Game of Vampire   作:のみみず@白月

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狂いだす魔法界

 

 

「こらっ、プロングス! またスネイプをイジメてるのっ!」

 

ホグワーツにある湖のほとりで、フランドール・スカーレットは友人を怒鳴りつけていた。

 

どうやらまたしてもスリザリンの同級生にちょっかいをかけているらしい。隣で呆れた顔をするコゼットを置いて、現場へと全力で走り出す。

 

「こらぁ! ぶっ飛ばすよ、プロングス!」

 

「ピックトゥース? おい、待ってくれ、お前のパンチは痛すぎっ、ぐぅぅ……。」

 

慌ててこちらに向き直ったジェームズの脇腹をぶん殴って、石化呪文をかけられているスネイプを助けるために杖を取り出す。

 

フィニート・インカンターテム(呪文よ終われ)!」

 

フランが解呪してやると、ようやく動けるようになったスネイプがよろりと立ち上がった。そのまま頭を振りながら、フランにお礼を言ってくる。

 

「ありがとう、スカーレット。その、助かったよ。」

 

「別に大したことないじゃないよ。それより……プロングス!」

 

ぷんすか怒るフランを引きつった顔で見たジェームズが、焦った顔で弁解を話し出す。言い訳タイムの始まりだ。

 

「落ち着けよ、ピックトゥース! こいつと僕が犬猿の仲なのは知ってるだろう? それに、今日はきちんと一対一だったぞ!」

 

「『今日は』でしょうが! いつもはパッドフットも一緒でしょ? ヒキョーなやり方はフランが許さないよ!」

 

もう四年生になったというのに、今年に入ってからジェームズたちの『悪癖』が復活したのだ。スネイプ限定だったが、シリウスと二人でイジメているのをよく見るようになった。

 

コゼットにそのことを相談したところ、『悪いことを止めてやるのも友人だ』という助言を貰ったのだ。それでフランは一向に止めようとしないリーマスとピーターに代わって、馬鹿をするジェームズとシリウスを止めているというわけである。

 

フランの怒声を受けて怯んだ様子のジェームズだったが、今日はいつもと違って反論を口にし出した。

 

「それに今日はスニベルスのほうからふっかけてきたんだぞ! こいつ、僕の背中に呪文をぶつけてきやがったんだ!」

 

なんだと? 驚いてスネイプの方を見ると、彼はバツが悪そうな顔に変わる。

 

「僕だってやられっぱなしじゃいられないんだ。ささやかな反撃をする権利くらい、こっちにだってあるはずだろう?」

 

まあ、それはそうかもしれないが……もう! なんだってこの二人はこんなに仲が悪いんだ! イライラと足を踏み鳴らしながら、二人に向かって言い放つ。

 

「もういい加減にしたらどうなの? そもそも何が切っ掛けで、こんなこと始めるようになったのさ。」

 

フランがそう言うと、二人は途端に黙り始めた。まーたこれだ。この話題になると、どちらも絶対に口を開こうとはしないのだ。

 

ため息を吐いて首を振っていると、追いついてきたコゼットが苦笑しながら沈黙を破った。

 

「エバンズが原因でしょ? もうみんな気付いてるよ……まあ、フラン以外は。」

 

「エバンズ?」

 

リリー・エバンズのことか? グリフィンドールの同級生で、フランが図書館で魔法薬学の宿題に悩んでいると、たまに手伝ってくれる優しい子だ。あの子が関係している? どういうことだかさっぱり分からん。

 

訳がわからないフランだったが、ジェームズもスネイプも図星を突かれたような顔をしている。つまり、コゼットの言葉は正解らしい。うーむ、悩んでいても仕方がない。彼女に聞いてみるために口を開く。

 

「ねえコゼット、それってどういうことなの? フラン、全然わかんないよ。」

 

「うーん、フランにはちょっと早いのかもね。なんて言うか……大好きなものは他人に取られたくないんだよ。」

 

んー? ますます分からん。フランなら大好きなものはみんなで分けたいのに。その方が楽しいに決まっているのだ。

 

「二人で半分こすればいいじゃん。」

 

「あはは、それはちょっと……無理かなぁ。」

 

苦笑するコゼットに首を傾げていると、ジェームズが我慢できないとばかりに口を開いた。頬に赤みがさしている。

 

「やめてくれよ、当人がここにいるんだぞ。……分かった、分かったよ! 僕はもう行くから、その話は僕のいないとこでやってくれ!」

 

言い放つと、今や顔を真っ赤にしたジェームズは城へと走っていった。それを見たスネイプも、慌てて立ち上がると口早に言葉を投げかけてくる。

 

「ぼっ、僕もこれで失礼するよ。その……そういうことじゃないから。勘違いしないでくれ、ヴェイユ。」

 

コゼットの返事も聞かず、スネイプも城へと早足で歩いていく。彼の顔も真っ赤だった。どういうことだろう?

