Game of Vampire 作:のみみず@白月
「あの、マリサ? 大事なことを忘れてませんか? ……今チームに居るのは四人だけなんですよ? 初戦までにあと三人も集めないといけないんです。」
……え? 私がやるのか? それ。歓迎会から一夜明け、いよいよ授業の日々が始まろうとしているホグワーツ城の朝の大広間。食べる直前だったソーセージをフォークの先からぽとりと皿に落としつつ、霧雨魔理沙はアレシアからの注意にぽかんと口を開けていた。もちろん協力はするが、チームメイト集めはキャプテンの役目だろ?
昨夜の歓迎会では毎年のようにヒヨコどもが入学してきて、毎年のように帽子が歌い、毎年のように校長からの挨拶があって、毎年のように美味い料理がたらふく出てきたから……まあその、これまた毎年のように満腹で眠くなった結果、ロクに何もせずに翌日を迎えてしまったわけだ。
そんでもって朝起きて急いで大広間に来た後、起こしてくれなかった咲夜に文句を言いつつ食事を始めたわけだが、そんな私に三年生となった元ぷるぷるちゃんが不安げな表情で話しかけてきたのである。
「私じゃなくてジニーに言うべきじゃないのか? それって。」
落としたソーセージを再びフォークで刺しながら問い返してみれば、アレシアはかっくり首を傾げて応じてきた。
「へ? ……ジニー先輩がキャプテンなんですか?」
「そりゃお前、チーム唯一の七年生なんだからそうなんだろ。……そうじゃないのか?」
「でも、昨日の夜にジニー先輩と話した時はマリサがキャプテンだって言ってましたけど。」
「んん? どういうことだよ。ジニーはどこだ? もう来てるはずだよな?」
謎の展開に若干不安になりつつも、長テーブルの顔触れからジニーを探していると……居た。同級生たちとお喋りをしているようだ。
「ジニー、ちょっと来てくれ! ……お前がキャプテンなんだよな?」
そのはずだぞ。呼びかけを受けて近付いてきたジニーに尋ねてみれば、彼女は何を言っているんだという顔で否定を返してくる。
「いやいや、マリサでしょ。……え? どういうこと? 普通にマリサがキャプテンだと思ってたんだけど。まさか私なの?」
「だってよ、七年生じゃんか。」
「だけど、マリサの方がチーム歴が長いじゃん。それに五月にホグワーツを世界一にしたチームのメンバーじゃないの。キャプテンはどう考えてもマリサでしょうが。」
「いや、それは……待て待て、落ち着いて考えよう。そもそもハリーは何て言ってた? 誰を次期キャプテンにするかを決めるのは前キャプテンのはずだろ?」
どんどん雲行きが怪しくなってきた会話に、私、ジニー、アレシアの顔付きも深刻になっていく。少なくとも私には何も言ってこなかったぞ。そしてジニーにも……うん、何も言っていないらしい。彼女の表情が全てを物語っているな。
そこから導き出される結論を考えないようにしている私たちへと、唯一涼しい顔で朝食を進めている咲夜が的確に推理してきた。
「つまり、ポッター先輩は引き継ぎを忘れちゃったんでしょ。トーナメントがあった所為で学内リーグが無かったし、学期末は試験勉強に必死だったしね。引き継ぎ無し、故に準備無し、おまけにチームメイトも無し。どっちがやるにせよ苦労すると思うわよ。」
「……ジニー、任せた!」
「……マリサ、お願い!」
咲夜の無慈悲な発言を聞いた直後に二人同時に『譲り合う』私たちを見て、アレシアがジト目で苦言を投げかけてくる。成長したな。先輩相手でも怯まず言えるようになったのか。
