情を変えた東風谷さんに対して、リーゼお嬢様は怪しげな笑みで肯定を送った。私も魔理沙もホソカワ先生も何の話だかさっぱり分かっていないわけだが、二人の間では通じ合っているらしい。

 

「微かな気配は感じられるが、そこまでだ。消え行くものって印象しか受けないね。」

 

「でも私、消えて欲しくないんです! 貴女はその方法を知りませんか? ……すみません、興奮しちゃって。だけど、私以外の人が『お二方』に気付けたのは初めてなんです。何か知っているなら教えてください。お願いします。」

 

『お二方』? いきなり大声になった東風谷さんは、リーゼお嬢様に懇願しながら深々と頭を下げるが……お嬢様は困ったような顔で首を横に振って答える。

 

「信仰なき神は消え去るだけだよ。恐怖なき妖怪が消え去るようにね。抜け道がないわけではないが、キミがやるのは難しいんじゃないかな。見たところ『こっち側』のやり方には疎いようだし。」

 

「じゃあその、どうすればいいかを教えてください! 私、今までどうしたら良いのかが全然分からなくて。こんなこと誰にも聞けませんでしたし、もう声すら聞こえなくなっちゃったし……どうか教えてくれませんか? 助けてください。私にとってはとても大切な方たちなんです。」

 

リーゼお嬢様の服をギュッと握って頼み込んでくる東風谷さんを見て、お嬢様は悩むように天井を見上げた後……一瞬だけ悪どい笑みを浮かべてから口を開いた。多分東風谷さんは気付いていないな。吸血鬼の笑みだったぞ。

 

「助けてあげてもいいが、絶対に成功するだなんて約束は出来ないぞ。その上で私の指示に絶対服従してもらうことになる。」

 

「それでもいいです。お願いします!」

 

「それと、もう一つ。……これは大きな貸しになるからね? もし私が何かに困った時、キミは全てを擲ってでも私に協力できるかい? それを約束してくれるなら手を貸してあげてもいいよ。」

 

「……で、出来ます! 約束します!」

 

真紅の瞳を真っ直ぐ見返しながら約束した東風谷さんに、リーゼお嬢様は満足したようにうんうん頷く。詳しい事情は掴めないものの……うーむ、東風谷さんはちゃんと理解しているのだろうか? 今まさに吸血鬼と契約しちゃったんだぞ。

 

「では、契約完了だ。私は必ず約束を守る。だからキミも守りたまえ。いいね?」

 

「はい、絶対に守ります。それで……その、具体的にはどうすればいいんでしょうか?」

 

「今はまだ早いよ。そうだな、マホウトコロの長期休暇はいつだい?」

 

「長期休暇? ……えっと、夏休みと冬休みがあります。八月いっぱいと、十二月二十日から一月十日までの二つです。短い連休くらいならその他にもありますけど。」

 

ふむ、マホウトコロはホグワーツよりも休みが少ないらしい。ここの生徒は大変だなとズレた感想を抱いている私を他所に、リーゼお嬢様は再び天井を見ながら声を上げた。脳内で予定を整理しているようだ。

 

「なら、夏だ。とりあえず八月にイギリスに来たまえ。その時に色々と進めていこうじゃないか。」

 

「でも、急がないとダメなんじゃ──」

 

「おっと、そこまで。」

 

食い下がろうとした東風谷さんだったが、リーゼお嬢様は素早く彼女の首根っこを掴むことで反論を封じる。そのまま首を掴んでいた手をおとがいを撫でるように滑らせたお嬢様は……何か、艶っぽい動作だな。強引にキスをする時のように顎を掴んで無理やり下を向かせた後、その顔を至近距離から覗き込みながら囁きかけた。冷徹な支配者の声色でだ。

 

「忘れたかい? 絶対服従だ。私が八月と言ったら八月なんだよ。今度こそ理解できたなら頷きたまえ。」

 

「……はい。」

 

「うんうん、良い子だね。きちんと尻尾を振ってくれれば、私はキミのことをうんと可愛がるぞ。望む餌も必要なだけ与えようじゃないか。全てを委ねて従いたまえ。そうすれば万事上手く行くから。」

 

くそ、羨ましいぞ。私にもあんな風に命じて欲しい。冷たい声色をくるりとご機嫌な柔らかいものに変えて、犬を撫でる時のように東風谷さんの頭をわしゃわしゃと撫でたリーゼお嬢様は、ご満悦の様子で彼女に『ハウス』を命じる。

 

「それじゃ、キミたちは食事に戻りたまえ。詳しい話は試合後のパーティーの時にでもしようじゃないか。そこで私が問題を解決できるという証拠も渡してあげるよ。」

 

「わ、分かりました。」

 

「……何だか知らんが、東風谷には警告しておくからな。吸血鬼と関わるとロクなことがないぞって。」

 

「もう遅いよ。契約は済んだからね。……さて、細川。こっちも食事にしようか。今日は朝起きた時から憂鬱だったんだが、少し良い気分になれたよ。海老で鯛を釣るってのはこういうことなのかな。」

 

リーゼお嬢様の身も蓋もない発言に、ホソカワ先生は心配そうな顔付きで返事をするが……東風谷さんのことは警戒しておいた方が良さそうだな。お嬢様に強く命じられた時とか、荒っぽく撫でられた時に一切抵抗する気配がなかったぞ。つまり、私と同じタイプの人間だということだ。お嬢様もそれを長年の『支配者経験』で見抜いたからこそああいう態度を取ったのだろう。

 

「あのですね、当校の生徒が妙なことに巻き込まれるのは困るのですが。」

 

「心配は無用さ。バートリの名において安全は保証するよ。私は犬を可愛がるタイプなんだ。」

 

「犬、ですか。……休暇中の生徒の行動にまで口を挟むつもりはありませんが、ほどほどに頼みますよ?」

 

「はいはい、了解だ。」

 

むうう、バートリの犬はエマさんと私だけで充分だ。変な野良犬が後から入ってきて可愛がられるのは気に食わないぞ。縄張りを荒らされそうな予感に眉を顰めていると、リーゼお嬢様が私の頭を優しく撫でながらそっと囁いてきた。蕩けるような甘い声色でだ。

 

「咲夜、心配しなくても一番可愛いのはキミだよ。エマやアリスには内緒だぞ。」

 

「あの……はい。」

 

「んふふ、良い子だね。」

 

私の頭から手を移動させてするりと頬をひと撫でしてから、リーゼお嬢様はホソカワ先生に料理の詳細を尋ね始めるが……『女ったらし対決』の軍配はお嬢様に上がりそうだな。エマさんに対しては分からないものの、アリスに対しては同じような台詞を言っていそうな気がするぞ。

 

そうと分かっていても満足してしまう自分を情けなく思いつつ、サクヤ・ヴェイユは赤い顔を俯かせたままで箸に手を伸ばすのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。