Game of Vampire   作:のみみず@白月

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マリサ・キリサメと大魔女の月時計
空を舞う手段


 

 

「あいよ、毎度あり! ……全部売れちゃったな。どうするんだ?」

 

空っぽになったガラスケース。今朝店を開いた時点ではエマのお菓子が満載になっていたそれを指差しながら、霧雨魔理沙は半笑いでカウンターに居るアリスへと問いかけていた。人気になっていることは知っていたが、まさかここまでとはな。まだ昼前だぞ。

 

七月三日の午前中、五年生を終えて夏休みに入った私はマーガトロイド人形店を……というか、実質『マーガトロイドケーキショップ』を手伝っているのだ。残念ながら、今のこの店を人形店だと認識している者はごくごく少数だろう。ダイアゴン横丁の住人たちにとっては『話題の美味しいお菓子屋さん』になってしまっているのだから。

 

訪れた客が誰一人として人形を見ていかなかったことを思い返しつつ、気まずい思いで私が放った質問を受けたアリスは、もう慣れてしまっている様子で指示を出してくる。アビゲイルの件で心配していたものの、少なくとも表面上はいつもの彼女だな。まだホグワーツから帰ってきたばかりだから何とも言えんが。

 

「プレートを片付けて頂戴。上に持っていけばエマさんが洗ってくれるから。私は『お菓子売り切れ』の看板を出してくるわ。」

 

「ここからが人形店としての本番ってことだな。」

 

「そういうことね。つまりお客さんが全然来なくなるってことよ。もう手伝いはいいから好きに過ごしなさい。」

 

「……まあその、あんまり気にすんなよ。薄利多売と厚利小売の違いだろ。」

 

何でもないような顔をしているが、人形が売れないのはやっぱり不満らしい。どこか投げやりな口調のアリスを慰めてみると、彼女はジト目でこちらを見ながら返事を寄越してきた。

 

「今や利益だけで見てもお菓子の売り上げが全体の九割五分よ。……そろそろ看板を変えるべきかもしれないわね。評判を聞いてお菓子を買いに来るお客さんが混乱しちゃうでしょうし。」

 

「あー……まあ、これからだろ。うん、これから周知されていくはずだ。じゃあその、上に行ってくるぜ。」

 

どんよりした空気を漂わせているアリスから逃げるように、重ねたアルミプレートを持って二階への階段を上がる。アリスが一年生になる前に閉店したと考えれば、ブランクが六十年もあるんだもんな。エマの美味しいお菓子の評判が先行してしまうのも仕方がないことだろう。

 

それに加えて、この付近にはお菓子屋が一切無い。需要もあったのかもしれないなと納得しながら、リビングに足を踏み入れてみると……ありゃ、誰も居ないな。無人の室内の光景が視界に映った。

 

リーゼはいつだって神出鬼没だし、咲夜は今の時間だと部屋で勉強しているのだろうが、エマがリビングに居ないのは珍しいぞ。そのことを怪訝に感じつつ、それなら私が洗っておくかとプレートを流しに置いたところで、廊下の方からひょっこり顔を出したエマが声をかけてくる。手に雑巾を持っているってことは、廊下の掃除をしていたのか。

 

「あら、魔理沙ちゃん? どうかしたんですか?」

 

「お菓子が売り切れたからプレートを持ってきたんだ。もう店の方はアリス一人で平気らしいから、洗っとくぜ。」

 

「置いておいてくれれば後で洗うから大丈夫ですよ。……そうですか、今日も売り切れですか。良かったです。」

 

「安い上に美味いからな。値段以上の品が売れるのは当然のことだろ。咲夜は部屋で勉強中か?」

 

実家が商家である私からすれば、エマのお菓子をあの値段で売るのは抵抗があるくらいだ。五割増しでもまだ『格安』と謳えるぞと考えている私に、エマはバケツの上で雑巾を絞りながら頷いてきた。横に居る二体の『お掃除ちゃん』たちも同じことをしているな。

 