 

二人が去って行くのを見ていたコゼットが、頰を掻きながらポツリと呟いた。

 

「あー……ちょっと悪いことしちゃったかな?」

 

「二人とも怒ってたのかな?」

 

「ううん、違うと思う。……そうだなぁ、ちょっとこっちで座って話そうよ、フラン。」

 

コゼットが湖のほとりに座り込むのを見て、フランも隣に座る。しばらく二人でキラキラした水面を眺めていたが、やおら彼女が語り出した。

 

「例えばさ、私にフランより仲のいい友達が出来ちゃって、そっちにばっかり構ってたら……フランはどう思う?」

 

コゼットの言ったことを想像してみる……うーん、それはちょっと、かなり嫌かもしれない。考えただけでちょっと泣きそうになる。

 

「そんなの……ヤダよ。」

 

「えへへ、ありがとう、フラン。もちろん例え話だからね? つまり……ポッターとスネイプはそれが嫌だから仲が悪いんだよ。」

 

「友達を取り合ってるの?」

 

「ううん、友達じゃなくて、ちょっと別のものかな。んー、フランは男の人を好きになったことはない? ……ちなみに、友達としてじゃないよ?」

 

友達としてじゃなく? うーん、どういう意味だろう? 腕を組んでうんうん悩んでいると、コゼットはフランの頭を撫でながら優しく言葉をかけてきた。

 

「フランにはやっぱり早いみたいだね。」

 

「むう、フランはもう大人だよ?」

 

「そうだけど、うーん……きっとフランはまだ出会ってないんだよ。でも、ポッターとスネイプは出会っちゃったんだ。だから二人とも譲れないんじゃないかな。」

 

謎かけみたいだ。ジェームズとスネイプにとってはエバンズが友達と同じくらい大事なもので、それを取り合って喧嘩している?

 

「三人で仲良くするのは無理なの?」

 

「うん。エバンズが選ぶのは一人だけなんだ。それがどっちかは分からないけど、両方ってのは良くないことなの。」

 

「うぅ……難しいねぇ。」

 

「そうだねぇ。」

 

コゼットが優しい笑顔でコクリと頷く。……彼女にもそんな相手がいるのだろうか? よくわからないが、そうだったらちょっと嫌かもしれない。

 

「ねぇ、コゼットにもそんな人がいるの?」

 

フランが聞いてみると、コゼットは顔を真っ赤ににして首を振る。むむ、ジェームズやスネイプと同じ反応だ。怪しい。

 

「いっ、いないよ! 私はそういうのは苦手だからっ!」

 

「んー? なんかおかしいよ? コゼット、慌ててるでしょ!」

 

「違うよ! ただ……その、やっぱりなんでもない!」

 

立ち上がって逃げていくコゼットを、小走りで追いかける。今の彼女はなんだかかわいい。追いかけたくなる雰囲気だ。

 

友人とのささやかな追いかけっこを楽しみつつ、フランドール・スカーレットは後でエバンズにも聞いてみようと決心するのだった。

 

 

─────

 

 

「あの人、トカゲちゃんよりもヤバくないですか?」

 

魔法省の役人たちの死喰い人に対する尋問を隠れて眺めながら、紅美鈴は隣の従姉妹様に囁いた。

 

あのクラウチと呼ばれている男は、どうやらかなりのタカ派らしい。死喰い人の情報を得た従姉妹様に連れられてこの廃屋にたどり着いた時には、既に彼と役人たちがこの場所を制圧していた。

 

出遅れた私たちは、姿を隠してその尋問を眺めているわけだが……確かあれって法律で禁じられている魔法じゃなかったか? バンバン使っているように見えるんだが……。

 

「何故黙っている? 口を開けば楽になれるんだぞ? そぉら、クルーシオ(苦しめ)!」

 

ほら。横の従姉妹様を見てみれば、彼女も呆れたような顔をしている。私の顔に口を近づけて、あのヤバい人のことを説明してくれた。

 

「バーテミウス・クラウチ。魔法法執行部の部長だよ。最近随分と影響力を上げてきているらしい。過激さには過激さを、ってことみたいだね。」

 

「あれって大丈夫なんですか? 使うの禁止されてたんじゃないですっけ。」

 

「法改正をごり押したのさ。『暴力には暴力を』ってのが彼のモットーらしいよ。私は分かりやすくて好きだが、ダンブルドアは眉をひそめているみたいだね。」

 

確かにあのお爺ちゃんはいい顔をしなさそうだ。とはいえ、現実問題としてこういう手段が必要なことは理解できなくもない。魔法省としても苦肉の決断なのだろう。

 

