Game of Vampire   作:のみみず@白月

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コンビニ、スシ、ニンジャソード

 

 

「……くぁ。」

 

カーテンを閉め切っている所為で薄暗い部屋の中、けたたましくアラームが鳴るベッド横の機械を弄りつつ、霧雨魔理沙は巨大な欠伸を放っていた。久し振りに夢を見たな。皿の上の東風谷が巨大なリーゼに食われている夢だ。我ながら縁起が悪すぎるぞ。

 

八月五日の午前六時。今現在私が寝ているのはスイートルームの寝室にある巨大なベッドの上で、そのスイートルームがあるのは魔法族が経営しているホテルの中で、そしてホテルがあるのは東京の中心街。つまり日本だ。要するに、私は咲夜と二人でクィディッチワールドカップのために日本を訪れている真っ最中なのである。

 

今日のデーゲームはトーナメント一回戦後半のノルウェー対メキシコとモロッコ対ドイツで、試合開始は午前十一時半。ホテルのロビーから出ているポートキーは十五分おきな上に試合開始後にも便があるため、本来こんなに早く起きる必要などないわけだが……うっし、起きよう。私はこの機会に日本という国を余さず見るつもりで来ているのだ。時間を無駄にするわけにはいかないぞ。

 

決意と共に柔らかいベッドの誘惑を振り切って、広いリビングルームへと移動してみれば、既に起きていたらしい咲夜の姿が目に入ってきた。バスローブ姿で髪を乾かしながらてれびじょんを見ているようだ。シャワーも終えたのか。

 

「おう、咲夜。早いな。」

 

「おはよ、魔理沙。今朝はまあ、ちょっと早めに目が覚めちゃったの。マグルのニュースがやってるわよ。」

 

「ニュースなんか見てどうすんだよ。」

 

「テレビジョンはニュースを見るための機械でしょうが。新聞よりも分かり易くて良い感じよ。」

 

そうなのか? ……違うと思うがなぁ。娯楽のためにある物じゃないのかと疑問を抱きながら、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んでいると、髪を乾かし終えた咲夜が一瞬で姿を消す。やりたい放題だな、こいつ。能力を使ってどこかに移動したらしい。私と二人っきりだからってポンポン使い過ぎだぞ。

 

「外国のことだからよくは分からないけど、最近この国の首相が代わったんですって。」

 

「その辺の事情には興味ないぜ。……朝ご飯はどうするんだ?」

 

普段着に着替えた状態でバスルームから出てきた咲夜に問いかけた途端、彼女は冷蔵庫の前に移動して応じてきた。私の視点だと瞬間移動だな。

 

「『コンビニ』で買ってきましょうよ。飲み物も残り少ないしね。」

 

「好きだな、お前。私はもう飽きたんだが。」

 

「そっちだって初日は嬉々としておにぎりを買ってたじゃないの。……凄く便利なお店だわ。ダイアゴン横丁にも出店してくれればいいのに。」

 

「便利なのには同意するけどよ、そろそろ普通のレストランとかにも行きたいぜ。」

 

八月一日の午前中に日本に到着してから今日までの間、朝と夜の食事は常にコンビニの商品という生活が続いているのだ。理由は単純で、費用を抑えるためである。この部屋を予約してくれたリーゼは食事付きにしようと言ってくれたのだが、せめてそこは自分で出そうと断った結果……まあ、こんな生活になってしまった。

 

ちなみに昼飯は競技場の出店で済ませている。あまり健全とは言えない旅行中の食生活を思い起こしていると、咲夜は呆れたようにてれびじょんを指差して指摘してきた。より正確に言えば端っこに映っている時間を指しているらしい。

 

「こんな時間にレストランが開いてるわけないでしょうが。ホテルの食堂に行ってみる? 食べ放題で千五百円のやつ。」

 

「……朝食で千五百円は高すぎるぜ。それならコンビニの方がいい。」

 