「さっきまではリビングの掃除を手伝ってくれてたんですけど、今は宿題をやってるみたいです。魔理沙ちゃんはいいんですか?」

 

「私は『後半追い込み派』なんでな。リーゼは? まだ寝てるのか?」

 

「いえ、少し前に出て行きましたよ。神社に行くとかって。」

 

「神社? ……ああ、博麗神社か。」

 

何らかの移動手段で幻想郷に行っているということか。好き勝手に行き来できるのは羨ましいな。懐かしき故郷の風景を思い出していると、エマが絞った雑巾をパンと広げながら提案を飛ばしてくる。

 

「魔理沙ちゃんも出かけてきたらどうですか? 箒、気になってるんでしょう?」

 

「……他にやることがあるならそっちを優先するぞ。お使いとか、掃除の手伝いとかさ。」

 

「掃除は昨日手伝ってもらいましたし、食材も充分にあります。家のことは心配しないで遊んできてください。折角の休みなんだから楽しまないと損ですよ?」

 

「そうか? そういうことなら行ってくるぜ。」

 

言葉に甘えてリビングの隅に置いてある靴に履き替えた後、階段を素早く下りてカウンターで人形の服を縫っているアリスに一声かけてから、玄関を抜けて昼時の明るいダイアゴン横丁の通りを歩き出した。ずっと靴を履いているのは窮屈なので、数年前から家の中ではサンダルのような形状の履物を使っているのだ。

 

しかしまあ、いい天気だな。今日は気温もそんなに高くなくて素晴らしいぞ。通り過ぎる見知った商店の店員たちに手を上げて挨拶しながら、見慣れた通りを足早に進んで目的地にたどり着く。行き付けの箒屋にだ。

 

「よう、邪魔するぜ。」

 

「ん? また来たのか、小娘。昨日来たばっかりだろうが。」

 

「客が来るのはいいことだろ? 今日もカタログを見せてくれよ。」

 

「客引きにもなるし、『クィディッチ世界一の学校』の代表選手が店に居座ってくれるのは俺としても都合が良いんだけどよ、カタログの中身は昨日も今日も変わらねえぞ。もっと言えば来週も、再来週もな。」

 

カウンターのおっちゃんが呆れたような声色で差し出してきた分厚いカタログを手に取って、近くにある丸椅子に座って読み始めた。クィディッチ用品という広い括りではなく、『箒専門』のカタログだ。一本の箒毎にカラーの数ページを使っているという、クィディッチファンや箒マニア垂涎の一品である。

 

最高速度や加速性能、柄や尾の形状だったり、どこのプロチームが使っているかなどの細かい情報、挙げ句の果てには実際に飛行している写真まで載っているそれを読む私に、おっちゃんがカウンター裏で箒を弄りながら話しかけてきた。新品の箒じゃないし、誰かから修理を依頼されたらしい。スターダストも直せりゃ良かったんだけどな。

 

「目星も付いてないのか? 何かあるだろ。メーカーとか、形状とか、材質とか、価格帯の希望とかが。そいつを言ってくれれば絞り込めるぞ。」

 

「んー、難しいぜ。スターダストのメーカーはとっくの昔に潰れちまってるからな。柄のフォルムにはそこまで拘りがないし、材質とか尾の形もそうだ。価格は……まあ、最後に考える部分だろ。」

 

「ニンバス社の新型はどうだ? 今年の春に発売したニンバス3000。柄が直線で尾はスタンダード。癖がなくて扱い易いと思うぞ。」

 

「ニンバス3000か。さすがはニンバス社って感じで悪くはないんだが、無難すぎてどうも気に入らないぜ。何かこう、尖った部分が欲しいんだよ。」

 

ニンバス社はバランスの良い箒を作るのが非常に上手い。ニンバス3000はその評判を裏付けるような『名作』と呼べる箒ではあるものの、何となく私には合わない気がしてならないのだ。

 

感覚的で曖昧な返答を放った私に対して、おっちゃんはさほど疑問に思っていない様子で別の候補を挙げてくる。こういう『クィディッチプレーヤーらしい』答えには慣れているわけか。

 

