Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ファイナル

 

 

「……マリサ、フォーメーションを変えるなら今がラストチャンスだぞ。どうする? 昨日決めた作戦のままでいいのか?」

 

太平洋上に浮かぶ巨大な木造船。その内部にある選手控え室で心配そうに問いかけてくるドラコへと、霧雨魔理沙は首を縦に振って答えていた。私はもう決心している。あとはキャプテンたるドラコの選択次第だ。

 

「私に賭けてくれ、ドラコ。中城は私が単独マークで抑えてみせる。保証はないし、実力が釣り合ってないのは重々承知の上だ。事前の作戦と食い違う私の我儘だってことも理解してるぜ。……それでも任せてくれないか?」

 

「昨日は聞きそびれたが、何か理由があるのか?」

 

「あるけど、それだけじゃない。どうしても中城と勝負させて欲しいんだ。……でも、お前がダメだってんならもちろん従うぜ。キャプテンはお前だからな。」

 

「……お前は本当に『じゃじゃ馬』だな。どこまでもこちらを揺さぶってくる。まさか決勝戦の直前にフォーメーションを変えろと言われるとは思わなかったぞ。」

 

呆れたような顔付きで額を押さえるドラコに対して、申し訳ない気分で頭を下げた。……東風谷との約束を守るため、そして私の信念を証明するために、昨日彼に一つの提案をしたのだ。私を中城の専属マークにつかせて欲しいという提案を。

 

向こうのエースである中城を私一人で封じることが出来れば、ホグワーツチームにとっては大きなメリットになるだろう。しかし逆に封じることが叶わなければ下策になる。本来私たちは中城の点取屋としての存在を踏まえた上で、こちらも連携で点を取りに行くという作戦を選択していたのだ。

 

中城の大量得点を防ぎきれない挙句、私が連携から外れた所為で点を取れなくなってしまう。中城のマークだけに私を使うというのは、そんな最悪の展開になってしまうリスクを孕んだ作戦になるわけだ。

 

ドラコが出す結論をひたすら黙って待つ私へと、彼は一度諦めるように小さく苦笑した後、私の肩に手を置いて口を開いた。

 

「いいだろう、許可する。ナカジョウを止めてみせろ。」

 

「あんがとよ、ドラコ。」

 

「……二年前の防衛術クラブのことを覚えているか? あの時もお前は僕を振り回したな。」

 

「それは……当たり前だろ、覚えてるぜ。」

 

私の無責任な助言の所為で、ドラコの父親が死ぬことになった一件。脳裏にこびりついている嫌な記憶を思い出しながら頷いた私に、ドラコは大人びた微笑で続きを語る。

 

「責めようというわけじゃないぞ。あの時も言ったように、僕はお前に感謝している。お前がギリギリのところでマルフォイ家の手を引いてくれたから、僕たちは奈落に落ちずに済んだんだ。……ならば今回もお前を信じよう。お前は騒がしくて直情的だが、大切な選択を誤るような人間ではない。今の僕はそのことを知っているからな。」

 

「……必ず応えてみせるぜ。」

 

「ああ、期待している。お前がナカジョウを抑えてくれるなら、ホグワーツは間違いなく優勝できるだろう。……全員準備はいいか? 作戦は昨日の夜に決めた通りだ!」

 

私の肩をもう一度ポンと叩いてから大声を上げたドラコへと、波で僅かに揺れる控え室に居る全員が首肯して応じた。壁際に並ぶ細工が入っている木のロッカーや、中央にある黒いクッションが付いたベンチ。異国情緒漂う見慣れない控え室だが、そこに居る連中はいつもと同じだ。

 

これまで共に戦ってきたチームメイトたちを順繰りに見ながら、ドラコは短い台詞をポツリと放つ。

 

「勝つぞ。」

 

そのたった一言に万感の思いを込めたドラコを見て、チーム全員の心が一つになった瞬間……笛だ。合図の笛が鳴るのが微かに聞こえてきた。眩い陽光が差し込む出口の近くに全員で移動してから、箒に跨って次の笛を待っていると──

 

「よし、行こう。」

 

先程よりも長い笛の音が耳に届く。その音に従って船の側面に空いている穴から飛び立ったドラコに続いて、私も地面を蹴って空中へと飛び上がってみれば……うおお、満員じゃんか。正午の強い日差しすらも掻き消すような大歓声が、私の全身に勢いよくぶつかってきた。

