Game of Vampire   作:のみみず@白月

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支配の流儀

 

 

「あのバッグ、可愛いですね。……見てきてもいいですか?」

 

うむうむ、順調に懐いてきているな。何をするにも一度私に確認するようになってきた早苗に頷きつつ、アンネリーゼ・バートリは内心で満悦の笑みを浮かべていた。『条件付け』は上手く機能しているらしい。

 

先日遂にハリーとロンの闇祓い入局試験が終了し、燃え尽きた二人が来週の結果発表を待っている八月の中旬。私は早苗を連れてロンドンのショッピングモールを訪れているのだ。試験の結果は当然気になるが、もはや私に出来ることは何もない。……二人とも死に物狂いで勉強を頑張っていたし、ハーマイオニーと私も全力で手伝った。ならば後は合格していることを祈る他ないだろう。

 

しかしまあ、この十日間ほどは勉強の手伝いの合間を縫って、毎日のように早苗を甘やかしまくってきた成果がようやく出てきたな。今や彼女の方から躊躇なく手を繋いでくるようになったし、私から何かを買ってもらうのにも慣れてきている。そろそろ次のステップに進めてみるか。

 

ショッピングモールの店舗の一つに置いてあった赤い小さなバッグ。それを気に入ったらしい早苗へと、そっと歩み寄って声をかけた。適当に隣の白いバッグを指差しながらだ。

 

「早苗、キミにはこっちの方が似合うんじゃないか? 赤はちょっと違う気がするぞ。」

 

「へ? ……そ、そうですか? 私は赤い方が可愛いと思うんですけど──」

 

「まあ、キミが気に入ったならそれでもいいけどね。私はこっちを持ってるキミの方が素敵だと思うな。」

 

「……じゃあ、こっちの方がいいかもしれません。言われてみればそんな気がしてきました。」

 

うーむ、チョロい。主体性の欠片もない発言に心の中で呆れつつも、顔には満面の笑みを浮かべてわしゃわしゃと早苗の頭を撫でる。従順な時は即座に思いっきり褒めて、少しでも反抗してきたら徹底的に冷たくするのが条件付けの鉄則だ。

 

「おや、そうかい? いやぁ、キミは可愛い子だね。私の好みを優先してくれるだなんて本当に良い子だよ。よし、買ってあげよう。」

 

「えぅ……えへへ、ありがとうございます。」

 

「いいのさ、似合うと言ったのは私だしね。買ったら一度休憩しようか。下のフードコートで何か食べよう。」

 

「はい、そうしましょう!」

 

こいつは今までどうやって生きてきたんだろうか? 箱入り娘もびっくりの、悪い男とかに一発で騙されそうな素直っぷりだぞ。これまで『餌食』にならなかったのは奇跡だなと思いながら、レジで会計を済ませてエスカレーターへと歩き出す。この調子で色々と買ってやっているが、神を二柱雇う代金だと考えれば安いもんだ。余裕で必要経費の範囲内だろう。

 

「ほら、早苗。行こうか。」

 

「ありがとうございます、リーゼさん!」

 

ニコニコ顔でバッグが入った袋を受け取りながら、自然な動作で手を握ってきた早苗は、私が手を引くままに足を進め始める。もう多分薄暗い路地に誘おうが、いかがわしいホテルに誘おうが迷わず付いてくるはずだ。リードで引っ張られる犬と一緒だな。

 

犬の散歩をしている気分で一階のフードコートに移動して、目に付いたハンバーガーショップで昼食を購入した後、フリースペースの空いているテーブル席を選んでそこに食事が載っているトレーを置いた。

 

「ここにしようか。……食べていいよ。」

 

「はい、いただきます。」

 

ハンバーガーを前に私を見てくる早苗に『よし』をしてから、私も食べつつ質問を送る。やはり美味いな。料理の質が良いホグワーツでは味わえないジャンク的な味だ。

 

「そういえば早苗、人外の世界については大体把握できたかい? この数日間でちょこちょこ教えてきたわけだが。」

 