「私は何でもいいけどね。私って実は食に対しての拘りが薄かったみたい。この旅行に来てから発見したわ。……お嬢様にお出しする料理はまた別の話だけど。」

 

「節約したい私としては助かるけどよ。……じゃあ、朝はコンビニで買おう。その代わりに今日の昼は観戦しないでどっかで食事しようぜ。デーゲームの方はそんなに重要な組み合わせじゃないしさ。」

 

延々付き合わせるのもさすがに悪いと思って放った提案に、咲夜はこっくり頷いて了承してくる。何かこう、私だけが楽しんでるみたいで気が引けるのだ。クィディッチだけじゃなく旅費の節約にも付き合わせているわけだし、今日は咲夜が楽しむ日ってことにしよう。

 

「そっちがいいならそれでいいけど。」

 

「ついでにどっか行きたいところとか無いのかよ? 今日まで私に付き合ってくれたんだから、今日はお前のやりたいことに付き合うぜ。」

 

「……だったら、ここ。ここに行きたいわ。」

 

むう、やっぱり咲夜も行きたい場所があったらしい。我慢させて悪いことしたなと反省しつつ、彼女が突き出してきたチラシのような物に目を通してみれば……あー、これは私も知ってるぞ。どデカい提灯が吊るされた門があるとこだ。

 

「どこなんだっけか、ここって。」

 

「詳しい場所は知らないけど、東京の中よ。チラシはホテルのロビーにあったの。」

 

「ま、いいんじゃないか? 派手な感じだし、私も興味があるぜ。ここで昼飯も食おう。観光地っぽいし店は沢山あるだろ。」

 

「チラシによれば、日本の伝統的な場所らしいわ。だからきっとニンジャソードも売ってるはずよ。コレクションに欲しいの。」

 

結局刃物かよ。年頃の女の子らしからぬ発言に額を押さえてから、聞き逃せない致命的な間違いを訂正する。

 

「『ニンジャソード』じゃなくて、刀な。そしてお前が言ってるのは多分小太刀……っていうか、脇差だ。短いナイフみたいなのを言ってるなら短刀か小刀。」

 

「……何が違うの?」

 

「長さとか、刀身が反ってるか反ってないかとかで色々と呼び名が変わるんだよ。実家で刀剣類も扱ってたから、目利きの真似事くらいは出来るぞ。実家に居たのはガキの頃だったし、あくまで真似事だけどな。」

 

「尚のこといいじゃない。観光しながら短刀を探しましょう。それが今日の目標ね。」

 

うんうん頷きながら宣言した『典型的観光客』どのに、はいはいと首肯してからバスルームに向かう。しかし、刀なんて売ってんのかな? 幻想郷と違ってこっちではもう腰に差してるヤツなんて当然居ないわけだし、売ってないんじゃないか? 幻想郷ですら妖怪退治の専門家とかにしか需要がなかったぞ。

 

『美術品』として売っている可能性はあるだろうけど、そうなるとかなりの値段になるはずだ。そもそもが安い物じゃないし、咲夜に買えるかは微妙なところだと思うが……まあ、日本のマグル界のことなんて私には分からん。売っていることを祈っておこう。

 

───

 

「……ああもう、全然売ってないじゃないの! どういうことよ。香港自治区には沢山刀剣店があったのに。」

 

そして朝食を済ませて八時頃にホテルを出た私たちは、二時間半ほど観光地を歩き回った段階で現実に直面していた。もう侍は居ないという現実に。そりゃあそうだろ。

 

咲夜だってそんなことは重々承知していただろうが、刀は現在でも普通に売っている物だと思っていたらしい。ぷんすか怒りながら路地を歩く『刃物マニア』へと、もと来た道を振り返って口を開く。

 

「さっきの店じゃダメなのか? あるにはあったじゃんか。」

 

「あんなもん観光客用の紛い物よ。単なる鉄の板じゃないの。あれじゃトマトだって斬れないわ。」

 

