Game of Vampire   作:のみみず@白月

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アズカバン

 

 

「あら、どうも。」

 

ひょっとして、今の変身術の教師さんかな? 横を通り過ぎる際に目礼してきた特徴の少ない六、七十代の男性に挨拶を返しつつ、アリス・マーガトロイドはホグズミード村の景色を眺めていた。白髪交じりの黒髪、中肉中背の体付き、神経質そうな硬い雰囲気。どこかで会った気がするな。第一次魔法戦争の時か?

 

十一月八日の昼前。現在の私はペティグリューとの面会を希望した咲夜と魔理沙をアズカバンに連れて行くために、懐かしのホグズミード村を訪れているところだ。……しかし、この村は変わらないな。さすがに私の学生時代とは経営者が変わっているのだろうが、立ち並ぶ店はその殆どが昔のままだぞ。

 

教師をやっていた頃の見回りでも感じたことを改めて実感していると、またしてもすれ違う誰かが声をかけくる。綺麗な黒髪の品が良さそうな年嵩の女性だ。

 

「……マーガトロイドさん?」

 

「もしかして……ラメットさん、ですか?」

 

これはまた、驚いたな。マリー・ラメットさんだ。ホグワーツで防衛術の教師をしていることはもちろん知っていたし、だとすればこの場に居ることはおかしくないのだろうが……むう、奇妙な感覚に陥るぞ。こう思うのは失礼かもしれないけど、目の前の彼女は随分と皺くちゃになってしまっている。

 

目をパチクリさせる私に対して、ラメットさんは少し赤くなった頬に手を当てながら恥ずかしそうに話を続けてきた。細かい動作が上品なのは昔のままだな。人というのはそうそう変わらないものらしい。

 

「驚きました。……ああ、恥ずかしいですね。私だけがこんなに歳を取っちゃって。会うと分かっていたらもっとおめかしして来たのに。」

 

「いやいや、私だって同じように歳は取ってますよ。見た目はまあ、ちょっとズルしてますけど……そうですか、ラメットさんですか。お元気そうで何よりです。」

 

「ええ、教師を始めてから少し健康になった気がします。記者をしていた頃は不規則な生活でしたから。……でも、本当に懐かしい。マーガトロイドさんはあの頃と変わりませんね。というか、若干幼く見えるくらいです。」

 

「あー……実はそれで合ってます。これはラメットさんと会った時より前の姿ですから。ほんの少しですけどね。」

 

何かこう、無理に『若作り』しているみたいでこっちも恥ずかしくなってくるな。目を泳がせながら白状した私へと、ラメットさんはクスクス微笑んで相槌を打ってくる。

 

「複雑な変身術を使っているんですか? 何にせよ羨ましい限りです。……結婚はされていないんですよね?」

 

「ですね、残念ながら独り身です。同居人が多いので寂しくはありませんけど。ラメットさんはご結婚なされたんですよね? 咲夜と魔理沙が教えてくれました。」

 

「まあその、事実婚みたいなものですけどね。フランス魔法界が広量で助かりました。」

 

「奥さん……『奥さん』で合ってますよね? はフランスに残っているんですか?」

 

どう呼べばいいのかが分からなくて曖昧になってしまった私の問いに、ラメットさんは小さく首肯して応じてきた。マグル界と同じく魔法界でも彼女の恋愛観はマイノリティに当たるのだろうが、向こうよりも多くの種族が存在しているこちら側ではそういった事情に対する免疫がついているのだ。様々な価値観が流れ込んでくる大陸側であり、かつ息の長い国家であるフランスの魔法界は特にその傾向が強いらしい。

 

「合っていますよ。もう養子が独立しているので、妻も一緒にイギリスに来ているんです。今はロンドンで生活しているんですけど、今日はちょうど会う予定でして。」

 

「ホグズミードでですか?」

 

「そういうことですね。良かったらマーガトロイドさんも一緒にお話ししませんか? 老人二人だとどうにも会話が盛り上がらないんです。」

 

「いえ、今日は予定がありまして。咲夜と魔理沙をとある場所に連れて行かないといけないんです。……それにまあ、どういう立場で会えばいいのか分かりませんし。」

 