「んっ……あの、ぼんやりとは把握できました。魔法界にも非魔法界にも所属していない種族が沢山居て、そういう存在たちが各地に隠れ住んでるんですよね?」

 

慌てて口の中のハンバーガーを呑み込んでから答えてきた早苗へと、軽く首肯して話を続けた。今日までの会話を鑑みるに、この子はバカだが地頭は悪くないらしい。実に不思議だ。

 

「神力については?」

 

「えっと……神様が存在を保つのに必要とするもので、信仰されることによって手に入る力です。」

 

「その通り。つまりキミに憑いている二柱が実体を保てないどころか会話すら出来なくなったのは、それが出来なくなるほどに信仰が薄れたのが原因ってわけだ。」

 

「だからまた信仰されるようになれば、神奈子様と諏訪子様は力を取り戻せるってことですね?」

 

分かり易く顔を明るくして尋ねてきた早苗に、残念そうな表情を偽りながら返事を放つ。ここが重要な部分だ。後でバレる嘘を吐いてはいけないが、全ての真実を考えなしに語るのも悪手。上手く誘導しなければ。

 

「しかしだね、早苗。それを『正攻法』でやるのは凄く難しいんだ。」

 

「……そうなんですか? 神社を有名にして、沢山の人に御参りしてもらえるようになればいいんですよね?」

 

いいぞ、その調子だ。途端に不安げな顔付きになった早苗に対して、なるべく尤もらしく聞こえるように細かい問題点を指摘した。

 

「よく考えてみたまえよ。先ずそれが難しいだろう? キミの神社はあまり大きくないと言っていたじゃないか。星の数ほど神社がある日本で、『顧客競争』に勝つ自信があるのかい?」

 

「それはその、難しいかもしれませんけど……。」

 

「数だけじゃないぞ。信仰の質も昔より低くなっているんだ。……大雨、旱魃、地震、噴火、竜巻なんかの天災。豊穣と不作、月蝕や日蝕、出生率、疫病、航海の安全、商売の成功、戦争の勝敗。そういったことを今の人間たちは『神の領域』として捉えていない。もう論理的な説明がついちゃってるからね。だから嘗ての人間たちほど必死に祈ったりはしないし、故に一人一人から得られる信仰も限りなく薄くなっているんだよ。」

 

「……じゃあ、仮に神社を繁盛させても意味がないってことですか?」

 

絶望しているような表情でポテトフライを……食うには食うのか。普通に食べながら問いかけてくる早苗に、神妙な顔で返答を返す。もちろん私もハンバーガーを頬張りつつだ。だって冷めちゃったら美味しくないし。

 

「長い年月をかけて取り組めば、もしかしたら話せるようにはなるかもね。……だが、キミが死んだ後はどうなる? キミの話によれば、その二柱と会話できた人間はここ二、三百年でキミだけなんだろう?」

 

「お二方はそう言ってました。久々にお互い以外の誰かと話せたって。私が、えーっと……先祖返り? みたいな存在だから、そのお陰で通じ合えていたらしいです。」

 

「つまり、稀有なケースなわけだ。ならばキミの子供がそうなるとは限らないし、問題に精力的に取り組むキミが寿命か何かで居なくなった後、残された二柱に待っているのは緩やかな消滅だろうね。根本的な解決にはならないわけさ。」

 

「じゃあ、じゃあ、どうすればいいんでしょうか?」

 

遂にポテトに手を伸ばすのをやめた早苗へと、ピンと指を立てて一つの地名を口にした。隔離された人ならざる者たちの楽園の名を。

 

「そこで幻想郷だよ。……時代の流れで消え行く妖怪や神たちを儚んで、彼らが力を取り戻せるような土地を経営しているヤツが知り合いに居てね。その場所でなら何とかなるかもしれないんだ。」

 

「げんそうきょう?」

 

