Game of Vampire   作:のみみず@白月

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騙し合い

 

 

「じゃあ、アリスからの許可は出たのか? アベルト(解錠せよ)。」

 

錠前に上級解錠呪文を放ちつつ聞いてくる魔理沙へと、サクヤ・ヴェイユはこっくり頷いていた。ちなみに錠前はしっかりと木の小箱の封印を守ったままだ。未だ誰も成功していないし、今回の呪文はかなり難易度が高いらしい。さすがは六年生の内容だけあるな。

 

十月も終わりが見えてきた大雨の日の午前中、私たちグリフィンドールとハッフルパフの六年生は呪文学の授業を受けている最中だ。魔法によって保護された錠を開けて木箱の中のクッキーを取り出すというのが今回の課題なのだが……これがどうにも難しくて、授業の残り時間が少なくなってきた現在も誰一人として成功していないのである。

 

そんな中、私と魔理沙はペアを組んで堅固な錠前に試行錯誤しながら、アズカバンに行くための計画を話し合っているわけだ。ピクリとも動いてくれない無骨な南京錠を見て苦い顔になっている魔理沙へと、今度は私が呪文を試しながら返答を送った。

 

「ペティグリューさんから隠し部屋の話を聞きたいって手紙に書いたら、意外にもすんなりオーケーを出してくれたわ。リーゼお嬢様もいいって言ってくれてるみたいよ。……もうちょっと根掘り葉掘り聞かれると思ってたんだけどね。アベルト。」

 

「何かさ、ちょびっとだけ不気味じゃないか? 逆転時計に関しても全然聞いてこないよな。リーゼが興味を持たないのは分からんでもないが、アリスの方はもっと色々言ってくると思ってたぜ。」

 

「魔女として興味を持つはずだってこと?」

 

「そりゃお前、『魅魔様が創ったオリジナルの逆転時計』だぞ? そんなもん気にならない方がおかしいだろ。」

 

ふむ、言われてみればそうかもしれない。私ですら興味を惹かれる対象なのに、リーゼお嬢様もアリスもあまり関わってこようとしないな。手紙では近況を尋ねてくるものの、逆転時計についての意見や質問はほぼゼロだ。どうしてなんだろう?

 

疑問が頭をよぎったところで、近付いてきたフリットウィック先生がアドバイスを寄越してくる。まだ成功者が居ないのに随分と余裕がある態度だし、どうやら最初から失敗する前提の授業だったようだ。難易度が高い呪文だから、時間をかけて取り組む予定ってことかな?

 

「二人とも、杖の振り方には細心の注意を払うように。上級解錠術は非常に繊細な呪文ですから、僅かなタイミングのズレが失敗に繋がりますよ。」

 

「分かりました、フリットウィック先生。」

 

「あいよ、気を付けるぜ。」

 

私たちの返事を受けて別の生徒の方へと向かうフリットウィック先生を見送りつつ、アズカバンの一件に話を戻す。杖の振り方か。もう一度教科書をチェックしてみよう。

 

「何にせよ、次のホグズミード行きの時に迎えに来てくれるらしいわ。」

 

「十一月の第二日曜日だよな? 八日か。……手続きとかはどうなるんだ? 面会の申請的なことをしないといけないんだろ?」

 

「アリスがやってくれるんですって。どうせ用事で近々魔法省に行くから、その時にオグデン監獄長に直接掛け合っておくって手紙に書いてあったわ。魔理沙は知ってる? 去年の隠れ穴でのクリスマスパーティーに来てたんだけど。」

 

「『スーツのカウボーイ』みたいな変な格好のおっさんだろ? 挨拶だけはしたぜ。結構な皮肉屋っぽいけど、私は面白いヤツだと思うぞ。アベルト! ……くそ、全然成功しないな。」

 

皮肉屋っぽい? そんな印象は受けなかったんだけどな。私が挨拶した時はやけにぎこちなかったし、ちょっと変な人って印象だ。……そういえば、その時話していたロバーズ局長は怪訝そうに『いつもと違う』的なことを言っていたっけ。ひょっとして私に何か思うところがあるんだろうか?

