Game of Vampire   作:のみみず@白月

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守矢神社

 

 

「……ん?」

 

ひょっとして、ここが敷地への入り口なのか? 地図を頼りに細いアスファルトの道路を歩いていたアンネリーゼ・バートリは、短い石階段を見ながら呆れていた。左右は木々で見通しが利かなくなっており、階段の先には古ぼけた石燈籠と小さな石鳥居が申し訳程度に設置されてある。想像以上に質素な神社だな。

 

十月も半分を過ぎた日曜日の昼過ぎ、約束通り早苗と再会するために私は日本の……長野県? を訪れているのだ。毎度お馴染みの面倒なルートを使って入国した後、姿あらわしを何度か繰り返してようやくこの場所にたどり着いたわけだが、まさかこんなに寂れた神社だとは思っていなかったぞ。アピスの調査では結構な神格のはずなのに。

 

とはいえ石鳥居の隣にある雨風で削れた石の柱にはきちんと『守矢神社』と刻まれているし、早苗の実家はここであると判断して間違いなさそうだ。怪訝な気分でもう一度地図を確認してから、十段もない石階段を上り切って半分ほどが剥がれている石畳の上を進んで行くと……まあ、一応は神社だな。背の高い木々に囲まれたスペースの中心に、木組みの社があるのが目に入ってきた。

 

博麗神社よりも小さくて、屋根がのっぺりしていて、かつ古ぼけてはいるが、全体的な形そのものは似通っているな。神道には神道なりの建築様式があるのかもしれないと考えながら、入り口と社を結ぶ参道の左手にある控え目な大きさの民家……恐らくこれが東風谷家なのだろう。の玄関らしき引き戸をノックしてやれば、即座に中から応答の声が響いてくる。早苗の声だ。

 

「はーい! 今行きます!」

 

二階建てではあるものの、道中見た日本の平均的な一軒家よりも一回り小さいな。玄関から少し離れた位置には犬小屋もあるが、中に犬は居ないようだ。昔は飼っていたのか? 木に囲まれている所為で薄暗い敷地内を観察しながら待機していると、引き戸がガラガラと喧しい音を立てて勢いよく開く。

 

「こんにちは、リーゼさん。すみません、お待たせしちゃって。入り口が分かり難いから通りに出て待ってようと思ってたんですけど、さっきまで近所の方がいらっしゃってたんです。その時お出ししたお茶なんかの片付けをしてたら──」

 

「はいはい、大丈夫だよ。特に迷わなかったさ。」

 

黒いスキニーパンツと、ちょっと大きめの白いセーター。髪を後ろで一纏めにしている早苗が慌てて言い訳を寄越してくるのに、適当に応じつつ中へと入った。……やはり広くはないな。奥に真っ直ぐ続く細い廊下の左側には襖が開いている畳敷きの部屋が見えており、右側手前にはキッチンが、その奥には傾斜が急な二階への階段とバスルームか何かがあるようだ。そして突き当たりには閉じた襖がある。あそこにも部屋があるってことかな?

 

まあ、率直に表現するなら『狭くて古臭い異国の家』といった具合だ。靴を脱ぎながら家の中を見回す私へと、襖が開きっぱなしだった部屋を手で示している早苗が案内してきた。

 

「えと、ここが一応リビング……的な部屋になってます。今お茶を用意しますね。みかんは好きですか? さっき貰ったんです。」

 

「いや、お茶だけでいいよ。」

 

相槌を打ってからキッチンを……入り口にビーズが付いた謎の大量の短い紐が垂れ下がっているキッチンを横目に廊下を進み、リビングへと足を踏み入れる。おいおい、これがリビングルーム? どこもかしこも狭すぎないか?

 

畳が六枚使われているその部屋の中心には座布団に囲まれた背の低いテーブルが鎮座しており、壁沿いに戸棚やテレビジョンなんかも置いてある所為でかなり狭めに感じられてしまう。入り口の反対側に縁側らしき板張りのスペースがあるのが唯一の救いだな。縁側の幅そのものはベンチ程度だが、仕切りの障子が開け放たれているお陰で少しだけ開放感が出ているぞ。

 

まあうん、兎にも角にも早苗の家が『富裕層』じゃないことは確かなようだ。宗教ってのは儲かるものだと思っていたんだが、実際はそうでもないらしい。座布団に正座で腰を下ろしながら鼻を鳴らしていると、湯呑みが載ったプレートを持ってきた早苗が話しかけてきた。

 

「どうぞ足を崩して寛いでください。ちょっと狭くて申し訳ないですけど。」

 