「そう、幻想郷。そこではまだ神秘が濃く、人外たちの存在が普通に許容されているのさ。私たち妖怪や神にとって、人々から存在を承認されているというのは結構大きいんだよ。当然そこでも信仰は必要になるが、一人一人の質は段違いだ。こっちで頑張るよりも遥かに早く力を取り戻せるはずだし、きちんと根を張れば長い期間力を保ったままでいられるだろう。」

 

「つまりその、幻想郷って場所に行けばお二方は安泰だってことですか?」

 

二柱が力を取り戻せるかもしれないと聞いてポテトを食べる元気を取り戻した早苗に、自信ありげに頷いて肯定を飛ばす。一応嘘は言っていない。こっちより大分マシな状況になるのは間違いないはずだ。

 

「そういうことさ。本来外から幻想郷に入るのは、尋常じゃなく難しいことなんだが……私の可愛い早苗のためなら骨を折るよ。管理者に頭を下げて頼んでみよう。かなり嫌なヤツだし、ひょっとすると厳しい条件を付けられるかもしれないけどね。」

 

「だ、大丈夫なんですか?」

 

と、恐る恐る問いかけてきた早苗の背後に……何のつもりだよ、覗き魔め。音も無く小さなスキマが開く。そこから伸びてきた白い腕が彼女のポテトをこっそり盗むのを横目にしつつ、それを完全に無視して会話を続けた。ええい、鬱陶しいことこの上ないな。交渉の邪魔をしたら許さんぞ。

 

「何とかしてみるよ。倒錯的な変質者みたいな女だから、下手すると身体を要求されるかもしれんがね。」

 

「かっ、身体? 女の人なのにリーゼさんの身体を? って言うか、身体って……ダメです、ダメです! そんなのダメですよ!」

 

「いいんだ、早苗。キミのためなら我慢するよ。」

 

「でも、でも……リーゼさんはどうしてそこまで?」

 

ほぼコントだな。早苗の背後の腕が何故か親指を立てているのを黙殺して、哀れな詐欺被害者の手を取りながら詐欺師としての任を全うする。

 

「出会ったばかりなのに変だと思うかい? だけどね、早苗。もうキミは私にとって大切な存在なのさ。マホウトコロで言っただろう? キミが私に忠実である限り、私はキミを目一杯可愛がると。……分かり易く言えば、古き良きノブレス・オブリージュだよ。支配者は支配下にある者を慈しみ、庇護しなければならないんだ。キミは私に支配されるのは嫌かい? 私は良いご主人様だよ?」

 

「し、支配?」

 

「私の支配下にある限り、キミは決して独りぼっちにはならないぞ。保護者と被保護者、親と子、家主と家人だよ。話を聞くに、キミは日本で辛い思いをしてきたようじゃないか。両親に先立たれ、学校では爪弾きにされる。さぞ苦しかっただろうね。……でも、もう大丈夫だ。今後は私に寄り掛かりたまえ。私はキミを独りにしたりはしないから。」

 

ゴクリと喉を鳴らす早苗の頬を、触れるか触れないか程度の距離を保ってゆっくりとなぞりつつ、その後ろで『女ったらし!』と書かれた紙片を手に持っている覗き魔を無視して続きを語った。予定より早いが、この仕上がり具合なら落ちるはずだ。勢いに任せて落とした後、残りの二十日間ほどを補強に使えばいい。この子の素質に加えて、寄る辺のないイギリスってのが上手く作用したのかもしれんな。

 

「迷ったら私が決めてあげよう。困ったら助けてあげよう。寂しい時は側に居てあげよう。子を守る親のように寄り添う。それが私なりの支配の流儀なのさ。……どうだい? 支配されるのもそう悪いものじゃないだろう?」

 

「あの、でも──」

 

「こっちにおいで、早苗。私の支配の中に。」

 

言いながら軽く、ほんの少しの力だけで顎をこちらに引いてみると……そら、簡単じゃないか。早苗はそれに従うように自分から顔をこちらに寄せてくる。あまりにも順調すぎて浮かんでくる邪悪な笑みを堪えつつ、彼女の頭を勢いよくわしゃわしゃと撫でた。