 

オグデン監獄長についてを考えている私を他所に、魔理沙は苛々と呪文を連発しながら話を続けてくる。めったやたらにやっても無駄だと思うぞ。

 

「アベルト! とにかく、後はペティグリューの方が了承してくれれば面会できるわけだ。……してくれるかな?」

 

「そこは何とも言えないわね。妹様やルーピン先生とは面会したみたいだし、大丈夫だとは思うけど……アベルト。承諾してくれることを祈るしかないんじゃない?」

 

ダメか。多分今のは慎重になりすぎて杖を振るスピードが遅かったんだろう。素早く振るために何度かおさらいしている私へと、同じように教科書を読み直している魔理沙が言葉をかけてきた。

 

「んじゃ、調査の続きはお前が成人した後ってことだな。暫くはクィディッチに集中しとくか。」

 

「そういうことになるわね。メンバーは決まったの? テストをしてたみたいだけど。」

 

「それがな、私かジニーがシーカーをやることになるかもしれないんだ。シーカーの希望者がちょっと不作なんだよ。チェイサーを二人補充して、キーパーを一人入れるってのが一番マシな展開っぽくてな。」

 

「まあ、別にいいんじゃない? ジニーも貴女もやれないことはないでしょ。」

 

魔理沙は一年生の頃にやったことがあるわけだし、そこまで大きな問題ではないはずだ。軽い口調で相槌を打った私に、魔理沙は肩を竦めて応じてくる。

 

「キャプテンどのは来期もプレーすることになる私に任せたいって言ってるんだが、そうなるとジニーが卒業した後のチェイサー陣が新人ばっかりになっちまう。難しい選択だぜ。」

 

「どっちを選ぶにせよ、きちんと考えて決めなさいよ? 来年度は貴女がキャプテンをやることになるんだから。アベルト(解錠せよ)。……あら、開いたわ。」

 

「おー、やるじゃんか。」

 

ガチャリと音を立てて動いた錠前がテーブルに落ちて、木の小さな箱が独りでに開く。やった、成功だ。中に入っていたチョコチップクッキーを取り出した私へと、成功に気付いたフリットウィック先生が満面の笑みで拍手を送ってきた。

 

「素晴らしい! ミス・ヴェイユが成功させました! グリフィンドールに十五点!」

 

「えっと、どうもありがとうございます。」

 

褒められるのは素直に嬉しいが、注目されると若干恥ずかしいな。テンションの高いフリットウィック先生にお礼を告げたところで、再び箱を閉じて錠をかけた魔理沙が口を開く。

 

「もう一回封印の呪文をかけてくれよ。こうなったら私も成功させたいぜ。」

 

「いいでしょう、チャレンジ精神があって大いに結構。」

 

そう言ったフリットウィック先生が……おお、複雑だな。呪文を呟きながら物凄い速さで杖を細かく動かすと、箱にかかっている南京錠が一度だけカタリと小さく揺れる。これで再度封印が施されたらしい。

 

「これで完了です。どうぞ、ミス・キリサメ。」

 

「あんがとよ。……ちなみにさ、その封印のための呪文も六年生の内容なのか?」

 

「六年生の後半か、あるいは七年生の初め頃の内容ですよ。こちらは呪文学ではなく、防衛術ですが。」

 

なるほど、防衛術の分野なのか。説明してから遠ざかっていったフリットウィック先生の背を横目に、杖を構えた魔理沙のことを席に座って見守っていると……うん? うなじにゾワリとした感覚が走った。またこれか。

 

「ん? どうした?」

 

「何でもないわ。呪文に集中して頂戴。」

 

首の後ろを摩っている私に声をかけてきた魔理沙に返してから、心の中で小さくため息を吐く。最近はよくあることなのだ。単にゾワッとするだけなので病気とかではないと思うのだが、ここまで続くと何だか不安になってくるぞ。

 

……そういえば、この感覚が時たま訪れるようになった少し前から寝ている間に勝手に時間が停止する頻度が減り始めたな。『ゾワゾワ』の頻度増加に伴って減少している感じだ。最近は勝手に止まることが殆どなくなってきたぞ。

 

もしかして何か因果関係があるのだろうか? 考えてみるとそんな気もしてくるが、残念なことにどちらの原因もさっぱり分からない。である以上、思い悩んだところでどうにもならないだろう。

 

うーん、我ながら困ったもんだな。自身に宿る能力に苦いものを感じつつ、サクヤ・ヴェイユは親友の頑張りを観察するのだった。

 

