Game of Vampire   作:のみみず@白月

450 / 566
守矢の二柱

 

 

「おい、何故キミは間に割り込んでくるんだ? 邪魔だぞ。」

 

この小娘、一丁前に番犬気取りか? 私と早苗が手を繋ぐのを断固として妨害してくる魔理沙へと、アンネリーゼ・バートリは小声で文句を飛ばしていた。何だってそこまで必死になるんだよ。別にそれほど親しいってわけでもないだろうに。

 

夏休みも終わりが近付いてきた……いや、もう卒業した私には関係ないんだったか。まだまだホグワーツの生活が抜け切っていないらしいな。兎にも角にもよく晴れた八月の下旬、私たちは非魔法界のロンドンにショッピングに繰り出しているのだ。

 

今日の目的は今や仕上げの段階に入っている早苗の『調教』の続きと、大事な話し合いを済ませることなのだが、そのために同行を許した魔女っ子がいよいよ邪魔になってきたのである。手を繋ごうとすれば即座に間に入り、隙あらば私の悪評を吹き込もうとする上、早苗で遊ぼうとすると制止してくる始末。心が広い私でもそろそろ限界だぞ。

 

消している翼をイライラと動かす私へと、魔理沙も魔理沙で苛々している声色で応じてきた。

 

「お前が変なことをさせようとするからだろうが。東風谷のやつ、もう少しで街路樹に登るとこだったんだぞ。この通行者が多い大通りでだ。」

 

「面白いじゃないか。私が頼めば早苗は天下の往来で歌を歌ってくれるし、人気の店で代わりに並んでくれるようになったんだよ。私が頑張った成果なんだから、ちょっとくらい楽しんでもバチは当たらないだろう?」

 

「正にそれが問題なんだよ。何だって神はお前に『バチ』を与えないんだ? どんな熱心な信者でも、お前を見れば神の存在を疑い始めるだろうさ。歩く無神論の証明だぜ。」

 

「それはだね、魔理沙。神は人間なんか気にしちゃいないからだよ。神も妖怪も人間も自分が一番大切なのさ。おめでとう、一つ勉強になったね。……ほら、分かったら邪魔をするのをやめたまえ。魔女見習いだったら魔女らしく悪巧みの手伝いをしたらどうなんだ。」

 

通りを歩きながら顔を寄せて言い争う私たちを他所に、早苗は目をキラキラさせてショーウィンドウを順繰りにチェックしている。お前は知らんだろうが、この子は結構な『買い物狂』なんだぞ。その費用を誰が出したと思っているんだ。

 

「そもそもキミね、早苗にどれだけの金額を注ぎ込んだと思っているんだい? それを考慮すれば街路樹に登らせるくらい正当な対価だよ。その上でダンスをさせたっていいほどさ。」

 

「金の問題じゃないだろうが。尊厳の問題なんだよ。エマにも咲夜にもこんなことはさせない癖に、どうして東風谷では『遊びたがる』んだ?」

 

「エマも咲夜も大切な身内だからさ。身内にそんなことをさせるわけがないだろう? 私が遊ぶのはオモチャでだけだよ。」

 

「極悪だぜ。お前は極悪吸血鬼だ。東風谷の好意を何とも思わんのか? あんなに懐いてくれてるんだから、普通は優しくしてやろうって思うだろうが。」

 

優しくしているじゃないか。好きなだけ買い与えて、褒めまくって、こうして興味ゼロのショッピングにも付き合っているんだぞ。これ以上どう優しくしろって言うんだよ。

 

生意気な魔女っ子に反論を放とうとしたところで、ピタリと立ち止まった早苗がこちらをジッと見つめてきた。そら見ろ、来たぞ。毎度お馴染みの『おねだり』の時間だ。多分『ちょっといいですか?』が飛んでくるな。

 

「リーゼさん、ちょっといいですか?」

 

「遠慮せずに言ってごらん、早苗。何が欲しいんだい?」

 

「えっとですね、この香水なんですけど……日本でも憧れてたんです。大人の女性って感じで。だけど高くて手が出せなかったから──」

 

「よし、買ってあげよう。私が居る限り、キミに手を出せない物なんて存在しないんだ。任せておきたまえ。」

 