「どっちでも良いですから、急いで決めてください。シーカーとキーパーとチェイサーをそれぞれ一人ずつ補充するのは難しいことなんです。言い争ってる暇なんてないと思います。」
「マリサ、やってよ。私は無理だわ。試験があるし、それに……とにかく試験があるの。イモリ試験が。悪名高き『めちゃくちゃ疲れる魔法テスト』がね。」
「それは毎年のキャプテンが背負う十字架だろ。私はどうせ来年確実にやることになるんだから、今年はジニーがやってくれよ。」
「来年やるなら今年からやっておいた方が一貫性があるでしょ。……本気で言ってる? 私より確実にマリサの方がクィディッチが上手いじゃないの。それなのに私がキャプテンなんておかしいわ。」
必死に説得を仕掛けてくるジニーへと、こちらも負けじと反論を飛ばす。私は魅魔様の課題をやらなきゃいけないのだ。難しい課題ってことは判明してるわけだし、こっちにだって余裕はないぞ。
「キャプテンはまた別の話だろ? 戦術に詳しいのはジニーの方じゃんか。何よりチームの中で一番上の学年のヤツがキャプテンになるのがグリフィンドールチームの伝統なんだよ。伝統は絶対だぜ。」
「ちょっと、いつから伝統派に鞍替えしたの? 伝統なんてクソ食らえよ。私は絶対に嫌だからね。こんな『崖っぷち状態』のチームのキャプテンだなんて、私に務まるはずないわ。……ハリーのやつ、今度会ったらぶん殴ってやるんだから!」
責任を放棄したハリーをぶん殴ることに関しては同意するが、私だって『崖っぷち』は御免なのだ。泥沼の様相を呈してきた私とジニーの争いに、横から中立のレフェリーが介入してくる。ポケットからシックル銀貨を出した咲夜がだ。
「はい、そこまで。……お互いに『譲る気がありすぎる』みたいだし、ここは恨みっこなしのコイントスで決めましょう。このまま行っても平行線なことは目に見えてるんだから、二人ともそれでいいでしょ?」
「……分かった、そうしよう。どっちが投げる?」
「……私が投げるわ。外した方がキャプテンってことにしましょ。」
絶対に決着が付かないであろうことを理解している私に続いて、咲夜から銀貨を受け取ったジニーも了承を口にした。彼女の方も私や咲夜と同じく、終わらない問答であるとよく分かっているようだ。
「表だ。決まったらぐちぐち言わないし、免れた方は協力を惜しまない。それでいいな?」
親指で高く弾いたコインをぱしりとキャッチしたジニーに言い放つと、神妙な顔付きになっている赤毛の末妹どのは喉を鳴らして一つ頷く。頼むから表であってくれ。三人も集めるのはキツすぎるぞ。
「それでオーケーよ。私は裏ね。……開くわよ?」
私と咲夜とアレシアが覗き込む中、ジニーがゆっくりと開いた右手に隠されていたコインは──
「……よし、決めたわ。ぶん殴るんじゃなくて、蹴ることにする。ホグズミードでデートする時に全力のドロップキックをお見舞いしてやるわよ。」
おっしゃ、表だ! コインを見た瞬間に怨嗟の声を上げたジニーの肩を、ほっと胸を撫で下ろしながら軽く叩く。ドロップキックをお見舞いされることになったハリーには悪いが、本当に助かったぞ。これでかなり気楽に学内リーグに臨めるな。
「悪いな、ジニー。援護はするから頑張ってくれ。」
「この期に及んで悪足掻きはしないわ。潔く運命を受け入れるわよ。……昼休みにチームの方針について話し合うからね。アレシアはニールに伝えておいて頂戴。」
「あの、了解しました。……あとその、ご愁傷様です。」
「慰めをどうも。それじゃ、私はやけ食いしてくるわ。運が良ければ食べ過ぎで死ねるかもしれないしね。」
