Game of Vampire 作:のみみず@白月
「まあ……うん、失敗だわ。」
紅魔館の門前に虚しく響く、パチュリーの決まりが悪そうな声を聞きながら、アンネリーゼ・バートリは傍らのアリスと共に苦笑していた。
結局レミリアとの弾幕ごっこに敗れた私は、ムーンホールドを騎士団に貸し出すことを決めた。……言い訳させてもらえば、レミリアの弾幕は目に悪すぎるのだ。赤一色でチカチカする。
とはいえ、負けは負けである。諦めて貸与しようとしたとこで、新たな問題が浮上してきた。パチュリーの図書館だ。
ダンブルドアら騎士団のメンバーがどれだけ優秀かは知らないが、パチュリーの図書館にある本はそれでも危険すぎる。あの場所に容易く他人を入れるわけにはいかない。
もちろん使用人や私は紅魔館へと一時避難するわけだが、さすがに図書館を移動させるのはそう簡単ではなかった。
迷惑そうな顔をするパチュリーとの協議の結果、魔法を使って紅魔館のすぐ隣に転移させることが決まり、今日まさに大規模な転移魔術を実行したというわけなのだが……。
「わっ、私の……私の紅魔館が! おいこら紫もやし! 紅魔館が半壊してるじゃないの!」
「あー、まあ、正確には四半壊ってとこでしょう? うーん……座標が間違ってたのかしらね?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょうが! っていうかこれ、直るの? 直るのよね?」
「さぁね。でも、図書館が無事でよかったわ。」
「よし上等だ陰湿魔女! 今日こそ性根を叩き直してやるわ!」
キャットファイトを始めたレミリアとパチュリーの言い争いからも分かるように、隣に転移させるはずが……なんというか、くっついちゃったのだ。
正面から紅魔館を見ると、左にパチュリーの図書館が激突してきたような見た目になっている。まあ、ど真ん中じゃなかったのはせめてもの幸運だろう。今ならなんとか紅魔館がメインと言える見た目だ。
隣に立つアリスが、魔女と吸血鬼とは思えない低レベルなキャットファイトと、それを必死になって止めようとしている小悪魔を眺めながら呆れたように口を開いた。
「これ、大丈夫なんでしょうか? その……色々と。」
「いい気味だよ。ムーンホールドだけが犠牲になるなんて、不公平というものだろう? これで釣り合いが取れたわけだ。」
「なんとも嫌なバランスの取り方ですね……。」
顔を引きつらせながら言うアリスは、もう怪我をしたことなど微塵も感じさせないほどに回復している。安心した。怪我をしたと聞いてた時には、背筋がゾッとしたもんだ。
怪我のことを考えながら見つめている私の視線に、困ったように縮こまったアリスだったが、ふと何かを見つけて呟いた。
「あっ、美鈴さん……。」
アリスの視線を辿ってみれば……美鈴が呆然と膝をついている。哀れな。片付けをするのが自分だと気付いたのだろう。以前のリビング破壊事件がピークだと思ったが、上には上があるらしい。
「目を合わせちゃダメだぞ、アリス。縋り付いて手伝いを頼んでくるに決まってる。」
「いやぁ……私は手伝ってもいいんですけど……。」
「手伝ったが最後、今度は美鈴がサボり始めるんだ。いい性格してるよ、まったく。」
「それはなんとも、美鈴さんらしいです。」
アリスの瞳からは同情の色が消えている。それが正しいのだ。美鈴はそういう生き物なのだから。
沈んでいく夕日を眺めながら、アンネリーゼ・バートリは紅魔館に刻まれた新たな歴史を、アホらしい気持ちで眺めるのだった。
─────
「キレちゃいそうだよ、フラン。」
目の前に積み上がった膨大な量の宿題を見ながら、フランドール・スカーレットは諦め半分に呟いていた。
ハッフルパフの談話室で宿題を片付けようと決意したまでは良かったが、いざ目にしてみるとその決意はポッキリと折れそうになってくる。
呪文学と天文学は問題ない。フリットウィック先生はいつも丁寧に教えてくれるし、シニストラ先生はフランが間違えても、あらあら仕方がないわねと優しく笑うだけだ。
魔法史と魔法生物飼育学もなんとかなる。魔法史は暗記するだけだから楽勝だし、飼育学のケトルバーン先生はフランに甘い。というか……吸血鬼に興味があるらしく、質問に答えてやれば簡単に成績が上がるのだ。
マグル学はマグルの新聞に書いてあることを適当に写せばどうにでもなるし、飛行術にはそもそも宿題がない。つまり、問題なのは残りの教科である。
防衛術のヴェイユ先生は優しいが、宿題を忘れるととっても怖いのだ。それは変身術のマクゴナガル先生も一緒だし、魔法薬学は単純に訳がわからない。
途方に暮れているフランを見兼ねたのか、隣で宿題をやっていたコゼットが話しかけてくる。
「フラン、私も手伝うよ。えーっと……先ずは、魔法薬学から片付けちゃおうか。」
「うん……。いつもごめんね?」
「謝ることなんかないよ! ハッフルパフじゃ、みんなで助け合うのは常識でしょ?」
コゼットの言う通りだ。この談話室では、困っていれば必ず誰かが声をかけてくれる。フランはそんなハッフルパフの談話室が大好きだった。
ジェームズたちと全ての寮に忍びこんでみたけど、どう考えてもハッフルパフが一番だった。グリフィンドールはゴチャゴチャしすぎだし、スリザリンは椅子が固そう。レイブンクローは……みんなが黙々と書き物をしていて、フランにはちょっと怖かったのだ。パチュリーがいっぱいいるみたいだった。
シリウスは『グリフィンドールが一番だったな』なんて言っていたが、絶対ぜーったいハッフルパフのほうがあったかくて、居心地がいいのだ!