困った気分を顔に浮かべて返事をしてみれば、ラメットさんも微妙な顔付きになって同意してくる。

 

「それはそうかもしれませんね。私が大昔に『アプローチ』した相手だなんて紹介したら、妻も困惑するでしょう。」

 

「ですよね。……だけど、良かったです。古い知り合いが幸せになっているのを見ると、こっちも幸せな気持ちになれますよ。」

 

笑顔でそう言った私に、ラメットさんは優しげな笑みで頷いてきた。昔の彼女と重なる表情だな。

 

「『幸せ』ですか。……そうかもしれませんね、我ながら悪くない人生だったと思います。あとは教師として何十年か勤められれば完璧です。」

 

「何十年、ですか。」

 

「はい、何十年です。私、欲張りですから。まだまだ死ぬ気にはなれません。……では、失礼しますね。また会いましょう、マーガトロイドさん。」

 

「そうですね、またいつか。」

 

可愛らしく手を振ってきたラメットさんに振り返してから、しみじみと深く息を吐く。奇妙な縁だな。とはいえ、そう悪いものではない気がするぞ。ラメットさんの人生と私の人生はちょうど良い具合に交差したということなのだろう。

 

去って行くラメットさんの背を眺めながら考えていると、今度は金色と銀色の髪の見慣れた二人組が近付いてきた。

 

「おっす、アリス。待たせちゃったか?」

 

「アリス、久し振り。……ラメット先生と話してたの?」

 

「久し振りね、二人とも。そうよ、少しだけお喋りしてたの。」

 

「ペティグリューは面会を了承してくれたんだよな? すぐ行くのか? っていうか、アズカバンに直行なのか?」

 

挨拶の後で質問を連発してきた魔理沙に、肩を竦めながら応答を放つ。相変わらず対照的な二人だな。動と静だ。だからこそ相性が良いのかもしれない。

 

「面会の了承は取れたわ。本来なら先ず魔法省に行って、そこで細々とした手続きをしてからアズカバンに移動するんだけどね。今回は貴女たちを帰校時間までに帰さなくちゃいけないから、オグデンに頼んで手続きをショートカットしてもらったの。姿あらわしでアズカバンに直行よ。」

 

「おしおし、助かったぜ。長く時間が取れるクリスマス休暇まで待つのはもどかしいしな。」

 

「本当はダメなんだからね? マクゴナガルにも一応話は通してあるけど、この時間で許されているのはあくまでホグズミードの中での外出なんだから。」

 

「分かってるって、今回だけだよ。……ほら、早く行こうぜ。前からアズカバンには興味があったんだ。この機会にしっかり見ておかないとな。」

 

監獄なんだぞ、あそこは。見境のない好奇心を示す魔理沙にため息を吐いた後、ぷるりと小さく身を震わせた咲夜に話しかける。今日はやけに気温が低くなっちゃったし、寒いのかな?

 

「咲夜? 寒いなら私のマフラーを使いなさい。」

 

「ううん、大丈夫。別に寒いわけじゃないから。……あっちって何があるんだっけ?」

 

「向こうは民家が並んでいる区画のはずよ。大通りは商店ばっかりだけど、ホグズミード村にだって普通の住人は居るもの。……そういえば、さっき変身術の教師さんがあっちに歩いて行ったわね。何て名前だったかしら?」

 

「チェストボーンだろ? バイロン・チェストボーン。……正直言って、マクゴナガルやアリスの授業の方が百倍面白いぞ。さすがにノーレッジほどではないんだが、かなり『読書寄り』の授業なんだよ。やる気もそんなにないみたいだし、最近はいっつも苛々してる雰囲気で近寄り難いんだ。見てるこっちが参ってくるぜ。」

 

あー、思い出したぞ。バイロン・チェストボーンか。第一次魔法戦争の時に魔法事故惨事部のリセット部隊の隊長をやっていた人だ。当時のムーディの言によれば『動こうとしないタイプの無能』で、レミリアさんに言わせると『鈍亀』、そして今から会う予定のオグデンは『事後処理の事後に来るノロマ』と評していたっけ。

 

まあうん、私の視点から見てもあの頃のリセット部隊は有能という言葉からは程遠い組織だったし、闇祓いや騎士団がその皺寄せを食らったことも一度や二度ではない。妥当な評価だと言えるだろう。……でも、それを実体験として知っているはずのマクゴナガルが雇ったというのは違和感があるな。何処かからの紹介を断り切れなかったってパターンなのか?

