Game of Vampire   作:のみみず@白月

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二つの布石

 

 

「──を心から願っております。……そして最後に、この場を借りて『次なる国際交流のイベント』についてを発表させていただきます。今年の夏に開催されるクィディッチ・ワールドカップの舞台として、数ある連盟加盟国の中からこの日本が選ばれました。」

 

あー、なるほど。だからあれだけ豪華な『観客席船』をポンポン造れたわけか。恐らく今回のクィディッチトーナメントだけではなく、ワールドカップの時も使うつもりなのだろう。壇上で話しているシラキの報告を耳にしながら、アンネリーゼ・バートリは手元のシャンパンを一口飲んでいた。

 

マホウトコロの領地の奥にある、和風三割洋風七割くらいの奇妙な建物の一階に位置する大広間。その場所で七大魔法学校対抗クィディッチトーナメントの閉会式が始まったところなのだ。イベントの総責任者たるサミレフ・ソウの相も変わらぬ『体育会系』の挨拶に続いて、決勝戦の会場校となったマホウトコロの校長であるシラキが参加者たちにスピーチをしているわけだが……ふん、賢い女だな。学生のイベントらしからぬ豪華さで観客たちを喜ばせた上で、その実来たるワールドカップの『会場テスト』も行っていたというわけか。

 

堅実と言えばいいのか、狡猾と評価すべきなのか。今回のイベントを無駄なく活用したシラキが話しているのを聞き流しながら、油断ならないヤツだと苦笑している私に、隣でオレンジジュースを片手にしている咲夜が囁きかけてくる。

 

「えっと、ワールドカップの時もあの船を使い回すってことですよね?」

 

「そうみたいだね。今日の決勝戦をそのシミュレーションに使ったんだろうさ。事前に三万人の観客の流れをチェックしておいて、更に多くが訪れるであろうワールドカップの時に活かすつもりなんじゃないかな。」

 

「……ホグワーツの方が会場になっていたらどうしてたんでしょうか?」

 

「こうなってくると、そもそも『公正な抽選』だったのかすら怪しくなってくるぞ。初戦のシード枠はともかくとして、決勝戦の会場は最初からマホウトコロに決まっていたのかもしれないね。」

 

シラキなら、そしてホームズの一件で評価を下げている連盟ならやりかねまい。ワールドカップの成功はどちらにとっても重要な案件だろうし、利害が一致すれば裏側で動くのが政治家というものだ。唯一の誤算があったとすれば、ホグワーツが優勝しちゃったことくらいかな。どう考えても優勝校がそのままワールドカップの舞台になった方が盛り上がるだろうし。

 

いい気味だと口の端を吊り上げながら推理した私へと、咲夜はまさかという表情で相槌を打ってきた。

 

「そこまでは……しない、んじゃないでしょうか?」

 

「シラキと同じ立場ならレミィはやるし、ゲラートも私もやるぞ。だったらシラキもやるだろうさ。……まあ、いいんじゃないかな。別に誰が困るわけでもないからね。ホグワーツが会場にならなくてマクゴナガルは喜んだだろうし、ワールドカップでトラブルがあればみんなが悲しむ。多数の利益のためなら公平性なんて取るに足らないものなんだよ。」

 

「大人の世界ですね。」

 

クジの裏側なんてそんなものさ。呆れたように咲夜が呟いたところで、シラキの挨拶がようやく終了したようだ。すぐさま拡声魔法を使っている司会役が式を進行させ始める。淀みのない英語だし、連盟側が派遣した司会らしい。

 

『ありがとうございました、シラキ校長。私もこの地でのワールドカップを楽しみにしております。……では続きまして、今回のイベントの主役たちの登場です。盛大な拍手でお迎えください。先ずはカステロブルーシュ、ボーバトン、ダームストラングの代表選手たち!』

 

一回戦で敗退した三校の代表選手二十一名が袖中から登場するのに、パーティーの参加者たちから拍手が送られるが……まあうん、このタイミングでの登場は嬉しくないだろうな。それでもカステロブルーシュ代表の大半とボーバトン代表は愛想良く笑顔を浮かべているものの、カステロブルーシュの一部とダームストラング代表たちは仏頂面だ。

 

