Game of Vampire   作:のみみず@白月

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ウサギとカメ

 

 

「何を落ち込んでいるんだ、マリサ。僅か四十点だぞ。お前は見事にナカジョウを抑えられているじゃないか。落ち込むべきは僕とシーザーの方だ。」

 

自嘲するような口調で話しかけてきたドラコに力無く頷きながら、霧雨魔理沙は頬を叩いて気合を入れ直していた。それでも四十点は四十点。オフェンスに一切参加せずに妨害し続けているのにも拘らず、中城に得点を許したことに違いはない。

 

現在の私たちホグワーツチームは、タイムアウトを取ってベンチで短い作戦会議をしている最中だ。試合開始から一時間が経過した現時点で肝心のスコアは30対160。つまり、マホウトコロに百三十点もリードされていることになる。……くそ、厳しいな。このままリードされていけばスニッチを捕っても逆転できなくなってしまうぞ。

 

あと二十点広げられればアウト。迫るボーダーラインに焦りを大きくしていると、ドラコの背後に居るシーザーがタオルで汗を拭いながら口を開いた。憔悴し切った表情だ。

 

「僕の力不足です。ドラコやマリサは上手く動いています。相手の得点の大半は僕が抜かれた結果ですよ。」

 

「ゴールしてるってことは、その後に私も抜かれてるわけなんだけどね。」

 

「スーザンは何度も守っているじゃないですか。僕の所為です、僕の──」

 

「落ち着け、シーザー。スーザンも気落ちするのは止めろ。我々はチームだ。誰か一人の責任ではない。……ビーターはどうだ? 申し訳ないが、チェイサー戦に必死でそこまで把握できていないんだ。現状を教えてくれ。」

 

シーザーの肩を叩きながら問いかけたドラコに対して、ギデオンとアレシアが報告を送る。こちらもひどく疲れている顔付きだな。楽観できる状況ではないらしい。

 

「俺たちの方もキツい展開になってますね。相手ビーター同士の連携が恐ろしく上手いんです。守るのに手一杯で、他には何も出来てません。」

 

「あの……私もディフェンスに引き摺り出されてます。攻める余裕が無いんです。」

 

「……厳しいな。どこも劣勢なわけか。」

 

二人の返答を聞いて難しい顔になってしまったドラコの呟きを最後に、控え室に短い沈黙が舞い降りた。そんな暗いムードの中、中央のベンチから立ち上がったハリーが声を上げる。平時通りの柔らかい笑顔でだ。

 

「このままだと負けるかもね。会場の空気もアウェイだし、チェイサーもビーターも押され気味。きっと雑誌には『マホウトコロ、当然の勝利!』って感じに──」

 

「ポッター!」

 

弱気な発言をしたハリーを怒鳴ったドラコへと、ハリーは……笑顔のままだな。変わらず笑顔で応答した。

 

「『ハリー』だよ、ドラコ。……みんな間違えてるよ。僕たちは30対160で負けてるんじゃなくて、180対160でリードしてるんだ。スニッチは僕が絶対に捕るんだから、その分を計算に入れないとね。」

 

おいおい、とんでもない暴論だな。こんな状況なのに僅かな揺らぎすら感じられない、強い意志を秘めたグリーンの瞳。眼鏡の奥のそんな瞳を真っ直ぐドラコに向けて断言したハリーは、チームの面々を順繰りに見ながら続きを語る。

 

「マホウトコロは僕たちを追ってるんだ。必死にね。そりゃあこのまま行けばすぐに追いつかれちゃうかもしれないけど……でも、それを覆すためのタイムアウトでしょ? マホウトコロチームはもしかしたら僕たちよりも強いのかもしれない。だけどさ、それでも勝ち目があるのがクィディッチなんだよ。落ち込んでる暇があったら作戦を見直そう。ムカつく下馬評をひっくり返してやるためにね。」

 

「……その通りだ、ハリー。まだ我々には二十点の貯金がある。絶望するほどの状況じゃない。」

 

ハリーへと首肯しながら自分の頭をひと撫でして、崩れていた髪型を直したドラコは……一瞬だけ考えてからギデオンとアレシアに指示を出した。空気が変わったな。ハリーのお陰でみんな目に力を取り戻したぞ。

