Game of Vampire 作:のみみず@白月
「うへ、ハリーはダメだったのか。残念だったな。」
ダイアゴン横丁の大通りを歩きながらアリスに相槌を打つ魔理沙を横目に、サクヤ・ヴェイユは微妙な気分で眉根を寄せていた。ポッター先輩のことは別に好きじゃないが、就職試験の不合格を喜ぶほど嫌っているわけでもないし……まあうん、私としてもちょっと残念って感じだな。
私と魔理沙は日本で行われたクィディッチワールドカップの観戦を終え、母国たるイギリスに帰国した直後だ。帰国のためのポートキーで到着したのは魔法省だったのだが、魔理沙が日本の魔法界やマグル界で見つけ出した独特な『悪戯グッズ』を早く双子先輩の店に届けたいと主張したため、迎えに来てくれたアリスに一度付添い姿あらわしで双子先輩の店に連れて行ってもらってから人形店に移動しているのである。
しかし双子先輩たち、予想以上に魔理沙の『収穫』を喜んでいたな。私が見た限りでは可愛らしいと言えるレベルの品々だったのだが、あの二人にかかれば凶悪な悪戯グッズへと変貌を遂げるに違いない。またホグワーツの持ち込み禁止リストが長くなりそうだと思っていると、アリスが魔理沙へと返答を送った。苦笑いで午前中のダイアゴン横丁を眺めながらだ。
「私もまあ、ちょっと予想外だったわね。ハリーはそもそも成績が良い方の生徒だったし、やっぱりクィディッチに時間を割いたのが痛かったみたいよ。リーゼ様によればギリギリでの不合格だったらしいから、来年は受かるんじゃないかしら。」
「来年か。それでも残念だぜ。……そういえば、スーザンは試験免除で国際協力部に入るんだってよ。ワールドカップの準決勝の会場で会ったんだ。」
「アメリアの姪っ子よね? 代表キーパーをしてた。」
「そうそう、スーザン・ボーンズ。今年の協力部は当たり年になるかもな。ハーマイオニーとスーザンってのは中々強力なタッグだと思うぞ。」
ハーマイオニー先輩が入るって時点で『当たり年』は約束されてるんじゃないか? 指導する立場の人たちは大変だろうなと同情しつつ、お土産で重くなっているトランクを持ち直したところで、アリスが私たちに別の話題を投げてくる。
「あと、フクロウ試験の結果が届いてるからね。まだ開けてないから帰ったら見せて頂戴。」
「あー、それもあったか。……まあ、悪くない結果だと思うぜ。そこそこ手応えはあったしな。」
「私も自信あるから大丈夫。」
「そうね、私としても正直そんなに心配してないわ。……はい、到着。お帰りなさい、二人とも。」
うーん、帰ってきたって気分だ。今回の旅行の中で、もしかしたら私は今が一番『旅行した感』を得られているかもしれない。人形店のドアを開けてくれたアリスに返事をしながら、店舗スペースに入ってみれば……ええ? アピスさん? 何故か妖怪の情報屋さんが店番をしているのが目に入ってきた。
「お帰りなさい、魔女さん。魔女見習いさんとメイド見習いさんはお久し振りです。」
「えっと……お久し振りです、アピスさん。」
「よう、アピス。まだ人形作りの勉強は続いてるのか?」
「そういうことですね。なので店番をしていました。」
何がどう『なので』なのかは分からないが、兎にも角にも慣れた様子でガラスケースの中のケーキを整理していたアピスさんは、パッと作業を切り上げて奥の作業場へと消えて行く。独特というか自由というか、自分のペースを崩さない性格っぽいな。美鈴さんの『ローテンション版』みたいな妖怪さんだ。
「それでは私は修行に戻ります。魔女さんが留守の間にいくつか売り切れましたから、確認しておいてください。」
「了解です。……じゃあ、私はこっちに居るからエマさんから結果を受け取ってね。リーゼ様も多分リビングに居るはずよ。」
「うん、後でお土産を渡すね。」