早苗のやつ、またしても高い物を選んだな。内心では呆れつつも、外面は優しげな笑みを保って店の中へと足を踏み入れる。……だがまあ、この子が選んだということは値段相応の品なのだろう。早苗は基本的に第一印象だけで買う物を選んでいるようなのだが、不思議と質の悪い物には一切手を出さない。それはこれまでの二十日間で確認済みだぞ。

 

審美眼があるというよりも、カンが良いと表現すべきかな? 素材に詳しいわけではなく、またブランドや流行り廃りにも疎いらしいのだが、早苗は何故か的確に『一流の品』を選んでくるのだ。だからこそ金がかかっている私からすれば、褒めるべき点なのかは正直微妙なところだが。

 

「……よう、東風谷。リーゼには結構色々な物を買ってもらったのか?」

 

「そうですね、沢山買ってもらいました。バッグとか、服とか、アクセサリーとか、時計とか靴とか帽子とかを。荷物が凄く多くなっちゃったので、帰る時にポートキーで飛べるかがちょっと心配です。」

 

「お前な、何の意味もなくそんなにじゃんじゃん買ってくれるヤツが居ると思うか? どう考えても打算があるからだろうが。……言っておくが、リーゼは絶対に『元を取る』タイプの吸血鬼なんだからな。後々になって後悔しても──」

 

「買ったから行くぞ、魔理沙。余計なお喋りはそこまでだ。」

 

早苗が選んだ香水の会計を済ませつつ考えた後、しつこく私の悪口を言っている魔理沙の後頭部をぺしんと叩いて店を出た。すると当然睨み付けてきた小娘を無視しながら、早苗に香水が入っている袋を渡すついでにそっと囁く。何をしても無駄だぞ、魔女っ子。私とお前では『説得』の技量が違うのだ。

 

「すまないね、早苗。魔理沙はキミに私を取られるんじゃないかって嫉妬しているんだよ。適当に受け流してくれたまえ。」

 

「し、嫉妬? でも、霧雨さんはリーゼさんのことが嫌いなんじゃ? そんな感じで話してましたけど。」

 

「それが違うんだよ。あの小娘は私を独占したいだけさ。嫉妬に狂ってキミと私の仲を引き裂こうとしているわけだね。……だが、安心してくれ。私にとってはキミの方が大切だから。魔理沙には内緒だぞ。」

 

「へ? ……それはその、ありがとうございます。」

 

純度百パーセントの嘘を口にしながら早苗の頬に手を添えて、親指だけですりすりと摩る。そのまま徐々に赤くなってきた彼女へと、魔理沙に邪魔をされる前に言葉を付け加えた。

 

「だからまあ、ほどほどに相手をしてやってくれたまえよ。ちょっと可哀想だろう?」

 

「わ、分かりました。」

 

「おいこら、こそこそ話はやめろよな。」

 

「何でもないから気にしないでくれたまえ。……それより、少し早苗を頼めないか? 済ませておきたい用事があるんだ。」

 

釘は刺したし、適当な『序列付け』も済んだ。こう言っておけば早苗は魔理沙に然程影響されないだろう。……上だったり対等だったりする相手からの助言は素直に耳に入るが、下位の存在からのそれは無意識に軽く受け取ってしまうものだ。魔理沙が私についてを吹き込んでいたように、私だってここまでの道中で魔理沙のことをそれとなく吹き込んでおいた。今の状態なら多少目を離しても大丈夫なはず。

 

「ん? そりゃあ別にいいけどよ、用事って何だ?」

 

そうとは知らず『チャンスだ!』という顔付きで尋ねてきたぽんこつ魔女っ子へと、身に着けているウェストポーチをポンと叩きながら返事を返す。相変わらず顔に出るヤツだな。分かり易すぎるぞ。

 

「どこかのカフェで『三者面談』をしたいのさ。そのための忌々しい札も持ってきてあるしね。……早苗、そろそろキミに憑いている二柱と話そうと思うんだ。構わないかい?」

 

「えと、もちろんお二方とリーゼさんが話すのは問題ありませんけど……やっぱり私が同席しちゃダメなんですか?」

 

「まあ、込み入った話になりそうだからね。心配しなくてもキミを含めた四者で話す機会は別に設けるから、今回は魔理沙とショッピングの続きをしておいてくれたまえ。金も預けておくよ。」

