Game of Vampire   作:のみみず@白月

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勝利の後に

 

 

「……なるほど、詳しい経緯は話していただけないのですね?」

 

『上品な半笑い』で大穴が空いている桁橋を見つめるシラキの英語での問いに、アンネリーゼ・バートリは苦笑しながら返事を返していた。ぶっ壊して悪いとは思うが、話せないのだ。勘弁してくれ。

 

「無論、修理の費用は全額持つよ。迷惑をかけた分の色も付けよう。『金で解決』ってのが礼儀ある行いじゃないことは自覚しているが、今回はそれで勘弁してくれないか?」

 

「あら、私はそこを気にしているわけではありませんよ。……何があったのかよりも、『どうやったのか』の方が余程に気になります。この橋には十重二十重に防衛魔法がかかっているはずなのですが。」

 

「レミィがそうであるように、私も吸血鬼ってことだよ。魔法族とはまた違う力を持っているのさ。」

 

「イギリス第一次魔法戦争での活躍、第二次戦争でロンドンを覆った紅い霧。話には聞いていたものの、実際に目にすると魔法学者としての興味を禁じ得ませんね。」

 

ふむ、怒ってはいないようだな。……つまり、私はアビゲイルに止めを刺した時の『被害』についてをシラキに報告しているわけだ。アリスは現在試合が終わったばかりの海上競技場で咲夜の慰めを受けており、ポートキーの時間になったらそのまま二人で人形店に帰るつもりらしい。閉会パーティーで使う予定の品は既に受け取っているし、咲夜は随行の任を解いてアリスに同行させるべきだろう。

 

全てが終わってから暫くここで木片を握り締めていた後、私にポツリと『情けないです』と呟いて以降、競技場に戻ってからもアリスは殆ど喋らなかった。……ああ、人形店で顔を合わせる時を思うと憂鬱だぞ。さすがに嫌われちゃったかな。

 

決勝戦はかなりの盛り上がりを見せた上にホグワーツが勝ったものの、私、アリス、咲夜だけはお通夜のような空気の中で観戦していたことを思い出していると、シラキが杖を抜いて橋の断面を調べつつ話を続けてくる。毎度お馴染みの感情の読めない微笑を顔に浮かべながらだ。

 

「何にせよ、これはバートリ女史が誰かと戦った痕跡なのでしょう? 賓客である貴女が戦う羽目になったのは、警備を担うマホウトコロの落ち度です。延いては責任者である私の失態ですよ。こちらで直しますからお気になさらないでください。」

 

「言わば私はキミの領地で勝手に私闘をしただけなんだがね。……バートリの面子が立たないから、金はきちんと請求してくれ。それでチャラにしてくれるならこっちとしては願ったり叶ったりだよ。」

 

「そこまでおっしゃるならお受けしますが……しかし、本当に興味深いですね。防衛魔法が作動した形跡はあるのに、その効果が一切発揮されていません。即ち発揮する間も無く一瞬で突破されたということになります。魔法界の魔法では有り得ない現象です。」

 

「私からすればそこまで難しい話でもないけどね。種も仕掛けもない力押しだよ。それだけの話さ。」

 

完全に『魔法学者』の顔付きになっているシラキに肩を竦めた後、私も杖を抜いて促しを放った。マホウトコロの校長閣下の新しい一面が垣間見れたな。この淑やかな老女は意外にも『研究畑』の人間だったらしい。

 

「話は済んだし、戻ろうか。そろそろ競技場で表彰式が始まるんだろう? 忙しいのに付き合わせて悪かったね。」

 

「名残惜しいですが、そうした方が良さそうですね。……その後校舎でささやかなパーティーを開催しますので、バートリ女史も是非ご参加ください。」

 

「ああ、参加する予定だよ。先に行くぞ。」

 

人形店に帰るのは怖いし、予定通りパーティーに出席することで『宿題』を先延ばしにさせてもらおう。未だ杖を複雑に動かしながら橋を精査しているシラキに断ってから、杖を振って『観客席船』の一隻に姿あらわししてみれば……おや? 私たちが観戦していた席に咲夜だけが一人で座っているのが目に入ってくる。アリスは居ないな。一人で帰ったということか?

