Game of Vampire   作:のみみず@白月

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忍びの二人

 

 

「やあ、ジニー。ひさし──」

 

おー、容赦ないな。『三本の箒』のカウンター席に座っていたポッター先輩の頬を思いっきり抓っているジニーを横目に、サクヤ・ヴェイユは店内をきょろきょろと見回していた。いつ来てもこのパブは賑わっているな。名実ともにホグズミード村の『顔』だぞ。

 

今学期に入ってから初めてホグズミード行きが許された十月二日の土曜日、私と魔理沙とジニーとルーナは四人で魔法族の村を訪れているのだ。ジニーはポッター先輩とデートをするために、ルーナはペンフレンドとお喋りをするために来たわけだが、私と魔理沙の目的はポッター先輩の隣で苦笑している大人二人……つまり、ブラックさんとルーピン先生から隠し部屋についての話を聞きに来たのである。

 

そんなわけでホグワーツを出てホグズミードに到着した後、真っ直ぐ待ち合わせ場所である三本の箒に入店したわけだが……ジニーは未だに『新キャプテン騒動』を根に持っていたらしい。かなり痛そうなやり方で頬を引っ張ってくるガールフレンドに対して、ポッター先輩が困惑している様子で問いを放つ。

 

「ジ、ジニー? どうしたの? 何か怒らせるようなことをしたっけ?」

 

「したのよ! さあ、来なさいハリー。今日はしこたま奢ってもらうからね。」

 

「えっと……じゃあその、行ってくるよ。」

 

頬をぐいぐい引いて出入り口に向かうジニーと、私たちに断りながらそれについて行くポッター先輩。二人の将来の力関係が垣間見えたところで、ルーナが遠くのテーブル席を指差して声をかけてきた。ペンフレンドを発見したようだ。

 

「ん、ロルフさんが居たから私も行くね。ばいばい、みんな。」

 

そう言ったルーナが歩いて行く先には……なるほど、確かにあれは『ヘンな人』かもしれないな。ガタガタ動いている小さな茶色いトランクを抱えている若い男性が座っている。あれがロルフ・スキャマンダーさんか。おどおどと忙しなく視線を動かしているのが怪しさ満点だぞ。

 

両の肩にニフラーがしがみ付いているあたりが実に魔法生物の研究者っぽいぞと納得したところで、ブラックさんとルーピン先生が私と魔理沙に席を勧めてきた。

 

「おいおい、ジニーはどうしてあんなに怒っていたんだ? ……まあ座ってくれ、二人とも。リーマスが奢ってくれるらしいから。」

 

「来る途中でゾンコの悪戯専門店に寄って、シリウスと『噛み靴』で賭けをしたんだよ。順番に足を入れていって噛まれた方が奢るって賭けを。……君が変身しなければ私の勝ちだったんだがね。犬の足には噛み付かないなんてどこで知ったんだ?」

 

「フレッドとジョージが教えてくれたのさ。あの二人はゾンコの商品を裏の裏まで調べているみたいでね。持つべきものは優秀な後輩ってわけだ。」

 

「私は君と違って『現役』を引退したんだよ、パッドフット。今や毛むくじゃらの悪戯小僧は一児の父だ。噛み靴の特性なんかには記憶力を割いていられないよ。息子の『お気に入りの顔』のレパートリーを覚えるので精一杯さ。」

 

何かこう、打てば響くって感じの二人組だな。三人が欠けてしまった今もこの二人の関係は変わっていないらしい。そのことを少しだけ羨ましく思いつつ、私がルーピン先生の隣に、魔理沙がブラックさんの隣に腰掛ける。

 

「悪かったな、わざわざ来てもらって。二人にどうしても聞きたいことがあったんだよ。……よう、マダム・ロスメルタ! こっちにバタービールとクランベリージュースを頼む! クランベリージュースでよかったよな?」

 

「いいけど、頼む前に聞いてよね。」

 

勝手に注文してしまった魔理沙に応じてから、何か軽食も頼もうかなとメニュー表を手に取ったところで、ルーピン先生が私たちに話しかけてきた。ホグワーツで先生をやっていた頃より顔色が良くなっている気がするな。やっぱり結婚したからなのだろうか?