 

「ギデオン、お前は引き続き守りだ。しかしアレシアは完全に攻めに回す。……一回戦の時を覚えているか? アレシアが執拗にブラッジャーを打ち込んだダームストラングの選手が、最後まで耐え抜いてプレーしていたことを。あの選手に出来て僕たちに出来ないはずがない。チェイサーのことは見捨てろ、アレシア。攻めに集中するんだ。」

 

「でも、それじゃあ──」

 

「そうしてくれ、アレシア。顔にブラッジャーを食らったって耐えてみせるよ。ハリーはその状態でスニッチを掴んだんだ。僕だってやれるさ。やってみせる。」

 

「ま、そうだな。これまで守ってくれたんだし、ここから先は私たちの力で何とかしてみせるぜ。ギデオンの持ち味が手堅いディフェンスなように、お前の持ち味は強烈なオフェンスなんだ。私たちを気にせず、好きに動いてみろ。多分それがチームにとって一番良い選択なんだから。」

 

ドラコに続いて受け合ったシーザーと私の『痩せ我慢』を受けて、アレシアは尚も不安そうに言い募ろうとするが……その肩をギデオンが大きな手で軽く叩く。

 

「俺からも頼む、アレシア。そもそも守りは俺の役目だ。それなのにお前を引き摺り出されたのは俺の責任なんだよ。……持ち堪えてみせるから、信じて攻めてくれ。」

 

「……分かりました。私、攻めます。もう守りません。」

 

ギュッと棍棒を握り締めながら言ったアレシアへと、ドラコが一つ頷いてから話を進めた。棍棒を握る手は震えていないな。もうぷるぷるちゃんとは呼べなさそうだ。

 

「マリサ、お前はこのままナカジョウに付け。イルヴァーモーニー戦では最初のタイムアウトまでの一時間ちょっとで百八十点取ったのに、この試合では一時間でたったの四十点。ナカジョウはさぞ悔しがっているだろうさ。……シーザー、僕たちは連携の割合を増やすぞ。地力で負けているのは認めてやってもいいが、これまで築き上げてきた連携は通用するはずだ。パスプレーで押そう。」

 

「了解です、もうヘマはしません。僕はこのフィールドで一番の下手くそかもしれませんけど、頭の回転には自信がありますから。レイブンクロー生らしく計算高いプレーで足掻いてみせますよ。」

 

応じながら不敵に笑うシーザーは、膝をパシンと叩いて気持ちを入れ直している。この分なら大丈夫そうだなと安心していると、ドラコは最後にキーパーとシーカーへと声をかけた。

 

「スーザン、ハリー、悪いがお前たちに対しての指示は一切無い。各々の判断で自由に動いてくれ。チームを指揮すべき立場であるキャプテンとしての責務を放棄して、お前たちのプレーを無責任に信じさせてもらう。」

 

「あら、ドラコったら今日になって急に話が分かる男になったじゃないの。それでいいのよ。ゴール前は私に任せてチェイサー戦に集中なさい。」

 

「まあ、好きにやらせてもらうよ。よく言うでしょ? シーカーはチームで一番のエゴイストたれってね。今日だけはそうさせてもらおうと思ってたんだ。」

 

七年生三人が苦笑しながら頷き合ったところで、試合再開の一分前を知らせる笛が耳に届く。私たちにとっては値千金のタイムアウトになったな。ここで気持ちを持ち直せたのはデカいぞ。

 

「では、行くぞ。……我々の持ち味を活かそう。癖の強い、ホグワーツらしい持ち味をな。」

 

箒に飛び乗りながら挑戦的な笑みで語りかけてきたドラコに続いて、私もスターダストに跨ってフィールドへと飛び立った。……タイムアウト前までは視野が狭くなっていて気付けなかったが、ホグワーツを応援してくれている連中はアウェイの中でも必死に声を張り上げている。大量のリードを許した今現在も、私たちの勝利を信じてくれているらしい。

 

ポジションについた後、大きく息を吸って……それを時間をかけて深々と吐いた。落ち着け、私。まだここからだ。ハリーの言う通り、クィディッチってのは常に勝ちの目が残っているスポーツなのだから。