 

「はい、分かりました。そういうことなら全然問題ありません。」

 

『ショッピング』と聞いて笑顔で頷いた早苗に……じゃなくて、財布は魔理沙に預けておくべきだな。金銭感覚がある程度まともな魔理沙に財布を渡した後、踵を返してさっき見つけておいたカフェへと向かう。

 

「おい、ちゃんとカフェの分の金は持ってんのか? それと、お前の用事が終わった後にどうやって合流すればいいんだ?」

 

「持ってるし、終わったら勝手に探し出すよ。こっちのことは気にしないで二人で楽しみたまえ。」

 

やはり魔理沙の方が信頼できそうだな。必要な確認を投げてきた魔女っ子へと背中越しに返答してから、ロンドンの大通りをひたすら歩く。神たちは恐らく自由に動き回れないはずだ。自分たちの領域である神社の敷地内か、巫女であり『最大の信仰者』たる早苗の近く。そういった場所以外だと長くは活動できないのだろう。

 

とはいえ神力の篭った退魔の符があれば話は別だし、先程の会話自体は神たちも耳にしていたはず。だから多分今は私について来ている……よな? 幾ら何でもほんの僅かな時間すら早苗から離れられないってことはあるまい。カフェまでは自力でついて来てくれるはずだ。

 

若干不安になりながら早歩きでカフェにたどり着き、店内に入って隅の目立たないテーブル席を選んだ後、ウェストポーチから封印がかかっている紙袋を取り出す。退魔の符を仕舞うために妖力で封印をかけるってのはおかしな話だが、こうでもしないと強力すぎて持ち歩けないのだ。更に言えば神力を遮断しておかないと二柱に勝手に利用されて、早苗と切り離して交渉するという目的が果たせなくなる可能性もある。封印しておくのは当然の対策だろう。

 

ちなみに入っているのは二枚だけ。二柱にあまり大きな力を持たせるのも厄介だし、三枚以上だと持ち運ぶための封印が面倒くさい。早苗によれば二枚で一時間前後は会話できたらしいので、とりあえずの接触には二枚あれば充分なはずだ。

 

自分の選択に納得しながら慎重に封印を解いて、直接触れないように紙袋をひっくり返して中の神札をテーブルの上に落とした瞬間──

 

「貴様、何を企んでいる! あの子に妙なことをしたら後悔することになるぞ!」

 

おお、いきなりの一喝か。何とも神らしい登場の仕方じゃないか。途端に実体を持った神の片方が、テーブルをバンと叩きながら怒鳴ってきた。青が強めの紫色の肩にかかる程度の髪と、茶色に近い赤の瞳。胸の部分に謎の鏡が付いた古臭いデザインの赤い上着を着ており、下はちょっと赤が入っている黒のロングスカート姿だ。見た目の年齢は紫と同じくらいだな。

 

「落ち着きなよ、神奈子。神について詳しいみたいだし、廃れた神が現役バリバリの大妖怪を脅しても意味ないっしょ。」

 

そして苦笑しながら冷静に対面の席に着いたもう一柱は、ホグワーツの一、二年生ほどの見た目だ。青紫と白を基調とした……呼称が分からんが和風然とした民族衣装っぽい服装で、透き通るような金髪の上には一対の目玉が付いた奇妙な帽子を被っている。両者ともに現代基準だと非常識な格好ではあるものの、どちらかと言えばこっちの方が『神っぽさ』を感じるな。醸し出す雰囲気が人外のそれだぞ。

 

「まあ、そっちの……『諏訪子』だったか? が言う通りだよ。残念ながら、今のキミたちが私に掠り傷一つ付けられない程度の力しか持っていないことは承知しているんだ。脅しは無意味だから大人しく座りたまえ。」

 

余裕綽々の態度で言い放ってやれば、怒っていた方……こっちが『神奈子』か。は気の強そうな目付きで私を睨みながら荒々しく斜向かいに腰を下ろした。

 

「あまり神を舐めるなよ? 妖怪。貴様が思っている以上に私はあの子のことを重視していて、あの子を守るためなら手段を選ばないつもりなんだ。侮ってかかると足を掬われるぞ。」

 

「足を掬う程度のことしか出来ない癖に、居丈高に振る舞うのは賢い行いじゃないと思うがね。」

 

