Game of Vampire   作:のみみず@白月

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利用する者、される者

 

 

「ようこそ、偉大なるグレートブリテンへ。世界で最も高貴な国に足を踏み入れた気分はどうだい? キミの場合、最初に踏み入れたのは足ではなくお尻だったみたいだが。」

 

八月二日の午後。魔法省にあるポートキーの発着場に立っているアンネリーゼ・バートリは、目の前で尻餅をついている東風谷に日本語で歓迎の台詞を放っていた。どうやらポートキーでの移動に慣れていない所為で、着地の際にすっ転んでしまったらしい。

 

ハリーとロンの入局試験が迫り、咲夜と魔理沙がワールドカップの観戦のために日本に旅立ち、アリスが人形作りを教えているアピスの美的センスに四苦八苦している今、私も私で先を見据えた一手を打とうとしているわけだ。幻想郷での生活における『戦力』を確保するための一手を。

 

五月にマホウトコロに行った時に感じた、東風谷から漂う神性の気配。まさかこの人間然とした子が神なはずはないし、何らかの神性に取り憑かれているか、あるいは生家が神社らしいからそこで祭っている神にでも見初められたのだろう。何れにせよ東風谷を引き入れることが叶えば神性もくっ付いてくるということだ。何の神だかは知らんが、神秘が濃い幻想郷では戦力になり得るはず。要するに、移住に向けての『持ち駒』を増やそうというわけである。

 

そのために日本から呼び寄せた『鍵』である東風谷は、私が差し伸べた手を取って立ち上がりながら返答を返してきた。この子は英語も喋れるらしいが、下手くそな英語を聞くくらいなら私が日本語で話した方がマシだ。今回は特別にそっちに合わせてやるとしよう。

 

「あの……はい、ドキドキしてます。海外旅行は初めてなので。」

 

「大いに結構。それじゃあ行こうか。」

 

「えっと、どこに行くんでしょうか? 私その、ホテルとかは全然調べてなくって。お金も貯金してたお小遣いを全部持ってきましたけど、あんまり多くは──」

 

「金の心配は不要さ。キミの滞在費用は私が全て払うからね。」

 

今日までに軽く考えておいたのだが、最初のステップはやはり東風谷を懐かせることだ。賢しらな神性を易々と自陣に引き込むのは難しいだろうが、東風谷の場合はそうでもあるまい。見たところ我が強かったり押しが激しかったりするタイプではないし、こっちが蝶よ花よと愛でれば素直に懐いてくれるはず。先ず与えるべきは鞭ではなく飴。初手で利益を示すのは『調教』の基本だぞ。

 

私が発着場の出口へと手を引きながら優しく言ってやると、案の定東風谷は恐縮したような顔付きで申し訳なさそうに返事をしてくる。そも私が強引にイギリスに来させたんだから、諸々の費用をホストたる私が払うのは当然のことだと思うがな。彼女にとってはそうではないらしい。

 

「へ? ……いいんですか? 助かりますけど、何だか悪い気がします。」

 

「遠慮することなんかないのさ。キミは私の大切な客人なんだから、決して不便はさせないよ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

言葉と共にくるりと振り返って頬をそっと撫でてやれば、東風谷は少し赤い顔でぎこちなく礼を述べてきた。初心だな。魔理沙から聞き取ったこの子のマホウトコロでの境遇。そこから予想した通り好意には慣れていないようだ。……よしよし、やっぱり最初はとことん可愛がる方向で行こう。多少依存させた後で徐々に条件を突き付けていけばいい。いざ厳しくし始める頃には、喜んで尻尾を振りながら従うようになっているはずだ。

 

内心の邪悪な考えを柔らかい微笑みの中に隠しつつ、魔法省地下六階……魔法運輸部がある階の廊下を上り階段に向かって進む。他国へのポートキーでの渡航は国際魔法協力部の管轄で、他国からのポートキーでの到着は運輸部の管轄らしい。その辺が複雑になっている理由はよく分からんな。

