Game of Vampire   作:のみみず@白月

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何もしない

 

 

「……何よもう、あんたまでピリピリしちゃって。調子が狂うわね。」

 

もはやお馴染みとなった博麗神社の縁側。その場所で私に話しかけてくる紅白巫女へと、アンネリーゼ・バートリは大きく鼻を鳴らすことで応じていた。そりゃあピリピリもするさ。何たって咲夜の身に危険が迫っているかもしれないのだから。

 

咲夜から『咲夜から送られてきたかもしれない手紙』が入った手紙が送られてきた翌日、曖昧模糊とした問題に頭を悩ませながら幻想郷を訪れた私は、こうして神社の縁側で紫が接触してくるのをひたすら待っているのである。あの覗き魔はこちらの状況を知っているはず。この場所で待っていれば勝手に接触してくるだろう。

 

腕を組んで縁側に座り込んでいる私に、手土産として持ってきたエマのケーキを食べている巫女が再度声をかけてきた。

 

「ねえ、なんかあったの? 美味しい洋菓子の分くらいは相談に乗ってあげてもいいわよ?」

 

「場所を貸してくれればそれで充分だ。紫とその悪友に話があってね。ほら、キミも知っているだろう? 春に会った緑髪の年増魔女だよ。そいつが私の身内に迷惑をかけてきたのさ。」

 

「あー、あいつ。あの気に食わないヤツね? いいでしょう、そういうことなら味方してあげる。感謝しなさい。」

 

「それはそれは、頼もしいね。荒事になったら援護してくれ。」

 

紅白巫女がバカにならん戦力を保有していることは承知しているので、二割くらいは本気の返事を返した後、かなり離れた位置で私を監視している黒猫に早く主人を呼べと圧をかけていると……ようやく来たか。縁側の近くにスキマが開く。フィクサーどののご到着だ。

 

「……リーゼちゃん、怒ってる? 怒ってるならそう言って頂戴。ゆかりん怖いわ。」

 

「気持ちの悪いことをしていないで早くこっちに来たまえよ。納得のいく説明をしてもらうぞ。」

 

「でもでも、今回は私の所為じゃないのよ? 関係ないもん。私は見てただけだもん。」

 

ええい、イラつくヤツだな。スキマの中から顔だけをそっと出して、わざとらしく怯えたフリをしながらこちらの様子を窺ってくる紫へと、手加減抜きの妖力弾を撃ち込んだ。早く出てこいよ、ぶりっ子大妖怪め。

 

「ちょちょっ! ……こっわぁ。霊夢、今の見た? 衝撃の光景じゃなかった? 普通に殺すつもりの一発だったわよね、今のって。」

 

「どう考えてもあんたが悪いでしょ。人をおちょくってないでさっさとこっちに来なさいよ。じゃないと次は私がやるからね。」

 

「あら、今日はちょっとアウェイな感じなのね。はいはい、今行きますよ。可愛らしいジョークじゃないの、ジョーク。余裕がないのって嫌ねぇ。」

 

「ホームな雰囲気で迎え入れられたことが一度でもあったのかい?」

 

スキマに引っ込んで妖力弾を避けた紫が、巫女の苦言に従ってぶつくさ文句を呟きながら出てくるのに、私からも刺々しい指摘を送ったところで……隣に腰を下ろした紫が一通の手紙を渡してくる。より具体的に言えば流し目で恥ずかしそうにこちらを見ながら、ゆっくりと胸の谷間から取り出した手紙をだ。いよいよ殺してやりたくなってくるな。可能ならやっていたかもしれない。

 

「はい、リーゼちゃん。お、て、が、み、よ。」

 

「キミはあれだね、こっちの機嫌が悪い時ほどふざけてくるタイプだね。今日は絶好調じゃないか。」

 

「何よぅ、折角場を和ませようと頑張ってるのに。……触りたいなら触ってもいいのよ? 霊夢に見られてるのは恥ずかしいけど、リーゼちゃんになら許しちゃう。背徳的な状況ね。何だか興奮してきたかも。」

 

「誰からの手紙なんだい?」

 