 

「仕事は休みだし、久々にホグズミードにも来たかったからね。呼び出されるのは一向に構わないんだが……まあ、忍びの地図についての話を聞きたいというのは少々意外だったかな。君たちはフランドールから色々と聞いているものだと思っていたよ。」

 

「聞いてはいたし、使ってもいたんだけどよ。何て言うか、ちょっと二人で調べてることがあってな。それにホグワーツの隠し部屋が関係してるかもしれないんだ。」

 

「隠し部屋が? ……危険なことじゃないだろうね?」

 

「いやいや、危険ではないと思うぜ。要するに探し物だよ。ホグワーツに隠されている物を探してて、そうなると隠し部屋が怪しいんじゃないかって考えたんだ。だから隠し部屋に詳しい『先輩』たちから直接話を聞くために、こうして手紙で呼んだってわけさ。」

 

心配そうな顔付きになってしまったルーピン先生へと、魔理沙が慌てて言い訳を述べるが……そこにブラックさんが割って入る。柔らかい笑みを浮かべながらだ。

 

「あまり聞いてやるなよ、ムーニー。私たちにも覚えがあるだろう? あの城の謎を追いたがるのはホグワーツの悪戯っ子の本能だ。古い先達としては、根掘り葉掘り聞かずに協力してやるべきだと思うぞ。後輩が『爪痕』を残そうとするのを止めるのは野暮ってものさ。」

 

「しかしだね、ホグワーツ城には些か悪戯が過ぎる隠し部屋も多い。心配するのは当然のことだろう?」

 

「我が友よ、サクヤとマリサはもう六年生なんだぞ。私たちが六年生の頃に何をしていたのかを思い出してみろ。私の記憶力がまだ確かなのであれば、隠し通路で死喰い人とやり合っていたはずだ。それよりひどいことになるとは思えないな。」

 

「……まあ、そうだね。隠し部屋の探索くらいなら、私たちよりずっと『マシ』なことには同意するよ。今思えば愚かなことをしたものだ。あの場にピックトゥースが居なければどうなっていたことやら。」

 

『死喰い人とやり合っていた』? しかもホグワーツの隠し通路で? 何をどうしたらそんな状況になるのかと首を傾げる私たちを他所に、ブラックさんが肩を竦めて話を続けた。魔理沙のポケットを指しながらだ。

 

「纏めて死んでいただろうな。そういう下手を打たせないために協力しようじゃないか。……どれ、マリサ。地図は持ってきているか? どうせなら見ながら話し合おう。具体的に何を探しているんだ?」

 

「あーっとだな、『時計』だ。大きさも形も不明だし、時計の形をしているのかすら定かじゃないが、とにかく時計だよ。心当たりはないか?」

 

カウンターテーブルに地図を広げながら問いかけた魔理沙へと、ルーピン先生が記憶を掘り起こすように腕を組んで返答を送る。

 

「四階の西階段裏の隠し部屋には時計が沢山あったはずだよ。壁一面に無数の鳩時計が飾られているんだ。部屋の中で正午を迎えると一斉に飛び出して歌い出すから、騒音にびっくりしたピックトゥースが……フランドールが半分を壊してしまったけどね。」

 

「あとは、一階の北トイレにある隠し部屋にも大きな時計があったな。地図で言うと……そう、ここだ。私たちが発見した時にはもう動いていなかったし、長針が失くなっていたがね。何か仕掛けがあるんじゃないかと思ってジェームズと私で弄くり回したんだが、結局何もなかったんだよ。」

 

「それと、ここの部屋にも時計があったはずだ。隠し部屋の中に誰かの石像があって、その腕に腕時計が大量に嵌められていたんだったかな。覚えているかい? パッドフット。君が一本取って腕に着けてみた結果、一ヶ月も外せなくなったあれだよ。」

 

「覚えているさ。時間が経つにつれてどんどんベルトが絞まってくるから段々不安になってきて、最後には医務室に駆け込む羽目になったからな。呪いがかかった腕時計だったんだそうだ。手が痺れてきた時はかなり焦ったよ。」

 

ぽんぽん逸話が飛び出てくるな。懐かしそうに地図の各所に指を置きながら説明してくる二人に、店主であるマダム・ロスメルタが運んできたバタービールの瓶を受け取った魔理沙が口を開く。私のクランベリージュースも到着だ。

 

「時計があって、かつ一番見つけ難かった部屋はどれだ? 簡単に見つからないような場所に隠されてるはずなんだよ。」

 