 

頭がクリアになったお陰で広くなった視界を確認しつつ、試合再開のホイッスルを待っていると──

 

『さて、そろそろ……試合再開です! ホグワーツチームがタイムアウトの札を切った直後、現在のスコアは160対30でマホウトコロチームがリード中! ホグワーツは試合を立て直せるのでしょうか?』

 

マホウトコロの得点でタイムアウトに入ったので、ホグワーツがクアッフルを所持した状態からのスタートだ。ドラコとシーザーがパスを投げ合いながら相手ゴールを目指すのを横目に、私は引き続き中城のマークに入る。

 

「よう、中城。待たせたな。寂しくなかったか?」

 

「……ふーん? 元気を取り戻してるみたいじゃん。やる気が漲ってるって感じ。何か起死回生の作戦でもあるの?」

 

「悪いが、そんなもんはない。これまでと一緒だぜ。私はとにかくお前に食らい付いてやる。」

 

「あーもう、邪魔くさいなぁ! まだボールを持ってないんだからそんなにくっ付かないでよ!」

 

中城が恐ろしく上手いプレーヤーだとしても、クアッフルを持ってなきゃゴールは出来ない。だからパスコースを塞ぎ続けることが肝要なんだが……ああくそ、これだもんな。まるで舞い落ちる花びらのように不規則に動いていた中城は、ある地点に到達した瞬間にいきなりスピードを上げた。それを簡単にさせてくれないからこそのエースなのだ。

 

「へい、家藤! 奪ったんなら私にボールちょーだい!」

 

「させるかよ!」

 

「させちゃうんだなぁ、それが。」

 

パスカットに入ろうとした私だったが、中城は私を軸にするようにして下方を逆さまになって一回転した後、笑みを浮かべながらクアッフルを受け取ってしまう。このスピードで難無くそういうことをやってくるな。

 

「んじゃねっ、霧雨ちゃん。また今度。」

 

「このやろっ!」

 

クアッフルを片手にしながら私にウィンクしてきた中城は、凄まじい速度で、かつ最短距離でゴールへと向かって飛んで行く。空中を滑るような優雅な飛び方だ。……悔しいが、私の理想の飛び方と重なるぞ。どこまでも自由で、どこまでも大胆な飛行。きっとこれが私の目指す箒捌きなのだろう。

 

『あーっと、ここでナカジョウ選手にクアッフルが渡ってしまう! 試合開始からずっとマークし続けているキリサメ選手はターンの時点で引き離されています! 止められるか、キーパー!』

 

迅速なカウンターを決めた中城がそのままゴールへと近付き、スーザンが決死の表情で止めにかかるが──

 

『ゴォォォル! ナカジョウ選手、舞うようなフェイントでボーンズ選手を抜いて追加点を決めました! 非常に美しいゴールでしたね。これがマホウトコロのエースの実力です!』

 

「んー、良い気持ち。……これだよ、霧雨ちゃん。これだからクィディッチはやめられないの。今日の試合は貴女がしつこ過ぎてあんまり味わえてないけどさ。」

 

「……よく味わっとけ。それが今日味わえる最後のゴールの味だからよ。」

 

「あれ、まだ折れないんだ。じゃあ次々行っちゃおうか。」

 

追いついた私に自信を滲ませた笑みで言い放ってきた中城に続いて、再び試合の中へと飛び込んだ。諦めてたまるかよ。これで中城の得点は五十点。キリの良い数字だし、ここらで打ち切りにしてやるぜ。どれだけ無様な姿を晒してでもな。

 

───

 

そしてタイムアウトから更に四十分が経過し、現在のスコアは80対230。……要するに、ハリー流の計算だと追いつかれてしまったことになる。この状態では彼がスニッチを捕っても同点引き分けだ。

 

とはいえ、タイムアウトまでは一時間で百三十点差に広げられたのに、この四十分では二十点しか詰められていない。その最も大きな要因はビーター二人とスーザンの頑張りだ。時に体を張ってまでチェイサーたちを守るギデオンと、果敢に休み無く攻め続けているアレシア、そして最後の壁としてゴールを堅守しているスーザン。これまでの四十分間は三人の時間だったと言っても過言ではないだろう。