「楽しみにしておくわ。」
アピスさんの代わりにカウンターへと移動したアリスに応じてから、魔理沙と共に階段を上ってリビングルームに足を踏み入れると……おお、リーゼお嬢様だ。久々にお嬢様の姿を見ると凄くホッとするぞ。たった二十日間程度とはいえ、こんなに長くお嬢様から離れるのは子供の頃以来だし、実は自分で思っていた以上に寂しかったのかもしれない。
私がリーゼお嬢様を目にして謎の感動を覚えている間にも、ソファに座っていたお嬢様とキッチンのエマさんが声をかけてきた。
「おや、お帰り二人とも。ワールドカップは楽しめたかい?」
「お帰りなさい、咲夜ちゃん、魔理沙ちゃん。」
「ただいま帰りました、リーゼお嬢様、エマさん。」
「おう、ただいま。限界まで楽しんできたぜ。……ほれ、お土産だ。お菓子ばっかりだけどな。」
魔理沙が早速とばかりにトランクを開けてお土産を出すのを尻目に、とりあえずダイニングテーブルに近付いてみれば……封筒だ。ホグワーツの紋章で封蝋されている二通の封筒。間違いなくこれがフクロウ試験の結果だろう。私たちが帰ってくるからエマさんが置いておいてくれたのかな?
「開けてもいいですか? これ。」
一応リーゼお嬢様に許可を求めてみると、彼女は魔理沙からお土産を受け取りながらこっくり頷いてくる。あれは確か、可愛らしいヒヨコの形をしたお饅頭だったはずだ。お土産屋のお姉さんが薦めてくれたやつ。
「ああ、勿論だ。キミたちの手紙だからね。すぐ用意しないといけないから、来学期の必要教材も確認しておくように。……ふん、饅頭まで羽毛派か。コウモリの形のは無かったのかい?」
「えーっと、お土産屋の店員さんに聞いてはみたんですけど……日本じゃコウモリはあんまり人気がないみたいでして。すみません。」
「まあいいよ、羽毛派のガキを食ってやるとしようじゃないか。……ふむ? そう考えると良い土産に思えてきたね。」
「何だよその感想は。……一緒に見ようぜ、咲夜。私のはこっちか?」
リーゼお嬢様に突っ込んでから自分の名前が書かれている封筒を手に取った魔理沙と一緒に、封を開けて中の試験結果を確認してみれば……うーむ、ほぼ予想通りだな。私のフクロウ試験の成績がずらりと並んでいた。
変身術、呪文学、天文学、飼育学、マグル学が『O・優』。そして防衛術、魔法薬学、薬草学、魔法史、ルーン文字学が『良・E』だ。それ以下の成績は無いようだし、となると私は十フクロウという『逆転時計なし』における最良の成績を取ったことになる。満足できる結果だと言えるだろう。
「私は十フクロウだったわ。魔理沙は?」
「ん、私もだ。意外にも魔法史が可だったぜ。」
「……貴女も十フクロウなの? 見せて頂戴。」
ちょびっとだけ自慢げに送った報告に対して、魔理沙が予想外の答えを返してきたことに驚きながら彼女の成績をチェックしてみると……私よりも優が多いじゃないか。防衛術、変身術、呪文学、魔法薬学、薬草学、天文学、ルーン文字学、飼育学が軒並み『O・優』で、魔法史とマグル学だけが『可・A』だ。
これ、負けてないか? フクロウ試験に関しては私が勉強を教えていたのに。愕然としながら魔理沙の成績を見つめている私へと、当の魔女見習いはあっけらかんとした笑みで暢気な発言を寄越してきた。
「いやぁ、二人とも十フクロウで良かったな。私だけ九とか八だったら悲しくなってたぜ。」
「……魔理沙? 私は八フクロウだったんだが、何かそれについて含むところがあるのかい?」
「へ? ……いやいや、そういう意味じゃないって。大体さ、お前の場合は真面目に受けてなかったんだろ?」
「授業は真面目に受けていなかったが、試験自体はそこそこ真面目に受けたぞ。……そら、どうした。八フクロウであることにどんな問題があるのか言ってみたまえよ。ハリーも同じ八フクロウだったし、闇祓い試験に一発合格したロンは七フクロウだ。私からすれば何一つ問題ないように思えるがね。」