「そうだよ。……ほらもう、神奈子がうるっさい大声を出すから店員さんが来ちゃったじゃん。謝らないと。」

 

「……お前、どっちの味方なんだ。」

 

ほう? 天然でやっているのか計算でやっているのかは不明だが、この二柱は『良い警官、悪い警官』をやる気のようだ。そんな使い古された手に引っかかるかよと呆れつつ、近付いてきた女性店員に弱い魅了を使ってから英語で声をかける。

 

『やあ、アイスティーを三つ頼むよ。それと近くの席には客を座らせないでくれ。いいね?』

 

『……はい、かしこまりました。』

 

ぼんやりした表情で素直に首肯した店員を見送ったところで、神奈子が睨んでいるのを完全に無視している諏訪子が口を開く。へらへらと掴み所のない笑みを浮かべながらだ。……一見すると理性的だが、交渉の障害になりそうなのはむしろこっちだな。この二柱においては目玉帽子の方が『頭脳役』なわけか。

 

「いやー、凄いね。妖術? 吸血鬼ってのはやっぱり人を操る類の妖怪なんだ。……早苗から聞いてるみたいだけど、一応自己紹介しとくよ。私が洩矢諏訪子で、こっちの喧しいのが八坂神奈子ね。」

 

「ふぅん? 吸血鬼について詳しくないのかい? ……早苗と一緒だったキミたちの方も当然ご存知だと思うが、アンネリーゼ・バートリだ。よろしく頼むよ。」

 

「うんうん、よろしく。吸血鬼ってのは今まで関わったことがない妖怪だから、私たちはよく知らないんだ。ごめんね?」

 

「ま、そこは別にいいよ。日本に同族が居ないのは知ってたしね。」

 

椅子に深く腰掛けて足を組みながら言ってやると、目玉帽子は友好的な笑顔で話を進めてきた。表面上だけはの話だが。

 

「んで、アンネリーゼちゃんは私たちと何の話をしたいの? 時間は有限なわけだし、さっさと進めちゃおうよ。」

 

「早苗の背後で話を聞いていたなら予想は付いているだろう? 幻想郷の話だよ。……単刀直入に問うが、キミたちは移住することに賛成かい?」

 

「んー、私は反対かな。神奈子は?」

 

「……一概に賛成は出来ない。第一に貴様を信用できないし、第二に早苗の意思が最優先だ。」

 

うーん、マズいな。紫髪は反応を見るにやりようがありそうだが、厄介な方である目玉帽子は明確に反対してきたぞ。舌打ちしたくなる展開にうんざりしつつ、ポーカーフェイスで質問を送る。

 

「諏訪子の方の理由も聞かせてくれるかい?」

 

「あれ? 名前で呼んでいいって言った覚えは無いんだけどなぁ。……まあいいや、答えてあげる。単純に興味ないからだよ。神としての復権にも、人外の楽園とやらにもね。」

 

「ふぅん? 名高き『洩矢神』とは思えない台詞だね。過去の隆盛が懐かしくないのかい?」

 

「うわ、そこまで調べたんだ。やるじゃん。……でも、私は本当に興味ないんだよね。このまま消えちゃっても全然構わないかな。とっくの昔に神は引退してるし、消えたくないって足掻くほど小物でもないから。」

 

くそ、一番やり難い理由だな。さっきの店員が持ってきたアイスティーを一口飲んでから、説得のための一枚目の札を切った。

 

「しかしだね、早苗はキミたちと共にあることを望んでいるようだよ? デメリットがあるわけでもないんだし、彼女が死ぬまでの間くらいはそうしてあげればいいじゃないか。」

 

「あるじゃん、デメリット。早苗はこっちで生きて死んだ方が絶対に幸せな人生を送れるわけでしょ? アンネリーゼちゃんが言うように、私たちは早苗との会話を横で聞いてたんだけど……幻想郷ってのはこっちほど便利じゃないみたいだね。あの子がゲームも漫画もアニメも無い場所での暮らしを望むとは思えないかな。」

 

「だが、そこでの暮らしにはキミたちが居る。早苗は不便さとキミたちを天秤にかけてキミたちを選んだんだよ。」

 