「魔法法執行部ですか……あれ? ムーディもおんなじ部署じゃ?」

 

「犬猿の仲らしいけどね。ムーディをリーダーにした闇祓いの一団と、クラウチを首魁にした役人どもが争っているらしい。部内の小さな闘争ってわけだ。」

 

まあ、捕まえた死喰い人の数ではムーディが圧勝だろう。私から見ても頭がおかしいあの男は、ぶっちぎりのスコアで収監数を稼いでいるのだ。

 

私たちがお喋りに興じている間にも、クラウチらの苛烈な尋問は続く。

 

「いい加減に吐いたらどうだ!『なんちゃら卿』はどこに隠れている? アズカバンが怖くて家から出られないのか? それともお前はそれすら知らない下っ端なのか? ……なんとか言ったらどうだ! クルーシオ! 話せば慈悲をかけてやるぞ?」

 

くるーしおとかいう呪文で息も絶え絶えの死喰い人だったが、いきなり目を見開いてクラウチのことを糾弾し始めた。

 

「法を盾にして我々を残虐に殺しまくっている貴様が慈悲を語るのか? お笑い種だな! イカれた殺人鬼が!」

 

「何を……なんの話だ?」

 

意味が分からないといった様子のクラウチだったが、まあ……うん、多分私と従姉妹様がやってる『お掃除』のことだろう。クラウチのせいになっているのか。

 

従姉妹様と顔を見合わせて、お互いに苦笑する。イカれた殺人鬼ってのはなかなか正鵠を射ているかもしれない。なんたってほぼ皆殺しにしているのだ。殺人鬼というか吸血鬼と妖怪だが。

 

「知らないとは言わせないぞ! いずれ後悔することになる! あの方を前にしてもそんな余裕を保っていられるか、地獄の淵で見ていてやるよ!」

 

狂ったような笑みで言い放った死喰い人は、目を見開いたまま動かなくなった。あちゃー、死んじゃった。毒か何かを仕込んでいたのだろう。ちゃんと確認しないからああいうことになるのだ。どうやら拷問に慣れてはいないらしい。

 

慌てて死喰い人のことを確かめるクラウチたちだったが、どうやら死んでいることに気づいたようだ。舌打ちをして撤収の準備に取り掛かった。

 

それを眺めながら、隣の従姉妹様に話しかける。

 

「あんまり情報得られませんでしたねー。」

 

「まあ、別に期待もしてなかったけどね。しかし……クラウチのせいになってるのは都合が良いかもしれないぞ。次は『魔法省万歳』とでも死体に刻んでみるか?」

 

「従姉妹様って、知り合い以外の人間には残酷ですよねぇ……。」

 

「ふん、下等種族に一々情けをかけてやる必要はないだろう? まあ……多少の例外はあるが。」

 

残念ながら、死喰い人や魔法省は例外とやらには入っていないらしい。アリスちゃんやグリンデルバルドに対する態度の違いを見ていると、実に興味深いものがある。

 

私たちが話している間に、どうやらクラウチたちは準備を終えたようだ。死体を袋に乱暴に詰め込んだ後、行儀よく順番に消えていった。

 

気配は……完全に消えたな。隠れていたせいで固まった筋肉をほぐしながら、従姉妹様に向かって口を開いた。

 

「うーん、あの人たちも派手にやってるみたいですし、死喰い人が劣勢じゃないのっておかしくないですか?」

 

「人狼、巨人、亡者。手駒は腐るほどあるんだろうさ。私たちが殺したヤツを思い返してごらんよ、普通の死喰い人はあんまりいなかっただろう?」

 

思い返してみるが……正直気にしていなかった。どいつもこいつも一瞬で死ぬのだから、私にとっては違いが分からん。

 

「えーっと……ああ、でっかいのがいたような、いなかったような……。」

 

「キミは本当に……まあいい、とにかくこれも『運命』ってやつの補正なのかもね。味方に回すと便利だが、敵に回すと鬱陶しいことこの上ないな、まったく。」

 

イライラと首を振って従姉妹様が言う。私としてはあんまり信じていないのだが、最近の従姉妹様はお嬢様の言葉を信じているらしい。

 

「ゲームは難しい方が云々、じゃないんですか?」

 

「そりゃあ簡単に終わるのもつまらんが、ここまで上手くいかないとイライラが勝るのさ。」

 

「難しいですねぇ。」

 

「まあいい。何処まで逃げられるのか、高みから見物させてもらおうじゃないか。騎士団、魔法省、死喰い人。んふふ、見るべきものはたくさんあるんだ。」

 

従姉妹様の真紅の瞳が弧を描くのを見ながら、紅美鈴は確かにそうだと納得するのだった。楽しもう、それが妖怪というものだ。

 


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