 

『またしてもリヴィングストン選手のブラッジャーがタケダ選手の攻撃を止めました! あと十点、たった一回のゴールで安全圏となる百六十点差に手が届きますが……マホウトコロ、打って変わって攻めきれません! この十分間は何度も攻めに転じているのに、未だ得点ゼロです! ホグワーツチーム、ここに来て凄まじい粘りを見せています!』

 

マホウトコロはビーター二人を攻撃に使うことで、先ずは手早く百六十点差まで到達するという戦術を選んだようだが……結果だけ見れば悪手だったな。むしろ守りに傾けた方がマシだったと思うぞ。何たってアレシアはボロボロになっているドラコ、シーザー、私を完全に無視して、敵のチェイサーを叩きのめすことに夢中になっているのだから。

 

アレシアが攻めだけに集中し始めた今、ビーター陣はやや上回っているとすら言えそうだな。敵が二人で殴ってくるのに対して、アレシアが一人で二人分殴っている感じだ。そうなると当然守っているギデオンの分でこちらが少し有利になる。良い形だぞ。

 

崖っぷちで遂にホグワーツチームらしい形になってきたことを喜んでいると、私がぴったり張り付いている中城が何度目かの文句を寄越してきた。中城の総得点は現在五十点。つまり、タイムアウト直後のゴールから得点ゼロだ。ざまあみろだぜ。

 

「あー、もうやだ! どんだけしつこいのよ、あんた! いい加減諦めてよ!」

 

「はん、分かってきたぞ。お前の最大の弱点はスタミナだな。試合開始直後と今とじゃ全然動きが違うぜ。……毎日きちんと練習してないからそうなるんだよ。」

 

「普通は余裕で間に合うの! 今日はスッポンみたいに食らい付いてくる変なヤツが居るから余計疲れるんでしょうが!」

 

「もっと疲れてもらうぜ。……『ウサギとカメ』だな。ようやく追いついたぞ。」

 

ビーター陣が真価を発揮し始めたように、この土壇場で私の頑張りも実り始めたらしい。今の中城が顔に浮かべているのは自信ではなく汗だ。やっといい顔になったじゃんか。いけるぞ、これは。

 

天秤が釣り合ってきたことに心の中でガッツポーズをしたところで、実況がこれまで以上に興奮している様子で大声を上げる。何か大きな動きがあったようだ。

 

『今度はホグワーツが攻める番です。マルフォイ選手とロイド選手がパスを回して……ああ、シーカーが! シーカーが動いています! 両チームのシーカーが一点を見つめて前傾姿勢になっている! 遂に、遂にスニッチが見つかったようです!』

 

その報告を受けて、中城と同時に上空を見上げてみれば……とうとうシーカー戦が始まったのか。ハリーと相手のシーカーがスニッチ目指してぶつかり合っているのが視界に映った。二人に差は無い。これ以上ないってほどのバチバチのシーカー戦だ。

 

『今回のトーナメントルールではポッター選手が捕れば同点で再試合、オウギ選手が……弟の方のオウギ選手が捕ればマホウトコロの勝利となります! ホグワーツが望みを次に繋げるか、それともマホウトコロがトロフィーを手にするか! ここが勝負の分かれ目です!』

 

そんな実況の声を耳にしながら、ちらりとドラコの方に視線をやってみれば……やっぱそうだよな。速度を緩めずにゴールへと飛行しているキャプテンどのの姿が目に入ってきた。ここは同点を目指す場面じゃない。クアッフルを保持しているのがホグワーツチームである以上、ハリーを信じて『百四十点差』を目指す場面だぜ。

 

シーザーも、アレシアも、ギデオンも、スーザンも、そしてスニッチを追っているハリーも同じ気持ちのはずだ。これまでの付き合いからそのことを確信しつつ、中城を置いてドラコとシーザーの方へと全速で飛行する。もう中城のマークは不要だろう。伸るか反るかの最終局面なんだから、全てを攻撃に注ぎ込まねば。

 

