Game of Vampire   作:のみみず@白月

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未来へ

 

 

「前年度は亡きダンブルドア先生が十月までを取り仕切ってくださったので、皆さんは私が校長として一年間を通して担当した初めての卒業生ということになります。……そして同時に、私の長い教師生活の中で最も波乱に満ちた七年間を過ごした生徒でもあるわけです。」

 

学期末パーティーが今夜に迫った六月二十九日の午後。満席の教員テーブルの中央でしみじみと語っているマクゴナガルを見ながら、アンネリーゼ・バートリは久々に被った三角帽子の位置を整えていた。私を含め、起立している周囲の生徒たちは揃って学校指定の黒いローブに三角帽子という正装姿だ。つまるところ、現在の私たち七年生はホグワーツ城の大広間で卒業式を行っているのである。

 

「この七年間、私たち教員一同はイベントや事件に事欠かなかった皆さんのことをいつも心配していました。……しかし、どうやらその心配は無用のものだったようですね。多くの困難を乗り越え、絆を深め、四寮の柵すらもを打ち破った皆さんは、私たち教員の予想を遥かに超えた姿で今目の前に立っています。」

 

まあうん、確かに盛り沢山の七年間だったな。一年生の頃から退屈とは無縁で過ごせたぞ。四寮の卒業生たちを一人一人しっかりと見つめているマクゴナガルは、柔らかい笑みを湛えながら話を続けた。

 

「結局のところ、私たち教員の手助けなど些細な切っ掛けに過ぎなかったようです。皆さんは自分たちで考え、努力し、支え合い、あっという間に壁を乗り越えていってしまったのですから。その背を見送る立場としては少し寂しくもありますが、同時に皆さんのような卒業生を世に送り出せることを誇らしくも思っています。……私は皆さんに教えた以上に、皆さんから多くのことを学ばせてもらいました。そのことは必ず未来の学生たちに伝えると約束しましょう。皆さんが身を以て示してくれた数々の教えは、ホグワーツで永久に活き続けるのです。」

 

うんうん、悪くないぞ。是非とも私たちの世代の非常識っぷりを後世に伝えてくれ。後輩たちの良い反面教師になるはずだ。マクゴナガルがそこまで語ったところで、教員テーブルの教師たちが一斉に立ち上がる。左右を一瞥してそれを確認した校長閣下は、凛々しい笑顔で生徒たちに向けて大声を投げかけた。

 

「もう一つ約束しましょう、皆さんには輝かしい未来が待っていると。長い長い人生において、七年間というのはそれほど大きなものではありません。ですが、この学校で得た経験は今後の人生を形作る上での強固な土台になってくれるはずです。だから躊躇わずに積み上げてみなさい。これだけの波乱を乗り越えてきた皆さんにとって、今後の人生など恐れるほどのものではないでしょう。皆さんなら私たちよりもずっと高い場所まで積み上げられるはずですよ。私はそう信じています。……それと、私たち教員が皆さんの健康と成功を心から願っていることを決して忘れないように。疲れた時は翼を休めに戻ってきなさい。ホグワーツの門は常に皆さんに対して開かれていますからね。私たちはいつまでも皆さんの教師です。迷った時や困った時、助けが必要な時は遠慮せずに頼ってください。ホグワーツはいつだってこの場所で皆さんを待っていますから。……それでは、最後はこの台詞で締めましょう。前校長であるダンブルドア先生は常々おっしゃっていました。この場でこの言葉を口にする時こそが、校長職において最も誇らしい瞬間なのだと。そして校長になった今、私も心の底からそう思っています。……卒業おめでとう!」

 

マクゴナガルのお決まりの台詞と共に教員テーブルから拍手が沸き起こり、同時に歓声を上げた卒業生たちが三角帽子を頭上に放り投げる。各寮の長テーブルに卒業を祝う伝統の料理が出現し、玄関ホールで待機していた在校生たちが拍手をしながら大広間に入ってくる中、隣で帽子をキャッチしているハーマイオニーが話しかけてきた。満面の笑顔でだ。

 

「どう? さすがのリーゼも感動してるでしょう?」

 

「……ま、達成感はあるかな。随分と長い七年間だったしね。」

 

「私は短く感じてるわけだけど、リーゼは長く感じたのね。興味深いわ。」

 

「兎にも角にも『濃かった』ってことなんだと思うよ。長い歳月を生きてきた私が言うんだから間違いないさ。……おや、咲夜。こっちにおいで。」

 

話の途中で近付いてきた咲夜に呼びかけてやれば、彼女は魔理沙と一緒に椅子に座りながら祝いの台詞を寄越してくる。

 

「卒業おめでとうございます、リーゼお嬢様! 先輩たちもおめでとうございます!」

 

「ありがとう、咲夜。五百を超えてようやく履歴書に記入できる学歴が手に入ったよ。これで『学歴ゼロ』の吸血鬼はレミィだけだね。」

 