「だったらエメラルド・ウォール社の新型か、冬に出たツィガー97か……それか開発中のファイアボルトの後継箒を待つのはどうだ? 大金持ちのスポンサーでも見つければ買えるかもしれねえぞ。」

 

「ファイアボルトの後継? 去年だか一昨年だかに出たあれがあるだろ。何だっけ? ファイアボルト・シュプリームとかってやつ。」

 

「あれは大コケしちまったから、製造会社は歴史から消したいみたいなんだよ。悪い箒じゃなかったんだが、所詮ファイアボルトの改良版だったな。特に右に向き易くなってたのが致命的だった。……ベースになったファイアボルトがなまじ優秀な箒だった所為で、それと比較した箒批評家たちからその点を散々叩かれちまったんだ。俺もまあ、あの癖は問題だと思って仕入れなかったしな。」

 

「そこで汚名返上の新箒ってわけか。ファイアボルトを基にするんじゃなく、完全に新しく設計すんのか?」

 

ハリーの愛箒の後継か。興味を惹かれて問いかけてみると、おっちゃんはカウンターの下を漁りながら応じてきた。

 

「『後継箒』を謳ってるんだから設計思想は受け継いでるんだろうけどよ、きちんと一から作ってるみたいだな。開発そのものは終わってて、今はプロのプレーヤーなんかにテストしてもらってるらしい。……ほらよ、これを読んでみな。小売店用のスペック表みたいなもんだ。まだ正式版じゃねえが、何となくのイメージは掴めるだろ。」

 

「おっ、面白そうだな。……こりゃまた、大したスペックじゃんか。十秒で二百六十キロ? とんでもない加速性能だぜ。」

 

頭がおかしくなるような数値だな。ファイアボルトが十秒で二百四十キロだったから、そこから二十キロも伸ばしたことになるぞ。食い入るようにスペック表を見ている私に、おっちゃんが苦笑しながら注意を口にする。

 

「あんまり当てにすんなよ? そりゃあ現行の箒の中では一番速くなるかもしれんが、ファイアボルトの時と同じであくまでカタログスペックだ。色んな条件が重なって初めて出せる数値だし、実際の試合中はそこまで出せねえさ。」

 

「それでも凄いぜ。」

 

「フランスで箒屋をやってる知り合いが飛行テストを見学したらしいんだが、ピーキーすぎて扱い難いだろうって言ってたな。おまけに販売価格が凄まじく高い。一番下の数字を見てみろ。プロチームだって躊躇する額だぞ。」

 

言われて公式価格を確認してみれば……うわぁ、これは高いな。べらぼうに高い。様々な国用の通貨換算表の中に、七百英ガリオンと書いてあるのが目に入ってきた。箒の市場価格は普通の『乗用箒』が平均十五ガリオンほどで、一般的なスポーツ箒が三十ガリオンほど、そして『ちょっと良いクィディッチ用』となると五、六十ガリオンまで上がってきて、プロ御用達の特注箒でも二、三百ガリオンってところだ。本来レース用に設計されたファイアボルトの五百ガリオンの時点で『異常』と言えるほどだったのに、そこから二百ガリオンも上げてくるのかよ。もはやスポーツやレース用というか、大金持ちが買うような超高級箒じゃんか。

 

「こんな値段にするってことは、余程に自信があるのか?」

 

「あるいは大富豪を客層に設定したのか、もしくは単純にメーカーがイカれちまったのかもしれねえな。……俺たち小売業としても悩みどころさ。ファイアボルトの場合は売れ残ったら八掛けで引き取ってくれる知り合いが居たから客引きのために置いてみたが、さすがに今回は仕入れるかどうか大いに迷うぜ。こんなもんを迂闊に仕入れた結果、売れなくて在庫になったら目も当てられねえ。ファイアボルトの時ですら殆どの店が迷いに迷ったんだから、この箒はどこの店頭にも並ばないって事態すら有り得るぞ。開発陣は何を考えているのやら。」

 