フランが自慢の談話室のことを考えながら宿題を片付けていると、後ろから三人組の下級生が声をかけてきた。
「あの、スカーレット先輩! これ、みんなで作ったんです。よかったら食べてください!」
差し出された手の上には、小さな袋に入ったクッキーがある。おお、コウモリの形でとってもかわいい。
「うん! ありがとう!」
お礼を言ってはむはむ食べていると、下級生たちはきゃーきゃー言いながら喜んでくれた。ううむ、フランの人徳の為せる技だろうか? 自分のカリスマが恐ろしい。
「フランの食べる姿はかわいいからねぇ。」
隣のコゼットがよく分からないことを言うが、そんな理由ではないはずだ。フランはかわいいのではなくカッコいいのだから。
「うむ、んぐ。……とっても美味しかったよ!」
食べ終わったフランの言葉に、下級生たちはお礼を言って去っていく。周りの同級生や上級生たちの視線が妙に生暖かいが……まあいい、それより宿題だ。
談話室の柔らかなソファに座りながら、フランドール・スカーレットは憎っくき魔法薬学の宿題に挑みかかるのだった。
─────
「見事な月時計じゃのう。」
月光に照らされたムーンホールドの中庭で、ダンブルドアが興味深そうにそう呟くのを、パチュリー・ノーレッジは静かに聞いていた。
中庭の中央に設置されている、月の光を利用する時計。私はこういった物に詳しくはないが、それでも確かに見事な出来栄えだと思える。機能も、装飾も。
ゆったりと振り返ったダンブルドアが柔らかく口を開く。しかし、本当に歳をとったな。自分と同い年だと思うと、なんだか悲しくなってくる。
「この屋敷の主人にもお礼を言いたかったのじゃが……。」
「残念ながら、人前に出るのが嫌いな方なの。貴方が感謝していることは私が伝えておくわ。」
現在のムーンホールドは騎士団の拠点として機能し始めている。部屋数も充分にあるし、人里からも遠く、なにより堅牢なのだ。『ホールド』の名前は伊達ではない。
ダンブルドアにはリーゼの存在をやんわりとだけ伝えてある。レミィが表に出始めて、私とアリスが騎士団に、そして奥の手として別の吸血鬼が動いている。そんな感じの説明だったが、ダンブルドアも理解してくれたらしい。伏せ札の重要性は理解しているようだ。
「まっこと、見事なお屋敷じゃ。この場所を提供してくださった方にも、仲介してくれたスカーレット女史にも、感謝しきれんよ。」
「それなら行動で示すべきね。リドルの軍勢は勢いづいているらしいじゃない?」
「リドル、か。もはやその名で呼ぶ者は多くはないのう。誰もが今や『ヴォルデモート卿』と呼んでおる。」
憂鬱そうに言うダンブルドアに、鼻を鳴らして言い放ってやる。
「私はそんなバカみたいな名前を口にするつもりはないわ。アリスも、レミィもね。」
「ほっほっほ、豪気なものじゃ。……だが、誰もが君たちのように強くはない。今やヴォルデモートという名前は恐怖の対象になっておる。嘆かわしいことじゃ。」
「『名前を呼んではいけないあの人』ってやつ? バカバカしいわね。恐怖から逃れようと、目を逸らしているだけじゃない。」
「さよう。しかし、無理もないことなのじゃ、ノーレッジ。それだけのことをトムは仕出かしたのだから……。」
ダンブルドアの顔に浮かんでいるのは……後悔か? まったく、いつまで経っても成長しないヤツだ。全てを自分のせいにする悪癖は、この歳でも治ってはいないらしい。
「あのねえ、ダンブルドア。リドルがこうなったのは、貴方の責任ではないでしょうに。ウジウジ悩むのはやめなさいよ、みっともないわね。」
私の言葉に虚を突かれたような顔をしたダンブルドアだったが、やがて苦笑しながら口を開いた。
「君に元気付けられるとは……そんなに酷い顔をしていたかね?」
「ひっどい顔だったわ。シャンとしなさいよね、ダンブルドア。私やレミィがついてるんだから。リーダーの貴方がそんなんじゃあ、こっちが困るのよ。」
「なんともまあ、その通りじゃな。……どうも、君の前では気が緩んでしまうのかもしれん。」
遠い目をしながら、ダンブルドアが続きを口にする。
「今では誰もがわしを頼るのじゃ。もうわしは誰のことも頼ることができん。少々歳を取りすぎたのかもしれんのう。」
そう語るダンブルドアは、年相応の老人にしか見えない。……もう! なんだか私まで悲しくなってくるじゃないか! 似合わない役だと自覚しながらも、元気付けるために口を開く。
「それだけの実績を積み上げてきたんでしょうが。まぁ、その……私は貴方の同級生なんだから、少しは頼ってきなさい。貴方の悩みなんか、私にかかればチョチョイのチョイよ。」
私の言葉を受けたダンブルドアは、柔らかく微笑みながらも目に光を取り戻す。世話のかかるヤツめ。
「うむ、そうじゃな。昔から君は優秀な魔女じゃった。わしなんぞの悩みなど、どうと言うことはないかもしれんの。」
「そうよ。ほら、徘徊老人ごっこは終わりになさい。リドルの計画をぶっ壊すためにも、先ずは会議よ。」
「ほっほっほ。どぎつい皮肉も昔のままじゃな。では行こうか、ノーレッジ。」
月明かりの庭をダンブルドアと共に歩き出す。むう、顔がちょっと赤くなっている気がする。だから嫌だったんだ。もう二度と慰めたりなんかしないぞ。
虫たちの鳴き声を背景にしながらの老人と少女の奇妙な掛け合いは、リビングに到着するまで続くのだった。