 

「先ずは杖の登録だ。五階に上がるよ。」

 

「上がる? 案内板に六階って書いてありますけど。」

 

「地下なんだよ、ここは。地下一階が一番上で、十階が一番下なのさ。二階の執行部でも登録は出来るんだが、外に出るためには八階のアトリウムに行かないといけないからね。近場の協力部で済ませちゃおう。」

 

運輸部に到着させるのであれば、運輸部で杖の登録もやれよなと呆れている私に、階段を上りながらの東風谷が感心したように相槌を打ってくる。……ふむ? 二ヵ月半前にマホウトコロで会った時よりも、ほんの僅かにだけ髪の緑色が濃くなっている気がするな。本当に微細な違いだから勘違いかもしれないが、ひょっとして神力にでも影響を受けているのか?

 

「地下なんですか。そこは日本と同じですね。日本の魔法省も地下にあるので。」

 

「各国の統治機関は非魔法族から隠し易いように地下にあるケースが多いね。日本の魔法省にもチラッと行ったことがあるよ。マホウトコロの生徒はよく行くのかい?」

 

「いえ、普通はそんなに行きません。私も中に入ったのは入学前と、今回の旅行のために訪れた二度だけです。転入の時にそこで諸注意を受けないといけなかったので。機密保持法のこととか、そういうのを担当の人から教えてもらいました。」

 

「ふぅん? ……ま、ホグワーツの生徒もあまり来る機会はないかな。」

 

話している間に到着した地下五階の廊下に出て、東風谷の手を引いたままで杖の登録をやっている部署のドアを抜けた。……うむうむ、空いているな。ひどい時は部屋の前で延々待つことになるらしいし、助かったぞ。

 

『やあ、杖の登録をしてくれたまえ。日本からのお客さんだ。』

 

『……はい、今すぐに。こちらへどうぞ。日本魔法省が発行した杖の証明書はお持ちですか?』

 

英語で呼びかけつつ背中の『印籠』をパタパタさせてやれば、若い協力部の職員は慌てた様子で手続きに入る。レミリア様様だな。その対応に満足して頷いてから、東風谷が書類と杖を渡すのをぼんやり見守っていると、職員君がイギリス魔法省側の書類にペンを走らせながら杖についての確認を口にした。

 

『素材はモミ、33センチ、芯材は……えーっと、アッシュワインダーの牙? で間違いありませんか?』

 

『日本で言う白灰蛇のことですよね? 多分それで合ってると思います。』

 

『珍しい芯材ですね。……では、ここにサインをしていただければ登録完了です。英語でも日本語でも構いません。それと、こちらの羊皮紙が使用可能な呪文の一覧となります。正当な理由なくこれ以外の呪文を使用するとイギリス魔法法の下に罪に問われますので、イギリスの領内で魔法を使う際は注意してください。』

 

『はい、気を付けます。』

 

かなり長い羊皮紙だし、余程に特殊な呪文でなければ大丈夫そうだな。初めてじっくり見る自国での杖の登録を物珍しい気分で観察している私に、名前を記入し終えた東風谷が声をかけてくる。使用可能呪文リストを興味深そうにチェックしながらだ。

 

「ええと、終わりました。……羊皮紙って初めて触ったかもしれません。何て言うか、普通の紙より頑丈そうですね。」

 

「こっちだと羊皮紙こそが『普通の紙』なんだけどね。……それじゃあ次だ。魔法界のロンドンと非魔法界のロンドン。どっちを先に観光したい?」

 

「観光できるんですか?」

 

「折角来たんだし、見ていきたまえよ。……おや、先ずは昼食にすべきかな?」

 

会話の途中で可愛らしい音を立てた東風谷のお腹。音が鳴った瞬間に大慌てでがばりとそこを押さえた彼女に苦笑してから、部屋を出て今度はエレベーターへと歩を進めた。……東風谷も私もマグル界で通用する服装だし、アトリウムから地上に出て適当な店を探すか。