「えっと……まあその、そういうことになりますね。」

 

「卒業おめでとな、四人とも。寂しくなるぜ。」

 

苦笑いになってしまった咲夜に続いて私たちに声をかけた魔理沙は、テーブルに出現したボトルに手を伸ばしながら言葉を繋げた。この日だけはワインやシャンパンも解禁だ。基本的には卒業生のための飲み物であって、毎年大っぴらに飲んでいた在校生は私だけだったのだが……今年は気兼ねなくみんなで飲めるな。

 

「卒業式は毎年あるイベントだけどよ、今年はちょっと違う気持ちになるな。……酒を注がせてくれ。イギリスだと別のマナーがあるけど、私の故郷では祝う相手にそうするのが伝統なんだ。」

 

「あら、そうなの? そういうことなら頼もうかしら。私はシャンパンね。」

 

「僕はワインだ。ハリーもだろ?」

 

「ん、今日は少しだけ飲んでみるよ。記念にね。」

 

七年生たちに次々と酒を注いでいく魔理沙を横目に、大広間の光景をぼんやり見渡す。そこかしこで在校生が卒業生を祝っているな。……アリスやフランもこうやって祝われたんだろうか? そう思うと確かに感慨深くなってくるぞ。

 

「ほれ、リーゼも。ワインだろ?」

 

「ああ、いただくよ。」

 

「二杯目からは私がやりますね。」

 

私が持ったグラスにもワインを注ぐ魔理沙を目にして、ふんすと鼻を鳴らしながら主張する咲夜に微笑んでから、六人で何気ない会話をしていると……おっと、マルフォイだ。スリザリンのテーブルの方からマルフォイが歩み寄ってきた。

 

「ハリー、バートリ、グレンジャー、ウィーズリー、卒業おめでとう。」

 

「そっちもおめでとう、ドラコ。」

 

「やあ、マルフォイ。卒業おめでとう。」

 

開口一番で祝いを述べてきたマルフォイに対して、ハリーと私を皮切りに他の四人も同じような発言を送った後、今日もきっちり髪を撫で付けているマルフォイ家の当主どのはハリーとロンに向けて口を開く。

 

「ハリー、ウィーズリー、お前たちとは卒業後も頻繁に顔を合わせることになるかもしれないからな。その時はよろしく頼むと伝えておきたかったんだ。」

 

「順調に行けば、の話だけどな。」

 

「僕も他人にとやかく言えるほどの余裕はないが、一応お前たちの健闘を祈っておく。」

 

「うん、こっちも君が上手く行くように祈っておくよ。……僕、一年生の頃は君とこんな風に話せるようになるなんて思ってなかった。今もまだ少しだけ不思議な気分だけど、こういう関係になれて本当に嬉しいよ。」

 

ロンに続いて応答したハリーへと、マルフォイは笑みを浮かべて返事を放った。挑戦的な笑みだ。

 

「ハリー、僕とお前の関係は本質的には変わっていないぞ。僕はお前のことを一貫してライバルだと思っているからな。今までの七年間もそうだったし、きっと闇祓いになってからもそれは変わらないだろう。単に真っ直ぐ向き合えるようになっただけだ。」

 

「……そうだね、僕も君のことをライバルだと思ってるよ。」

 

「ああ、それでこそだ。……では、僕はこの辺で失礼する。ホグワーツに居る間に決着を付けておかねばならない問題があるからな。」

 

そう言ったかと思えば、マルフォイはスリザリンのテーブルの……なるほどな、『大きな問題』にケリを付けようというわけか。テーブルの端の方で並んで座っている、一際大きな二つの人影の方へと歩き去っていく。下級生の頃は常に彼の後ろに立っていた二人の卒業生の方にだ。

 

その背を見送ったところで、他の卒業生たちに挨拶していたジニーやルーナなんかも合流してきた。魔理沙はハッフルパフのボーンズと話しておきたいらしいし、こちらに近付いてくる五、六年生の監督生たちはハーマイオニーとロンに一声かけたいようだ。おまけにハグリッドがテーブルクロスサイズの巨大ハンカチで目元を拭いながら私たち目掛けて歩いて来ている。うーむ、ゆっくりは出来なさそうだな。

 

まあ、悪くない卒業式だと言えるだろう。色々な人物が挨拶に来てくれるのは、ハリーたちの学生生活が豊かだった証拠なのだから。そのことに満足しながら案外上物だったワインに舌鼓を打って、美味そうな伝統料理にも手を伸ばすのだった。

 

───

 

そして卒業式が終わり、夕刻に行われた学期末パーティーから一夜明けた翌日。トランクを片手にホグワーツ特急に乗り込んだ私たちは、車窓から微かに見えるホグワーツ城の姿を眺めていた。これまでの六年間、暗黙の了解で学期末のホグワーツ特急では反対側のコンパートメントを優先的に確保していたのだが……それは卒業生たちが遠ざかるホグワーツ城を見られるようにという配慮だったわけか。ここに来て新たな発見だぞ。