アホらしいと言わんばかりの顔付きで額を押さえるおっちゃんを横目にしつつ、スペック表をもう一度読み直す。非常に魅力的な性能だが……ま、七百ガリオンは天地がひっくり返っても無理だな。私が知っている中でポンと買えそうなのはリーゼくらいのもんだが、幾ら何でも七百ガリオンの箒は買ってくれまい。それ以前に頼むのだって気が引けるし、万一買ってくれたところで申し訳なくなるだけだ。夢は夢と割り切って、他の現実的な候補を探すとしよう。

 

世の中が金で回っていることを改めて実感しながら、霧雨魔理沙は世知辛い気分でおっちゃんにスペック表を返すのだった。

 

 

─────

 

 

「……はいはい、分かってるよ。」

 

呪符を使って神社の敷地内に移動した瞬間に目に入ってきた、賽銭箱を指差す紅白巫女の姿。無言で主張してくる彼女に苦笑いで応じながら、アンネリーゼ・バートリはポケットから小銭を取り出していた。随分と機嫌が悪そうだな。ここは多めに入れておいた方が良さそうだ。

 

ホグワーツを卒業してから数日が経過した今日、何ともなしに幻想郷の博麗神社に顔を出しに来たのである。剣呑な雰囲気を放つ巫女を見て、内心で早くも来なければ良かったと後悔している私へと、賽銭を箱に投入するのを監視していた守銭奴巫女が声をかけてきた。

 

「……はい、結構よ。お茶の分は入れたみたいね。それなら出してあげる。」

 

「神社ってのはこういうシステムじゃないと思うんだがね。」

 

「ここはこういうシステムでやってるの。……で、何しに来たのよ。お土産も無いみたいじゃない。」

 

「何しにってわけじゃないさ。暇だから来てみたんだ。」

 

いつもの縁側の方に向かいながら言ってやれば、巫女は至極迷惑そうに鼻を鳴らしてくる。竹箒を持っているのを見るに、境内の掃除をしていたらしいが……こいつ、来るといつも掃除してるな。案外綺麗好きなのかもしれない。

 

「神社ってのは妖怪が暇だから来るような場所じゃないはずだけど?」

 

「それは今更だろう? 私は何度かこの神社に来ているが、キミ以外の人間を見たことがないぞ。妖怪は何度か見たがね。」

 

今日も私のことを見張っているらしい黒猫が、前よりも更に距離を取っていることを確認しながら指摘してやると、紅白巫女はうんざりした表情で忌々しそうに返事を口にした。

 

「そこが謎なのよ。人里の不心得者たちは何故この神社に来ないのかしら? 幻想郷には異端者しか居ないの?」

 

「遠いからだろうさ。神に祈りに行く途中で妖怪に食われたんじゃ損得が釣り合わないからね。賢い選択だと思うよ。」

 

「……人里に分社でも作ろうかしら。賽銭泥棒が心配で今までやってこなかったけど、鎖と錠で厳重に守れば大丈夫かも。」

 

「そんな賽銭箱に誰が賽銭するんだい?」

 

世俗的すぎるぞ。やれやれと首を振りながら縁側に腰掛けて、奥の部屋へと茶の準備をしに行った巫女に大声で話を続ける。

 

「そういえば、人形を使う魔女の問題は改めて解決したぞ。あの退魔の符も役に立ったし、一応感謝しておくよ。」

 

「言葉じゃなくて物で感謝して頂戴。……こっちの騒動のことは知ってる?」

 

「騒動? 幻想郷で何かあったのかい?」

 

「あったっていうか、今まさに騒動が起こってるのよ。」

 

襖の向こうから飛んできた報告に、小首を傾げながら質問を返した。騒動ね。まさかレミリアが関係していないだろうな?

