Game of Vampire   作:のみみず@白月

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手紙のジレンマ

 

 

「吸血鬼さん、私は貴女専属の便利屋じゃないんです。公共の情報屋なんです。分かってますか?」

 

紅茶が入ったティーカップを片手に文句を言うアピスさんを横目にしつつ、アリス・マーガトロイドは手に持った歯車をしげしげと眺めていた。工業用の歯車というか、芸術品のそれだな。内部構造が見えるタイプの高級時計なんかに使われていそうな感じだ。もしかしたら大きめの壁掛け時計とかの部品なのかもしれない。

 

九月二日。イギリス魔法界においては『新たな年度』に突入したばかりの今日、ホグワーツの咲夜から一通の封筒が届いたのだ。その封筒の中にはマトリョーシカ人形のようにもう一通の封筒が入っており、更にその中にこの歯車が入っていたというわけである。同封されてあった咲夜からの手紙を読むに、どうやら今朝彼女宛てに届いた物らしい。

 

「では聞くが、キミが今まさに午後の優雅なティータイムを過ごしているのは誰の家のリビングだい? 今日食べた美味しい昼食を提供したのは誰だい? 人形作りを習えているのは誰のお陰だい? ……思い出したらとっととその歯車が何の歯車なのかを教えたまえ。今こそ多趣味を有効活用する時だぞ。」

 

「質問に答えましょう。順に魔女さん、ハーフヴァンパイアさん、そしてまた魔女さんです。貴女は何もしていません。」

 

「アリスもエマも私のものだ。故にそこから生じた利益は私が与えた利益に他ならないんだよ。何か反論はあるかい?」

 

「大いにありますが、もう面倒くさくなったので教えてあげましょう。形状からして時計の歯車ですよ、これは。古い構造の大型の時計の心臓部に使われる部品です。」

 

つまるところ、ちょうど午後の小休止の時間に咲夜からの手紙が届いたので、リーゼ様がアピスさんに情報の提供を迫っているわけだ。うんざりしたような口調で答えを吐き出したアピスさんへと、紅茶を一口飲んだリーゼ様が満足そうにうんうん頷く。やはり時計の部品なのか。

 

「最初から素直に答えればいいんだよ。……その他に気付いたことは?」

 

「言っておきますが、私はあくまでハーフヴァンパイアさんが作ってくれた美味しいお茶菓子の礼として答えているんです。貴女は関係ないという点だけはしっかりと把握しておいてください。……重さや質感からして素材は人間界の物ではありませんね。そして魔法界の物でもありませんから、『私たちの世界』の素材ということになります。」

 

「ふぅん? 妖力を使って製造した金属ってことか?」

 

「限りなく金属の質感に近いだけで金属であるとは断定できませんし、製造に使ったのは神力や魔力かもしれませんが、何れにせよ一般的に流通しているような素材ではないという意味です。一見して私に分かるのはそれくらいですね。」

 

うーん、確かに随分と軽いな。黒に近い赤色のそれをテーブルに戻した後、リーゼ様に向けて疑問を放つ。

 

「人間界に存在しない素材なのであれば、人外から咲夜に送られた物ってことになりますね。心当たりはないんですか?」

 

「今のところ無いよ。……んー、不気味だね。この封蝋はバートリ家のシーリングスタンプで封をされている。それは間違いないし、封筒も昔ムーンホールドで使っていた物と同一の品だ。そうだろう? エマ。」

 

「そうみたいですね。というか、今も倉庫に残ってると思いますよ。大昔に纏めて買った封筒ですから、ここ二百年間くらいはずっと使っていたんじゃないでしょうか? ……きちんと保管してあるのでもっと小綺麗なはずなんですけど。」

 

「……まさか、幻想郷からじゃないよな?」

 

私たちのカップに紅茶を注ぎながら応じたエマさんの発言を聞いて、リーゼ様は半信半疑という表情で予想を口にするが……どうなんだろう? ムーンホールドに保管されてある封筒だということは、即ち現在は幻想郷に存在しているということだ。シーリングスタンプも紅魔館の『ムーンホールド区画』を探せば手に入るかもしれない。一応筋は通っているその推理に、エマさんがかっくり首を傾げて返答した。