 

─────

 

 

「それでは、私はこれで失礼しますね。」

 

相変わらずさっぱりとしているな。人形店から出て行くアピスさんに手を振りつつ、アリス・マーガトロイドは一つ息を吐いていた。七月の終わり頃からやっていたアピスさんへの人形作りの指導が終了したのだ。覚えが早かったので基礎は充分詰め込めたし、あとは一人でもどうにかなるはず。『教師役』としての責任は何とか果たせたと言えるだろう。

 

見送りを終えてカウンター裏の丸椅子に腰掛けたところで、リビングに続く階段の方からリーゼ様がひょっこり顔を出す。もう起きていたのか。まだ昼前だから寝ていると思っていたぞ。

 

「ん? アピスはもう帰ったのかい? エマが今日スイスに帰るとかって言っていたが。」

 

「ついさっき帰りましたよ。何か用があるならまだ追いつけると思いますけど。」

 

「いや、別に用があるわけではないんだけどね。……あいつ、きちんと対価を払っていったのか? キミの『人形作り教室』は授業料を支払うに足るものだったはずだぞ。」

 

カウンターに直接腰掛けて聞いてきたリーゼ様へと、苦笑しながら返事を返した。

 

「去年から色々と手伝ってもらってますし、基礎的な部分を教えただけなのでお代は不要だって言ったんですけどね。アピスさんがそれだと困るらしいので、何かあったら情報をくださいって伝えておきました。」

 

「……ふむ、悪くないね。あの情報屋に貸しを作ったってのは大きいんじゃないかな。」

 

「いやまあ、『貸し』と言えるほどではないと思いますけど。」

 

「ま、アピスのことはどうでも良いさ。家主たる私に挨拶も無しで帰ったのは気に食わないけどね。……それより咲夜の一件はどうなったんだい? 昨日面会の許可をオグデンに取りに行ったんだろう?」

 

少し真剣な表情になって問いかけてきたリーゼ様に、ガラスケースを拭くための布巾を取り出しながら首肯して応じる。十月の初旬に咲夜からの手紙が届いたのだ。逆転時計に関する隠し部屋の場所をペティグリューが知っているかもしれないので、アズカバンに居る彼に会って話を聞きたいという手紙が。

 

「ペティグリューの方が了承すれば面会自体は可能だそうです。咲夜にもそう書いて手紙を送り返しておきました。……それで良かったんですよね?」

 

「色々と突っ込みたい点はあるし、ペティグリューと直接会うことに思うところもあるが……『何もしない』をやめるわけにはいかないからね。咲夜が希望してきたなら叶えるべきなんだろうさ。多分それが『自然な動き』であるはずだ。」

 

「んー、『自然な動き』を意図的に選択するのは中々難しいですね。忍びの地図の制作者たるブラックとルーピンから話を聞いて、そこからペティグリューに繋がった。その動きに不自然さは特にありませんけど……ペティグリューとの面会、何も知らなかった場合の私たちもオーケーすると思いますか?」

 

「するんじゃないかな。少なくとも私はあのネズミに大した感情を抱いていないからね。無論好きではないが、もはや危険だとも思えない。である以上、私が許可を出すのは自然な動きであるはずだ。……キミはどうなんだい? 仮にキミから反対されれば私は考えを翻すかもしれないぞ。」

 

リーゼ様から問い返されて、頭の中で思考を回す。ペティグリューに対する私の感情は複雑なものだ。恐らくリーゼ様もそうなんだろうけど、紅魔館の住人にとっての『忍びたち』はフランを通して見ている側面が大きい。ジェームズしかり、ペティグリューしかり。彼らのことを考える際、私たちはどうしてもフランの感情を間に挟んでしまうのだ。

 

フランは幻想郷に旅立つ前、ペティグリューに会いに行っていた。そこでどんな会話が交わされたのかも、どんな感情から面会を希望したのかも口には出さなかったが……多分彼女は憎んではいないはずだ。赦しているかどうかは判断できないが、憎悪しているわけでも責めに行ったわけでもないはず。それは何となく分かるぞ。

 