 

校長というのは大変だなと同情しつつ、魔理沙に一応の注意を送ってから手を差し出す。

 

「あんまり先生方のことを悪く言っちゃダメよ? 授業を成立させるのは大変なことなんだから。……それじゃあ、行きましょうか。しっかり掴まっておいて頂戴。付添い姿あらわしを何度か繰り返すことになるわ。」

 

「おうよ、頼むぜ。」

 

「分かった、掴まってる。」

 

私の左手を二人がきちんと掴んでいることを確認してから、杖を振って付添い姿あらわしを使う。それを数回繰り返した後、最後に沿岸部から飛んだ先は……うーむ、いつ来ても陰鬱な気分にさせられる場所だな。冷たい風が吹き付ける、北海に浮かぶ建物の屋上だった。唯一姿あらわしが可能なこのスペースは魔法がかかった鉄条網付きの金網で囲まれており、看守の中でも戦闘に長けた者たちによって厳重な警戒態勢が敷かれているらしい。

 

今もほら、現れた私たちを見てすぐさま警備の魔法使いが駆け寄ってきたぞ。その姿を横目にしながら書類を取り出した私へと、周囲を見回している魔理沙が問いを投げてきた。

 

「到着したのか? どこがアズカバンなんだ?」

 

「貴女の足の下にあるでしょう? ここがアズカバンよ。土台になっている島そのものよりも監獄の方が大きいから、訪問者の到着用スペースは屋上にあるの。波が荒すぎて下の方は危険だしね。」

 

遠くから眺めると北海にポツンと浮かんでいるように見えるこの牢獄だが、実際は島とも言えないような小さな陸地を地盤として使っているらしい。とはいえ島よりも監獄自体の方が遥かに大きいため、打ち付ける荒波は直接建物にぶつかってくることになる。荒波もまた脱獄を阻む強大な障壁となっているわけだ。

 

全体的に見ると歪な三角柱のような形状の無骨な建造物で、中心部は陽光を取り入れるために外壁に合わせた三角形の吹き抜けになっているものの……それも軽犯罪者が収容されている上層だけの話であって、重犯罪者が収監されている下層は完全な三角形の『石櫃』になっているんだとか。一切の光が入ってこない、冷たい荒波に囲まれた絶海の監獄。それがイギリス魔法界における重犯罪者たちの終の住処だ。

 

まあ、吸魂鬼が居なくなっただけまだマシかな。ぼんやりと考えつつも書類を見せて警備員への応対を終え、咲夜と魔理沙を連れて出入りのためのゲートの奥へと歩き出す。オグデンが下で待っているはずだ。

 

「前は吸魂鬼が沢山居たんだよね?」

 

「そうね、うじゃうじゃ居たわ。さっきの到着スペースにも居たし、監獄の周囲を飛び回ってたりもしてたの。守護霊の呪文なしだと訪問すら難しかったくらいよ。」

 

「アリスは来たことがあるんだ。」

 

「数えるほどだけどね。大抵はレミリアさんのお使いとかだったから、下層にまでは下りたことがないわ。……この階段を下りるわよ。先ずオグデンと合流して、面会の場所まで案内してもらいましょう。」

 

私たちが到着したのは三角形の角の一つで、今下りようとしているのはその近くにある吹き抜けに面する階段だ。咲夜の質問に応じながら先導する私へと、階段の手摺りから下を覗き込んでいる魔理沙が声を寄越してきた。脱獄を防ぐために上層も外側には窓が無いが、ここからだと各階層に鉄格子付きの窓が並んでいるのが確認できる。これを見ると監獄って感じがするな。外側だけだと監獄というか、むしろ『要塞』の見た目だが。

 

「凄まじい高さだな。あの窓一つ一つが牢屋ってことか? 物凄い数だぜ。」

 

「いいえ、違うわ。吹き抜けと牢屋の間には通路があったはずだから、あれは通路の窓ね。今は獄内で少し出歩くことも許されているはずよ。軽犯罪者の場合はだけど。」

 