「残念なことに、私は正座以外では座れないんだよ。胡坐をかくなんてのは淑女として以ての外だし、足を揃えて横にする座り方は……何と言うか、恥ずかしいんだ。女性的すぎて私には似合わないだろう?」

 

「そうですか? 似合わないってほどじゃないと思いますけど……じゃあ、椅子を持ってきますね。和室用の背の低いやつが向こうにあるんです。お年寄りの方とかもたまにいらっしゃるので。」

 

「年寄り扱いはやめてくれ。……大人しく縁側に座るよ。今日はそこまで寒くないしね。」

 

やっぱりこういう『和風のマナー』は性に合わんな。文化の違いに辟易しつつ、座布団を持って縁側に移動した私に、苦笑いの早苗が湯呑みを差し出してくる。

 

「まあその、外国の方からするとやり難いのかもしれませんね。最近はもう洋風の部屋が主流になってますけど、この家は結構古いですから。一昨年はシロアリが出ちゃって大変だったんです。」

 

「今はキミ一人で住んでいるんだろう?」

 

「ええ、一人になっちゃいました。だから使ってない部屋なんかもいくつかありますね。一階の突き当たりの部屋はご近所さんたちの会合とかによく使われてたんですけど、もうそれを仕切る役目のお父さんが居ませんから。」

 

しみじみとした面持ちでそこまで言った早苗は、困ったような笑みを浮かべながら話を続けた。寂しそうにも見える笑い方だ。

 

「信仰について説明してもらったから分かったんですけど、私が子供の頃に神奈子様や諏訪子様と話せていたのは、そうやってお父さんとお母さんが頑張ってたからなんだと思います。あの頃は参拝してくれる方もそれなりに居ましたし、近所のお祭りの打ち上げなんかもこの家でしてましたから。そういう地道な活動が信仰の獲得に繋がっていたんじゃないでしょうか? お母さんは毎回料理を出すのが大変だってボヤいてましたけどね。」

 

「しかしキミの両親が死去し、この場所でそういった会合が開かれなくなった結果、信仰が薄れてきてしまったと。なるほどね、納得の理由だと思うよ。それだけが原因ってわけではないはずだが、一つの切っ掛けではあったんだろうさ。」

 

「運の悪いことに、同時期に近所に立派な公民館が出来ちゃいましたしね。今はもう集まりはそっちでやってるんだそうです。……それに私がマホウトコロに入ったばかりの頃は、叔父さんも忙しくて神社は荒れ放題でしたから。雑草だらけで大変だったんですよ? 叔父さんの仕事が落ち着いて、私が多少手入れを手伝えるようになった時にはもう遅かったんです。昔から顔を出してくれてた方は今でもたまに参拝にいらしてくれるんですけど、みんなお年寄りですからね。まさか無理に来てくれとも言えませんし、何とも難しい状態になっちゃいました。」

 

肩を落としながら小さくため息を吐いている早苗だが……うーん、日本ではそこまで珍しくもない話なんだろうな。というか、どの国家のどの宗教でも同じか。嘗ての人間たちは信仰のために命すら捧げていたが、現代ではそういう話は滅多に聞かない。これもまた時代による変化の一つというわけだ。

 

緑茶を一口飲みながら然もありなんと首肯した後、落ち込んでしまっている早苗へと質問を飛ばす。だが、今の彼女はその変化から逃れる術を知っているはずだ。過去を保つ箱庭の存在を。

 

「この神社の現状は把握したよ。その上で聞かせてもらうが、考えの整理は付いたかい? つまり、幻想郷への移住についての。」

 

「……はい、決めました。私、思ってたよりもこの世界に未練がなかったみたいなんです。前に言った通り、幻想郷に移住するってことで進めてください。」

 

「まあ、私としては願ったり叶ったりなんだけどね。いいのかい? イギリスで説明したように、生活の水準は多少低くなるよ?」

 

「そこだけはちょっと不安ですけど、残った時間で色々と勉強すれば大丈夫だと思います。あとは気遣ってくれた叔父さんに残せる物を残したいのと、お世話になった先輩にお別れを言うくらいですかね。……しっかり考えてみたら気付いちゃいましたよ。私ったら、本当に何も築けていなかったんだなって。だってこの世界に戻ってこられなくなるかもって考えた時、その二人の顔しか浮かんでこなかったんですもん。情けない話ですよね。」

 

幼い頃は他者には見えない二柱と会話する『不思議ちゃん』だった所為で友達が出来ず、その後数少ない理解者だった両親と死別し、マホウトコロでは転入組で無派閥のパーセルマウスだからロクな人間関係を築けなかったわけだ。んー、悪い子ではないんだがな。環境とタイミングが悪かったってことか。