 

「咲夜、アリスはどうしたんだい?」

 

席に歩み寄りながら問いかけてみると、声に反応した咲夜は困ったような表情で返答を寄越してきた。

 

「それが、一人で帰るから大丈夫だって言われちゃいまして。何度か一緒に帰ろうって提案したんですけど、あんまりしつこく食い下がるのは……その、余計なお世話かなと。」

 

「そうか。……参ったね、落ち込んでたかい?」

 

「はい、凄く。」

 

そりゃそうか。無意味な質問だったな。落ち込んでいないはずなどあるまい。自分に呆れながら頬を掻いている私に、咲夜は慌てて言葉を繋げてくる。

 

「でも、リーゼお嬢様に対して怒ってるってわけではないんじゃないでしょうか? 『また代わりにやらせちゃった』って言ってましたから。……アリスの気持ち、ちょっとだけ分かる気がします。」

 

「……それが私の役目なんだよ。親代わりとして、そして家長としてのね。」

 

「それは理解してます。理解してますけど……だけど、私たちのことをもう少し信じて欲しいです。リーゼお嬢様にいつまでも荷物を背負ってもらってるんじゃ、情けなくて悲しくなりますよ。レミリアお嬢様やパチュリー様がこっちに居れば相談してましたよね?」

 

「それは……そうかもしれないが、しかし決してキミたちを軽んじているわけではないぞ。」

 

もしかして、私は今咲夜に諭されているのか? ちょびっとだけ不安な思いで応じてみると、咲夜もまた同じような態度で続きを語ってきた。

 

「私たちだっていつまでも頼りない子供じゃないんです。私も、アリスも、多分魔理沙も。お嬢様一人で悩むんじゃなくて、アビゲイルのことを相談して欲しかったと思ってます。……もう少し頼ってください。一人で全部やられたら、私たちの立つ瀬がないじゃないですか。」

 

そこまで言った後、咲夜は急に席を立ったかと思えば……おおう、どうしたんだ。深々と私に頭を下げながら謝罪してくる。

 

「メイドとして出過ぎたことを言いました。申し訳ございません。」

 

「キミは……うん、許そう。よく言ってくれたね。」

 

『娘』として親に注意してから、『使用人』として主人に頭を下げたわけか。……驚いたな。きちんと立場を使い分ける姿は、私が思っていたものよりもずっと大人のそれに見えるぞ。

 

うーむ、どうやら私の目は曇っていたらしい。アリスも咲夜も今や立派な大人に成長しているということか。庇護するのは悪いことではないが、行き過ぎたそれはむしろ枷になる。私は彼女たちを守っているつもりで、その実邪魔をしていたようだ。

 

愚かしいな。我ながら情けなさすぎるぞ。頭を下げたままでちらりと私を見てくる咲夜のことをそっと撫でつつ、やれやれと首を振って大きく息を吐く。

 

「反省したよ、咲夜。キミたちはもう子供じゃないんだね。私はそんな簡単なことにすら気付けていなかったみたいだ。……これからはキミたちを頼ることにするよ。それで許してくれないか?」

 

「あの、私は──」

 

「今はメイドとしてじゃなく、娘として話してくれ。」

 

「……なら、許してあげます。もう一人で全部を抱え込もうとしちゃダメですからね?」

 

優しく微笑みながら言ってきた咲夜に、申し訳ない気分でこくりと頷いた。家は個では成り立たない。私は父上から学んだはずの重要な教えを忘れていたらしい。まだまだガキだな、私も。

 

「それと、家に帰ったらアリスともしっかり話し合わなきゃダメですよ? ここで表彰をした後にパーティーがあるんですよね? その間にちゃんと心の準備を整えておいてください。」

 

「あー……分かってるよ、考えておくさ。」

 

咲夜が念を押してくる『宿題』にため息を吐きながら、アンネリーゼ・バートリは苦い笑みを顔に浮かべるのだった。

 

 

─────

 

 

「……すまんな、身勝手な使い方をして。お前は最高の箒だったぜ。」

 

ホグワーツの優勝、大歓声の中で執り行われた盛大な表彰式、そして七本の杖が挿さった煌びやかな優勝トロフィー。その三つをしても覆せなかった悲しみを感じつつ、霧雨魔理沙はロッカールームのベンチの上で真っ二つに折れた愛箒へと語りかけていた。

 

試合が終了した後、マホウトコロの選手の一人が海に落ちた私の箒を回収して持ってきてくれたのだ。……落下の衝撃で半ばから折れてしまったスターダストを。あのシュートをした時は下が海だから大丈夫だと思っていたのだが、私の考えはつくづく甘かったらしい。

 

イギリスに来た直後に出会って、一年生の頃からずっと共に戦ってきた相棒。あの時ああする以外に勝機はなかったものの、せめて落下の角度をもう少し考えてやれば良かったと落ち込む私の肩を、ユニフォームから制服に着替えたスーザンがポンと叩いてくる。