「見つけ難かった部屋か。……難しいな。他にヒントは?」

 

「マーリンに関係しているはずなんです。あの有名な大魔法使いのマーリンに。」

 

クランベリージュースを一口飲んだ私の追加情報を受けて、ルーピン先生がふと何かを思い出したような表情で呟きを放った。

 

「……パッドフット、あの部屋はどうだ? 私たちが入れなかったあの部屋。中に時計があるかどうかは分からないが、マーリンの紋章が扉に刻まれていたと言っていなかったか?」

 

「ん? どこの話だ?」

 

「だからつまり……ピーターが見つけたあの部屋だよ。三階北のパイプを辿った先にあったという、地下通路の西側の隠し部屋だ。」

 

「ああ、あの部屋か。……そういえば、あいつは入り口に紋章が刻まれていたと言っていたな。何か書く物はないか?」

 

自分のポケットを調べ始めたブラックさんへと、いつも携帯しているメモ帳とペンを渡してみれば……彼はそこにサラサラと描いた紋章を私たちに見せてくる。

 

「うろ覚えだが、あの時あいつが描いてみせたのはこんな感じの紋章だったはずだ。」

 

両手に杖と五芒星を持つ竜。意外にも絵が上手かったブラックさんが描いたその紋章を前に、魔理沙が身を乗り出して声を上げた。

 

「それ、マーリンの後期の紋章だぜ。この前図書館で調べた時に見たよな? 咲夜。」

 

「ええ、間違いないわ。白い竜か赤い竜かでずっと議論になってるらしいけど。」

 

「そこはどうでも良いさ。重要なのはこれがマーリンの紋章って点だ。具体的に隠し部屋があったのはどの辺なんだ?」

 

それらしい情報にテンションを上げている魔理沙だが……むう、ブラックさんとルーピン先生は途端に申し訳なさそうな顔付きになってしまったな。何か事情があるようだ。

 

「それが、私たちは直接見たわけじゃないんだよ。だからその地図にも載っていないんだ。ジェームズがマーリンの紋章だと気付いて、それなら何か隠されているんじゃないかと思って一時期必死に探していたんだが……どうにも見つからなくてな。」

 

「ペティグリューは扉までたどり着けたんだろ?」

 

ブラックさんの発言に疑問を返した魔理沙へと、今度はルーピン先生が説明を飛ばす。

 

「その通り、ネズミの姿で細いパイプの中を移動できるピーターはたどり着けた。そこで我々は彼の移動経路から計算して、地下通路に部屋があるであろうことまでは特定できたんだが、どんなに探しても部屋そのものが見つからなかったんだ。一度フランドールが部屋があるはずの位置の壁を破壊したんだけどね。ハッフルパフが派手に減点されただけで何も成果は得られなかったよ。」

 

「えっと、魔法で隠されているってことですか?」

 

「多分そうなんじゃないかな。ピーターには何度も何度も経路を確認したし、パイプ経由で行った時は必ず扉までたどり着けたらしいから、『正規のルートを通らないと見つけ出せない隠し部屋』だったんだと思うよ。……結局それからすぐに試験期間になってしまって、私たちは悔しさを感じながらも探索を諦めたというわけだ。『忍び』たちの苦い敗北の記憶さ。」

 

ルーピン先生が苦い笑みで語った経緯を聞いて、むむむと悩みながら質問を重ねた。パイプを辿るのが正規ルートというのは奇妙な話だな。そこがマーリンの造った隠し部屋だとすれば、マーリン本人はどうやって部屋に出入りしていたのだろうか?

 

「人間のサイズでパイプを伝っていくのは無理なんですよね? もちろん中をじゃなくて、外側からって意味です。」

 

「試してみようとは考えたけど、不可能という結論を出さざるを得なかったよ。三階の北側からパイプに入って、そこから一度上った後で地下まで下りるという複雑なルートなんだ。間に壁やら床やらが何枚もあるし、人間の状態で辿っていくとなればホグワーツを半壊させることになってしまうからね。」

 

「さしものピックトゥースもやろうとは言わなかったくらいさ。実行すれば減点どころじゃ済まないからな。……ちなみに『あいつ』も扉の中にまでは入っていないぞ。伝っていった先が古臭い石のパイプになっていて、その行き止まりのヒビ割れから扉を覗き見ることが出来ただけらしい。」