 

この海上競技場自体は昨日の夕方にタチバナの案内で確認させてもらったが、観客が入ると雰囲気が一変するな。十八隻の巨大な観客席船を埋め尽くしている、色取り取りの服を着た無数の観客たち。魔女を目指している私の生がどれだけ続くのかは分からんが、今日この日は確実に死ぬまで記憶に残るだろう。一世一代の晴れ舞台だ。

 

『さあ、遂に本日の主役である選手たちが決戦の舞台へと姿を現しました! 決勝戦の名に恥じぬ、美しいフォーメーションで競技場を一周しています! お手元のパンフレットを見ればお分かりでしょうが、私からも宙を舞う戦士たちの紹介をさせてください!』

 

物凄い大歓声の中でもよく通る実況の声は、両チームの選手の名前を紹介し始めた。実況は英語でやるらしい。……おいおい、何だよあの応援旗は。巨大すぎる船に見合うレベルの大きさだぞ。そこに刺繍されている獅子、蛇、鷲、穴熊を目にして、嬉しい気持ちが湧き上がってくる。つまり、あそこに居るのはホグワーツ生たちなのか。あんなにデカい応援旗を作るのは大変だったろうに。ありがたいぜ。

 

『先ずは薄紅色のユニフォームを着ている、日本が誇るマホウトコロ呪術学院の代表チームを紹介します! ビーターにはトシオミ・ナカガワ、イチロウ・マツモトの剛腕二人! シーカーとキーパーはミツルとタケルのオウギ兄弟です! チェイサー陣はイエフジ・マツダイラ、ヒデヒサ・タケダ、そしてえぇぇぇ……紅一点のエースでありキャプテン、カスミ・ナカジョウ!』

 

中城の名前が出た途端、爆発したような歓声が競技場を包んだ。予想はしていたが、凄まじい人気だな。私たちとは正反対の位置を飛んでいる中城は、整った童顔に笑みを浮かべて愛想良く観客席へと両手を振っている。フォーメーション飛行程度なら箒を握る必要もないらしい。

 

『次に黒いユニフォーム姿の、イギリスが誇るホグワーツ魔法魔術学校の代表チームを紹介しましょう! ビーターは対照的な体格のギデオン・シーボーグとアレシア・リヴィングストンの二人! シーカーとキーパーはハリー・ポッターとスーザン・ボーンズ! そしてチェイサー陣はマリサ・キリサメ、シーザー・ロイド、キャプテンたるドラコ・マルフォイの三人です!』

 

実況の紹介も、応じる歓声もマホウトコロの時の方が熱が入っていたな。……ふん、いいさ。この地がアウェイなのは百も承知だ。今に見てろよ、ひっくり返してやるから。

 

差のある選手紹介にむしろやる気を増しながらフォーメーション飛行を終え、ルールで決まっている開始ポジションへと移動した。もちろんルール違反にならないギリギリ前にだ。最初のクアッフルの奪い合いはドラコと中城がやることになるわけだが、ドラコが取ろうが中城が取ろうが私のやることはただ一つ。試合開始のホイッスルが鳴ったらあの小生意気な黒髪ポニーテールへと突っ込んでやるぜ。

 

会場全体の空気が興奮から緊張に変わっていく中、今回も副審を務めるらしいイベントの総責任者であるサミレフ・ソウが、フィールドのど真ん中にぽつりと浮かんでいる朱塗りの小舟の上でボールケースを蹴り開ける。解き放たれたブラッジャーとスニッチがそれぞれの方向へと飛び去り、クアッフルが規定の高さまで浮かび上がったところで──

 

『試合開始です!』

 

笛の音と実況の声が響くのと同時に、宙に浮くクアッフルを取ろうとしたドラコと中城が激突……しないな。中城が三次元的な飛行でひらりとクアッフルを掠め取ってしまう。そのまま自信に満ちた笑みでホグワーツ側のゴールを目指そうとした中城だったが、そこに私が猪の如く突進した。ドラコには悪いけど、この展開は予想済みだったさ。

 

「よう、天才。止まってもらうぜ。行き止まりだ。」

 

「ありゃ? 日本語じゃん。そういえば喋れる子が居たんだっけ。……へえ、私とやる気なの?」

 