 

「良い箒だったわね、スターダスト。ホグワーツの優勝はこの子のお陰よ。」

 

「ああ、本当に良い箒だった。私には過ぎた相棒だったぜ。」

 

「何言ってんのよ、乗ったのがマリサだったからここまでの力を発揮できたんでしょ。そんなに評判が良い箒じゃなかったのに、ホグワーツを世界一に導いたじゃない。安易な評価をした箒批評家たちは今頃後悔してるでしょうね。乗り手次第の箒だったって。」

 

「……こいつもそう思ってくれてるなら嬉しいんだけどな。」

 

何度も磨いた柄を撫でながら、私とクィディッチというスポーツを繋げてくれたことを感謝した後、ちょっと潤んでいた目を拭って着替えを始めた。イギリスに戻ったらきちんと埋葬してあげよう。クィディッチプレーヤーの流儀に倣った、正式な弔い方でだ。

 

胸に大きな穴が空いた気分で制服に着替えていると、スーザンに続いて着替えを終えたアレシアが話題を変えてくる。若干ぎこちない口調なのは、私を気遣ってくれているからなのだろう。

 

「えっと、あの……この後マホウトコロの校舎でパーティーがあるんですよね? 打ち上げみたいな。」

 

「『打ち上げ』よりは形式張っているでしょうけどね。とはいえ、開催パーティーよりはややラフな雰囲気になるらしいわ。各校の代表チームや関係者、それと招待客が参加するんですって。」

 

「緊張しますけど、制服でいいのは楽ですね。……また写真を撮られたりするんでしょうか?」

 

「報道陣も入るみたいだから撮るとは思うけど、新聞とか雑誌に使われるのはさっき撮った写真の方でしょうね。……あー、嫌になるわ。涙でぐしゃぐしゃの顔が予言者新聞に載ると思うと憂鬱よ。」

 

苦笑しながら首を振るスーザンに、アレシアも困ったような笑みで首肯を返す。間違いなく一面に使われるのはあの写真だろうな。フィールドの中央に浮かぶ表彰式用の船の上で、私たち七人が大歓声を浴びながらトロフィーを持ち上げているあの写真。シーザーはボロボロの顔だったし、ギデオンは男泣きをしていた。ハリーとドラコだけは事前にさり気なく身嗜みを整えていたあたり、経験の差ってやつを感じたぞ。

 

私もひどい顔だったんだろうなと後悔しながら着替えを終えて、スターダストをそっと箒ケースに仕舞う。そのまま三人で忘れ物はないかと確認した後、女子用のロッカールームを出てみれば……おお、待っててくれたのか。板張りの廊下で待機している男子勢とマホウトコロの関係者らしき男性の姿が目に入ってくる。ちなみにここは試合直前の作戦会議やタイムアウトの時なんかに使った選手控え室もある、観客席船の一隻の内部だ。

 

喫水線よりは上だと思うが、控え室の位置がもう海面ギリギリだったし……ふむ、もしかしたらそれより下のここは海の下なのかもしれないな。そんなことを考えながら合流してみると、ドラコがいつものように文句を寄越してきた。

 

「遅いぞ。着替えをするだけで何故こんなに時間がかかるんだ。」

 

「女の子だからよ。……ちょっと、トロフィーは? そっちが持ってたはずでしょう? あれを忘れたらさすがに洒落にならないわよ?」

 

「忘れるわけがないだろうが。マホウトコロ側に一度預けただけだ。パーティーの時に会場の中央に置くらしい。明日ホグワーツに帰る際に返却してもらうことになっている。」

 

「帰るっていうか、凱旋ね。間違えないようにしなさい、キャプテンさん。」

 

ニヤニヤしながら肘で脇腹を突いたスーザンに対して、ドラコは鬱陶しそうな表情でおざなりに応じてから、少し離れた位置に立っているマホウトコロの関係者に声をかける。照れ隠しだな。優勝を一番喜んでいるのはドラコに違いないのだから。

 

「同じ意味だ。……こちらは揃いました。いつでも移動できます。」

 

「では、校内にあるパーティーの控え室に移動してから詳しい説明をさせていただきます。ポータス。……二十秒後です。どうぞ。」

 

英語で言いながら手に持っていた四角い木片をポートキーにした後、群青色を基調とした着物ローブ姿の三十代前後の男性はそれを差し出してくるが……船でも姿あらわしでもなく、わざわざポートキーで移動するのか。至れり尽くせりだな。

