Game of Vampire   作:のみみず@白月

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良き隣人の死

「元気出して、コゼット。」

 

五年生のクリスマス休暇が間近に迫ったハッフルパフの談話室で、フランドール・スカーレットは必死に友人を慰めていた。

 

クリスマスには帰ってきなさいと言われているが、こんなコゼットを放ってはおけない。後でアイツ……レミリアに手紙を送っておこう。

 

「ぐすっ、お父さんが死んじゃうなんて……そんなの、そんなのおかしいよ。」

 

「コゼット……あのね、フランはここにいるから。大丈夫だから。」

 

涙を流すコゼットを、慎重にぎゅっと抱きしめる。こういう時にどんな言葉をかければいいのかわからない。自分の経験のなさを、これほど恨めしく思ったのは初めてだ。

 

二人でツリーに飾り付けをしていたところ、憔悴しきった様子のヴェイユ先生が悲しい知らせを持ってきたのだ。コゼットのお父さんは悪い魔法使いと戦って、その……死んでしまったらしい。

 

ヴェイユ先生は一頻りコゼットと悲しみを分かち合った後、気丈に振る舞いながら何処かへ向かっていった。そのときフランは頼まれたのだ。コゼットをお願いね、と。

 

でもどうしたらいいか分からない。何とか元気になって欲しいのだが、何と声をかければいい? 不用意なことを言ってしまえばコゼットの悲しみが増すような気がして、結局口からは言葉が出てこないのだ。

 

「クリスマスは一緒にお祝いするって言ったのに! なんで、なんで……。」

 

「コゼット……。」

 

死喰い人とかいう連中のせいに違いない。よく聞こえなかったが、ヴェイユ先生の口からも出ていた単語だし、紅魔館に帰った時にもよく聞く名前だ。みんな詳しいことはフランには教えてくれないが、アリスが怪我をしたのもソイツらのせいだってフランは知ってるぞ。

 

確かヴォルデモートの手下で、たくさんの魔法使いを殺している悪いヤツらだ。予言者新聞にも載ってたし、ハッフルパフでも怖がっている生徒をよく見る。

 

絶対にフランがぶっ殺してやる。コゼットを泣かせるなんて許せない! 決意を固めていると、コゼットが顔を上げて口を開いた。

 

「私、怖いよ。このままお母さんもいなくなっちゃったらどうしよう? 校長先生でも止められないなら、それじゃあ……。」

 

「大丈夫だよ、コゼット! フランが、フランがぶっ飛ばしてやるから!」

 

両手を握って言い放ってやった。元気付けようとしたのだが、コゼットはますます不安な顔になってしまう。うう、失敗しちゃったらしい。

 

「ダメだよ! そんなの危ないよ! お願いだから無茶なことはしないで、フラン。」

 

「でも、フランはとっても強いんだよ? 死喰い人なんかに負けたりしないよ!」

 

「フラン、お願い。そんなことしないって約束して。お願いよ……フランまで死んじゃったら、私……。」

 

マズい。再び泣きそうな顔になってしまった。慌ててコゼットに声をかける。

 

「わっ、泣かないで、コゼット。わかったよ、約束する。約束するから!」

 

リーゼお姉様も吸血鬼は人間なんかに負けたりしないって言ってたし、フランが負けるとは思えないが……今はコゼットが優先だ。

 

言いながら背中をさすってやると、ようやく安心したらしい。フランの服をぎゅっと掴みながら、コゼットが静かに口を開く。

 

「ありがとう、フラン。私、ちょっとベッドで横になるね。……ちょっとだけ一人にさせて。そしたら、また元気になれるから。」

 

「……うん、わかったよ。」

 

ヨロヨロと立ち上がったコゼットが部屋に向かう。ハッフルパフのみんなが心配そうに見つめる中、彼女は部屋に続く階段の奥へと消えていった。

 

それを見送った後で、勢いよく立ち上がって談話室を出る。向かうのはフクロウ小屋だ。フランが直接やれないなら、リーゼお姉様に頼んでみよう。必要なら……レミリアに頭を下げたっていい。手段を選んではいられないのだ。