 

不文律にも確かな意味があることを改めて実感している私を他所に、車窓に視線をやっているハーマイオニーがほうと息を吐く。しみじみとした表情だ。

 

「遂にホグワーツ城ともお別れね。」

 

「だな、偉大な城だったよ。今では本当にそう思うぜ。」

 

「でもさ、また来ることになるんじゃないかな。そんな気がするよ。」

 

「んふふ、私もそう思うよ。対抗試合とかクィディッチトーナメントみたいなイベントの観戦に来たり、あるいはいつの日か教師として戻ってくることになるかもね。」

 

クスクス微笑みながら三人に肩を竦めてやれば、三人ともがきょとんとした顔を向けてきた。何だその顔は。有り得ない話じゃないだろうが。

 

「アリスもパチェも教師になることを予想していなかったみたいだぞ。キミたちが魔法省でのキャリアを終えた後、ホグワーツ城に戻ってこないとどうして言い切れるんだい? 千年もこの地にある城なんだ。卒業式でマクゴナガルが言っていたように、その時だってホグワーツは変わらずここにあるだろうさ。」

 

「……んー、言われてみれば可能性はあるかもしれないわね。ちょっと楽しみになってきたわ。教師っていうのも悪くないかも。」

 

「夢があるな。……僕たちの子供も多分ここに通うわけだしさ、ひょっとしてひょっとすると同学年になれるかもしれないぞ。」

 

「いいね、それ。僕たちの子供同士は入学する前に出会っちゃうだろうから、また別の相手になるかもだけど……子供たちもこの列車で大事な友達と出会って欲しいよ。僕たちが初めて揃ったあの日みたいに。」

 

あの日のようにか。鮮明に記憶に残っているコンパートメントでの出会いを四人で思い浮かべていると、ロンが照れ臭そうな笑みで声を上げる。

 

「やっぱりさ、卒業してもそんなに変わらないのかもな。僕たちは四人一緒のままだし、ホグワーツはずっとここにある。それだけの話なんだよ、きっと。」

 

「……帰ったら数日後に隠れ穴で『勉強合宿』を始めるわけだしね。別れの気分になれないって点には同意かな。」

 

「やめてくれ、リーゼ。思い出しちゃったじゃないか。」

 

闇祓いの入局試験は八月に入ってからだ。ハリーとロンはそれまで勉強を続けなければならないし、ハーマイオニーや私もそれに付き合うつもりでいる。である以上、またすぐに顔を合わせることになるだろう。

 

現在の状況を思い出したハリーとロンが苦い表情になったところで、甲高い汽笛の音が車内に響いた。いよいよ出発か。

 

「先生方が手を振ってくれてるわね。……あー、ダメ。泣けてきちゃった。」

 

「ハグリッド、物凄い勢いで泣いてるぞ。卒業式で枯れてなかったんだな。」

 

「マクゴナガル先生も泣いてるよ。卒業式でも学期末パーティーでもキリッとしてたのに。」

 

ホグズミード駅のホームでハンカチを握り締めながらこちらを見つめているマクゴナガル、精一杯に背伸びをして両手を大きく振っているフリットウィック、微笑んでいるスプラウトやポンフリー、輝く笑顔で拳を突き上げているフーチ。列車が速度を上げると共に十名ほどの教師たちが立つホームが車窓を流れ、徐々に七年間を過ごしたホグワーツ城が遠ざかっていく。

 

カーブでホームが見えなくなるまで窓に張り付いていた三人は、車窓に映るのがお馴染みの大自然の景色になったことを確認すると、深々と座席にその身を預けた。ホグワーツからの巣立ちか。真紅の列車に導かれて入学したように、巣立つ時もまたこの列車が卒業生たちを運ぶわけだ。

 

それぞれに別れの味を噛み締めているらしい三人を見守りつつ、小さく息を吐いてから私も背凭れに寄り掛かる。昔は監獄のような生活だと嫌がっていたんだがな。今や私もホグワーツ生の一員になってしまったようだ。僅かな寂寥を感じるぞ。

 

……まあ、これが終わりじゃない。むしろハリーたちにとっては長い人生の本番のスタートだ。紫からイギリスと幻想郷を行き来できる権利を約束してもらっている私は、これから先もこの三人の人生を見守っていくことになるだろう。そしてそれは私が歩むであろう永い生の中の輝かしい一瞬になるはず。

 

私たち吸血鬼が瞬く間に過ぎ去ってしまう人間の生。それでもいいさ。今の私は昔の私とは違う。それを見届けられることの価値を正しく理解しているのだから。

 

光を操れる私だからこそ直視することが出来る、雲一つない晴天に浮かぶ太陽。運命が交差する真紅の列車の車窓からそれを見上げつつ、アンネリーゼ・バートリは背中の翼をパタリと揺らすのだった。

 

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