 

「良い子だ、早苗。私のものになってくれるんだね?」

 

「支配というかその、リーゼさんの下で働く……的なことですよね? リーゼさんは優しいし、それなら嫌じゃないですけど──」

 

「そうそう、噛み砕けばそういうことだよ。んー、よしよし。賢い子だね、早苗は。」

 

「うぁ……ありがとうございます。」

 

テーブルに身を乗り出して早苗の頭をギュッと抱き締めて撫でまくりながら、今度は『浮気者!』の紙を持っている腕に向かって小声で呟く。この状態なら早苗には聞こえないはずだが、念のため彼女が理解できないであろうロシア語でだ。

 

『おい、覗き魔。後で話すから今は消えたまえ。』

 

『あらまあ、浮気現場に踏み込んじゃった本妻の気分になる台詞ね。ちょっとゾクゾクするかも。』

 

『いいからとっととスキマを閉じるんだ。幻想郷の繁栄はキミにも利益があるはずだぞ。』

 

ジト目で睨め付けながら言い放った後、髪がぐっしゃぐしゃになっている早苗を解放した。すると彼女は真っ赤な顔で髪を整えつつ、私に対して素っ頓狂な反応を寄越してくる。スキマは……よしよし、閉じてるな。

 

「……やっぱり外国の人はこういう感じなんですね。日本人の私からすると感情表現が激しいです。」

 

「普通はしないけどね。キミは特別さ。」

 

「そ、そうなんですか。……だけど、リーゼさん! 私のことを大切に思ってくれるのであれば、尚のこと身体を対価にするだなんて認められません! もしどうしても必要なら、張本人たる私が……わ、私がやります!」

 

身体? この子はいきなり何を言っているんだ? ……あー、さっきの話か。適当に喋りすぎた所為で全然覚えていなかった会話を思い出しながら、顔の赤さを増している早苗へとこれまた適当な返事を送った。

 

「そんなことはさせられないよ。子を差し出す親がどこにいるんだい? それにあの女は私みたいな見た目じゃないと興味を示さないからね。」

 

「それって……尚更ヤバい人じゃないですか。ダメですって、絶対ダメです!」

 

「まあ、さっき言ったのは最悪のケースだ。上手いことやるさ。……それでだ、早苗。キミは幻想郷への移住に乗り気ってことで問題ないね? 土地に関しての詳しい説明は後でするから、行く気があるのかどうかだけは先に明言してくれ。」

 

「えと、まだ色々と聞きたいことはありますけど……そうですね、お二方を『復活』させるチャンスを逃したくはないです。だから移住する気はあります。」

 

自分のポテトが減っていることに首を傾げながら答えた早苗に、こっくり頷いてから提案を返す。大いに結構。早苗との話がここまで纏まったのであれば、そろそろ『本命』との交渉に入っても良さそうだな。

 

「では、今後はその方向で計画を進めて行こう。……それと、もう一つ。具体的な話をする前にキミに憑いている二柱とも顔を合わせておきたいんだ。今度キミ抜きで会わせてくれないか? そのための札はこっちで用意するから。」

 

「お二方と話すのはもちろん構いませんけど、私抜きでですか?」

 

「なぁに、少し込み入った話になるかもしれないからね。大人の話ってわけさ。……ほら、食べよう。冷めちゃうぞ。」

 

雑に言葉を濁した後、ハンバーガーを指差して早苗を促す。早苗と神たちは別々に説得すべきなのだ。愚かな人間というのはいつの世も賢しらな神に騙されて、私たち妖怪の邪魔をするようになるのだから。ヤツらの力の源である退魔の符を私が握っている以上、別個に交渉するのは不可能ではないはず。

 

つくづく役に立つ符だなと感心しつつ、アンネリーゼ・バートリは『製造元』である博麗の巫女に感謝するのだった。今度手土産を持って行ってやるか。

 


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