「『誘導した』の間違いでしょ。さっきみたいな怪しげな術こそ使わなかったみたいだけどさ、誘導したって自覚はあるはずだよ。」

 

勿論自覚はあるし、この二柱にはそれを隠すつもりなどない。堂々と頷いてから肯定を口にする。

 

「あるが、早苗自身の望みであることもまた確かだ。私は彼女の本音を表に引き出しただけだよ。それは私よりもキミたちの方が分かっているはずだが?」

 

「そだね。だから私は私を好いてくれる早苗のことが好きだし、故に幻想郷とかいう訳の分かんない土地なんかに行かせたくないの。……大体さぁ、全部アンネリーゼちゃんから出た情報なわけじゃん? そんなの信用できないって。」

 

「妖怪として名に誓ってもいいよ。こと幻想郷に関する話に嘘は無いさ。そういう部分を偽ったら、後でしっぺ返しがあることを予測できないほどの間抜けに見えるかい?」

 

「いやまあ、そりゃ見えないけどさ。アンネリーゼちゃんは要するに、私たちのことを利用したいんでしょ? 神としての力を取り戻した後の私たちのことを。……んじゃ、分かり易くいこうよ。私たちのメリットと早苗のメリット、そしてアンネリーゼちゃんが提示する『条件』。それを言ってみ? デメリットの方はこっちで勝手に考えるから。」

 

アイスティーに口を付けてから薄笑いで尋ねてきた目玉帽子へと、頭の中を素早く整理してから応答した。……未来の同盟者候補相手に情報を絞るのは下策だな。ここは素直に話しておくか。

 

「先ず、当然ながら早苗のメリットはキミたちとまた一緒に暮らせるようになることだ。というか、幻想郷に行けば今まで以上に触れ合えるだろうね。そしてその幻想郷に行くための管理者に対する交渉を私が担うことと、向こうでの生活の基礎を手に入れるための援助をしてもらえるってとこかな。」

 

「なるほどね、なるほどなるほど。それじゃ、私たちのメリットは?」

 

「同じだよ。キミたちは早苗の生活をただ見守っているだけじゃなく、彼女が困った時は直接手を貸せるようになるわけだ。今のままでは彼女が病に伏せた時、事故に遭った時、悩んでいる時、苦しむ彼女を見ていることしか出来ないだろう? 彼女の命に関わる出来事があった時でさえ、キミたちは黙って傍観している他ないんだぞ。キミたちが本当に早苗のことを想っているのであれば、これは是が非でも手に入れたいメリットだと思うがね。」

 

「……で、そのメリットを手に入れるための条件は?」

 

やはりその辺の不安はあったらしい。無表情になって続きを促してきた諏訪子に、今度は条件の方を提示する。……神奈子は更に分かり易いな。『そのメリットは喉から手が出るほど欲しい』という顔をしているぞ。

 

「一つ、幻想郷において私の同盟者となること。無論私が上位の関係だが、限りなく対等であると思ってもらって構わないよ。何かあった時は協力してもらうし、私もある程度はキミたちに協力しよう。メリットとも言える条件なわけだね。」

 

「他には? 『一つ』ってことはまだあるんでしょ?」

 

「二つ目の条件にもメリットがあるぞ。これは早苗を通さず、私とキミたち二柱だけで結ぶ契約だ。……もしキミたちに何かあった時、私がキミたちに代わってその後の早苗の人生を見守ろう。だから私に何かあった時は同じことをして欲しいんだよ。」

 

「……へぇ? その条件はちょっと意外だったな。アンネリーゼちゃんにも大切な誰かが居るってこと?」

 

怪訝そうに問いかけてきた諏訪子と、僅かにだけ警戒を緩めた様子の神奈子。その二柱に対して軽く首肯しつつ返事を飛ばした。

 

「ま、そういうことだね。人間との関わりを深めた人外ってのは、何もキミたちだけじゃないのさ。私が見守って欲しいのは若い魔女と一人の人間だ。……ちなみに今日同行していた魔理沙じゃないぞ。別の二人だよ。」

 

「魔女と人間ね。……こっちが一人で、そっちは二人。おまけに魔女ってのは『種族としての魔女』って意味でしょ? もしアンネリーゼちゃんに何かあった場合、私たちは何百年間見守ることになるのさ。」

 