「確かにそうだけどよ、見た中で一番お前の要望に近い店はあれだったぞ。一応『本物』も数本置いてあったしな。」

 

「……貴女だったら買う? あの値段であの短刀を。」

 

まあうん、買わないな。絶対に買わない。アホみたいな値段なのにも拘らず、霧雨道具店だったら置きすらしないレベルの一品だったのだから。幻想郷の刀匠の一番下の見習いだってもっとマシな刀を打てるぞ。我が目利きのクソ親父だったら『刃文が死んでいる』と評価するだろう。

 

無言で目を逸らしてやれば、咲夜にはこちらの内心が正しく伝わったようだ。ふんすと鼻を鳴らした後、怒れる刃物コレクターどのは大股でずんずん歩き出す。

 

「なーにが伝統よ。どこもかしこも置いてあるのは木刀ばっかりじゃないの。さっさとご飯屋さんを探しましょ。やけ食いしたい気分だわ。」

 

「あー、そうだな。何が食いたい? そっちの希望に合わせるから。」

 

「なら、お寿司。」

 

「寿司な、寿司……寿司か。」

 

咲夜のやつ、またしても典型的な観光客らしい要望を出してきたな。寿司か。海がない幻想郷だとクソ高かった食べ物だが、こっちではどうなんだろうか? ホテルのロビーで見た飲食店関係の観光パンフレットからするに、安くはないと覚悟しておいた方がいいかもしれない。

 

金が足りるかと心配しつつも、咲夜の鬱憤を晴らすためには食うしかないと諦観の境地に至っている私に、前を進む銀髪ちゃんが一つの店を指差した。マホウトコロでは刺身はあっても寿司は出なかったし、ここらで記念に食べておくのもアリっちゃアリだな。そう思わないとやってられないぞ。

 

「あそこはどう? 『お手頃価格』な店構えじゃない? 古いし。」

 

「あのな、咲夜。イギリスで育ったお前にはよく分からん価値観かもしれんが、日本じゃああいう店こそ高いんだ。明らかに表通りから外れてるのに、あの古さになるまで続いてるってことだろ? 『歴史ある』ってタイプの店だと思うぞ。」

 

小さくて古風な店構えのその店は、絶対に高いと私でも分かるような雰囲気だ。何とか友人の暴走を止めようと制した私だったが……おいおい、入る気かよ。咲夜は首を傾げながら構わず店へと近付いていってしまう。

 

「店の人に値段を聞いてみましょうよ。高いならやめればいいでしょ。」

 

「いや、お前……何でそんなに押せ押せなんだよ。いつもと違うぞ。」

 

「イラついてるからよ。」

 

端的に吐き捨てた咲夜は躊躇なく店の引き戸をガラリと開けると、客の居ないカウンター席の向こうの『大将』っぽい男性に日本語で声をかける。ああ、ヤバそうだ。板前衣装に身を包んだスキンヘッドの中年男性は、何とも気難しそうな風体じゃないか。

 

『こんにちは、営業してますか?』

 

『やってるよ。』

 

『あのですね、私たちは観光客でして。あんまり予算がないんですけど、この店で昼食を食べたらどれくらいかかりますか?』

 

『……一万から二万ってとこだね。』

 

うわぁ、アホほど高いな。絶対無理だぞ。さすがの咲夜も怯んだようで、私の方をちらりと見てから英語で相談してきた。

 

「一応聞くけど、無理よね?」

 

「無理だな。五千円くらいならまあいけるが、一万二万は完全に予算オーバーだ。」

 

「……他を探しましょうか。あるいはお寿司を諦めた方がいいのかも。」

 

困ったように苦笑した咲夜が、店主に向き直って申し訳なさそうに言葉を発したところで──

 

『すみません、無理みたいです。やっぱり他の──』

 

『五千円でいいよ。食っていきな。英語は得意じゃないが、この辺は外国からのお客さんが多いから何となくは聞き取れるさ。』

 