 

「どんな騒動なんだい?」

 

「新参者の大妖怪が派手に暴れ回ってるのよ。この前『妖怪の山』を支配してる天狗たちと一戦交えたらしいわ。だから最近の幻想郷はピリピリしてるの。」

 

「……なるほど。」

 

『新参者の大妖怪』がか。これは関係しているっぽいな。我が幼馴染みは一体全体何をしているのかと呆れる私に対して、巫女は追加の説明を送ってくる。

 

「紆余曲折あった末に新参者の方が勝って、妖怪の山の一部の妖怪を勢力に取り込んだんですって。天狗はもう関わり合いになりたくないからって『不戦協定』を結んだらしいわ。」

 

「キミは介入しなかったのか? 『調停者』なんだろう?」

 

「しようとしたけど、紫に止められたのよ。まだ私が介入すべき時じゃないとかって訳の分からない理由でね。ムカつくわ。」

 

「それでご機嫌斜めなわけか。」

 

つまり、その騒動とやらも紫の計画の一部だということだ。幼馴染みが上手く利用されているらしいことを嘆いていると、急須と湯呑みを持って戻ってきた巫女が憤懣やる方ない様子で文句を重ねてきた。

 

「あの年増妖怪、いつか絶対に退治してやるわ。なーにが『貴女にはまだ早い』よ。私の土地での諍いなんだから、私が出向くのが筋ってもんでしょうに。」

 

「幻想郷はキミの土地じゃないだろう?」

 

「幻想郷は端から端まで私の『縄張り』なの。私はそういう立場なのよ。それなのに好き勝手されるのは気に食わないわ。」

 

傲慢だな。あるいは使命感があると言うべきか? ぷんすか怒っている調停者どのを眺めながら湯呑みに口を付けたところで、ふと何かを閃いたような顔付きになった紅白巫女がこちらに疑問を示してくる。

 

「ね、あんたはスペルカードルールって知ってる?」

 

「知ってるよ。紫から聞いたからね。」

 

「好都合ね。やったことは?」

 

「練習程度にはあるよ。数えるほどだが。……『好都合』ってのはどういう意味だい?」

 

何か嫌な予感を覚えながら聞いた私に、巫女は満面の笑みで提案してきた。

 

「じゃ、やりましょ。神社に被害が出ない程度の高さでね。ストレス発散がしたいのよ。」

 

「私は別にやりたくないんだが。」

 

「私がやりたいの。今日は珍しくそんな気分なのよ。スペルは三枚まで、タイミングは自由、牽制弾あり、両者がスペルを使い切った時点で被弾が多い方が負けで、五回被弾したら即負け。そんな感じでいきましょ。」

 

「いやいや、普通に面倒くさいぞ。何故私が付き合わなくちゃならないんだい?」

 

億劫な思いで問いかけてやれば、庭に出た巫女は何を言っているんだという顔で応答してくる。こっちがすべき顔だぞ、それは。

 

「あんたはヒマだって言ってたじゃない。大体、そんなに大仰なものじゃないでしょ。弾幕ごっこよ。単なる『パターン遊び』。嫌なの? だったら……そうね、私に勝てたら何でも言うことを聞いてあげる。足を舐めろでも、裸で踊れでも、文字通り何でもよ。ちなみにあんたが負けた時は何も無しでいいわ。」

 

「……いいのかい? そんな約束をして。妖怪との『約束』がどんな意味を持っているかを知らないわけじゃないんだろう?」

 

「平気よ。だって私、負けないから。」

 

それがこの世の摂理であるかのように平然と言い放った巫女は、ふわりと上空へと浮き上がっていくが……ふむ、悪くないな。ノーリスクの賭けだ。『何でも』というのは大きいし、仮に負けてもスペルカードルールの都合上死ぬことはない。これに乗らないヤツはバカだろう。

 

よし、やるか。湯呑みを置いて私も空へと飛び上がり、神社の鳥居が小さくなってきたところで……おお? 何だこれは。身体に妖力が満ちてくる。経験したことのない『絶好調』っぷりだぞ。

 

「……ひょっとして、神社の敷地内では力が制限されるのかい?」

 

「そうだけど、あんた気付いてなかったの?」

 

「『外界』だと神社の中よりも制限されるんだ。だから疑問にも思わなかったんだが……なるほどね、これはレミィがはしゃぎたくなるのも分かるかな。」

 