 

ホグワーツの廊下を荒々しく歩いていると、それを見つけたいつもの四人組が追いかけてきた。

 

「おい、ピックトゥース! そんなに急いでどうしたんだ? ……いや、それよりほら! 例の『地図』の件で話があるんだ。あれを──」

 

「後にして! それどころじゃないの!」

 

興奮したように捲したてるジェームズを遮ると、隣のシリウスが心配そうに声をかけてくる。

 

「おいおい、どうしたんだよピックトゥース。何かあったのか?」

 

「コゼットの……コゼットのお父さんが殺されたの。死喰い人とかいうクソ野郎どもにね!」

 

フランの言葉を聞いて、四人が驚愕の表情を浮かべた。立ち止まってしまった彼らを放って歩いていると、リーマスが慌てて足並みを揃えながら話しかけてきた。

 

「それは……ヴェイユは? 大丈夫なのかい?」

 

「大丈夫じゃないよ! だからフランは怒ってるの!」

 

「すまない、当然だね。でもピックトゥース、何処へ行こうとしてるんだい? まさか例のあの人をぶん殴りに行こうってんじゃないだろう?」

 

「それが出来ればやってるもん! フクロウ小屋に行くんだよ、手紙を書くんだ。」

 

リーマスと話していると、今度はジェームズが左手に追いついてきた。

 

「手紙? ……スカーレットさんか! そうだよ、あの人ならどうにか出来るんじゃないか? なんたってグリンデルバルドを抑え込んだんだ、例のあの人なんかイチコロだよ!」

 

「そんなのよりもっと頼りになる吸血鬼がいるの。死喰い人とヴォルデモートをぶっ殺してもらうんだもん!」

 

「スカーレットさんより? そりゃあ……凄いな。」

 

驚いて立ち止まってしまったジェームズを放って、猛然と足を進める。リーゼお姉様なら簡単に決まってる。死体はフランが貰って、バラバラに引き裂いてやろう。

 

ホグワーツの廊下を鼻息荒く歩きつつ、フランドール・スカーレットは怒りを燃やすのだった。

 

 

─────

 

 

「バカだよねぇ。マグルを庇って死んじゃったんだってさ。本当にもう……バカだよ。戦いなんてできる人じゃなかったのに。」

 

口調とは裏腹に涙を流すテッサを前に、アリス・マーガトロイドは立ち尽くしていた。

 

騎士団の本部となったムーンホールドは、今は悲しみに包まれている。テッサの夫はマグルを守るために、死喰い人五人に立ち向かったらしい。

 

戦いに向いていない人だというのは私も知っている。細やかな気配りのできる人で、いつも押しの強いテッサに困ったような笑みを浮かべていた。

 

偶然マグルの家族をいたぶっている死喰い人に遭遇して、勇敢にも彼らを守ろうと立ち塞がったのだ。ムーンホールドで知らせを受けたウィーズリー夫妻が急いで現場に到着した時には、もう全てが終わった後だったようだ。……全てが。

 

「すみません、ヴェイユ先生。私たちがもっと早く駆けつけていれば……本当にすみません。」

 

悲痛な表情で言うアーサーの隣では、モリーが顔を覆って泣いている。責任を感じているのだろう。

 

「んーん。アーサーたちのせいじゃないってことは、ちゃんと分かってるよ。」

 

泣き笑いの表情でテッサが言う。……ダメだ、見ていられない。思わず抱きしめて口を開く。

 

「テッサ、いいから。無理に話さなくていいから、泣きなさい。」

 

「変だよね。覚悟はしてたはずなのにね。どうしてだろう……どうして……。」

 

ただ強く抱きしめる。泣くべきなのだ、彼女は。今だけは余計なことを考えさせてはいけない。

 

部屋の中には、しばらくの間テッサとモリーの泣き声だけが虚しく響いていた。

 

 

 

「おお、アリス。テッサの具合はどうかのう?」

 