「そういうこった。」

 

「名前は確か……そう、霧雨ちゃんだったよね? 後悔することになると思うけどなぁ。」

 

ボールを保持している中城に思いっきりぶつかりながら、競り合ったままでジグザグに飛行する。懐かしいな。その自信たっぷりの面構えは古い友人を思い出すぞ。紅白の天才を。

 

『これは意外な展開です! ホグワーツのキリサメ選手、ナカジョウ選手に真っ向勝負を仕掛けました!』

 

「後悔するのはお前の方、だ!」

 

「おっと。……ほら、無駄だって。箒の上じゃ私と渡り合える学生なんて存在しないよ。まあまあ上手いけど、そこまでってとこかな。じゃあね!」

 

一度距離を取ってタックルした私を華麗に避けて、中城はゴールに向かおうとするが……いいぞ、スターダスト。今日は調子が良いじゃんか。避けられるのを予期していた私は、一瞬で体勢を立て直して中城に追いつく。行き止まりだって言っただろうが。

 

「行かせるかよ!」

 

「うわっと。……んー、しつこいなぁ。何でそんなに突っかかってくるの? 私、貴女に何かしたっけ? それともただの作戦?」

 

二度目のタックルをするりと避けた後、他のチェイサーにクアッフルをパスしてから放たれた中城の質問に、大きく鼻を鳴らして応答した。

 

「私の世話役は東風谷だったんだよ。」

 

「早苗が? だから何だってのよ。」

 

「お前、あいつに余計なことを言ってるみたいじゃんか。期生にならずにマホウトコロを去れとかってよ。……実に気に食わないぜ。」

 

「……なるほどね、そういうこと。早苗に同情したんだ。」

 

それまでの笑みをすとんと消して言ってきた中城は、私たち以外のチェイサーが熱戦を繰り広げているのを尻目に箒を止める。それに応じて空中に静止した私へと、マホウトコロのエースどのは表情を不機嫌そうなものに変えて問いかけてきた。

 

「それで、何? ホグワーツ生の貴女に何が出来るの? こっちに残って早苗の面倒を見てくれるってこと? ……何も出来ないなら軽々しく口を出さないでよ。あの子には魔法の才能が無いの。だったらマホウトコロは居場所として相応しくないわ。」

 

「それを決めるのは東風谷本人であって、お前じゃないだろうが。」

 

「私は早苗の指導役だからね。見込みのない後輩の願望を吹き消すのも私の仕事なの。……他の生徒たちの罵倒に愛想笑いでへらへら応じてるのは見てて哀れなのよ。あの子には言い返す気概すらないんだから、期生なんてやっていけるわけないでしょ。私みたいな天才が何もしなくても天才なように、落ちこぼれは何をしたって落ちこぼれのままってことね。」

 

童顔に似合わない大人びた冷笑で主張する中城に、ブラウンの瞳をはっきり見返しながら言葉を飛ばす。

 

「違うな。落ちこぼれだって努力すれば天才を超えられるんだ。あとは東風谷がそれをやるかどうかだぜ。……別にそこまで口を挟むつもりはないが、切っ掛けすら消しちまうのは認め難いな。」

 

「あーあ、やだやだ。『熱血教師』の真似事ってわけ? あの子の現状もよく知らない癖に余計なことをしないでよ。早苗はもうダメなの! 今までずっと苦しんできたの! 端からこの学校に向いてなかったの! ……何でそんな簡単なことが理解できないかな。さっさと辞めちゃった方があの子のためなのよ。」

 

「……お前、ひょっとして東風谷がこれ以上苦しい思いをしないようにってアドバイスしたつもりなのか?」

 

「……だったら何? 霧雨ちゃんには関係ないでしょ。」

 

何だよ、そういうことか。ちょびっとだけ頬を染めて口を尖らせた中城へと、拍子抜けした気分で話を続けた。東風谷の境遇を見ていられなかったから、マホウトコロから彼女を『逃がす』ために提案したってわけだ。どうやら私が思っていた状況と少しズレていたらしい。

 

「お前な、東風谷は期生をやりたいみたいだったぞ。あいつのことを思ってるなら背を押してやるべきだろ。」

 