こういう手合いに対して最も有効なのは無視することだ。手紙を受け取って尋ねてみると、紫は不満そうに唇を尖らせながら回答してきた。

 

「もう、構ってくれてもいいじゃないの。つまんないわね。悪霊ババアからよ。」

 

「……ふぅん? キミ経由で手紙を渡してくるということは、あの邪悪な悪霊は直接私と話す気がないというわけだ。実に忌々しいね。」

 

六芒星を咥えた黒猫の模様が入った封筒を、心底イライラしながら開封して中の便箋を取り出してみれば……短い一文と大きな余白が目に入ってくる。『名に誓って、何もしなければお嬢ちゃんは無事に戻る』か。電報じゃないんだからもっと詳細に説明したらどうなんだよ。

 

「なんて書いてあったの? ……何よこれ、意味分かんない。」

 

その通り、意味不明だ。覗き込んできた巫女が首を傾げるのと同時に、便箋を紫に突き付けて口を開いた。

 

「で?」

 

「で? って言われても、私にだって分からないわ。今朝届けてくれって私の家に手紙が飛ばされてきただけなんだもん。」

 

「嘘を吐くんじゃない。キミは事態を把握しているはずだ。」

 

「買いかぶり過ぎよ、リーゼちゃん。私にだって分からないことはあるわ。万能の神ってわけじゃないんだから。」

 

……くそ、急にポーカーフェイスになったな。そりゃあ私だって紫のことを『万能の存在』とまでは思っちゃいないが、能力の性質を考えればそれに程近い位置にある大妖怪のはずだぞ。

 

これは虚偽なのか、それとも真実なのか。ジッと紫の顔を観察しながら悩んでいると、事態を見守っていた紅白巫女が助言を投げてくる。

 

「嘘だと思うわよ。『全部分かってる』ではないにせよ、こいつが『何も分からない』ってのは有り得ないわ。絞れば絶対に何か出てくるヤツなの。」

 

「……巫女はこう言っているわけだが?」

 

「ちょっと霊夢? 何で今日はそんなにリーゼちゃん側なの? 普段は『ザ・中立』みたいな感じなのに。」

 

「だって、美味しい洋菓子を貰ったんだもの。対するあんたは何もくれないじゃない。私は何かくれるヤツの味方なのよ。」

 

分かり易いことこの上ないな。利己主義の極意を胸を張って主張した巫女に、それを教えた紫は至極微妙な表情で注意を放つ。

 

「貴女ね、飴玉を貰って素直について行っちゃう子供じゃあるまいし、敵味方を決める時はもう少し真っ当な判断条件を持ちなさいよ。」

 

「博麗の巫女としての御役目に反しない限り、私は私に利益を与えてくれるヤツの味方なの。あんたたちはどっちも妖怪で、どっちも全然信用できないけど、片方がお菓子をくれて片方は何もくれないならどっちに付くかなんて分かり切ったことでしょうが。」

 

「れ、霊夢? 付き合いの長さはどうなの? 私とリーゼちゃんだったら、長い付き合いの私を選ぶのが普通じゃない? ひょっとして私、嫌われてたりするの?」

 

「悪いが、無駄話はそこまでだ。巫女の教育は後にしてくれたまえ。……紫、同盟者として私に言うべきことはあるかい? 私はあることを期待しているんだが。」

 

会話に割り込んでジト目で催促してやれば、紫は目を泳がせながら曖昧な返答を寄越してきた。

 

「……あえて言うとすれば、その手紙に書かれていることと同じよ。リーゼちゃんは手紙に従って『何もしない』方がいいわ。あの歯車を咲夜ちゃんに持たせて、そして干渉せずに放っておくべきなの。助言も忠告も手助けも一切無しでね。」

 

「……つまり、このままの流れにしておいた方が良いということか?」

 

「それに近いけど、んー……表現するのが難しいわね。要するに、意識して未来を変えるべきじゃないってこと。あいつが珍しく名に誓ってまでこんな手紙を送ってきた以上、多分現状辿っている『ルート』はリーゼちゃんたちが介入しなかった時のルートで、そのルートこそが正解なんだと思うの。私にも分からないっていうのは八割方本当のことなのよ。『時間』というのは私もまだ理解し切れていない分野だから、とてもじゃないけど確たることは言えないわ。」