投げやりに吐き捨ててからさっきまで居た席に戻っていくジニーを見送った後、アレシアが気まずげな表情でもう一人のビーターであるニール・タッカーを探しに行ったところで、対岸の火事とばかりに事態を見守っていた咲夜が声をかけてきた。
「さて、魔理沙。一つ解決したし、次の問題に移りましょうか。……魅魔さんの課題はどうするつもりなの?」
「そりゃ、取り組むさ。当然だろ?」
「具体的に何をするのかって意味よ。マーリンについてを調べるの?」
「それと、星見台の再調査だな。どっちも一年生の頃に調べ尽くしてるし、正直何か発見があるとは思っちゃいないが……まあ、一応やるだけやっておくさ。忍びの地図も見直してみるぜ。ホグワーツに隠されてるんなら、隠し部屋が関係してるのは間違いないはずだ。」
とりあえずの予定を語ってみれば、咲夜は腕を組んで自分の考えを述べてくる。この問題に関しては割と真剣に手伝ってくれるつもりらしい。助かるぞ。
「双子先輩には夏休みの終わりに心当たりがないかを聞きに行ったんでしょ? だったらブラックさんとルーピン先生にも聞いてみたら? ホグワーツのことを隅々まで知ってるはずだし、何かヒントが得られるかもしれないわよ?」
「あー、そうだな。手紙で聞いてみるか。」
「あと、星見台の調査をするなら蘇りの石を預けておくわ。昼休み前の空きコマで調べておきなさい。私はこの後図書館でマーリンに関する本を探してみるから。」
「ん? 一コマ目は……そっか、お前は授業が無いのか。飼育学だもんな。」
そういえば今年からは咲夜と違う授業が多くなっているんだっけ。これまではずっと一緒だっただけに、何となくやり難さを感じるな。ぽりぽりと頭を掻きながら言った私へと、咲夜もまた微妙な面持ちで相槌を打ってくる。
「そういうことよ。昼休みはチームの話し合いがあるみたいだし、次に合流できるのは午後の薬学ね。それまでに色々と考えておきましょ。」
「……助かるけどよ、無理はしなくていいんだぞ? お前だって勉強で忙しいわけなんだし、カチ合った時はそっちを優先してくれ。」
「魅魔さんは二人で探せって伝えてきたじゃないの。あの人が意味のないことをしないって言ったのは魔理沙でしょ? 魅魔さんがわざわざ手紙にそう書いたってことは、私も一緒に取り組むべき課題だってことよ。」
「そりゃまあ、そうかもしれんが……お師匠様はたまーにいい加減な時もあるからな。一概に全てに意味があるとは──」
と、私が忠告を送っている途中で大広間にふくろうたちが飛び込んできた。毎度お馴染みの郵便配達の時間か。忙しなく行き交う大量のふくろうたちに視線を移したところで、その中の一羽が私たちの方へと郵便物を落としてくる。
「よっと。……ありゃ? 新聞だけじゃないな。手紙もあるぞ。」
テーブルに落ちる直前にキャッチした、咲夜が今年から取り始めた予言者新聞……先学期まではリーゼやハーマイオニーが取っていたのでそれを読めたが、今日からはそうもいかないのだ。その予言者新聞の朝刊と一緒に落ちてきた手紙を目にして呟いてみると、咲夜は小首を傾げて問いを寄越してきた。
「どっち宛て?」
「えーっと……んん? なんだこりゃ? 変な宛先の書き方だな。多分お前宛てだぜ。」
「『多分』? ……確かに変ね。魅魔さんの手紙よりも奇妙かも。」
私が手渡した封筒を怪訝そうに眺める咲夜に、こっくり首肯しながら返事を飛ばす。あの手紙と違って宛名も差出人も書いてあるが、その両方が曖昧で独特な書き方なのだ。宛先は『バートリ家の銀髪の使用人へ』で、差出人は『貴女の先達より』となっている。どういう意味なんだ?