「貴女はこれまでの生活を見てないからそんな簡単に言えるのよ。早苗ったら、何度も何度も泣いてたんだから。あの子は気弱なの。誰より近くで見てきた私はそのことをよく分かってるわ。……それに私は今学期で卒業だから、もう庇ってあげられないでしょ? その状態で期生になるなんて無理よ。絶対無理。」

 

「庇ってたのかよ。東風谷は気付いてないどころか、お前に見限られたかもって落ち込んでたぞ。」

 

「いちいち言うわけないでしょ、恥ずかしい。私が嫌われてあの子が諦めるならそれでいいのよ。」

 

そう吐き捨てた後、プイとそっぽを向いて赤い顔を隠す中城だが……アホらし。すれ違ってるだけじゃんか。素直になれよ。うなじまで赤くなっている中城へと、大事な決勝戦中だということも忘れて呆れ声を返す。どうもこいつは赤くなり易い体質っぽいな。

 

「お前はあれだな、不器用だな。……思うんだがよ、普通に東風谷と話し合えばいいだけじゃないか? お前は東風谷が心配だから期生になるのを止めてたって伝えて、その上で東風谷が期生になりたいってんなら応援してやればいいだろ?」

 

「……私は早苗にとってパーフェクトな先輩なの。葵寮の連中の部屋に早苗をイジめるなって殴り込んだりしないし、先生方によく見てあげて欲しいってお願いして回ったりしないし、早苗と一緒の写真を部屋に飾ったりはしないクールな先輩なの! 早苗のことが心配で卒業したくないなんて言ったら、これまで必死に築き上げてきたイメージが崩れちゃうでしょうが!」

 

「……アホだな、お前。かなりのアホだ。嫌われるよりもイメージが崩れる方が嫌なのかよ。」

 

「当たり前でしょ!」

 

飛んできたブラッジャーの方を確認もせずに避けながら怒鳴ってくる中城に、それを打ったギデオンを横目に返事を送った。ギデオンのやつ、怪訝そうな表情でこちらを見ていたな。試合から離れて何をしているのかが疑問なのだろう。私もちょっと疑問になってきたぞ。

 

「だから、あー……バカバカしい。折角試合をやってるんだし、ここは分かり易くいこうぜ。私が勝ったらお前は東風谷と本音で話し合う。それでどうだ?」

 

「……何でそんなこと約束しないといけないの?」

 

「すれ違ったままってのは気に食わないからだよ。お前だってこのまま卒業するのは嫌だろ? そんなに東風谷のことを気にしてるなら、卒業した後も仲良くしたいはずだ。」

 

「……早苗が幸せなら別にいいもん。」

 

こいつ、本当に年上か? 駄々をこねる子供のような口調で言ってくる中城へと、頭をガリガリ掻きながら強めに念を押す。こっちの顔が素みたいだな。マホウトコロの点取屋どのの正体は、心配性の子供っぽい『お姉ちゃん』だったわけだ。

 

「いいから、約束だ! お前は自分の技術に絶対の自信を持ってるんだろ? だったらいいじゃんか。」

 

「……あーもう、しつこいしつこい! 分かったわよ! 約束すればいいんでしょ!」

 

頬を膨らませて了承してきたぽんこつエースに頷いてから、箒を握って試合に戻る。……当初予定していたものとは全然違う形になっちゃったが、勝負は勝負だ。勝って東風谷と中城の関係を真っ当なものに整えてやろう。

 

そう思いながらクアッフル目指して飛んでいると、追いついてきた中城が……マジかよ。私の箒の先に自分の箒の先端をぴったり合わせて話しかけてきた。つまり、中城は後ろ向きに飛行している状態だ。しかも速度を完璧に合わせて。こんなもん曲芸飛行の範疇だぞ。

 

「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど? ……早苗は私のことを何て言ってたの? どんな人だって貴女に紹介した?」

 

「……私に勝ったら教えてやるよ。」

 

「あれ、素直に教えてくれるつもりなの? 安心したわ。サクッと勝って聞かせてもらいましょうか。」

 

言うと、中城はくるりと箒の向きを反転させて飛び去っていく。重力も風の抵抗も一切感じさせない鮮やかな箒捌きだ。……面白いじゃんか。私が素直じゃないってところを見せてやるぜ。

 

空中を泳ぐように滑らかに飛ぶ天才の背を追いつつ、霧雨魔理沙は顔に不敵な笑みを浮かべるのだった。

 

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