 

「あのですね、今日は朝から何も食べてないんです。私の実家は田舎の方なので朝早く出る必要がありましたし、どうせ東京に行くんだから到着した後でお洒落なカフェか何かで食べようと思ってたんですけど、魔法省での渡航手続きが意外に長くかかっちゃった所為で──」

 

「んふふ、恥ずかしがらなくてもいいさ。可愛い音が聞けて私は満足だよ。早く食べに行くとしようじゃないか。」

 

「うぅ……すみません、気を使わせちゃって。」

 

トランクを片手に真っ赤な顔で付いてくる東風谷にくつくつと喉を鳴らしながら、これは思っていたよりも『チョロそう』だなと口の端を吊り上げるのだった。

 

───

 

『サンドイッチだけでいいのかい? では、私はサンデーローストのセットを。グラスワインも頼もうかな。合いそうなのを持ってきてくれたまえ。』

 

魔法省を出た後、少し歩いて到着したロンドン中心街のパブ。アリスが美味しかったと言っていたその店のテーブル席で、東風谷と私は昼食の注文を済ませていた。……さてさて、先ずはお互いを知らなければな。

 

「それでだ、東風谷。……早苗と呼んでもいいかい? キミとはファーストネームで呼び合う仲になりたいんだ。私のことも気軽にリーゼと呼んでくれたまえ。」

 

うーむ、緩いパブだな。見た目だけは子供の私がグラスワインを注文したことをさして気にする様子もなく、了解の返事と共に去っていく店員を見送りながら提案してみれば、東風谷は……早苗はまたしても薄っすらと頬を染めてこくこく頷いてくる。

 

「は、はい。全然大丈夫です、リーゼ……さん。」

 

「まあ、最初はそれでいいよ。一度実家に帰ってからこっちに来たんだったね。保護者には何て言ってあるんだい?」

 

魔理沙によればマホウトコロに入る前に両親と死別して、今は親戚の叔父に面倒を見てもらっているはずだ。一緒に暮らしているわけではないようだが、さすがに何の断りもなく海外旅行は無理だろう。事前に入手しておいた情報を基に送った質問を受けて、早苗はえへへと笑いながら回答してきた。

 

「国際的なイベントで仲良くなった友達が、イギリスに来ないかって誘ってくれたんだって説明しました。叔父さんは海外ってことでちょっと心配してたんですけど、私が友達のところに遊びに行くのは……その、初めてだったので。行ってこいって言ってくれたんです。」

 

「マホウトコロには五年生から入ったんだったね。つまり、あー……十一歳からってことだ。それまでは非魔法族として生活していたのかい?」

 

「はい、非魔法界の普通の小学校に通ってました。『変な子』だったのであんまり上手くはやれてませんでしたけど。」

 

「ふぅん? ……察するに、キミに憑いている神性の影響か。」

 

さも配慮しているかのような口調で聞いてみると、早苗はどこか寂しげな表情で首肯してくる。

 

「まあその、そんな感じです。私からすればお二方と喋ってただけなんですけど、周囲から見ればいつもブツブツ独り言を呟いてる子だったんでしょうし、今にして思えば友達が出来なかったのは当然のことですね。……お二方のことをこうしてきちんと話せるのは不思議な気分です。一時期は自分の頭がおかしくて、『空想の友達』を作ってるんじゃないかって本気で考えてたくらいですから。」

 

「言い方からするに、複数体憑いているんだろう? 会話は出来るのかい?」

 

「えっとですね、二人組の神様なんです。会話も出来ます。……というか、厳密には『出来ていた』って言うべきですね。もう話せませんから。マホウトコロに入った頃はまだ微かに聞こえてたんですけど、今は声が届かなくなっちゃいました。」

 

「しかし、最近また少しだけ会話できたはずだ。だからこそキミはイギリスまで足を運んだわけだろう?」

 