「封筒自体もかなり古ぼけてるな。質は良い物みたいだけどさ。」
「……この封蝋、バートリ家の紋章で封がされてあるわ。リーゼお嬢様が使ってるちゃんとしたスタンプでね。『貴女の先達より』ってことは、ひょっとしてエマさんからなのかしら?」
「エマならこんな迂遠な書き方はしないだろ。……気を付けて開けた方がいいぞ。どうも普通の手紙じゃないっぽいし、いつでも能力を使えるように構えとけよな。」
「ん、そうする。」
私も一応警戒しておくか。ポケットからミニ八卦炉を取り出しながら注意してやれば、咲夜は素直に頷いてから慎重な手付きで封蝋を剥がす。すると何の異常もなく開いた封筒を覗き込んだ銀髪ちゃんは、それを逆さにして入っていた物をテーブルに落とした。便箋じゃないな。文字が書かれてある羊皮紙の切れ端と、手のひらよりも少し小さいサイズの……歯車? のような硬質な物体だ。
「他には何も入ってないわ。何かしら? これ。歯車っぽいけど、この大きさにしてはかなりの軽さよ。」
「羊皮紙の方は? 何か書いてあるみたいだぞ。」
「えっと……『アンネリーゼお嬢様のために、必ず持ち歩くように』ですって。やっぱりリーゼお嬢様を知ってる人が送り主みたい。」
「バートリ家の関係者ってことか? ……ちょっと見せてくれ、その歯車。」
んー? さっぱり分からんな。咲夜から赤黒い色の歯車を受け取ってみれば、確かに大きさに見合わぬ軽さだ。触感としては金属のそれだが、色や重さからして有り触れた鉄とかではない気がする。私の手のひらにギリギリ収まるくらいの大きさで、縁に大量にある凹凸の間隔は狭め。二重の円のような構造になっている複雑な歯車だし、厚さもあまりないから繊細な印象を受けるぞ。私が知る中だと一番近い見た目なのは時計の歯車かな?
古ぼけた封筒や羊皮紙の切れ端と違って、劣化を殆ど感じない精緻な作りの赤黒い歯車。それを窓から差し込む明かりに翳してチェックしている私へと、咲夜はお手上げだという顔で話しかけてきた。
「全然分からないわ。これはエマさんの字じゃないし、もちろんリーゼお嬢様の字でもない。それなのにバートリ家の紋章が封蝋に使われてあるのは意味不明よ。正式なシーリングスタンプはそうそう使わないから、偽造するのは難しいと思うんだけど。」
「手紙でリーゼに聞いてみた方が良さそうだな。……随分と古ぼけた封筒だし、大昔にリーゼが誰かに送ったのを再利用したって可能性もあるぞ。上手いこと剥がして保管しておけば不可能じゃないだろ。」
「有り得るわね。……何にせよ直接的に害がある物じゃないみたいだし、丸々リーゼお嬢様に送って調べてもらうわ。歯車を入れて頂戴。」
「あいよ。……今年は手紙に縁がある年みたいだな。私には魅魔様からの手紙が、お前にはこの謎の手紙が送られてきたってわけだ。変な事件の切っ掛けにならなきゃいいんだが。」
歯車と羊皮紙を封筒に入れ直した後で言ってみれば、咲夜は至極迷惑そうな顔付きで口を開く。
「ちょっと、縁起の悪い予想をしないでよ。ポッター先輩はもう居ないんだから、『波乱の学生生活』は先学期で終わりでしょう? 呪われし七年間は過ぎ去ったの。」
「そいつはどうかな? ジニーの様子を見てみろよ。早くもグリフィンドールチームの悪霊に取り憑かれちまった雰囲気だぜ? 呪いってのはそう簡単になくなるもんじゃないのさ。」
「貴女が『身代わり』にしたからでしょうが。……アホなことを言ってないで、早くご飯を食べなさい。貴女は授業があるんだから。」
「へいへい。」
咲夜の言葉に従って食事を進めつつ、少し離れた席で独り言を呟いているジニーを横目に思考を回す。……まあ、とりあえずはリーゼの判断に期待しておくか。バートリ家のことを一番知っているのは他ならぬ当主どのだ。悪知恵が働く黒髪の吸血鬼なら、私たちが気付かなかったことに気付けるかもしれない。
二通の手紙についてを考えながら、霧雨魔理沙はケチャップたっぷりのスクランブルエッグを口に運ぶのだった。