テッサをベッドに無理やり寝かせた後、ムーンホールドのリビングに向かうと、そこにはダンブルドア先生とマクゴナガルが心配そうな表情で待っていた。

 

「ベッドで休んでいます。……寝れるかどうかは分りませんが。」

 

「そうか……なんとも、なんとも残念なことじゃ。また一人善良な魔法使いが逝ってしまったのう……。」

 

青い瞳に深い悲しみを宿らせて、ダンブルドア先生が俯きながら椅子に座る。マクゴナガルも疲れ果てたように椅子に座り込み、額を押さえながらゆっくりと口を開いた。

 

「マグルの家族は助かったそうです。唯一の良い知らせですね……気休めにもなりませんが。」

 

「そう……それで、下手人は?」

 

「一人はアーサーたちがその場で捕縛しましたが、残りの四人は……魔法省も追いきれなかったようです。」

 

「肝心な時には必ずと言っていいほど役に立たないわね。クラウチは昼寝でもしてたのかしら?」

 

無能の集団め。内部にスパイを抱えるどころか、まともに捜査も出来ないらしい。お得意なのは拷問だけか、まったく。

 

イライラと指で太ももを叩いていると、ダンブルドア先生がこちらを見ながら心配そうに声をかけてきた。

 

「アリスよ、君も少し休んだほうがいい。」

 

「無用です、ダンブルドア先生。私に睡眠は必要ありません。これから下手人を追いかけるつもりです。」

 

逃してなるものか。復讐の無意味さは理解しているつもりだが、私は泣き寝入りをするような女じゃないのだ。そのことを死喰い人の連中に理解させてやる。

 

言葉を受けたダンブルドア先生は、立ち上がって私の肩に手を置いてくる。困ったように笑いながら、やんわりと首を振って口を開く。

 

「アリスよ、肉体の疲労ではない、心の疲労が問題なのじゃ。どうも君の負けん気の強さはノーレッジに似たようだが、今の君は危なっかしくて見ておれん。少し休みなさい。」

 

反論しようと口を開いたところで、リビングに別の声が響き渡った。

 

「そのジジイの言う通りよ、アリス。少し休みなさい。私たちにだって休息が必要なときはあるわ。」

 

パチュリーだ。ふよふよと浮きながら、いつものように本を片手にこちらに近付いてくる。いつも通りな彼女を見ると、なんだか少し心が落ち着いた。

 

「ジジイとは酷いのう。それを言ったら君はババアじゃろうに。」

 

「ぶっ飛ばすわよ、ダンブルドア。レディに年齢の話をしちゃいけないって、その歳になるまで学ばなかったのかしら?」

 

「おお、なんとも不公平なことじゃ。そうは思わんか? ミネルバ。」

 

いきなり話を振られたマクゴナガルが、慌てて二人の顔を見比べた。どうしたらいいか分からないのだろう、その顔には焦りがありありと浮かんでいる。マクゴナガルのあんな顔、ホグワーツの生徒たちは想像もできないだろうな。

 

私が苦笑しているのを見て、パチュリーが滅多に見せない微笑を浮かべた。

 

「ちょっとは元気が出たかしら? それなら、少し休みなさい。大丈夫、下手人とやらはあの二人が追ってるわ。」

 

あの二人、美鈴さんとリーゼ様のことだ。あの二人が追っているのであれば、私なんかよりもずっと頼りになるだろう。安心したら力が抜けてきた。

 

「そっか……分かったよ。少し休むね、パチュリー。」

 

「ええ、安心して休みなさい。」

 

パチュリーに声をかけた後、ダンブルドア先生とマクゴナガルにも挨拶をしてから自室へと歩き出す。

 

明日はモリーと一緒に朝ごはんを作ろう。少しでもテッサを元気付けてあげなければなるまい。……コゼットは大丈夫だろうか? フランが支えになってくれていれば良いのだが。

 

ムーンホールドの廊下を歩きながら、アリス・マーガトロイドは小さくため息を吐くのだった。

 


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