ジト目のリーゼお嬢様に詰め寄られている魔理沙を横目に、もう一度二通の成績表を見比べてみるが……負けてる。何度見ても負けてるぞ。こんな時まで本番に強いだなんてズルいじゃないか。
魔理沙の成績が良かったのは友人として嬉しいが、同時に彼女はある種のライバルでもあるのだ。その相手に割とボロクソに負けたというのは普通に悔しい。というか、物凄く悔しいぞ。何たって魔理沙はクィディッチも頑張っていたのだから。
……もっと努力しなければいけないな。魔理沙は常々自分で口にしているように、所謂『天才肌』の人間ではない。ならばこの成績が物語っているのは私の努力不足だ。私の方が時間があったし、精神的な余裕もあった。それなのに私の方が悪い成績なのは、日々の努力が不足しているからだろう。
「バカにしているんだろう? 賢い私には分かるんだぞ。キミ、『二フクロウ分』私のことを下に見てるね?」
「ああもう、しつこい吸血鬼だな。他意は無いって言ってるだろうが! エマからも言ってやってくれよ。」
「そうですね、十フクロウ? のお祝いをしないといけませんね。お昼はちょっと間に合いませんけど、夕ご飯は期待しておいてください。」
背後の若干噛み合っていない会話を聞き流しつつ、サクヤ・ヴェイユは己の学生生活を見直すことをひっそりと誓うのだった。
─────
「……お前、東風谷に何をしたんだ? 正直に言え、リーゼ。変な妖術を使ったろ?」
どこまでも自然な動作でリーゼの手を取って、指示待ち状態の犬のようにちらちらと性悪吸血鬼の顔色を窺っている東風谷を前に、霧雨魔理沙は半眼で『悪行』の有無を問い詰めていた。何だこの傍目にも分かる『従順っぽさ』は。こんなもん絶対に何か良からぬことをしただろうが。
楽しかった日本旅行を終えてイギリスに帰国した翌日、私は日本で結んだ中城との契約を果たすべく、東風谷と会う予定だというリーゼに引っ付いてマグル界のロンドンに出てきたわけだが……対処に入るのが遅かったのかもしれんな。パッと見た限りではもう東風谷は何かされている雰囲気だし、このままでは中城に申し訳が立たんぞ。どうすりゃいいんだ。
待ち合わせ場所である東風谷が泊まっているホテルのロビー。そこに登場した途端に明らかな異常を見せた『被害者』こと東風谷早苗は、リーゼが抗弁する前に私に質問を連発してくる。何とも能天気な笑顔でだ。
「あれ、霧雨さん? わあ、お久し振りです。お友達とワールドカップを観に行ってたんですよね? マホウトコロの取り仕切りはどうでしたか? トラブルはありませんでした?」
「トラブルは特に無かったし、良いワールドカップだったが……それよりお前はどうなってるんだよ。リーゼに何かされたのか?」
「リーゼさんに? とっても良くしてもらってますよ? 色々と買ってもらっちゃって申し訳ないくらいです。」
「いいんだよ、早苗。今日も欲しい物があったら何でも買ってあげよう。もうすぐ日本に帰っちゃうんだから、その前に楽しまないとね。」
うわぁ、物凄く不気味だな。『親切なリーゼ』というのは、『朗らかなムーディ』よりも薄気味悪い存在だったらしい。ニコニコ微笑むペテン師吸血鬼に鳥肌を立てながら、その耳元でこっそり問いかけた。
「お前、魅了を使ったんだろ。」
「失礼なことを言わないでくれたまえ。やったってどうせ後でバレちゃうんだから、『人外的』な手段は一切使っていないよ。早苗のこの状態は純粋な技術によるものさ。」
「技術って何だよ。」
「バートリ家流の人心掌握術に決まっているだろうが。……あんまり余計なことを口走るようなら追い返すからね? 私の計画をおじゃんにするのは許さんぞ。」