『へ?』

 

『わざわざ外国から来て、きちんと日本語で質問してきた。つまりお嬢ちゃんたちは礼儀を示したんだ。……見たところ学生さんって歳だろ? そんな歳のお嬢ちゃんたちを、金が無いからって放り出したとなっちゃあ年寄りの面目が立たねえ。まけてやるから座りな。』

 

カウンターの前にある木の板を拭きながら言った店主は、そのまま黙ってケースから魚の切り身を取り出しているが……いいのか? 半額どころのまけっぷりじゃないわけだが。

 

『あの、本当にいいんでしょうか?』

 

『構わねえよ。どうせ今日は客が少なかったんだ。ネタだって日持ちするもんじゃないし、折角日本に来た記念になるならその方がいいだろうさ。』

 

『えっと、ありがとうございます。』

 

『ありがとよ、おっちゃん。』

 

客が少ないって言ってもまだ正午を回っていないわけだし、商売の本番はこれからだろう。どうやら私たちを気遣ってくれているらしい。うーむ、人情ってやつを感じるぞ。

 

私たちが礼を口にしてからカウンター席に着くと、店主は淀みない動作で作業しながら店の奥へと呼びかけた。暖簾がかかっていて見えないが、奥にも何らかの作業をするスペースがあるようだ。

 

『おい、お客さんだぞ! アガリとおしぼり!』

 

『はぁ? もう出るって言ったじゃん! 試合が始まっちゃうの!』

 

『お前、今日は店を手伝うって約束しただろうが! こんな時間まで寝てたんだから、少しは働いたらどうなんだ! お客さんをお待たせするんじゃねえ!』

 

『夏休みなんだから休むのが仕事なの! お母さんにやってもらえばいいでしょ!』

 

なんとまあ、物凄い大声でのやり取りだな。娘さんか誰かが奥に居るようだ。目をパチクリさせながら怒鳴り合いを聞いている私たちを他所に、店主は頭に青筋を立ててそれまで以上の声量で怒声を飛ばす。

 

『あいつは出前に出てんだよ、出前に! お前がやるはずだった出前にな! 分かったらとっとと持ってこい!』

 

『うるっさいなぁ……分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば!』

 

負けじとイライラしている感じの声で応じた店の奥の女性に対して、店主は聞こえよがしに鼻を鳴らしてから私たちの前にある板にガリを載せた。いやぁ、正に下町って雰囲気だな。ちょびっとだけ懐かしいぞ。

 

『生姜の甘酢漬けだ。外国のお客さんには少々癖が強いかもしれねえが、寿司屋じゃこれを出すのが伝統でな。味が残るような寿司を食った時につまむと舌が新しくなる。独特な辛みがあるから、試すときは少しずつにしてみてくれ。』

 

『なるほど。』

 

ふむ、私たちを慣れていないと見て丁寧に説明してくれてるっぽいな。咲夜が相槌を打ちつつ味見とばかりに割り箸で薄いガリを口に運んだところで、店の奥から娘さんらしき黒髪の──

 

『いらっしゃい、お客さん。お茶とおしぼりを……へ? 霧雨ちゃん?』

 

『中城? ……何でお前がここに居るんだ?』

 

『いや、え? 何でってそりゃ、ここが私の家だからなんだけど。そっちこそ何で居るのよ。』

 

『ワールドカップで来てるんだよ。それで……ぇえ?』

 

お茶とおしぼりが載ったお盆を持ったままでぽかんと大口を開けているのは、五月に鎬を削った相手であるマホウトコロのエースどのだ。……こいつ、寿司屋の娘だったのか。その店に私たちが入ったと。とんでもない偶然だな。

 

お互いに呆然とした表情で黒髪童顔のマホウトコロ生と見つめ合いながら、霧雨魔理沙は運命の不思議さを思い知るのだった。

 


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