なら、私はきっと咲夜と魔理沙の面会を止めない……かな? 正直言って『何も知らない場合の私』がどうするかは断定できないものの、まさか断固としてペティグリューとの面会を阻もうとはしないはずだ。脳内で纏めた考えを言葉にして、答えを待つリーゼ様へと言い放つ。

 

「私も止めはしないと思います。ただ、二人だけで行かせるのはやっぱり渋るんじゃないでしょうか?」

 

「だったら現状の対処で問題ないはずだ。キミが付き添いとして同行して、ペティグリューと面会させる。これが『何もしない』に当たる自然な動きだよ。」

 

「ですね。面会そのものは早ければ十一月八日になりそうです。ペティグリューが面会を拒絶するか、別日を希望すればまた違う日になるかもですけど。」

 

「ペティグリューの方は当然ながら時間遡行のことを知らないからね。彼がどうするかは考慮に入れなくても大丈夫だ。勝手に自然な動きをしてくれるさ。……そういえば、キミはマグルの遊園地に興味があるかい?」

 

遊園地? 急すぎる話題転換にきょとんとしつつ、とりあえず質問の返答を飛ばした。

 

「興味があるかと言われると微妙なところですけど、別段嫌いではないですよ。昔はテッサと二人で行ったりもしてましたから。」

 

「十一月の下旬に行くことになったんだが、キミもどうだい? 日本で一番有名な遊園地らしいんだ。」

 

「日本の? ……あー、なるほど。東風谷早苗ちゃんでしたっけ? に絡んだ予定なわけですか。妙なことになってますね。」

 

日本の神を『手駒』にしようとしていることも、そのためにマホウトコロの少女との関わりを深めていることも知っているが……それに何だって日本の遊園地が関係してくるのだろうか? 謎の状況に首を傾げる私へと、リーゼ様は疲れたような顔付きで説明を投げてくる。

 

「早苗が行きたがっていて、彼女を『楽しませる』ことを神の片方が条件として追加してきたんだよ。だから連れて行く羽目になったってわけさ。……一緒に来てくれないか? キミだって遊園地ではしゃぐような歳じゃないだろうが、私は尚のことそうじゃないんだ。考えるだけで憂鬱になってくるよ。せめて苦労を分かち合える同行者が居ればマシになりそうなんだが。」

 

「まあその、同行するのは別に構いませんけど……東風谷ちゃんと私たちの三人で行くってことですか? 初対面の私が一緒だと東風谷ちゃんが困りませんかね?」

 

「最大だと五人だよ。その前に博麗神社に行って神札の補充が出来れば、神たちも顕現して同行するつもりらしいからね。ただし、博麗の巫女が札を出し渋れば三人になっちゃいそうかな。いよいよストックが残り少なくなってきたんだ。」

 

「神と一緒に遊園地ですか。改めて考えると凄まじい状況ですね、それ。」

 

札の補充が叶った場合、魔女と吸血鬼と神と人間で遊園地に行くことになるわけだ。あまりにも奇妙な一団のことを想像する私に、リーゼ様は肩を竦めながら応答してくる。チケットを買う時、神は何料金になるんだろう? やっぱり大人か?

 

「何ともバカバカしい話だが、それが条件なのであれば呑む他ないのさ。……じゃあ、キミも一緒に行くってことで進めさせてもらうよ。神たちに紹介するタイミングは欲しかったし、ちょうど良い機会なのかもしれないね。」

 

「……リーゼ様、変な方向に利用されてませんか?」

 

「されている自覚はあるよ。二柱の内の片方が厄介なヤツでね。上手いこと誘導されているんだ。……まあ、幻想郷に行った後で代金はきっちり請求させてもらうさ。二柱とも支払いを反故にするほど愚かではなさそうだったし、今は我慢の時って感じかな。」

 

言うリーゼ様は大きなため息を吐いているが……ううむ、意外な落とし穴だったな。夏休み中に魔理沙から東風谷ちゃんの『誑かされっぷり』を聞いた時は同情したけど、こうなってくるとどっちもどっちなのかもしれない。さすがは神だけあって、一方的にリーゼ様が利用できるほど簡単な存在ではなかったということか。

 

神と吸血鬼の騙し合い。その結果が一緒に遊園地に行くことになるのは実に珍妙だなと思いつつ、アリス・マーガトロイドは苦笑いを顔に浮かべるのだった。

 


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