私たちホグワーツチーム全員が十点を得ることを即座に目指し始めた反面、マホウトコロチームは意思の統一が出来なかったらしい。まあ、無理もないな。向こうは何れにせよスニッチを捕れば勝利なんだし、シーカーを援護するかチェイサーを止めようとするかで迷うのが普通だ。目の前に輝く優勝があれば、そっちに目が向いちゃうのが人間ってものだろう。

 

「何やってんの! 先ずチェイサーの対処! 唯一の負け筋がそこなんだから、とりあえずシーカー戦は無視していいの!」

 

いち早く状況を整理したらしい中城が大声で叫ぶが、その時には既にドラコがシーザーにパスを回していた。そのままハリーの援護へと向かうドラコを横目に、私はシーザーのパスを受けられる位置に移動する。ここまでクアッフルを運んだ時点でドラコのチェイサーとしての仕事は完了だ。だったらハリーを守るために動いた方が無駄がないということなのだろう。この期に及んで冷静な判断だな。

 

『おっと? ホグワーツチームはシーカー戦を無視して……これは、得点を目指しています! あくまでこの試合で決着を付けるつもりのようです! ノータイムの決断に虚を衝かれたタケダ選手をマルフォイ選手が抜いて、そのマルフォイ選手からのパスを受けたロイド選手がクアッフルをゴールまで運ぼうとしますが──』

 

マズいな、行けるか? ゴールに向かって矢のように飛ぶシーザーに、マホウトコロのチェイサーの勢いがあるタックルと、ビーターが打ち込んだブラッジャーが同時に激突した。タックルの方は真正面からだったぞ。事故レベルの衝突じゃないか。

 

『マツダイラ選手の強烈なタックルとブラッジャーを同時に食らってしまう! ロイド選手、これは堪らず……離しません! 何たる根性! 乗っている箒が折れ、顔からは血を流しながらもクアッフルを抱え込んでいます!』

 

意地を見せたな、シーザー! 両者の箒の柄が折れるほどの激しい接触の後、それでもなおクアッフルを離さなかったシーザーは、勝利の鍵を私の方へと全力でパスしてくる。おっし、確かに受け取ったぞ。

 

最初にドラコが抜いたチェイサーはもう追いつけないと踏んでシーカーの援護に行き、シーザーにタックルをかましたチェイサーは箒が壊れて飛行不能。……だからつまり、ゴール前までは一対一だ。ここに来て私と中城の一騎打ちか。燃えてくるぜ。

 

『チェイサー戦はキリサメ選手とナカジョウ選手、加えてキーパーたるオウギ選手……の兄の方へと命運が委ねられました! そしてもちろんシーカー戦も続いています! ポッター選手に向けて、ナカガワ選手がブラッジャーを打ち放ちますが……これはお見事! シーボーグ選手がギリギリで打ち返す! 最終盤にして試合が白熱しています!』

 

「行かせないよ、霧雨ちゃん!」

 

「嫌だね、ゴールするぜ! 死んでもな!」

 

中城の三次元的なタックルに何とか対応しつつ、ゴール直前までたどり着いたところで……奪うのではなく、キーパーと連携してシュートを止めるつもりか。中城が前に出てシュートコースを塞ぎ、敵キーパーもそれに合わせて別のコースを封じた。普通ならパスが出せない私は封殺だ。

 

『キリサメ選手、シュートコースを完全に塞がれました! 万事休すか! あっと、ここでシーボーグ選手が弾いたこぼれブラッジャーを、ナカガワ選手がもう一度シーカーに打ち込みますが……体勢が崩れているビーターに代わってマルフォイ選手が体で止める! マルフォイ選手、身を挺してポッター選手を守りました!』

 

「惜しかったけど、ここまでだよ。こんなの私にだってゴールできないもん。」

 

「おう、普通ならな。よく覚えとけ、中城。ホグワーツってのは常識外れな学校なんだよ!」

 

「は? ……うっそでしょ?」

 

中城に言い放ってから、スターダストをあらん限りに右に動かした後……その上に立って箒の柄を蹴って更に右へとジャンプする。完全に空中に投げ出された形だが、これならシュートコースを確保できるぜ。

 

こうなるとシュートを放った直後に私は間違いなく下に落ちることになり、墜落で死にかねない危険なプレーなわけだが……幸いにも下は地面ではなく海だ。落ちても死なないはず。多分。サメとかいないよな?