「そっちは二柱なんだから数としては対等だろう? 長すぎるのが嫌だと言うなら適当な期限を決めてもいいよ。そうだな……まあ、移住後の百年間ってことにしようか。」

 

当たり前のことながら、私が言っているのはアリスと咲夜のことだ。私に何かあれば紅魔館の面々だって二人のことを放ってはおかないだろうが、安全のための策が十重二十重にあって困ることなどあるまい。

 

それに、『紅魔館』という勢力とは別の場所に逃げ道を作っておくのも重要だ。文字通りの魑魅魍魎が蠢く幻想郷で、この先何があるかなんて正確に予想できるはずがない。紫はスペルカードルールを導入するために何らかの『騒ぎ』を起こすつもりのようだし、その手伝いをする予定の紅魔館の立場が悪くなる可能性だってあるはず。

 

無論そうなったところで易々と潰される私やレミリアではないだろうが、同時に私は『万が一』を考慮しないほどバカでもないのだ。パチュリーはほぼ独り立ちしているし、小悪魔はその部下。レミリア、フラン、美鈴あたりは対等な存在なので私がとやかく言う相手ではない。そしてエマは私が死ぬ時は共に死ぬことを選ぶだろう。ならば『番犬』を付けるべきはやはりアリスと咲夜だな。

 

私の発言を受けて黙考し始めた二柱へと、肩を竦めながら話を続ける。この二柱は紫と私たちの取引内容を知らない。である以上、そこまで分の悪い条件とは判断しないはずだ。

 

「当然こっちで貸した分は後で返してもらうが、基本的な条件はそれで全てだ。どうだい? 思っていたほど悪くない条件だっただろう? つまるところ、私とキミたちとで相互防衛協定を結ぼうってことだよ。こっちから話を持ちかけたんだから、移住に関しては私が世話をしようってだけの話さ。」

 

「……まあ、確かに悪くないように思えるな。想像していたよりもずっとまともな条件だった。お前はどう思う? 諏訪子。」

 

「悪くはないけどさ、腑に落ちないなぁ。こっちのメリットが大きすぎるってのが不気味だよ。……幻想郷ってかなり危険な土地なの? そこまでして同盟者を確保したくなるほどの、めちゃくちゃ危ない場所だったりとか?」

 

「キミね、そんな土地に私たちが好き好んで移住すると思うかい? 人外が多いことによる危険はあるが、ある程度の秩序は存在しているよ。基礎となっているのは日本なんだから、その辺はキミたちの方が詳しいんじゃないか? ……管理者曰く、大まかな文明のレベルは『江戸末期から明治前期の間くらい』だそうだ。外から入ってきた人間たちが色々なことを伝えている所為で、所々おかしな部分もあるらしいがね。その頃の日本を思い出してごらんよ。そんなに危険ではなかっただろう?」

 

私はよく知らんが、明治前期というのは確か百五十年前くらいだったはず。つまり私たちからすればヴィクトリア朝の時代だ。吸血鬼にとっては斜陽の時代の末期だが、人間社会は現代のものに程近い法秩序が構築されていたし、日本だってそこまで混沌とはしていなかったはずだぞ。

 

そんな私の予想通り、二柱に残っている明治前期の記憶というのはそう悪いものではなかったらしい。腕を組んで悩む諏訪子を尻目に、満更でもない表情になってきた神奈子が確認を寄越してきた。

 

「つまり貴様は、身内の魔女と人間を守るために私と諏訪子を幻想郷に誘おうとしているわけか。……早苗に対するやり口は甚だ気に食わないが、私からすれば一蹴するほどの取り引きではないようだ。」

 

「おや、神奈子はこの取り引きを気に入ってくれたようだね。」

 

「早苗に幻想郷での生活についてをもっと詳しく説明して、その上であの子が移住を是とするのであれば私から言うべきことは何もない。……結局のところ早苗次第だ。私の意思はあの子と共にある。」

 

「待ちなよ、神奈子。あんたはちょっと単純すぎ。……話し合う時間を頂戴。神奈子とも、早苗ともね。ちなみに私はまだ反対だよ。つまりさ、この取り引きにおける最大のメリットは『早苗と私たちが一緒に過ごせる』って点なわけでしょ? 早苗と神奈子にとっては多少のデメリットに目を瞑れるほどのメリットなのかもだけど、私にとってはそうじゃないの。早苗に不便な生活を強いてまで実現したいほどじゃないかな。私たちはそも『消え行く存在』なんだから、大人しく消えちゃう方が正しいんだよ。」