 

「キミですらそうなのか。」

 

真面目な顔付きで語ってくる紫に苦い思いで相槌を打つと、世界でも屈指の力を持つであろう大妖怪は苦笑しながら首肯してくる。

 

「とんでもなく難解な概念だからね。申し訳ないんだけど、今回ばかりは私にも期待しないで頂戴。」

 

「……分かったよ。少なくともキミの中にある二割の部分は何もしないことこそが正解だと判断しているわけか。今回はその助言だけで充分だ。」

 

「あくまで多分よ? 私の認識においてはそれが『正解』に近いんじゃないかって予想してるだけ。明確な正解を知っている者が仮に居るとすれば、それは私たちより多くの情報を握っているであろう悪霊ババアだけなんだから、今はあいつの助言に従っておくのが最善なのよ。さすがのあいつも名に誓ったことを反故には出来ないでしょうしね。……今言えるのはそんなところかしら。残念ながら私単独じゃ完全な正解にまではたどり着けないわ。」

 

時間か。考えれば考えるほどに恐ろしく入り組んだ分野であることを実感するな。ため息を吐いて額を押さえている私を他所に、話を聞いていた巫女が少し驚いた顔でポツリと言葉を漏らした。

 

「……紫でもそんなことを言う時があるのね。ちょっとびっくりしたかも。あんた、どれだけ厄介な問題に巻き込まれてるのよ。」

 

「どこまでも厄介な問題なのさ。……まあいい、取り敢えずはキミたちのアドバイスに従って行動するとしよう。逆転時計の捜索自体もやめさせるべきじゃないということだろう?」

 

「まあ、そう……だと思うわ。兎にも角にも今のルートから外れるべきじゃないのよ。あんな迷惑悪霊でも弟子のことはそれなりに大切に思ってるみたいだし、その友達の咲夜ちゃんに対しても多少は気を使うでしょ。『何もしなければ無事に戻る』とあいつが名に誓うのであれば、何もしない方がいいんじゃないかしら?」

 

「『戻る』という部分がいまいち不明確だが……そうだね、今のところは咲夜たちには何も言わないことにしておこう。」

 

『何もしない』が正解か。ただ見ているというのは中々辛そうな選択だな。魅魔本人が姿を見せないのでは逆転時計の性能についても聞き出せないし、思ったほどの成果は持って帰れなさそうだ。疲れた気分で話を纏めたところで、紫がもう一つの話題を切り出してくる。

 

「それでリーゼちゃん、『浮気』に関する釈明は? ……霊夢、貴女はあっちに行ってなさい。ここからは大人のインモラルなドロドロした話になっちゃうから。」

 

「はあ? 何を訳の分からないことを──」

 

「ほら、これをあげるから向こうで大人しくしてましょうね。」

 

「何これ? ……煎餅じゃないの。そういうことなら仕方がないわね。席を外してあげるわ。」

 

宙空に開いた小さなスキマから落ちてきた煎餅の箱をキャッチした巫女は、スタスタと襖の奥へと消えていってしまう。相変わらず現金なヤツだなと呆れながら、紫に質問の答えを飛ばした。恐らく早苗の話を巫女に聞かせたくないということなのだろう。理由はさっぱり分からんが。

 

「不満かい? あの二柱は結構な神格らしいし、幻想郷に来ればこの土地が賑わうぞ。」

 

「まあ、神たちを幻想入りさせるのは別に構わないわ。入ってきたところで揺らぐような土地でもないし、多様性は大事だものね。だからそこは許可を出してもいいんだけど……リーゼちゃんったら、同盟者が私だけじゃ不満なの?」

 

「不満なんじゃなくて、不安なんだよ。心配しなくても紅魔館と紐を繋げるつもりはないさ。私の個人的な同盟者にする予定だ。自身の安全を確保するくらいは許容して欲しいところだね。」

 