 

どこまでも不運な人生に内心で苦笑しつつ、俯く早苗の頭を撫でて言葉をかける。

 

「幻想郷で一からやり直したまえ。今度こそ後悔しないように、キミが胸を張れるような人生をね。」

 

「……ですね、頑張ります。もっと明るくなって、人付き合いに尻込みしないで、参拝者が沢山来てくれるように神社を盛り立てていくんです。」

 

「んふふ、その意気だよ。……それじゃあ、ここらで二柱の話も聞いてみようじゃないか。この中から札を取り出してくれたまえ。私は触れないから。」

 

言いながら神札が入っている袋を懐から出して、それを早苗へと手渡す。この子の意思が移住に傾いている以上、二柱も……少なくとも神奈子の方は賛成してくるはずだ。前回会った時の様子を考えればいけるはずだぞ。

 

問題は諏訪子の方かなと思考しつつ、早苗が慎重な手付きで布袋の中から札を取り出すのを眺めていると……さて、お出ましか。封印がかかっている袋から札が出た瞬間、座布団の上に二柱の神が顕現した。

 

「やほー、早苗。私にもお茶頂戴。冷たいやつね。あと蜜柑も。」

 

「久し振りだな、早苗。と言っても、我々はいつもお前のことを見守っているが。」

 

「諏訪子様、神奈子様! お久し振りです! 今お茶を準備しますね。」

 

途端に元気になってキッチンの方へと早足で向かって行く早苗を見送った後、縁側から二柱へと軽く声を放つ。私にも挨拶しろよな。客だぞ。

 

「やあ、私の同盟者さんたち。また会えて嬉しいよ。」

 

「……まだ同盟者になるとは決まっていない。」

 

「決まったようなものじゃないか。さっきの話を聞いてなお早苗をこちらに引き留めるつもりかい?」

 

仏頂面で反論してきた神奈子に問いかけてみれば、彼女は苦い顔付きになって黙り込んでしまう。よしよし、やはりこっちは大丈夫そうだな。移住に乗り気になっているようだ。

 

盤面が優勢なことを確信してニヤリと笑ったところで、『厄介な方の神』が薄く笑いながら会話に入ってきた。今日も奇妙な目玉付き帽子を被っている諏訪子の方がだ。

 

「ま、早苗がこっちで苦労してるってのは認めてもいいよ。もしかしたら幻想郷に行った方が幸せになれるかもしれないってこともね。」

 

「その上で何か不満があるのかい?」

 

「何て言うかさ、アンネリーゼちゃんの思い通りに進んじゃうってのがどうもね。取り引きを持ち掛けてきた側の言う通りにすると、大抵の場合ロクなことにならないもんでしょ?」

 

「では考えたまえよ。私は待つぞ。不明な点や不満な点があるなら話し合いにも応じよう。……優良な取引相手だと思うがね、私は。」

 

悪くない反応だな。目玉帽子の方も迷い始めているわけか。余裕の表情で返答してみれば、諏訪子は面倒くさそうに唸りながら被っていた帽子をテーブルに置く。

 

「この前も言ったけど、やっぱり一番気に入らないのは幻想郷って土地を直に見てないって点かなぁ。具体的にどんな場所なのさ。」

 

「早苗への説明を横で聞いていたんだろう? だったらイメージくらいは出来るはずだぞ。」

 

「自然が豊かな山奥で、そこそこの規模の人間の集落があって、妖怪が普通にウロついてて、神とかも居て、私たちが実体を保てるほどに神秘が濃い土地? そんなのおとぎ話の世界観だよ。実際に見てるアンネリーゼちゃんはイメージできるのかもだけど、こっちとしては中々難しいかな。」

 

「だからこそ『幻想の郷』なんじゃないか。……正直に言えば、個人的には直接見せてもいいと思っているんだけどね。簡単には入れない土地なんだ。強力な結界があるから。」

 

戻ってきた早苗が甲斐甲斐しく二柱に茶を出すのを横目に肩を竦めてやると、諏訪子は腕を組んで天井を見上げつつ質問を投げてきた。

 

「そうそう、『強力な結界』。そこも気になるね。……『何のために』作った土地なのかは大体分かるんだよ。今の世の中が人外にとって生き難い世界だってのは明らかなんだから、避難場所を作ろうとするのはそうおかしなことじゃないもん。だけどさ、『誰が』作ったのかすらはっきりしないのは困るなぁ。そいつの箱庭の中で暮らすのであれば、そいつの意図を掴んでおかないとね。無茶苦茶な規模と強度の結界を張れるようなヤツなんでしょ?」

 