 

うーむ、面倒だな。だがまあ、初回の交渉にしては悪い反応ではない。取り引きそのものよりも、幻想郷という未知の土地における生活の不便さをこそ問題視しているわけか。とりあえずの成果としては上々と言えるだろう。

 

「まあ、了解だ。次は早苗も交えて話そうじゃないか。この神札はかなり貴重な物だから、準備でき次第すぐに次の席を設けるよ。夏休みが終わってからになりそうかな。」

 

退魔の符のストックはまだまだあるが、話し合いの主導権はこっちで握らせてもらおう。実際のところ中々お目にかかれないレベルの代物だし、こう言っておいても不自然ではないはず。

 

そこそこの反応を得られて満足しながら話し合いを締めようとしている私へと、諏訪子がジト目で追加の注意を放ってくる。

 

「あとさ、次に早苗に変なことさせたら許さないからね。その時点で取り引きは打ち切りだと思っておいて。」

 

「……私としては、早苗には物凄い贅沢をさせているつもりなんだがね。」

 

「そこだけはこっちとしても申し訳ないんだけど、早苗はあんたのオモチャじゃないの。だからもうダメ。……それと、今後あの子には何も買わなくていいから。基本的には我慢強いのに、心を許した相手だと歯止めが利かないからね。おまけに甘え上手だから手に負えないんだよ。私の名前を出しても構わないから、『もう甘やかさないようにって言われた』みたいな感じに伝えておいて。早苗は環境にとことん影響され易い子だし、このままだと日本に帰った後も金銭感覚が崩壊したままになりかねないの。」

 

「そういうことなら『夢の生活』はここまでにしておこうか。早苗に関する注意はそれだけかい?」

 

もっと色々言うべきことがあるだろうと思って質問してみれば、諏訪子はニヤリと笑って頷いてきた。ふむ? ここに来て予想外の反応だな。

 

「それだけかな。……これは善意の忠告なんだけどさ、早苗を単なる『大人しい良い子ちゃん』だと思ってると痛い目を見るよ。あれは早苗が長年周囲に抑圧され続けてきた所為で生まれた、身を守るための殻に過ぎないの。要するに外面ってわけ。アンネリーゼちゃんは『順調に懐いてる』とかって考えてそうだけど、あの子は懐けば懐くほどに厄介になっていく子なんだよね。」

 

「何だい? それは。早苗が私に懐くのが不満なら素直にそう言えばいいじゃないか。」

 

「分かってないなぁ、私はアンネリーゼちゃんのためを思って言ってるのに。……まあ、好きにしなよ。早苗ったらかなーりアンネリーゼちゃんに気を許してきたみたいだし、もうちょっとしたら本格的に本性を現し始めるだろうからさ。」

 

「……キミ、早苗のことが嫌いなのか? 随分な言い草じゃないか。」

 

ニヤニヤしている諏訪子に問いかけてみると、彼女はテーブルの隅のメニュー表を手に取りながら肩を竦めてくる。

 

「早苗のことは大好きだよ? だけどあの子には大量の『問題』があるの。早苗が小さい頃からずっと一緒だった私たちはそれをよく知ってるんだよ。ね? 神奈子。」

 

「……私はノーコメントだ。」

 

「まあいいんじゃない? アンネリーゼちゃんもそのうち気付くだろうしさ。……適当に注文していいっしょ? 折角実体化してるんだから英吉利料理を食べてみないとね。」

 

「……好きにしたまえ。」

 

サッと目を逸らして答えた神奈子を見つつ、メニューを物色し始めた諏訪子に首肯で応じた。……何だよその反応は。早苗と私をこれ以上親密にさせないためのブラフじゃないのか? ちょびっとだけ不穏なものを感じるぞ。

 

いやいや、大丈夫だ。私の計画は完璧なはず。早苗にだって大した問題点は見当たらないし、このまま仲を深めていって問題ない……よな? 二柱の態度を怪訝に思いながら、アンネリーゼ・バートリは胸中の不安を気のせいだと無視するのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。