 

「さすがに幻想郷からホグワーツにふくろう便は送れないんじゃないでしょうか? それに紅魔館の誰かが久々に咲夜ちゃんにメッセージを送るのであれば、こんな謎めいた短い文章にはしないと思います。ちゃんとした手紙を送ってくるはずです。」

 

そりゃそうだ。テーブルに置いてある、歯車と共に入っていたという羊皮紙の切れ端……『アンネリーゼお嬢様のために、必ず持ち歩くように』と書かれた切れ端を指して主張したエマさんへと、それを手に取ったリーゼ様が然もありなんと口を開く。

 

「まあ、そうだね。羽毛饅頭如きが結界を突破できるはずはないし、もし紅魔館からならレミィあたりが『バートリ家の銀髪の使用人』と書くことを許さないだろう。スカーレットの名を入れろと喚き散らすはずだ。おまけに今なお私のことを『アンネリーゼお嬢様』と呼ぶのはエマと、たまに咲夜が畏まった場で使うくらい……ん? これって咲夜の字じゃないか?」

 

「へ? ……あら、本当ですね。いつもより崩れてますけど、言われてみれば咲夜ちゃんの字です。小文字のhが咲夜ちゃんのhですもん。」

 

何? 私も封筒を手に取って宛先と差出人の文字をよく確認してみれば……あー、そうだ。咲夜の字だ。まさか咲夜に届いた手紙が咲夜からの物だなんて思わないし、先入観で気付けなかったな。

 

でも、そうなると更に謎が深まるぞ。送ってきたのが魔理沙だったら手の込んだ悪戯を疑うが、咲夜はそういうことをするタイプではない。それがリーゼ様相手であれば尚更だ。咲夜が咲夜に手紙を送って、そのことを咲夜が私たちに相談してきた? まるで意味不明だな。

 

私とエマさんがきょとんとする中、リーゼ様は……むう、実に真剣な顔付きだ。鋭く紅い瞳を細めながら羊皮紙の文字をジッと見つめている。声をかけ辛い雰囲気に私が怯んでいるのを他所に、アピスさんがお茶菓子のクッキーを食べつつ謎の台詞を場に投げた。

 

「なるほど、面白いことになりそうですね。……いえ、『なった』と言うべきでしょうか?」

 

「……タイミングが良すぎるね。魅魔も一枚噛んでいると思うかい?」

 

「そんなことは当たり前でしょう? だからこそあの悪霊は魔女見習いさんに課題を出したんじゃないですか。貴女が問題にすべきなのはそこではなく、『どちらが先か』という点ですよ。ニューヨークの大魔女が弟子に課題を出したからこの歯車がメイド見習いさんに届いたのか、あるいはこの歯車が届くから大魔女も合わせて課題を出したのか。卵が先か、鶏が先かです。……いやはや、やはり貴女たちは面白い。よくもまあ次々とトラブルが舞い込んでくるものですね。」

 

「……少し黙っていたまえ。考えるから。」

 

不機嫌な時の声色でそう言うと、リーゼ様はピリピリとした空気を纏いながら黙考し始める。ひょっとして、何かに怒っているのか? その姿を気にしつつ、おずおずとアピスさんに問いを送った。話についていけないぞ。

 

「えっと、どういうことなんでしょうか?」

 

「つまりですね、魔女さん。この封筒は一年前まで『こちら側』にあった吸血鬼さんの屋敷に保管されてある物なんです。そこにメイド見習いさんの筆跡で文字が書かれてあって、おまけに封筒は長い間放置されていたかのように古ぼけている。加えて手紙が届いたのとほぼ同じタイミングで邪悪な大魔女が課題を出してきました。魔女見習いさんへの課題の内容を覚えていますか?」

 

「それは……逆転時計、です。」

 

そうか、そういうことか。リーゼ様はこの手紙が『過去の咲夜』から送られてきたものではないかと疑っているわけだ。……となれば彼女が真剣に考え始めるのは当然のことだろう。逆転時計は過去に遡行するための魔道具であって、都合良く時間を行き来できる『タイムマシン』ではない。仮に咲夜が過去に旅立ったのだとすれば、彼女はその時間から戻って来ることが出来ないのだ。