「私が知っている管理者は八雲紫って女だよ。言ってなかったか? スキマを操る大妖怪だ。」

 

そういえば紫の名前は出していなかったっけ。今更ながらに思い出しつつ送った回答を受けて……おお、知ってるみたいだな。諏訪子と神奈子は揃って嫌そうな顔になってしまう。あの覗き魔の『悪名』はこの二柱にも届いていたらしい。

 

「うへぇ、隙間妖怪? 大昔に月の民に派手な喧嘩を売ったヤツでしょ? やっばいなぁ、思ってたよりも大物の名前が出てきちゃった。……まさか、早苗のポテトを盗んでたヤツが隙間妖怪なの? やってることがショボすぎて気付けなかったよ。あれが噂の『スキマ』なんだ。」

 

「境界の妖怪か。直接会ったことは無いが、恐ろしく厄介な大妖怪だという噂は聞いている。私たちが出会う前から存在しているかなりの古参のはずだ。……大昔に鬼たちが一斉に消えたのも八雲紫の仕業だったのかもしれないな。そう考えれば納得できないか? 諏訪子。」

 

「ん、出来るね。アンネリーゼちゃん、幻想郷に鬼って居るっしょ? 吸血鬼じゃなくて、角が生えてる勝負バカどもの方。」

 

「あー……そうだね、居るはずだ。直に見てはいないが、どこかで聞いた覚えがあるよ。」

 

いつ聞いたんだったかな? 私がぼんやりした記憶を掘り起こしている間にも、諏訪子と神奈子の会話は進んでいく。ちなみに早苗は諏訪子からちょいちょいと手招きされた後、話の内容にきょとんとしながら彼女の『椅子』になっている。年齢に見合っていない大きな胸をヘッドレストにされる形でだ。

 

「やっぱりね。……となると、天狗なんかもそうなのかな。ある時期一気に居なくなっちゃったもんねぇ。あれは隙間妖怪が自分の箱庭に取り込んだからだったんだ。」

 

「他にも心当たりがいくつかあるぞ。あの頃既に私たちはこの場所から離れられなくなっていたから、確たることは言えないがな。」

 

「ひょっとすると、出雲の会合なんかで話題になってたのかもね。うーん、『浮世離れ』してるとこういう時に不便だなぁ。……ところで早苗、あんたまた乳が大きくなってるね。頭が沈み込んじゃうよ。」

 

「へっ? ……そ、そうですね。どんどん新しい下着が必要になっちゃうから大変なんです。」

 

なんだその急な指摘は。唐突に話を振られた早苗が慌てる中、彼女の方へと全身を預けている諏訪子がこちらに言葉を飛ばしてきた。やはりこいつの方が神っぽいな。自分勝手な会話のリズムが正にそれだぞ。

 

「ま、色々と納得したよ。そっか、隙間妖怪か。だったらそういう土地も創り出せるだろうね。……ついでにアンネリーゼちゃんが同盟者を必要としてる理由もちょっと分かったかな。そんな相手じゃ油断できないもん。」

 

「そういうことだね。……結論としてキミたちはどう思っているんだい? 移住に肯定的か、否定的か。今一度答えを聞かせてくれたまえよ。」

 

私の問いに対して、先ずは神奈子が口を開く。私にではなく、早苗の方にだ。

 

「早苗、お前は幻想郷に行くことを望んでいるんだな?」

 

「はい、神奈子様。私は幻想郷に行って、お二方とまた一緒に暮らしたいです。お二方のためというか、私個人の望みとしてそう思ってます。……私にとっての家族はもう神奈子様と諏訪子様だけなんです。離れたくないって思うのはダメなことなんでしょうか?」

 

「無論、ダメじゃないぞ。そう言ってくれて私は嬉しい。……まあ、早苗が移住を望むのであれば私としては否などないさ。お前がこの世界に馴染めなかったのは、久々に話し相手を得て喜んだ私たちが余計なことをし過ぎたからだ。その責任は取らなければならない。だろう? 諏訪子。」

 

「……そのことは身に染みて分かってるよ。この子が最初に私たちに反応してきた時、ずっと『二人ぼっち』だった私と神奈子は大いに喜んだもんさ。だからこそちょっかいをかけ過ぎちゃったね。失敗に気付いた時には後の祭りで、この子は『ユーレイ』に話しかける変な子扱いされちゃってた。……ん、そうだね。もう私からは何も言わない。早苗が好きに決めな。ここが嫌なら、みんなで幻想郷に逃げちゃおっか。そのための対価は私たちで払うからさ。」

 

早苗の胸の中で彼女の膝をぽんぽんと叩いた諏訪子の台詞を聞くと、神奈子はこちらに向き直って発言を寄越してきた。

 