 

『さあ、遂にポッター選手とオウギ選手がスニッチに追いつく! 互いに一歩も譲りません! そしてゴールを狙うキリサメ選手にもブラッジャーが迫るが……これは凄い、今日一番のプレーかもしれません。マルフォイ選手に当たったブラッジャーを回収したリヴィングストン選手が、遠く離れたキリサメ選手を狙うブラッジャーをブラッジャーで弾きました! 狙ってやったのだとしたらプロ顔負けの正確無比な……ああっと、それどころではありません! キリサメ選手、箒からジャンプしてシュートを投げました! 危険です! あまりに危険だ! 誰か彼女にクッション呪文を……シーカーの二人が手を伸ばしています! いよいよ掴むようです! そしてゴール! クアッフルがマホウトコロのゴールを潜りました!』

 

うーむ、実況も大したもんだな。信じられないほどの早口になっている実況だが、それでも状況に言及するのが追いつかないらしい。耳に入ってくる忙しない声を背景に、ひどく冷静な気分で仰向けに落下しながらハリーの方へと視線を向けてみれば……おう、信じてたさ。私が誰より信頼する常勝のシーカーが、いつものように握った拳を突き上げるのが目に入ってきた。私が投げたクアッフルがゴールしてからのキャッチだったので、最終的なスコアは240対230。私たちホグワーツチームの逆転勝利ってわけだ。最高のどんでん返しだぜ。

 

「よっ……しゃあああ!」

 

実況の声すら掻き消すほどの、人生で初めて聞く音量の大歓声。それを全身に浴びながら、雄叫びと共に太陽に向けて握った手を突き出していると、かなり焦った表情の中城が急降下してきたかと思えば……おお、助けてくれるのか? ふわりと下に回り込んで私を受け止める。海面ギリギリまでの短い空間で衝撃を和らげるようなやり方でだ。つくづく器用なヤツだな。

 

「……ちょっと、バカなんじゃないの? 大バカ! あの高さからだと海に落ちたって死ぬ可能性があるんだからね? マホウトコロの歴史にはそれで大怪我して再起不能になった選手だって居るんだから!」

 

「あー、すまん。謝るぜ。助けてくれてありがとな。」

 

「ありがとな、じゃない! 貴女が死んだら早苗が責任を感じちゃうでしょうが! ……審判も混乱しててクッション呪文が間に合わなさそうだったし、肝が冷えたわよ。」

 

「こんな時まで東風谷のためかよ。……どうだった? 私のシュート。」

 

マホウトコロのエースどのにお姫様抱っこされながら問いかけてみると、彼女は整った童顔にとびっきりの呆れを貼り付けて応じてきた。私が期待していた感心の色はゼロだな。呆れ百パーセントだ。

 

「世界で貴女しかやらないようなシュートだったわ。向こう見ずで、危険で、文字通り命を懸けたシュートよ。……負けたわ、負け。もう私の負けでいいから、あんなシュートは金輪際やらないように。こんなクィディッチバカがイギリスに居たとはね。」

 

「へへ、そっか。じゃあお前は東風谷と仲直りしろよな。」

 

「……分かってるわよ。そのために命を懸けるなんて、本当にバカだわ。」

 

「ホグワーツチームってのはバカの集まりなのさ。無謀にもマホウトコロに挑んじまって、挙句勝っちまう世界一のバカのな。」

 

私を抱っこしたままで上空に……チームメイトたちが待つ上空に連れて行ってくれる中城へと微笑みながら、安らかな気持ちで息を吐く。握り拳を高らかに掲げているハリーと、満面の笑みでその肩を叩いているドラコ。棍棒を打ち合わせて勝利を分かち合っているアレシアとギデオン。大泣きしているスーザンと、彼女に支えられてボロボロの顔に喜びを浮かべているシーザー。

 

共に戦った六人のことを誇らしく思いつつ、霧雨魔理沙は最高の瞬間を噛み締めるのだった。

 


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