「何か、思ってたよりも上手く立ち回りそうねぇ。紅魔館と、私と、博麗神社と、その二柱の神。それぞれ別個に繋がりを持つってことでしょ?」

 

むむむと腕を組みながら言ってきた紫に、軽く肩を竦めて返事を返す。

 

「しかしだ、現状紅魔館以外はそこまで強い繋がりじゃない。その程度だったら問題にならないと考えた上での行動だぞ。……私は『勢力』としてではなく、『個』として幻想郷での生活を送るつもりなんだ。だからリスクに備えて色々な場所に紐をくっ付けておく必要があるのさ。巻き込まれそうな時は切り離せるが、こっちが危ない時は引っ張れるくらいの強さの紐をね。」

 

「何て言うか、とっても強かね。……ま、いいわ。移住に関しては認めましょう。リーゼちゃんを取られるのは癪だし、協力はしてあげないけど。」

 

「大いに結構。勝手に交渉して勝手に引っ張り込むさ。」

 

「でもでも、気付いてないみたいだから一つだけ助言してあげる。この前の魔女の件ではちょびっとだけ意地悪しちゃったしね。……あの早苗ちゃんって子、ちょっと変よ。だからどうってわけでもないんだけど、覚えておいた方がいいと思うわ。」

 

『ちょっと変』? 曖昧すぎる謎の忠告を送ってきた紫へと、小首を傾げながら問いを放った。言い方からして性格や見た目のことじゃないだろうし、存在としての違和感の話か?

 

「何だそりゃ。早苗は単なる人間に見えたぞ。」

 

「気になるならあの二柱に聞いてみなさいな。隠すようなことでもないし、教えてくれると思うから。」

 

「まあ、分かったよ。機会があったら聞いてみよう。……そうだ、こっちからももう一つあったんだった。話を戻すが、咲夜の件についてをパチェと話させてくれないか? キミと魅魔の助言を踏まえた上で彼女がどう判断するかを知りたいんだ。」

 

「残念だけど、それはダメ。今はまだ紅魔館の住人たちとの接触はなしよ。大事なところだから、変な不確定要素を入れたくないの。」

 

むう、即答で断ってきたな。これは交渉の余地なしかと内心でため息を吐きつつ、一応の抵抗を試みる。

 

「キミの計画に関係しそうな話はしないよ。あくまで咲夜の一件についてだけだ。」

 

「ダメったらダメ。図書館の魔女も貴女も油断できるような存在じゃないわ。私と魅魔の助言で満足して頂戴。」

 

「……何を言っても譲らなさそうだね。紅魔館は今どうなっているんだい?」

 

「『山場』よ。山場に突入してるの。だから今は重要な時期ってわけ。……心配しなくてもレミリアちゃんたちは無事だし、山場が終わった後も変わらず元気であるはずよ。『もう一つの騒動』も彼女たちが主役になるんだから、私としても無事でいてもらわないと困るしね。」

 

ぼんやりした説明だが……何にせよ、壮健でやっているということか。山の後には谷が待っているんだろうなとレミリアたちに同情しつつ、縁側から腰を上げて大きく伸びをした。

 

「頑張っても覆らないようだし、パチェとの話は諦めよう。キミの方から私に要望はないのかい?」

 

「特にないわね。リーゼちゃんは勝手に私の好みの方向に進んでくれるんだもの。手間がかからなくて助かるわ。……強いて言えば、これまで通りちょくちょく霊夢に会いに来て欲しいくらいかしら。」

 

「了解だ、気が向いたらまた来るよ。……それじゃ、失礼しようかな。」

 

「はいはーい、お帰りはこちらよ。また会いましょうね。」

 

紫が開いたスキマへと足を踏み入れながら、背中越しに適当に手を振って応じる。収穫があったような、無かったような、何とも微妙な気分になってくるな。手紙の方から辿っているアピスや、神秘部に行ったアリスは何か掴んでいるんだろうか?

 

『何もしない』にしても、いざという時のために何かを出来る準備だけはしておくべきだ。異様なスキマの中を通ってイギリスの地に戻りつつ、アンネリーゼ・バートリは面倒な問題に一つ息を吐くのだった。

 


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