おいおい、本気の声色じゃないか。一体全体何を企んでいるんだよ。ドスの利いた声で脅してきたリーゼに怯んでいると、東風谷がきょとんとした表情で話しかけてくる。
「どうしたんですか? 二人とも。」
「ああいや、何でもないよ。この小娘が自分にも何か買えと煩くてね。我儘はダメだって注意してたんだ。魔理沙は早苗と違って聞き分けが良くないのさ。」
「そ、そうなんですか?」
「困ったもんだよ、まったく。……早苗は違うだろう? 私が頼めば何でもやってくれるね?」
適当なことをのたまっている嘘吐き吸血鬼の確認を受けて、東風谷は大慌てでぶんぶん頷くが……ちょっと慌てすぎじゃないか? リーゼの期待に背くことを随分と恐れている感じだ。『なんとか症候群』って名前が付きそうな状態だな。
「はい、やります。もちろんやります。」
「じゃあ、ここで犬の遠吠えの真似をしてみてくれ。わおーんってやつ。」
「はい! ……はい? ここでですか? でも、人が沢山居ますし──」
「嫌なのかい? ならいいよ。残念だな、早苗ならやってくれると思ったんだが。見込み違いだったか。」
何の見込みだよ。意味不明すぎるぞ。東風谷が躊躇ったのを見て分かり易く冷たい声色になったリーゼは、つまらなさそうな顔付きで謎の要求を撤回しようとするが──
「わ、わおーん!」
「ちょちょ、東風谷? 何してんだよ、みんなびっくりしてるだろうが。」
「わおーん! わおーん!」
「いやいやいや、もうやめろって。ヤバいヤツだと思われるぞ。」
嘘だろ? マジでやるのか。涙目で顔を真っ赤にしながらも、私の制止を無視して東風谷はド下手くそな犬の遠吠えの真似をホテルのロビーに響かせ続ける。そんな彼女を目にして、リーゼは至極満足そうな笑顔で東風谷の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。……もうこれ、関係者だと思われたくないんだが。離れちゃダメだろうか?
「早苗、良い子だ! キミなら絶対にやってくれると信じていたよ! なんて可愛い遠吠えなんだ。よしよし、よく頑張ったね。」
「はい、リーゼさんのお願いなので頑張りました。恥ずかしかったですけど、これでいいんですよね?」
「ああ、完璧さ。それでいいんだ、早苗。私はそんなキミが大好きだよ。」
終わったな。完全に終わった。リーゼは邪悪の権化みたいなやり方で『忠誠テスト』をしているし、それに従ってしまう東風谷は既におかしくなっているし、そうなれば私は約束不履行でブレイジングボルトを受け取れない。全てが終わりだ。絶望だ。
「それじゃあ行こうか。三人で適当に街をぶらついてみよう。」
「はいっ、行きましょう! ……霧雨さん、どうしたんですか?」
「……何でもないぜ。行こう。」
意気揚々と先導し始めたリーゼを重い足取りで追いながら、邪悪な妖怪に手を引かれている東風谷に返事をした後で思考を切り替える。……落ち着け、私。まだ望みはあるぞ。だって咲夜もリーゼからああ言われれば同じことをするはずだ。そして咲夜はおかしくない。だったら東風谷もおかしくないと言えなくもないはず。
我ながら滅茶苦茶な論法だが、私は東風谷におかしくなって欲しくないし、それ以上にブレイジングボルトが欲しい。中城からスペック表を貰って以来、夜寝る前に必ず読んでいる所為で内容を暗記してしまったほどなのだ。今更『おあずけ』なんて耐えられんぞ。そんなの嫌だ。
だから私は諦めないぞ。邪智に富んだ卑劣で邪悪で油断も隙もない性悪吸血鬼の手から、コロッと誑かされている純粋な東風谷を取り戻してみせようじゃないか。七百ガリオンもするブレイジングボルトのために。新しい相棒のために。
自らの正当性を確信しつつ、霧雨魔理沙は気合を入れ直して二人を追うのだった。