 

「んじゃあよ、ペティグリューがどこをどう辿ったかは覚えてるか? つまり、正解のルートを。」

 

地図をブラックさんとルーピン先生の方に押し出しながら尋ねた魔理沙へと、二人は同時に首を横に振って応じた。正確には覚えていないようだ。

 

「残念ながら、私は覚えていないな。ゴールが地下通路のこの辺りで、途中天文塔を通るってのは記憶にあるが……ダメだ、殆ど覚えていない。そっちはどうだ? ムーニー。」

 

「私もダメかな。ピーターによれば中々複雑な順路らしいんだ。彼はもしかすると覚えているかもしれないが、私はもう記憶の彼方に行ってしまったよ。」

 

うーん、厳しいな。マーリンの紋章が扉に刻まれていたのであれば、その隠し部屋は物凄く怪しいと言えるだろうが……行き方が分からないのではどうにもならない。目の前のニンジンを掴めないことに意気消沈する私を尻目に、魔理沙がバタービールをぐいと飲んでから一つの案を口にする。

 

「……ペティグリューから話を聞けないかな?」

 

「ピーターから? アズカバンで面会するのはまあ、不可能ではないだろうが……そこまでして追わなくちゃいけない物なのかい? その『時計』というのは。」

 

「私にとってはな。」

 

ルーピン先生の疑問に即答した魔理沙へと、苦々しい表情のブラックさんが助言を投げかけた。

 

「あいつと会うのはお勧め出来ないぞ。君たちにとって良い影響があるとは思えないね。」

 

「だけど、情報は是が非でも欲しいんだ。ペティグリューしか知らないってんなら、ペティグリューに聞くしかないんだろうよ。……私が一人で行ってくるぜ。さすがに咲夜まで付き合わせようとは思っちゃいないさ。」

 

「ちょっと、変な気を使わないで頂戴。もし行くなら私も行くわ。」

 

正直なところペティグリューさんは会いたい人物ではないが、顔も見たくないというほどでもないのだ。もう子供じゃないんだから大丈夫だぞ。魔理沙にムッとしながら言い返した私を見て、ルーピン先生が複雑そうな面持ちで提案を寄越してくる。

 

「私が代わりに行ってこようか? ……実は一度面会には行ったんだよ。」

 

「聞いていないぞ、ムーニー。」

 

「言っていないからね。……フランドールも引っ越す直前に会ったそうだし、私の場合はある程度気持ちに整理をつけられている。君たちがピーターと顔を合わせ辛いと言うのであれば、私が代わりに話を聞いてこよう。それでどうだい?」

 

私と魔理沙を交互に見ながら問いかけてきたルーピン先生に、どう返したらいいかと迷っていると……私が答える前に魔理沙が返答を放った。

 

「いいや、自分で行くぜ。これは私が自分の力で解決すべき問題なんだ。もう六年生なんだから、いつまでも大人に甘えちゃいられない。きっちり自力で進めていかないとな。」

 

「……そうね、その通りだわ。ルーピン先生とブラックさんが気遣ってくれるのはありがたいんですけど、私たちで話を聞きに行きます。扉のことを教えてくれただけで充分です。」

 

私と魔理沙のはっきりとした返事を受けて、ブラックさんは眩しいものを見るように目を細めながら、そしてルーピン先生は柔らかい微笑を浮かべながらそれぞれ言葉を返してくる。

 

「……そうか、もう子供じゃないのか。参ったな、急に歳を感じてしまうよ。どうやら私たちは余計なお節介を焼いていたようだぞ、ムーニー。二人は今や一人前の魔法使いだ。」

 

「私が教師をやっていた頃とは違うってことだね。……そういうことなら好きにしなさい、二人とも。もちろん手助けを惜しむつもりはないが、もう君たちは自分の判断で行動できる立派な女性だ。そう決定したのであれば、私たちはその背を押すことにするよ。」

 

言うと同時にウィスキーが入っているらしいグラスに口を付けた二人に首肯してから、魔理沙と顔を見合わせてもう一度頷き合う。アズカバンか。三ヵ月後のクリスマス休暇まで待つのはじれったいし、どうにかして行く方法を考える必要があるな。

 

小さな進展と、新たな問題。それらのことを頭に描きながら、サクヤ・ヴェイユはクランベリージュースを一口飲むのだった。

 


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