この状況を『敗者たちの紹介』と見てしまうのは、私が捻くれ者だからなのか? 司会は『みんな頑張りました』という方向に持っていきたいらしいが、参加者たちも心の片隅ではそう感じていると思うぞ。普通に優勝校たるホグワーツの代表陣だけを登場させれば良かったろうに。シラキならそうしそうだし、どこかズレているのは連盟の仕切りだからなんだろうな。

 

『次にワガドゥ、イルヴァーモーニー、マホウトコロの代表選手たちの登場です!』

 

追加で現れた二十一人への拍手を咲夜に任せて、会場をせっせとウロついているサーブ役に空いたグラスを押し付けた。さすがの私も選手たちに同情するぞ。連盟は恐らく『大団円』を演出したかったんだろうが、この茶番は余計に過ぎる。見事な戯曲を観た後だから尚のことそう思ってしまうのかもしれないな。

 

ちらりと壇の脇で待機しているシラキに目をやってみれば、彼女も拍手しながら仮面の微笑を浮かべているようだ。粗雑な展開に呆れているのだろう。自分の庭でこんな杜撰な閉会式を開かれて、内心ではイライラしていそうだな。そこだけはちょびっとだけ愉快だぞ。

 

『そして最後に、優勝を果たしたホグワーツ代表チームの登場です! 大きな拍手でお迎えください!』

 

それまで以上の拍手の音が会場を支配する中、見知った七人がステージの中央前列に移動する。横一列に並んだ彼らは揃って一礼した後……おや、挨拶するのか。キャプテンのマルフォイだけが前に歩み出て喉元に杖を当てた。拡声魔法を使ったらしい。

 

『皆様、盛大な拍手をありがとうございます。……我々の力だけでは優勝は叶わなかったでしょう。イベントを滞りなく運営してくださった国際魔法使い連盟の関係者の方々、全力で向き合ってくれた各校の代表選手たち、会場を準備してくださった各校関係者の方々、そして懸命に練習を手伝ってくれたホグワーツの学友たち。多くの方の協力がなければ、今私たちはこの場に──』

 

「おやまあ、大したもんだね。さすがはマルフォイ家の当主ってとこかな。無難な内容に纏めてくるじゃないか。」

 

「……原稿とか、持たないんですね。」

 

「きちんと覚えてきたんだろうさ。つくづくマルフォイをキャプテンにしたのは正解だったと思うよ。クィディッチの面でどれだけの利益があったのかは分からんが、少なくとも『ホグワーツの代表』としては上々の出来だ。鼻につかないように『学生っぽさ』も取り入れてあるし、これならマクゴナガルもご満悦なんじゃないかな。」

 

各方面への感謝と、対戦相手たちへの敬意、おまけとして添える程度の優勝の喜び。十七歳の小僧とは思えんほどの挨拶を終えたマルフォイが一歩下がるのに、会場の全員がもう一度拍手を浴びせる。ホグワーツは礼儀を教えている学校だと伝わっただろうさ。魔理沙の『自殺未遂』があるから、これで何とかチャラってとこかもしれんが。

 

『素晴らしい挨拶でした。ありがとうございました、マルフォイ選手。……それでは、いよいよ歓談の時間に移りたいと思います。』

 

司会の台詞と共にいくつかあるドアが一斉に開き、料理を手にしたサーブ役たちが各テーブルへとそれを運ぶ。……ふむ、美味そうだな。料理の仕切りはマホウトコロか。それなら信頼して良さそうだ。

 

「食べようか、咲夜。椅子はどこだ?」

 

「あの、お嬢様? 立食パーティーみたいですけど……。」

 

「立食パーティーでも椅子ってのは用意してあるものなのさ。立っていられない老人なんかのためにね。……あれか。アクシオ(来い)。」

 

「でもその、お嬢様は『老人』じゃないわけでしょう? いいんですか?」

 

会場の隅に並べてあった椅子を魔法で引き寄せる私へと、咲夜がおずおずと問いかけてきた疑問に対して、パチリとウィンクしながら肩を竦めた。

 

「私がこの会場の中で一番目上の存在なんだから、私こそがルールブックなのさ。それにまあ、まさか五百歳を超えてるヤツが参加しているとは思えんしね。最優先で椅子を使う権利を有しているのはこの私だ。キミも座るかい?」