 

ポートキー嫌いのドラコだけが分かり易く顔を顰める中、全員で木片に手を触れた状態で待っていると、きっかり二十秒後にもはや慣れてしまった感覚と共に視界が歪み……そして到着した先はフローリングの二十畳ほどの部屋の中央だった。

 

うーん、控え室というか高級ホテルの一室って感じだ。六脚の椅子がセットになっているダイニングテーブルと、三人掛けのソファとセットになっているセンターテーブルが置いてあり、隅の襖の奥には畳敷きの部屋が繋がっているらしい。古めかしい暖炉もあるが、あれは単なる飾りっぽいな。

 

リヒテンシュタインでの控え室ほど広くはないものの、居心地の良さでは軍配が上がりそうなその空間の中で、案内役の男性は椅子やソファを手で示しながらパーティーに関する説明を始める。座って聞けということか。疲れているし、そういうことなら座らせてもらおう。

 

「それでは簡単な流れをご説明いたします。皆様は『主役』ということで、パーティーが始まった後に壇上に登場していただく予定です。会場は藤寮と同じ建物にある洋風の大広間なのですが……ご存知でしょうか?」

 

「城の中心区画を囲んでいる三つの建物の一つですよね? どれがどの寮なのかは断言できる自信がありませんけど。」

 

「大橋と繋がる門を正面とすると、ちょうど裏手の建物です。洋風というか、和洋折衷建築の建物ですね。今回は他国の方々をお招きするということで、靴でも問題のないその場所が会場として選ばれました。」

 

私と同じように校舎を探検したらしいシーザーの発言に、案内役はスラスラと応答しているが……何処となく悔しそうにも見えるな。ひょっとすると三派閥の間でどこを会場にするかで揉めたのかもしれない。この案内役は藤寮を支配する『藤原派』とは別の派閥だということか。

 

内情を知ったからこそ見えてきた歪みにやれやれと首を振っていると、案内役は続けて細かい説明を放ってきた。

 

「パーティーは立食形式です。最初にイベントの総責任者であるサミレフ・ソウ氏が挨拶をした後、我が校の校長の挨拶が続き、その後に七校の代表たちが壇上に上がる、という流れになります。ホグワーツの皆様は最後の登場で、その際キャプテンのマルフォイ氏から一言いただきたいのですが……どうでしょう? お願いできますか?」

 

「そうなると思って準備しておいたので問題ありません。」

 

「ありがとうございます。ご挨拶いただいた後はそのまま歓談の時間が始まることになりますが、ホグワーツの皆様には多数のお声がかかることが予想されます。この部屋に軽い食事を用意いたしますので、よろしければパーティーの前に召し上がってください。」

 

パーティー中は食べる暇がないということか。想像するだけで億劫になってくるな。嫌そうな表情になってしまった他の六名を他所に、ドラコは澄ました顔で案内役に軽く頭を下げる。

 

「お心遣い、感謝します。……もし良ければマクゴナガル校長やフーチ先生と打ち合わせをしておきたいのですが、可能ですか?」

 

「マクゴナガル校長からも同じ要請を受けております。私が退室した後でこちらにご案内いたしますので、お食事をしながら打ち合わせをしていただければと。パーティーの開始は午後五時ですから、それまではご自由にお過ごしください。」

 

「何から何までありがとうございます。」

 

「それが私共の役割ですので。……それでは、一度失礼させていただきます。ご不明な点がございましたら会場への移動時にお尋ねください。」

 

ぺこりとお辞儀してから退室しようとした案内役だったが……扉の前で振り返ると、笑顔で言葉を付け足してきた。

 

「大事な一言を失念しておりました。……優勝おめでとうございます。マホウトコロの敗北は非常に残念ですが、それはホグワーツが上回っただけのこと。我々マホウトコロの関係者一同も、世界一の代表チームの誕生を心より喜んでおります。」

 

そう言ってから部屋を出て行った案内役の背を見送って、七人全員で顔を見合わせる。『世界一の代表チーム』か。段々と実感が湧いてきたぞ。

 

「何て言うか、優勝してからも大変そうだね。ここできちんと夕食を食べておこうか。」

 

苦笑いのハリーの台詞に揃って頷いてから、革張りのソファに深々と身を沈めた。……パーティーには東風谷も来るようだし、中城は間違いなく出るわけだから、そこで三人で話せるかもしれないな。

 

せめてその機会があることを祈りつつ、霧雨魔理沙は試合以上に疲れそうだなと小さくため息を吐くのだった。

 


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