うーむ、これが私の『本来の力』なのか。自分の中から湧き上がってくる妖力の大きさに驚きつつ、後半だけを小声で呟いた私へと、少し離れた位置で浮遊している巫女はどうでも良さそうな口調で開始を宣言してきた。参ったな、力が大き過ぎて上手く扱えるか分からんぞ。

 

「ま、何でもいいわ。それじゃあ始めましょ。……そっちから撃ってきていいわよ。先手は慣れてないあんたに譲ってあげる。」

 

「ふぅん? だったらお言葉に甘えようかな。」

 

何にせよ、やるからには勝つ気で行くぞ。イギリスで考えたスペルも、ここならもっと派手に展開できるはずだ。最初に切る札を熟考しつつ、先ずは自信満々の巫女へと牽制の妖力弾を放つのだった。

 

───

 

「ああああ、最悪! 最悪よ! あんたは最低最悪の妖怪だわ! あんなもんルールいは……うぇえ。」

 

そして決闘が終わった後、私は……おおう、汚いな。私は神社敷地内の庭で蹲って嘔吐する巫女を見ながら、穴だらけになってしまった服を杖魔法で補修していた。真っ青な顔で傷一つない巫女と、平然とした顔でボロボロの服を纏っている私。第三者が見たらどちらが勝ったのかと迷いそうな有様だが、勝ったのはあちらで吐いている紅白巫女の方だ。

 

私が五回被弾して、巫女は被弾ゼロ。つまり完全な私の敗北だ。にも拘らずパーフェクト勝利を決めた巫女が何故嘔吐しているのかと言えば、私が光を操って小細工をしたからである。

 

私だって日々自分の能力を研究しているし、有効活用しようとちょこちょこ光に関する本も読んでいるのだ。マグルの学術書から得た知識を基にして、巫女の視界の光を操って一秒の間に何十回も原色の強い光を点滅させてみたわけだが……色を混ぜてぐにゃんぐにゃんにしてみたり、点滅のタイミングをランダムにしたのが悪かったのか? 予想以上の『効果』があったらしい。

 

「気持ちが悪くなったのかい? 私としては、ちょっとした目眩しのつもりだったんだが──」

 

「見ればわかっ……うぇぇ。分かるでしょうが! 二度と使用しないでよね! ああ、気持ち悪い。吐き気が酷いわ。」

 

「ふぅん? そうなるのか。結構使えるかもしれないね。単純に真っ暗にしたり、あるいは強い光で目潰しするよりも有効そうじゃないか。」

 

「悪魔よ、あんたは。邪悪なクソ外道だわ。スペルカードルールでは……うっ。スペルカードルールでは『絶対に当たる攻撃』は禁止なのよ。紫はそれを教えなかったの?」

 

もう胃に何も残っていないようで、巫女は空吐きのような動作を繰り返している。それをちょびっとだけ申し訳なく思いつつ、肩を竦めて言い訳を投げた。悪気がなかったのは本当だぞ。

 

「『攻撃』じゃないだろう? 私はただ、視界をピカピカさせただけさ。お茶目な悪戯だよ。」

 

「ふざけんじゃないわよ、立派な攻撃でしょうが! こんな悪戯があって堪るか! 禁止にするからね。博麗の巫女の権限で名指しで禁止にしてやるわ。絶対にそうするから!」

 

「……折角考えたのに勿体無いじゃないか。使わせてくれたまえよ。抑え目にするから。」

 

「いーえ、ダメよ。絶対にダメ。意地でも禁止にしてやるから、よく覚えて……うぇぇえ。」

 

うーん、怒られちゃったな。……しかし、巫女はそれでも私の弾をするりするりと避けていたぞ。あれは一体どうやっていたんだろうか? 視覚以外の何らかの方法を使って確認していたのか、あるいは全く別の手段があるのか。あの様子では冷静な判断なんて出来そうもないし、非常に気になるところだ。

 

敗北の悔しさを忘れさせるような違和感。涙目でこちらを睨みながら空嘔吐を続ける巫女を前に、アンネリーゼ・バートリはその違和感の正体についてを考えるのだった。

 


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