 

「いえ、私は……立ってます。メイドの修行として、今日はお嬢様のお手伝いをさせてください。」

 

「そうかい? キミがそうしたいならそれでもいいが、疲れてきたら遠慮なく言いたまえよ?」

 

「はい。……料理を取ってきますね。」

 

ぺこりと一礼してから遠ざかって行く咲夜を見送った後、椅子に深々と腰掛けつつサーブ役を手で呼びつける。シャンパンをもう一杯貰っておこう。そして料理を食べながらアリスとの話についてを考えるのだ。このパーティーが終わったら向き合わねばならないのだから。

 

ステージから下りた代表選手たちに群がる参加者たちをぼんやり眺めつつ、アンネリーゼ・バートリは『宿題』に打ち込み始めるのだった。

 

 

─────

 

 

「あーっと、そうだぜ……です。あの時はああするしかなかったから、無我夢中でジャンプしたんだ。……しました。」

 

うーむ、丁寧な英語ってのは本当に苦手だ。話しかけてくるパーティーの参加者に何とか応対しつつ、霧雨魔理沙は愛想笑いのしすぎで痛くなった頬をそっと揉み解していた。現在会話しているのは南米魔法界の有力者らしいが、一介の学生である私は南米での権力になど欠片も興味がない。レミリアはこういうことを日常的にやっていたのか? だとしたら今更ながらに尊敬するぞ。

 

遂に始まった今回のイベントの締め括りのパーティーの最中、私はいよいよ疲労困憊の状態になっている。『歓談タイム』が始まってからは一時間弱ってところか? とにかく結構な時間が経過しているというのに、未だ声をかけてくる参加者が後を絶たないのだ。

 

プロのクィディッチプレーヤーなんかにも話しかけられたので、そこは本当に嬉しかったわけだが……こういう相手は気を使うだけで疲れるぞ。そんな私の内心を知るはずもない南米の有力者どのは、ニコニコ顔で話を続けてきた。なまじ悪意がないことが分かるだけに無下に出来ないんだよな。

 

「いや、本当に見事なゴールだったよ。危険と言う者も居るが、あれこそクィディッチだ。観戦していた私の息子がいたく感心していてね。君のファンになったらしい。」

 

「それはとても嬉しい……です。」

 

「息子は君と同い年くらいでね。残念なことに、パーティーには参加していないんだが……どうかな? 会ってやってくれないか? 我が家に招待したいんだ。カステロブルーシュと違って、ホグワーツは七月から休みなんだろう? 保護者の方と一緒に是非我が家にバカンスに──」

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

ヤバいな、どう断れば角が立たないんだ? 恰幅の良い中年男性にあまり魅力的ではない提案をされたところで、背後から誰かが割り込んでくる。助かるぞとそちらに視線を送ってみると……中城? マホウトコロの制服姿の中城がそこに立っていた。

 

『霧雨ちゃん、私が話したいって言ってるって伝えてくれる? 困ってたみたいだし、ちょうど良いでしょ?』

 

「あー……すみません、中城が二人で話したいそうなので失礼してもいいですか?」

 

「おっと、それは大変だね。君をライバルとして認めたってことかな? 私に構わず話してきなさい。……負けないように。」

 

何か勘違いしている様子の男性の許可を得て、中城と共に人混みから抜け出す。そのまま私の手を引いて会場の隅まで移動した中城は……ありゃ、東風谷だ。そこで所在なさげに突っ立っている東風谷へと近付いて行く。

 

『約束は約束だからね。立ち会ってよ。』

 

『……つまり、一人で話すのが気まずいのか?』

 

『早苗のためよ! だからその、早苗の方が私と二人っきりじゃ気まずいかと思って。』

 

『はいはい、どっちでもいいさ。』

 

小声で怒鳴ってきた中城に肩を竦めてから、東風谷が居る壁際に歩み寄ると、こちらに気付いた彼女が先に声を寄越してきた。

 

『霧雨さん。……と、中城先輩?』

 

『おす、早苗。』

 

そして沈黙。目を逸らし合う二人を交互に確認した後、半笑いで頬を掻きながら間に入る。元はといえば私が始めたことなんだから、責任持って最後まで面倒を見ないとな。

 