窓の外のマグル界を眺めながら問いかけてやれば、早苗は勢いよく首を縦に振って応じてきた。『エサ』はちゃんと機能していたらしい。湖の魚もこれくらい簡単に食い付いてくれれば楽なんだけどな。

 

「そう、そうなんです! あの二枚のお札。あれのお陰で久々に話せました。一時間くらいしか持ちませんでしたけど、諏訪子様と神奈子様の声をまた聞くことが出来て……本当に、本当に嬉しかったです。」

 

「それは良かったね。渡した甲斐があるってもんだよ。……神たちは何て言っていたんだい?」

 

「そのですね、えっと……リーゼさんのことをあんまり信用しちゃダメだって言ってました。怪しいって。」

 

かなり言い辛そうに伝えてきた早苗へと、にっこり微笑んでから応答を飛ばす。想定の範囲内だ。だからこそ私は神札を二枚しか渡さなかったわけだし、ここで疑いもせずに提案に乗る神など軽すぎてむしろ信用できん。おまけに早苗の重要性も再確認できたと言えるだろう。この子が神たちにとってそれほど重要ではない存在なのであれば、自分たちが力を取り戻すための『吸血鬼への人身御供』にすることを躊躇いなどしないはず。早苗を止めた以上、自分たちの再起よりもこの子の安全を重視したということになる。

 

そうなると二枚ってのは実にちょうど良かったらしいな。神たちが疑っていた事実を私に話すということは、早苗を決断させるには充分なエサかつ神たちが説得し切れない程度には短い時間だったということだ。冴えてるぞ、私。

 

「分かるよ。キミが敬愛する神たちの言うことは尤もさ。……だけどね、早苗。私を信じてくれたまえ。二柱の神の力を取り戻す手伝いをしたいっていうのは本当なんだ。家名に誓って嘘じゃないよ。」

 

「わ、分かってます。信じてます。」

 

テーブルに身を乗り出して早苗の両手をギュッと握りながら主張してやると、彼女は慌てて返答を寄越してきた。そう、力を取り戻してもらわねば困るのだ。じゃないと私の役に立ってくれないのだから。

 

「それにね、早苗。私にだってメリットが無いわけじゃないんだよ。私は味方が欲しいんだ。いざという時に助けてくれる味方がね。私が早苗を助ける代わりに、早苗もまた私を助ける。そういう契約だっただろう?」

 

「そうですね、その通りです。」

 

「うんうん、良い子だ。しっかり覚えているみたいだね。」

 

わしゃわしゃと犬にそうするように頭を撫でてやれば、早苗は満更でもなさそうな様子でされるがままに身を預けてくる。それを見て調教の方向性を完全に固めた私へと、早苗は上目遣いで疑問を投げてきた。やけに従順というか、素直というか、何とも嗜虐心が唆られる子だな。懐いた後で色々と楽しめそうだ。

 

「それでですね、私は具体的に何をすればいいんでしょうか? 神の声を聞くための修行的なことをするんですか?」

 

「方向性としては近いけど、キミが想像しているような感じではないと思うよ。最初は『私たちの世界』の常識を学ぶところから始めよう。魔法界と非魔法界。この世界はそれだけじゃないってことからね。」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「ま、話は食事の後だ。料理が来たし、先ずは食べよう。足りなかったら追加を頼んでいいよ。好きなだけ食べてくれたまえ。」

 

沢山食べて、どんどん肥えてくれ。そうすれば『収穫』する時、私はより大きな利益を受け取ることが出来るのだから。……食事が終わったら実家の神社のことも聞き出さないとな。どんな神性なのかを把握しておく必要があるだろう。ちょうどアピスが人形店に出入りしているし、折を見てあいつに調べさせてみるか。

 

慎ましやかな動作でサンドイッチを口に運ぶ早苗を見つつ、アンネリーゼ・バートリは胸中で吸血鬼らしい計画を組み立てるのだった。

 

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