「バートリ、一つだけ確約しろ。早苗の安全には最大限気を使うと。それを約束できるのであれば、私はお前の同盟者としてかの地で力を貸してやろう。」

 

「では、バートリの名に誓おう。移住において早苗の安全には最大限気を使うことと、幻想郷で生活するに当たってキミたちが私の身内を優先する限りは私も早苗のことを優先すると。」

 

「結構。……私からは以上だ。諏訪子からは何かあるか?」

 

深々と頷いて了承の意思を示した神奈子の質問に、諏訪子はむむむと悩みながら声を上げる。

 

「細かい部分は後で詰めるとして、先に小さな条件を一つ提示しておこうかな。……早苗が向こうに行く前に、こっちの世界を満喫させてやって欲しいんだ。今まで随分と我慢させちゃってたからね。」

 

「満喫? よく分からんね。具体的に言ってくれ。」

 

「つまりさ、イギリスでやったみたいなことをやってあげて欲しいわけ。一概にショッピングに付き合えってんじゃないよ? ほら、早苗が行きたがってた遊園地があったじゃん。ああいうとこに連れて行ってあげたりとか、そういうことを頼みたいの。」

 

「あの、諏訪子様? 私は大丈夫ですよ? リーゼさんにも悪いですし。」

 

遊園地? 奇妙な条件だな。おずおずと口を挟んだ早苗へと、諏訪子は見上げる形で注意を放つ。

 

「あのね、早苗。もう戻ってこられないかもしれないんだよ? アンネリーゼちゃんはお金持ちみたいだし、この際パーッと楽しんじゃいな。あんたには読みたかった漫画とか、観たかった映画とか、行きたかった場所が沢山あるんでしょ? 後悔しないようにたらふく楽しんで、それで清々しい気分で幻想郷に行こうよ。」

 

「おい、私は『金蔓』扱いか?」

 

「安心しなよ、アンネリーゼちゃんには幻想郷に行った後で私たちが対価を支払うから。……早苗にはちょーっと我慢させ過ぎたからね。アホみたいに豪遊するのはダメだけど、やりたかったことを叶えるくらいは別にいいじゃん。あんたはもう少し我儘になりな。じゃないと妖怪たち相手に渡り合えないよ。」

 

まあ、早苗を遊ばせる程度で二柱に恩を売れるのであれば……悪くない取り引きだよな? 若干の『利用されている感』があることに微妙な気分になっていると、早苗が困ったような顔付きで応答を口にした。

 

「でもですね、ただ遊ぶだけっていうのは──」

 

「あーもう、ごちゃごちゃ言わない! 一番近くで見てきた私だから分かることだけど、本来のあんたは尋常じゃない我儘娘なんだよ。唯我独尊を地で行くタイプのおバカちゃんなの。今は無理して『良い子』をやってるだけだね。……あんた、幻想郷に行った後もそれを続けるつもりなの? 不満を胸に押し込んで、愛想笑いで生きていくあんたを見てるだなんて私は御免だからね。」

 

「えぇ? 私、そんな人物評価なんですか? 『おバカちゃん』? ……えっと、神奈子様もそう思ってます?」

 

愕然としたように神奈子の方へと視線を動かした早苗だったが……うーむ、目を逸らされているな。神奈子も諏訪子と同意見のようだ。

 

「……昔はまあ、そんな感じだったかもしれないな。非常に頑固で我が強い自信家だった。」

 

「それが早苗の本質なんだよ。幻想郷に行くまでの準備期間でアンネリーゼちゃんに甘えまくって、あんたの本質を取り戻しな。訳の分かんない無茶苦茶な土地に行くのであれば、もう変な枠に自分を閉じ込める必要なんてないんだから。……いいね? 宿題だよ?」

 

「えと、その……分かりました。諏訪子様がそう言うのであればやってみます。」

 

「ん、それでいいの。……アンネリーゼちゃんもお願いね。こんな性格じゃ妖怪を相手にやっていけないってのは分かるっしょ? 要するに、『我儘訓練期間』だよ。アンネリーゼちゃんにはそのスポンサーをやってもらうから。」

 

なんだそりゃ。……諏訪子のやつ、『反対する』から『とことん利用する』に進路を切り替えたらしいな。早苗の我儘を叶えるのは想像するだけでも非常に面倒くさいが、後々利子付きで二柱に請求できるのであれば貸し付けておくのも悪くないだろう。適当に付き合ってやるか。

 

吸血鬼のカンが『厄介なことになるぞ』と囁いてくるのを感じながら、アンネリーゼ・バートリは不承不承の首肯を返すのだった。

 


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