『よう、東風谷。朝に聞きそびれたから不安だったんだが、やっぱりお前も参加してたんだな。』

 

『はい、バートリさんとの約束がありますし、そもそも世話役は通訳のために参加できるんです。霧雨さんは日本語が話せるので必要ないですけどね。……優勝おめでとうございます。最後のシュート、凄かったです。』

 

『ありがとよ。それでだな、何で私が中城と一緒に居るかと言えば……つまりその、試合中に話したんだよ。お前のことについてを。』

 

『へ? 私のことを?』

 

ちらちらと中城の方を見ながら問いかけてきた東風谷に、苦笑いで頷いてから詳細を語った。ちなみに中城はお澄まし顔で沈黙したままだ。

 

『お前が期生になるのを中城が止めてただろ? そのことに関する文句を言ったら、中城の方にもちょっとした事情があることが判明してな。……ほら、話せよ。』

 

『いや、え? 私が話すの?』

 

『当たり前だろうが。ちゃんと伝えろよ。約束だろ?』

 

『わ、分かったわよ。……あの、早苗。私は貴女のことを嫌いになんてなってないから。つまりね、心配だったの。貴女が期生としてやっていけるとは思えなかったから、強めに止めようとして……それであんな感じになってたのよ。』

 

モジモジと組んだ手を弄りながらやたら早口で言った中城へと、東風谷は驚いたような顔付きで応答する。

 

『でも、私……てっきり嫌われたんだとばっかり思ってました。私が落ちこぼれだから、中城先輩から見限られたんだって。』

 

『そうじゃないのよ、そういうつもりじゃなかったの。……ちょっと霧雨ちゃん、代わりに言ってよ。』

 

『お前……ああもう、分かったよ。』

 

何なんだよ。赤い顔を俯かせながらの中城の促しを受けて、呆れた気分で説明を口にした。恋する乙女か、お前は。試合中は無遠慮に喋ってただろうが。

 

『だからよ、中城はずっとお前のことを気遣ってたんだ。嫌がらせをする他の生徒に文句を言ったり、先生方に様子を見るようにって頼んでみたり、部屋にお前との写真を飾ったり──』

 

『ちょちょちょっ! それは言わなくてもいいでしょ?』

 

大慌てで私の口を塞いだ中城を見て、東風谷は目をパチクリさせながら口を開く。言った方が話が早いだろうが。

 

『……私のこと、助けてくれてたんですか?』

 

『そういうこったな。その上で自分が今年度で卒業しちまうから、お前だけを残して行くのが心配になったんだよ。もう助けてやれないからって。だから期生になるのを強硬に反対してたわけさ。自分が恨まれることでお前が幸せになれるんだったら、それで構わないって試合中に──』

 

『喋りすぎだってば! シレンシオ(黙れ)!』

 

あっ、こいつ。強硬手段に出やがったな。素早い杖捌きでまさかの沈黙呪文をかけてきた中城を睨む私を他所に、東風谷は呆然と世話焼きの先輩のことを見つめていたかと思えば……あーあ、泣いちゃったぞ。ポロポロと涙を零し始めた。

 

『さなっ、早苗? どうしたの? 何で泣くの?』

 

『だって、私、嫌われたと思ってたんです。中城先輩にまで愛想を尽かされちゃったって。それで、それで……。』

 

『ごめん! ごめんってば。嫌ってないから。むしろ好きだから!』

 

焦りまくりの表情で頭を撫でる中城と、しゃくり上げる東風谷。中城が童顔かつ身長が低い所為で妹が姉を慰めているようにも見えるその光景を眺めつつ、どうにか無言呪文で声を取り戻そうとしている私を尻目に、二人は話を進めていく。先ず私にかけた呪文を何とかしろよな。

 

『私、魔法が好きなんです。苦手だけど、憧れてるんです。だから私、期生になってみたくて。でも先輩が無理だって言うから、だから──』

 

『わぁあ、ごめんって! ごめんね、早苗。心配だっただけなの。貴女の気持ちも聞かないで、私が勝手に……な、泣き止んでってば。そんなに泣かないで。不安になってくるから。』

 