 

ゾッとする展開を想像して、慌てて頭の中で思考を回しながら状況を整理する。

 

「……先ず、現実問題として手紙はここにあります。もしこの手紙が本当に過去の咲夜から送られてきた物なのであれば、咲夜が過去に行くという事象は現時点で確定してしまうわけです。」

 

「しかしだ、アリス。それを知った私は咲夜を止めるはずだろう? 是が非でも彼女を過去に行かせないために足掻くだろうさ。たとえホグワーツから連れ戻して、部屋に閉じ込めることになったとしてもね。であればこの手紙が送られてくるはずはないんだ。……変えようのない展開だということか?」

 

「そんなことはない……と思いますけど、確たることは分かりません。難しいテーマですね。」

 

「もう一つ奇妙な点があるぞ。咲夜が過去に行ったとしよう。するとその時点からこの世界に咲夜は二人居ることに……遡行した時点が咲夜が生まれる遥か前なのであればその限りではないが、魅魔の逆転時計が余程にふざけた性能でなければ、高確率であのハロウィンの日以降は二人存在していたことになるわけだろう? しかしこれまで私たちは『もう一人の咲夜』と一度も接触していない。そんなことが有り得るか?」

 

こんがらがってくるな。時間遡行の複雑さを改めて実感しつつ、脳内で考えを整えて応答した。確かにそうなるはずだ。大きめに見積もって仮に五十年前に咲夜が遡行したとして、そこからずっと生きているのだとするならば、七十歳手前の咲夜が世界の何処かに存在していることになってしまう。

 

「封筒がムーンホールドに保管されていた物で、かつバートリ家のシーリングスタンプが使われている以上、リーゼ様と接触しようと思えば接触できているはずです。……歴史に歪みを生じさせないために隠れ住んでいるとか?」

 

「だとすれば尚のこと時間遡行など認められないね。咲夜にそんな不自由な人生を送らせてなるものか。何を犠牲にしてでもその展開は防がせてもらうぞ。」

 

「それについては大いに同感ですけど……でも、手紙はここにあるんです。時間遡行の確かな証拠が。だからつまり、遡行そのものはもはや防ぎようがないってことなんじゃないでしょうか?」

 

事態が起こる前に確定してしまっているのだ。無論これが本当に『過去に行った咲夜』からの手紙であるという確証はまだ無いし、そういう結論に至るのは早計なのかもしれないが、魅魔さんが出した課題のタイミングと内容があまりにもドンピシャすぎる。一気に緊迫してきた状況に足を揺すりながら必死に熟考していると、歯車を弄っているアピスさんが助言を寄越してきた。

 

「時間が連続した一本の線であるのか、あるいは数多の分岐点から無数に分かれて進んでいくものなのか、もしくは重なり合った本のページのようにそれぞれが独立しているのか、均一で平坦な整った空間なのか、一瞬ごとに塗り変わり続ける精緻な絵なのか。それは私には判断できないことですが、一つだけ確実に言えることがあります。何か行動を起こそうというなら慎重にやった方がいいですよ。」

 

「どういう意味だい?」

 

「例えばメイド見習いさんに過去に遡行する可能性があると伝えれば、当然彼女は過去に行かないようにと警戒するでしょう。そうなった結果過去に遡行せずに済んだとして、すると吸血鬼さんたちの気付きの切っ掛けになったこの手紙は送られてこなかったことになります。そうなれば一番最初の警告がメイド見習いさんに届かなくなるので、最終的な結果として彼女は過去に行ってしまうかもしれないんです。……まあ、そうするとまた手紙が送られてくることになるんですけどね。ちょっとしたタイムパラドックスですよ。性質としてはジレンマに近いですが。」

 

「……ああくそ、イライラしてくるな。そんなもん堂々巡りじゃないか。」

 

やはり時間というのは難解だな。『変えた結果』が今の状況なのかもしれないし、『変わらなかった結果』がそうなのかもしれない。時間を外側から観測する術を持たない私たちは、机上の矛盾に葛藤する他ないのだ。椅子から立ち上がって部屋を苛々と歩き回り始めたリーゼ様に、ずっと不安そうな面持ちで会話を聞いていたエマさんが声をかける。