「重犯罪者は?」

 

「ここから見える一番下の地面のそのまた下に居るわ。どういう構造になっているのかはブラックから聞きなさい。私は知らないけど、そこで生活していた彼は知っているはずだから。」

 

私の発言を受けると、魔理沙は微妙な表情で唸ってしまう。楽しそうな生活ではないと判断したようだ。正解だぞ。上層だってロクに運動も出来ないような厳しい環境だが、下層ともなると外界とは隔絶した暮らしになってしまうのだから。

 

階段を下り切って外来用のフロアに到着した後、確かこっちに監獄長室があったはずだと曖昧な記憶を掘り起こしながら廊下を進んでいると……おっと、迎えに来てくれたのか。石造りの廊下の先からオグデンが歩いてくるのが目に入ってきた。

 

今日はベストもネクタイも無しの茶色いスーツ姿で、それでもやっぱりブーツとカウボーイハットを身に着けているオグデンは、先頭の私に歩み寄ってから口を開く。咲夜と魔理沙の方をチラリと見ながらだ。

 

「どうも、マーガトロイドさん。準備は出来ています。こちらへどうぞ。」

 

「助かるわ。無理を言っちゃって悪かったわね、オグデン。」

 

「構いませんよ。どうせ暇ですしね。」

 

「改修はどうなっているの?」

 

『吸魂鬼無し』の監獄への改修を行っているはずなんだから、暇ではないだろうに。怪訝に思って聞いてみれば、オグデンは先導しつつ皮肉げな口調で答えてきた。

 

「ルーファスが優秀なので、僕は許可のための判子を押すだけで充分なんですよ。たまに現場の見回りをすればそれで終わりです。つくづく執行部の傘下になって正解でしたね。ウィゼンガモットの老人どもが上司だったらどうなっていたことやら。」

 

「今は評議会もある程度まともに機能しているけどね。……ここから見た限りでは何も変わっていないけど、どこをどう改修してるの?」

 

「外側には複雑な防衛魔法がかかっているので迂闊に弄れないんですよ。だから内部を弄ってます。囚人の運動用スペースを設置したり、交流のための広場を作ったり、社会復帰の手助けをするカウンセリング室を追加したりですね。……いやぁ、バカバカしい話ですよ。何だって真っ当に生きている僕が犯罪者の生活を改善する必要があるのやら。」

 

「そういう仕事だからでしょ。これで人権派も満足でしょうね。第一次戦争の前はアズカバンのシステムへの文句が多かったし、やっと活動の成果が出たって喜んでいるんじゃないかしら。」

 

まあ、第一次戦争後はあまり声が上がっていなかったが。死喰い人に対する恐怖が人権派の口を噤ませたのだろう。苦笑いで口にした私へと、オグデンはやれやれと首を振りながら返答してくる。

 

「僕は最低限の環境で絞るだけ絞ればいいと思ってますけどね。自業自得じゃないですか。」

 

「その考え方は今日日流行らないのよ。……私はまあ、社会復帰の手助けをするのは悪くないと思うわ。再犯率が減って困ることはないでしょう?」

 

「ま、仕事だと割り切ってはいますから心配しないでください。監獄の経営に個人の思想を持ち込む気はありません。僕はルーファスやスカーレット女史みたいに『イギリス魔法界を変えよう!』だなんて思っていませんから。……到着しましたよ、ここが面会室です。ピーター・ペティグリューも間も無く到着すると思います。」

 

うーん、オグデンらしい台詞だな。この男はどこまでも『二番手』なのだ。先頭に立って物事を推し進めるタイプではなく、先頭に立つ者をすぐ後ろから補佐するタイプ。本人もそれが自分の本質であることを認めているし、ムーディやレミリアさんもそう評価していたっけ。

 

二番手であることを自覚して無理に前に出ようとしないのは、有能が故の処世術なのかもしれないな。私も先頭で後ろを引っ張るタイプではないから少し気持ちが分かるぞ。

 

オグデンに案内されて面会室の中へと足を踏み入れつつ、アリス・マーガトロイドは適した場所に立つことが大切なんだなと一人頷くのだった。

 

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