『だって、だって、先輩が冷たくするから。私、悲しくて。とうとう独りぼっちになっちゃったんだって。』

 

『しないから! もうしない! 絶対の約束! 桜枝に誓う! ……ね? お願いだから泣き止んで? 期生になりたいなら応援するから。邪魔しそうな生徒を追い出す方向に切り替えるから。』

 

ダメだろ、それは。無茶苦茶なことを言い出した中城に諫言すべく、必死に反対呪文をかけようとしていると……急にどこからか飛んできた呪文のお陰で声が戻ってきた。

 

「キミ、何をしているんだい? 早くも修羅場か? 呆れたね。そうならないように上手く立ち回りたまえよ。」

 

「リーゼお嬢様、注意の方向性が違います。」

 

漫才をしながら歩み寄ってきたのは、見慣れたバートリ家の主従コンビだ。杖を仕舞っているのを見るに、リーゼが解呪してくれたらしい。

 

「何が修羅場だ。私は言わば仲直りさせた立場だぜ。」

 

「さて、どうだか。……何れにせよ私は東風谷に渡す物があるだけだ。渡したらさっさとお暇するから、勝手に修羅場を続けてくれたまえ。」

 

ニヤニヤ笑いながら私にそう言ったリーゼは、英語から日本語に切り替えて東風谷に話しかける。渡す物?

 

『ごきげんよう、東風谷。キミは泣き顔がよく似合うね。嗜虐心を唆られるよ。』

 

『……バートリさん? どうしたんですか?』

 

『午前中にキミに言っただろう? キミの抱えている問題を、私が解決できるという証拠を渡すと。その約束を守りに来たのさ。……咲夜、例の物を。』

 

『はい、お嬢様。』

 

指示に応じてリーゼの背後からスッと出てきた咲夜が、東風谷に小さな布袋を差し出す。怪訝そうな顔でそれを受け取った東風谷へと、リーゼは余裕のある笑顔で説明を送った。

 

『パーティーが終わったら、一人になれる場所で中に入っている物を取り出してみたまえ。二枚入っているから一枚ずつだぞ。それで連中は一時的に力を取り戻せるはずだ。会話することも叶うだろう。』

 

『本当ですか?』

 

『あくまで一時的にだがね。……まだ開けないように。一人になってからだ。その続きはイギリスに来てからだよ。旅費なんかは後で手紙で送るから、心配しないでくれたまえ。』

 

『は、はい! 分かりました。』

 

話を終えた後にキザったらしい動作で東風谷の涙を指で拭ったリーゼは、それをジト目で見ている中城に構うことなく歩き去って行く。……要するに、朝飯の時の話の続きか。

 

「おい、リーゼ。何を渡したんだよ。危ない物じゃないだろうな?」

 

去り行く吸血鬼の背に追いついて問い質してみれば、リーゼはクスクス微笑みながら答えてきた。

 

「私にとっては非常に危険だが、人間である東風谷には何の害もないさ。妖怪が妖力で力を取り戻すように、神は神力で力を取り戻すんだ。機械によく入っている……でんち、だったか? あれみたいなもんだよ。つくづく運命だね。咲夜の安全のためにと一応持ってこさせた物が、こんな風に役に立つとは思わなかったぞ。」

 

「……よく分からんぜ。」

 

「帰ったら話すよ。東風谷の件も、もう一つの件もね。今は勝者の権利に酔いたまえ。……おっと、忘れてた。優勝おめでとう、魔理沙。」

 

「おめでと、魔理沙。」

 

いつも通り偉そうに言ってきたリーゼと、柔らかい口調でそれに続いた咲夜。それぞれのお祝いを受け取ってから、何故か椅子のあるテーブルへと遠ざかっていく二人を見送って……むう、気になるな。釈然としない気分で東風谷と中城の近くに戻る。帰ったらきちんと聞かせてもらおう。

 

まあうん、何にせよマホウトコロの二人の問題は解決したようだし、とりあえずは頑張った甲斐があったと言ってよさそうだ。期生云々の問題は二人で消化してくれるだろう。

 

目元が赤くなっている東風谷とどこかホッとしている様子の中城に近付きつつ、霧雨魔理沙は小さな笑みを顔に浮かべるのだった。

 


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