 

「とりあえず、手紙と歯車についてを調べるべきじゃないでしょうか? 本当に過去の咲夜ちゃんが送った手紙なのかどうかも大事ですけど、仮にそうだとしたらこの歯車には何か意味があるはずでしょう? だって、『必ず持ち歩くように』って書いてあるじゃないですか。過去の咲夜ちゃん……というか、過去に行った未来の咲夜ちゃんがわざわざそう忠告してきたなら、これは今の咲夜ちゃんが持っておくべき物なのかもしれませんよ?」

 

「……未来の咲夜からの忠告か。そうだね、そうすべきなのかもしれない。今の私たちには事情がさっぱり分からんが、その時点の咲夜は色々と知っているはずだ。慎重に調べた後で直接返しに行ってくるよ。」

 

「私からも再三提言しますが、その際に余計なことを口走らない方が身のためですよ。歯車が過去の自分から届いた物かもしれないことは不用意に気付かせないべきです。さっき言ったジレンマが起きかねませんから。」

 

「重々承知しているよ。常に携帯するようにと軽く念を押すだけにしておこう。……そのくらいなら平気だろう? 大丈夫だよな?」

 

警告してきたアピスさんに自信なさげに問いかけたリーゼ様へと、博識な情報屋さんはポーカーフェイスで曖昧な返事を飛ばす。

 

「その程度なら大丈夫だと思いますが、確たることは何も言えません。時間というのは兎にも角にも難解で、どこまでも不確かなテーマなんです。永く生きている私にとっても未知の領域ですよ。下手をすれば何もしないことこそが唯一の正解なのかもしれないんですから。」

 

「……これが咲夜が送ってきた手紙なのであれば、私は送ってきた時点の咲夜を信じるよ。少なくとも歯車を携帯させること自体は間違った行いではないはずだ。」

 

「では、手紙が送られてきたルートに関しては私が調べてみます。ボランティアで少し協力してあげましょう。かなり興味を唆られる内容ですしね。」

 

「……感謝するよ。」

 

やけに素直にお礼を言うリーゼ様は、見たことがないほどに弱気な表情だ。……当然といえば当然か。この問題は吸血鬼としての力では解決できないものなのだから。むしろこれは私たち魔女の領域に近い問題だな。

 

よし、私は明日にでも神秘部の魔法使いに話を聞きに行こう。イギリス魔法省の神秘部は『時間』というテーマに関する研究の先進機関だ。担当者に尋ねれば何か有用な情報が得られるかもしれない。教えてくれそうな人物を記憶の中から探していると、リーゼ様が自身の予定を伝えてきた。

 

「明日幻想郷に行ってくるよ。魅魔を問い詰めないといけないようだからね。ついでにパチェと連絡を取れないかを紫に聞いてこよう。我らが図書館の魔女なら時間についても詳しいはずだ。咲夜の能力を研究する過程で色々と調べていたから。」

 

「魅魔さんに会えたら、『オリジナルの逆転時計』の性能も聞いておいてください。特にどこまで遡行できるのかを。範囲を特定できれば何か策が浮かぶかもしれません。」

 

「ああ、覚えておこう。……魅魔め、弟子の面倒を見ている相手に何度迷惑をかけたら気が済むんだ? どこまでもふざけたヤツだよ。」

 

「つくづく迷惑な悪霊ですね。去年の事件の発端もあの大魔女だったんでしょう? そろそろ文句を言っておいた方がいいと思いますけど。」

 

アピスさんが紅茶を飲みながら呟くのに、私とリーゼ様とエマさんが深々と首肯する。さすがに迷惑すぎる行為だぞ、これは。弟子である魔理沙への『指導内容』にまでは口を出さないが、咲夜に矛先が向くのであれば私だって見過ごせない。魅魔さんには納得のいく説明をしてもらう必要があるだろう。

 

時間遡行。咲夜が生まれた要因の一つであり、彼女の能力の根源。その恐ろしく複雑なテーマのことを思って、アリス・マーガトロイドは痛む額を押さえるのだった。

 


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